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大津地方裁判所 平成14年(行ウ)18号 判決 2006年6月19日

原告

X1

(ほか3名)

同4名訴訟代理人弁護士

吉原稔

被告

志賀町長訴訟承継人大津市長 目片信

同訴訟代理人弁護士

姫野敬輔

橘英樹

被告補助参加人

(元滋賀県志賀町長) 北村正二

(元同町総務部長) Z1

(元同町総務部長) Z2

(元同町税務課長) Z3

(元同町税務課長) Z4

同5名訴訟代理人弁護士

西村幸三

主文

1  原告らの、被告が株式会社aの納付すべき特別土地保有税5492万1000円及び延滞税1098万8720円の合計6590万9720円の徴収を怠っている事実が違法であることの確認を求める訴えをいずれも却下する。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用及び補助参加により生じた費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第3 争点に対する判断

1  法242条2項の適用の有無及び正当理由の有無(本案前)について

(1)  法242条2項の適用の有無について

ア  法242条2項は、財務会計上の行為についての監査請求は、当該行為のあった日または終わった日から1年を経過したときは、これをすることができないと定めている。これは、財務会計上の行為は、たとえそれが違法不当なものであっても、いつまでも争い得る状態にしておくことは法的安定性の見地から好ましくないとの趣旨であると考えられる。

これに対し、怠る事実については、このような期間制限は規定されておらず、住民は怠る事実が現に存する限りは怠る事実を対象とする住民監査請求をすることを制限しないこととするものと解される(最高裁昭53年6月23日判決・集民124号145頁)。しかし、上記法242条2項の趣旨からすれば、違法不当に公金の徴収を怠ったという怠る事実の場合であっても、ある特定の時期までは特定の方法で公金の徴収ができたのに、それ以降は公金を徴収できる可能性が失われたか、又は極めて困難となったような場合には、もはや違法不当に公金を徴収しないという状態を是正することが事実上できなくなったといわざるを得ないから、怠る事実が終了したというべきであり、そのときから監査請求期間の制限に服すると解すべきである。

イ  本件において、原告らは、補助参加人らは、a社又はb社からa社の滞納町税を徴収すべきであるのにこれを怠っているとし、その具体的事実として、<1>遅くとも平成8年12月31日までに、a社所有の本件土地1ないし4を差し押さえるべきであったのにしなかった(怠る事実1)、<2>志賀町がb社に対して支払うb社土地1の売買代金から徴収すべきであったのにしなかった(怠る事実2)、<2>滋賀県がb社に対して支払うb社土地2の売買代金から徴収すべきであったのにしなかった(怠る事実3)と主張する。

この点、滞納税金の徴収を怠る事実自体は、監査請求期間の制限のない真正怠る事実であるが、特に本件においては、a社が本件土地1を第三者に売却した後は、同土地を差し押さえることはできず(怠る事実1のうち本件土地1に係る部分)、志賀町がb社に対し本件土地1の代金を支払ってしまった後は、事実上同代金からa社の滞納町税を徴収することはできず(怠る事実2)、また、滋賀県がb社に対し本件土地2の代金を支払ってしまった後は、事実上同代金からa社の滞納町税を徴収することはできないから(怠る事実3)、その時期以降、滞納税金を徴収できる可能性は失われたといわざるを得ず、怠る事実が終了したのであって、そのときから監査請求期間の制限にかかるというべきである。

さらに、a社が本件土地1を売却した以降も、本件土地2ないし4を差し押さえることは可能であったが(怠る事実1のうち本件土地2ないし4に係る部分)、原告らが、遅くとも平成8年12月31日までに差し押さえるべきであったと主張する以上、同日までに本件土地2ないし4を差し押さえる義務が監査請求の対象であると解されるから、同日以降、原告ら主張の怠る事実は終了したとみるべきであって、そのときから監査請求期間の制限にかかるというべきである。

ウ  よって、本件では、怠る事実1のうち、本件土地1に係る部分については、a社が本件土地1を売却した日である平成8年6月13日から、怠る事実1のうち、本件土地2ないし4に係る部分については、原告らが主張する最後の日である平成8年12月31日から、怠る事実2については、志賀町がb社に対し本件土地1の代金を最後に支払った日である平成12年10月13日から、怠る事実3については、滋賀県がb社に対し本件土地2の代金を最後に支払った日である平成13年5月30日から、監査請求期間の制限にかかる。

(2)  正当な理由の有無について

原告らが本件に関し監査請求を申し立てたのは平成14年8月16日であるから、怠る事実1ないし3のいずれについても怠る事実が終了した日から1年以上が経過しているので、監査請求期間を経過したことにつき、正当な理由があるか否かが問題となる。

財務会計上の行為が秘密裡にされた場合、正当な理由の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたか否か、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたか否かによって判断すべきである。

ところで、一般的に、納税義務者が税金を滞納した場合、徴税吏員は、滞納者が任意に納付することを期待して一定期間待つか、滞納者が税を任意に納付するよう積極的に適切な指導をするか、滞納処分をするかについて、一定の裁量権を有している。また、滞納者に見るべき財産がない場合には、事実上税金を徴収すること自体が不可能である。そこで、普通地方公共団体の住民が、徴税吏員が滞納税金を徴収しないことが違法不当であることを知り得たというためには、滞納者が税金を滞納し、市町村がこれを徴収していないという事実のみならず、さらに、滞納期間、滞納税額及び滞納税金を徴収する機会の有無の概要を知り得たことも必要であると解される。

本件で監査請求が申し立てられた経緯は、弁論の全趣旨によれば、原告らが、平成14年6月20日、産業廃棄物処理施設に反対する住民ネットワークと被告町長との対話の機会に、総務部長に対し、b社の滞納町税は全額徴収されたか確認したところ、同人が、「多分されていると思う」と曖昧な返事をしたことにより、b社の滞納町税の徴収につき疑問を抱いたこと、その後、訴外の住民が情報公開請求によって同年3月29日に開示された志賀町担当者作成の回議書(本件土地1の代金から志賀町がb社から滞納税金の一部の納付を受けた際の徴収金額の内訳が記載されたもの。)を入手し、志賀町が、b社土地1の売買代金から、b社の滞納町税1億5580万3900円のうち、固定資産税を含め1億円しか徴収しなかった事実を知ったこと、当時、原告らは、a社という会社についてはその存在すら知らなかったところ、同回議書には、b社だけではなくa社の滞納税額が記載されており、a社に関しても何らかの問題があるのではないかと調査を開始したこと、原告らは、平成14年7月1日、b社の滞納町税を徴収しないことが怠る事実であるとして、監査請求をし、その約1か月半後の同年8月16日に本件の監査請求を申し立てたことが認められる。

そうすると、本件監査請求の申立ては、訴外の住民が同回議書を入手した平成14年3月29日から4か月半あまりが経過してなされたものであるが、同回議書の記載だけでは滞納税額と滞納期間が明らかになるだけで、それだけでは何らかの違法行為はうかがえないこと、前記のとおり、滞納町税を徴収しないことが違法不当である場合の特殊性に鑑みると、滞納税金を徴収する機会の有無について調査するのに相当な期間を有したとしてもやむを得ないというべきであるから、本件においては、監査請求期間を経過したことにつき、正当な理由があったと認めるのが相当である。

2  怠る事実の違法確認請求(請求趣旨第1項)の適法性(本案前)について

前記1(1)のとおり、現時点では、怠る事実1ないし3はいずれも終了しており、現時点で不作為の違法状態を除去するための作為義務を履行する余地は存在しないから、怠る事実の違法確認を求める訴えは不適法である。

3  怠る事実の違法性について

次に、補助参加人らが、<1>遅くとも平成8年12月31日までに、a社所有の本件土地1ないし4を差し押さえるべきであったのにしなかった(怠る事実1)、<2>志賀町がb社に対して支払うb社土地1の売買代金から徴収すべきであったのにしなかった(怠る事実2)、<2>滋賀県がb社に対して支払うb社土地2の売買代金から徴収すべきであったのにしなかった(怠る事実3)ことの違法性について検討する。

(1)  怠る事実1について

ア  特別土地保有税の納税義務者が納税義務を任意に履行しない場合、納税義務を課した行政上の目的が達成されず、また、履行した者との間の不公平が生じるから、市町村の徴税吏員は、滞納者が滞納している税を任意に納付するよう、積極的に適切な指導をすべきである。

また、地方税法611条1項が、納税者が納期限までに特別土地保有税に係る地方団体の徴収金を完納しない場合には、市町村の徴税吏員は、納期限後20日以内に、督促状を発しなければならないと定めており、同613条1項が、特別土地保有税に係る滞納者が次の各号の一に該当するときは、市町村の徴税吏員は、特別土地保有税に係る地方団体の徴収金につき、滞納者の財産を差し押さえなければならないとし、同1号として、滞納者が督促を受け、その督促状を発した日から起算して10日を経過した日までにその督促に係る特別土地保有税に係る地方団体の徴収金を完納しないとき、と定めているほか、同条6項により滞納処分に関して包括的に準用される国税徴収法に同旨の規定があることからすると、遅くとも、滞納者が税を任意に納付することは期待できない状態になったときには、徴税吏員は、すみやかに、納税義務の履行を強制すべく、地方税法及び国税徴収法の規定に則って滞納処分(差押え等)をすべきである。

イ  これを本件についてみると、前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば、a社が本件土地1を売却した平成8年6月13日時点においては、別紙滞納町税額記載のとおり、a社の滞納税額は合計3737万7700円にのぼっていたものの、平成6年度の特別土地取得税(納期限は平成7年2月28日)については、平成7年5月9日納期限に遅れながらも3014万5200円全額を納付したこと、平成7年度分の本税の滞納期間は1年1か月以下であり、平成8年度分の本税の滞納期間は1か月以下であって、滞納期間もそれほど長期間でないことが認められる。

そうすると、平成8年6月13日の時点では、徴税吏員が、a社が滞納町税をその後任意に納付することを期待することにも合理性があるといえ、本件土地1ないし4について滞納処分を行わなくとも裁量の範囲内であって違法不当ということはできない。

ウ  その後、志賀町は、平成8年5月31日に振出しを受けた本件手形について、平成8年7月30日と同年10月31日の2度にわたり手形の組戻しと支払期日の延期をし、さらに同年12月20日にも手形の組戻しをするなど、b社及びa社の求めに応じてきたが、結局a社の滞納町税が任意に納付されることはなく、それのみならず、a社は、平成8年6月13日に第三者に本件土地1を売却したのに、その代金をもって滞納町税を納付しようとの態度も見られなかったことが認められる。

したがって、遅くとも、平成8年12月31日の時点では、a社が任意に滞納町税を納付することは期待できない状態にあったといえ、志賀町の徴税吏員は、a社に差押可能な財産があれば、地方税法及び国税徴収法の規定に則って、これに対し滞納処分をしなければならなかったというべきである。

ところで、国税徴収法48条2項は、差し押さえることができる財産の価額がその差押に係る滞納処分費及び徴収すべき国税に先立つ他の国税、地方税その他の債権の金額をこえる見込みがないときは、その財産は、差し押さえることができないと規定し、無益な差押えを禁止しているから、徴税吏員は、差し押さえようとする不動産の価額について、滞納処分費及び他の優先債権額を控除すると無剰余となる場合にはこれを差し押さえることができない。

本件においては、a社所有の本件土地2ないし4については、いずれも、平成7年5月30日設定・受付又は同日変更・受付の極度額7億円の本件c社登記がされていて、志賀町の滞納町税の納期限が後れており、本件c社登記が一応優先するものといえる(〔証拠略〕)。

そうすると、徴税吏員としては、本件c社登記が、他の多数の不動産と共同担保となっており、また、現実の被担保債権額も不明であって、無剰余であるかは確定的であるとはいえないとしても、本件c社登記の極度額が7億円と高額であることから、これが無剰余になる可能性が相当程度あるものと考えて滞納処分としての差押えを控えたとしても、裁量の範囲内といえ、違法不当とまでいうことはできない。

エ  以上によれば、補助参加人らは、遅くとも平成8年12月31日までに本件土地1ないし4を差し押さえるべきであったということはできないから、怠る事実1について違法不当であるということはできない。

(2)  怠る事実2・3について

ア  原告らは、b社が、平成9年11月13日、被告町長に対し、a社の滞納分(平成8年度及び平成9年度の固定資産税、平成7年度ないし平成9年度の特別土地保有税の合計4692万2200円)につき、その納税を保証する旨の本件保証書(〔証拠略〕)を差し入れたことにより、志賀町がb社からa社の滞納徴税を徴収できることを前提として、怠る事実2が違法であると主張し、b社と被告町長が、平成12年10月10日、b社が平成13年3月31日までにb社とa社の滞納町税を一括納付するとの本件覚書(〔証拠略〕)を交わしたことにより、上記同様志賀町がb社からa社の滞納町税を徴収できることを前提として、怠る事実3が違法であると主張する。

しかし、納税義務の成立、内容は、もっぱら法律がこれを定めるものであって、課税庁側と納税者側との合意又は納税者側の一方的行為によって、これを動かすことはできないというべきである(最高裁昭和49年9月2日判決・民集28巻6号1033頁)から、地方税である特別土地保有税の徴収手続については、地方税法及び同法613条6項により包括的に準用される国税徴収法の規定によるべきであって、地方税法又は国税徴収法に定めない手続によって特別土地保有税(町税)を徴収することは許されないと解される。

そして、納税保証については、地方税法16条1項に、地方団体の長は、第15条又は第15条の5の規定により徴収を猶予し、又は差押財産の換価を猶予する場合には、その猶予に係る金額に相当する担保で次に掲げるものを徴さなければならないと規定され、その6号に、地方団体の長が確実と認める保証人の保証と定められているから、市町村が納税保証に基づいて保証人から特別土地保有税を徴収するためには、上記の規定の要件を満たすことが必要であって(国税徴収法2条8号においては、「保証人」の定義として、国税に関する法律の規定により納税者の国税の納付について保証をした者をいうとされているから、結局、地方税法に関する保証人は地方税法の規定によるべきことと解される。)、市町村が、上記の規定によらないで、一般私人との間に私法上の保証契約を結び、その保証契約に基づいて特別土地保有税を徴収することは許されないというべきである。

そうすると、志賀町とb社との間の本件保証書及び本件覚書は、いずれも法の認めない無効なものであるから、これが有効であることを前提とする原告らの主張は採用できない。

(3)  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告に補助参加人らに対し損害賠償請求行為を求める請求は理由がない。

4  したがって、原告らの請求は、請求の趣旨第1項の怠る事実の違法確認を求める部分については不適法であるからいずれも却下し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稻葉重子 裁判官 岡野典章 山田順子)

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