大津地方裁判所 平成21年(ワ)518号 判決 2011年1月27日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
吉田竜一
被告
Y運輸株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
天野実
同訴訟復代理人弁護士
天野聡
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,638万1622円及びこれに対する平成21年6月17日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,312万1102円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,使用者である被告から支給される業務インセンティブ中の1日当たりの総労働時間に時間単価300円を掛けた金額を控除する措置(以下「300円控除措置」という。)は給与規程に根拠がなく,違法無効であり,かつ,業務インセンティブは出来高給ではなく,残業代の計算に誤りがあり,未払残業代及び未払給与があるとして,被告に対し,雇用契約又は不法行為に基づき,未払残業代312万1102円及び未払給与又は損害賠償金326万0520円の合計638万1622円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年6月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,上記未払残業代と同額の付加金312万1102円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し,被告が,業務インセンティブは給与規程に根拠があり,違法無効ではなく,かつ,業務インセンティブは出来高給であり,残業代の計算に誤りはないなどとして,原告の請求を争っているという事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 原告は,平成16年9月,被告と雇用契約を締結し,滋賀主管支店瀬田エリアa支店(以下「aセンター」という。)に配属され,セールスドライバー(以下「SD」という。)として稼働している者である(争いなし)。なお,原告は,平成17年5月当時,Y運輸労働組合に加入していた(原告本人)。
(2) 被告は,貨物自動車運送事業,貨物利用運送事業等を業とする株式会社である(争いなし)。
(3) 原告は,平成17年10月分から平成21年5月分までの給与支給の際,平成20年10月分及び同年11月分を除き,被告から業務インセンティブ及び超勤手当を支給されていた(<証拠省略>)。
(4) 被告は,従来,タイムカード打刻の開始時間と終了時間ではなく,ポータブルポス(以下「PP」という。)開始と終了の時間でSDの労働時間を管理していた(<証拠・人証省略>,原告本人)。
(5) 被告は,平成19年9月23日ころ,従業員が現実に従事した時間外労働時間を基礎に労働基準法所定の計算方法により計算された時間外労働手当(割増賃金)を支給しておらず,大阪南労働基準監督署からその是正勧告を受けた(<証拠省略>,原告本人)。
(6) 被告は,平成20年夏ころ,原告に対し,平成17年10月分から平成19年9月分までの未払割増賃金約11万円(750時間分)を支払おうとしたが,原告から時間外労働時間がもっと多くある旨指摘され,平成21年3月5日,原告の主張する同期間の時間外労働時間1445時間を認め,原告との間で,上記時間外労働時間に対応する割増賃金を清算する義務を認める旨合意し,同月11日,原告の上記時間外労働時間に対応する未払割増賃金118万3290円を計算し,原告に対し,同額を振り込んだ(<証拠・人証省略>,原告本人)。
(7) 原告は,平成21年3月26日,被告に対し,違法な300円控除措置による未払いの残業代及び賃金の支払と平成17年10月分から平成19年9月分までの原告のSD業務インセンティブ実績表の写しの開示を求める旨の申入書を送付し,被告は,平成21年4月7日ころ,原告に対し,300円控除措置が違法ではなく,未払残業代はない旨回答するとともに,同期間の原告のSD業務インセンティブ実績表を送付した(<証拠省略>)。
(8) 被告は,平成21年4月30日,大津労働基準監督署から労働基準法89条を法条項等,業務インセンティブについて,その計算方法を就業規則に記載していないこと(就業規則変更後は,管轄の同監督署長に届け出ること)を違反事項,平成21年5月29日を是正期日とする是正勧告を受け,同監督署から業務インセンティブについて,労働者への周知を図るため,以下の措置を講じるように指導を受けた(<証拠・人証省略>,原告本人)。
① 業務インセンティブの計算方法については,事業場毎に備え付けられているパーソナルコンピュータにおいてパスワードを入力の上閲覧できることになっているが,当該パーソナルコンピュータの操作方法の周知を行った上ですべての労働者が常時個別に確認できるようにすること。
② 労働者から業務インセンティブを含め,賃金の計算方法について説明を求められた場合は,当該月の個人別インセンティブ実績等その計算根拠を示した上で分かりやすく説明すること。
③ 賃金の計算方法を含む労働条件については,新入社員教育時等に詳細を周知させること。また,周知後については,労働者の署名押印を求めるなど当該労働者に周知させたことを記録に残すこと。
(9) 被告は,平成21年6月26日,給与規程15条(業務インセンティブ)にSD業務インセンティブの計算式等詳細を明記した(<証拠省略>)。
(10) 被告の従前の給与規程上,「業務インセンティブは,業態別に定め,仕事量の測定に基づき支給する。なお,測定にあたっては,地域的な要素を加味する。」旨(15条1項),「仕事量の測定については他担当業務インセンティブ日額表及び業務インセンティブランク格付表に定め,店所業績に応じて単価を変動させる。」旨(同条2項)定められていた(<証拠省略>)。
(11) 被告の宅急便店所のフルタイマーSDを対象とした業務インセンティブは,社員1人1人の意欲的かつ効率的な業務への取り組みとセンターの活性化を奨励することを目的として,個人業績インセンティブ〔インセンティブ評価額(集荷純収入×評価率+配達純収入{配達個数×250円,メール便册数×45円}×評価率+販売純収入×評価率)-控除額(1日当たりの総労働時間×時間単価300円)〕+店所(センター)業績インセンティブ+目標労働時間達成加算により計算され,なお会議・研修時間について,総労働時間控除の対象から外すこととされている(<証拠・人証省略>)。
(12) 被告は,以下のとおり,aセンターにおける業務インセンティブの計算方法の係数を設定していた(<証拠省略>)。
① 評価率
集荷・販売(日) 1円以上2万5000円未満 14%
2万5000円以上5万円未満 9%
5万円以上 3%
配達(日) 1円以上3万5000円未満 14%
3万5000円以上 7%
② 控除ポイント
控除ポイント10ポイント,ポイント単価30円,時間単価300円
③ 店所業績インセンティブ
前年との比較及び計画との比較により,500円,600円,700円,800円,900円の5段階
④ 目標労働時間達成加算(月額)(省略)
(13) 被告の給与規程上,「社員が会社の指示により所定労働時間外・休日又は深夜にわたり勤務した場合及び労使協定による特定日に勤務した場合は以下の計算式により手当を支給する。なお,時間外労働の取扱については,別に定める。」旨(20条1項)定められている(<証拠省略>)。
1時間の単位額=〔(基本給+リーダー手当+地域手当)×月間所定労働時間165時間の1.25〕+〔業務インセンティブ×総労働時間(月間所定労働時間+超勤時間)の0.25〕
(14) 被告の就業規則上,「標準の始業及び終業時刻,休憩時間は以下のとおりとする。」旨(72条3項)定められている(<証拠省略>)。
① 始業時刻(標準)午前8時
② 終業時刻(標準)午後5時
③ 休憩時間(標準)午後0時から午後1時
(15) aセンターを含む被告の営業所においては,配達前の荷物の仕分け作業に従事する早朝仕分けアシストが午前8時までにSDが配達する荷物の仕分け作業を完了することとなっていたが,早朝仕分けアシストが十分配置されておらず,SDが荷物の仕分けを手伝わなければならない状況にあり,原告は,始業時間前の午前6時ないし午前7時ころに出勤し,荷物の仕分け作業を手伝っていた(<証拠・人証省略>,原告本人)。なお,被告は,当日に配達する荷物の20%を午前8時台に配達完了することを目標に掲げていた(<証拠省略>,原告本人)。
(16) 被告は,顧客が最終の宅急便の配達時間を午後8時から午後9時まで指定できるようにしており,SDが上記時間帯の配達指定の荷物を時間どおりに配達するため,上記時間帯まで待機し,時間指定があれば,配達に再度出発する業務(「8-9待ち」)があり,また,SDが集荷・配達終了後に不在先の荷物の仕分けや伝票の整理等を行う業務があり,原告は,終業時間後の午後8時以降まで残業することが多く,また,午後8時前にも荷物の配達等の業務を行う場合が多かった(<証拠・人証省略>,原告本人)。
(17) aセンターにおいては,夜間パートドライバーを募集したものの,雇用条件が合わなかったため,夜間パートドライバーを配置せず,また,担当地域に個人の家庭が多く,夜間の配達量が多かったため,夜間当番制も採用していなかった(<証拠・人証省略>,原告本人)。
2 争点1(300円控除措置の適法性)
(1) 原告の主張(請求原因)
① 300円控除措置は,仕事量ではなく,時間により計算されるものであるところ,給与規程15条は,仕事量の測定に基づき支給する旨,仕事量の測定は他担当業務インセンティブ日額表及び業務インセンティブランク格付表により機械的にされる旨定めているのみであり,時間的要素を斟酌する旨やその計算方法は定められていないから,仕事量の測定の際に時間を斟酌することは使用者の裁量の範囲内とはいえず,300円控除措置は,給与規程に根拠がなく,使用者が就業規則に明示された計算方法により賃金を支給しなければならない旨の労働基準法89条2号,24条に違反する。そして,被告は,純粋に集荷・配達の個数,営業収入を基礎に仕事量を測定して評価額を計算した後,時間的要素を斟酌した300円控除措置を講じており,仕事量の測定に時間的要素を斟酌しているわけではないから,給与規程に業務インセンティブが仕事量を測定して計算する旨定められている以上,業務インセンティブは,時間的要素を斟酌しない仕事量の測定のみで計算されなければならない。
② 300円控除措置が労働者に開示されず,労働者を納得させる手続を踏んでいないことに加えて,被告は,SDが出勤時間よりも早い時間に出社して仕分け作業に従事すること,午後9時まで配達業務に従事する仕組みにより配達終了後も一定の作業に従事することを余儀なくしており,所定労働時間より短時間で業務を終了することができず,長時間労働(残業)に従事せざるを得ない勤務体制を構築しながら,労働時間を短縮できない従業員のインセンティブを減額控除し,労働者に不可能又は著しく困難な目標達成を強いる300円控除措置を講じることは合理性がなく,公序良俗に違反する。また,時間短縮推進の目的であれば,時間外労働時間のみに300円控除措置を講じれば足り,所定労働時間にも300円控除措置を講じることが時間短縮推進と関係するのか不明であり,また,販売の売上によるインセンティブの加算は1か月2800円が精々であり,300円控除措置を取り戻すことも不可能であるから,300円控除措置は合理性がなく,公序良俗に違反する。
③ したがって,300円控除措置は違法無効であり,業務インセンティブは300円控除措置を講じる前の金額で把握されるべきである。なお,給与規程に業務インセンティブが仕事量を測定して計算する旨定められているのみである以上,300円控除措置の違法無効は,仕事量の測定により計算される業務インセンティブの有効性に影響を及ぼさない。
(2) 被告の主張
① 給与規程15条2項は,SDと異なる業態に適用されるものであり,SDの業務インセンティブには適用されないから,仕事量の測定が他担当業務インセンティブ日額表及び業務インセンティブランク格付表により機械的にされなければならないということはなく,また,給与規程15条1項は,「業務インセンティブは,業態別に定め,仕事量の測定に基づき支給する。」旨定めているにすぎず,どのように仕事量の測定をして業務インセンティブの具体的金額を決定するかは,被告が合理的裁量の範囲内で定めることができ,その内容に合理性がある限り,これを記載した書面は給与規程の一部となるところ,被告は,300円控除措置を含む業務インセンティブの計算方法を各種書面に明記し,これらを従業員に周知させており,かつ,300円控除措置は,短時間で効率的に仕事をこなした者にプレミアムを与える趣旨であり,効率性を考慮すること自体に合理性があり,集荷・配達個数や販売純収入を基準とする出来高の評価方法等にも合理性があり,各種書面による仕事量の測定は全体として合理性があるから,各種書面は給与規程の一部となる。また,業務インセンティブの計算方法によれば,300円控除措置以外の部分について,給与規程の文言のみから業務インセンティブの額を概括的にでも知ることは不可能であり,300円控除措置もそれ以外の部分も,具体的金額は各種書面が定める係数等により初めて決定されるものであり,給与規程の文言のみから業務インセンティブの具体的金額を決定することはできず,また,300円控除措置のみを無効であるということはできない。
② 被告は,従業員に対し,aセンター内のパソコンで容易にアクセスできる社内イントラへの掲載,Y運輸労働組合発行の機関誌「ネットワーク」への掲載及び毎年2回の定例人事説明会に伴うエリア支店長からの説明により,業務インセンティブの計算方法を記載した各種書面を周知させている。
③ 被告は,労使共に労働時間の短縮を最大の課題として認識し,会社全体で労働時間の短縮を推進しており,業務インセンティブは,時間短縮がスムーズに行われるように少しでも効率的かつ短時間で業務を行った場合に多くの賃金を支払う制度として設計されたものであり,時間短縮による割増賃金の低下を補って従業員に効率的な労働を推奨する意味合いを含んだ出来高給の一種である。また,出来高給は,1日の労働給付全体の対価として支払われる性質のものであり,時給とは異なるから,どの1時間も必ずプラスにならなければならず,また,300円控除措置が直接収益を上げられる時間帯に限定されなければならない合理的理由はない。さらに,個人業績インセンティブがマイナスになる時間帯があるとしても,業務の準備や1日の業務の整理をしている時間で集配業務や営業活動に密接に関連する時間帯であるところ,1日の仕事量はこれらの活動の総体として生み出されるものであり,かつ,その時間帯も工夫次第で能率を高め,時間短縮をすることが可能であるから,上記時間帯が300円控除措置の対象となっても不合理ではない。そして,被告は,労働環境改善のために全社で時間短縮を推進しており,「8-9待ち」のような非効率で高コストの勤務体制をあえて構築する動機がなく,集配の物量が少ない場合には夜間当番制の実施や夜間ドライバーの確保に努めており,また,従業員は効率的に配達等の業務を行い,業務インセンティブを増やすことが可能であり,aセンターにおいては,夜間当番制を実施することができていなかったが,業務量が多ければ,インセンティブ評価額も増えるから,労働時間が長いとしても,業務インセンティブ上の不利益はない。
3 争点2(業務インセンティブの出来高給の該当性)
(1) 原告の主張(請求原因)
被告は,業務インセンティブを出来高給として,給与規程の超勤単価の計算式により割増賃金(残業代)を計算している。しかし,業務インセンティブは,同じ仕事量・売上高であっても,時間がかかればかかる程安くなるものである。また,SDは,担当地域を決められ,1日の集荷・配達する荷物の個数も決められており,早く業務を終了すれば,他の地域の荷物の集荷・配達により売上を伸ばすことはできず,逆にPPを打刻してからタイムカードを打刻するまで荷下ろしの手伝い等出来高の上がらない業務に相当時間従事しなければならず,業務インセンティブで時間外労働に対する通常賃金部分に相応する賃金が既に支払われているとはいえない。さらに,業務インセンティブを構成する個人業績インセンティブ,店所(センター)業績インセンティブ,目標労働時間達成加算は,いずれもSD個人が行う集荷・配達業務と無関係な店所全体の売上や労働時間(300円控除措置)をも考慮して計算されており,業務インセンティブは,収益(出来高)と無関係に,特に収益をまともに上げることのできないようなPP打刻時間からタイムカードの打刻時間まで300円控除措置を講じており,純粋に時間に応じて決められた部分を持っている。したがって,業務インセンティブは,奨励給又は能率給であり,労働基準法が容認する出来高給ではなく,同法施行規則19条1項6号の適用がなく,同項4号を適用し,〔(基本給+リーダー手当+地域手当+業務インセンティブ)×月間所定労働時間分の1.25〕という超勤単価の計算式により残業代を計算するのが相当である。
(2) 被告の主張
業務インセンティブは,SDの業務遂行の成果に応じて額が定まる性質の出来高給であり,超勤に対する通常賃金部分(100%部分)は既に基礎となった賃金総額に含まれているから,超勤手当の計算にあたり,労働基準法施行規則19条1項6号を適用すべきである。また,SDが顧客の満足を得られるサービスを提供していれば,顧客から信頼され,集荷・配達件数を増やすことができ,また,そもそもSDの業務は,集荷・配達作業に限定されず,担当地域における営業活動等種々の業務により業績を向上させることができる。さらに,店所業績を考慮するのは,SDが自主的にセンター経営に参加し,センター全体の目標達成に協力することを奨励するためであり,これによりセンター全体の業績と共にSD個人の業績も向上し,良好な職場環境の形成による仕事への意欲の向上の効果等も期待できるものであり,センター全体の活性化とSD個人の業績向上は不可分であり,店所業績を考慮することにより業務インセンティブの出来高給としての性質が失われるものではなく,業務インセンティブが仕事量の測定に基づいて支給されるものであることも明らかである。そして,短時間で仕事をこなした者が支給額を上乗せする方法によっても,300円控除措置と同じ結果が得られるから,計算過程に減算・加算があるかは出来高給の性質とは無関係であり,また,時間的要素を考慮するハルシー制やローワン制が出来高給として認められている。そして,1日の仕事全体を見た場合,業務の準備や整理を行う時間帯があって収益を上げられるものであるから,これらの時間帯を300円控除措置の対象とすることは,むしろ出来高給の性質に合致する。
4 争点3(未払残業代及び給与額)
(1) 原告の主張(請求原因)
① 300円控除措置が違法無効であり,かつ,業務インセンティブが出来高給ではないことを前提とすると,別紙<160頁>記載のとおり,平成17年10月分から平成19年9月分までの原告の残業代は615万1847円と計算され,これから既払いの残業代303万0745円を控除すると,同期間の原告の未払残業代は312万1102円である。また,違法無効な300円控除措置を適用して控除された原告の未払給与は合計326万0520円(平成17年10月分から平成19年9月分まで201万9720円,平成19年10月分から平成21年5月分まで124万0800円)である。以上に加えて,原告は,労働基準法114条,37条に基づき,未払残業代312万1102円と同額の付加金を請求する。
② 仮に300円控除措置が違法無効でないとしても,300円控除措置は始業時間(午前8時)からPP終了までを1日の労働時間とすることを前提として制度設計されており,これ以外の全く売上の上がらない時間外労働時間に300円控除措置を講じることは制度設計の前提とされておらず,合理性がなく許されないところ,時間外労働時間1445時間について300円控除措置を講じて控除された原告の未払給与は43万3500円である。
(2) 被告の主張
① 300円控除措置は有効であり,かつ,業務インセンティブは出来高給であるから,被告の原告に対する賃金の未払いはない。
② また,被告は,シミュレーションを実施して業務インセンティブを含む賃金体系を設計したところ,実際に業務インセンティブを支給する際,総労働時間だけではなく,集荷・配達個数等についてもシミュレーションと一致しているわけではないから,総労働時間がシミュレーションと異なるからといって,300円控除措置のみを無効とすることはできず,また,総労働時間の設定にあたっては,直接収益が上がる時間帯のみを想定しているわけではなく,収益が上がらない時間帯が含まれることを当然の前提としているため,始業時間前の時間やPP終了後タイムカード打刻までの時間について,300円控除措置を講じても不合理ではなく,また,残業部分について,割増賃金が支払われており,賃金全体としての不利益はない。
5 争点4(消滅時効の成否)
(1) 被告の主張(抗弁)
未払割増賃金及び業務インセンティブの未払部分の請求は,平成19年6月分以前の分が平成21年6月10日の訴え提起までに2年間を経過した。被告は,平成21年7月14日の第1回口頭弁論期日において,答弁書をもって,上記請求権の消滅時効を援用する旨意思表示した。
(2) 原告の主張
被告は,平成21年3月,原告に対し,118万3290円を支払っており,時効完成後に債務を承認しており,信義則上,消滅時効を援用することができない。また,被告は,残業代の不払いが社会問題化し,清算を余儀なくされ,単に未払いの残業代の清算を約束したに止まらず,不払いの賃金の清算を約束したものと考えるべきであるから,信義則上,消滅時効を援用することができない。さらに,原告が業務インセンティブの不払いを請求できなかったのは,被告が給与規程に根拠のない減額控除を実態が不明確なまま,半ば秘密裡に行っていたためであり,被告が業務インセンティブの不払いについて消滅時効を援用することは権利濫用である。そして,原告が損害を知ったのは平成21年3月であるから,不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間は経過していない。
第3争点に対する判断
1 争点1について
(1) 原告は,上記第2の2(1)①記載のとおり主張する。ところで,上記第2の1(10)及び(11)認定のとおり,給与規程15条は,「業務インセンティブは,業態別に定め,仕事量の測定に基づき支給する。」旨(同条1項)及び「仕事量の測定については他担当業務インセンティブ日額表及び業務インセンティブランク格付表に定め,店所業績に応じて単価を変動させる。」旨(同条2項)定めていること,被告は,個人業績インセンティブ〔インセンティブ評価額(集荷純収入×評価率+配達純収入{配達個数×250円,メール便冊数×45円}×評価率+販売純収入×評価率)-控除額(1日当たりの総労働時間×時間単価300円)〕+店所(センター)業績インセンティブ+目標労働時間達成加算により業務インセンティブを計算していることが認められる。なお,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,その業務インセンティブに目標労働時間達成加算の加算・減算がされていないことが認められる。
(2) しかし,給与規程15条の文言からは,「仕事量の測定」の具体的内容が明確ではなく,機械的に仕事量を測定し,業務インセンティブを計算することはできず,また,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,給与規程の他担当業務インセンティブ日額表及び業務インセンティブランク格付表記載の計算方法及び係数と被告の行っている業務インセンティブの計算方法及び係数が異なっていることが認められるから,給与規程15条から業務インセンティブの計算方法の300円控除措置以外の部分を直接的に導き出すことはできない。そして,給与規程15条の文言からは,「仕事量の測定」に時間的要素を斟酌することを排除する趣旨を直ちに読み取ることはできず,時間的要素を斟酌した300円控除措置が給与規程15条所定の「仕事量の測定」の内容として許されないということはできない。したがって,300円控除措置は業務インセンティブの計算過程にすぎないというべきであり,業務インセンティブは,300円控除措置とそれ以外の部分を全体として把握するのが相当であり,業務インセンティブから300円控除措置のみを切り離し,300円控除措置のみが給与規程15条に反して違法無効であるということはできない。
(3) 次に,原告は,上記第2の2(1)②記載のとおり主張する。確かに,上記第2の1(15)ないし(17)認定の原告の始業時間前の勤務状況,終業時間後の勤務状況及びaセンターにおける夜間当番制及び夜間パートドライバーの不存在に加えて,上記第2の1(6)認定のとおり,平成17年10月分から平成19年9月分までの原告の時間外労働時間1445時間が認められることに照らせば,原告は,aセンターにおいて,時間外労働を行うことが多かったことが認められる。また,「SDのみなさんへ」と題する書面(<証拠省略>)には,インセンティブの計算方法について,集荷個数に純収入(@300)・配達個数に配達純収入(@250)を掛け,評価ポイントを算出し,その各々14%を評価額とするが,総労働時間に時間単価300円が控除され,午前8時から午後10時まで13時間働いて25個集荷,90個配達した者のインセンティブは3900円が控除される結果300円であるのに対し,午前8時から午後1時までに集荷は零であるものの,85個配達した者のインセンティブは1500円控除されるため,1475円となることが説明されており,SDの業務において,業績が高いにもかかわらず,業務インセンティブが低額となる場合があることが記載されている。
(4) しかし,上記(2)摘示のとおり,そもそも業務インセンティブから300円控除措置のみを切り離すことはできず,業務インセンティブの全体でその合理性を判断すべきである。そして,証拠(<証拠・人証省略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,労働時間の短縮を課題として認識し,会社全体で労働時間の短縮のための施策を推進しており,業務インセンティブは,労働時間の短縮が円滑に行われるように少しでも効率的かつ短時間で業務を行った場合に多くの賃金を支払う制度として設計されたものであることが認められ,従業員の労働時間の短縮と効率化という業務インセンティブの目的はそれ自体合理性があるというべきである。また,被告は,1日の業績全体で評価して業務インセンティブの額を計算しており,上記第2の1(3)認定のとおり,原告も,平成17年10月分から平成21年5月分までの給与支給の際,平成20年10月分及び同年11月分を除き,被告から業務インセンティブを支給されていたことが認められることに照らせば,1日の業績全体として見れば,業務インセンティブの額が不当とはいい切れず,業務インセンティブの計算方法が従業員にとって一方的に不利益であるということはできない。そして,短時間で同じ業績を上げた者や同じ時間で高い業績を上げた者の業務インセンティブがそうでない者のそれより高額になることは不合理ではないこと,業務インセンティブ中の個人業績インセンティブがマイナスとなる時間帯や直接収益の上がらない時間帯があるとしても,集荷・配達業務に密接に関連する準備又は整理の時間帯であり,これらの時間帯を300円控除措置の対象とすることが必ずしも不当とはいえないこと,これらの時間帯を含めて業務の合理化により労働時間を短縮することが必ずしも不可能とはいえないことに照らせば,原告が時間外労働を行うことが多かったことが認められるとしても,300円控除措置を含む業務インセンティブの計算方法は合理性があると認めるのが相当である。したがって,業務インセンティブは,全体として合理性があり,公序良俗に反しないというべきである。
(5) そして,原告は,300円控除措置が労働者に開示されず,労働者を納得させる手続を踏んでいない旨主張する。確かに,上記第2の1(8)認定のとおり,被告は,平成21年4月30日,大津労働基準監督署から労働基準法89条を法条項等として,業務インセンティブの計算方法を就業規則に記載していないことを違反事項とする是正勧告を受け,業務インセンティブの労働者への周知を図るための措置を講ずるように指導を受けたことが認められる。
(6) しかし,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告は,社内イントラネットに業務インセンティブの改訂及び上記第2の1(11)認定の業務インセンティブの計算方法を説明した「SD業務インセンティブの一部改定について」や「SDのみなさんへ」等を掲載し,aセンターにおいても,これらを閲覧することができる状態にあったこと(<証拠・人証省略>),Y運輸労働組合は,業務インセンティブの改訂及び上記第2の1(11)認定の業務インセンティブの計算方法を説明した平成17年5月10日付け「ネットワーク」515号を発行したこと(<証拠省略>)が認められることに照らせば,被告は,給与規程そのものに記載していないものの,従業員に対し,上記第2の1(11)認定の業務インセンティブの計算方法を曲がりなりにも周知したことが認められる。したがって,「SD業務インセンティブの一部改定について」や「SDのみなさんへ」等の書面は,給与規程の一部を構成すると認めることができ,300円控除措置を含む業務インセンティブの計算方法は,全体として給与規程の根拠を有すると認めるのが相当である。
(7) 以上のとおり,業務インセンティブは,全体として,給与規程に根拠を有し,かつ,合理性もあることが認められ,争点1についての原告の主張を採用することはできない。
2 争点2について
(1) 原告は,上記第2の3(1)記載のとおり主張する。そして,上記第2の1(11)及び(12)認定のとおり,業務インセンティブの計算式は,個人業績インセンティブ〔インセンティブ評価額(集荷純収入×評価率+配達純収入×評価率+販売純収入×評価率)-控除額(1日当たりの総労働時間×時間単価300円)〕+店所(センター)業績インセンティブ+目標労働時間達成加算であること,被告は,aセンターにおいて,店所業績インセンティブについて,前年との比較及び計画との比較により,500円,600円,700円,800円,900円の5段階の係数を設定していたことが認められる。
(2) しかし,上記第2の1(11)認定の業務インセンティブの計算方法及び原告のSD業務インセンティブ実績表(<証拠省略>)の記載に照らせば,業務インセンティブの中心は,内容的にも金額的にも個人業績インセンティブであると認めるのが相当であり,個人業績インセンティブは,SD個人の集荷・配達・販売という業績に基づいて計算されるものであり,また,時間的要素を斟酌した300円控除措置が講じられているけれども,出来高給の性質上,時間的要素を斟酌することが許されないということはできないから,個人業績インセンティブの計算方法は出来高給の性質に合致するというべきである。また,上記2(1)摘示の事実に照らせば,店所業績インセンティブは,店所業績を斟酌するものではあるものの,業務インセンティブ中における比率は大きくない上,増額のみがされる項目であり,これにより減額がされることはないから,業務インセンティブの出来高給の性質を左右しないというべきである。したがって,上記1摘示の300円控除措置を含む業務インセンティブの計算方法の合理性も併せ考慮すれば,業務インセンティブは,出来高給の性質を有すると認めるのが相当であり,労働基準法施行規則19条1項6号が適用されるというべきである。
(3) 以上のとおり,業務インセンティブは,労働基準法施行規則19条1項6号の適用を受ける出来高給の性質を有することが認められ,争点2についての原告の主張を採用することはできない。
3 争点3について
(1) 以上からすれば,業務インセンティブは,給与規程15条に基づく有効なものであり,かつ,労働基準法施行規則19条1項6号の適用を受ける出来高給であるというべきであり,被告による原告の業務インセンティブの額の計算は相当であり,また,被告に不法行為も成立しないというべきであるから,争点4について判断するまでもなく,被告の原告に対する未払残業代312万1102円及び未払給与又は損害賠償金326万0520円を認めることはできず,また,未払残業代と同額の付加金請求を認めることもできない。
(2) また,原告は,上記第2の4(1)②記載のとおり仮定的に主張する。しかし,上記1摘示のとおり,300円控除措置を含む業務インセンティブの計算方法は合理性があることが認められるから,被告が業務インセンティブの制度設計の際にPP終了までの労働時間を想定していたとしても,そのことから直ちに時間外労働時間を300円控除措置の対象とすることが不当とはいえないから,被告の原告に対する未払給与43万3500円を認めることはできず,原告の上記仮定的主張を採用することはできない。
4 結論
よって,原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 河本寿一)
平成17年10月~19年9月の割増賃金等集計表
年
月
給与明細上の月による賃金(円)
是正勧告前の業務インセンティブにおける時間控除金額(円)
是正勧告後の業務インセンティブにおける時間控除金額(円)
業務インセンティブにおける協定ルール超過による控除金額(円)
月による賃金(円)
所定労働時間
割増賃金算定の基礎となる時間給(円)
通常時間外労働時間
支払うべき割増賃金(円)
支払われた割増賃金(円)
清算すべき未払いの割増賃金(円)
2005
10
207,506
59,520
24,000
291,026
165
1,764
120
264,569
131,306
133,263
11
202,908
60,540
20,700
284,148
165
1,722
100
215,264
110,670
104,594
12
214,496
68,070
26,700
309,266
165
1,874
137
320,981
145,302
175,679
2006
1
194,847
69,930
18,900
283,677
165
1,719
130
279,379
136,045
143,334
2
189,114
61,800
18,300
269,214
165
1,632
129
263,096
134,862
128,234
3
188,276
47,610
18,000
253,886
165
1,539
91
175,027
90,592
84,435
4
192,388
58,560
23,400
274,348
165
1,663
100
207,839
100,385
107,454
5
184,944
58,470
18,900
262,314
165
1,590
106
210,646
107,380
103,266
6
181,743
66,630
15,000
263,373
165
1,596
107
213,492
108,376
105,116
7
195,776
71,520
19,500
286,796
165
1,738
131
284,623
137,228
147,395
8
190,157
75,600
21,600
287,357
165
1,742
152
330,896
160,838
170,058
9
186,949
66,990
12,000
265,939
165
1,612
100
201,469
100,895
100,574
10
178,902
60,180
11,100
250,182
165
1,516
98
185,741
98,106
87,635
11
210,270
62,310
16,800
289,380
165
1,754
98
214,843
100,181
114,662
12
197,889
72,450
18,600
288,939
165
1,751
127
277,994
132,832
145,162
2007
1
191,659
72,660
19,200
283,519
165
1,718
135
289,963
141,480
148,483
2
196,893
67,020
18,300
282,213
165
1,710
147
314,283
156,816
157,467
3
189,334
63,780
9,000
262,114
165
1,589
106
210,485
108,927
101,558
4
193,601
77,280
11,100
281,981
165
1,709
121
258,483
128,412
130,071
5
181,420
62,580
8,700
252,700
165
1,532
96
183,782
99,185
84,597
6
206,686
71,220
17,700
295,606
165
1,792
133
297,845
144,360
153,485
7
217,850
75,960
15,300
309,110
165
1,873
127
297,401
138,282
159,119
8
201,494
79,290
20,400
301,184
165
1,825
160
365,072
175,077
189,995
9
206,566
73,950
12,600
293,116
165
1,776
130
288,675
143,208
145,467
合計
1,603,920
415,800
0
合計
2,881
6,151,847
3,030,745
3,121,102
※給与明細上の月による賃金は給与明細(<人証省略>)の給料計欄の基本・職務給の金額とウケトリの金額の合計額からキホンキュウフクミの金額を控除した金額とリーダー手当,地域手当,業務インセンティブを合計した金額。
※是正勧告前の業務インセンティブにおける時間控除金額は(人証省略)の時間控除金額の合計欄の金額。
※是正勧告後の業務インセンティブにおける時間控除金額は(人証省略)インセンティブの差欄の金額。
※月による賃金は給与明細上の月による賃金に是正勧告前と後の業務インセンティブにおける時間控除額,協定ルール超過による控除金額を加算した金額。
※所定労働時間は被告主張の165時間で統一。
※割増賃金算定の基礎となる時間給=月による賃金÷所定労働時間(円未満切捨て)
※通常時間外労働時間は(人証省略)の実超勤時間の後欄の時間。
※通常時間外割増賃金=割増賃金算定の基礎となる時間給×1.25×通常時間外労働時間
※時間外深夜割増賃金=割増賃金算定の基礎となる時間給×0.25×時間外深夜労働時間
※支払われた割増賃金は給与明細(<人証省略>)の超勤手当と深夜手当と(人証省略)の遡及支払通知にて支払われた被告主張の超勤手当合計金額。
※清算すべき未払いの割増賃金=支払うべき割増賃金(通常時間外割増賃金+時間外深夜割増賃金)-支払われた割増賃金。