大津地方裁判所 平成6年(ワ)132号 判決 2001年11月26日
原告
森信子
外二名
原告ら訴訟代理人弁護士
寺島道子
被告
国
同代表者法務大臣
森山眞弓
同指定代理人
宮武康
外八名
主文
1 被告は、原告森信子に対し四三九四万九四〇九円、原告山﨑久美及び原告森さおりに対しそれぞれ二一九七万四七〇五円並びにこれらに対する平成三年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告森信子に対し五二四一万四一八一円、原告山﨑久美及び原告森さおりに対しそれぞれ二六〇七万七〇九〇円並びにこれらに対する平成三年一一月二五日(森哲の死亡した日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第2 事実関係
Ⅰ 事案の概要
本件は、被告が管理運営する滋賀医科大学医学部付属病院(以下「被告病院」という。)において、森哲(以下「哲」という。)が解離性脳動脈瘤の治療のために血管内手術であるバルーン塞栓術を受けた際、解離性脳動脈瘤の破裂によるとみられるくも膜下出血を発症して死亡したため、その遺族である原告らが、被告病院の医師には上記手術の際に解離の起点よりも遠位(心臓から遠い部位)で閉塞試験を行うなどした過失がある旨主張し、被告に対し、不法行為又は診療契約上の債務不履行を理由として、これにより原告らが被った損害の賠償を求めたものである。
Ⅱ 当事者間に争いのない事実等(括弧内に証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)
1 当事者
(1) 原告森信子(以下「原告信子」という。)は、哲(昭和一四年一月二八日生)の妻であり、原告山﨑久美(以下「原告久美」という。)及び原告森さおり(以下「原告さおり」という。)はそれぞれ哲の長女及び次女である(甲第7号証)。
(2) 被告は、大津市瀬田月輪町に被告病院を設置し、その管理運営を行うものである。
2 事実経過
(1) 哲は、平成二年一一月当時、JR東海に勤務し、新型の新幹線(現在の「のぞみ」)のダイヤ作成等を行うプロジェクトチームの一員であったが、そのプロジェクト会議の最中にめまいを起こし、その後の帰宅途中に、左後頭部痛やめまいを起こし、起立不能となり、北大阪病院に入院した。上記入院時、哲には、めまい、吐気、頻回の嘔吐といった症状があった。哲はCT検査等を受けたが、特に異状はなく、その症状は疲労からくるものだろうと診断され、一日で退院した。哲は、同年一二月、草津中央病院にも行き、MRI検査を受けるなどしたが、やはり異状はないと診断された。(甲第7号証、乙第1号証、検乙第1号証の1ないし3)
(2) 哲は、平成三年一〇月二四日(以下、特に断らない限り平成三年を指す。)、会議中に、左後頚部のつまった感じがして、突然気分が悪くなり、同時に、左指先がしびれたり、左上肢がだるくなったりした。また、ふらつきから、起立不能となった。その後、一時間ほどしてから帰路についたが、歩行中、左に寄っていくという症状があった。同月二六日、哲は草津中央病院を訪れ、CT検査を受けたが、異状はないと診断された。しかしながら、哲は、その後も、まっすぐ歩行できず、左に寄っていったり、片足立ちができなくなったりといった症状があったため、同月二八日、精査のため、同病院に入院した。(甲第7号証、乙第1号証、検乙第2号証)
(3) 上記入院中に哲に対して実施されたCT検査では異状が認められなかったものの(検乙第3号証)、哲には、左眼痛、耳鳴り、左眼瞼下垂といった症状がみられたことから、哲は、同病院の神経内科を受診し、MRI検査を受けたところ、脳動脈瘤の疑いがあることがわかった(検乙第4号証の1、2)。そこで、一一月六日、同病院の脳神経外科において、哲に対する脳血管造影検査が実施され、その結果、解離性脳動脈瘤との診断がされた(検乙第5号証の1ないし3)。哲は、同病院の医師から、開頭手術による治療は困難であるので、バルーン塞栓術による治療を受けたらどうかと勧められ、被告病院を紹介された。(甲第7号証、乙第1号証)
(4) 哲は、同月八日に草津中央病院を退院し、同月一三日、被告病院に入院した。哲の主治医は研修医の甲山太郎医師(以下「甲山医師」という。)であり、病棟医長の乙川二郎医師(以下「乙川医師」という。)がその指導にあたった。入院時、哲には、右足背の知覚低下と右上下肢のわずかな振動覚の低下が見られたが、神経学的に特別の異状は認められなかった。哲に対しては、翌一四日、CT検査が実施された。(甲第7号証、乙第1号証、検乙第6号証の1ないし3、乙川証人、甲山証人)
(5) 乙川医師は、同月一八日、哲及び原告信子らに対して、同月二〇日実施予定のバルーン塞栓術に関する説明を行った。
(6) 哲は、同月二〇日、午前中にMRI検査及び脳血流検査を受け(検乙第7号証の1、2)、同日午後、脳血管造影検査(検乙第8号証の1ないし4)を受けた後に、乙川医師によりバルーン塞栓術(二回の閉塞試験を含む。以下「本件手術」という。)が施行された。哲は、本件手術中、解離性脳動脈瘤の破裂によるとみられるくも膜下出血を発症して、痙攣発作を起こし、呼吸停止となり、昏睡状態に陥った。(乙第1号証)
(7) 哲は、本件手術の後、集中治療室において全身管理による治療を受けたが、同月二五日午前七時三八分、死亡した(乙第1号証)
3 解離性脳動脈瘤、その治療方法
(1) 解離性脳動脈瘤とは、脳動脈の内膜に断裂が生じ、この断裂部分から、血管壁の内膜と中膜又は中膜と外膜を解離しつつ血液が壁内の内膜と中膜との間又は中膜と外膜との間に流入し(これらを偽血管腔という。)、壁内血腫を形成して、血管内腔の狭窄や閉塞等を来す疾病である。一般に、解離性脳動脈瘤の解離腔が血管壁の内膜と中膜との間に生じた場合には、血管腔の狭窄、閉塞を来たし、解離腔が血管壁の中膜と外膜との間に生じた場合には、血管外側への膨隆を来たす。(乙第3号証、第9号証)
(2) 解離性脳動脈瘤の外科的治療としては、血管内手術(カテーテルを経皮的に血管内に挿入し、このカテーテルを通じて治療していく方法)と開頭手術とがある。本件手術で施行されたバルーン塞栓術は、血管内手術の一つであり、バルーンを用いて脳動脈の解離の起点より近位の血管を塞栓することにより、解離部分に血液が流れることを阻止し、血流、血圧により解離が進行して血管が破裂することを防止しようとするものである。(乙第2号証)
ここでいう解離の起点とは、解離の開始地点を意味するものであり、血管壁の解離又はこれに起因する壁在血栓(血管壁の内側に形成された血栓)等の二次変化の近位側(心臓側)の開始点を指す。解離の起点は、血管壁の断裂部分(開口部という。)と必ずしも一致するものではなく、これより近位となることもある。(根来鑑定人の鑑定結果)
開頭手術の場合、執刀医が、手術時の所見から治療法を選択したり、解離性脳動脈瘤の確定診断ができるという利点があるが、患者の全身状態によって、外科的侵襲度と治療効果の兼ね合いから、その適応が限局されることがある。一方、バルーン塞栓術においては、①開頭手術を行うことが不可能又は極めて困難の症例についても用いることが可能であること、②局所麻酔下で行うため、閉塞試験が行えること、すなわち、閉塞予定部位で閉塞した場合の血流遮断による神経学的変化を知ることができることなどの利点があるが、①ある程度の距離にわたって閉塞しなければならないため、穿通枝(椎骨動脈等から直接に脳の組織内に入り込むような動脈)の閉塞を起こす可能性があること、②バルーンの破裂や早期離脱により、シリコン等の充填剤又はバルーン自体によって塞栓症を起こす可能性があることなどの欠点がある(乙第2号証、第5号証、乙川証人)。
Ⅲ 争点及びこれに関する当事者の主張
1 哲の解離性脳動脈瘤の解離の起点はどこであったか。
【原告らの主張】
哲の脳動脈における解離は、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位、左椎骨動脈から分岐した後下小脳動脈にそれぞれ存在したが、それだけでなく、哲の臨床所見、MRIの画像所見、血管造影の画像所見からすると、解離の起点は、硬膜外環椎部付近の椎骨動脈部であり、少なくとも、左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部には解離が存在した。
【被告の主張】
哲の脳動脈における解離は、①左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位側に約一五ミリメートル、②左椎骨動脈から分岐した後下小脳動脈に約八ミリメートル、それぞれ存在したのみであって、原告らの主張する硬膜外環椎部の椎骨動脈部や左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部には解離は及んでいなかった。
2 本件手術における閉塞部位はどこであったか。その閉塞部位において閉塞を行ったことは適切であったか。
【原告らの主張】
本件手術において、一回目の閉塞試験は、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より一センチメートル近位において約一五分間実施され、二回目の閉塞試験は、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位において約三〇分間実施された。その後、本閉塞が左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より一センチメートル近位において実施された。
上記の閉塞部位は、解離の起点より遠位であるところ、バルーン栓塞を解離の存在する部位で実施することは、その部位の血管が脆弱化しているため、大きな危険を伴うものである。したがって、そのような部位において閉塞を行うことは極めて危険なことであり、不適切なものであるにもかかわらず、乙川医師は解離の起点に関する診断を誤った結果、上記の部位において閉塞を実施したものである。仮に、二回目の閉塞試験の部位が、被告主張のように左椎骨動脈と後下小脳動脈の分岐部であったとしても、解離の起点より遠位(少なくとも解離の起点)において閉塞したことに変わりはない。
【被告の主張】
一回目の閉塞試験の部位、本閉塞の部位については、原告らの主張するとおりである。二回目の閉塞試験の部位は、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位ではなく、左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部である。したがって、乙川医師は、すべての閉塞を解離の起点より近位において行ったものであり、その閉塞部位は適切であった。
3 本件手術における閉塞部位の選択につき、被告病院の医師に過失はあったか。
【原告らの主張】
前記のとおり、バルーン栓塞を解離の存在する部位で実施することは、その部位の血管が脆弱化しているため、大きな危険を伴うから、バルーン栓塞を実施する医師としては、必要な検査結果により、危険な部位を避けて、安全な部位でこれを実施すべきものである。そして、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位に解離が存在し、後下小脳動脈にも解離が存在するときは、同分岐部に解離が及んでいる可能性が高いのであるから、乙川医師は、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位で閉塞を実施すべきでないことはもちろん、同分岐部においても、そこに解離が及んでいる可能性があることを考慮して、その部位における閉塞の実施を避けるべき注意義務がある。
【被告の主張】
仮に、哲の脳動脈解離が左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部に及んでおり、二回目の閉塞試験の位置が適切でなかったとしても、当時の医療水準のもとでは、哲に対してされた血管造影検査、MRI検査の結果からは、上記分岐部に解離が及んでいたことを認識することはできなかったものであって、乙川医師が前記の位置で二回目の閉塞試験を実施したことに過失はない。
4 被告病院の医師に説明義務の違反はあったか。
【原告らの主張】
乙川医師は、本件手術に先立ち、哲が自己決定するに足りるだけの情報を正確に提供する義務があるのに、哲及び原告らに対し、(1)保存治療による治癒は望めず、開頭手術も部位的に極めて困難で、足の付け根あたりの血管からバルーンを入れてバルーンによる塞栓で動脈瘤への血流を止めるのが唯一の方法であると説明し、代替手段について十分な説明を行わず、②バルーン塞栓術の危険性(生命の危険、神経症状の悪化等)については何らの説明もなく、それまでに失敗がなかったかとの原告らからの問いに対しては、ない旨を答え、閉塞試験中にバルーンが離れてしまう危険がないかとの問いに対しては、その場合は脳梗塞を起こす危険があると答えたのみで、バルーン塞栓術が当時先験的な治療法であったことの説明もなく、(3)バルーンで止める処置をどれくらいしているかとの問いに対しては、年間五、六件である旨を答え、解離性脳動脈瘤についての経験はこれまでに一件しかなかったことを説明しなかった。
【被告の主張】
乙川医師は、(1)哲は、既に何度も虚血性発作を起こしており、放置すると解離が進行して死亡ないし重篤な症状となる危険性が高いし、くも膜下出血などの頭蓋内出血を起こすこともあり、同じ病気の患者でくも膜下出血を発症した例があること、(2)開頭手術は場所的にかなり困難な手術であり、バルーン塞栓術よりも危険性がずっと高く、バルーン塞栓術では全身麻酔による危険もないこと、(3)バルーン塞栓術の危険性については、①後下小脳動脈を一緒に閉塞しなければならない場合は、小脳症状が出る場合があること、②血液がカテーテルに付着して血栓を作り、脳梗塞を来たすことを防止するために、血液を固まりにくくする薬を使用するため、解離が進行するおそれがあること、③離脱型バルーンを使用するので、バルーンが途中で離れてしまうと、血管が詰まり脳梗塞となる可能性があり、その場所によれば重篤な症状となり、開頭手術を要することも起こりうること、④カテーテルを遠隔操作するので簡単ではなく、危険性を言い出すときりがないが、解離性脳動脈瘤を放置するよりは安全であることを説明した。また、当時、バルーン塞栓術は先験的な治療法ではなく、その安全性、有効性について脳外科医にはっきり認知されていたものであるから、先験的な治療法であることを説明する義務があったとする原告らの主張は、その前提を欠くものである。
5 被告病院医師の過失と相当因果関係のある損害の範囲
【原告らの主張】
次の損害は、被告病院医師の過失と相当因果関係のある損害である。
(1) 治療費 一〇万八二五〇円
(2) 付添看護費(平成三年一一月一三日〜同月二五日)
一日六五〇〇円×一三日間
八万四五〇〇円
(3) 入院雑費(平成三年一一月一三日〜同月二五日)
一日一四〇〇円×一三日間
一万八二〇〇円
(4) 葬祭費 一三〇万〇〇〇〇円
(5) 死亡による逸失利益
五六一一万七四一一円
哲は、平成三年当時五二歳で、年間八四八万四三四六円の所得があり、六七歳までは就労可能であったと考えられる。そこで、六〇歳までは同所得金額を基礎とし、それ以後はその七割(五九三万九〇四二円)を基礎として、それぞれ三割を生活費として控除し、新ホフマン方式により中間利息を控除して、同人の逸失利益を算定する。
(6) 入院慰籍料 二〇万円
(7) 死亡慰籍料 二七〇〇万円
(1)ないし(7)の合計
八四八二万八三六一円
原告信子分 四二四一万四一八一円
原告久美分 二一二〇万七〇九〇円
原告さおり分二一二〇万七〇九〇円
(8) 遺族固有の慰籍料
一一〇〇万円
原告信子分 五〇〇万円
原告久美分 三〇〇万円
原告さおり分 三〇〇万円
(9) 弁護士費用 一〇〇〇万円
原告信子分 五〇〇万円
原告久美分 二五〇万円
原告さおり分 二五〇万円
総合計 一億〇五八二万八三六一円
原告信子分 五二四一万四一八一円
原告久美分 二六七〇万七〇九〇円
原告さおり分二六七〇万七〇九〇円
【被告の認否、主張】
(1) 治療費が原告主張の額であることは認め、その余は不知ないし争う。
(2) 付添看護費、(3)入院雑費、(6)入院慰籍料については、本件手術当日までの分は、哲が解離性脳動脈瘤に罹患したことにより発生したものであって、原告らが主張する被告病院医師の過失によって哲が死亡したことにより発生したものではないから、相当因果関係のある損害ではない。(5)死亡による逸失利益の中間利息の控除については、ライプニッツ方式によるべきである。(7)死亡慰籍料、(8)遺族固有の慰籍料を合わせると三八〇〇万円になり、多額に過ぎる。
第3 判断
Ⅰ 争点1(解離の起点)について
1 脳動脈の解離の部位の診断方法について、括弧内に掲記の証拠によると、次の事実が認められる。
(1) 脳動脈に解離があるかどうか、その部位はどこかということについての確定診断は、開頭手術又は解剖によらなければこれをすることはできない。そして、開頭手術をすることができない場合には、血管造影検査が最も有力な診断の手段であり、これに加えてMRI検査を補助的な手段とし、さらに臨床所見等から、脳動脈の解離の有無及びその部位につき可能な限りの診断をすることになる。(根来鑑定人の鑑定結果)
(2) 血管造影検査において、造影剤が濃く写っている場合、その部分は血液の流れが遅くなっていることを意味している。血液の流れが遅くなる原因としては、血管に狭窄があることのほか、血管の曲がる部分であること、逆方向の重力がかかっていること、カテーテル等の遮断物があること等、種々のものが考えられ、正常な血管であっても、血管の曲がり具合、患者の姿勢、カテーテルの位置等によって血液の流れが遅くなることがある。(伊藤鑑定人〔二一回七丁裏以下〕、なお、以下、同人が証人尋問においてした証言についても「伊藤鑑定人」といい、証言については回数および丁数を表示することがある。)
椎骨動脈の解離性脳動脈瘤で典型的とされている血管造影剤所見は、パールアンドストリングサイン(Pearl and string sign血管壁の紡錘状の拡張と狭窄との連続)、ストリングサイン(血管の狭窄)、血管壁の不整、静脈相における造影剤の貯留であり、ストリングサインを伴わない紡錘状拡張が認められるものもある(乙第13号証、第22号証)。
(3) MRI検査で血管が高信号域に写ることは、一般には、血流が遅いこと(血栓の存在を含む。)を意味するが、原因がはっきりしないこともまれにある。環椎部を含む頭頸部(頭と頸との移行部)では、拍動や周囲の構造物の影響などにより高信号域として写ることがある。したがって、MRI検査で環椎部付近が高信号域として写った場合でも、これをもって直ちに血栓等の存在を推定することができるわけではない。(乙第27号証、第28号証、伊藤鑑定人〔二一回四丁裏、二〇丁裏〕)
(4) 後下小脳動脈の血管障害を原因とする臨床症状としては、起立・歩行障害がある。また、眼瞼下垂は、ホルネル症候群の症状の一つであるが、椎骨動脈や後下小脳動脈の血管障害を原因とするワレンベルク症候群(延髄外側症候群)を疑わせる典型的な症状でもある。(伊藤鑑定人)
2 哲の左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部およびそれより遠位の病変並びに後下小脳動脈の病変についてみるに、括弧内に掲記の証拠によると、次の事実が認められる。
(1)一〇月二九日に行われたMRI検査では、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位には、脳動脈瘤の所見と見られる拡張した低信号域がある(検乙第4号証の2、根来鑑定人の鑑定結果)。
(2) 一一月六日に行われた血管造影検査では、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部よりやや遠位、後下小脳動脈の左椎骨動脈との分岐部のやや遠位のそれぞれに、パールアンドストリングサインが認められる(検乙第5号証の2、3、根来鑑定人の鑑定結果)。
(3) 一一月二〇日に行われたMRI検査では、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位には偽血管腔がダブルルーメン(double lumen =false lumenとtrue lumen)として写っているともとれる画像がある(検乙第7号証の1、2の三段目中央)。
(4) 一一月二〇日の本件手術前に行われた血管造影検査では、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部よりやや遠位、後下小脳動脈の左椎骨動脈との分岐部のやや遠位のそれぞれに、パールアンドストリングサインが認められる(検乙第8号証の1、2、根来鑑定人の鑑定結果)。
3 哲の左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より近位の病変についてみるに、括弧内に掲記の証拠によると、次の事実が認められる。
(1) 一一月六日に行われた血管造影検査において、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より近位に造影剤の濃度変化があり(検乙第5号証の3のF34、なお、伊藤鑑定人はF41に濃度変化が見られるという。)、左椎骨動脈の頭蓋環椎部から頭蓋内硬膜内入口部にも造影剤の濃度変化がある(検乙第5号証の1のF27、なお、伊藤鑑定人はF38に濃度変化が見られるという。)。もっとも、この部位の血管像はほぼ正常で、パールアンドストリングサイン等の血管壁の不正所見はない(根来鑑定人の鑑定結果)。
(2) 一一月二〇日に行われたMRI検査では、左椎骨動脈の環椎部付近が高信号域として写っているが、ダブルルーメンとして写っているわけではない(検乙第7号証の1、2の二段目中央)。
(3) 一一月二〇日の本件手術前に行われた血管造影検査では、環椎部に造影剤の貯留がある(検乙第8号証の1の下段右〔正面像〕、検乙第8号証の2の下段左右〔側面像〕、根来鑑定人の鑑定結果)。もっとも、この部位の血管像はほぼ正常で、パールアンドストリングサイン等の血管壁の不正所見はない(根来鑑定人の鑑定結果)。
4 哲の臨床症状としては、前記のとおり、哲は、平成二年一一月ころから、めまい、起立不能などの症状があり、一旦軽快したものの、その約一年後である平成三年一〇月下旬、再び、めまい、起立不能、歩行障害などの症状を訴えるようになった。そして、精査のため、草津中央病院に入院した際には、左眼痛、耳鳴り、左眼瞼下垂といった症状が認められた。(甲第7号証、乙第1号証)
5 以上によると、
(1) 血管造影検査、MRI検査の結果、臨床症状から、哲の左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部よりやや遠位及び後下小脳動脈の同分岐部よりやや遠位には、いずれも動脈解離が存在したことが認められる(左椎骨動脈と後下小脳動脈について、上記分岐部より遠位にいずれも動脈解離が存在したこと自体は当事者間に争いがない。)。また、根来鑑定人の鑑定結果によると、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部よりやや遠位に解離が存在し、後下小脳動脈にも同分岐部よりやや遠位に解離が存在するときは、その解離は、同分岐部にまで及んでいる可能性が高いというのであるから、これを前提とすると、本件においても、上記解離は左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部に及んでいたと認められる。もっとも、上記鑑定結果によっても、その事実の断定はできないというのであるが、それは、解剖による最終病理診断がされていないためであるというのであって、その可能性は高いというのであり、解離が左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部に及んでいないという積極的な根拠もないのであるから(最終病理診断がされていないのであるから、そのように断定できるはずもない。)、そうであるならば、上記のように認定するのが相当である。
(2) これに対し、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より近位については、一一月二〇日の手術前に行われた血管造影検査において、環椎部付近に造影剤の貯留が認められることからすると、その部位に何らかの病変が存在した可能性が否定できないものの、前記のとおり、造影剤の貯留ないし濃度変化は、種々の原因によって生じ得るものであり、血管造影検査の結果によっても、それらの部位の血管壁には異常所見が認められないことにも鑑みると、上記のとおり造影剤の貯留が認められるという一事をもって、その部分に動脈解離が存在したと認定することまではできないと考えられる。
この点につき、伊藤鑑定人は、一一月六日の血管造影検査において、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部の近位(検乙第5号証の3のF41)、左椎骨動脈の頭蓋環椎部から頭蓋内硬膜内入口部(検乙第5号証の1のF38)のそれぞれにつき造影剤の濃度変化が認められ、これらの濃度変化は、偽血管腔に造影剤が進入することにより起こるものであるとし、この写真をこれらの部位に造影剤が貯留しており、解離が存在することの一つの重要な根拠とする。たしかに、一般的には、それが動脈解離の一つの所見となり得るということができる。しかし、上記の写真で、一部に造影剤の濃度変化が認められるものの、同部位について、他の写真でも造影剤の貯留を確認できるかということには、疑問がある。また、上記の写真で造影剤の濃度変化が認められるものについても、それが種々の原因によって生じ得るものであることは前記のとおりであるから、それのみをもってそれが脳動脈の解離によるものであると判断できるものではないと考えられる。
血管造影検査の結果の読影につき、伊藤鑑定人は、(1)血流は血管の中央部よりも血管壁付近では遅く、血管に狭窄部分があれば、その手前で血流が遅くなり、その先でも血流が遅くなるから、血管の狭窄があると、血管壁部分の血流は極めて遅くなる、(2)この狭窄あるいは層流によって、血流が遅くなり、造影剤が貯留しているように見える場合には、造影剤が血管の全周に貯まることがあり得ないため、その貯まった部分を真上から見ると「面」として見えるが、真横から見ると「線」として見える、(3)解離の偽血管腔の場合は全周性に存在することが考えられるのであるが、その場合、貯まった造影剤は、真上から見ても、真横から見ても「面」として見える、(4)したがって、その点からも、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より近位に認められる造影剤の濃度変化の部位には解離が存在すると判断できるという。しかし、(2)の点については、伊藤鑑定人の見解を裏付ける文献等も提出されていないうえ、前記のとおり、造影剤の貯留は、血液の重量のみによって生じるものではないのであるから、そうであるなら、解離以外の原因によって血流が遅くなり造影剤が貯留しているように見える場合であっても、造影剤が血管の全周に貯まることがないと断定できるはずはないと考えられる。しかも、多くの場合、偽血管腔は容易に血栓化する(偽血管腔が形成され、その出口がないため、偽血管腔に進入した血液が偽血管腔内を流れず、偽血管腔に血液が貯留して、その貯留した血液が早期に凝固して血栓化する。)ので、その後は、偽血管腔には血液が流れ込まず、したがって造影剤も流れ込まないのであるから、偽血管腔に造影剤が進入することによって偽血管腔が見えることはほとんどないという指摘(乙第22号証)も合理的なものであると考えられるのであって、以上によると、この点に関する伊藤鑑定人の見解は採用できない。
伊藤鑑定人は、MRI検査の結果につき、一一月二〇日の左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位(検乙第7号証の1、2の三段目中央)で高信号域として写っている部分が、ドーナツ状に写っているというその形状から偽血管腔であると判断できる(伊藤鑑定人〔二一回三丁裏〕)こと等を根拠として、環椎部付近(検乙第7号証の1、2の二段目中央)で高信号域として写っている部分も、同様に血管壁に解離があると判断できるものであり、血流が遅くなったために高信号域となっているのではないと証言する(鑑定書五頁にも同旨の記載がある。)。しかし、環椎部付近は、前記のとおり、拍動や周囲の構造物の影響により高信号域として写ることもあるのであるから、この点についても、伊藤鑑定人の見解を採用することはできない。
Ⅱ 争点2(閉塞部位はどこであったか、その部位で閉塞したことは適切であったか)について
1 解離性脳動脈瘤の治療として行われるバルーン塞栓術は、前記のとおり、血管をバルーンで塞栓することで、解離部分に血液が流れることを阻止し、血流、血圧により解離が進行して血管が破裂することを防止する目的で行われるものであることから、解離の起点よりも近位で閉塞が行われなければならない。
これに反して、解離の起点より遠位で血管の閉塞をした場合、それが解離の開口部より遠位であれば、閉塞がされない場合と比較して解離の開口部から血液が偽血管腔により多く流れ込み、血管壁に対する圧力が増強して、血管の外膜の断裂によりくも膜下出血等を起こしやすくなるから、そのような閉塞方法は許されない。また、解離の起点より遠位で血管の閉塞をした場合、それが解離の開口部より近位であっても、そのような解離の発生している血管は非常に脆弱となっているから、そのような部位でバルーンを膨らませることは、血管壁の断裂を誘発するものであって、同様に許されない。(乙川証人、伊藤鑑定人、根来鑑定人の各鑑定結果)
逆に、解離の起点からあまり近位において血管を閉塞すると、閉塞部位より近位の部分から分岐した側副血行路を経由して、解離部位に血液が流入するおそれが否定できず、それでは閉塞の目的が達せられなくなることから、血管の閉塞は、解離の起点にできるだけ近接した近位の部位においてすべきこととされている(乙川証人、根来鑑定人の鑑定結果)。
2 本件手術における閉塞部位について検討する。
(1) 一回目の閉塞試験および本閉塞が、いずれも左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部より約一センチメートル近位で実施されたことは、当事者間に争いがない。
(2) 被告は、二回目の閉塞試験の部位につき、前記のとおり、左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部であると主張し、乙川証人は、本件手術の前の日までは、後下小脳動脈の拡張部分が解離性脳動脈瘤かどうかがはっきりしていなかったが、本件手術当日に血管造影検査を行い、後下小脳動脈にも解離が及んでいることを確認できたのであり、そのような場合に、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位で血管を閉塞しても、後下小脳動脈の解離部位への血液の流入を阻止できないのであるから、それにもかかわらず、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位で閉塞試験を行うわけがないと述べる。
しかし、乙川医師は、本件手術に先立ち、解離の及んでいる部分を確認したというのであるから、そうであるなら、当然その場にいたはずの甲山医師らもそのことを確認したはずである。ところが、それにもかかわらず、哲の主治医であり本件手術を見学していた甲山医師は、カルテに、(1)一回目の閉塞試験は左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位で行う予定であったが、実際には近位で実施された、(2)二回目の閉塞試験は左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位で実施された、(3)本閉塞は左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位で行う予定であったが、実際には近位で実施されたとの記載をしているのである(乙第1号証)。甲山医師は、二回目の閉塞試験の部位については書き間違えたものであり、その後に乙川医師から記載の誤りを指摘され、血管造影検査のフィルム(検乙第8号証の4)を自ら見直してその誤りを確認したが、カルテの記載を訂正することを忘れていたと証言する。しかし、甲山医師は、一回目の閉塞試験の部位、本閉塞の部位については正しくカルテに記載しているのであり、しかも、二回目の閉塞試験の部位をカルテに図示までしているのであるから、二回目の閉塞試験の部位につき甲山医師がカルテに誤った記載をしたとは考え難く、まして、医師がカルテ記載の誤りを指摘され、その誤りであることを確認しながら、カルテの記載の訂正を忘れるなどということは、およそ考えられないことであって、そのような甲山医師の証言はとうてい信用できない。
そして、以上によると、二回目の閉塞試験は、カルテに記載されたとおり、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位で実施されたと認めるのが相当である。
なお、血管造影検査の画像である検乙第8号証の4(中段の右、下段の左右)には、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位にバルーンが撮影されていないが、伊藤鑑定人の鑑定結果によると、同部位にバルーンが撮影されていないのは、血管造影検査結果の画像につきDSA処理がされた過程でカテーテル及びバルーンが消えてしまったためである可能性も否定できないことが認められるのであるから、上記の画像にバルーンが撮影されていないことは、前記認定に影響を及ぼすものではないというべきである。
3 上記の認定事実によると、本件手術においてされた二回目の試験閉塞の部位は、解離の起点より遠位であったことになるのであるから、その部位は不適切なものであったというべきである。
なお、仮に、二回目の閉塞試験の部位が、被告主張のとおり、左椎骨動脈と後下小脳動脈の分岐部であったとしても、その部位には、やはり解離が存在したのであるから、二回目の閉塞試験の部位が不適切であったという結論には影響がない。
4 以上のとおりであり、解離の起点ないしそれより遠位で閉塞することは、バルーン塞栓術により血管を破裂させてしまう可能性のある行為であるから、そのような位置で閉塞試験を行うことは許されるものではなく、これに反して、そのような位置で閉塞試験を行った乙川医師の行為は違法なものであったというべきである。
そして、本件においては、二回目の閉塞試験が解離の存在する部位で行われたため、解離により脆弱化していた血管がさらに脆弱化し、さらにそれより近位で本閉塞を行ったために、血行動態の変化により反対側の椎骨動脈から逆流して流入する血流の圧力が高まり、その圧力に耐えられなくなったことに起因して、哲は、くも膜下出血により死亡したものと認めるのが相当である(根来鑑定人の鑑定結果)。
Ⅲ 争点3(医師の過失)について
根来鑑定人の鑑定結果によると、血管造影検査等の結果により左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位及び後下小脳動脈の同分岐部よりやや遠位に解離があることが確認された場合に、現時点における知見を前提にすると、同分岐部に解離があることについても、担当医師においてこれを認識することは十分に可能であることが認められる。根来鑑定人は、平成三年当時、乙川医師においてこれを認識することが可能であったかは不明であるというのであるが、平成三年当時と現在との間に、この点に関する知見を異にする新たな論文等が発表されたことを認めるに足りる証拠はないのであるから、そのことからすると、この点に関する平成三年当時の知見は、現在と基本的に異なることはないと推認される。
また、哲の一一月一五日のカルテには、左椎骨動脈及び後下小脳動脈の解離性脳動脈瘤を認めると記載されていて、その上で、哲に対する治療方針として、左椎骨動脈の解離性脳動脈瘤と後下小脳動脈との間にバルーンを留置する旨の記載がされており、また、前記のとおり、本件手術時のカルテでも、一回目の閉塞試験、本閉塞をそれぞれ左椎骨動脈と後下小脳動脈との分岐部より遠位において実施することが予定されていたという趣旨の記載がされているのであって、被告病院の医師には、解離部位でバルーン栓塞をすることの危険性についての認識自体が十分でなかったことが窺われる(乙第1号証、根来鑑定人の鑑定結果)。一一月一五日のカルテ記載につき、甲山医師は、それは教授回診の際にそのような症例について報告した文献の内容に甲山医師が言及したことを記載したものにすぎず、哲に対する治療方針を記載したものではないと証言するが、上記のカルテ記載をそのような意味のものとして読みとることは、その文言からしても無理があって、甲山医師の証言は信用できない。
以上のとおり、乙川医師としては、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部に解離が及んでいることを認識することが可能であって、これを認識すべきであったものであり、そのうえで、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位ないし同分岐部においてバルーン栓塞を実施することは、その危険性故にこれを避けるべき注意義務があったのに、その注意義務に違反し、二回目の閉塞試験を実施したのであるから、この点において、乙川医師には、被告病院の医師として要求される注意義務の違反があったというべきである。
なお、解離の起点より近位においてバルーン栓塞を行った場合に、血行動態の変化により反対側の椎骨動脈から逆流する血流の圧力が高まって、解離性脳動脈瘤が破裂することがあり得ることが、平成三年当時に既に一般的な知見となっていたかということについて、これが否定されるとしても、本件で問題となっている被告病院の医師の過失は、前記のとおり、左椎骨動脈の後下小脳動脈との分岐部より遠位及び後下小脳動脈の同分岐点部よりやや遠位に解離があることが確認された場合には、同分岐部にも解離が及んでいる可能性を認識して、同分岐部における閉塞試験の実施を避けるべき注意義務があるのにこれを怠ったという点にあるのであるから、上記の点は本件の結論に影響を及ぼすものではない。
Ⅳ 争点5(損害)について
1 治療費 一〇万八二五〇円
当事者間に争いがない。
2 付添看護費 二万二五〇〇円
本件手術日の翌日である一一月二一日から同月二五日までの分につき、一日四五〇〇円の範囲で認めるのが相当である。
3 入院雑費 六〇〇〇円
本件手術日の翌日である一一月二一日から同月二五日までの分につき、一日一二〇〇円の範囲で認めるのが相当である。
4 葬祭費 一二〇万円
5 死亡による逸失利益
五三四六万二〇六九円
哲は、平成三年一一月当時、五二歳であり、少なくとも年間八四八万四三四六円の所得があった(甲第6号証)。
哲は、六七歳までは就労可能であると考えられるところ、六〇歳までは右所得金額を基礎として、六〇歳以上はその七割(五九三万九〇四二円)を基礎として、それぞれ三割を生活費として控除し、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、同人の逸失利益を算定するのが相当である。
(1) 六〇歳まで
848万4346円×(1−0.3)×5.786(七年のライプニッツ計数)=3436万3298円
(2) 六〇歳以上六七歳まで
593万9042円×(1−0.3)×(10.380〔一五年のライプニッツ計数〕−5.786)=1909万8771円
6 入院慰籍料 一〇万円
7 死亡慰籍料 二五〇〇万円
死亡当時、哲がまだ五二歳の若さであって、かつ、一家の支柱であったこと、その他本件で現れた諸般の事情を総合すると、その慰籍料額は二五〇〇万円と認めるのが相当である。
なお、原告らは、遺族固有の慰籍料を別途請求しているが、哲本人の死亡慰籍料として二五〇〇万円の支払いを受けることにより、原告らの精神的苦痛も慰籍されると考えられるから、哲の慰籍料と別に遺族固有の慰籍料を請求することはできないと解するのが相当である。
1ないし7の合計
七九八九万八八一九円
原告信子分 三九九四万九四〇九円
原告久美分 一九九七万四七〇五円
原告さおり分一九九七万四七〇五円
8 弁護士費用 八〇〇万円
一件記録から、原告らが原告代理人に本件訴訟の追行を委任したことが認められ、本件訴訟の内容、経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、相当因果関係のある損害として認めるべき弁護士費用は、原告信子分としては四〇〇万円、原告久美分及び原告さおり分としてはそれぞれ二〇〇万円が相当である。
総合計 八七八九万八八一九円
原告信子分 四三九四万九四〇九円
原告久美分 二一九七万四七〇五円
原告さおり分二一九七万四七〇五円
Ⅴ 結論
よって、原告らの請求は、不法行為による損害賠償請求権(国家賠償法一条一項)に基づき、原告信子につき四三九四万九四〇九円、原告久美、原告さおりにつきそれぞれ二一九七万四七〇五円及びこれらに対する不法行為の日(哲の死亡の日)である平成三年一一月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条を各適用して(仮執行免脱の宣言については相当でないので付さないこととする。)、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・神吉正則、裁判官・佐賀義史、裁判官・澤村智子)