大判例

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大津地方裁判所 平成8年(行ウ)7号 判決 1997年6月02日

原告

浅井秀明

右訴訟代理人弁護士

折田泰宏

島﨑哲朗

牧野聡

新谷正敏

秋田仁志

市川守弘

太田賢二

虻川高範

佐藤欣哉

内田正之

小野寺信一

齋藤拓生

佐川房子

十河弘

高橋輝雄

土井浩之

半沢力

藤田紀子

増田隆男

松沢陽明

吉岡和弘

鵜川隆明

深田正人

牧野丘

佐々木新一

福地輝久

清水勉

森田明

新海聡

青島明生

井上善雄

宮塚久

高橋敬幸

佐々木猛也

名和田茂生

河野聡

國宗直子

蔵元淳

被告

滋賀県知事 稲葉稔

右訴訟代理人弁護士

肱岡勇夫

主文

一  被告が原告に対し平成八年六月一〇日付けでなした公文書「空港整備事務所の折衝費の明細・領収書等(平成五年度)」(折衝費に関する支出伺い、支出負担行為兼支出命令決議書)のうち、県以外の出席者の職及び氏名並びに請求者の氏名及び印影、請求者の預金口座、請求者の印影の非公開決定が無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主文同旨

二  被告が原告に対し平成八年六月一〇日付けでなした公文書「空港整備事務所の折衝費の明細・領収書等(平成五年度)」(折衝費に関する支出伺い、支出負担行為兼支出命令決議書)のうち、県以外の出席者の職及び氏名並びに請求者の氏名及び印影、請求者の預金口座、請求者の印影の非公開決定を取消す。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、滋賀県公文書の公開等に関する条例(昭和六二年滋賀県条例第三七号、以下「本条例」という。)四条に基き、公文書「空港整備事務所の折衝費の明細・領収書等(平成五年度)」の公開を請求したところ、被告が、本条例六条七号に該当することを理由として全部の非公開決定を行い、さらに、同決定の取消を求める抗告訴訟において、これを取消す旨の判決が確定後にも、本条例六条一ないし三号に該当することを理由に部分公開決定を行ったため、原告が、主位的請求として、右部分公開決定の無効確認を、予備的請求として同決定の取消を求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  本条例の概要

本条例は、一条で「この条例は、地方自治の本旨に即した県政を推進するために公文書の公開等が重要であることにかんがみ、公文書の公開を求める権利を明らかにするとともに公文書の公開等の総合的な推進に関し必要な事項を定め、もって県民の県政への参加を一層促進し、より身近で開かれた県政の進展に寄与することを目的とする。」と定め、「公文書の公開を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、運用するものとする。」(三条)と運用方針を明確にし、県内に住所を有する者等が、実施機関に対して、公文書の公開の請求をすることができ(四条)、実施機関は、例外的に非公開事由に当たらない限りは、公文書を公開するものと規定されている(六条)。

このうち、非公開事由としては、同条一項で、「個人の思想、宗教、身体的特徴、健康状態、病歴、家族構成、職歴、資格、学歴、住所、所属団体、財産、所得等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され得るもの。」、同条二項で、「法人その他の団体(国および地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報または事業を営む個人の当該事業に関する情報であって公開することにより当該法人等または当該事業を営む個人に明らかに不利益を与えると認められるもの。」、同条三項で、「公開することにより、個人の生命、身体、財産等の保護、犯罪の予防または捜査その他公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報」等が規定されている。

また、七条は、「実施機関は、公文書の公開の請求に係る公文書に前条各号のいずれかに該当することにより公文書の公開をしないものとする情報とそれ以外の情報とが併せて記録されている場合において、当該公文書の公開をしないものとする情報に係る部分とそれ以外の部分とを容易に、かつ、請求の趣旨を損なわない程度に分離できるときは、同条の規定にかかわらず、当該公文書の公開をしないものとする情報に係る部分を除いて、公文書を公開しなければならない。」と部分公開について定めている。(甲一)

2  原告は、滋賀県内に住所を有する者であり、本条例四条の公開請求権者である。

3  被告は、滋賀県知事であり、本条例二条一項の実施機関である。

4  原告は、平成六年五月一六日、本条例四条に基づき、被告に対し、公文書「空港整備事務所の折衝費の明細・領収書等(平成五年度)」(折衝費に関する支出伺い、支出負担行為兼支出命令決議書、以下「本件公文書」という。)の公開を請求した。

5  被告は平成六年五月三〇日、原告の右公開請求に対し、本件公文書の全部について本条例六条七号に該当することを理由に非公開決定(以下、原決定という。)を行った。原告は、右決定を不服として、同年七月一日異議申立を行ったが、平成七年五月三一日棄却決定がなされた。そこで、原告は、同年八月一一日大津地方裁判に原決定の取消を求める抗告訴訟(同裁判所平成七年(行ウ)第八号公文書非公開決定取消請求事件)を提起したところ、平成八年五月一三日、本件公文書が本条例六条七号に該当するとは認められないとして、原決定を取り消す旨の判決(以下「前訴判決」という。)が言い渡され、同月二八日に確定した。

6  被告は、平成八年六月一〇日、原告の前記3の請求に対し、さらに、本件公文書の部分公開決定を行い、本件公文書のうち「県以外の出席者の職及び氏名並びに請求者の氏名及び印影」、「請求者の預金口座」、「請求者の印影」については非公開とする旨の決定(以下「本件処分」という。)をなし、その旨原告に通知した。本件処分は、本件公文書のうち、「県以外の出席者の職及び氏名並びに請求者の従業員の氏名及び印影」が本条例六条一号に、「請求者の預金口座」が同二号に、「請求者の印影」が同三号に該当することを理由とするものであった。

第三  争点

一  前訴判決確定後になされた第一処分と同一内容・効果を有する本件処分が同判決の拘束力(行政事件訴訟法三三条一項)に反するか。

(原告の主張)

前訴判決は「本件公文書が本条例六条七号に該当するとは認められない」との実体的理由により原決定の取消を命じたものであるところ、本件処分も本件公文書自体の内容が同条一ないし三号に該当するという、原決定時から主張可能だった実体的理由に基くものであって、前訴判決の拘束力の範囲は、被告が本件処分の理由として主張する非公開事由の全部に及んでいると解されるから、被告は、原決定と同一内容又は同一結果をもたらす反復非公開処分をすることはできない。

(被告の主張)

判決の拘束力は、裁判所が違法としたのと同一の理由・資料に基づいて同一人に対して同一の行為を禁ずるものであって、別の理由又は資料に基づいて同一の処分をすることを妨げないものと解されるところ、前訴においては、本条例六条七号に該当するか否かが争点であったのに対し、本件処分は、他の非公開事由に該当することを理由として、一部非公開処分を行ったものであって前訴において他の事由を追加して主張できるか否かは理論上疑問であるから、前訴判決の拘束力は及ばない。

前訴判決の拘束力を不当に拡大するならば、司法による行政介入という、一般的に認められていない義務づけ訴訟が認められるのと結果的に変わりがなくなる。

二  本件公文書のうち、「県以外の出席者の職及び氏名並びに請求者の従業員の氏名及び印影」が本条例六条一号に、「請求者の預金口座」が同二号に、「請求者の印影」が同三号に該当するか。

第四  当裁判所の判断

一  争点一について

1  行政事件訴訟法第三三条一項同項の拘束力は、取消判決の理由において示された具体的違法事由についての判断に与えられた通用力であるから、それが認められる客観的範囲(同一処分の繰り返し禁止効ないし同一過誤の反復禁止効の認められる範囲)は、当該取消し判決によって違法と判断され、当該処分の取消原因とされたところの個々の具体的事由のみについて生じるものであり、それとは別の理由又は事実に基いて同一人に対し同一の効果を持つ処分をすることまでが同項の拘束力により当然に妨げられるものではないと解される。しかしながら、判決理由に示されていない他の理由又は事由による再度の処分が常に許されるとするならば、攻撃防御の手段を十分尽くさなかった行政庁に不当な利益を与える結果となるばかりでなく、事件が裁判所と行政庁との間を往復することになり、その最終的解決が遅れ、紛争ないし司法的救済の一挙的解決が期待できなくなる。したがって、後の処分の理由が前の処分の取消判決の口頭弁論終結時までに行政庁が提出することができたのに提出しなかったものであるなどの事情が存する場合には、行政庁は、そのような理由を根拠に再度拒否処分をすることは許されないと解するのが相当である。

2  以上を前提に本件を検討するに、被告が、本条例六条七号該当を理由とする原決定を取消す旨の前訴判決確定後に、同条一ないし三号該当を理由とし、本件公文書の一部について同一の効果を有する本性処分を行ったことは、前記のとおりであり、また、前記本条例の概要に照らせば、本件処分の理由とされた同条一ないし三号の非公開事由は、いずれも、実施機関である被告が、公開を請求された本件公文書の内容を検討すれば容易にその該当の有無が判断できたものと認められる。しかも、本条例七条は、同六条の非公開事由のいずれにも該当しない部分を分離できるときには、部分公開を定めているのであり、公文書の公開の審査を行う際には、当該文書について、分離可能な部分ごとに、本条例六条に規定されている非公開事由のそれぞれについての該当の有無を個別に審査することを予定していると解されるのであって、これらの諸点にかんがみると、被告が本件処分の理由として主張する各事由は、いずれも、原決定時において、その存否の検討、判断が予定され、そのための特別の調査を必要としないものであり、前訴においても処分の追加主張として口頭弁論終結時までに提出することができたものと認められるから、前訴判決の拘束力が及ぶものというべきである。

以上によれば、本件処分は、前訴判決の拘束力に反し無効であるといわざるを得ない。

3  これに対し、被告は、(一)処分理由の差し替えを自由に認めることは、理由を付記しないで処分を行うことと結果的に同一であり、理由付記制度の趣旨を没却するだけでなく、行政の第一次判断権を不当に制限するものであるから、処分理由の差し替えは処分の同一性を失わない限りで認められるものであり、前訴において本条例六条七号の事由に加えて本件処分の理由である同条一号ないし三号の事由を追加的に主張することができるか疑問であり、(二)前訴判決の拘束力の及ぶ範囲を判示のように解することとなれば、一般的に認められていない義務づけ訴訟が認められるのと結果的に変わらなくなる旨主張する。

しかし、前述のように、被告が本件処分の理由として主張する各非公開事由の存否は、いずれも請求された公文書の内容を判断すれば容易に結論が出せるものであり、原決定前の審査の際に、各非公開事由の該当性を検討することが予定されていたことに照らせば、原決定の理由に本件処分の理由を加えることにより、処分の同一性が失われるとは必ずしもいえず、また、前訴において本件処分の理由を追加的に主張することが、理由付記制度の趣旨を没却したり、行政権の第一次審査権を不当に制限するともいえない。

更に、義務づけ訴訟の点についても、当裁判所の採用する見解が、裁判所が当該行政庁に対し特定の処分行為をすることを命ずるものではないことは明らかである。

したがって、被告の主張は、いずれも採用できない。

二  よって、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鏑木重明 裁判官 末永雅之 小島法夫)

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