大津地方裁判所 平成14年(行ウ)10号 判決 2003年11月10日
主文
1 原告A及び同Bの各訴えをいずれも却下する。
2 原告C,同D,同Eの被告に対する被告の昭和58年度から平成10年度までの公金支出にかかる訴えをいずれも却下する。
3 原告C,同D,同Eの被告に対する滋賀県草津市α2108番地所在の琵琶湖流域下水道湖南中部浄化センターにかかる環境対策負担金800万円の支出の差し止めを求める訴えをいずれも却下する。
4 被告は,滋賀県に対し,金2400万円及びこれに対する平成14年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とし,参加に要した費用は,これを5分し,その1を参加人の負担とし,その余を原告らの負担とする。
6 この判決は,第4項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 原告ら
(1) 被告は,滋賀県に対し,金1億3400万円及びこれに対する平成14年7月17日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,滋賀県草津市α2108番地所在の琵琶湖流域下水道湖南中部浄化センターにかかる環境対策負担金800万円の支払いをしてはならない。
2 被告
(1) 本案前
ア 原告A及び同Bの前記1(1)及び(2)の各訴えをいずれも却下する。
イ 原告C,同D及び同Eの前記1(1)の訴えのうち,平成12年度以前の公金支出にかかる訴え及び前記1(2)の訴えをいずれも却下する。
(2) 本案
原告C,同D及び同Eの前記1(1)の訴えのうち,平成13年度の公金支出にかかる請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
本件は,滋賀県(以下「県」という。)の住民であるとする原告らが,滋賀県知事(以下「県知事」という。)である被告に対し,下水処理施設にかかる環境対策負担金(以下「本件負担金」という。)名下に違法に公金を支出している等と主張して,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号前段に基づき,県に代位して損害賠償(以下「4号請求」という。)を,同項1号に基づき,将来の公金支出の差し止め(以下「1号請求」という。)を,それぞれ求めた事案である。
Ⅰ 前提となる事実(争いのない事実,括弧内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実。なお,特に断らない限り証拠は枝番を全て含む。)
1 当事者
(1) 原告らは,いずれも,県の住民である。
(原告A及び同Bにつき,甲3,4)
(2) 被告は,平成10年7月20日,県知事に就任した者である。
(就任日につき,弁論の全趣旨)
2 琵琶湖流域下水道湖南中部浄化センター(以下「本件センター」という。)の施設概要等
(1) 本件センターは,滋賀県大津市(以下,県内の市町村は「大津市」等とする。),草津市,守山市,栗東市等の県内6市13町を関係市町(以下「関係市町」という。)とする琵琶湖流域下水道湖南中部処理区(以下「中部処理区」という。)の下水処理施設として,草津市α2108番地所在のβ島に設置され,昭和57年4月1日に供用開始となった浄化センターである。
本件センターは,汚水と雨水とを分けて処理する分流式の施設であり,全体計画(平成8年8月変更後のもの)は,処理面積約2万9200ヘクタール,処理人口約87万8000人,処理水量約78万8000立方メートル/日とされ,平成13年度末時点の整備状況は,処理面積約1万1667ヘクタール,処理人口約52万3336人,処理水量約19万500立方メートル/日である。
(2) β島は,本件センターの敷地として,全島に下水処理施設を建設するために琵琶湖沖合に埋め立てられた全周約3400メートル,面積73万平方メートルの人工島であり,西側に南北に走る湖周道路(県道γ線,以下「湖周道路」という。)が,東側に草津市δとを結ぶ矢橋大橋がそれぞれ設置され,これらが陸地との連絡道路となっている。
β島には,本件センターの下水道処理施設の他,施設建設予定地に,キャンプ場,パークゴルフ,テニスコート等の公園施設や県立水環境科学館が設置されている。
(以上につき,乙1,2,丙1)
3 本件負担金の支出等
(1) β島対策協議会(以下「対策協議会」という。)は,本件センターの設置及び公園整備並びに施設整備に伴い,草津市δ,同市ε,同市ζ,同市η(以下「地元地区」という。)の地域住民の意志を反映させ,本件センター設置,公園整備に伴う諸問題の解決を図ることを目的として,設立された任意団体であり,地元地区の住民(以下「地元住民」という。)で構成されている。
(2) 琵琶湖湖南中部地域下水道推進連絡協議会(以下「連絡協議会」という。)は,湖南中部地域の下水道の推進と諸問題の連絡調整を図ることを目的として関係市町で構成された任意団体であり,関係市町の一部の市町長が役員を,県知事が顧問をそれぞれ務めている。
(3) 県は,昭和58年度から昭和60年度まで,毎年各500万円,昭和61年度から昭和63年度まで,毎年各600万円,平成元年度から平成3年度まで,毎年各700万円,平成4年度から平成13年度まで,毎年各800万円の総額1億3400万円を,本件センターの設置等に関する環境対策負担金(本件負担金)として,連絡協議会に支払い,連絡協議会は,これらを対策協議会に支払った。
(以上につき,甲2,丙6,7)
4 監査請求等
(1) 原告C,同D,同E(以下3名を「原告Cら」という。)は,平成14年4月25日,滋賀県監査委員に対し,本件負担金の支出は違法・不法な公金の支出であるとして,法242条1項に基づき,必要な措置を請求する旨の住民監査請求を行った(以下「本件監査請求」という。)。
(2) 同監査委員は,原告Cらに対し,平成12年度以前の支出に関する監査請求については,不適法なものとして却下し,平成13年度の本件負担金の返還及び今後の支出を差し止める措置については,請求に理由がないものとして棄却する旨の平成14年6月19日付け監査結果の通知を発送した。
(以上につき,甲1の1,甲2)
Ⅱ 争点
1 本案前について
(1) 原告A及び原告B(以下両名を「原告Aら」という。)の各訴えの適否
(2) 昭和58年度から平成10年度までの本件負担金の支出にかかる訴えの適否
(3) 1号請求にかかる訴えの適否
(4) 監査請求期間経過後の4号請求についての「正当な理由」の存否
2 本案について
本件負担金の支出の適否等
Ⅲ 争点に関する当事者の主張
1 本案前の争点について
(被告の主張)
(1) 争点1(1)について
原告Aらは,本件訴訟において対象とする県知事の行為に関する住民監査請求の手続を経ていない。よって,原告Aらの訴えは,法242条の2第1項の要件を欠き違法である。
(2) 争点1(2)について
被告が県知事に就任したのは,平成10年7月20日であり,平成10年度以前の本件負担金の支出は,前任又はそれ以前の県知事の下で行われている。したがって,被告は,平成10年度以前の公金支出につき,法242条の2第1項4号の賠償義務を負うべきものではない。
(3) 争点1(3)について
原告らは,私人としての被告個人に対して,本件負担金の支出の差し止めを求めるが,当該差し止めは,執行機関を被告として訴えるべきものであり,被告には被告適格がない。よって,原告らの1号請求にかかる訴えは不適法である。
(4) 争点1(4)について
本件負担金の支出は,毎年,県の予算に計上され,県議会の議決を経て執行されており,何ら秘密裏になされたものではない。県では,昭和63年4月から公文書の公開に関する条例が施行されており,県の連絡協議会に対する負担金の支出書類や連絡協議会の議案書を含む一件書類は公開すべき書類として取り扱われている。
よって,原告らには,監査請求期間を経過した昭和58年度から平成12年度までの支出について,所定の監査請求期間内に請求することができない「正当な理由」がない。
(原告らの主張)
(1) 争点1(1)について
原告Aらは,滋賀県監査委員に対する住民監査請求を経ていないが,古くからの県の住民であり,かつ本件センターの関係市町の住民であるから,法の趣旨からして,本件訴訟は適法である。
また,原告Bは,原告Cらの滋賀県監査委員に対する監査請求と類似の内容で大津市監査委員に対して監査請求を行っているから,同請求をもって,本件訴訟においても監査請求を経ていると評価できる。
(2) 争点1(2)及び争点1(3)について
被告の主張(2)及び(3)は,いずれも争う。
(3) 争点1(4)について
昭和58年度から平成12年度までの本件負担金の支出については,当時,普通の県民が,容易かつ客観的に知り得る状況にはなく,原告らには,監査請求期間内に監査請求をすることができない「正当な理由」がある。
2 本案の争点(争点2)について
(原告らの主張)
法232条の2は,公益上の必要性のない寄附又は補助を禁止する重要な規定である。
本件センターの供用開始後である昭和58年度から平成13年度までに支出された本件負担金は,以下のとおり,客観的な公益上の必要性が全くなく,被告は,県知事としての裁量の範囲を逸脱して違法に公金を支出した。
(1) 本件センターの供用開始後である昭和58年度以後は,増設工事も,断続的で,規模も小さく,また工事車両等のβ島への出入は湖周道路に限定され,これによる地元住民に対する振動,騒音,粉塵及び排ガス等の被害は皆無であり,本件センターの設置に関して,懸念されていた周辺地域・水域の環境悪化(悪臭,騒音,振動,排ガス,水質悪化等)も発生していない。
よって,昭和58年度以後は,地元住民に,迷惑を掛けた事実はなく,同時点で,地元地区及び地元住民に対するいわゆる迷惑料を支払う必要性は消滅した。
(2) また,対策協議会には,本件センターの本格的な工事開始に先立って,県及び草津市と対策協議会(当時の名称は浄化センター設置反対期成同盟会)との間で,本件センターの設置工事及び事業活動等に関して交換された昭和48年10月8日付けの覚書(丙5の1,以下「本件覚書」という。)に基づき地域振興費名目で2億5000万円が,県が差し入れた「念書」に基づき地元水洗化工事費用7000万円が,一時金として支払われている。総額3億2000万円もの一時金は,県下の他の流域下水浄化センターに支払われたそれより破格的に大きな金額である。
対策協議会に対しては,本件覚書に基づき,協力費(以下「本件協力費」という。)名目の迷惑料として,本格的な工事の終了した昭和57年度までに,3度の増額を経て,総額6750万円(県はそのうち2700万円を負担している。)が支払われている。
いわゆる迷惑施設にかかる地元迷惑料としては,以上で十分である。
(3) 県知事は,昭和58年度から平成13年度までに,本件協力費に関し,合理的な積算根拠がないにもかかわらず,対策協議会からの4回の増額要求に応じ,金額更新の文書も作成しないまま,これを受け入れた。
(被告の主張)
(1) 本件負担金の支出の適法性
ア 本件負担金は,県が行う琵琶湖流域下水道事業(下水道法25条の2第1項)のために設置された施設である本件センターの設置及び管理・運営について,地元住民の負担感,不公平感を軽減させ,本件センターの存続・運営に対する協力・理解を促進させて,県における上記下水道事業の安定化と業務の円滑な遂行を図り,ひいては県下の住民の生活環境の確保,福祉の増進を実現するため(法1条の2)のものであり,法232条1項の「地方公共団体の事務を処理するために必要な経費」(以下「事務処理経費」という。)である。原告ら主張の法232条の2に規定する寄附又は補助金ではない。
イ 本件負担金は,事務処理経費であるが,原告ら主張の寄附又は補助金にあたるとしても,いずれにせよ,その支出の必要性の判断は,県知事の裁量事項である。
本件負担金の支出は,以下のとおり,県知事の裁量の範囲内の適法な支出である。
即ち,昭和48年10月8日,県及び草津市と対策協議会(当時の名称は浄化センター設置反対期成同盟会)は,本件センター建設に対する地元住民からの激しい反対運動や建設工事の長期中断という経緯を経て,地元住民の理解と協力を得るという趣旨の下,本件センターの設置にかかる公害防止,環境保全,地域環境整備に関する条件を協議した覚書(本件覚書)を作成し,そこにおいて,本件協力費については,昭和49年度から供用開始時までを一区切りとして,年間300万円を支払い,供用開始後についてはその時点で協議する旨の条件を定めた。
県及び対策協議会は,供用開始後の昭和58年,昭和61年,平成元年,平成4年の各年度において,上記条件に基づき,本件センターの諸施設の増設,工事や維持管理に必要な車両の通行,増設に伴う騒音や排気ガス量の斬増等の諸状況の変化等を協議の上,本件協力費の支払いの可否及び各金額の増額を合意した。
本件協力費は,次の方法で支払われている。即ち,県が,上記各合意に基づいて,連絡協議会に対し,本件協力費の支払いを要請し,連絡協議会において,支払いの可否や関係市町と県の負担額が決定され,県及び関係市町は,各自の負担額をそれぞれ予算に計上して議会の議決を経た上で,連絡協議会に対して同負担額をそれぞれ支出し,連絡協議会がこれらの金員を本件協力費として,対策協議会に支払っている。
以上のとおり,県は,県民全体さらには琵琶湖の水資源を利用する国民の利益を図る目的の下に,本件覚書の上記条件に定められた県及び対策協議会との協議,合意に基づき,各時点における本件センター及び地元住民の意向等に関する諸状況から合理的であるとの県及び連絡協議会の判断の下に,本件負担金を昭和58年度から平成13年度の各年度の予算に計上し,県議会の議決を経て,それぞれ支出している。
したがって,昭和58年度から平成13年度までの本件負担金の各支出は,県の事務処理経費として必要な支出であり,かつ公益上の必要性もある。
(2) 原告らの主張に対する反論
ア 本件センターの供用開始時の稼働規模は,全体計画のごく一部であり,その後の関係市町の下水道施設の整備に伴って,設備の増設・処理量の増大を図ることとされ,現に,供用開始後は,段階的かつ継続的に増設工事が行われ,平成14年度末の処理能力は,供用開始時の27倍以上になっている。また,現時点の処理水量は,全体計画の4分の1以下にすぎず,今後も,全体計画に向けて,設備増設工事が行われる予定である。上記の増設・処理量の増大に伴って,汚泥の発生量や処理に要する薬品等の使用量が増大し,これらの搬出・搬入に要する車両の通行量も増え,また,臭気,騒音,振動等も生じている。施設の稼働に万一異常が発生した場合のリスクに対する意識は,本件センターが存在しなければ皆無であるはずの負荷要素である。
地元住民は,本件センターが存する限り,他の地域の汚水処理のために,このような状況を受け入れなければならない。本件協力費及び本件負担金は,このような負担感,不公平感に対応するための費用であり,機械的に増減されるべき性質のものではない。昭和58年度以降に,本件負担金を支払う必要性が消滅した事実はない。
イ 本件センターの供用開始時に支払われた「一時金」が,原告ら主張の金額であることは認めるが,金額が破格的に大きいとの点は争う。当該金員も必要な事務処理経費である。
ウ 本件協力費や本件負担金の増額の際に,本件覚書や金額の更新に関する文書を作成する必要はない。本件協力費及び本件負担金の額は,前記(1)イのとおり,各時点における本件センター及び地元住民の意向等に関する諸状況を勘案した上で,その都度協議を経て,合理的理由に基づいて,適法に決定されている。協力金の金額が議員の意向によって決定されたことはない。
第3本案前の争点(争点1(1)ないし(4))に対する判断
Ⅰ 争点1(1)(原告Aらの訴えの適否)について
1 法242条の2第1項は,住民訴訟につき,普通地方公共団体の住民が法242条1項の規定による監査請求を経た上で提起できる旨を定めているところ,原告Aらについては,本件の住民訴訟において対象とする県知事の公金支出につき,同項所定の適法な監査請求を経た事実が認められないから,同原告らの本件訴えは,同項所定の監査請求前置の要件を欠き,不適法である。
よって,原告Aらの本件各訴えは,いずれも不適法として却下を免れない。
2 この点につき,原告Bは,本件センターの協力金にかかる大津市長の公金支出についての監査請求を経ているから,本件についても監査請求前置の要件を満たしていると主張するが,同項所定の監査請求前置の要件を充足したというためには,監査請求と住民訴訟の対象事項との同一性が認められる必要があると解されるところ,県知事の公金支出を対象とする本件の住民訴訟と,大津市長の公金支出を対象とする原告Bの上記監査請求(甲5)とは,支出者及び支出内容を異にするものであるから,両者の間に同一性を認めることはできず,原告Bの上記主張は採用できない。
Ⅱ 争点1(2)(昭和58年度から平成10年度までの支出にかかる訴えの適否)について
原告Cらは,被告に対し,昭和58年度から平成13年度までの本件負担金の各支出について損害賠償を求めるところ,被告が,本件負担金の支出に関する権限を有する地位ないし職に就いたのは,県知事に就任した平成10年7月20日以後であること,平成10年度の本件負担金にかかる支出命令は,同年16日になされていること(前記第2のⅠ1(2),弁論の全趣旨)に照らすと,被告が,昭和58年度から平成10年度までの本件負担金の各支出に関する権限を有する地位ないし職に就いていたことは認められない。
したがって,上記期間の本件負担金の各支出についての原告Cらの4号請求にかかる訴えは,その適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を有する地位ないし職にあると認められない者を被告としている点において,住民訴訟の類型に該当せず,不適法である(最高裁判所第二小法廷昭和62年4月10日・民集41巻3号239頁参照)。
よって,原告Cらの昭和58年度から平成10年度までの本件負担金の支出についての訴えは,いずれも不適法として却下を免れない。
Ⅲ 争点1(3)(原告らの1号請求にかかる訴えの適否)について
原告Cらは,法242条の2第1項1号に基づき,本件負担金の支出の差し止めを求めるところ,同号の請求は,現に当該行為を差し止める権限を有する執行機関又はその執行機関の補助機関としての職員を被告とすべきであるから,原告Cらの1号請求にかかる訴えは,私人としての個人を被告としている点において,被告適格を欠き,不適法である。
よって,原告Cらの1号請求にかかる訴えは,いずれも不適法として却下を免れない。
Ⅳ 争点1(4)(監査請求期間経過後の請求についての「正当な理由」の存否)について
1 前記Ⅱのとおり,原告Cらの4号請求にかかる訴えのうち平成10年度以前の支出にかかる訴えは,不適法であるところ,前記第2のⅠ4の事実及び弁論の全趣旨によれば,平成11年度及び平成12年度の各支出については,いずれも法242条2項の監査請求期間の1年を経過していることが認められる。
そこで,原告Cらが,本件監査請求を平成14年4月25日に行ったことにつき,同項ただし書きの「正当な理由」が存するか否かを検討する。
同項ただし書きにいう「正当な理由」の有無は,当該行為が秘密裏に行われた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば,客観的にみて,監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(最高裁判所平成14年9月12日第1小法廷判決・民集第56巻7号1481頁参照)。
そして,証拠(甲1の2)及び弁論の全趣旨によれば,滋賀報知新聞は,平成14年2月28日,県や本件センターの関係市町で構成している連絡協議会が,毎年,対策協議会に,環境対策負担金の名目で昭和49年度から平成13年度までに総額4億0250万円の協力金を支払い,このうち県が総額1億6100万円を負担している事実が滋賀報知新聞社の調べで分かった旨を報道していることに照らせば,遅くとも同報道がなされた前後ころには,県の一般住民において,相当の注意力をもって調査すれば,客観的にみて監査請求をするに足りる程度に,平成11年度及び平成12年度に行われた本件負担金の各支出の存在及び内容を知ることができたというべきである。
そして,上記報道がされたころから約2か月後の平成14年4月25日に行われた本件監査請求は,相当な期間内になされたものということができるから,原告Cらには,法242条2項ただし書きにいう「正当な理由」があると認められる。
したがって,原告Cらの平成11年度及び平成12年度の各支出についての訴えは,いずれも適法である。
2 この点につき,被告は,本件負担金の支出は,各年度の県の予算に計上され,議会の議決を経て執行されており,何ら秘密裏にされたものではなく,また,県では昭和63年4月から公文書の公開に関する条例が施行され,本件負担金に関する書類は公開すべき書類として取り扱われていたと主張する。
しかしながら,上記1で説示したとおり,法242条2項ただし書きは,当該行為が秘密裏でされたか否かにかかわらず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査しても知り得なかった場合も同様に解すべきところ,平成11年度及び平成12年度の予算の内容から,本件負担金の支出を特定し得る事情が認められない以上,単に,各年度の予算に計上され議会の議決を経たことや当時被告主張の条例が施行されていたことをもって,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば,客観的にみて,監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解するのは相当でない。
第4本案の争点(争点2)に対する判断
Ⅰ 第2のⅢ2原告らの主張及び第3のⅣ判示のとおり,原告Cらの4号請求については,平成11年度ないし平成13年度の本件負担金の各支出(以下「本件各公金支出」という。)の適否が問題となるところ,前記第2のⅠ1(2),2,3の事実,括弧内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
1 本件センターの供用開始(昭和57年度)までの経緯
(1) 県は,琵琶湖をはじめとする公共用水域の水質を保全し,県民の快適な居住環境を実現するための有効な手段として下水道を位置づけ,昭和45年に建設省(当時)が作成した「琵琶湖周辺下水道基本計画策定のための調査報告書」を基にして,昭和46年度に「琵琶湖周辺流域下水道基本計画」を策定し,同計画に基づき,湖南中部(中部処理区),彦根長浜(現東北部),湖西,高島の4処理区からなる琵琶湖流域下水道と流域関連公共下水道及び大津市単独公共下水道を主体とした下水道整備事業を進める方針を立てた。
中部処理区の下水道事業については,琵琶湖上を埋め立て,人工島(β島)を造成して,本件センターを建設することとし,昭和47年3月22日都市計画決定及び下水道法の事業認可を,同月24日都市計画法の事業認可をそれぞれ受け,同年11月1日ころまでに埋め立て水域の地質調査等を行い,昭和48年3月28日管渠工事に,同年4月26日本件センターの建設工事に,それぞれ着手した。
(2) 県は,上記琵琶湖周辺流域下水道基本計画について,地元の市議会や関係者に協力を依頼したが,上記計画にある人工島が「矢橋の帰帆」として近江八景の1つにあげられている風光明媚な場所に造成されることになることから,地元からの批判,反対が相次いだ。
昭和47年4月22日,上記都市計画及び事業認可がなされたことに対して,草津市δ,ζ,εの自治会を中心として浄化センター反対決起大会が開催され,浄化センター設置反対期成同盟会(昭和48年10月8日付け本件覚書締結後は,浄化センター対策協議会に,その後,現在のβ島対策協議会〔対策協議会〕に改称された。以下改称前についても「対策協議会」という。)が結成された。
上記計画に対する反対運動は,その後も続き,県及び草津市は,対策協議会と再三にわたって交渉を行ったが,妥結には相当日時を要する雰囲気にあった。そのような中,県が埋立水域で地質調査を実施したため,昭和47年11月1日付けで対策協議会から抗議の申入書(丙3)が提出された。これに対し,県知事は,同月10日付け書面(丙4)で,地質調査を開始した経緯等を説明するとともに,本件センターの設置に伴い関係地域の住民が考慮している具体的な事項について,県が考えている姿勢の要綱を示し,本件センターの建設に理解と協力を願う旨を回答した。
そして,対策協議会役員会が上記の県知事の回答を了承したことを受けて,以後,対策協議会と県及び草津市との間で,諸条件に関する協議に入り,昭和48年6月27日,対策協議会から県知事宛に「浄化センター設置計画に伴う条件」が提示された。その内容は,公害対策,自然環境の保全,関係住民の生活環境の保全,協力費(本件協力費)等52項目にわたるものであった。県及び草津市は,上記諸条件について,対策協議会と交渉を続けたが,妥協に至らず,県は,同年8月8日,着工していた建設工事を中止して,さらに交渉を重ねた。
県知事及び草津市長は,昭和48年9月20日付け書面(丙5の2・3)で,公害防止,環境保全,地域環境整備の3つの柱からなる対策協議会の条件をほぼ受け入れた形の回答を提示し,対策協議会もこれを了承した。対策協議会が提示した上記諸条件のうち,本件協力費については,本件センターの設置による広域からの汚水の流入に伴って,関係地域が強いられる犠牲に対する協力費として年間一定額を支払うこと,同協力費の金額は,種々の社会情勢の変動を考慮して3年目に見直しを行うことというものであった。そして,これに対する県知事の回答は,対策協議会が複雑な諸情勢のなかで種々の配慮を願っており,今後の事業の進展に伴い,各町内会の協力を願う点もあることから,昭和49年度から供用開始時までを一区切りとして年間300万円を支払うこと,供用開始後については,その時点で協議するというものであった。
県,草津市及び対策協議会は,昭和48年10月8日,本件センターの設置工事及び事業活動等に関し,草津市δ,同ε,同ζの地域の生活環境を保全し,同地域の整備振興を図るため,対策協議会が提示した条件に対する上記各回答並びに県及び市が対策協議会に確約した事項を誠意をもって履行する等を定めた覚書(本件覚書)を作成した。
また,対策協議会及び県は,上記同日,本件協力費について,県が,上記300万円とは別に,昭和49年度から200万円を措置することを確約する旨の念書(甲6)を作成した(以下同念書と本件覚書の本件協力費に関する上記条件とを併せて「本件協力費に関する条件」という。)。
(3) 県は,対策協議会との上記の経緯やその他住民の環境保全思想の高まり等による反対運動を受け,本件センターの建設工事を一時中断し,環境影響調査を実施した後,湖底浚渫による埋立造成工事を再開し,ポンプ棟等の各諸施設の工事を行い,本件センターは,昭和57年4月1日,処理能力7000立方メートル/日で供用開始となった。
(以上につき,甲6,丙1ないし5,22)
2 本件センターの供用開始後の稼働状況等
(1) 本件センターは,処理対象区域の地中に埋設した管渠及び関係市町内の7か所に設置した中継ポンプ場を経由して,β島の北東部分に設置した流入渠から汚水を受け入れ,スクリーンポンプ室,最初沈殿池,生物反応槽,最終沈殿池で,ゴミや汚泥,有機物,窒素等を除去し,急速砂ろ過池で浮遊物を取り除いて琵琶湖に放流する仕組みで下水処理を行っている。
本件センターは,供用開始当時,1日当たりの平均流入下水量2440立方メートルに対応する稼働状況であったが,流入下水量の断続的な増加に伴い,供用開始後から,継続的に施設の増設,整備が行われ,平成4年度には2系列目の,平成8年度には3系列目の,最初沈殿池,生物反応槽,最終沈殿池の整備が行われ,平成13年度当時,4系列目の整備が行われている。
なお,1日当たりの平均流入下水量は,供用開始当時から大幅に増加し,平成13年度は16万4637立方メートルになっている。
また,本件センターでは,昭和59年度まで下水処理によって生じる汚泥を脱水汚泥として,場外に搬出していたが,昭和60年度に多段式焼却炉の運転が開始された以後は,焼却灰として搬出できるようになった。その後,平成2年度に1系焼却溶融炉施設(40tケーキ/日)の運転が開始され,これにより,汚泥を熱分解炉で焼却し,焼却灰を溶解炉で溶融スラグに加工し,減容化,安定化して搬出できるようになった。平成8年9月には,2系焼却溶融炉施設(120tケーキ/日)の運転が開始され,1系焼却溶融施設は運転を停止し改良され,平成13年度から高分子系汚泥の焼却溶融処理を行う施設として,36tケーキ/日で運転が再開された。
なお,多段式焼却炉は,平成2年度に運転停止となり,平成12年度に撤去された。
2系焼却溶融施設においては,サイクロンで捕集できない微小な煤塵を電気集塵機で捕集し,排煙処理塔でアルカリ洗浄によって硫黄酸化物等を除去する方法で排ガス処理を行い,また,臭気を取り除くための脱臭設備が設置され,悪臭ガスは生物脱臭装置の塔内を通過する間に微生物の酸化分解反応によって,硫酸イオンや硝酸イオンとなって処理されている。
(2) 本件センターにおいては,供用開始以後,周辺水域,地域の環境調査が行われており,流入下水の水質は,昭和58年度に汚れ度合の急激な上昇を示したが,その後の汚れ度合は,横ばいあるいは漸次上昇傾向にあり,近年は,ほぼ,設計流入水質に近い状態とされている。他方,放流水の水質は,供用開始後からほとんど変化はなく,極めて良好であり,近年では,運転管理指針や水質管理技術マニュアルの作成などによって,より精密な水質管理が可能となり,さらに水質が改善される傾向にあるとされ,平成13年度は,生物化学的酸素要求量等の7項目において,いずれも排水基準値を大幅に下回る結果が出され,良好な除去率を示している。
また,汚泥の焼却処理の際に発生する排ガスについては,多段式焼却炉が稼働した昭和61年度以後,硫黄酸化物,煤塵,窒素酸化物,塩化水素,シアン化水素,ダイオキシン類の6項目につき,排出基準値を下回る結果が出されている。
臭気,騒音,振動等については,環境基本法16条に規定された基準を超えたことはない。
本件センターには,増設工事のための工事車両の他,下水処理や汚泥処理等に使用する薬品,燃料等の搬入や溶融スラグ等の搬出のための車両が相当台数出入しているが,工事車両の通行は,平成5年6月に湖周道路が供用開始になった以後,湖周道路に限定されたため,工事車両が矢橋大橋を通って草津市δ内を通行することはなくなった。
(乙1,2,丙1,2,8ないし10,23〔なお,丙23は後記採用しない部分を除く。〕)
3 本件協力費の支払い状況等
(1) 本件協力費は,昭和49年度以後,毎年,県土木部長が,連絡協議会に対し,各年度の本件協力費の金額の支払いを依頼(通知)し,連絡協議会が総会で,同金額の支払いと県及び関係市町の各自の負担額を承認して,県及び関係市町は,同負担額につき議会の議決を経て予算措置を講じた上で,連絡協議会の請求通知を受けて,同負担額を連絡協議会に対して支出し,連絡協議会がこれらを併せて対策協議会に支払うという形が取られている。
(2) 昭和49年度から昭和57年度までの支払い状況
連絡協議会は,昭和49年度から昭和51年度まで毎年500万円(うち県負担額は200万円),昭和52年度から昭和54年度まで毎年750万円(同300万円),昭和55年度から昭和57年度まで毎年1000万円(同400万円),をそれぞれ本件協力費として対策協議会に支払った。
また,県は,本件負担金の他に,本件センターの供用開始時までに,対策協議会に対し,地域振興費等として3億2000万円を支払った。
(3) 昭和58年度から平成10年度までの支払い状況
ア 県は,昭和58年7月30日,対策協議会に対し,本件協力費は,供用開始を一区切りとして支払われることになっているとして,対策協議会との間で交渉を始めたが,対策協議会からは,β島が存在する限り本件協力費を打ち切ることはできない,対策協議会の運営費が赤字であり,500万円の増額を要望する,履行しないのであればβ島をよそへもっていってもらいたい等の意見が出された。
県は,同年10月25日,対策協議会に対し,過去の経過や今後も引き続き地元の協力を得る必要があることを考慮して,昭和58年度からの本件協力金を年間1250万円に引き上げることとしたいが,増額については,関係市町に説明して議決を得る必要がある,関係市町は3年ごとの改定が終期なしに行われることを心配している等と回答して,対策協議会との間で昭和58年度以後の本件協力費の金額を年1250万円とする旨を合意した。
県は,同年度から昭和60年度の各年度につき,毎年,連絡協議会に対し,本件協力費として年1250万円の支払いを依頼(通知)し,同金額の支払い及び県の負担額を年500万円とする旨の連絡協議会総会の承認を受け,本件負担金500万円について,各年度の予算措置を講じた上で,連絡協議会に対し,上記各年度の本件負担金として,それぞれ500万円を支出し,連絡協議会は,対策協議会に対し,本件協力費として,それぞれ1250万円を支払った。
イ 県及び対策協議会は,昭和61年度以後の本件協力費の金額を年1500万円とする旨を合意した。
県は,同年度から昭和63年度の各年度につき,毎年,連絡協議会に対し,本件協力費として年1500万円の支払いを依頼(通知)し,同金額の支払い及び県の負担額を年600万円とする旨の連絡協議会総会の承認を受け,本件負担金600万円について,各年度の予算措置を講じた上で,連絡協議会に対し,上記各年度の本件負担金として,それぞれ600万円を支出し,連絡協議会は,対策協議会に対し,本件協力費として,それぞれ1500万円を支払った。
ウ 県,草津市及び対策協議会は,平成元年6月17日,本件協力費や公共下水の整備等について協議し,県は,本件協力費について,消費者物価指数の推移等から社会的変動が少ないとして,現状の年1500万円を維持したいと提案し,対策協議会から,基本的にβ島がある限り本件協力費は交付されるべきであり,関係市町全体の処理を行っていること忘れてもらっては困る,3年ごとの見直しは覚書に書かれており,300万円の増額を要望する等の意見が出された。その後,県は,本件協力費について3年ごとに250万円の増額を行ってきた経過や現時点では本件覚書に基づく事業が完了していないこと,本件協力費に代わる財源の確保が困難である等内部で検討を行い,対策協議会との間で,平成元年度以後の本件協力費の金額を年1750万円とする旨を合意した。
県は,同年度から平成3年度の各年度につき,毎年,連絡協議会に対し,本件協力費として年1750万円の支払いを依頼(通知)し,同金額の支払い及び県の負担額を年700万円とする旨の連絡協議会総会の承認を受け,本件負担金700万円について,各年度の予算措置を講じた上で,連絡協議会に対し,上記各年度の本件負担金として,それぞれ700万円を支出し,連絡協議会は,対策協議会に対し,本件協力費として,それぞれ1750万円を支払った。
エ 県は,平成4年度以後の本件協力費の支払いについて,公園の整備事業等が未了であり,今後も地元の協力を得る必要があることから,支払いを継続すること,対策事務所の移転等の即答不能な問題が提起されていることから増額を前提とすること等の方針を立て,平成4年7月31日までに,対策協議会との間で,同年度以後の本件協力費の金額を年2000万円とする旨を合意した。
県は,同年度から平成10年度の各年度につき,毎年,連絡協議会に対し,本件協力費として年2000万円の支払いを依頼(通知)し,同金額の支払い及び県の負担額を年800万円とする旨の連絡協議会総会の承認を受け,本件負担金800万円について,各年度の予算措置を講じた上で,連絡協議会に対し,上記各年度の本件負担金として,それぞれ800万円を支出し,連絡協議会は,対策協議会に対し,本件協力費として,それぞれ2000万円を支払った。
(4) 平成11年度以後の支払い状況
県は,平成11年度から平成13年度の各年度につき,毎年,連絡協議会に対し,本件協力費として年2000万円の支払いを依頼(通知)し,連絡協議会は,毎年5月に開催された総会で,同金額の支払い及び県の負担額を年800万円とすることを承認した。
被告は,平成10年7月20日に県知事に就任し,上記各年度の本件負担金800万円の支出を各年度の予算に計上して,議会に提出し,それぞれ議会の議決を経た。県は,上記各年度につき,それぞれ連絡協議会からの請求通知を受け,被告は,各年度の本件負担金800万円の支出にかかる支出命令を発令し,県は,連絡協議会に対し,上記各金員をそれぞれ支出した(本件各公金支出)。
連絡協議会は,対策協議会に対し,上記各年度の本件協力費として,それぞれ2000万円を支払った。
(以上につき,甲1,2,6,丙6,7,11ないし22)
Ⅱ 争点2(本件各公金支出の適否)について
1 本件負担金(以下,本件負担金とは平成11年度ないし平成13年度に支出されたそれを指す。)の性質
前記Ⅰ1によれば,本件センターは,琵琶湖をはじめとする県の公共用水域の水質を保全し,もって県民の快適な居住環境を実現するための有効な手段として下水道を位置づけ,県が定めた琵琶湖周辺流域下水道基本計画の一環として,中部処理区の流域下水道の整備のために設置された下水処理施設であり,このような流域下水道の整備等は,県の管理にかかる事業(下水道法25条の2第1項)であり,また,県民の福祉の増進にかかわる地方公共団体の事務(法1条の2)ということができる。
したがって,本件負担金は,地元住民で組織された対策協議会から,本件センターの設置による広域からの汚水の流入に伴って関係地域が強いられる犠牲に対する協力金の支払要請を受けたことから,県の管理にかかる中部処理区の流域下水道事業の円滑な遂行等の目的のもとに,地元住民の協力を得るために支出されたものであり,法232条1項の事務処理経費としての性質を有するといえる。
本件負担金が法232条の2の寄附又は補助金に該当するとの原告Cらの主張は,上記認定説示に照らして採用できない。
2 本件各公金支出の適否
(1) 前記1のとおり,本件負担金は,いずれも県知事である被告が,本件センター設置に関する過去の経過を踏まえて,県の流域下水道事業の円滑な遂行等を図るための事務処理経費として支出する必要があると判断して,平成11年度から平成13年度までの各年度の予算に計上し,議会の議決を経た上で,それぞれ支出命令を発令して,支出されたものであり,このような事務処理経費の支出が違法であるというためには,被告の上記判断につき,県知事としての裁量権の逸脱ないし濫用が認められなければならない。以下,検討する。
ア 前記Ⅰ1及び2で認定したとおり,
(ア) 本件センターは,琵琶湖上を埋め立てた人工島であるβ島に設置され,汚水は,処理対象区域の地中に敷設された管渠や中継ポンプ場を経由してβ島の北東部に設置された流入渠を通って本件センター内で処理される仕組みになっており,地元地区の住民の居住空間とは離れた場所で下水処理が行われていること,
(イ) 本件センターへの流入下水量は,供用開始時から平成13年度までの間に,断続的かつ大幅に増加しているものの,施設の増設によりこれに対応する処理能力が備えられ,また,放流水の水質は,供用開始以後,極めて良好な状態のまま維持され,更に改善される傾向が示されていること,
(ウ) 下水処理量の増加に伴う汚泥発生量の増加に対しても,平成2年度以後の汚泥溶融設備の稼働により,汚泥を減容化,安定化して搬出できるようになり,また,2系焼却溶融炉施設は,排ガスや臭気等による環境悪化を防止するための措置が講じられていること,
(エ) 汚泥の焼却炉の稼働の際に発生する排ガスについては,硫黄酸化物等の6項目につき,排出基準値を下回る結果が出され,その他,臭気,騒音,振動等についても,供用開始後から,環境基本法16条に規定された基準を超えたことはないこと,
(オ) 平成5年6月以後は,工事車両が,矢橋大橋を通って草津市δ内を通行しないように配慮されていること,の各事実を総合すれば,本件センターにおいては,昭和57年4月1日の供用開始時から平成10年度までの16年間に,流水下水量の断続的かつ大幅な増加に対応して,施設の増設,処理能力の増大を行いながら,周辺水域及び地域の大気,水質,土壌,騒音等の環境を良好に維持してきた経緯が存するのであって,平成11年度以後見込まれる処理量の増加,増設工事をもって,従前の環境が悪化する具体的な危険性を根拠づける事情があると認めることはできない。
イ また,本件センターは,地元地区以外の地域から排出される下水処理をも行っているものの,前記ア判示の本件センターの設置場所やその稼働等による環境悪化の根拠となる具体的な事情が存しないことや平成10年度までに対策協議会に対し,一時金及び本件協力費として総額4億5700万円(金額は県負担分のみである。)が支払われていることを勘案すれば,平成11年度以後においても,地元地区やその住民に対する金銭の支払いを相当とする程度の施設の存在と稼働による負担感,不公平感が存するとは認められない。
ウ さらに,前記Ⅰ1(2),3(3)認定の本件協力費に関する条件の内容や本件協力費の増額の際に行われた県及び対策協議会との間の協議の経緯において,県が対策協議会に対し,永続的に本件協力費を支払う旨を約した事実は認められない。
エ 以上のとおり,平成11年度から平成13年度までの各時点において,本件センターの稼働及び存在等によって,地元地区に環境悪化のリスクが存し,地元住民が施設の存在と稼働による負担感,不公平感を強いられるという事情はなく,また,県が対策協議会との間に上記各年度における本件負担金の支払いを約した事実もない。
したがって,上記各年度の当時,本件センターの事業の円滑な遂行の目的の下に,本件負担金の支出をもって,地元住民の理解と協力を促す必要があることを裏付ける具体的な根拠はなく,これを必要なものとした被告の判断については,県知事としての裁量権の逸脱又は濫用があったといわざるを得ない。
よって,本件各公金支出は,違法である。
(2) 被告の主張に対する補足説明
被告は,本件センターは,今後も施設の増設,処理量の増大が計画され,これに伴い,汚泥や薬品等の輸送量が増え車両通行量が増加することになり,地元地区やその住民が被害を被ると主張し,参加人は,これに沿う証拠(丙23)を提出する。
しかしながら,前記(1)アのとおり,平成10年度までの断続的な処理量の増加の経緯において,基準値を超える臭気,騒音,振動等の被害はなく,被告主張の車両の通行時に地元地区や住民に何らかの被害を与えた事実や平成11年度以後にかかる被害が発生する危険性も認められないから,被告主張の車両通行量の増加をもって,前記(1)の認定を左右するということはできない。
また,丙23の臭気に関する測定結果は,β島の北東沿いの中間水路や本件センター施設内の初沈脱臭ダクトや濃縮槽脱臭ダクトを計測場所とするものであり,本件センターが地元地区から離れた人口島に設置されていること(前記(1)ア(ア))に照らせば,地元住民の被る被害を裏付ける的確な証拠とはいえず,採用できない。
3 被告の過失の有無
普通地方公共団体の長は,法138条の2により,当該地方公共団体の予算等の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し,これを執行する義務を負い,予算については,その調製権・議会提出権(法211条),付再議権・原案執行権(法176,177条),予算の執行に関する調査権(221条),支出命令権(法232条の4)等の広範な権限を有することから,それに伴う高度の注意義務を負うというべきである。
したがって,被告には,本件各公金支出の可否を判断する県知事として,本件覚書や本件協力費に関する条件の内容,過去に対策協議会に支払われた本件協力費等の金額や対策協議会との協議の経過,本件センターの稼働状況等を調査・検討し,各年度当時の県がおかれている社会的,経済的,政策的諸情勢等をも勘案した上で,対策協議会との間で具体的な協議を行う等して,各支出の必要性を慎重に吟味すべき注意義務があると解されるところ,被告は,上記の注意義務に違反し,自ら又は県の職員をして,対策協議会との間で協議を行う等,本件各公金支出の必要性について,慎重に吟味しないまま,これを必要なものと判断した(弁論の全趣旨)のであって,被告には同判断につき過失があったというのが相当である。
なお,被告は,上記のとおり,地方公共団体の長としての職責に伴う高度の注意義務を負っている以上,本件各公金支出につき,議会の議決があったからといって,被告の本件各公金支出に関する上記対応においては,同注意義務を尽くしたと認めることはできず,議会の議決の有無は,前記判示の本件各公金支出の違法性及び過失の存在を左右しない。
4 県の損害
本件各公金の支出は違法であり,これによって,県は,2400万円の損害を被ったことが認められる。
5 結論
したがって,原告Cらの本件各公金支出にかかる4号請求はいずれも理由がある。よって,被告は,県に対し,本件各公金支出相当の2400万円及び同金員に対する平成14年7月17日(不法行為の後の日で訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
第5結語
以上によれば,原告Aらの被告に対する各訴え及び原告Cらの被告に対する昭和58年度から平成10年度までになされた本件負担金の支出にかかる訴え並びに1号請求にかかる訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し,原告Cらの被告に対する平成11年度から平成13年度までになされた本件負担金の支出にかかる請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用及び参加に要した費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文,65条1項を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 神吉正則 裁判官 山口芳子 裁判官 本多智子)