大津地方裁判所 平成13年(わ)189号 判決 2002年1月29日
主文
被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中80日をその刑に算入する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人(昭和4年生まれ)は,滋賀県高島郡a町b番地の自宅で夫A(当時c歳)らと同居し,寝たきりの同人を介護していたものであるが,自己が腹部の腫瘍により入退院を繰り返していること等から前途を悲観し,同人を殺害して自殺しようと決意し,平成13年5月8日午前8時ころ,上記自宅寝室において,就寝中の同人に対し,その頸部に腰ひもを二重に巻き付けて強く締め付け,よって,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害したものである。
(量刑の理由)
本件は,重い言語障害を有し,かつ平成13年1月から寝たきりの状態にあった夫(被害者)を献身的に介護していた被告人が,腹部の腫瘍の手術のため再入院することとなり,その間被害者を介護する者がいなくなる,自己の容態も回復する見込がないなどと思い悩んでいたところ,本件数日前,被害者に対し,被告人の入院の間老人介護施設への入所を勧めたものの,「嫌や。」と拒絶され,また,身内の者に被害者の世話を依頼することも気が引けたことから、被害者を殺害して自殺するしかないと思い悩んだ末,再入院の予定日である本件当日朝,自宅寝室において,就寝中の被害者の頸部に腰ひもを巻き付けて強く締め付け,被害者を窒息死させて殺害し,その後呆然としていたところを長女に発見されたという事案である。
犯行に及ぶまで身内の者と十分に相談したり,介護保険制度を利用するなど他の手段を試みていない点で短絡的との非難を免れず,犯行態様は,就寝中の被害者の頸部に腰ひもを二重に巻き付けて絞殺するという悪質なものであって,長年連れ添った妻に突然その命を奪われることになった被害者の無念さは察するに余りある。このような事情を考慮すると,被告人の刑事責任は重大である。
しかしながら,犯行に至る経緯には前記のとおり同情すべき事情が十分に認められる。すなわち,本件犯行は,自分自身が高齢かつ病弱であるにもかかわらず,1人で懸命に被害者の介護を続けていた被告人が,腹部の腫瘍の再手術を告知されて前途を悲観し,かつ夫の介護を安易に人委せにすることを潔しとしない考えもあったため追い詰められ,いわば力尽きて最後の手段に及んだという側面があり,そこには利己的な動機は全く認められない。そのほか,被告人に前科等がないこと,被告人は老齢,病弱であり,本件による勾留の執行停止中に腫瘍摘出手術を受けており,今後も適切な治療が必要であること,本件により約5か月間身柄を拘束され,反省,悔悟の念を供述していること,被告人の長女,長男が被告人に対する寛大な処分を望み,被告人の今後の生活の支援を確約していることなどの事情もある。
以上のような諸事情を考慮し,刑の執行を猶予するのを相当と判断し,主文のとおり量刑した。
(求刑 懲役4年)
(裁判長裁判官 安原浩 裁判官 山田整 裁判官 片山智裕)