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大津地方裁判所 平成4年(わ)400号 判決 2000年3月24日

本籍 《省略》

住居 《省略》

職業 会社員(休職中) A

昭和五年六月一六日生

<他2名>

主文

被告人Aを禁錮二年六月に、被告人Bを禁錮二年二月に、被告人Cを禁錮二年にそれぞれ処する。

被告人三名に対し、この裁判が確定した日から三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは、滋賀県甲賀郡水口町大字虫生野八七五番地所在の貴生川駅から同郡信楽町大字長野一九二番地所在の信楽駅までの間に鉄道による単線軌道を設け、常用閉そく方式として単線特殊自動閉そく方式を採用し、第一種鉄道事業を営む信楽高原鐵道株式会社(以下単にSKRと略称する。)の信楽駅の運転主任として駅長が行う業務である信号取扱・列車出発合図等運転に関する一切の業務に従事していたもの、被告人Bは、SKR施設課長として信号その他保安設備の保守及び施工に関する業務を掌理するとともに後記被告人Cを指揮・監督するなどの業務に従事していたもの、被告人Cは、SKRと信号設備点検・修理の委託契約を締結していたB山電業株式会社(以下単にB山電業と略称する。)の大阪営業所係長で、同社からSKRに派遣され同社に常駐し、被告人Bの指揮の下でSKRの信号装置の点検・修理の業務に従事していたものであるが、平成三年五月一四日午前一〇時一四分ころ、前記信楽駅駅務室において、被告人Aが、同駅備え付けの制御盤のてこ操作により、F運転の信楽駅発貴生川駅行(上り)五三四D列車(内燃動車・四両編成)を出発させるに際し、同駅一番線(上り)出発信号機(二二L)に緑色を現示させようとしたところ、同制御盤上に下り方向表示灯が点灯し、かつ同出発信号機に緑色が現示されず、赤色現示のままであったため同信号機を制御する継電連動装置の故障と思い、被告人Bと共に被告人Cに同装置の点検・修理方を指示・依頼し、被告人Cにおいて、同日午前一〇時一五分ころから、同駅構内に設けられた継電連動室において、被告人Bの指揮・監督の下で同装置を点検・修理していた上、同日午前一〇時一六分ころ、西日本旅客鉄道株式会社(以下単にJRと略称する。)所属のE運転に係る貴生川駅発信楽駅行(下り)五〇一D列車(内燃動車・三両編成)が前記貴生川駅を出発し信楽駅に向け進行してくることがダイヤ上予定されていたのであるから

第一  被告人Aは、前記五三四D列車を右出発信号機が赤色現示のまま出発させるに当たっては、信号設備が故障し、使用不能となっていることを認識したのであるから、列車行き違い場所として設置された同郡水口町大字牛飼字小野谷八〇一番地の九所在の小野谷信号場に先着した下り列車が、行き違い予定の上り列車未到着のまま、小野谷信号場下り出発信号機(一三R)の緑色誤表示に従い通過することもあり得ることを予見し、被告人Bと連絡を密にとって、信号を制御する継電連動装置の使用停止前、すなわち信号の全面的使用停止措置がとられるまではその修理を中止するよう強く要請して列車の安全を確認し、かつ、小野谷信号場まで要員を派遣し、信楽駅・小野谷信号場までの区間開通とその安全を確認し、上り列車に指導者を同乗させるなどSKR運転取扱心得及び代用閉そく施行手順に規定された代用閉そく方式である指導通信式の所定の手続をとり、その上で、上り列車を出発させるべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同列車の出発を急ぐ余り、被告人Bと連絡を密にとり、継電連動装置の使用停止前の修理を中止させて同列車の運行の安全を確認することも、同信号場に要員を派遣し、同駅及び同信号場間の区間の開通及び安全の確認をすることもなく、指導者を乗車させただけで漫然出発合図を出し、同日午前一〇時二五分ころ、同駅から同列車を出発させた過失により

第二  被告人Bは、被告人Cに継電連動装置の点検・修理を指示するについては、信号の誤表示による列車事故を防止するため、直ちに継電連動装置の使用を停止し、すなわち信号の全面的使用停止措置をとり、仮に、継電連動装置の使用停止をせずに被告人Cに同装置の修理をさせるのであれば、右修理により同装置に関連する信号機に誤作動を生じさせないよう常時監督し、さらに、信号誤作動の可能性を考慮して被告人Aと連絡を密にとって、被告人Cが点検修理中は、被告人Aに列車の出発を見合わせるよう強く要請して列車の運行の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、継電連動装置の使用停止措置をとることもなく、漫然被告人Cに継電連動装置の修理を継続させ、また、被告人Aと連絡をとり、同人に列車の出発を見合わせるように強く要請して列車の運行の安全を確認することもなく、漫然被告人Cをして同装置を正当な条件を経ない電源で動作させて小野谷信号場下り出発信号機に緑色を現示し得る状態を生ぜしめた過失により

第三  被告人Cは、継電連動装置を修理するに当たり、それが小野谷信号場の信号機等に誤信号を現示するおそれがあったのであるから、被告人Bと連絡を密にとって、継電連動装置の使用を停止させ、すなわち信号の全面的使用停止措置をとるよう要請してそれがなされたことを確認し、それが確認できないときは同装置の修理を中止し、正当な条件を経ない電源で動作させるなどの行為をしてはならない業務上の注意義務があるのに、これを怠り、被告人Bと連絡を密にとって、継電連動装置の使用を停止させるよう要請してそれがなされたことを確認することも、修理を中止することもなく、継電連動装置の方向回線端子とUZ回線端子とをジャンパー線で接続して同装置を正当な条件を経ない電源で動作させ、小野谷信号場下り出発信号機に緑色を誤表示し得る状態を生ぜしめた過失により

同日午前一〇時三〇分ころ、前記E運転の五〇一D列車が同信号場にさしかかった際、同信号場下り出発信号機に緑色を現示させ、同列車をして、同信号現示に従い同信号場を通過させ、同日午前一〇時三五分ころ、同郡信楽町大字黄瀬九九三番地の三付近軌道上において、同列車と前記F運転に係る五三四D列車とを正面衝突させ、右五〇一D列車一両目及び右五三四D列車の一、二両目を大破させるなどして破壊し、よって、その衝撃により別表一記載のとおりG子他四一名を死亡させたほか、別表二記載のとおりH子ほか五一八名に対し、加療約三日間ないし約一年七か月間を要する各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(事実認定の補足説明)(なお以下、特に断りのない限り年は、平成三年である。時間表示は、全て二四時間表示とする。)

第一本件の概要

以下の事実は当事者間に争いがなく、証拠上も明らかである。

一  旧国鉄の赤字ローカル線の一部として信楽線が廃止予定とされたことから、地域住民の要望を受けた滋賀県と信楽町が中心となっていわゆる第三セクター方式のSKRを昭和六二年二月に設立した。

同社の営業路線は、JRの草津線貴生川駅と信楽駅を結ぶ全長約一四キロメートルの単線軌道のみで、常勤の職員は約二〇名であった。

設立から平成三年までは、票券閉そく方式という票券の発行を受けた列車のみが軌道を通行するという方式を採用し、しかも一編成の列車のみが貴生川、信楽駅間を往復するダイヤであったためおよそ衝突事故は起こり得ないシステムであった。

二  平成三年四月信楽町において開催予定の世界陶芸祭の来場者の輸送対策として、滋賀県と信楽町等から輸送力の増強を求められた同社は、JRに協力を求め、平成元年ころから両社間において協議を続け、貴生川、信楽駅間に列車の行き違い場所を設け、列車本数を増加させること、輸送力強化に伴う安全性確保のため信号設備を一部自動化した特殊自動閉そく方式を採用し、そのために必要な工事は貴生川駅関係はJR側が施工し、貴生川駅と信楽駅間はSKR側が担当すること、JRの列車が草津線経由で信楽駅まで直通乗り入れすること等が合意され、逐次実施された。

本件当時のSKRの路線と信号の概略は、別図のとおりである。

三  平成三年五月一四日午前、信楽駅の出発信号機が原因不明のまま赤色現示で固定し、貴生川駅行の五三四D上り列車を出発させることができない事態が発生したが、前記陶芸祭の開催期間中でもあり右上り列車は右状態のまま発車した。

四  ところが右上り列車が行き違い場所である小野谷信号場に到着する前に、進行してきたJR所属の直通五〇一D下り列車と単線軌道上で正面衝突し、別表一、二記載のとおりの死者四二名、重軽傷者五一九名にのぼる大惨事が発生した。

五  右事故に関し、当日の信楽駅長として勤務していた運転主任・被告人A、SKR施設課長・被告人B、同会社から委託を受けて信号修理を担当した信号技術者・被告人Cの各過失が起因しているとして、右三名が平成四年一二月二四日当裁判所に起訴された。

第二被告人Aの注意義務違反の存否

被告人Aの弁護人ら(以下、弁護人と略称する。)は、被告人Aには本件事故につき過失はなく、無罪である旨主張するので、以下、個別の論点に即して検討する。

一  本件事故当日の被告人Aの勤務内容とその状況

被告人Aの本件事故に関する注意義務違反の有無を論ずるその前提として本件事故当日(以下、本項においては、断りのない限り、平成三年五月一四日を指す。)の被告人Aの勤務内容とその状況につき、先ず検討する。

前掲各証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1 被告人Aは、事故当日、八時一〇分ころ出勤し、前日の運転主任であるNから「運輸局の人が一一時一六分(貴生川駅発の列車でこっち(信楽駅)に来られる。」との引継を受け、引継後の八時三〇分過ぎに運転主任として列車運行業務に就いた。その後、折り返し一〇時一四分の信楽駅発の上り五三四D列車(以下、「上り列車」という。)となるはずの一〇時七分信楽駅着の下り五三一D列車(以下、先行下り列車という。)の受け入れ準備を終えたが、先行下り列車が定刻に到着せず、結局、満員の二五〇名位の乗客を乗せて三分遅れの一〇時一〇分に到着した。そこで、被告人Aは、この三両編成の先行下り列車に一両増結し四両編成の上り列車とする連結作業に入り、その作業は上り列車の出発時刻である一〇時一四分に終了した。

2 次いで、被告人Aは、上り列車の発車操作を開始し、一番線の上り出発信号機二二Lに出発信号の緑色を出すため、信楽駅駅務室の制御盤上の二二番てこをNからL側に倒した。本来はその操作により上り出発信号機二二Lに緑色を現示できるはずであった。ところが、この時は、二二番てこをNからL側に倒しても上り出発信号機二二Lに緑色を現示することができなかった。その際、三四転てつ器が一番線から開放されず、それが原因で出発信号が出ないのではないかと思い、制御盤上の三四転てつてこを操作し、三四軽てつ器が一番線から開放された定位の状態にさせた上で、再度、二二番てこをNからL側に倒した。ところが、それでも二二Lに緑色が点灯せず、上り列車の出発信号を出すことができなかった。

3 この時、右制御盤上の下り方向表示灯が点灯していた。下り方向表示灯は、信楽駅行きの下り列車が貴生川駅と小野谷信号場との間にある接近制御子「一二RDA」を踏んだときに点灯するはずのものであった。しかし、下り方向表示灯が点灯していた時の時間は一〇時一四分を少し過ぎたくらいのころであったし、貴生川駅発のJR下り五〇一D列車(以下、「下り列車」という。)の発車時刻は一〇時一六分四〇秒であったので、下り列車が貴生川駅を発車しているはずもなく、まして「一二RDA」を通過しているはずもなかった。

4 そこで、被告人Aは、信号故障と判断し、D業務課長(本件事故により死去。)にその旨の報告をした。制御盤を確認したD業務課長から「Cを呼べ。」と被告人Cに信号トラブルの点検・修理を依頼するように指示された。そこで、被告人Aは、被告人Cを呼び、駅務室に来た被告人Cに制御盤を見せ、下り方向表示灯が点灯し、出発信号が出ないことを説明し、被告人Cに対し、信楽駅の継電連動室を見て欲しい旨の依頼をした。施設課長で被告人Cの上司でもある被告人Bからも信号トラブルの点検・修理を指示された被告人Cは、「ちょっと見てきます。」といってそのまま被告人Bと一緒に事務所を通って裏口から出て継電連動室へ向かった。

5 この後、被告人Aは、制御盤上の上り信号表示灯の電球が切れているだけではないかと思い、それを確認するため、駅務室のホームへの出入口から一番線ホーム北端にある二二Lの出発信号機を見たが、赤色が点灯し、制御盤上の信号表示灯に異常のないことを確認した。そこで、一番ホームの方から継電連動室へ向かい、その出入口付近から、継電連動室内の向かって右奥辺りにいた被告人Cに対し、信号トラブルの点検・修理の進捗状況を尋ねたが、被告人Cから、もう少し待つようにとの返答があったので、駅務室に一旦戻った。

6 駅務室に戻った被告人Aは、今度は列車の先頭位置が発車線を超えていると出発信号が出ないこともあることから、一両を増結している上り列車の先頭位置が出発信号機と連動している発車線を超えているかどうかを確認することを思い立った。そのため、被告人Aは、一番線ホームに出て列車の先頭位置を覗き、列車が発車線の手前に停車しているのを確認した。その様子を見ていたD業務課長から「どうあろい。」と怒鳴られた。そこで、被告人Aは、駅務室に戻り制御盤を見たが、元のままであった。間もなく下り方向表示灯が一瞬点いたり消えたりの点滅を繰り返すのを見た被告人Aは、被告人Cが継電連動室で修理をしていると思うとともに、下り方向表示灯が消えているときに二二番てこをL側に倒せば二二Lに緑色を現示できるのではと思い、下り方向表示灯が消える瞬間を狙って二二番てこをNからL側に倒すことを二、三回繰り返した。しかし、結局、出発信号は出なかったし、そのうち下り方向表示灯は点灯を継続するようになった。

7 その後、被告人Aは、再び継電連動室に向かったが、途中、三三番のポイントと車庫の間付近に運転主任のNがいたので両手で信号が故障していることを伝えた。継電連動室に行くと、被告人B、N、施設整備主任のVも来ていた。この時、一〇時二〇分ころとなっていた。継電連動室の右奥では被告人Cがリレー架に向かって立ち、二つ折りにしたような状態で長さ六〇ないし七〇センチメートルの一本のリード線の端を両手で持っていたので、被告人Cや信号トラブルの修理のためリレーの接点を触っていることが分かった。その被告人Cに対し、被告人Aは、「まだですか。」と尋ねたが、被告人Cは「まだ待ってください。」と返答した。

8 その後、被告人Aが駅務室に戻ると制御盤の隣にあるトークバック(駅構内の有線通話装置)から三四転てつ器付近にいたVから「まだ直りませんか。」といってきた。そこで、被告人Aは、「まだです。」と返答した。そして、被告人Aは、上り列車出発の定刻よりも五、六分くらい過ぎていたので、下り列車の運行が気になり、貴生川駅に電話で尋ねると、五分くらい遅れて出発したと聞いた(実際には下り列車は貴生川駅を約二分遅れの一〇時一八分四二秒に出発していた。)。この電話が終わって少ししたころ、駅務室にきた被告人Cから「まだ直りませんか。」と聞かれ、被告人Aは、二二番てこをL側に倒したが、二二Lに緑色が現示しなかったので「まだです。」と答えると、被告人Cは方向表示灯が点灯しているのを確認した上、継電連動室に戻って行った。この際、被告人Aは、二二番てこを再び中立の位置のNに戻した。

9 一〇時二二、三分を少し過ぎたころ、被告人Cが出て行くのと入れ違いにD業務課長が駅務室にきて「早よ出さんかい、何をもたもたしとんのや、代閉でいこう。腕章出せ。」と被告人Aに対して怒鳴った。被告人Aは、それには何も答えずに駅務室の金庫の上の用具箱から指導者腕章を取り出し、D業務課長に渡した。D業務課長は腕章を受け取るとそれをA23運転士(本件事故により死去。)に指導者として添乗するように伝えて同人に腕章を渡し、二人とも一番線ホームに出て列車の方へ行った。

10 被告人Aは、D業務課長の右指示を信号故障の場合の代用閉そく方式である指導通信式で列車を出せという意味に理解した。しかし、仮に、指導通信式により列車を運行する場合は、指導者の選定以前に、小野谷信号場に人を派遣して信号装置を使用しない方式による運転取扱をさせ、かつ小野谷信号場までの区間開通(他の列車が存在しないこと)の確認をしなければならない。しかし、小野谷信号場に人を派遣して運転取扱をさせ、小野谷信号場までの区間開通の確認をするには一〇分以上の時間を必要とし、この時点で出発させた場合には、指導通信式の手順を踏む時間的余裕はなかった。そうかといって、被告人Aは、被告人Bに信号装置の使用停止措置をとるまでは、信号保安装置の責任者である被告人Bと連絡を密にとり被告人Cの修理を中止させるということもしなかった(すなわち、信号装置の使用停止措置とは、SKR運転取扱心得二〇四条によれば、連動装置が故障となったために、使用することができないときは、信号機の現示を停止して代用手信号によることとされているし、SKR信号保安装置整備心得二一条(1)によれば、信号機そのものを使用停止するときは、それが常置信号の場合であれば、信号灯を消灯し、信号機の前面に白色木片を×型に取り付けるか、木片でおおうか、又は機構を側面に向けることとされる。)。にもかかわらず、被告人Aは、D業務課長に叱責されたことで動揺してしまい、いわれるまま代用手信号で列車を出発させることも仕方ないと思い、緑色の手旗を探し、ホームに出ようとした。

11 ただ、当時、被告人Aとしては、出発信号赤色にもかかわらず列車を出発させるときは誤出発検知機能を働かせて小野谷信号場の下り出発信号機一三Rに赤色現示をさせなければならず、そのためにはあらかじめ誤出発ランプ下のカバー内の解錠ボタンを押さえなければならないと思っていたため、駅務室内金庫横の壁に取り付けてあるキーボックスの扉を開け、解錠キーを取り出し、誤出発ランプ下のカバーの鍵穴にキーを入れ回し、カバーを開け、その中にある解錠ボタンを押した。こうして列車を出せば(以下、上り列車が二二L赤色現示のまま出発することを「誤出発」という。)、五月三日に信楽駅出発信号の赤固定トラブルが起きた際そうであったように、誤出発となって、小野谷信号場の下り出発信号機一三Rは停止信号である赤色を現示し、仮に下り列車が小野谷信号場に先着しても、停止してくれるだろうと思った。

12 その上で、被告人Aは、手旗を探し、緑色の手旗を赤色の手旗と共に持ち出し、駅務室から一番ホームへ出て、走りながら緑色の手旗と赤色の手旗を振りほどき、それらを左右の手に分けて持ち、途中、走りながら懐中時計を見て「一〇時二四分二〇秒」であることを確認した。ただ、この時、あわてていたため、いつもは列車発車前に押している出発ブザーは押していなかったが、そのままホーム先端の上り列車の運転席位置辺りまで駆けて行き、その際、緑色の手旗と赤色の手旗を分け、左手に緑色の手旗を、右手に赤色の手旗を持った。被告人Aが緑色の手旗を掲げて代用手信号で進行現示を出そうとしたが、列車の運転席に座り、窓から首を出した運転士のF(本件事故により死去。)から「そんなもんええ、早よ出せ。」と怒鳴られた。被告人Aは、「ムカッ」ときたが、気をとり直し、F運転士に対し、左手を地面と平行に挙げて持っていた緑色の手旗を挙げ、進行現示を出し、続いてこの手を頭の上に振り上げて出発の合図を出した。F運転士はその直後に列車を出発させた。その時刻は一〇時二四分五〇秒ころであった。

13 次いで、被告人Aが駅務室に戻り、制御盤を見ると誤出発表示灯が点灯していた。しかし、被告人Aは、はたして正規の誤出発になっているか不安となり、三〇番の切り換えてこを一旦自動モードに切り換え、もう一度誤出発ボタンを押してみたが、誤出発表示灯は点灯したままであった。そこで、多分これで大丈夫と思い、下り列車を受け入れのため、三〇番の切り換えてこを手動モードに戻した。この後、被告人Aは、ホーム上で確認した前記「一〇時二四分二〇秒」を基にそれから三〇秒後に上り列車が出発した時刻を定刻より「+11」と上り列車の「列車運行状況表」の「早遅発時分」の欄に記載しようとしたが、気分が動転し、「五三六」列車の「早遅発時分」の欄に誤ってその旨記載した。しかし、直ぐにそれと気づいてその記載を上り列車の該当欄に記載し直した。しかし、その際、「+11」ではなく「+10」と記載したが、上り列車の出発時間は二四分の後半である二四分五〇秒であるところから本来は「+11」と書くべきはずであった。ともあれ、被告人Aは、上り列車の出発時刻を右のとおり確認し、それを報告用文書に記載して残した。そして、被告人Aは、直ぐに貴生川駅に直通電話を掛け、出た相手に「五三四、一〇分遅れです。」と伝えたが、信号故障の起こったことや、上り列車が誤出発したことは言わずに切った。その後、同僚の運転主任であるLやI総務課長に「課長から怒鳴られるし、Fにまで怒鳴られた。やってられんわ。」と愚痴をこぼした。

14 その後、一、二分して、駅務室横の事務室との出入口付近から「もう出たんですか。」と被告人Cが言ったので、被告人Aが「ええもう出ました。」と答えると、さらに「JR貴生川何分でした。」と聞いたので「五分遅れや。」と被告人Aは答えた。その後、上り列車の列車無線からD業務課長の声で「Cを呼んでくれ。」と言ってきたので、被告人Aが、被告人Cに代わると「小野谷どうしたらいい。」と聞いていた。これに対し、被告人Cは、「大丈夫です。」と返事した。無線交信の後、直ぐに被告人Cは駅務室から出て行った。

15 なお、被告人Aは、三月五日に受けた教養(指導教育)の際、小野谷信号場を通過する下り列車に信楽駅から連絡を取る方法として、信楽駅の制御盤上に「小野谷信号場呼び出してこ」という設備があり、このてこを押せば小野谷信号場にある下り出発信号機の下に付いている黄色回転灯が点灯し、この回転灯を見た列車の運転士が車両を停止させ、信楽駅と連絡を取らねばならないということを聞いていた。しかし、当時は慌てていたため、忘れていた。もっとも、上り列車が定刻より約一〇分遅れで信楽駅を、下り列車は定刻より五分(実際は二分二秒)遅れで貴生川駅を出発しており、貴生川駅から小野谷信号場まで約一〇分かかるので、上り列車が出発した時点では下り列車は、まだ小野谷信号場に着いていないはずだと思い、小野谷信号場の下り出発信号機一三Rが上り列車の誤出発で赤色に固定され、下り列車は小野谷信号場で停止し、上り列車が下り列車と小野谷信号場で行き違いできると思っていた。

16 その後、被告人Aは、なお誤出発の状態になっているか不安があったので制御盤を見たところ、何時の間にか下り方向表示灯は消えているのに気がついた。ただ、上り方向表示灯も点灯していなかった。そして、誤出発表示灯は点灯したままであった。ところが、数分後、突然無線から「列車が脱線している。」というVの声がした。被告人Aは、すぐに上り列車を列車無線で呼んだが、応答はなく、小野谷信号場までスピードを出し過ぎてカーブを曲がり切れず脱線したのかという心配が的中したと思った。その矢先に無線でVから「衝突しとる、怪我人もある。」と叫んできたことから本件事故が発生したことを被告人Aは知った。そこで、被告人Aが被告人Cに上り列車が下り列車と正面衝突をしたことを伝えると、被告人Cは「それを心配していたんです。」と顔を青くしていた。

二  被告人Aの当日の行動につき争いのある点に対する補足説明

1 被告人Aが、指導通信式による上り列車の出発及び指導者腕章を出すことをD業務課長から指示された時期如何

(1) 被告人Aは、公判廷において、被告人Cへの信号修理の依頼直後の午前一〇時一五分ころにD業務課長から「代用閉そくで行こう。」と命じられたがこれを断ったところ、さらに、被告人Cが「まだ直りませんか。」と駅務室に聞きに来た直後に同課長が「早う出さんかい、何もたもたしとんのや。」と怒鳴って駅務室に入って来た一〇時二三分ころの二回指示があった、すなわち被告人Aの意思に反する同課長の執拗な指示があったと供述する一方、警察の当初段階と検察段階では、後の一回のみと供述し、後の警察段階では公判供述と同様の供述をし、変遷があるところである。

(2) そもそも、信楽駅上り出発信号機二二Lが赤固定した際、D業務課長が被告人Aに対し「Cを呼べ。」と言ったその直後に、被告人Aが被告人Cに信号の修理を依頼したことは、被告人Aも公判廷において自認するところである。そうだとすると、そのわずか一、二分後において、被告人Cの信号修理の成否の目処も立っていないまま、D業務課長が赤信号のまま上り列車出発の指示を出すというのはいささか不自然なことといえる。

この点、弁護人は、五月三日に本件事故当日と同様、信楽駅出発信号機二二Lが赤固定した際に、D業務課長が早い段階で代用閉そくによる出発を指示していることから、本件当日においてもその時と同様早い段階で右のような指示を出したからといって不自然ではない旨主張する。

しかし、五月三日の際には、D業務課長は被告人Cに修理をさせようとしていたが、同被告人を見つけることができず、そのため、早い段階で出発させた経緯があったのであり、本件事故当日とは前提が異なると認められる。

(3) この点に関し、運転主任のL(SKRでは三名の運転主任が交代で信楽駅長の業務を行っていた。)は、本件事故当日、上り出発信号機二二Lに緑色が出ないことから、被告人Aが被告人Cを呼び、駅務室に来た被告人Cが被告人Aの依頼により信楽駅の継電連動室に向かった後、Lが駅務室に一人残っていたこと、その後、被告人Aが、それに続いて、D業務課長がA23運転士とともに駅務室に戻り、D業務課長が被告人Aに対し「早う出せ。代用閉そくで行こう。」といった指導通信式により上り列車を出発させる旨のことを苛立ったような口振りで言ったこと、それに対し、被告人Aは何も返事をすることもなく、指導者腕章を閉そく用具箱から取り出した旨、すなわち駅務室におけるD業務課長の指示が一回であったと公判廷において供述する。

Lの右供述は、同人が被告人Aに不利益な虚偽供述をする動機も特に考えられないところから、十分信用できる。

(4) 従って、前判示のとおり、一〇時二二、三分を少し過ぎたころ、D業務課長が駅務室にきて「早よ出さんかい、何をもたもたしとんのや、代閉でいこう。腕章出せ。」と怒鳴って、代用閉そくによる上り列車の出発と指導者腕章を出すことを初めて被告人Aに指示し、それに従って被告人Aが指導者腕章を取り出し、D業務課長に渡したものと認めるのが相当である。

2 手旗を持って一番ホームへ出て、列車の先頭に向かって走って行った時の被告人Aの意思如何と代用手信号、出発合図の有無

被告人Aは、最後まで代用閉そくの手順をとらないまま列車を出発させることは頭になく、上り列車に出発合図を出す意思もなく、現に出していない旨公判廷において供述をし、弁護士も同趣旨の主張をする。

(1) 前記Lは、公判廷において、「被告人Aから指導者腕章を受け取ったD業務課長やA23運転士がともに駅務室を出て行ったその直後、被告人Aが「青旗、青旗。」と言って緑色の手旗を探し始め、自分が被告人Aに手旗の場所を教えると、被告人Aは緑色の手旗を持って出て行った。」旨、すなわち、D業務課長の上り列車出発の指示に対し、被告人Aは反対の態度を示さなかったばかりか、むしろ、出発合図に使用するための緑色の手旗を右指示の直後に持って出たという趣旨の供述をし、被告人Aがその段階において上り列車を出発させることを前提とした行動をとっていたことを裏付ける供述をしている。

(2) もっとも、被告人Aは、同被告人が上り列車の運転席手前まで一番線ホームを走って行ったとき、F運転士から怒鳴られ、それと同時くらいに、上り列車が出て行った旨、すなわち、被告人Aが上り列車運転席付近に到着せず、出発合図を出す暇もない段階で上り列車は勝手に出発して行ったという趣旨の供述を公判廷においてする。

(3) しかし、この点、前記Nは、「被告人Bの指示で、信楽駅の継電連動室近くにある同駅駅務室にも通ずるトークバックで駅務室と制御盤が正常に戻ったか否かの連絡を取った、その際、Lが当初は制御盤に変化のないことを伝えてきたが、被告人Bの指示で再度連絡を入れると「点いたり消えたりしている。」といった趣旨の返答がLからあり、最終的には駄目との返答であったので、その旨被告人Bに伝えたところ、同被告人から小野谷信号場に行くよう指示された、そこで小野谷信号場の継電室の鍵を取りに駅務室に行くべく一番線ホーム上を走って行った、その際、上り列車の先頭一番前に乗っていたD業務課長からも小野谷信号場に行くことを指示され、それを了解する旨返答をした、そのころに、運転席のD業務課長の横辺りで、緑色の手旗と赤色の手旗を持った被告人Aと出会った、その後、信楽駅駅務室に行き、Lと鍵を取りに来た経過について会話をし、駅務室から鍵を取って出たころ、上り列車が出発するのが見えた。」旨、公判廷において供述する。

すなわち、Nは「運転席のD業務課長の横辺りで、緑色の手旗と赤色の手旗を持った被告人Aと出会った。」その後、右のような一定の時間的経過を経た上で、「上り列車が出発するのが見えた。」もので、被告人Aが上り列車運転席付近に到着せず、出発合図を出す暇もない段階で上り列車は出発して行ったのではないことを示す供述をしている。

(4) Nの右証言は、それ自体自然な供述として了解し得る内容であるし、Nは、SKRで被告人Aと共に働き、同じ運転主任としての立場で勤務してきた者として、本件事故当時の被告人Aの言動につき、虚偽の供述をするおそれのある状況は証拠上全くない。

(5) さらに、被告人Aに対して上り列車の出発を強く催促したD業務課長が、苛々した様子で上り列車出発を催促した後、直ちに上り列車に乗車していたこと、F運転士が怒鳴るように出発合図を被告人Aに求めたこと、しかし、その時点でも上り列車は出発せずにホームで停止していたことは、被告人Aも自認する。そして、D業務課長らが被告人Aに対して上り列車の出発を強く催促したのは、当時、上り列車出発の定刻を一〇分余り経過していたにもかかわらず、信号トラブルの回復の見込がつかず、そうかといって、指導通信式の正式の手順、殊に、小野谷信号場まで区間開通の確認もせずに上り列車を出発させようとすれば、下り列車が小野谷信号場に差し掛かる前に上り列車を早く信楽駅から出発させないと、下り列車の小野谷信号場通過時点で信楽駅の誤出発検知が働かず、小野谷信号場の下り出発信号が緑色のままの状態で下り列車が小野谷信号場を通過し、上り列車と正面衝突するおそれがあったからであると推認し得るし、また、そうした緊迫した場面であったからこそF運転士が怒鳴るように出発合図を被告人Aに求めたものであろうことも容易に推認し得るところである。また、右のような事情は運転主任としての被告人Aも当然了解していたと考えるのが自然である。

(6) さらにまた、前認定のとおり被告人Aが、実際には何の意味もなかったにせよ上り列車を誤出発させるについて必要だと誤って理解をしていた誤出発ランプ下の誤出発解除ボタンを押したこと、上り列車を出発させるための代用手信号で使用する緑色の手旗を赤色の手旗とともに持ち出し、走りながら緑色の手旗と赤色の手旗を左右の手に分けて持ったこと、途中、時計を見て「一〇時二四分二〇秒」であることを確認し、それを基準とした上り列車の出発時刻を前記列車運行状況表に自ら記載していたことは、被告人A自身公判廷において自認するところで、それらはいずれも、被告人Aが上り列車を出発させる意思を有していたことを推認させる行動であるといわなければならない。

(7) 以上を総合すると、D業務課長やF運転士の気勢に押されて出発合図を出してしまったとの被告人Aの検察官に対する供述調書の内容に信用性を認めるのが相当であり、そうすると前判示のとおり、被告人Aが手旗を持って一番線ホームへ出て、列車の先頭に向かって行った時には被告人Aは積極的ではなかったとしても上り列車を出発させる意思を有していたし、現に代用手信号や出発合図を出したうえで上り列車を出発させたと認められる。

三  代用閉そく方式に関する職務権限の被告人Aに対する帰属の有無

1 弁護人は、被告人Aは信号取扱、列車出発合図等運転に関する一切の業務、とりわけ代用閉そくの施行に関し、SKRの規定により、法的権限を有していたが、現場の実際においては、D業務課長の指揮を受け、同課長がすべて決定していたもので、被告人Aには事実上最終決定権はなかった旨、主張する。

そして、被告人Aも、「代用閉そく方式をとるかとらないかというのはD業務課長の権限であるし、その指示を仰いでいた。その根拠は、鉄道係員服務規程一八条の運転主任は業務課長の指揮を受けるという規定である。また、SKR所定の「代用閉そく施行手順」に従うと、運転指令に報告して代用閉そくを施行するための指令を受けることになるが、運転指令とは業務課長のことで、D業務課長の指令を受けることを意味する。小野谷信号場に駅長役を派遣するのはD業務課長が決めるが、代用閉そくの取り扱いの責任は私にあり、指導者に対して指導票を渡したり腕章を渡すのは、D業務課長の許可を受けて駅の方で行う。」旨、事実上代用閉そく方式をとることについて決定権がなかったと公判廷において供述する。

2 ところで、前記各証拠によれば、右主張に関して次の事実を認めることができる。

(1) 四月八日、SKR上り五四六D列車が一六時三七分に貴生川駅到着後も上り方向表示灯が滅灯せず、貴生川駅下り出発信号が出なかった。そして、貴生川駅から貴生川駅下り出発信号が出ない旨の連絡を受けた当日の信楽駅長の職務を行う運転主任Lは、D業務課長に同趣旨の報告をした。これを受けたD業務課長は、貴生川駅と打ち合わせの上、代用閉そく方式で運行することを決め、Lにその旨指示し、Nに対しては小野谷信号場に行くよう指示した。また、古野踏切付近の線路を巡回していた被告人Bに対しては、貴生川駅に行くよう指示し、被告人Bは下りSKR五四五D列車の指導者として同乗した。その際、ダイヤ上、貴生川駅・小野谷信号場間には列車は存在しないということで、被告人Bと貴生川駅H1助役との間で区間確認をしないまま、出発させることを決定した。

(2) 四月一二日、SKR上り五四〇D列車が一三時三七分に貴生川駅到着後も上り方向表示灯が滅灯せず、貴生川駅下り出発信号が出なかった。そして、貴生川駅から貴生川駅下り出発信号が出ない旨の連絡を受けた当務の運転主任Lは、D業務課長に同趣旨の報告をした。これを受けたD業務課長は、貴生川駅と打ち合わせの上、代用閉そく方式で運行することを決め、Lにその旨指示し、Nに対しては小野谷信号場に行くよう指示した。また、信楽駅を一三時四三分に出発した前記E運転士運転のJR五五〇四D列車に対しては、D業務課長が小野谷信号場で待機するよう指示していた。そして、E運転士は小野谷信号場でD業務課長に運転通告券の交付を要求したが、貴生川駅で貰うよう言われ、D業務課長の手信号ではなく「行ってください。」の言葉で小野谷信号場を出発した。

(3) 五月三日、本件事故当日と同様、信楽駅出発信号機二二Lが赤固定した。当務の運転主任Nは、D業務課長の「列車を出せ。」との強い指示に対して「小野谷に人を送らなあかん。」と進言したが、D業務課長から「そんな人いらんやないか、誰が小野谷に行くのか。」と怒鳴られた。D業務課長は運転士兼車両整備士のXを指導者と決めた。そこで、NはD業務課長の右指示に従って区間開通の確認のないまま列車を発車させる旨の合図を行った。

3 以上のとおり、右のような信号トラブルが発生した際、D業務課長自身が運転取扱を決定し、駅長に具体的な指示を出していた。そして、これは、SKRの「代用閉そく施行手順」の「運転指令に報告し代用閉そくを施行するため次の指令(指令時刻、変更閉そく区間及び閉そく方式、閉そく方式の開始列車名)を受ける。」、また、故障が復旧し所定の閉そく方式に復する場合の取扱方の「運転指令に報告し所定に復するため次の指令(指令時刻、復旧時刻、所定に復する列車名)を受ける。」との規定によれば、駅長のほかに運転指令の用語が用いられているから、右規定に沿った運用とも考えられる。

とはいえ、この施行手順は、近江鉄道の施行手順を急いで手直ししたものでSKRの組織に即しない不備な点が認められる。たとえば、常用閉そく方式がSKRとは異なる「自動閉そく式」となっていたり、また、SKRにはない役職として「電気区長」、「運転指令」が記載されており、重要な点で不正確な用語を用いている。従って右規定の用語を前提として解釈するのは相当ではない。ただ、SKRでは、この施行手順を意識して代用閉そくを現実に施行したり、教育訓練を実施することもなかったことから右のような記載について問題とならなかったものである。これに対して、「運転指令者」という役職名は、SKR運転取扱心得にも記載があるが、同条では「駅長」が運転指令者の職務を行う旨明確に規定されている(同心得四〇条)。

右運転取扱心得は、運輸省令である鉄道運転規則に基づいて作成された内規であるが、鉄道運転規則の実施に関する基準として運輸大臣が告知した基準に適合することが要求され(同規則四条二項)、かつ、同規則に反する定は、同規則により難い特別な理由がある場合にのみ、運輸大臣の許可を受けて許され(同規則五条)、監督する国、具体的には地方運輸局長に対し、その制定及び変更について、いずれも届出を義務づけられ(同規則四条一項)、その規定内容は、前記施行手順と異なり、十分な検討を経た基本的な規定である。

従って、代用閉そく方式に関する職務権限如何については、SKRの運転取扱心得によって判断すべきものと解される。

4 SKRの運転取扱心得三条には「この心得に記載される駅長とは、すべて信楽駅に出務の運転主任を指」すと規定されている。他方、同心得九五条において、閉そく方式変更等の指令者が「駅長」とされていることや、同心得九九条において、閉そくの取扱者が「駅長」とされているのであるから、前記四〇条の規定をも参酌すると、代用閉そく方式の施行については、いずれも信楽駅に出務の運転主任、すなわち、本件事故当日の場合、被告人Aの権限・職責に属することは明らかである。

この点は、JRとの間で締結された「直通乗入運転に関する協定書」においても、信楽駅当務駅長が運転指令を兼務する旨明記(同協定書五条)されている。

以上のことから、SKRの規定上、代用閉そく方式の「決定」、代用閉そく方式所定の手続の「実施」及び列車発着についての権限は、本件当日についてみれば、いずれも被告人Aの固有の権限であり、かつ、その責務であったことが明らかである。

5 もっとも、SKRの鉄道係員服務規程一六条には「業務課長は所属員を指揮監督し、旅客の運行及び運輸に関する一切の業務を処理する。」旨、また、一八条には「運転主任は、業務課長の指揮を受けて、駅構内の秩序保持に努め、駅に関する一切の業務及び運転に属する一切の業務を処理する。」旨規定する。

従って、D業務課長は、SKRの組織上、運転主任より上位にあり、右各規定の条項に基づき、駅長たる被告人Aに対し、抽象的に指揮監督権限を有するというに留まらず、具体的な場面においても、たとえば、指導通信式により列車を運行させるよう被告人Aを指揮する権限は有するものといえる。

また前述のように、同課長が日常的に右の指揮を行っていたことも明らかである。とはいえ、D業務課長の右指揮権限は必要の都度随時なされるもので、三人交代制で常時駅に勤務し、運転に関し直接的責任を負うことを法的に義務づけられている被告人Aらの運転主任としての固有の職務権限に取って代わるものではない。被告人Aとしては、上長たるD業務課長の右指揮に従う義務があるとはいえ、列車運行全体の動向や状況を把握する運転指令者として、事故発生の危険性の有無のみならず、適切な運行の有無という観点から見て、右指揮に従うことが、列車運行の危険性や不適切な事態を招来する可能性がないと判断する限り、一般的には右指揮に従う義務はあるものの、右のような可能性がある限り直ちに従う義務はない。

この点、鉄道係員服務規程六条が「若し指揮命令あるいは指示にして、法規に違反し、または列車運転上その他危険を及ぼすおそれありと認めたときは、関係者はそれぞれ上長にその旨述べて指揮を受ける。」と規定し、反論権を保障している。この「関係者」が「上長」から受けた指揮が違法な、あるいは、危険な指揮と思料する場合にはその旨の意見を具申したうえで、さらに「指揮を受ける。」というのは、「上長」からの指揮を受けた「関係者」が「指揮命令あるいは指示」に単純に従うのではなく、双方間に違法か、危険かの意見交換の場を設け、それを確保することにより、一層の列車運行の安全を意図したものであり、多数の乗客の生命を預かる鉄道関係者にとって基本的ともいえる重要な規定である。

この点に関し、検察官が列車の安全確保の重要性を考慮すると、単なる現場職員と固有の権限と責任を有する者とでは、同じ指揮を受けた場合でも、その対応が異なって当然であると主張する点は是認することができる。

これを本件に即していえば、D業務課長が代用閉そく方式による上り列車の出発と指導者腕章を出すことを被告人Aに指示したものではあるが、右指示が危険であると判断した場合には、前記反論権を明確に行使して強く再考を求め、仮に、最終的に指導通信式により列車を運行するほかないと考えたのであれば、被告人A固有の権限で、直ちに小野谷信号場に人を派遣して運転取扱をさせ、小野谷信号場までの区間開通の確認をする等の所定の手続を実施し、その手続きが終了するまで列車に出発合図を出さず、列車を出発させないようにしなければならない立場にあったのである。

6 以上のとおり、SKRの規定上、代用閉そく方式の「決定」、代用閉そく方式所定の手続の「実施」及び列車発着についての権限は、いずれも被告人Aの固有の権限であり、かつ、その責務であったことが明らかで、D業務課長の強い指示があったからといって、運転主任である被告人Aが右権限を行使できなかったとは考えられず、弁護人の前記主張は採用できない。

四  被告人Aの継電連動装置使用停止要請義務違反の存否

弁護人は、被告人Aには、被告人B、同Cと連絡を取って、継電連動装置の使用を停止させて列車の安全を確認すべき義務はない、右義務は保安担当者に課せられるものである旨主張する。

1 前判示のとおり、被告人Aや被告人Bが被告人Cに対し、継電連動装置の修理・点検を依頼または指示したのは、信楽駅出発信号機二二Lが本来緑色現示すべきところ、赤固定したことにある。これは、SKRの信号保安装置整備心得一七条(第五二回公判調中の被告人Bの供述部分添付のうち後綴りの分。以下同じ。)が「装置の障害」を分類した中の(6)に規定する「信号機が進行を指示する信号を現示しなければならないときに、停止信号を現示した場合。」に該当する。そして、「障害が発生したときは直ちに装置の使用を停止し、やむを得ない場合の外、そのままの状態で原因を調査し、すみやかに障害の回復に努めなければならない。」(同心得一三条)とされている。従って、右心得を前提とする限り信号設備の保安担当者であった施設課長被告人Bには、直ちに継電連動装置の使用を停止する義務があったのである。

2 他方、列車の運転取扱者である運転主任の被告人Aには、信楽駅出発信号機二二Lが本来緑色現示すべきところ、赤固定し、常用閉そく方式を施行することができなくなったのであるから、列車を運行させるには、指導通信式の所定の手続を履行する義務があった(鉄道運転規則一三〇条以下、SKR運転取扱心得一一六条以下)。そして、前記のとおり、継電連動装置を使用停止せずに装置の修理を行うことは全面的に禁止されているところから、右装置使用停止前の修理を行わないようにすべき一次的責任は信号設備の保安担当者にある。そのため、通常は、継電連動装置を修理する信号設備の保安担当者の方で列車の運転に支障を及ぼさないよう運転主任に連絡を取ることが期待されている(SKR信号保安装置整備心得六条、一四条)ところから、原則として、運転主任が、列車を出発させるに当たって継電連動装置を使用停止せずに装置の修理を行っていないか否かにつき注意を払う必要はないし、その責任もない。

3 しかし、被告人Aは、被告人Cに信号修理を依頼した際、被告人Cやその指揮監督者である被告人Bから継電連動装置の使用を停止するとは聞いていなかったし、被告人Cによる修理が開始されたことを認識した後も被告人Bから継電連動装置の使用を停止するとは聞いていなかったことは前判示認定の事実から明らかである。しかも、本件において、継電連動装置の使用停止する場合には、前述のとおり、運転取扱心得二〇四条等により小野谷信号場に要員を派遣し、信号の現示停止の措置や列車の運転士に対し代用手信号を出す体制をとることなどが必要であり、小野谷信号場に要員を派遣するには一〇分以上の時間を必要とする。そうだとすると、被告人Cによる修理が開始された後に、小野谷信号場に要員を派遣しておらず、下り出発信号の現示停止もしていないことを被告人Aは十二分に認識していたこととなる。

このように、継電連動装置の使用を停止しないまま被告人Cが修理を行っていることを認識しながら、上り列車を出発させようとするのであれば、継電連動装置を使用停止前に修理することによって信号の誤作動を生じ、かつ小野谷信号場が無人であるため列車の運転士がその信号を正規の信号であると誤った判断をしてしまう危険があることは、運転主任として当然予測できたことであるから、被告人Aとしては、信号の誤作動を生じさせるおそれのある修理を直ちに中止するよう被告人Cの監督者である被告人Bに求めるべき義務があったし、容易に実行可能であったと考えられる。

右は、異なる立場の複数の職員の相互協力により列車の運行の安全が確保されることが、鉄道事業に要求されているところから発生する当然の義務とも解される(運転の安全の確保に関する省令二条二項(5))。

もっとも、信号技術者に過ぎず、被告人Aからみて監督権限もない被告人Cに同様のことを求める法的義務は認められない。

4 この点につき、弁護人は、修理に当たって継電連動装置の使用停止をなす責任者は保安担当者であって運転取扱者である運転主任にはない以上、運転取扱者が保安担当者に密に連絡を取ることは必要としても、それが運転取扱者の装置使用停止義務を根拠づけることにはならない旨主張する。

もとより、運転取扱者に継電連動装置使用停止義務それ自体がないのはそのとおりである。ただ、運転取扱者が列車を運行開始するに当たって、装置停止義務の義務不履行は保安担当者の責任範囲であるとして放置したまま、従って、列車運行の安全確保が不十分なまま、運転取扱者が列車を出発させてはならず、保安担当者による右義務の履行が確保させることを連絡し、要請し、それを確認したうえで列車を運行すべき義務があるということである。

すなわち、運転取扱者が継電連動装置の使用が停止されないまま同装置の修理がなされていることを具体的に認識している場合においては、その際の修理による信号の誤作動を生じ、無人の小野谷信号場において列車の運転士がその信号を見ることによる誤った判断をなす可能性がある以上、装置停止義務の義務不履行は保安担当者の責任であるとして放置したまま、従って、安全の確保が不十分なまま、運転取扱者が列車を出発させてはならず、仮に出発させようとする場合には、保安担当者に対し右義務の履行を要請する義務があるというべきである。

5 また、弁護人は、信号保安装置整備心得一八条によれば、信号機の「機能に影響を及ぼす作業」の場合でも、「軽易な修理」で「課長の承認を得た場合」であれば、継電連動装置使用停止前でも実施できると解する余地がある、しかも、フェイルセーフの原則からすると、人為的配線などがない限り、誤作動や誤表示が生じるとは考えられないから、被告人Cが人為的配線をしかねない状況を認識したような場合を除いて、そのような違法な行為に及ぶことはないと信頼してよい、また、被告人Aが使用を停止すべき場合か否かを判断するのは不可能であり、使用を停止すべきと判断して進言することは不可能である、仮に使用を停止すべきではないかと進言したところで、被告人Bも停止すべき場合か否か全く理解できていなかったから、結局、被告人Cに注意を促すことしかできない、そして、被告人Cは、上り列車が出発した後も配線を外していないのであるから、同被告人自身、同装置の使用を停止しなければ誤作動が生じる可能性があるとは認識していなかったことを示す、従って、仮に、被告人Aが右要請をしていたとしても、同装置の使用停止には至らなかった旨主張する。

しかし、信号保安整備心得一八条の規定は、障害発生の場合の装置使用停止義務を定めた一三条、障害の定義を定めた一七条のあとに、(使用を停止する場合)との項目に存在するものであるから、弁護人が指摘する「機能に影響を及ぼす作業」とは障害以外の場合を想定していると解され、そうすると、前述のように信楽駅出発信号機二二Lが本来緑色現示すべきところ、赤固定した本件の場合は、障害発生に該当することは明らかであるから、その点検・修理には、右整備心得一三条、一七条(6)に基づき、直ちに継電連動装置の使用を停止しなければならない。右規定上、停止以外に裁量の余地はない。それは「装置に障害」が発生した場合に修繕するということは、既に発生している障害を回復させる行為をするところから、回復措置としての修理の際に、すなわちそれが継電連動装置であれば、それにより信号に誤作動や誤表示が生じる可能性があるからにほかならない。そこに軽易か否かの判断を介入させることの危険性はいうまでもないところである。この関係を本件の場合に即していえば、被告人Cの点検・修理の目的は、先行下り列車が信楽駅に到着し、信楽駅出発信号機二二Lが本来緑色現示すべき時機に来ているにもかかわらず、小野谷信号場・信楽駅間の運転方向が下り方向に固定され、二二Lが赤固定したことを回復させるべく、小野谷信号場・信楽駅間に上り方向を設定することにある。それは、まさしく小野谷信号場・信楽駅間の運転方向に関わる問題であり、信楽駅出発信号機二二Lのみならず、二二Lと常に反対の信号を現示して、閉そくを確保しようとする小野谷信号場下り出発信号機一三Rにも関連し、影響する点検・修理行為でもある。そこにおいて継電連動装置に誤作動・誤表示を生じる可能性が生じることになれば、右いずれの信号機にも影響を及ばさないわけにはいかないのである。これが、継電連動装置の使用停止措置として、小野谷信号場に要員を派遣し、代用手信号等の体制をとる必要のある所以であって、信号装置の重要性を考慮すると、軽易か否かの裁量を働かせる余地はないと解するのが相当である。

6 従って、被告人Aには、信楽駅出発信号が赤色現示のまま上り列車に対し、出発合図を出す以上は、指導通信式所定の手続をとり、かつ信号装置の修理中に継電連動装置を使用停止の状態にしていないことを認識していたのであるから、信号装置の保安担当責任者である被告人Bに連絡を取って、継電連動装置使用停止前の修理を中止させるよう要請し、列車の安全を確認すべき業務上の注意義務があったというべきである。これは、前述のとおり異なる立場の複数の職員の相互協力により列車の運行の安全が確保されることが、鉄道事業に要求される(運転の安全の確保に関する省令二条二項(5))ことからも当然のことというべきである。にもかかわらず、被告人Aは、信号装置の修理中に継電連動装置を使用停止の状態にしていないことを認識しながら、しかも、指導通信式所定の手続をとることもせずに上り列車を出発させた点に注意義務違反が認められる。

またそのような被告人Aからの要請が正式にあった場合、被告人B、同Cにおいてそれぞれ果たすべき義務について改めて注意を喚起され、適切な行動に及んだ可能性はあったと考えるのが相当である。

五  誤出発検知機能と下り列車が小野谷信号場を通過することの予見可能性

1 被告人Aが、誤出発解錠ボタンを押して上り列車を出せば、信号システム上誤出発となって、小野谷信号場の下り出発信号機は停止信号である赤色を現示し、下り列車が小野谷信号場に先着しても、停止してくれるだろうと思ったこと、前判示認定のとおりである。そこで、被告人Aが、誤出発解錠ボタンを圧下したこと自体は誤解に基づく無意味な行動であったにしても、仮に、誤出発検知が働き小野谷信号場下り出発信号が赤色になることを信頼して上り列車を出発させることができるというのであれば、同出発信号が緑色になることを、従って、下り列車が緑色信号に従って小野谷信号場を通過することを予見できなかったことになるし、弁護人も同趣旨の主張をするので、以下、この点を検討する。

2 本来、誤出発検知システムは、常用閉そく方式である特殊自動閉そく式で列車を運行している場合、運転士が赤色信号を見落として出発した際、信号見落としを運転士に知らせ、運転士に対し直ちに出発駅ホームに列車を後退させることを目的として設置されたもので、誤出発した列車を進行させるシステムではない。ただ、誤出発すると、列車が一時的に閉そく区間に進入することになるため、その結果、小野谷信号場下り出発信号が自動的に赤色現示なるように設けられているだけであって、このシステムに期待して発車させること自体が誤りである。

3 さらに、被告人Aは、代用閉そく方式である通信指導式で上り列車を出発させたものであり、それは本来は信号機の現示に従うことなく、区間開通の確認、指導者の選定・同乗によって閉そくを確保し、列車の運行の安全を確保しようとしたことを意味するはずである。にもかかわらず、要員派遣による区間開通の確認をしていなかったためその代りに、誤出発検知による信号装置の機能を期待して下り列車が止ってくれるはずであると考えたというのは、それ自体二重の誤りというほかはない。

誤出発検知機能がそのような場合に利用されるものでないことは、被告人Aも当然認識していたと認められる。ただ、五月三日に信楽駅出発信号の赤固定トラブルが起きた際、誤出発検知機能により事故を避けることができたし、それを被告人Aも知っていたことは、前認定のとおりである。しかし、右五月三日の赤固定についても、本件事故当日の赤固定についても、いずれも、当時、その原因は解明されていないし、両日の原因が同一とも限らないのであって、本件事故当日の信号故障の場合に、はたして故障を起こしている信号装置の一部でもある誤出発検知が正常に機能するかどうか、何の保障もなかったし、それが機能して小野谷信号場の下り出発信号機が赤色現示しているかどうか確認する手段もなかったのである。

上り列車出発後、被告人Aが制御盤の表示が誤出発になっているか不安となり、再度誤出発ボタンを押してみたりなどしていること、前認定のとおりであるが、それはむしろ被告人Aが誤出発検知装置に不安を抱いていた事実を示している。このような不安のある誤出発検知に期待して、区間開通確認の手続に代わる機能を有すると考えることなど許されるはずはないのである。

4 この点、弁護人は、故障のため出発信号が赤色現示のところを代用閉そく方式で出発する場合、誤出発検知が作動し、閉そく区間の反対側の信号が赤色現示することを期待しても何ら不当なことではない旨主張するが、代用閉そく方式で出発する以上は、閉そくの確保はその手続内でなすべきことで、すなわち、人の目視により区間開通の確認をすることにより安全確認をなすべきであって、故障中の信号の現示に期待すべきことではないといわざるを得ない。

まして、本件事故当日は、右五月三日の場合とは異なり、継電連動装置の使用を停止しないまま被告人Cが同装置の修理を行い、その修理によってもなかなか上り列車の出発信号機の赤固定が回復せず、被告人Cが的確な修理ができていない状態であったことを被告人Aは認識しながら、他方で、被告人Cがどのような修理をなし、さらに継続するのかの点につき、何ら確認もしていなかったことは、前判示認定の事実から明らかである。そうだとすれば、ますます被告人Aとしては、誤出発検知による赤色信号現示という方法で下り列車が止まることなど期待してはならなかったし、現に被告人Aも不安を懐いていたのである。

六  ダイヤ上、小野谷信号場において上り列車と行き違いをする予定の下り列車が上り列車到着前に小野谷信号場を通過することの予見可能性

1 弁護人は、被告人Aには、下り列車の運転士であるEが、ダイヤ上小野谷信号場で上り列車と行き違い予定であったにもかかわらず、運転整理を担当する信楽駅長に何の連絡もせず、指示を仰ぐこともないまま、行き違い場所を変更して、信楽駅に向かってくること、すなわちそのような違法な運転をすることを予見できなかった旨主張する。すなわち、鉄道運転規則六三条、JR運転取扱心得二七条及びSKR運転取扱心得四一条において規定される「運転整理」には行き違い変更が含まれ、運転指令者の専属的権限とされている。これは、所定のダイヤと異なる運行をする場合には、他の列車の動向や運行全体の状況を把握している運転指令者が統一的に行わなければ、円滑な運行ができず、事故発生の危険が生じるからである。従って、運転整理の規定の趣旨からすると、所定の運行計画と異なる運行をする場合には、運転指令者の指令が必ず必要となる。SKRでは、運転に関する指令は、運転指令者(信楽駅長)の口頭の指令による。加えて、被告人Aは、近江鉄道における約二四年間の運転士経験と約一年半の運転取扱者としての経験から、行き違い駅では出発信号が仮に緑色現示であってもそのまま進行してはならず、行き違いの変更が運転指令に連絡されないまま行われることはあり得ないということが身に付いていた。従って、被告人Aは、下り列車が行き違い場所である小野谷信号場を越えて、同信号場と信楽駅の閉そく区間に進入してくるとは予期し得なかった旨主張する。

2 しかし、SKRにおいて、ダイヤ上、行き違い場所になっているというだけではなく、実際にも必ず行き違いを義務付けていたというのであれば、単に小野谷信号場に行き違い設備を作り、運転士に対し、同信号場において必ず行き違いをするように指示すれば足りると考えられる。

ところが新設した小野谷信号場に信号設備を設けた趣旨は、列車の進行や停止を小野谷信号場の場内信号や出発信号に従わせる方式に変更したことにほかならない。仮に、信号現示に従わない場合を想定して列車の運行をさせるのであれば、その点に関する鉄道事業者の明確な内規や鉄道事業者間の協定が必要というべきである。現に近江鉄道においては、「信号機が通常現示以外の時は、列車無線で運転指令に報告し、その指示を仰がなければならない」との規定、すなわち、ダイヤ上行き違いを予定しているのに、緑色信号が出ているとき、その信号現示に従って直ちに出発せず、列車運行を監督している立場の者に安全性に関し問い合わせ、その指示を受けて出発しなければならない、との趣旨の明文(近江鉄道作業内規三〇条)を設けているのである。そうすると反面、そのような内規や協定がないのであれば、列車は原則として信号現示に従って運行させる扱いとなるのは当然であって、右趣旨は、SKR運転取扱心得一六〇条、JR運転取扱心得一六一条に、信号現示に従って運転する義務を定めた趣旨の規定があることから明らかである。ところが、本件において右に反する内規や協定が存在することを示す証拠はない。

そればかりか、SKRの運転取扱心得の草案段階では、閉そく装置の故障時、小野谷信号場を出発する列車の運転士は、現発時刻を運転指令に報告すること、及び、対向列車の到着の有無を確認してから出発する、との近江鉄道と同趣旨の規定があったが、それらが削除されて現行SKRの運転取扱心得となったことが、前記各証拠により認められる。つまり、右経緯を見ても列車の行き違い予定場所で、出発信号が緑色現示の場合は、列車の運転士は、行き違い予定場所で行き違い予定列車が到着していなくとも、運転指令に報告することなく、かつ、対向列車の到着の有無を確認することもなく、列車を通過ないし出発させる方式を容認しているといえる。

3 のみならず、SKRでは、小野谷信号場に自動進路制御装置(以下、「ARC」という。)を採用していた。このARCは、ダイヤとは関係なく、上り列車が下り列車より先に閉そく区間に近づけば、上り列車のためその閉そく区間の運転方向が自動的に上り設定になり、下り列車が先行すれば、その逆になるという信号システムである。すなわちARCシステムは、ダイヤどおり小野谷信号場で行き違いができなくても、信号に従って進行する列車の安全を確保するシステムといえる。

鉄道運転規則一〇三条(一〇七条により特殊自動閉そく式に準用されている)の規定、すなわち「単線区間で自動閉そく区間を施行する閉そく区間にあっては、行き違いが可能な信号場から列車を出発させる前に、専用の電話機を使用して隣接する行き違いが可能な信号場と打ち合わせて、その区間の運転の方向を決めなければならない。ただその区間の運転の方向を列車が制御するとき又は遠隔制御するときはこの限りではない」のうち、本件の場合は「列車が制御するとき」に該当すると解されることからも、停止連絡義務を課していないことが明らかである。

以上によれば、信号に従うことを優先し、行き違い予定を遵守しなかったからE運転士の運転が違法であるとの主張は正当とは考えられない。

弁護人指摘のとおり、実際の列車運行が必ずしもダイヤどおり行われない場合に、その回復のための統一的取扱いを「運転整理」と称して、鉄道運転規則や鉄道事業者の内規に規定されている。その一つとして、行き違い場所の変更が運転整理に該当するとし、その場合には通常運転整理担当者(運転指令)の指示で行われることが予定され、他方、SKRとJRとの間の協定においても、列車の運転に当たり、運転整理が行われることを前提とした内容が合意されていた(直通乗入運転に関する協定書八条、九条)。

この点につき、弁護人は、下り列車を運転していたE運転士には、たとえ小野谷信号場下り出発信号機一三Rが緑色現示であったとしても、あくまでダイヤ上小野谷信号場が行き違い予定場所であったのであるから、信楽駅長に連絡することなく小野谷信号場を通過することは、鉄道運転規則及びSKRの運転取扱心得の右運転整理に該当し、運転指令(信楽駅長)の指示により行うとの規定の趣旨に反する行為であり、E運転士は、同信号場で一旦停止して、進行するか待機するかを信楽駅長に指示を仰ぐべき義務があった、と主張する。

しかし、SKRでは、前述のような特殊自動閉そく方式とARCの併用による信号システムを採用し、行き違い場所における特別な扱いをすべき内規を設けていなかったのであるから、信号が設置された場所においては、信号故障の場合でない限り、信号に従って運転すれば安全が確保されるというシステムになっていたというべきである。すなわち、前述のように行き違い列車未到着でも停止義務を課していない信号システムを採用しているSKRにおいて、行き違い場所変更という結果を招くからといって停止して指示を受けることを義務付けるのは相互に矛盾しているといわざるを得ない。そうすると本件の場合、結果的に行き違い場所の変更となり、そうであれば前記条項の文理及び趣旨からみて、E運転士に連絡義務を認めるべきであるとの弁護人の所論は、あまりにも形式的であり、SKRにおいては、小野谷信号場における信号表示に従った行き違い場所の変更であれば、なんら運転整理の規定の趣旨に反しないと解するのが相当である。前述のように、右のように解しても安全に何らの問題も発生しないシステムが採用されているからである。

そうすると結果的にせよ行き違い場所の変更となる運転は、運転整理の規定が設けられた趣旨に反するから、その都度口頭による指示を受けるべきであるとする弁護人の右主張はSKRには該当しないと解される。

4 さらに細部はともかく、運転主任として、SKRの基本的な運行管理や信号システムを理解していたと認められる被告人Aにおいても、信号故障の発生していた本件当日、小野谷信号場に先着した下り列車が、行き違い予定の上り列車未到着のまま、小野谷信号場下り出発信号機の緑色誤表示に従い通過する場合のあることを、予見することはできたというべきである。

現に被告人Aが、区間開通の確認をしないまま上り列車を出発させようとするD業務課長の言動に不安を感じ、また誤出発検知装置をチェックしたりしたのは、右予見があったための行動というべきである。

5 なお、弁護人は、誤出発検知により小野谷信号場下り出発信号機一三Rが赤色現示になることを信頼できるかということと、右一三Rが緑色現示でも行き違い予定の上り列車が到着していない限り、下り列車は小野谷信号場を通過することはないと期待できるかということとを個別に検討することに異議を述べる。その趣旨とするところは、被告人Aとしては、本件事故当日、誤出発検知が機能せず、しかも、行き違い予定の上り列車未到着にもかかわらず、下り列車が小野谷信号場を通過するといった、いわば、二重の予期に反した事態までも予見できなかったことを問題にすべきであるというところにあると思われる。しかし、以上において述べたところは、被告人Aが、誤出発検知による赤色信号現示という方法で下り列車が止まると期待すべきではないし、しかも、小野谷信号場に先着した下り列車が、行き違い予定の上り列車未到着のまま、小野谷信号場下り出発信号機の緑色誤表示に従い通過することのあり得ることを、予見することはできたと結論づけているものであり、二重となったとしても、いわば零の状態を加算したに過ぎず、結論が変わることはあり得ない。

七  結論

以上のとおりであるから、前判示認定のとおり、被告人Aには、信号故障を認識し、その修理を依頼していたのであるから、小野谷信号場に先着した下り列車が、行き違い予定の上り列車未到着のまま、小野谷信号場下り出発信号機の緑色誤表示に従い通過する可能性があることを予見し、信楽駅出発信号が赤色現示のまま上り列車を出発させるに当たっては、被告人Bと密に連絡をとって、継電連動装置の使用停止前は被告人Cの修理を中止させるよう強く要請して列車の安全を確認し、かつ小野谷信号場まで要員を派遣配置し、信楽駅・小野谷信号場までの区間開通の確認をしてその安全を確認し、上り列車に指導者を同乗させるなど代用閉そく方式である指導通信式所定の手続をとり、その上で、上り列車を出発させるべき業務上の注意義務があるのに、これを怠ったまま上り列車を出発させた過失があるというべきである。

第三被告人Bの注意義務違反の存否

被告人Bの弁護人ら(以下、弁護人と略称する。)は、被告人Bには本件事故につき過失はなく、無罪である旨主張するので、以下、個別の論点に即して検討する。

一  本件事故当日の被告人Bの勤務内容とその状況

被告人Bの本件事故に関する注意義務違反の有無を論ずるその前提として本件事故当日(以下、本項においては、断りのない限り、平成三年五月一四日を指す。)の被告人Bの勤務内容とその状況につき、先ず検討する。

前掲各証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1 被告人Bは、本件当日、八時二〇分過ぎに出勤し、事務室で列車速度通知書を作成していた一〇時一四分少し前ころ、当日の運転主任の被告人Aが「出発信号が出んのや、Cさんおらんか。」と言うのを聞いて駅務室に入り、制御盤上二二Lの信号表示灯は滅灯状態のままで、下り方向の方向表示灯が点灯し、信号故障の発生したことを確認した。次の信楽駅到着の下り列車は一〇時一六分貴生川駅出発予定のはずで、小野谷信号場から信楽駅に向け進行中の下り列車は存在しないので、五月三日に発生した信号故障と同様、この下り方向表示灯は異常点灯であり、この表示灯の点灯によって二二Lが緑色現示しないという信号故障が再び発生したと考えた。その上で、一番線ホームに出て二二Lを確認すると赤色現示のままであった。被告人Bが駅務室に戻ると被告人Cがいた。被告人Aの説明を聞いた被告人Cも二二Lの信号表示灯が赤色現示のままで下り方向表示灯が異常点灯していることを確認した。それを了解した被告人Cに対し、被告人Bが「この前と一緒やな。」と言うと、「そうですね。」との被告人Cの返答であった。そこで、被告人Bは、信号装置の責任者である施設課長としての立場から、二二Lを緑色現示させて上り列車を出発させなければと思い、被告人Cに対し、「リレー室を見てくれ。」と言って原因を解明して一刻も早くその手当をして修理する旨の指示をし、二人で信楽駅の継電連動室に行った。

2 被告人Cは、継電連動室に入ると直ぐに、備え付けの信楽停車場継電連動装置配線図(以下、配線図という。)を見た後、手にしたテスターでリレー架右手奥の配電盤の端子部分やリレー架の左手裏側の電圧を測り始めた。被告人Bは、被告人Cが電圧測定を終えるのを待って、「どうや、直るんか。」と声をかけたが「点検中で分からない。」との返答であった。そこで、被告人Bは、信号故障が復旧したとの連絡があるかも知れず、逆に、修理の進捗状況によって、駅務室への連絡が必要かと思い、近くにあるトークバックからの声を聞くため継電連動室から外に出て、トークバックからの声を聞き易い位置に移動した。そこへ運転主任のNが駆け寄ってきたので、トークバックで出発信号が緑に変わったか否かを駅務室に聞いてくれるように頼んだ。右Nが駅務室に聞いてくれたが、「まだあかん。」ということであった。

3 その際、被告人Bは、一番線ホームには、上り列車が停車しており、二二L付近のホーム北側には、誰かははっきりしないもののSKR職員が見えたので、もし二二Lが緑色現示した場合は身振りなどで知らせてくれると思って様子を窺ったりなどしていたところ、「方向表示灯、点いたり、消えたりしとるで。」という運転主任のLの声がトークバックから聞えた。被告人Bは、方向表示灯が点滅を繰り返していることから、保線作業で使用されている言葉でいう「踊っている。」状態にあるもので、これは、被告人Cが配電盤の端子を短絡させるか、あるいは、少なくともリレーを接触しているものと思った。しかし、その際、被告人Bは、信号や電気関係の専門家である被告人Cが信号現示の異常やポイントの変換の異常等を生じさせたりするような下手なことはしないと思い込み、むしろ、信号故障の復旧の兆しが現れたものと考え、元の位置に戻り、継電連動室内を覗き込み「どうや、直りそうか。」と被告人Cに尋ねたが、被告人Cはリレー架右側奥の配電盤に立って作業に没頭している様子であった。

4 その後、被告人Bは、継電連動室内で被告人Cの方からトークバックの連絡の結果を聞かれたのに対し、「まだ、あかん。」と答えたり、継電連動室から出てNを通じてトークバックで駅務室に連絡し、二二Lは未だ緑色現示させることができないということを聞いたりもした。さらに、その際の一番線ホーム北側付近を見守っていたが、前記SKR職員の様子から二二Lは緑色現示していないようであった。

5 そうした後、被告人Bが、一番線ホーム北側付近を見守っていると、緑色の手旗を持つSKR職員の姿が見えたので、二二Lが赤色現示のままの状態で上り列車を代用閉そく方式で出発させようとしていることが分かったが、それが被告人Aかどうか、赤色手旗を持っていたかどうか、までは分からなかった。また、被告人Bとしては、上り列車に出発の手信号を出す前の段階を見たようにも思うが、自分に断りもなしに列車を出発させることはないと思っていたのに、緑色の手旗を見て多少身勝手であると腹立たしい気持ちになった。というのは、四月八日の貴生川駅の信号故障の際に、JR側において故障原因の究明中であるにもかかわらず、D業務課長は何回となく小野谷信号場から貴生川駅に電話を入れて、下り列車の出発を執拗に求めたり、五月三日の信楽駅の信号故障の際には、D業務課長は二二Lが赤色現示であり、被告人Bが事前に信楽駅・小野谷信号場間の区間安全確認に出発していることを知りながら、その連絡を待たずに信楽駅を出発させていたことを被告人Bは知っていた。そうしたことから、たとえ、被告人Cの修理中であっても、D業務課長が列車を出発させる可能性があり得たからである。そこで、被告人Bは、緑色の手旗を見て、「列車が出発してしまう。」と考え、まだ間に合うかもしれないと考え、継電連動室に入り、被告人Cに「列車出そうや、もうええんか、まだあかんのか。」といったところ、「ちょっと待ってくださいよ、まだ点検中です。」と言ってきた。次いで、被告人Bが修理中の被告人Cを残して継電連動室を出ると、上り列車の最後尾の車両が目の前をゆっくりと通って行くのが目に入った。

6 上り列車の出発後、被告人Bは、たとえ小野谷信号場に下り列車よりも遅れて到着してでも、ポイントを切り替えたり、手信号で下り列車を出発させるための人手が必要であると思い、VとNに小野谷信号場に行ってくれるように指示し、小野谷信号場の継電連動室等の鍵束をNに手渡した。被告人Bは、VとNが軽四自動車で出発した後、事務室に戻り、直ぐに、駅務室内の被告人Aに「JRは何分遅れで貴生川、出たんや。」と尋ねると同被告人は「五分遅れや。」と答えてきた。

7 被告人Bは、被告人Aと同様に、ダイヤ上、下り列車と上り列車とは小野谷信号場で行き違うことになっていたので、下り列車は上り列車が到着するまで待っていてくれると思ったし、上り列車が誤出発した効果で、小野谷信号場の下り出発信号機一三Rは赤色現示で固定されるとの期待を持っていた。ところが、それから一〇分ほど経過したころ、小野谷信号場に派遣したVとNから、上り列車が脱線したとの無線連絡が入り、さらにその直後、上り列車が下り列車と正面衝突したという第二報が入り、本件事故を知った。

二  右事実認定のうち争いのある点に対する補足説明

1 被告人Bの信号保安設備に関する職務権限と信号・電気に関する知識

(1) 被告人Bが施設課長として、信号故障の責任者としての立場にあったことは、前認定のとおりであるが、この点につき、弁護人は、SKRの鉄道係員服務規程一〇三条には、一応被告人Bが右のような立場にあったことになってはいるが、被告人Bは、昭和三二年に国鉄に就職して、昭和六二年に国鉄を退職するまでの三〇年間、一貫して保線区に所属して、保線関係の業務にのみ携わってきたもので、信号機や電気関係の知識は極めて乏しく、これら設備の保守・施工するような能力に欠け、これらの業務を把握していなかったし、昭和六二年にSKR入社後、世界陶芸祭期間中の信号・電気の保守・施工につき、B山電業に業務委託がなされ、同社から、被告人Cが常駐員としてSKRに配置されたものの、被告人Bの信号・電気関係の知識・能力の乏しさから、被告人Bが被告人Cを指揮・監督することは事実上不可能であった旨主張するので、この点につき、以下、検討する。

(2) 前掲各証拠によると、さらに次の事実を認めることができる。

① 被告人Bは、昭和三二年四月に国鉄に採用され、昭和四五年三月に助役に、昭和六二年の退職時に奈良保線区貴生川駐在助役の地位にあった。その間、被告人Bは、専ら線路工事等の保線に関係する土木工事や線路その他の保線材料の加工修理等の業務のほか、線路の巡回やその計画の立案等、保線区における線路軌道の保安、施工等に関する業務に携わった。

そうした保線関係の業務を通じて、被告人Bは、軌道回路が組み込まれた軌道上の絶縁部分を列車が通過すれば電気が通じて信号機の現示やポイントが変わること、保線作業中に列車を抑止する必要があるときは、「短絡機」を用いて信号現示を変えることができること、つまり、本来なら列車の進行によって、軌道回路中のレール部分で短絡が起こり、それにより電気回路が設定されて信号現示が自動制御されることになるが、作業器具によって短絡させるということは、人為的に電気回路を構成してその結果として信号現示が制御されることになること、軌道間の保線作業中に保線道具の金属部分が線路に触れたりしたために信号機が点滅したことがあり、これを信号機が「踊る」と称していたこと、従って、不自然な点滅状態があれば、電気回路が短絡されつつあると考えるべきことなどを経験的に知識として得ていた(この程度の知識があったことは被告人Bも特に争っていない。)。そして、被告人Bは、国鉄退職直後の昭和六二年四月一日、SKRに入社し、当初から本件事故当時まで、施設課長として在職した。

② ところで、SKRでは、票券閉そく方式(通券または通票の交付を受けた列車のみが進行できる方式)を採用していた設立当初から信楽駅にも電気式の場内信号機、出発信号機を設け、そして、信号機等は制御盤とリレーを使用し、転てつ器は現場扱いとする第二種継電連動装置が設置されていた。そして、SKRでは、右装置や設備の保守等については、簡易な保守作業は直轄とし、その他は外注とする業務形態がとられた一方、電気関係保安設備の保守・施工に関しては、施設課が責任部署となり、施設課長は、その業務処理をするものとされた(業務分掌規定第三―四、鉄道係員服務規程一〇三条)。

③ そのため被告人Bは、施設課長に就任後、軌道の保守整備に関する業務や駅舎の改築工事等の構築物の保守整備に携わるほか、信号・電気の業務につき、SKRの施設部門の責任者として、外注業者との窓口となり、その保守・点検を監督すべき立場にあった。また、B23専務取締役(鉄道主任技術者)からの指示により、被告人Bは、近江鉄道の「信号保安装置整備心得」のうち、SKRに関係のない機器や役職等の部分の訂正や削除をなし、B23専務や近畿運輸局の係官の指導を受けて信号の点検・修理に関する最も重要なSKRの規定となる「信号保安装置整備心得」を作成し、昭和六二年七月一三日付けで近畿運輸局に提出した。また、その後、被告人Bは、近畿運輸局の係官から、同心得の各条文毎の問題点等の照会を受け、さらに削除訂正するなどして完成させた。

そうした作業を通じて、被告人Bは、SKRの信号保安装置整備心得九条一項において絶対禁止事項として(1)に規定する「継電器、回路制御器、その他の接点にわたりをとること。」の内、「継電器」とはリレーを意味すること、「わたりをとる」とは、継電器の接点部分を接続して軌道回路を短絡させ、人為的に新たな電気回路を作ることを意味することを当時一応理解はしていた。ただ、同心得九条二項において「その装置の使用を停止した場合の外行ってはならない。」行為として(2)に規定する「継電器、その他電気機器を正当な条件を経ない電源で作動させること。」とは、特定の電気回路に他の電気回路を人為的に接続してその電圧を右特定の電気回路にかけ、電流を流すことであるとは知らないまでも、人為的に電気回路を接続して従来とは異なる電気回路を作り出すことという程度の理解をしていた。さらに、信号機が進行を指示する信号を現示しなければならないときに、停止信号を現示した場合は、それは信号保安装置の障害になるので(同心得一七条(6))、施設課としては、直ちに信号保安装置の修理等をしなければならないが(同心得一二条)、その場合、リレーや配電盤に接触することになるので、たとえば、リレーの短絡といったことをしなくとも電気回路に狂いが生じて誤った信号現示やポイントの切り替わりを発生させ、列車の安全に致命的危険が生じる恐れがあるため、修理等の前に直ちに継電連動装置の使用を停止する措置を講じる必要のあること(同心得一三条)、その際の方法としては、信号そのものを使用停止にする場合は、常置信号の場合であれば、信号灯を消灯し、信号機の前面に白色の木片を×型に取り付けるか、木片でおおうか、又は機構を側面に向けることになる(同心得二一条(1))し、ポイントの場合であれば、鎖錠することになる(同心得二一条(3))が、信号の一時的現示停止にとどめる場合は、少なくとも、小野谷信号場に要員を派遣して、列車の運転士に対し、信号機の信号現示に従わず代用手信号による(運転取扱心得二〇四条)ことを周知徹底させる必要があること、信号保安装置を使用停止するには、関係箇所とよく連絡打ち合わせをしなければならない(信号保安装置整備心得一四条)ことなどは知識としては理解できていた。

④ また、被告人Bは、平成二年ころ、SKR西園寺第二踏切の警報機の鳴動が不良状態となったことがあり、その作業に立ち会った際、西日本電気システムの従業員の説明から、踏切付近のレールも軌道回路となっており列車の進行によって短絡が起こり、それにより警報機の鳴動が制御されることが分かった。また、踏切近くの器具箱内のリレー、つまり継電器の接点が落下したり、復元したりするのを見て軌道回路に組み込まれた複雑な装置を制御するのが継電器であることを知った。従って、事故当時、継電連動室が信号を制御するもので、継電連動室内での不用意な作業をした場合は、信号現示等を乱す可能性があること、信楽駅の継電連動室のリレーは、閉そく区間の他の一端である小野谷信号場のリレーや、信号機等とケーブル線で接続され、配電盤にはこれらのケーブル線とリレーが繋がれている程度のことも知識としては理解していた。

⑤ さらに、世界陶芸祭開催に当たって、輸送力増強のためSKR線に行き違い施設を設置し、ARCとともにSKRの常用閉そく方式を票券閉そく方式から特殊自動閉そく式に変更する際、信号保安装置などの鉄道施設改修工事については、被告人Bが施設課長の立場から、B23専務やI総務課長らとともに、行き違い施設新設工事や信号改良工事等の実施に携わることとなり、平成元年一〇月ころから、行き違い場所、業者の選定、業者との打ち合わせ等に関与し、平成二年四月ころから、信号設備の設計会社である株式会社A野(以下単にA野と略称する。)や施工会社であるB山電業の各関係者との折衝役を務めていた。また、軌道工事については被告人Bが担当して、C川株式会社に請け負わせた。さらに、小野谷信号場場内信号機の接近点変更工事に関しても、D業務課長と被告人Bとの意見が折り合わず、最終的にはD業務課長がB23専務との話し合いで右工事を施工したとはいえ、その前に、被告人BはY運転士やD業務課長からの変更工事に関する要望を聞いた上、右工事に反対していた。要するに、被告人Bは、施設課長という立場から、信号に関する工事については、自らその基本的内容を知って関係者と交渉をし、工事変更の要否についても自らの判断を示していた。そして、同年八月二二日、近畿運輸局から、鉄道施設変更の認可を受け、小野谷信号場を開設して行き違いを可能にし、新たな信号システムを導入して、常用閉そく方式を特殊自動閉そく式に改め、平成三年三月一六日から列車運行が開始された。

右のようなA野やB山電業の各関係者との折衝、行き違い施設新設工事や信号改良工事等の実施に関与する等を通じ、被告人Bは、特殊自動閉そく式とは、レールをケーブル線で接続して電流を流し、回路の一部にレールが組み込まれる軌道回路という電気回路を作り、列車の進行・存在をこの軌道回路によって検知し、その情報によって、信号現示やポイントの切り替えを自動制御し、区間の閉そくを計る方式で、レール全線に軌道回路を設置するのではなく、駅周辺にのみ軌道回路を設置して行うのがSKRにおいて採用した特殊自動閉そく式であることを知った。

⑥ 被告人Bは、四月八日に起きた貴生川駅出発信号の赤固定トラブルの際、当時、小野谷信号場近くの古野踏切付近の線路を徒歩巡回中、D業務課長から「貴生川でトラブルがあったらしい、貴生川に行ってくれ。」との指示で貴生川駅に行った。貴生川駅のH1助役から「出発信号が青にならんのや、上り列車到着後、上りの方向表示灯が消えんため、出発信号が青にならんようや。」との説明を聞いた被告人Bは、当時、貴生川駅・小野谷信号場間でケーブル線の埋め込み作業をしていたB山電業の作業員にケーブル線の接続の異常の有無の調査を指示した。それに続いて、H1助役から「D課長が早く列車を出せと電話で言ってくる。いつまでも出さんわけにもいかんから代用閉そくで列車を出そうと思っているんや。あんたが貴生川と小野谷間の安全確認をしてくれんか。」と言われたが、小野谷信号場にはD業務課長が待機し、上り列車を停車させる体制は整っている上、ダイヤ上、貴生川駅・小野谷信号場間には列車は存在しないこと等を説明し、同助役を了解させ、指導者として腕章をつけて下り五四五列車に同乗し、助役等の緑色手旗の手信号で貴生川駅を出発した。

また、同月一二日に貴生川駅で出発信号の赤固定トラブルが起きたが、被告人Bは当日休暇であった。しかし、翌日、被告人Bは、C23常務取締役から「貴生川で、この前と一緒の信号トラブルが起こって、復旧するのに一日がかりやった。B山電業は貴生川と小野谷の電圧差が原因と言っているんや。」と聞いた。そこで、被告人Bは、同月一九日、信楽駅会議室に、被告人Cほか、JRの関係者らを集めて打ち合わせを行い、その際、早期に緊急点検をする必要性を説き、その結果、同月二六日、列車運行終了後の深夜に貴生川駅と小野谷信号場で同時並行的に緊急点検を実施することが決まり、右同日深夜、その点検が実施され、それに被告人Bも立ち会ったが、結局のところ、原因究明には至らなかった。

⑦ さらに、五月三日、信楽駅出発信号機二二Lに赤固定トラブルが起きた。当時、ダイヤ上、小野谷信号場・信楽駅間に下り列車が存在する筈もないのに、下り方向表示灯が点灯していた。その際も被告人Bは、D業務課長から「小野谷に行ってくれ。」と言われ、右トラブルの状況を知っていた被告人Bとしては、D業務課長の右指示を代用閉そくのための区間開通確認をするように指示されたものと理解し、自動車に乗って小野谷信号場に向かったが、渋滞がひどく信楽駅に戻った。ところが、区間開通の確認もしていないし、当時、被告人Cが不在で信号の修理もしていないのに、SKR上り五三四D列車は既に出発していた。そして、D業務課長の姿はなく、同列車に乗って行ったらしく、被告人Bとしては、D業務課長は手続を平気で無視する人だと思った。その後、被告人Cが現れたことから、被告人Bは、被告人Cとともに、信楽駅の継電連動室に入り、異常がないとの被告人Cの言葉を聞いた上、二人で、小野谷信号場に行ったところ、そこには、D業務課長が既に来ていた。直ちに、被告人Cは、小野谷信号場の継電連動室で原因調査を行ったが、結局、原因は分からないまま、同所を引き上げざるを得なかった。

(3) 前記認定の被告人Bの国鉄在職期間中の多年にわたる前記業務内容からすれば、被告人Bには信号・電気に関する面での専門的知識に欠ける面があったことは否めない。しかし、そうした国鉄在職期間中においても、列車の進行によって、軌道回路中のレール部分で短絡が起こり、それにより電気回路が設定されて信号現示が自動制御されること、作業器具によって短絡させると人為的に電気回路が構成され、信号現示が制御されることになること、軌道間の保線作業中に信号機が点滅する場合、これを「踊る」と称し、右作業中に不自然な点滅状態があれば、電気回路が短絡されつつあると考えるべきことなどを知識として得ていたことも明らかである。

しかも、被告人Bは、SKRの施設課長に就任後、信号の点検・修理に関する最も重要なSKRの規定である「信号保安装置設備心得」の作成に責任者として関与し、そのため同心得が規定する「継電器」、「わたりをとる」の意味、「継電器、その他電気機器を正当な条件を経ない電源で作動させること。」の意味、信号機が進行を指示する信号を現示しなければならないときに、停止信号を現示した場合の施設課としてなすべき措置、継電連動装置の使用停止の方法、その際の他の障害併発防止や連絡打ち合わせをなすべきことなどの意味を一応概括的に理解し、また、西園寺第二踏切の警報機修理の作業を通じ、継電連動室、配電盤の基本的な構造、継電連動室内での継電器の修理行為の危険性の意味を、さらには、A野やB山電業の各関係者との折衝や行き違い施設新設工事や信号改良工事等の実施に関与したこと等を通じ、自動閉そく方式や特殊自動閉そく方式の基本的仕組みを理解するに至っていたといわざるを得ない。

右のような理解さえできずに前記心得を作成し得たとは到底考えられない。従って、被告人Bの信号・電気関係における右の程度の知識をもってすれば、施設課長として、技術者を指揮して「電気関係保安設備」の保守・施工する知識と能力に欠けるところはないというべきであるし、被告人B自身が、たとえば、配線図や結線図それ自体や被告人Cがなす作業、たとえば、継電連動装置の修理の電気的意味を具体的には理解できなくとも、被告人Cを指揮・監督することは十分できたというべきである。

2 被告人Bの被告人Cに対する指示の内容

弁護人は、被告人Bが被告人Cに指示したのは、赤固定している二二Lの信号を緑色現示にするよう要請したもので、それは「点検」の範疇に入るものであり、「修理」ではない旨主張する。

(1) 被告人Bも、公判廷において「四月八日と同月一二日の貴生川駅における出発信号のトラブルや同月二六日の動作実験の経験から赤固定の信号故障の原因は電圧差であり、電圧を上げれば正常な働きをすると思ったので、被告人Cにはリレー等の電圧測定の点検のみを依頼した。」旨供述する。

しかし、テスターによる電圧測定のみでは測定する回路に流れる電圧が変化しないのは当然のことで、テスターによる電圧測定という点検のみで二二L赤固定トラブルが回復することなどあるはずもないことは、被告人Bとしても当然認識できた事柄である。まして本件当時、被告人Bが被告人Cに対して指示したその目的は、一刻も早く二二L赤固定トラブルを回復することにあったはずで、右回復に直接つながらない点検のみを依頼する気持であったなどということはおよそ考えられず、被告人Bの右公判供述は、不合理というほかない。

(2) すなわち、被告人Bの指示に基づき被告人Cがなすべき作業の目的は、先行下り列車が信楽駅に到着し、信楽駅上り出発信号機二二Lが本来緑色現示すべき時機に来ているにもかかわらず、小野谷信号場・信楽駅間の運転方向が下り方向に固定され、二二Lが赤固定したことを回復させるべく、小野谷信号場・信楽駅間に上り方向を設定することにある。それは、まさしく小野谷信号場・信楽駅間の運転方向に関わる問題である以上、信楽駅出発信号機二二Lのみならず小野谷信号場下り出発信号機一三Rとも関連し、影響する点検・修理行為であり、被告人Bにもその程度の理解はあったことは前判示のとおりであって、やはり、被告人Bは、被告人Cに対し、リレー等の電圧測定等の点検のみならず、二二L赤固定トラブルを回復させるための継電連動装置の修理をも指示したものと認めるほかはない。

三  継電連動装置の使用停止義務及び被告人Aとの連絡義務

弁護人は、本件事故当日の二二L赤固定という事態は、本来、当然に継電連動装置を停止すべき状態にあったとはいえないし、まして、被告人Bは、被告人Cの作業内容を理解できず、そのために継電連動装置を停止すべき状態にあったとは思い至らなかったので、その点に被告人Bの過失はない旨主張する。

1 前述したように、被告人Bが被告人Cに対し、継電連動装置の点検・修理を指示した動機は、信楽駅出発信号機二二Lが本来緑色現示すべきところ、赤固定したことにある。これは、SKRの信号保安装置整備心得一七条が「装置の障害」を分類した中の(6)に規定する「信号機が進行を指示する信号を現示しなければならないときに、停止信号を現示した場合。」に該当する。そして、「障害が発生したときは直ちに装置の使用を停止し、やむを得ない場合の外、そのままの状態で原因を調査し、すみやかに障害の回復に努めなければならない」(同心得一三条)とされる。

従って、信号設備の保安担当者であった被告人Bには、直ちに継電連動装置の使用を停止する義務があったこと、さらに右義務には裁量の余地がないことは前判示のとおりである。そして、同心得六条では、「保守作業に当たっては、列車又は車両の運転に支障を及ぼさないようにしなければならない。必要のある場合は、関係の箇所に連絡し、装置の使用停止その他適当な手配をしなければならない。」と規定され、さらに、修理に関して同心得一四条では、「障害の原因調査及び回復処置をする場合は、特に連絡打ち合わせを密にし、他の障害を併発させることのないようにしなければならない。」と規定されているところである。

2 この点、被告人Bは、継電連動装置の修理に当たり、その装置の使用を停止しなければならないことになっていたとか、運転取扱者等の他の関係者と密接な連絡を取らなければならないことになっていたことも、分からなかった旨公判廷において述べる。

しかし、被告人Bは、B23専務取締役からの指示により、近江鉄道の信号保安装置整備心得のうちSKRに関係のない機器や役職等の部分を訂正・削除し、右B23や近畿運輸局の係官の指導を受けて信号の点検修理に関し最も重要なSKRの「信号保安装置整備心得」の内容を自ら作成し、近畿運輸局に提出し、その後も、近畿運輸局の係官から、同心得の各条文毎の問題点等の照会を受け、さらに訂正・削除するなどして完成させたことは前記のとおりである。

そして、「障害が発生した」際に、継電連動装置を修理するについて、その装置の使用を停止しなければならないことになっていたとか、運転取扱者等の他の関係者と密接な連絡を取らなければならないことは、被告人B自身が作成した同心得六条、一三条、一四条の文言自体からも明らかであるし、また信号装置の保守関係者であれば、常識として極めて容易に理解できることであって、それらが分からないなどという弁解は不自然というほかない。

3 さらに、被告人Bは、届け出た右「信号保安装置整備心得」に対し、昭和六二年一一月一八日付けで、近畿運輸局から、たとえば、継電連動装置の使用停止に関する一三条について、故障の状態を保存しないですむ場合すなわち「やむを得ない場合」とは、どのような場合を想定しているのか、この部分が必要なのか、この点を誰が判断するのか、判断基準はどうなるのかなどと照会された上、継電連動装置を停止する場合の手続方法(マニュアル)を作成するようにとの指摘までされていたことが、前掲各証拠により認めることができる。

このように近畿運輸局の担当技官からの右のような照会や指摘を受けた被告人Bとしては、当然これについて検討を加えていたことは明らかであって、そのような事態を経験した被告人Bが、禁止事項の範囲や継電連動装置の使用停止措置、さらには、運転取扱者との連絡を取る必要性などの重要な規定内容について、知らなかったとか、理解していなかったなどということは、考えられないことである。

しかも、被告人Bは、公判廷において、国鉄のOBから「信号保安設備施設標準」を、D3B山電業大阪営業所所長から「信号工事用ポケットブック」を貰いそれらを読んだ旨述べているところで、被告人Bは、信号保安装置整備心得を作成するに当たり、特殊自動閉そく式に変更する工事の設計業者であるA野のF2設計部長やSKRの鉄道主任技術者のB23専務から指導を受け、近畿運輸局の技官からも指導を受け、しかも必要な参考文献も読んでいたと認められるのである。

そうだとすれば、被告人Bは、信号保安装置整備心得の各規定について、理解していたと考えるのが自然というほかない。

4 さらにまた、被告人Bが、四月一二日にも起きた貴生川駅出発信号の赤固定トラブルについては、同月一九日、信楽駅会議室に、被告人Cほか、JRの関係者らを集めて打ち合わせを行い、その際、早期に緊急点検をする必要性を説き、その結果、同月二六日、列車運行終了後の深夜に貴生川駅と小野谷信号場で同時並行的に緊急点検を実施することが決まり、その点検に被告人Bも立ち会ったことは、前記のとおりである。この動作実験が列車が運行されていない深夜に設定されたのは、継電連動装置の修理を行えば信号を誤作動させるおそれがあり、列車の運行に影響を与える危険があったためであることはいうまでもない。その動作実験の必要性を主張した被告人B自身がその点の理解がないなどということもあり得ないことで、これを否定する被告人Bの公判供述は明らかに不自然である。

つまり、これを逆にいえば、列車が運行されている時間帯に継電連動装置を修理する場合には、その装置を停止すべきこと、すなわち、少なくとも信号の現示停止措置を講じるべきこと、また、運転取扱者と密接な連絡を取り、危険な列車の運行を見合わせるよう要請すべきことを被告人Bは理解できていたものと認めるほかはない。

5 すなわち、被告人Bは、被告人Cに対し、二二L赤固定トラブルを回復させるための継電連動装置の点検・修理を指示したものであるし、それを受けた被告人Cがその修理・点検をしていることを被告人Bは認識していたし、その修理が信号保安装置整備心得一七条(6)の「装置の障害」に該当し、従って、「直ちに装置の使用を停止」しなければならないことや運転取扱者と密に連絡をとるべきことを知識としては有していたが、これを軽視していたため、あるいは動揺していたため、それらの義務を怠ったに過ぎないと認めることができる。

6 なお、弁護人は、被告人Bの注意義務の内容として「継電連動装置の使用を停止する注意義務」を問題にするのであれば、訴因として、たとえば、「小野谷信号場まで要員を配置し、同信号場で下り列車の運転士が下り出発信号機の信号現示に従わないように信号の現示停止がなされている旨伝える義務がある。」といった趣旨の記載が必要であって、本件公訴事実は右のような記載を欠いており、訴因が未だ特定されず、訴訟手続上の疑問がある旨主張する。

しかし、本件公訴事実の記載には「継電連動装置の使用を停止する注意義務」が掲げられ、その注意義務を果たすには、前途のように、その実施方法としては、信号の使用停止として常置信号の場合、信号灯を消灯し、信号機の前面に白色木片を×型に取り付けるか、信号機を木板でおおうか、機構を側面に向けることになる(信号保安装置整備心得二一条(1))し、信号の一時現示停止の場合には、代用手信号による措置をとる(SKR運転取扱心得二〇四条)こととなるが、それら実施細目を訴因において明記しなくても、「継電連動装置の使用停止」がSKRの規定上、右行為を指称していることは明白であるから、訴因の特定に欠ける点はない。

たしかに弁護人指摘のように、「継電連動装置停止義務」の内容や義務の有無について、本件審理において争点の一つとして十分な議論がなされていないうらみがあるが、これまでるる説示したように、右義務は、継電連動装置は信号を制御するもので、列車の安全に致命的ともいえる影響を与えるので、列車運行中は修理を行わないか、修理を行うのであれば信号の使用を全面停止すべきである、という一般人でも理解可能な単純な原則を示しているに過ぎないのであって、十分な議論がなされなかったから被告人らに不意打ちとなるような危険性があったとは到底考えられない。

四  被告人Cに対する監督義務

弁護人は、被告人Bは電気的知識に乏しく「正当な条件を経ない電源で動作させる行為」に及ばないよう被告人Cを監督することは不可能であった、と主張する。

なるほど本件当時、被告人Bが右行為の具体的意味を理解していたとは認め難いが、前認定のとおり継電連動装置は信号に重大な影響があることやその修理を被告人Cに指示したところ、下り方向表示灯が点滅していたことから、被告人Cが電圧測定以上の行為を行っていること、他方列車が出発する可能性があることを知り得たのであるから、直ちに、被告人Cに対し、信号機が踊っている点の釈明を求め、同被告人に信号機の誤作動を生ずるような危険作業をしていないか注意を与えるなどの監督権を行使すべき義務があったと認めるのが相当であり、かつ被告人Bがその程度の行為を行うことは容易であったといわざるを得ない。

五  列車の出発を見合わせるよう要請すべき注意義務の存否

1 弁護人は、列車を出発させるかどうかを決定する権限は、施設課長である被告人Bにはなく、D業務課長にあり、運転に関しては同課長が一切を決定していたのであり、被告人Bとして上り列車の出発を見合わせるよう被告人Aに要請すべき注意義務はなかった旨、またそもそも被告人Bは列車が出発するとは全く予期していなかったと主張する。

2 しかし、被告人Bにおいて、継電連動装置の使用を停止すべきところ、停止もしていない状態で被告人Cが同装置の修理をしていることを認識し、これによって信号の誤作動が生じ、列車運行に危険を与える可能性を予見し得たことは前判示のとおりである以上、最小限度、被告人Bとしては、被告人A(同人が運転主任として列車の運行に固有の決定権限を有している点は前判示のとおり。)に連絡をとり、こうした事態にあることを伝え、上り列車の出発を見合わせるよう強く要請すれば、これによって上り列車の出発について権限を有する被告人AがD業務課長の意向に強く反対し、上り列車の出発を見合わせて事故を回避する可能性があったといえる。

前記運転の安全確認に関する省令二条二項(5)の趣旨からも、右義務の存在は明らかである。しかも、被告人Bは、課長職として被告人Aより会社組織上は上位にあり、事実上強い影響力を有していたD業務課長といえども同格であったのであるから、電気関係保安設備の保守等の責任者という重責を考えれば、列車の出発を見合わせるよう当務の運転主任被告人Aに強く要請すべき義務を尽くすことに困難はなかったというべきである。

3 ところが、被告人Bは、公判廷において、「一番ホームを見たとき、上り列車の真ん中くらいのホーム上に緑の手旗を持って走っているSKR職員を見た。緑の手旗が必要となるのは手信号で列車を出すときであり、代用閉そくのためのものと分かったが、五月三日の場面と違い点検中なので、出発させるとは思わなかったし、出発が迫っているとも思わなかった。五月三日の場面は、上り列車が出発しない段階で、D業務課長から小野谷信号場に行ってくれといわれたが、連絡要員ということで受け止め、代用閉そくの確認のためとは思っていなかった。運転にタッチしていなかったので代用閉そくのことは知らなかった。緑の手旗を持っている職員を見て被告人Cの方に行き、列車が出そうやと言ったわけではなく、「ええんか。悪いんか。どうや。」と聞いたら「点検中や。」と言われただけだった。そのときの被告人Cの返事は「点検しとるのや、ちょっと待ってくれ。」というものであったが、上り列車を出さないでくれという意味だとは考えなかった。被告人Cが点検中なので上り列車が出るとは思わず、上り列車を止めなければという気持ちは起きなかった。また、自分は権限外なので、上り列車の出発を止める交渉をしようという気持ちもなかった。修理中に、列車を出発させるのならば当然その連絡があるべきだと思っていた。」旨供述し、緑色の手旗を持っている職員を見ても、あくまで上り列車は出発しないし、出発が迫っているとも思わなかった旨供述する。

4 しかし、ホーム上に緑色の手旗を持ち出すのは、代用閉そくにより列車を運行させる際に代用手信号に使用すると考えるほかない。そして、緑色の手旗を持っている職員が走っているのを見たというのであれば、代用手信号、それに引き続く出発合図による上り列車の出発の時期が迫っていると思うのが自然であり、世界陶芸祭開催中で当日の乗客が多かったことを考慮すると、出発すると思わなかったとする被告人Bの右公判供述は甚だ不自然というほかない。

また、被告人Bが上り列車は出発しないし、出発が迫っているとも思わなかったのは、右のとおり被告人Cが点検中であるからということが一因であったというのであるが、四月八日にはJRの職員が貴生川駅出発信号の赤固定トラブルの原因の調査中に、D業務課長がJRの職員に出発をせかせていたのを被告人Bは知っていたことは前認定のとおりである。それどころか、同年五月三日には区間開通の確認を命じられたが、交通渋滞で断念して戻ったところ、D業務課長が上り列車を赤色信号のまま出発させていたのを現認した経験を有しており、単に点検中ということでD業務課長がいつまでも列車を出発させないと期待できるはずもない。殊に、本件事故当日は、信号故障の点検修理の内容、回復の見込みや、点検修理の終了予定時間について、被告人Bから運転取扱者に対して何ら連絡していなかったのであるから、上り列車がその修理の都合を考慮して出発を見合わせることなど考えられず、むしろ、当時、約一〇分定刻よりも出発が遅れている上り列車は、貴生川駅で折り返して下り列車となって、世界陶芸祭を見物するための多くの客を乗せる予定であったし、近畿運輸局の係官を出迎えに行く予定でもあったことから、運転取扱者が一刻も早く上り列車を出発させたいと思っていることを被告人Bとしても認識していたと考えるのが合理的であり、それらの事情を考慮すると、被告人Bの右公判供述は不自然なものといえる。

5 この点、被告人Bは、捜査段階では、検察官に対し、上り列車が出発する可能性のあることは分かっていた旨、供述していた。すなわち、被告人Bが、一番線ホーム北側付近を見守っていると、緑色の手旗を持つSKR職員の姿が見えたので、、二二Lが赤色現示のままの状態で上り列車を代用閉そく方式で出発させようとしていることが分かった。緑色の手旗を見て、「列車が出発してしまう。」と思ったが、まだ間に合うかもしれないと考え、継電連動室に入り、被告人Cに対し「列車出そうや、もうええんか、まだあかんのか。」と言ったところ、「ちょっと待ってくださいよ、まだ点検中です。」と言ってきたというのである。そして、何故上り列車を代用閉そく方式で出発させようとしていることが分かったのかの点につき、さらに引き続き、次のとおり供述していた。すなわち、当時出発時刻から一〇分程度遅れていたし、近畿運輸局の係員を出迎えに行く予定でもあったので、この係員を待たしてはいけないと運行部門が考えるのは当然である。また、四月八日の貴生川駅での信号故障の際に、D業務課長は、JRの職員が故障の原因究明中であることを知りながら、原因の解明も待たず、小野谷信号場から貴生川駅に電話を入れて下り列車の出発を執拗に求めていたし、五月三日の信号故障の際にも、被告人BがD業務課長の指示で信楽駅・小野谷信号場間の区間安全確認に出発していたにもかかわらず、D業務課長は、その連絡を待つこともなく、二二Lが赤色現示のまま信楽駅から列車を出発させていたことから、本件当日においても、D業務課長は、被告人Aに対し、被告人Cの修理状況とその復旧見込の有無につき一切連絡を取っていないので、こうしたことから被告人Cが信楽駅の継電連動室で修理中であっても、D業務課長が被告人Aに対し、上り列車の出発を求めることは十分あり得た、というのである。

右被告人Bの検察官に対する供述は、前記検討結果に照らして合理的で信用し得るものである。従って、被告人Bは上り列車出発の可能性を十分認識していたものと認めるのが相当である。

六  下り列車が小野谷信号場を通過しないことの予見可能性

弁護人は、被告人Bとしては、小野谷信号場で行き違いが予定されている下り列車が、小野谷信号場を通過して進行して来るなど全く考えられないところで、本件事故の予見可能性はなかった旨主張する。

しかし、この点に関する認識については、被告人Bと被告人Aに大きな差異はなく、従ってその予見可能性が認められることについては、被告人Aの項において述べたとおりである。

なお、被告人Bは、「昭和四一年か四二年の伯備線で、濃霧により連絡なしに行き違い場所の変更をしたため、保線作業員が死亡し、それ以来、国鉄では司令長から行き違い場所の変更の指示を出さない限りは、予定どおり行き違いをするはずであり、本件事故当日、行き違い場所の変更の指示がないので、下り列車は必ず小野谷信号場で止まっていると思っていた。」といった趣旨の供述を公判廷においてする。

しかし、右供述は、公判廷においてはじめてなされたものであるうえ、保線作業員は、信号の現示を確認できない場所、すなわち線路全般において作業をする可能性があり信号により安全を確認するのは困難であるから、保線作業員に行き違い場所の変更を連絡する場合には、信号以外の方法によるほかない。要するに右は保線作業員に対する連絡方法の問題があって、運転士が信号に従って列車を通行させ、それによって行き違い場所変更の生ずることがあるかどうかの問題とは異なり、また、被告人Bが右趣旨を混同していたとは到底考えられない。

七  結論

以上のとおりであるから、前判示認定のとおり、被告人Bは、施設課長として、被告人Cに継電連動装置の点検・修理を指示するについては、直ちに継電連動装置の使用を停止し、仮に修理させる場合には、同被告人を同装置に関連する信号機に誤作動を生じさせないように厳しく監督し、さらに、右修理により同装置に関連する信号機に誤作動を生じさせる可能性があるから、運転主任である被告人Aと連絡を密に取って、被告人Cが点検修理中は、被告人Aに列車の出発を見合わせるよう強く要請して列車の運行の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに、これらを怠った過失があるというべきである。

第四被告人Cの注意義務違反の存否

被告人Cの弁護人ら(以下、弁護人と略称する。)は、被告人Cには本件事故につき過失はなく、無罪である旨主張するので、以下、個別の論点に即して検討する。

一  本件事故当日の被告人Cの勤務内容とその状況

被告人Cの本件事故に関する注意義務違反の有無を論ずるその前提として本件事故当日(以下、本項においては、断りのない限り、平成三年五月一四日を指す。)の被告人Cの勤務内容とその状況につき、先ず検討する。

前掲各証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1 被告人Cは、本件当日、八時ころ出勤し、一〇時ころまで仕事がなく休憩した後、先行下り列車が到着予定の一〇時七分になっても接近ブザーが鳴らないので、待合所から一番線ホームを見ると先行下り列車の姿が見えなかった。旅行センターへ戻りかけると接近ブザーが鳴ったので、収札を手伝うべく世界陶芸祭の観光客のための臨時改札所へ向かった。

2 被告人Cが収札途中、I総務課長から「おい故障や、信号が出ないから行ってみてくれ。」と言われて駅務室に行った。被告人Aから、制御盤の前で二二番てこをL側に倒したが上り出発信号機二二Lが緑色現示しないこと、下り方向表示灯が点灯していることの説明を受け、さらに、継電連動室を見て欲しい旨の依頼を受けた。

そこで、被告人Cは、施設課長である被告人Bと一緒に事務所を通って裏口から出て継電連動室に向かったが、その際、被告人Bから、原因を解明して一刻も早くその手当をして修理をするように指示された。

3 先行下り列車が信楽駅に到着した後、信楽駅・小野谷信号場間の運転方向の下り設定が自動的に解除され、その時点で、先行下り列車を上り列車として出発させるため、信楽駅制御盤の二二LてこをL側に倒すと何時でも運転方向を上り設定にできるはずであり、信楽駅の制御盤の下り方向表示灯が点灯するのは、本来下り列車が小野谷信号場の接近制御子一二RDAを踏んだ時点であり、当時、下り列車の貴生川駅出発予定時刻(一〇時一六分四〇秒)から考えて小野谷信号場の接近制御子一二RDAを通過しているはずがなかった。そこで、信楽駅に約三分遅れで到着した先行下り列車の到着情報が何らかの故障により、小野谷信号場へ送られていないために下り運転方向が解錠されないのだと考えた。そこで、被告人Cは、車からテスターを持出し、信楽駅の継電連動室に行った。

4 被告人Cは、継電連動室では、方向回線の回路を調べるため、前記配線図中の「運転方向リレー回路(FZ)」を見た。本来ならば方向回線だけを調査すればよかったが、その時は閉そく用電源を使用しているUZ回線、DZ回線も運転方向に関係すると思い込み、これも調査することにし、

① 二二DNR、二二UNR、二二URR、DZ各リレー

② 方向回線の外線端子、G七、G八

③ UZ回線の外線端子、G一一、G一二

④ DZ回線の外線端子、G九、G一〇の各電圧測定をした。

5 そして、①の各リレーの動作・落下状態を目視し、動作していたリレーが三〇ボルト弱で、このリレーは定格二四ボルトで動作するが、やや高めに電圧がかかるように設定してあるためで、他方落下していたリレーは零ボルトであり、方向回線中にある運転方向を制御する二二DNR(その動作により下り設定になるリレー)は動作、二二UNR(その動作により上り設定になるリレー)、二二URRは落下していることから、前記下り方向表示灯の点灯が誤表示ではなく、実際の電気の流れも、信楽駅・小野谷信号場間の運転方向が下り設定になっていることを示していることが確認できた。

6 また、方向回線六〇数ボルト、DZ回線三〇ボルト弱、UZ回線三〇数ボルトであり、方向回線は運転方向が取られていなときは負荷がかからないので電圧は一〇〇ボルトになるが、六〇数ボルトということから、信楽駅・小野谷信号場間の運転方向が下り方向に取られていることが確認できた。ただ、DZ回線、UZ回線の電圧の意味は測っては見たものの分からなかった。

7 ところで、信楽駅、小野谷信号場そして貴生川駅の各継電連動室にはリレーの組み込まれた回線や閉そく用電源が備えられ、各継電連動室の各回線には各継電連動室を繋ぐ駅間ケーブルと接続する対となる外線端子があり、この対となる二つの外線端子は、わたりバー(金属板)により接続されていた(なお、以下、信楽駅継電連動室内の外線端子中、信楽駅継電連動室の回路と繋がっている方を「信楽駅継電連動室側外線端子」と、小野谷信号場継電連動室の回路と繋がっている方を「小野谷信号場継電連動室側外線端子」という。)。

そして、運転方向の設定を決定していたのは方向回線であった。この方向回線は、運転方向が設定されていない時は、駅間両方の継電連動室内にある電源から、それぞれ直流の電圧がかけられ、電位差の生じない、いわゆる「突き合わせの状態」になって方向回線中のリレーに電圧がかからず、逆に、運転方向が設定されると、列車出発側にある継電連動室の電源からの電圧だけが切れ、列車の受け手側継電連動室の電源からの電圧が一方的にかかる状態になる。すなわち、前記DNRやUNR等の各種リレーは、電圧がかかる方向次第で、それぞれのリレーを動作したり落下したりする有極リレーになっていた。

また、運転方向が設定されるとそれは鎖錠され、プラス・マイナスの電気の流れを変える「転極」をしても、単に、その鎖錠を解くことができるだけで、さらに、その後、「突き合わせの状態」にして、初めて運転方向を解除できることになっていた。

8 本来であれば、列車が信楽駅に進入すると、信楽駅の継電連動室にある転極リレー「二二PCR」が動作し、その動作により、方向回線の転極が行われ、その転極が行われれば、小野谷信号場の継電連動室にある信楽駅到着リレーである「一三DRR」が動作し、その動作により設定された運転方向の鎖錠を司る「FSR」が動作して、鎖錠が解かれる仕組みとなっていた。そして、列車がさらに進行して駅間閉そく区間を抜けてしまい信楽駅場内信号機の内側に入った状態になると、前記転極リレー「二二PCR」が落下して転極が戻り、その後、最終的に方向回線が突き合わせ状態になって、運転方向表示リレー「一三DNR」が落下し、いつでも新たに運転方向を設定できる未設定状態に戻る仕組みとなっていた。

9 被告人Cは、右のような方向回線についての知識を前提にしながら、運転方向の下り設定を解除し、新たに上り設定が出来る状態にするため、以下のような修理を行った。

先ず、方向回線の転極を試みることにし、四月一二日に起きた貴生川駅出発信号の赤固定トラブルと同様、列車到着情報の検知不良という故障が原因であると考え、前記転極リレーPCRを転極しようと考えてその条件を読むため、配線図中の「方向鎖錠保持リレー関係回路(FS)」を見たが、それを非常に複雑で読めないことが分かった。しかもこの時、被告人Bから「まだか、早う直せ」と言う声が聞こえた。そこで、右回路図を理解できないまま、PCRリレーの転極をあきらめた。

10 次いで、被告人Cは、配線図中の「運転方向リレー回路(FZ)」

を見て、PCRリレーの転極をしなくとも外線端子の部分で転極すれば良いと考えた。ただ、そのためには最低限、「信号装置の使用停止の確認」をしたうえでなければならないが、急いでいたのと、上り列車が信楽駅を出発していないから危険ではないと思って確認をしなかった。

11 そして、方向回線の転極及び突き合わせ状態の設定を作るため、最初に、方向回線外線端子のクロス接続及び順接続を二回行った。

その一回目は、対になっている方向回線外線端子(G七、G八)同士をジャンパー線で、約一秒間、クロス接続して転極させた後、順接続をして方向回線の突き合わせを図った。その上で「どうですか、直りましたか。」と被告人Bに声をかけたが「まだや。」との返事であった。

その時、四月一二日に信号故障が起きて対処した時、短い時間のクロス接続では、本来必要な電圧の半分くらいの電圧しかかからず、何秒間かクロス接続をして正常な電圧がかかるようになった経験から、転極情報を送るためには、クロス接続の時間をもっと長くする必要があると考えた。

そこで、二回目は、前記クロス接続を四、五秒間行い、その後に前記順接続を行ったが、直ったという声がしなかったので、駅務室にその確認に行った。制御盤を見て二二番てこが中立の状態にあり、下り方向表示灯は点灯したままであることを確認し、制御盤の前にいる被告人Aに「直りましたか。」と尋ねたが、被告人Aから「まだです。」と言われた。

12 次いで、被告人Cは、継電連動室に戻り、配線図を見て、運転方向の解錠にはUZ回線も絡んでいるのではと考えた。つまり、方向回線と同様に信楽駅と小野谷信号場との間をケーブルで繋がれているし、UZリレーが極性を持つリレーであることから転極が必要ではないかと思い、UZ回線と方向回線それぞれについて、順次、転極・突き合わせをした。

具体的には、UZ回線のわたりバーをはずし、その対になった外線端子(G一一、一二)同士をジャンパー線でクロス接続及び順接続をし、その段階でUZ回線のわたりバーを元に戻して、引き続き、その対になった方向回線外線端子(G七、G八)同士を、わたりバーを外した状態で、ジャンパー線でクロス接続及び順接続をした。

その後、被告人Cは、そのまま被告人Bがいるはずの外に向かって「どうですか。」と声をかけたが、「まだか、どうや。」と言う声が外からしただけであった。

13 そのころ、四月一二日の経験から、方向回線にかかっている電圧が低いのではと思い、UZ回線の電圧を足すことを思い付いた。四月一二日、被告人Cは、小野谷信号場継電連動室で貴生川駅継電連動室の閉そく用電源が八七ボルトの電圧設定になっていたことに気付き、それは本来一〇〇ボルト設定のはずであると思い、それを一〇〇ボルトにして貰ったところ、貴生川駅出発信号の赤固定トラブルが回復したということがあった。

そのことから、本件事故当日も小野谷信号場継電連動室側方向回線外線端子にかかる電圧を上げようとして、方向回線のわたりバーを元に戻し、UZ回線及び方向回線のいずれのわたりバーも元に戻った状態で、信楽駅継電連動室側方向回線外線端子と小野谷信号場継電連動室側方向回線外線端子をジャンパー線で順接続し、結局、小野谷信号場継電連動室側方向回線外線端子に、信楽駅継電連動室側方向回線外線端子及び信楽駅継電連動室UZ回線外線端子のいずれからも電圧がかかるようにしようと、並列させて順接続した。

途中、方向回線のわたりバーを元に戻し終わったころ、被告人Bからの「列車が出そうや。」との声が聞こえてきたので、被告人Cは、作業を続けながら「ちょっと待ってください、まだ作業中ですよ。」と言ってとりあえず右順接続を直ぐに完了させた。

14 その後、被告人Cは、自身が行った人為的配線で二二L赤固定トラブルが直ったかどうかを確認するため、最後の順接続のままの状態にして駅務室に向かった。事務所に入った時、事務所の窓ガラス越しに一番線の様子が見え、その時初めて上り列車が出発しているのに気が付いたが、自分の作業によって直ったのかとの思いが半分あった。駅務室に入り、制御盤の前にいる被告人Aに「もう出たんですか。」と言うと「手信号で出した。Dさんにいわれて仕方なく出したんです。」と被告人Aは答えた。制御盤には誤出発表示灯が点灯していたので、出発信号機が緑色現示しないまま手信号で出発したことが分かった。しかし、その後もしばらくの間、右接続状態を続けていた。

15 被告人Cは、右並列の順接続により、「信楽駅継電連動室側方向回線外線端子にかかる電圧が、わたりバーによって、小野谷信号場継電連動室側方向回線外線端子にかかり、そのため小野谷信号場継電連動室にある一三DNRに電圧がかかり続けるので、誤出発時点まで一三DNRが動作し続け、誤出発検知により信楽駅継電連動室側方向回線外線端子の電圧が切れても、その際、信楽駅継電連動室側UZ回線線外線端子から信楽駅継電連動室側方向回線外線端子に電圧がかかり、その電圧だけで誤出発検知にもかかわらず一三DNRが動作し続けることになった。そのため、下り列車が小野谷信号場の接近制御子一二RDAを通過した際に、小野谷信号場の下り出発信号機が制御され青色現示した。」といった趣旨の説明を検察官から受けたが、それは、被告人Cが人為的配線の具体的方法について供述した後のことで、それまでは、自身が行った人為的配線がどのような影響を与えたのか、また、何故そのようになったのか、具体的には分かっていなかった。

16 ともあれ、下り列車の動きが急に気になり、被告人Cが「JRはどうなっているんですか。」と尋ねると「五分遅れです。」と被告人Aは答えた。被告人Cは、下り列車の方もこれぐらい遅れているのなら、小野谷信号場で待ってくれるので、大丈夫かなあと漫然とした安堵感を覚えた。しかし、被告人Cは、信楽駅では誤出発の状態となったので、故障状態が変更されてしまったため、これ以上復旧作業をしても意味がないと考え、最終的には小野谷信号場の下り方向も誤出発の状態になり、その強制解錠作業をする必要があると思い小野谷信号場の継電連動室に行くことにした。

17 ただ、被告人Cは、その前に信楽駅の継電連動室の後片づけをしに行った。信楽駅の継電連動室に戻ってから、被告人Cは、外線端子に「わたり」を入れたことで、どんな影響が出たかも知れず、もしかして小野谷信号場の下り出発信号機が緑色現示となって小野谷信号場・信楽駅間の閉そく区間に入ってきているのではないかという不安が募ってきた。被告人Cは、取りあえず現在の下り列車の在線位置を確かめる方法を探すべく配線図を見た。しかし、一、二分見てそれが無駄なことに気づいて止め、後片づけをし、さらに電圧を測定したリレーの配線のチェックをした。

18 その後、被告人Cは、小野谷信号場の継電連動室に行くため、小野谷信号場の継電連動室手前の鎖門の鍵を取りに事務所に行ったところ、室内で被告人Bの「えらいこっちゃ、脱線や。」という声を耳にした。さらに、駅務室の出入り口のところで被告人Aが「列車の正面衝突や。」と教えてくれたことから本件事故の発生を知った。

二  右事実認定のうち争いのある部分に対する補足説明

1 継電連動装置の使用停止をなすべき信号機の範囲

(1) 弁護人は、右継電連動装置の使用停止をなすべき信号機の点につき、単線区間については、「一閉そく区間一列車」を厳守できれば、閉そくの確保には何らの問題も生じないので、本件の場合、二二L赤固定により、閉そくの確保ができなかったのは、上り列車だけで、下り列車の閉そくの確保には、二二Lの赤固定は何らの障害にもなっていなかったのであるから、上り列車が二二Lの赤固定により、信楽駅に停止している限り、一三Rの使用停止までしなければならない必要性はなく、二二Lのみの使用停止で足りる旨主張する。また、被告人Cは、公判廷において、「本件事故当日、信楽駅出発信号に赤固定トラブルを起こしたことから使用停止すべきだった装置は、同信号及び同信号と関係する信楽駅構内の閉そく区間内にある装置であるから、小野谷信号場の下り出発信号まで含まず、常置信号機に関する限り信楽駅出発信号だけとなり、しかも、その停止すべき信号が赤固定となっているのであるから、そもそも新たに使用停止措置を講ずる必要がなく、右使用停止は出発てこを定位にすれば十分である。」といった趣旨の供述をする。

(2) しかし、被告人Cが回復させようとしていたのは、二二L赤固定である。つまり、小野谷信号場・信楽駅間に上り方向を設定することにある。それは、まさしく小野谷信号場・信楽駅間の運転方向に関わる問題である以上、信楽駅出発信号機二二Lのみならずこれと自動的に連動する小野谷信号場下り出発信号機一三Rにも関連し、影響する点検・修理行為でもある。そこにおいて継電連動装置に誤作動・誤表示を生じる可能性が生じることになれば、右いずれの信号機にも影響を及ばさないわけにはいかないのである。。これが、継電連動装置の使用停止措置として、少なくとも小野谷信号場に要員を派遣し、信号機の消灯等の措置をとるか、少なくとも列車の運転士に対し、下り出発信号機一三Rの信号現示に従わないよう代用手信号の体制をとる必要のある所以である。

すなわち、信楽駅出発信号と小野谷信号場の下り出発信号は、信楽駅・小野谷信号場間の運転方向が、上りに設定されれば、小野谷信号場の下り出発信号は緑色現示の可能性がなくなる一方で、信楽駅出発信号が緑色現示の可能性を生ずるし、右運転方向が下りに設定されれば、信楽駅出発信号が緑色現示の可能性がなくなるが、小野谷信号場の下り出発信号は、緑色現示の可能性を生ずるという信号システムとなっているのであるから、小野谷信号場の下り出発信号が、信楽駅出発信号と不可分の関係のある装置であることは明らかといえる。

2 被告人Cの人為的配線実施の有無

(1) 被告人Cは、逮捕前の参考人段階においては、信楽駅継電連動室で人為的配線をしたことを全面的に否認し、「二二Lが緑色現示になるよう修理していたのではなく、単に、赤固定の原因を調査しようとしただけであって、その際、電圧測定等の点検だけを行っていた。」旨供述していたが、逮捕後には人為的配線をしたことを認めるに至ってはいる。そこで、先ず、被告人Cが人為的配線を行ったか否かを検討する。

(2) 前掲各証拠、とりわけ、運輸省交通安全公害研究所交通安全部鉄道技術・評価研究室長松本陽作成の鑑定書によれば、以下の事実を認めることができる。

① E運転士運転の下り列車が小野谷信号場を通過する際、小野谷信号場下り出発信号一三Rが緑色現示をしていた。この一三Rは、小野谷信号場の継電連動室内にある信号制御リレー一三RHRが動作すれば、緑色を現示する。そして、一三RHRが動作するための条件の一つに、小野谷信号場の継電連動室内にある方向回線中の下り方向表示リレー前記一三DNRが動作する必要があった。そして、一三DNRが動作するためには、信楽駅の継電連動室内の方向回線から、駅間ケーブルを伝わって、小野谷信号場の継電連動室内にある一三DNRに、それを動作させるに足る電圧がかかっていなければならない構造となっていた。すなわち、一三DNRは、一方から電圧がかかったときだけ動作する有極リレーであり、信楽駅の継電連動室から電圧がかかったときだけ動作し、その電圧が切れると落下することになっていた。

② 一方、本件事故当日、信楽駅出発信号機二二Lは、信楽駅・小野谷信号場間の運転方向が、下り設定のままになったことから、F運転士運転の上り列車は、二二Lが赤色現示のまま出発した。このような場合、誤出発を検知する軌道回路上を上り列車が通過した段階で、信楽駅の継電連動室内の方向回線中のリレー二二LERが落下し(事故当日、実際に落下していた。)、そのリレーの接点が切れ、信楽駅の継電連動室内の方向回線にかかっている信楽駅の継電連動室用電源からの電圧が絶たれ、そのため小野谷信号場の継電連動室内にある一三DNRは落下するはずであった。

(3) 従って、本来であれば、信楽駅付近の軌道回路で上り列車の誤出発を検知すると、小野谷信号場にある一三Rは緑色現示をし得る状態になり得ず、必ず赤色を現示するはずであった。にもかかわらず、一三Rが緑色現示をし得る状態になったのは、信楽駅の継電連動室内で何らかの人為的配線が行われ、そのために、上り列車が誤出発したにもかかわらず、右人為的配線により、小野谷信号場の継電連動室内にある一三DNRに、それを動作させるに足る電圧が信楽駅の継電連動室側から駅間ケーブルを伝わってかけられた状態となり、そのため一三DNRが動作したとしか考えられないことになる(前記松本鑑定人の推認)。

(4) そして、本件事故当日、信楽駅の継電連動室内で継電連動装置に向かって作業をしていたのは、被告人Cをおいてほかなく、被告人Cが一三Rを緑色現示し得る状態にする何らかの人為的配線を行ったことを強く推認することができる。つまり、被告人Cは、信楽駅出発信号二二Lの緑色現示を出すために二二L赤固定の原因となっていた信楽駅・小野谷信号場間の運転方向の下り運転方向を解除しようとし、一三DNRを落下させようとする人為的配線を行っていたが、本来の意図とは違って、その人為的配線により、結果的には、上り列車の誤出発検知により、本来ならば落下するはずであった一三DNRを落下しない状態すなわち動作状態にしてしまい、そのため、一三Rを緑色現示させ得る状態にしたと推認することができる。

3 被告人Cの人為的配線の具体的内容の検討

(1) この点につき、被告人Cは、公判廷において、二とおりの供述をする。すなわち、一つは、信楽駅継電連動室側外線端子にかかる電圧を用いて方向回線を転極しようとし、対になっている方向回線の外線端子(G七、G八)をそれぞれジャンパー線でつなぎ、そのわたりバーを外した後、G七をG一二に、G八をG一一にクロス接続、その後、方向回線が断線しないように、ジャンパー線をG七同士、G八同士に戻した。そして、その接続状態のまま駅務室に行き、上り列車の出発を知った後、再び信楽駅継電連動室に戻ったとき、G七及びG八の外線端子の接続を、ジャンパー線による接続状態からわたりバーによる接続状態に戻したというもので、他の一つは、右のようにG七をG一二に、G八をG一一にクロス接続して転極をした後、突き合わせ状態を作るため、G七をG一一に、G八をG一二に順接続をし、その後、駅務室に戻り、しばらくの間、この状態を継続したというのである。

ただ、いずれにしてもG七、G八のわたりバーを外していたとする点では同じで、松本鑑定によれば、その場合、方向回線外線端子とUZ回線外線端子とのクロス接続や順接続の際に、このわたりバーを外していれば、一三Rの緑色現示は起きることはない。

(2) 他方、被告人Cは、捜査段階では検察官に対しては、本件事故当日、最終的には、小野谷信号場継電連動室側方向回線外線端子にかかる電圧を上げようとして、UZ回線及び方向回線のいずれのわたりバーも元に戻した状態で、信楽駅継電連動室側方向回線外線端子と小野谷信号場継電連動室側方向回線外線端子をジャンパー線で順接続し、小野谷信号場継電連動室側方向回線外線端子に、信楽駅継電連動室側方向回線外線端子及び信楽駅継電連動室UZ回線外線端子のいずれからも電圧がかかるように並列させて順接続した旨供述していた。

(3) この点につき、前記松本鑑定は、SKRの信号システムを前提にした場合、一三Rが緑色現示となり得る想定可能な信楽駅の継電連動室内での人為的配線の内容として、先ず、誤出発検知が正常に働いた場合としては

① UZ回線外線端子(G一一、G一二)と方向回線外線端子(G七、G八)との接続、すなわち、信楽駅の継電連動室内にある閉そく用電源からUZ回線外線端子にかかる電圧を方向回線にかける。

② DZ回線外線端子(G九、G一〇)と方向回線外線端子(G七、G八)との接続、すなわち、小野谷信号場の継電連動室内にある閉そく用電源から駅間ケーブルを伝わって信楽駅の継電連動室にあるDZ回線外線端子にかかる電圧を方向回線にかける。

③ 信楽駅の継電連動室内にある閉そく用電源の出力一ないし二と方向回線外線端子(G七、G八)との接続、すなわち、閉そく用電源の電圧を直接方向回線にかける

④ 誤出発検知リレーである二二LERの接点六と七をジャンパー線で短絡させる。

の四つが考えられ、さらに、誤出発検知が正常に働かなかった場合としては

⑤ 誤出発検知後おいて、二二LERの再動作を防ぐため、自己保持接点五を短絡させる。

⑥ 誤出発検知時点において、二二RCTRないしその補助リレーのいずれかの±端子の接続をする。

の二つが考えられるとした。

しかしながら、信楽駅制御盤の誤出発ランプが点灯していたことは、被告人Aをはじめ関係者の供述により明らかであるから、⑤⑥の可能性は低かった。

また①ないし④のうち、②の場合は、一三DNRにかかる電圧が低いため、一三Rが緑色現示になる可能性が低い。

③の場合は、そのための接続には約三メートルのジャンパー線が必要となる。

④の場合は、時期及びジャンパー線の長さの制約がないが、実施目的が不明で、なされた可能性は低い。

以上により、松本鑑定は、①の可能性を示唆してある。

(4) 被告人Cの検察官に対する前記供述は、一三Rの緑色現示を可能にする人為的配線の一つであり、松本鑑定の結果(前記①の場合の一つ)と符合する。従って、被告人Cが①の人為的配線を行ったと認めることができる。被告人の公判廷における二つの弁解は、一三Rの誤表示という結果と人為的配線との因果関係を説明できず、いずれも信用し難い。

4 被告人Cの人為的配線実施の時期

弁護人は、下り列車が一三Rの手前に設置された接近制御子一二RDAを踏むと、ARCにより一三Rが緑色現示する、仮にその信号に従って下り列車が一三Rを通過した後に、上り列車の誤出発検知がなされて一三Rが赤色現示になり、たまたまその後に被告人Cの人為的配線によって一三Rが再び緑色現示となり得る状態になったとしても、それが原因で生ずる緑色現示は下り列車の一三R通過後のものであるから、本件事故との因果関係はないことになる。そして、その可能性は十分にある旨主張する。そこで、以下、検討する。

(1) 前記各証拠によれば、上り列車のダイヤ上の信楽駅出発時刻は、一〇時一四分であるところ、事故当日の現実の信楽駅出発時刻については、被告人Aが一番ホームへ出て、途中、走りながら懐中時計を見て「一〇時二四分二〇秒」あることを確認し、その約三〇秒後に上り列車が出発したとして列車運転状況表にわざわざその旨の記載をしていること、Lが被告人Aから約一〇分遅れで上り列車が出発したと聞いていること、先行下り列車に乗車し、折り返し上り列車に乗車して雲井駅で下車した乗客の一人が上り列車の出発は定刻よりも一〇分か一一分遅れた午前一〇時二五分ころであった旨述べていること等が認められるところから、上り列車の信楽駅出発時刻は一〇時二五分ころと認定することができる。

(2) しかし、弁護人は、上り列車の信楽駅出発時刻は一〇時二五分よりも、もっと後である旨主張する。すなわち、被告人CがI総務課長から呼ばれて後、被告人Cが上り列車の出発を知った時までの同被告人の行動からすれば、右時刻ははもっと遅いはずであるというのである。

しかし、右主張にかかる被告人Cの行動は前認定のとおりであり、被告人Cが駅務室と信楽駅の継電連動室等の間を移動するについては主張のような時間を要するとしても、他の制御盤の確認、継電連動室における配線の確認、電圧の測定、転極等の作業については、電気技師である被告人Cにとって、さほど時間を要するものとはいえないし、そもそも右所要時間を記録していたわけでもなく、同被告人の記憶に過ぎないうえ、ダイヤ上、下り列車の貴生川駅出発予定時刻と上り列車の信楽駅出発予定時刻とは約二分差で、しかも、下り列車は一〇分余りで小野谷信号場に差し掛かる予定であること等から一刻も早い回復が望まれていた中での修理であったことからみても、少なくとも、被告人Cの右一連の行動自体をもって、上り列車の信楽駅出発時刻が前記のとおり一〇時二五分であったとすることに特段の矛盾があるとは認め難い。

のみならず、被告人Aが出発合図を出した当時、F運転士やD業務課長は、下り列車が貴生川駅を遅れて出発していることは知らず、従って、下り列車がダイヤ上小野谷信号場を一〇時二八分一〇秒で通過することを前提として、同信号場までの区間開通の確認のないまま、誤出発検知機能を拠り所として、右下り列車のダイヤ上の通過時刻よりも前に出発することを意図し、だからこそ被告人Aに出発を急がせていたことは、前判示認定の事実から明らかである。

従って、上り列車の信楽駅出発時刻を下り列車が小野谷信号場を通過する予定時間である一〇時二八分二〇秒より前の時刻である一〇時二五分であると推認することは合理的である。

(3) さらに、弁護人は、本件事故の発生時刻が一〇時三五分ころであるとすると、仮に、上り列車が信楽駅を一〇時二五分に出発したとすると、事故現場まで一〇分要したことになるが、ダイヤ上では一〇分四〇秒を要するとなっており、若干早かっただけとなるが、当日の上り列車は遅れを取り戻すため相当のスピードを出していたと考えられ、そうすると、上り列車の出発時刻はもっと遅かったと考えるのが合理的であると主張する。もちろん、その可能性も検討の余地があると考えられるが、前掲証拠によると、信楽駅(貴生川駅を〇キロポストとしての一四・三〇八キロポストから一四・七七キロポスト)から本件事故現場(九キロポストから九・二キロポスト)までの約五キロメートル強の間には、玉桂寺前駅、勅旨駅、雲井駅、紫香楽宮趾駅の四つの駅があり、それら各駅に停車し、乗客の乗降をしたうえで、通過しなければならず、速度を上げて同所間の通過するといっても自ずから限度があり、当時、上り列車がスピードを上げていたとしても、事故現場まで四〇秒程度しか短縮されていなかったと推認することは、さほど不自然とはいえない。

(4) 他方、右各証拠によると、下り列車の貴生川駅出発時刻は、定刻である一〇時一六分四〇秒より約二分遅れの一〇時一八分四二秒と機械的に記録されていること、ダイヤ上の貴生川駅・小野谷信号場間のJR直通列車の場合の所要時間は、約一〇分三〇秒で、本件事故当日の下り列車の乗客利用率が約二五〇パーセントであり、右状態で上り勾配である貴生川駅・小野谷信号場間を走行するには、右所要時間より早く小野谷信号場を通過することは到底考えられず、早くとも一〇時三〇分ころと推認される。しかも、E運転士も同分ころに小野谷信号場に差しかかり、一〇時三一分ころ、小野谷信号場を通過するのを時計で確認した旨証言している。従って、下り列車の小野谷信号場通過は、一〇時三一分ころと認めるのが相当である。

(5) 以上のとおり、上り列車の信楽駅出発時刻が一〇時二五分であり、下り列車が右認定のとおりの一〇時三一分ころに小野谷信号場を通過したのであるから、上り列車はそれよりも早く信楽駅を出発していることになる。そして、上り列車の誤出発検知は、上り出発信号機二二Lの小野谷信号場側の直近に順次位置する三三Tと二二RCTとに上り列車が跨った時であり、それは上り列車の出発とほぼ同時刻であると認められるので、下り列車の一三R通過は、上り列車の誤出発検知より五分以上遅かったと認められ、弁護人のこの点に関する主張は採用できない。

三  継電連動装置の修理中、上り列車出発の予見可能性の有無

弁護人は、被告人Cには、被告人Aらが信楽駅出発信号機二二Lが赤色現示のまま、しかも、代用閉そく方式による閉そくの確保をもしないまま、上り列車を出発させることを予見できなかった旨主張する。そこで、以下、検討する。

1 被告人Cが被告人Aや同Bから、信楽駅出発信号の赤固定トラブルを解消するため、原因を解明して一刻も早くその手当をして修理をするように依頼ないし指示をされたこと、当時、上り列車は一番線ホームで出発信号が緑色現示となり次第出発できる態勢で待機していたこと、事故当時は、世界陶芸祭の開催中で、上り列車は貴生川駅で折り返し、多数の乗客を乗せて信楽駅に戻って来る予定をしていたこと、上り列車は、途中、小野谷信号場で下り列車と行き違いを予定し、下り列車が小野谷信号場に差し掛かる前に上り列車を出発させないと、信楽駅・小野谷信号場間の運転方向が下り設定となり、これを信号てこの操作により解消できる方法はなくなること、そうなると、下り列車の信楽駅到着までに上り列車を出発させることができなくなること等から一刻も早い回復が望まれたのも当然のことであったこと、そして、被告人Cもそれら事情を当然知っていたことは、前認定事実のとおりである。

2 さらに、被告人Cが当初、方向回線の転極及び突き合わせ状態の設定を作るため、方向回線外線端子のクロス接続及び順接続を二回行い、一旦駅務室にその確認に行って、継電連動室に戻り、UZ回線と方向回線それぞれについて、順次、転極・突き合わせをしたこと、その際、方向回線のわたりバーを元に戻し、UZ回線及び方向回線のいずれのわたりバーも元に戻った状態で、信楽駅継電連動室側方向回線外線端子と小野谷信号場継電連動室側方向回線外線端子をジャンパー線で順接続し、結局、小野谷信号場継電連動室側方向回線外線端子に信楽駅継電連動室側方向回線外線端子及び信楽駅継電連動室UZ回線外線端子のいずれからも電圧がかかるようにしようと、並列させて順接続したこと、その途中、方向回線のわたりバーを元に戻し終わったころ、被告人Bからの「列車が出そうや。」との声が聞こえてきたので、被告人Cは、作業を続けながら「ちょっと待ってください、まだ作業中ですよ。」といって右順接続を直ぐに完了したこと、その後、被告人Cは、この人為的配線で二二L赤固定トラブルが解消したかどうか確認するため、右順接続をそのままにして駅務室に向かったこと、事務所に入った時、事務所の窓ガラス越しに一番線の様子が見え、その時初めて上り列車が出発しているのに気が付いたことはいずれも前判示のとおりである。

右一連の事実経過からすると、被告人Bからの「列車が出そうや。」との声が聞こえてきたのであれば、しかも、被告人Cが、自身が一刻も早い継電連動装置の回復をなすべきことを望まれる前記のような状況にあったことを知っていたことからすれば、上り列車が出発する可能性のある時機が到来したことを知り、右出発を予見すべきであったし、予見できたというべきである。

3 もとより、運転取扱者でもない被告人Cとしては、被告人Aらが指導通信式の所定の手続を履行しないまま、すなわち、無閉そく状態で上り列車を出発させることを予見し得たということはできない。

しかし、同被告人が信号技術者として代用閉そく方式による出発自体について十分な知識がないとしても、列車が出発しそうであることを予見し得たし、前記のような危険な継電連動装置の修理をしているのであるから、本件事故の発生を防止するため、危険な修理を直ちに中止するか、継電連動装置を使用停止にすべきことを被告人Bに強く進言すべきであったといわざるを得ない。

四  継電連動装置の使用を停止させ、上り列車の出発を見合わせるよう要請すべき義務の存否

弁護人は、被告人Cは、列車運行に関与する立場にないこと、継電連動装置の使用を停止する権限のないことから、右注意義務の存否を争うので、以下、検討する。

1 被告人Cの信楽駅継電連動室内における作業目的はいうまでもなく、二二L赤固定を回復させることにあった。そのため同被告人は下り運転方向を解錠する必要があると考え、方向回線を人為的に転極しようとした。このような信号装置に対する強制的な条件を付与する行為は、その行為により信号、転てつ器に誤表示、誤作動を生じさせる危険性があることはいうまでもない。殊に、被告人Cがなした信楽駅継電連動室内の継電連動装置を正当な条件を経ない電源により動作させる行為は、まさに小野谷信号場下り出発信号が本来赤色現示となるべき場合に緑色現示となるおそれのある危険な作業であった。

2 このような自らの行為により信号が誤作動する危険がある場合、その修理担当者は、列車衝突の危険を回避するための配慮をなすことが要求されるのは当然といえる。すなわち、本来、信号の修理は、列車の運行に影響を与え、列車衝突のおそれのある状態で行ってはならないことは、列車の安全な運行を図る上で当然要求されることである。

従って、信号を修理する者は、列車衝突の危険がないと確認できる場合(たとえば、列車が運転されていない深夜の時間帯)を除いては、信号に誤作動を生じさせる危険な修理は断じて行ってはならない義務があるというべきである。

3 他方、被告人Cが継電連動装置の修理を開始した当時、上司の被告人Bから継電連動装置の使用停止をしたのか、していないかの報告を受けていないし、被告人Cから被告人Bに対し、継電連動装置の使用停止の有無につき、確認をとった形跡のないことも前認定事実から明らかである。そうだとすると、継電連動装置の修理を任された技師としても、自己の修理行為の危険性を保安担当者に説明し、継電連動装置の使用停止を要請する義務のあることはいうまでもない。

これを本件に即して具体的にいうと、右のような危険な信号修理をなす被告人Cとしては、継電連動装置の使用停止に関しての責任者である被告人Bに対し、自ら行う修理の危険性を説明し、継電連動装置の使用を停止することを要請し、右要請に従って被告人Bが適切な行動をなしたか否かを確認する義務があるというべきことになる。

4 しかしながら、被告人Aに対し、被告人Cが行う修理の危険性を説明し、右要請に従って上り列車の出発を見合わせることを直接要請し、右要請に従って被告人Aが適切な行動をなしたか否かを確認する義務があるのは、被告人Cを指揮・監督する責任のある被告人Bにあること、被告人Bは、信楽駅に現在し、いつでも容易に被告人Aに右要請できる状況にあったことを被告人Cが認識していたといえることは前判示のとおりであって、信号関係の継電連動装置等の技術者であって、継電連動装置の使用停止をするか、修理を中止し代用閉そく方式による出発を実施するのかといった点について全く判断する立場にない、被告人Cには被告人Aへ列車の出発を見合わせるよう直接要請する義務はないというべきである。この運転中止要請は被告人Bがすべきことと被告人Cが期待しても無理ではないと考えられ、この点に関する検察官の主張は理由がない。

5 以上のとおりであるから、被告人Cは、継電連動装置の使用停止に関しての責任者である被告人Bに対し、自ら行う修理の危険性を説明し、継電連動装置の使用を停止することを要請し、右要請に従って被告人Bが適切な行動をなしたか否かを確認すべきであった。

五  被告人Cの「ちょっと待ってください、まだ作業中ですよ。」と、言った言動の安全確認としてと意義如何

被告人Cは、前述のように、継電連動装置の使用停止措置が講じられないままに正当な条件を経ない電源で同装置を動作させるという危険な行為をしていたのであるから、列車の安全確保という重大な使命に照らせば、その行為を直ちに中止するか、あるいは、被告人Bに対し、継電連動装置の使用停止を要請すべきであり、単に、右のような発言をしたのみで、被告人Bがその後どう対処したのかの返答を聞くこともせず、放置していたのでは、到底前記注意義務を尽くしたことにならないというべきである。

六  結論

以上のとおりであるから、前判示認定のとおり、被告人Cには、信楽駅継電連動装置の修理をするに当たり、それが小野谷信号場下り出発信号に誤作動を生じさせる可能性のある行為であることから、被告人Bに連絡を取って、継電連動装置の使用を停止するよう要請し、それがなされたことを確認するか、右確認ができない場合は右修理を中止し、正当な条件を経ない電源で動作させるなどの行為を中止しなければならない業務上の注意義務があるのに、これらをいずれも怠った過失があるというべきこととなる。

第五E運転士の注意義務違反の有無

本件事故当日(以下、本項においては、断りのない限り、平成三年五月一四日を指す。)、E運転士が運転する下り列車が定時より約二分遅れて一〇時一八分四二秒に、貴生川駅を出発し、一〇時三〇分ころに小野谷信号場に差し掛かった際、下り場内信号機一二Rが黄色黄色現示から進行信号である緑色現示に変わったのを確認して場内に進入したものの、F運転士が運転する上り列車が上り待避線に到着していなかったこと、しかし、E運転士は同信号場下り出発信号機一三Rが出発信号である緑色を現示していたところから、右信号に従って一〇時三一分ころ右小野谷信号場を通過したこと、ところが、一〇時二五分ころ信楽駅出発信号機二二Lが赤色現示のまま同駅を出発した上り列車と、一〇時三五分ころ、本件事故現場軌道上において、正面衝突したこと、前記認定のとおりである。

そして、被告人三名の弁護人ら(以下、弁護人と略称する。)は、E運転士の右下り列車運行方法には、重大な過失ないし落ち度があり、これは被告人らの過失の有無と程度に影響する旨主張するので、以下、検討する。

なお、この点に関し、E運転士に違法ないし不当な運転方法はなかったとの当裁判所の基本的見解は、被告人Aの予見可能性の有無に関して既に明らかにしているので、ここでは、関連する弁護人の所論のうち主要な点について再度検討する。

一  「異常時」、「平素と異なる作業」等の該当性を根拠とする連絡義務違反の有無

1 弁護人は、ダイヤどおりであれば、上り列車が小野谷信号場に待避していない場合、小野谷信号場下り出発信号機一三Rは赤色現示となるはずであるにもかかわらず、緑色現示したのは、直通乗り入れ運転に関する協定書一一条に規定する「異常時」ないし運転作業協定書三条に規定する「平素と異なる作業」となる状況にあったといえるし、「協議」ないし「打ち合わせ」のため、E運転士はSKRへの連絡を必要としていたし、上り列車が小野谷信号場に到着していないのに一三Rが緑色現示であったという事態は、信号現示が所定とは異なっており、そのまま進行すればダイヤとは異なる行き違いになることは明らかであったから、運転の安全の確保に関する省令二条二項によると、「取扱に疑いのあるとき」に該当するから、E運転士は、「最も安全と思われる取扱をしなければならず」、また、「憶測による作業をしてはならず」、運転指令と「連絡を緊密にし」、「必要な確認をすべき」であったと主張する。

2 しかし、前述のとおりSKRでは、ARCが採用され、下り列車が上り列車より先に閉そく区間に近付けば、ダイヤとは関係なく、下り列車のため、その閉そく区間の運転方向が下り設定となる信号システムが採用されていた。つまり、SKR線では、ダイヤどおり小野谷信号場で行き違いをしないという場合が現実に生ずることが初めから予定されていたということは前判示のとおりであり、ダイヤ上、上り列車が小野谷信号場に待避していない場合、小野谷信号場下り出発信号機一三Rは赤色現示となるところ、緑色現示したからといって、信楽駅における何らかのトラブルより上り列車の出発が遅れていると推認するのが通常であり、少なくとも下り列車の安全は確保されており、それが、「異常な事態ないし通常とは異なる状況にあった。」とはいえないし、JRとSKRとの運転作業協定書に規定する「平素と異なる作業」に該当すると直ちに断定できないことは明らかである。

そもそも「異常時」や「通常と異なる状況」等の概念について、JRとSKRでこれを明確にし、あるいはそのような場合にどう対処するかについて両社で具体的に協議したり、その結果をJR、SKR双方の職員に周知徹底させた形跡は全くなく、緑色現示の信号を見たE運転士に異常と考えるべきというのはいささか無理がある。

二  E運転士が認識していた具体的状況如何と本件事故発生の予見可能性及び注意義務の存否

弁護人は、E運転士が本件事故前に経験した信号異常や認識していた事実によれば、E運転士は小野谷信号場において、上り列車が進行してくることを予見し得たし、信楽駅に連絡確認すべき義務のあることが一層明らかである旨主張するので、この点につき検討する。

1 前記各証拠によると、次の事実を認めることができる。

(1) 経歴、経験等

E運転士は、昭和三九年四月、国鉄に採用され、機関助手を経て本件事故に至るまで電車と気動車の運転に従事していた。その間の昭和六一年一一月ころから昭和六二年七月ころまでの間、一か月に四回程度の割合でSKR発足前の国鉄時代の信楽線の運転に従事していた。当時は、小野谷に行き違いのできる信号場はなく、票券閉そく方式が採用され、一編成の列車のみが信楽駅と貴生川駅を往復するという衝突の危険があり得ないダイヤであった。こうした経験からE運転士は、信楽線の線路の曲線、勾配、見通し等の状況は比較的認識していた。しかし、SKRにおける運転取扱、小野谷信号場における行き違い等については、本件乗り入れの際に受けた教育訓練と実際に乗り入れ運転して知った事実以外にはなかった。また、代用閉そく方式については、国鉄及びJRを通じて実際の経験はなく、机上の訓練で知る程度であった。

(2) 教育訓練の内容

四月四日以降に実施されたJR直通乗り入れ運転士に対する教育訓練の内容としては、E運転士は、SKR線において、誰が運転整理の指令を出すのかは説明を受けていないため、SKRの信楽駅長であろうという程度の理解であり、その方法については理解できていなかった。ただ、SKRでは常用閉そく方式として特殊自動閉そく式が採用され、それが、全線ではなく、停車場付近に信号回路を設けているもので、CTC方式(全軌道に電気回路を設け、列車の位置を確認し、列車の運行を集中制御できるシステム)ではないとの理解は有していた。さらに、「異常の対応はすべて信楽駅とする。」との趣旨のマニュアル記載どおりの教育を受け、異常時の連絡方法としては、SKRの車両無線とJRのそれが周波数が異なり、JRの車両無線機は使用できず、JR直通乗入れ列車に搭載された携帯電話を沿線の端子に接続して、信楽駅に連絡する以外にないこと、しかし、その際、「異常時」の具体的な内容の説明はなかったこと、この携帯電話は国鉄の訓練の時に使用したのみで、実際の運転中には使用したことがなく、本件乗り入れに当たって、訓練も受けなかった。また、小野谷信号場の下り出発信号機一三R付近に、信楽駅から操作すると動作する回転灯が設置されていたが、E運転士はその存在を知らなかった。結局、異常時に信楽駅から運行中のJR直通乗入列車に連絡する場合、信楽駅から意図的に赤色信号にして列車を停車させることができると思っていた程度であった。なお、E運転士は、JR列車は、常にダイヤ上「小野谷では行き違いをする。」と聞き、本件事故以前においては、実際にも行き違いをしていた。

(3) 四月一二日の信号トラブル

同日、E運転士は、JR試運転上り列車五五〇四D列車を運転して信楽駅を定刻の一三時四三分に出発し、小野谷信号場に到着した。同信号場では下り五三九D列車と行き違うことになっていたが、同列車が定刻になっても到着せず、小野谷信号場上り出発信号機一二Lが赤色現示のままで、同信号場には誰もいなかった。小野谷信号場に到着して一〇分程度経過したとき、E運転士は、携帯電話により信楽駅に連絡を取ろうとしたが、小野谷信号場の下り出発信号機一三R付近にある端子ボックスに鍵がかかっていたため、連絡を取ることができなかった。そのため、E運転士は、そのまま待機していたところ、到着から約二〇分したころに同信号場の継電連動室にSKRの職員が出入りするようになり、D業務課長らも来た。約四〇分経過したころ、E運転士は、小野谷信号場上り出発信号一二Lが一時緑色を現示したことを目撃した。定刻から約一時間程遅れて、下り列車が小野谷信号場に到着し、同列車から指導者腕章をつけたF運転士が五五〇四D列車に乗り移ってきて、「貴生川駅で下り出発信号機が青にならず故障している。指導通信式で運転してほしい。」旨同方式による運行をE運転士に指示した。しかし、その際、同方式の手続として定められた運転通告券は交付されず、かつ代用手信号もなくD業務課長の口頭の指示でE運転士は出発した。その際、一二Lは緑色現示になっていた。貴生川駅に到着したところ、貴生川駅の下り出発信号機八Rはいまだ赤色固定したままであった。その後、E運転士は、貴生川駅で出発信号赤色現示のまま指導通信式で、運転通告券の交付を受け、指導者としてF運転士を乗せて、貴生川駅の職員による手信号と、駅長の出発合図で下り列車を出発させ、信楽駅で折り返して、小野谷信号場に到着した。同信号場上り出発信号は赤色を現示していたので停止した。しばらくして下り列車が到着し、指導者としてF運転士が乗り移り、同人が指導通信式によるとの指示をした。またもや手信号も出発合図もなかったが、小野谷信号場上り出発信号一二Lが緑色現示したこと及びF運転士の口頭による出発指示があったことからE運転士は上り列車を出発させた。しかし同信号場には外には誰も来ていなかった。

(4) 五月三日の信号トラブル

同日、E運転士は、貴生川駅一一時六分発の五〇三D列車に貴生川駅から乗務する予定であったが、折り返し運転の同列車は貴生川駅への到着が遅れ、定刻より二分二〇秒遅れて同駅を出発した。E運転士は、小野谷信号場で下り出発信号機一三Rの赤色現示により停止した。同信号場には行き違い予定の上り列車は待避していなかったた。そこで、五〇三D列車を停車させ待機していると、その約七分後に、D業務課長が現れ、上り列車も同信号場に到着した。ただしその先後関係は不明である。そして上り列車から指導者腕章をつけたX運転士が五〇三D列車に指導者として乗り移り、「信楽駅の出発信号が出なかった。指導通信式で頼む。」旨指示し、被告人Bが手信号を出し、D業務課長の出発合図でE運転士は、下り列車を出発させた。このときも運転通告券は交付されなかった。

2 信号故障が原因で一三Rが誤表示となり緑色現示することの予見可能性の有無

ところで、小野谷信号場の下り出発信号機一三Rが緑色現示をしているにもかかわらず、上り列車が小野谷信号場に向かって進行して来る可能性がある場合としては、一三Rが本来は赤色現示をすべきところ、信号の機械的故障によって緑色を現示するという誤表示をしている場合が考えられる。そこで、信号故障が原因で一三Rが誤表示となり緑色現示していることの予見可能性の有無が、先ず問題となる。

(1) フェイルセーフの原則の意義

一三Rが緑色現示をしていると、それは小野谷信号場・信楽駅間の閉そくが確保されていることを意味し(鉄道運転規則一〇六条、一〇七条)、上り列車が閉そく区間に進入し小野谷信号場に向かって進行して来ることを、通常、予見できない。しかも、信号システムは、フェイルセーフの原則が採用され、閉そく状態を自動的に示す自動閉そく式や特殊自動閉そくの下で機械的故障を起こした場合、必ず停止信号を現示するシステムを採用することが法律上義務付けられており、それが原因で信号が緑色現示することはない(鉄道運転規則一〇六条(5)、SKR運転取扱心得一〇一条(4))し、現実にSKR線においては、このフェイルセーフの原則どおりの信号システムが採用されている。このフェイルセーフの原則とは、信号故障の場合でも閉そくを確保しようとの要請に基づき、信号故障が起きても想定外の条件を満たさない限り緑色現示をしないようにする信号システムになっていることである。

(2) E運転士の認識内容

しかし、E運転士は、四月一二日、五月三日の両日ともどのような原因で故障をし、貴生川駅や信楽駅の出発信号が赤色固定の状態になったかは聞いてもいない(そもそも松本鑑定に至るまで、関係者全員が原因を知らなかった。)し、従ってどのような原因で貴生川駅出発信号が赤色固定の状態になった場合に、小野谷信号場上り出発信号の緑色現示がフェイルセーフの原則に反するとなるのかを理解できるとは考えられない。

とはいえ、弁護人が指摘するとおり、一方の信号機が故障し、赤色現示のまま代用閉そく方式で運行した場合は、誤出発検知が作動して、反対側の信号機も赤色現示となるのが通常であるところから、四月一二日にE運転士が、貴生川駅の出発信号機が故障している場合には、貴生川駅・小野谷信号場の両端の信号機は赤色現示されるはずと認識し、誤出発検知が作動したのに、反対側の信号機に一時的にせよ緑色が現示したとすれば、その原因はともあれ、E運転士としては、フェイルセーフの原則に反する現象として映ったといえなくもない。

しかしながら、四月一二日においては、貴生川駅の出発信号機が終日赤色固定していたにもかかわらず小野谷信号場上り出発信号一二Lが一時緑色を現示し、さらにJR試運転列車五五〇四D列車が貴生川駅に向けて出発した際に緑色現示してはいるが、それ以前の時点の同列車の小野谷信号場到着から約二〇分したころに同信号場の継電連動室にSKRの職員が出入りしていることをE運転士が目撃していることは前判示のとおりであり、E運転士としては、右一二Lの緑色現示がSKR職員の修理によって生じたと考えたとしても不思議ではない。また、五月三日には、小野谷信号場の下り出発信号は、赤色を現示していたので、その信号に従い停止したのみで信号異常と思わなかった点も首肯できる。

従って、E運転士としては、過去、信号トラブルあるいは異常な緑色現示を経験したからといって、それらはいずれも代用閉そく方式が実施中であったり、継電連動装置の修理中であったりした体験中に生じたものであった。ところが、本件事故当日、E運転士は信号トラブルを予測すべき何の情報も持っていなかった。そうすると、E運転士に対し、本件当日一三Rの緑色現示が信号故障により誤表示しているのではないかと予見することを求めることは無理といわざるを得ない。

ましてや上り列車が代用閉そく所定の手続を経ることもなく信楽駅を出発することを予期すべきであるともいえない。この点は、上り列車の誤出発と区間開通不確認を現実に認識していた被告人A、同Bと明らかに異なるところであって、その間に注意義務の差異が生ずることは不思議ではない。

たしかに、E運転士は、四月一二日や五月三日において、SKR側の代用閉そく方式の手続に少なからず杜撰な面のあったこと、すなわち、運転通告券の不交付や、代用手信号、出発合図の欠如はもとより、五月三日においては代用閉そく方式による場合の最も重要な手続である信楽駅から小野谷信号場まで安全確認の手続が実施されていない疑いのある状況を目撃してはいるが、本件事故当日においては、信楽駅の二二Lが赤固定トラブルを起こしていることを知らず、従って指導通信式により上り列車を運行させる可能性があったことも知らなかったし、その可能性を疑うべき徴候すらなかった。行き違い予定の上り列車が遅れていると認識した場合であっても、前認定のSKRの信号システムを前提とする限り、信号の誤表示や誤出発を予期すべき根拠となるとは考えられない。

3 人為的配線が原因で一三Rが誤表示となり緑色現示することの予見可能性の有無

小野谷信号場の下り出発信号機一三Rが緑色現示をしているにもかかわらず、上り列車が小野谷信号場に向かって進行して来る可能性がある場合として、次に、人為的配線が原因で一三Rが誤表示となり緑色現示したことの予見可能性の有無が問題となる。

(1) 人為的配線の許容性と予見可能性

人為的配線は鉄道事業者の内規により禁止され、たとえ外部の者により修理がなされる場合であっても、鉄道事業者の責任者が外部の者を監督することが要求されるのはもとより、列車運行中に信号を誤作動させる危険な人為的配線の及ぶことが許されないことはむしろ当然なことといえる。従って、運転士としては、特別な情報を得ていない限り、信号の誤作動を生じさせるような危険な人為的配線が行われることはないと信頼するのが当然である。

そして、E運転士は、本件事故当日、二二Lの赤固定トラブルが発生していることや、それを回復すべく継電連動装置の修理が実施されていることを全く知らないから、小野谷信号場通過の際、一三Rの緑色現示を確認し、それが人為的配線により誤表示をしているのではないかと予見することはできない。

(2) E運転士と被告人らの各注意義務の内容・基準の整合性

ところで、弁護人は、E運転士につき、人為的配線が原因で一三Rが誤表示となり緑色現示することを予見の対象とし、それが予見できないとするのなら、被告人ら、特に被告人A、同Bに対しても、同様であるべきであるとの趣旨の主張をする。しかし、同被告人らは、本件事故当日、下り方向の設定が解除できず、信楽駅出発信号機二二Lが赤固定したこと、そのため、被告人A、被告人Bが被告人Cに継電連動装置の修理を依頼・指示していたこと、しかも、その修理が運転方向の転換に関わるもので、かつ、継電連動装置に誤作動を生じる可能性のあること、現に下り方向表示灯が点滅したりしたのを目撃したり、聞いたりして認識していたことは前判示認定のとおりであり、他方、E運転士はそうした事情を全く認識できなかったのであるから、そこに結論の差が生じるのは当然のことである。

三  結論

以上のとおりであるから、E運転士が、特段の安全に関する情報を得られないまま一三Rの緑色現示を確認して進行している以上、本件事故につき、E運転士に過失ないし落ち度を認めることはできない。

なお、大量輸送機関としての鉄道の絶対的安全を確保する意味から、E運転士に対し、小野谷出発信号機が緑色現示であっても、一旦停止した上で、携帯電話を使用して信楽駅に連絡し、行き違い場所変更の指令の有無などの指示を仰ぐといった行動を取らなければならない旨の内規や、取り決めをなすことは十分根拠のあることであり、前記のような車両相互、車両駅間の不完全な電話連絡システムを前提とする限り、そのような内規を明文化し遵守さえしていれば、本件事故は避けることができる可能性が十分にあった。

ところが、SKRやJRは、そうした内規を定め、取り決めをしなかったばかりか、本件事故前の相次ぐ信号トラブルが発生した段階において、SKR・JR間において、どのような事態に遭遇したときに、JR直通乗入運転士として右携帯電話により信楽駅へ連絡すべきかといった具体的な取り決めに関し、改めて協議して定め(直通乗入運転に関する協定一一条)、それを運転士等の関係者に周知徹底させるべき(同協定四条一項)。絶好の機会であったにもかかわらず、何等右協議をせず、両社共通の列車無線を設置するなどの措置もとらなかった。

もとよりJR直通乗入運転士に対する教育のなかで「異常時」の連絡方法としては、右携帯電話により信楽駅に連絡する以外にないことの説明がなされてはいるが、その際、「異常時」の具体的な説明はなかったこと、そして、右直通乗入運転に関する協定一一条は「異常時」の運転取扱に関する条項であり、ダイヤ上、上り列車が小野谷信号場に待避していない場合に、通常、小野谷信号場下り出発信号機一三Rは赤色現示となるところが、緑色現示したからといって、それ自体としては右「異常時」に該当しないことは前判示のとおりである。そうした場合においても、携帯電話により信楽駅に連絡を取らせることが列車運行上の安全のため必要と認めるのなら、同条項に基づき、あるいは、準用して、SKR・JR間において、協議して定めることができるのはいうまでもないし、するべきであったのである。

にもかかわらず、それも一切せず、しかも、たとえば、信楽駅への連絡方法としては、右携帯電話により信楽駅に連絡する以外にないところ、四月一二日の信号トラブルの場面においては、E運転士が、携帯電話により信楽駅に連絡を取ろうとしたが、小野谷信号場の下り出発信号機一三R付近にある端子ボックスに鍵がかかっていたため、連絡を取ることもできなったことは前判示のとおりであるし、本件事故当日においては、その原因・理由の如何は不明ではあるが、運転席付近を解体するなどして調査しても下り列車に右携帯電話が搭載されていなかったことが判明した(甲五四)ところであって、そもそもSKR、JRが、JR直通乗入運転士に対し、信楽駅へ連絡させることを念頭においていた気配すら窺い知ることができないのである。両社が安全に対する配慮を著しく欠いていたことは明らかである。

要するに、SKRやJRが、そうした内規を定め、あるいは異常時の対応について具体的な取り決めをし、さらに必要な設備を設けるべきであったのに、それをしないことによる不都合を個々の運転士の責任に帰せしめるのは無理というべきである。

第六方向優先てこ六五R設置、早期操作の違法性の有無

弁護人は、JRが方向優先てこ六五RをSKRに無断でJRの運用するJR西日本鉄道本部運行管理部亀山駐在(通称亀山CTCセンター、以下亀山CTCと略称する。)に設置し、操作したため、信楽駅出発信号機二二Lが赤固定するという事態を招き、これがきっかけとなって本件事故が発生したもので、右六五R無断設置、操作は違法であり、JRの責任は重大である旨主張するところ、右主張は被告人らの前記過失には消長をきたさないものの、その情状には重大な影響があるので、以下、検討する。

一  信楽駅出発信号機二二L赤固定の原因

1 前記各証拠、とりわけ、前記松本鑑定書によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 方向優先てこ六五Rの機能

亀山CTCに設置された方向優先てこ六五Rは、従来のSKRの信号システムを前提とする限り、貴生川駅・小野谷信号場間の下り方向を固定する機能を持つだけのもので、方向優先てこ六五Rを操作して同区間の下り方向を固定しても、同信号場上り出発信号機一二Lの出発信号が赤色に固定されるだけで、信楽駅出発信号機二二Lまで赤色に固定することはあり得なかった。

(2) 方向優先てこ六五Rの操作を、先行の下り列車の貴生川駅出発時に、早期に行った理由

本件における方向優先てこ六五Rの電気回路は、標準結線図と異なり省略されている箇所があるため、運転方向を下りに定めた後でなければ有効にならない構造となっている。しかも、方向優先てこ六五Rを操作していても、亀山CTCの下り運転方向表示灯は下り列車が小野谷信号場に進入すると消える構造となっているので、「貴生川駅の出発進路を取った後、下り列車が小野谷信号場に到着するまでの状態」以外では、実際に有効となっているかどうか確認する手段がないため、亀山CTCでは、「出発ボタンを圧下した後で、下り運転方向表示灯の点灯を確認して、方向優先てこ六五Rを操作する」という変則的取り扱いをしている。

従って、その時点で出発進路の設定が必要でない場合は、方向優先てこ六五Rを操作した後、出発信号の取消操作をしなければならない。そこで、本件事故当日、司令員の交代時に、方向優先てこ六五Rの操作を早期に、すなわち、本件事故時の先行下り列車が小野谷信号場先の軌道回路一三LCTに進入する時ではなく同列車の貴生川出発時に行った。それは、出発押しボタン操作と同時に方向優先てこ六五Rの操作を行った方が、方向優先てこ六五R操作後の出発信号の取消操作の必要がないので、余計な操作がないと考えたからである。

(3) 小野谷信号場の場内信号機一二Rの自動制御時機の変更

SKRでは、貴生川駅・小野谷信号場間の下りは、下り列車にとって上り勾配がきつい上、小野谷信号場接近制御子一二RDAを列車が踏む前に同信号場下り場内進入信号機一二Rの赤色が見えるため、スピードを落とさざるを得ず、その後、接近制御子を踏むと、同場内信号機が進行信号緑色に変化してスピードを上げるという不自然な運転操作を強いられることとなり、円滑な運転と列車遅延防止の確保のためには、小野谷信号場の場内信号機一二Rの緑色の現示時期を「列車が接近制御子一二RDAを踏む時」から「貴生川駅・小野谷信号場間の下り方向が設定された時」に早めるための変更工事をすることとした。右工事は、平成三年三月七日から八日にかけてなされた。ところが右工事内容はJRに通知されなかった。

(4) 同変更工事による信楽駅上り出発信号機への影響

小野谷信号場の下り場内信号機一二Rの緑色の現示時期が、接近制御子一二RDAを列車が踏む時であれば、方向優先てこ六五Rの遠隔操作により貴生川駅・小野谷信号場間の方向が下り方向に固定されても、一二Rは列車が接近制御子一二RDAを踏まない限り、停止信号赤色現示のままで、仮に、後記の「一二Rによる小野谷信号場出発信号一三Rの反位片鎖錠の関係(信号機の連動関係)」になっていても一三R以遠、すなわち、小野谷信号場から信楽駅方向に影響を及ぼすことはなく、右区間に列車が在線していなければ、上り方向の設定が可能であった。

ところが、右変更工事により、先行の下り列車(本件事故でいえば、先行下り列車)に行き違いの対向列車がなく、後続の下り列車(本件事故でいえば、下り列車)には小野谷信号場での上り列車(本件事故でいえば、上り列車)との行き違いが予定されている場合に、先行下り列車が同信号場の信楽駅寄りに設置された軌道回路一三LCTを通過するまでに(本件の場合には先行下り列車発車時に)、後続の下り列車(本件事故でいえば、下り列車)のために、貴生川駅の出発押しボタン八REを操作(圧下)して、貴生川駅・小野谷信号場間を下り方向に設定するとともに、方向優先てこ六五Rを操作して下り方向を固定すると、貴生川駅・小野谷信号場間が下り方向に設定・固定されるため、これと連動して一二R、一三Rが緑色固定し、先行下り列車が信楽駅に到着しても、一三Rと反対表示となる信楽駅・小野谷信号場間の信号システムでは上り方向を設定することができず、信楽駅上り出発信号機二二Lが赤色のまま固定され、二二Lを制御する信号てこを操作をしても、緑色が現示しない結果となった。

(5) 小野谷信号場の信号機の一二Rによる一三Rの反位片鎖錠

「一二Rによる一三Rの反位片鎖錠」とは、小野谷信号場下り場内進入信号機一二Rが反位(黄色黄色または緑色現示)の時、同信号場下り出発信号機一三Rが同じ表示となり鎖錠(固定し、一二Rと一三Rは連動)されるようにする仕組みである。

これは、列車が短距離の間に一二Rと一三Rが異なる信号表示をされても、遵守することができず一三Rを過走して、その先の転てつ器(三二P)で脱線することを避けるための対策として平成二年六月の時点でSKRによって設けられていた。この関係から一三Rは一二Rが赤色に戻らない限り、黄色または緑色のままとなり、そのため小野谷信号場・信楽駅間の運転方向は下りのまま継続し、先行下り列車が信楽駅に到着しても信楽駅から上り方向の進路は取れない。すなわち、一二Rと一三Rを連動させる結果となり、本来、貴生川駅・小野谷信号場間のみに効果をもたらすはずの前記方向優先てこ六五Rの効果を小野谷信号場・信楽駅間まで及ぼす結果となった。

2 結論

以上の(1)方向優先てこ六五Rの設置と早期操作、(2)一二Rの早期制御、(3)一二Rと一三Rの反位片鎖錠関係の三つの原因により、先行下り列車が信楽駅に到着後、すなわち、小野谷信号場、信楽駅間に列車が在線していないにもかかわらず、信楽駅の制御盤上に右区間に列車が在線していることを示す下り運転方向表示灯二二RFKが異常点灯したままとなり、信楽駅出発信号機二二Lに緑色信号が出せない、すなわち、赤固定という結果が生じたもので、この三点の一つが欠けても、この現象は起きない関係にあった。そして、右信楽駅出発信号機二二Lの赤固定が本件事故発生の発端となり、それがなければ本件事故は発生しなかった関係にあったと認められる。

3 他の原因による二二L赤固定の可能性の問題

検察官は、方向優先てこ六五R設置と本件事故との関係につき、「貴生川駅が駅扱いモード、小野谷信号場がARCモード」という状態で貴生川駅の方向てこ一五Rのみを扱う運転状態では、方向てこ一五Rは方向優先てこ六五Rと類似の機能を持ち、本件と同様二二L赤固定という事態が生じる可能性があるから、運行管理権のあるSKRとしてはこのことをあらかじめ把握しなければならなかった、という趣旨の主張をする。

しかし、方向てこは、隣接する二つの駅のてこを一対として扱うことを基本としているものであり、隣接駅である小野谷信号場をARCモードにして、貴生川駅では方向てこ操作をするといった扱いは通常あり得ない。また、貴生川駅の出発てこを圧下し続けても同様の結果が得られるが、出発ボタンを押し続けるという操作も通常とはいえず、そうした方法で本件事故当日の二二L赤固定が生じたと考えるのは合理的ではない。

二  方向優先てこ設置に至る経緯

1 SKRでは、特殊自動閉そく式の採用に伴い、貴生川駅場内信号より信楽駅側については、自社で行うこととして、A野に設計を依頼し、B山電業にその工事施工を依頼する一方、SKRに関する貴生川駅での業務をJRに委託しているところから、貴生川駅及び亀山CTCの関連工事についてはJRに委託したものであることは、前記各証拠により認められるところであるが、その際、SKRがJRにどの範囲の工事を委託したのかの点については、右各証拠により、左記のとおりであると認められる。

(1) 平成二年四月二六日、JR西日本本社において、SKR側、被告人B、A野のF2設計部長、B山電業のE2工事部部長が、JR側Q運輸部管理課主席ほかが出席し、SKR線信号保安装置改修工事に関する協議が開始され、このとき、SKR側から信号保安装置改修計画の説明と協力要請がなされ、JR側から、JRの他の単線自動閉そく区間と統一を図るため、「方向てこをつけてほしい。」旨の要望がSKR側に伝えられた。

(2) 平成二年五月一七日ころ、SKR側から、JR本部長宛の貴生川駅の信号保安設備に関する協議書が提出された。そして、平成二年六月二八日、JR西日本本社において、SKR側、I総務課長、被告人B、F2設計部長ほか、JR側Q主席、R信号通信課主席が出席し、貴生川駅の信号保安設備変更に伴う打ち合わせが行われた。数日後、F2設計部長から貴生川駅と小野谷信号場間に一対の方向てこを記載した連動図表がJR側に送付された。この連動図表には、小野谷信号場の一二Rと一三Rとが反位片鎖錠の関係になるようになされていた。

(3) 平成二年九月一三日、JR西日本本社において、SKR側、D業務課長、被告人B、F2設計部長、E2工事部部長ほか、JR側Q主席、R主席、E1貴生川駅輸送主任、O1亀山CTC所長、C1貴生川駅管理助役ほかの出席で、打ち合わせが行われた。その際、JR側から、JR直通乗入列車が遅れた場合困るので、小野谷信号場上り出発信号機一二LをJR側において抑止したい旨の要望がなされた。その要望の理由は、一二LがARCにより自動制御されるだけでは、貴生川駅からの下り列車が遅れた場合、先に上り列車が一二Lを制御して、小野谷信号場・貴生川駅間の上り方向が先に設定され、貴生川駅からは下り列車を発車させることができなくなるので、その場合には、SKR線だけではなくJR草津線の運行にも大きな混乱が生じるおそれがあるということであった。これに対し、F2設計部長から、SKRの信号をJRが取り扱うことになるのではないかといった趣旨の発言をし、被告人BらSKR側からの「それでは困る」といった発言を誘発し、これにQ主席が反発する事態となったが、SKR側としては、一二L抑止てこを信楽駅に設置する方針が決定されたものと理解した。

(4) 平成二年九月一四日、JRにおいては、元亀山CTC所長のD23運行管理部主席、Q主席、R主席の三者間で、打ち合わせを行い、その席上D23主席から、貴生川駅は着発線が一本なので一二Lの抑止は是非必要である旨の意見が出された。他方、F2設計部長は、Q主席の要望に基づき、信楽駅で一二Lを抑止するための装置を設置した連動図表を作成し、R主席とSKR双方に送付した。

(5) 平成二年九月二六日ころ、九月一四日と同様のメンバーが再度打ち合わせをし、そこで、Q主席とD23主席との間で、SKRの案では具合が悪く、JR側で操作できる方がよいということになり、JRとしては、一二L抑止をJR側の方向優先てこによって行うことに決定した。そして、その後の同年一〇月か一一月ころ、R主席からE2工事部部長に対し、SKRの一二Lの抑止案は不要であるとの連絡がなされたが、その理由の説明や方向優先てこを亀山CTCに設置することになったことの説明は全くなされなかった。また、R主席は、連動図表を作成したが、同年一二月転勤した。その際、同主席は簡単なメモのみを残して、E23信号通信課主席に引き継いだ。平成三年一月にR信号通信課主席の後任となったF23は、結線図を読むことはできるが、結線図を書いたことがなく、まして特殊自動閉そく式は取り扱ったことはなかった。そして、同年一月一八日、E23主席、F23主席、R元信号通信課主席、G2草津信号通信課助役らが会議を持ったが、結線図について十分な検討はなされなかった。そのような経過の中で、方向優先てこ六五Rの結線図が作成されたが、それは標準結線図とは異なり、「貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向が下りに設定されているときに操作しなければ機能しない。」というものとなってしまっていた。

(6) 他方、F23主席は、同年二月五日に貴生川駅連動図表の社内の承認を得た。そして、本来はこれを運輸局に提出すべきであったが、以前提出したものと差し替えればよいと考え、しかもそれを忘れ、結局、この連動図表は近畿運輸局に提出されず、平成三年二月一一日、貴生川駅の改修工事が開始された。

本来、信号保安装置を設置変更する場合、電気部担当者は、連動図表の原案を作成し、その内容を電気部はもとより、運転部門や現場担当者を含めて検討する。その上で、連動図表に基づき結線図原案を作成し、原案作成者、設計予定者、工事監督予定者等の結線会議を経て、さらに照合担当者による審査・照合を経た上で、最終的な決済を得て、工事に着手することになる。ところが、本件の場合連動図表についてはF23主席が修正したものを社内に持ち回ったのみであり、結線図については実質的な照合や承認もなされず、結線会議も開催されていなかった。ましてSKRとの結線会議も開催されなかった。そして、結局、方向優先てこ六五Rは、平成三年二月二五日亀山CTCに設置された。ただし、JRの「信号設備設計施工指針」によれば、「CTC区間内のこれに隣接するCTC区間外の停車場間に対する方向優先てこは、CTC区間外の停車場の制御盤に設け、方向てこは設置しない。」とされていた。これは、列車位置の確認ができる方に設置するということにあり、方向優先てこ六五Rが、亀山CTCに設置されたことはその点に問題を残していた。

(7) 平成二年一一月一四日、R元信号通信課主席、被告人Bらが亀山CTCで現地調査をした。その際、被告人Bは、右方向優先てこの機能についての説明は受けなかった。そして、その後、本件事故までの間に、信号の設計業者や施工業者を含むSKR側の者に方向優先てこ六五Rの設置の事実が報告されることはなかった。

2 方向優先てこ設置の連絡の有無

検察官は、JRが方向優先てこ六五Rの存在を意識的にSKR側に対し、あえて隠しながら設置したなどということは、およそ考えられることではない旨主張する。そして、この点、R元信号通信課主席は、平成二年一〇月ころにA野のF2設計部長、B山電業のE2工事部部長のいずれかに電話で連絡したと思うと供述する。

しかし、F2もE2も右のような連絡を受けていない旨供述する。殊に、E2はRから連絡を受けたのは一二L抑止ボタンをつけなくてよかっただけの電話であったと明確に供述しており、これに対し、Rの右供述はそれ自体あいまいであるうえ信用し難い。のみならず、方向優先てこ六五R設置後の平成三年三月八日になされた一二R自動制御時機変更工事のSKR側設計者がもし方向優先てこ六五Rの存在を知っていれば、設計変更を余議なくされたと考えられるところ、そのまま施工されたのであるから、SKR側に連絡がなかった一証左と認められる。

従って、JRが方向優先てこ六五Rの存在を意識的に隠蔽したとまでの証拠はないが、右判示のとおり、SKR側の者に方向優先てこ六五Rの設置の事実が報告されることはなかったと認めるのが相当である。

三  方向優先てこ六五R設置の連絡義務の存否

1 方向優先てこ六五Rは、SKRの運行管理の対象となっている小野谷信号場の出発信号を、SKRの運行管理者の意向とは関係なく勝手に抑止するもので、SKRが運行管理権を行う貴生川信楽駅間の信号システムを変更するものである以上、これを設置・操作するについては、JR内部で連絡協議を行うことはもとよりのこと、SKRとの間で、連動図表、結線図を交換し、その内容と操作方法を十分検討・協議すべきことは当然である。

そして、もし、この連絡・協議が実施されていれば、JR、SKR双方が二二L赤固定の原因となった「(1)方向優先てこ六五Rの設置と早期操作、(2)一二Rの早期制御、(3)一三Rの反位片鎖錠関係」の三条件の存在とそれがSKR線の信号保安装置に与える影響を解明でき、本件において、二二L赤固定のトラブルは発生しなかったし、適確な対応措置をとることができ、引いては本件事故を回避し得たものと認められる。

右の意味で、右連絡義務を怠ったJRの責任は重大であるとする弁護人の所論は理由がある。

しかし、この点につき、検察官は、以下のとおり主張するので、検討する。

2 委託事務についての委託者の報告義務と受託者の確認義務との関係

検察官は、特定の鉄道事業者が、信号システムの変更工事を自ら行った場合のみならず、他の専門業者に依頼して工事を委託して行った場合でも、運行管理権を有する鉄道事業者としては、列車の安全を守る責任者として、列車を運行するに当たり、自己の信号システムの工事を専門業者に依頼した結果や他の鉄道事業者に委託した結果、現実にどのようになったのかについて、自己の責任において確認した上、最終的に乗客を乗せ列車を運行すべきであり、SKRはそのような立場にあった旨主張する。すなわち、SKRも一二L抑止の必要性を理解し、信楽駅に一二L抑止ボタンを設置する内容の連動図表をJRに送ったのであるから、JR側が六五Rの設置の点をSKR側に連絡したか否かはともかく、少なくとも、この一二L抑止ボタンが必要ないとの連絡を受けた後、その最終的な確認をSKR側においてする必要性が高かったというのである。

しかし、右指摘は、委託を受けたJRが委託者であるSKRにどのような義務を負うのかとは側面を異にする問題である。受託者が乗客に対する直接の最終的責任者ではないからといって、委託者に対する義務を免れるものではもとよりない。まして、委託者に対する義務不履行により生じた結果が、事故発生の素因を形成していれば、運行管理者とは別個に受託者も乗客に対し、責めを負うべきことにもなるのは明らかである。

殊に、本件において、SKRがJRに委託したのは、特殊自動閉そく式の採用に伴うSKRに関する貴生川駅及び亀山CTCに関連する信号システムの工事であったのである。それはSKRが自ら工事をする貴生川駅場内信号より信楽駅側の信号システムと連動することが予定されているのである。しかも、ことは信号保安装置に関することであって、それは列車及び乗客等の安全に直接関わる事柄に属する。従って、右各工事の結果が連動の際、どのような影響を及ぼすかを、SKR、JR双方において、十分検討・協議すべきことはいうまでもないし、その前提として、JR、SKR双方において、各工事の内容を開示し、連動図表、結線図を交換し、協議すべきであったことは、右委託事務の内容からみて当然のことといえる。

右の図表の開示、交換、協議をすべき義務を相互に怠った点でも両社の責任は重い。

3 六五R設置とSKRのJRに対する委託事務の範囲如何と報告義務との関係

検察官は、JRは、下り列車を出発させるための貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向の設定についても下り列車の出発に必要な範囲で委託をSKRから受けていたのであるから、六五Rの設置は、小野谷信号場での行き違い維持、引いてはSKRのダイヤの維持のため、その運転方向の設定を行う手段を新たに付け加えるということであって、報告義務はないとも主張する。

しかし、六五Rの設置が運動方向の設定にすぎないからといって、それが双方の信号システムに影響を及ぼす以上、SKR、JR双方において、十分検討・協議しなければならないこと、その前提として、各工事の内容を開示し、連動図表、結線図を交換し協議すべきであったことに何ら消長を来すものではない。

4 六五Rの機能と一二R制御時機変更工事の予測可能性

さらに、検察官は、六五Rの設置は、信号が赤色現示すべきときに緑色現示させる可能性のあるような信号システムの変更ではなく、列車衝突の危険は皆無であり、それは円滑な列車運行という面からの問題が残るだけであって、しかも、その設置目的からすれば、短時間、上り列車を停止させるだけで、そのために小野谷信号場が混乱することもなかったし、二二Lが赤固定した原因は、六五Rの操作だけではなく、SKRによる一二R制御時機変更工事等が重なり、それがJRに連絡されず、JR側に予想もできなかった工事がなされたことにあると主張する。

つまり、一二R制御時機変更工事の内容は、SKRが管理する小野谷信号場の場内信号を、貴生川駅・小野谷信号場間の運転方向下り設定時により制御され始めるというもので、JRとしては、取扱の委託を受けていない信号を知らないうちに制御させられていたし、まさに、SKRとしてJRに連絡すべき工事が二二L赤固定の原因となったというのである。

右指摘の内、六五Rの設置自体が列車運行の安全に危険であるというものではなないこと、また、六五Rの操作だけで二二L赤固定の原因となったわけではないということ、さらに、SKRがなした一二R制御時機変更工事がJR側に連絡されてしかるべきものであることは、そのとおりである。とはいえ、SKR、JR双方が互いに実施した工事内容を知らなければ、一方からいえば、自己が管理する信号を勝手に抑止したといい、他方からは、知らないうちに制御させられていたということになるのは、双方の工事が、SKR線全体の信号装置に影響し合う関係にあったことから当然の事理があり、その一方の側面から他方の責任の存否を論ずるのは、当を得ない責任転嫁の議論というべきである。

そして、六五Rの設置とその操作と一二R制御時機変更工事等が重なり合って二二L赤固定の原因となったこと及びそのため信楽駅のSKR職員に一種のパニック状態が発生したことは前判示のとおりである。従って、この重なり合いがSKR線の全体としての信号保安装置にどのような影響を及ぼすかを、SKR、JR双方において、十分検討・協議しなければならないこと、そして、その前提として、各工事の内容を開示し、連動図表、結線図を交換すべき義務が双方にあったことは繰り返し述べているとおりである。

5 六五Rの早期操作との関係

検察官は、二二L赤固定が、先行下り列車が小野谷信号場先の軌道回路を通過する前から六五Rを操作する、いわゆる「早期操作」が行われたときに限って生ずる点につき、それが本件において設置された六五Rの設計上、構造上の問題とも関連していることを認めながらも、方向優先てこの操作には、何時取り扱うべきかの基準はなく、早期操作をしても問題はなく、その操作の必要性を感じた後で、操作のし忘れが起きることがないように、すなわち、運転方向を取らないようにするという目的を確実に果たせるよう操作するのが実務の通例で、そうした早期操作をすることで二二L赤固定が起きることが予想できなかったのであるから、六五Rの早期操作は、それ自体落ち度とは評価できないと主張する。

右主張は、六五Rの早期操作の目的を述べたに過ぎないし、早期操作をすることで二二L赤固定が起きることが予想できなかったというのは一二R制御時機変更工事が実施されたことをJR側が知らなかったからということを根拠にしているものといえる。つまり、自らは自身の行った工事の内容とその結果なされる操作内容については、受託者としては委託者に知らせる必要はないが、運行管理責任のある委託者は、委託者の実施した工事内容については受託者側に知らせるべき義務があるというのであろう。

しかし、問題は、そうした構造を有する六五Rを設置し、早期操作をすることが、SKR線の全体としての信号保安装置にどのような影響を及ぼすかにある。設置及び操作の双方について、SKR及びJRにおいて、十分検討・協議しなければならないこと、そして、その前提として、前記各工事の内容を開示し、連動図表、結線図を交換すべき必要があるということであり、SKR、JR双方に、すなわち、JRにおいても、右連絡・検討・協議すべき立場にあったこと前判示のとおりである。

6 結論

以上のとおり、JRは、SKR線区内のARC制御を一部抑制する機能を有した方向優先てこを設計し、設置するには、JRの「信号設備設計施工指針」を遵守してSKR線区内に設置するか、SKRの同意・承認を得て亀山CTCに設置し、かつ、亀山CTC指令員を指揮し、SKR線との直通乗り入れ列車の運行管理を掌理するJRは、亀山CTC内に設置した方向優先てこを操作して列車運転取扱をなすについては、SKRの運行管理権を侵害しないよう方向優先てこ六五Rの動作に関し、SKRからその都度、もしくは、包括的な連絡・承認を得て、列車運転方向の打ち合わせを行うべき立場にあったというべきであったし、他方SKRにおいても、SKRがなした一二R制御時機変更工事をJR側に連絡し、検討・協議すべき立場にあったもので、双方が、自己の施工する工事内容の連絡・協議を怠った結果、信楽駅出発信号機二二L赤固定の信号障害を発生せしめたものである。

以上検討したような種々の問題点が優先てこ六五Rにあることについては、右てこは「従来の方式より保安面に弱」いとの指摘がJR亀山指令所平成三年三月一六日付作成の内部文書(甲一二八号添付)に記載されていたことからも明らかである。

以上のとおりであるから六五Rの設置及び操作に関し、JRの責任が軽いとする検察官の主張は到底採用できない。

第七総括

本件列車事故は、運行管理権を有するSKRとSKRから一部信号保安装置の変更工事の委託を受けたJRとの間で、双方が実施した信号保安装置の一部変更工事の内容に関する連絡・協議不十分が基本的原因となって、本件事故当日、SKR職員にとって原因不明の信号障害が突然発生し、そのためになされた信号保安装置の修理の過程において、列車運行部門と信号修理部門の各担当者である被告人らが、動揺のあまり、前記のようにそれぞれが果たすべき義務を怠った過失の競合に基づく事故であるとともに、本件列車事故以前にも発生していた同様の信号障害の際の列車運転士の対応の在り方に関するSKR、JR双方の連絡・協議が十分に実施されていれば避け得た事故である。

要するに、被告人らの過失とともに、信号保安設備の設置及び操作に関し、JR、SKRの担当者が連絡協議義務を怠った点及び異常事態が発生した場合における両社のソフト面(内規、マニュアルの作成や教育・訓練)、ハード面(列車無線の整備等)の不備(危機管理体制の不備)が本件事故を招いたといえる。

(法令の適用―被告人三名につき)

一  罰条 業務上過失往来危険の点 平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法一二九条二項

業務上過失致死傷の点 同法二一一条前段

二  科刑上一罪の処理 同法五四条一項前段、一〇条(刑及び犯情の最も重い別表一番号一の被害者に対する業務上過失致死罪の刑で処断)

三  刑種の選択 禁錮刑を選択

四  刑の執行猶予 同法二五条一項

五  訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

一  本件列車事故は、本件事故当日、①被告人Aが、信楽駅駅長の職務に就き、列車運行の安全の要となる閉そくの確保を確認すべき責任を担い、しかも下り列車との衝突が起きる可能性を認識し得たにもかかわらず、閉そくの確保を確認もせず、また、当時、被告人Cによる信号機に誤作動を生じさせる可能性のある継電連動装置の修理が実施されていることを知りながら、同装置の使用停止がなされるか、修理それ自体が中止されるかを被告人Bらと連絡を密にして確認することもせず、代用手信号及び出発合図を出して、上り列車を出発させ、②被告人Bが、施設課長として、電気関係保安設備等の保守・施工に関する責任を担い、継電連動装置の使用停止をしないまま、被告人Cに同装置の修理を指示し、右修理により同装置に関連する信号機に誤作動を生じさせる可能性があったにもかかわらず、同被告人が同装置に関連する信号機に誤作動を生じさせないように監督もせず、被告人Cが修理中、被告人Aに列車の出発を見合わせるよう要請して列車の運行の安全を確認することもせず、ただ被告人Cと駅務室との連絡のみに終始し、③被告人Cが、電気技師として、信楽駅継電連動室において、同装置の修理の職務に就き、信楽駅継電連動装置の修理をすべき責任を担い、右修理が小野谷信号場下り出発信号に誤作動を生じさせる可能性のある行為であるにもかかわらず、被告人Bに連絡を取って、継電連動装置の使用を停止するよう要請して、それがなされたことを確認することもせず、同装置の方向回線端子とUZ回線端子とをジャンパー線で接続して同装置を正当な条件を経ない電源で動作させるなどあまりにも杜撰な作業を行い、同信号場下り出発信号機に緑色を現示し得る状態を生ぜしめ、それら被告人三名の過失の競合により、発生したものである。

二  被告人三名の過失は、列車事故防止のため、列車運行部門と信号修理部門担当者に課せられていた基本的、かつ、重要な業務上の注意義務を怠ったものである。すなわち、被告人三名とも、突然の原因不明の信号故障に直面し、いわゆるパニック状態となり、さらに被告人Aには優柔不断な性格が、同B、同Cには信号保安設備に関する知識不足が寄与していたと考えられるが、いずれも多数の乗客の生命を預かる鉄道職員としての自覚を欠いていたといわざるを得ず、落ち着いて考えれば容易に尽くすことのできた前記注意義務を怠った点で、被告人三名の過失は、悪質かつ重大というべきである。殊に、このような場合、最も列車運行の安全確保にとって重要な要となる閉そく確保を無視して上り列車を出発させた被告人Aの過失は最も悪質であり、施設課長の要職にありながら、列車運行の安全を図る上で重要な継電連動装置の使用停止も、列車運行取扱者との列車運行に関する連絡等もしなかった被告人Bの過失はそれに次ぐものであり、信号技術者として不適切な継電連動装置の修理を行い、被告人Bに継電連動装置の使用停止要請とその結果確認をしなかった被告人Cの過失はさらにそれに次ぐものであって、いずれも列車運行の安全を図る上で重要な任務に背いた重大な過失といわなければならない。また、本件列車事故は、死者四二名、重軽傷者五一九名に及ぶ大惨事を招いたものであり、しかも、乗客にとって単線軌道上において列車が正面衝突するなど想像もつかず、列車の安全な運行に関する社会の信頼に重大な衝撃を与えた点も軽視できない。無惨にも死亡した犠牲者の遺族や重軽傷を負った被害者が、本件事故発生の責任者に対し、厳重な処罰を望んでいるのも当然といえる。これら被告人三名の過失の悪質性、本件列車事故による結果の重大性に鑑みると、被告人三人の間には若干の差が存するとはいえ、いずれもその刑事責任は重いというほかなく、検察官が実刑を求刑する点も理解できないわけではない。

三  しかしながら、前述のように、本件列車事故は、運行管理権を有するSKRとSKRから一部信号保安装置の変更工事の委託を受けたJRとの間で、双方が実施した信号保安装置の一部変更工事の内容に関する連絡・協議不十分が原因となって、本件事故当日、信号障害が発生し、また両社の危機管理体制の杜撰さが加わり、被告人三名の過失が誘発されたものであること、しかも右事情は、現場職員である被告人三名には事前に全く知らされず、本来的には両社の管理職員の責務であったため、被告人三名は、事件当日、原因不明のまま右往左往せざるを得ない立場にあったこと、また、最終的に強引に上り列車出発をさせたことについては、これを事実上指揮した者の存在があったことも、前判示認定のとおりである。こうした諸事情を考慮すると、本件列車事故の責任を全て現場責任者にすぎない被告人三名のみに帰せしめるのは相当ではない。

四  また、その他に、遺族や負傷した被害者に対しては、示談ないし民事訴訟により、被害弁償がなされていること、法的に過失の有無を争っているとはいえ、被告人三名とも本件事故における各自の重い責任を十分感じていること、被告人三名は、本件事故以前においては、それぞれの職務に精励し、真面目に社会生活を送り、家庭を守ってきたこと、もとより前科も一切ないこと等の被告人三名にとって、酌むべき事情もある。

五  以上諸般の事情を考慮し、被告人三名に対し、刑の執行を猶予するのを相当と認め、主文のとおり量刑した。

(求刑―被告人Aにつき禁錮三年六月、被告人B、同Cにつき各禁錮三年)

(検察官都甲雅俊、同永山郁子、被告人A、同Bにつき弁護人児玉憲夫(主任)、同浦功、同岸本達司、同岩佐嘉彦、被告人Cにつき弁護人齋藤洌(主任)、同松本佳典各出席)

(裁判長裁判官 安原浩 裁判官 山田賢 裁判官 片山智裕)

<以下省略>

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