大津地方裁判所 平成8年(行ウ)4号 判決
原告
甲野一郎(仮名)
同
甲野花子(仮名)
同
甲野太郎(仮名)
右原告ら訴訟代理人弁護士
元永佐緒里
同
木村靖
被告
地方公務員災害補償基金滋賀県支部長 国松善次
右被告訴訟代理人弁護士
肱岡勇夫
同
太田真人
右被告指定代理人
河合裕行
同
松原住男
同
伊東利克
同
北村繁隆
同
西澤富美男
事実及び理由
第二 事案の概要
一 本件は、甲野次郎(以下、「次郎」という。)が、滋賀県繊維工業指導所(以下、「繊維工業指導所」という。)に主任技師として勤務していた期間中に、自殺(縊死)したことに関し、次郎の両親及び兄である原告らが、「次郎は、振出しの繊維工業指導所から滋賀県工業技術センター(平成九年四月に組織改編により東北部工業技術センターと改称。以下、「工業技術センター」という。)へ配置換え後、プラスチックに関連する試験、研究及び指導という不適合業務の担当を命ぜられ、質的・量的に過重な業務に従事したことに起因して精神疾患(心因反応)に罹患した。右病状は元の繊維工業指導所への配置換えにより一旦軽快したものの、上司の叱責や同僚の敬遠的態度といった精神的重圧により再び悪化した。ところが、繊維工業指導所長は、右病状の悪化により特別休暇中であった次郎に対し、自宅通勤不可能な配置換えを申し渡した。このことにより、次郎の病状は劇的に悪化して自殺したものであるから、右自殺は公務災害に他ならない。」旨主張し、公務外認定処分を行った被告に対し、右処分の取消しを求めた事案である。
〔中略〕
第五 本案の争点(次郎の自殺の公務起因性について)に対する判断
〔中略〕
二 判断
1(一) 地方公務員災害補償法は、職員が公務上死亡した場合、その遺族に対して、遺族補償年金又は遺族補償一時金を支給する旨規定しているが、ここにいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と公務との間に相当因果関係があることが必要である。そして、右にいう「相当因果関係」の有無については、地方公務員災害補償法を含む労働災害に関する補償を定めた法の趣旨が、使用者は労働者の業務(公務)によって利潤あるいは利益を得る点に鑑み、業務(公務)に関連して労働者が被った災害については、使用者に対し、無過失責任としての災害補償責任を負わせるというものであることから、経験則に照らし、当該業務(公務)に当該負傷又は疾病を発生させる危険性があったと認められるか否か(右負傷又は疾病の発生が業務(公務)に伴う危険の具現化であるかどうか)、すなわち、使用者あるいは一般人の予見可能性の有無にかかわらず、負傷又は疾病の発生に不可欠な条件となった一切の事情を基礎として、業務(公務)と負傷又は疾病との関係が、経験則上相当な因果関係であるかどうかを判断すべきである。
(二)したがって、本件においては、次郎が何らかの精神疾患に罹患してその病状が憎悪し、その療養中に自殺に至ったという経過をたどっているところ、右自殺と公務との間に相当因果関係があると認められるためには、次郎の精神疾患罹患及び憎悪並びに自殺が、次郎の業務に伴う危険の具現化であると評価できることが必要である。
そこで、右見解を前提として、先に認定した争いのない事実等(前記第二の二)及び基礎となる認定事実(前記第五の一)に基づいて、以下、相当因果関係の有無を検討することとする。
2(一)(1) まず、次郎の工業技術センターにおける担当業務についてみるに、前記第二の二2ないし4(争いのない事実等)並びに前記一2、3及び6(次郎の学修歴等、担当業務、担当業務に対する認識)のとおり、<1>大学において、次郎が専門的に修得したのは「繊維」についてであり、高分子学については、単位の取得はしているものの、特に専門的な指導は受けていないこと、<2>次郎は、滋賀県職員採用上級(繊維)試験に合格したものであり、採用以後五年間は、繊維工業指導所において勤務していたこと、<3>次郎が自ら希望して名古屋工業大学の研修を受けたこと、<4>工業技術センター勤務一年目年度末の職員個別調書には、「量…多い、質…むずかしい」と記載し、二年目年度当初の職員個別調書には、「研究量が多すぎる」旨記載している(繊維工業指導所勤務中は、量も質も「普通」と記載していた)ことからすると、工業技術センターに配置換え後の業務について、次郎が、自己の能力に照らして大変と感じていたであろうことは推認できる。
また、前記一5、7ないし9(次郎の休暇取得状況、受診等の状況、病状等に対する医師の診断及び意見、仕事や病気に対する次郎の認識等)によれば、<1>次郎が病院に通い始めたのも、まとまった休暇を取りだしたのも、昭和六一年末ないし昭和六二年初め以降であり、<2>次郎の精神疾患の発病は、早ければ昭和六〇年九月ころ、遅くとも昭和六一年末から六二年初めころと認められ、<3>次郎のメモの内容をみても、「工技センター一年目過労」と記載されており、工業技術センターでの業務を負担に感じていたと認められ、また、<4>次郎、原告一郎及び原告花子の医師に対する訴えに照らすと、仕事以外に(病状自体に関する悩みは別として)、特に重大な悩みがあったとは認められない。
これからすると、次郎の精神疾患罹患が、工業技術センターへの配置換えと全く無関係であったとは考えられない。
(2) しかしながら、一方、職員個別調書を見ると、繊維工業指導所勤務中は、担当している業務の適性・興味・満足について、「普通」あるいは否定的な回答をし、異動を希望しているが、工業技術センターに配置換え後は、前向きな姿勢が窺え、適性・興味・満足についても肯定的であり、異動の希望は記載せずに、将来専門的に担当したい職務として、現在の担当業務に関連する内容を希望していることが認められる。加えて、職場の人間関係についても、繊維工業指導所勤務中よりも、工業技術センター勤務中の方が、肯定的な見方をしていることも認められる。
また、前記一4及び5(次郎の時間外勤務の状況、休暇取得状況)によれば、工業技術センターに配置換え後の次郎の業務時間が特別長時間に及び、休みも取れないような状態であったとは認められない。
以上を総合すると、次郎の主観面を見ても、少なくとも工業技術センターに配置換え後二年目の年度当初までは、担当業務は大変ではあるけれども興味を持って積極的に取り組もうとし、職場の人間関係も含めて仕事については決して否定的な見方はしていなかったと認められる上、客観的に見ても、次郎は最終的な責任者ではなく、その上には専門員がいて、それなりに相談できる態勢が整っていたと認められるし、また、業務量が過重であったと認めるに足りる証拠はないのであって、次郎の、精神疾患罹患が、その業務に伴う危険が具現化したものとまで認めることはできないというべきである。
(3) この点、原告らは、次郎は休日等勤務時間外に自発的努力として研究を行った旨主張し、それに沿う供述をするが、工業技術センター勤務中、次郎は寮生活であり、原告らと同居していなかったことからすれば、次郎の時間外の研究量が過重であったとの右各供述をそのまま信用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない(甲一五についても、その訪問回数は不明である)。
また、原告らは、工業技術センターにおける次郎の担当業務は、最低二年間の研修を受けなければ、およそ対応不可能な不適合業務であった旨主張するが、名古屋工業大学元教授作成の証明書等(〔証拠略〕)によっても、工業技術センターにおいて、どの程度の業務をすることを前提に、最低二年間の研修が必要であるとするのかが不明であり、結局、業務が次郎にとって不適合であったと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
(二)(1) ところで、次郎の精神疾患が、「心因反応」であったか、「精神分裂病」であったかについては、滋賀医大病院の佐藤医師と湖南病院の木田医師とで診断が分かれている。佐藤医師は、地方公務員災害補償基金滋賀県支部審査会における参考人陳述の際にも、一貫して、次郎は精神分裂病であったとし、次郎の症状を挙げて説明し、(〔証拠略〕)、また、診断当初より、原告一郎に対しても、精神分裂病である旨告げていた(原告一郎本人尋問)。一方、木田医師は、地方公務貫災害補償基金滋賀県支部審査会における参考人陳述の際、自己の診断の根拠につき、「クルト・シュナイダーの第一級症状がなかった。精神分裂病というにはあまりにも疎通性がよく、自己が抱く異常感に対して理性的な批判を持っている。精神分裂病になる人の病前性格とは合わない。」と説明しているが、同時に、「精神分裂病患者に見られる症状をいくつか有していた。精神分裂病の疑いはある。精神分裂病と診断する医師がいてもおかしくない。」とも陳述している(〔証拠略〕)。両医師いずれの説明も特段不合理な点はなく、信用性に欠けるところはない。
しかしながら、<1>木田医師は佐藤医師に比して、次郎を診察した時期が遅く、期間も短い上、回数も少なく、また、既に滋賀医大病院や京大病院で処方された薬を服用し続けている状態の次郎を診ていること、<2>滋賀医大病院のカルテを見ると、クルト・シュナイダーの第一級症状が発現していること、<3>精神分裂病は遺伝性とは限らないことが認められるのてあって、両医師の陳述に、これらの事情を併せ考慮するならば、次郎の精神疾患は精神分裂病であったと認めるのが相当である。
(2) そして、精神分裂病という病気は、心因等外界からの刺激に対して起こる病気ではなく、脳の何らかの仕組みの異常、すなわち器質的異常によって起こる病気であると認められるが、他方で、心因は、精神分裂病の誘因には成り得ると考えられており、病状が憎悪する際、何らかのストレスが加わって憎悪するということはよくあるし、反対に、そのストレスがなくなれば症状がよくなることもあると認められる。
以上からすると、工業技術センターへの配置換えは精神分裂病罹患の誘因となったということが認められるにとどまり、直接の原因は器質的異常にあると認めるのが相当である。
(なお、この点、仮に、次郎の精神疾患が心因反応であったとしても、前記(一)で認定、判断したとおり、業務自体が過重であったとは認められないから、木田医師が参考人陳述の際に述べているように、「配置転換が悪かったというわけではなく、その処理の仕方に失敗した」ものと考えられ、やはり、配置換えは罹患の誘因に過ぎないと認めるのが相当である。)
(三)(1) さらに、次郎の工業技術センターから再び繊維工業指導所に配置換え後の経過についてみるに、右配置換え後、次郎の病状は一旦軽快したものの、半年ほど経ったころ、また病状が憎悪している。しかしながら、このころの次郎の業務が過重であったと客観的に認めるに足りる証拠は全くない。
また、前記第二の二12及び13(争いのない事実等)のとおり、次郎が自殺したのは、小林所長から配置換えに関する電話があった翌日である。しかしながら、その電話の内容についてみると、次郎が「お任せします。」と答えていること、原告一郎が後に医師に宛てた手紙の中で、「返事をせねばならない前日夜、…自ら若い尊い命を絶って逝きました」と記載していることからすれば、少なくとも、配置換え決定の告知ではなかったと認められる。右事情や、配置換え先は次郎がかつて長く勤務していた繊維工業指導所高島支所であったことからすると、次郎の自殺と小林所長の電話が無関係であったとまではいえないにしても、右自殺に直接的に影響を及ぼす危険性を有するような内容であったとは到底認められない。
(2) なお、この点に関する原告らの主張の趣旨は若干不明であるが、仮に、「次郎は病み上がりないし病気療養中であり、その病状や精神状態に照らし、十分な配慮をもって接するべきであったのに、そうしなかったため、次郎の病気は悪化し、自殺を余儀なくされた」という趣旨だったとすれば、これは、被告が主張するように、雇用関係における安全配慮義務違反の問題と公務災害の問題とを混同するものである。
また、仮に、そうでなかったとしても、本件自殺が、上司の叱責等や配置換えの告知も業務の一内容として、これらを含めた次郎の担当業務に伴う危険の具現化といえるかどうかを判断することになるところ、前記のとおり、次郎の当時の業務が過重であったとか、右配置換え告知の内容が自殺を招くような急激な病状の憎悪をもたらす危険性を有するものであったとは認められない上、次郎は精神分裂病であったことに照らせば、憎悪の直接の原因は器質的異常にあると認めるのが相当というべきである(なお、半年間ほどの通院治療の中断や、各病院の薬を選択して飲んだり飲まなかったりするといった服薬の方法の影響もあると認められる。)。
3 以上のとおりであって、本件自殺が、次郎の担当業務や配置換えの告知に全く無関係であったわけではなく、業務もその誘因の一つであったとは認められるが、直接の原因は次郎の内因性のものであり、また、次郎の学修歴、次郎自身の担当業務に対する認識、客観的に認められる業務内容及び量、組織の責任体制等に照らしても、本件自殺が業務に伴う危険の具現化であるとは認められず、公務と自殺との間に相当因果関係があると認定することはできないというべきである。
三 以上によれば、原告らの請求のうち、原告甲野太郎の訴えは不適法であるからこれを却下し、原告甲野一郎及び同甲野花子の請求は理由がないからこれらをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項を適用して、主文のおり判決する。
(裁判長裁判官 鏑木重明 裁判官 末永雅之 武部知子)