大津地方裁判所 平成9年(ワ)319号 判決 1997年12月26日
原告
澤弘
被告
齋藤利成
主文
一 被告は、原告に対し、九八七万九六三一円及び内金八八七万九六三一円に対する平成四年三月二三日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
一 被告は、原告に対し、一八八六万一〇七八円及び内金一七三六万一〇七八円に対する平成四年三月二三日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 一項につき仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件は、被告が高速で右カーブを曲がる際ハンドル操作を誤って対向車線に進入して原告の車と衝突した人身事故について、原告が被告に対し、自動車損害賠償保障法三条及び不法行為に基づいて、慰謝料、逸失利益等の損害賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実及び証拠上認められる事実
1 次の交通事故が発生した(争いのない事実、甲一ないし四、原告本人尋問の結果)。
発生日時 平成四年三月二三日午前六時五五分
発生場所 滋賀県守山市今浜町無番地先 今浜小浜湖岸堤道路線
被害者 原告(昭和七年七月一四日生、大工兼農業)
原告運転車両 普通乗用自動車(滋賀58め4466)
加害者 被告
被告運転車両 普通乗用自動車(滋賀33た2535)
事故態様 被告は、右カーブになっている事故発生場所を時速約九〇キロメートルで進行した上、ハンドル操作を誤り、被告の車両を原告の進行車線に進入させ、被告の車両の前部右側部分を原告の車両の前部に衝突させた。
2 そのため、原告は右股関節後方脱臼骨折、右大腿骨転子間骨折、右大腿骨骨頭下骨折、顔面挫創の傷害を負った。治療経過は以下のとおりである(争いのない事実)。
(入院について)
<1> 事故発生日の平成四年三月二三日から同年九月三日まで(一六五日、済生会滋賀県立病院整形外科)
右入院中、観血的整復術(三月二四日)及び右大腿人工骨頭置換術(七月一日)と二回の手術を受けた。
(通院について)
<1> 平成四年九月四日から同年一〇月三一日まで(実日数二八日)
<2> 平成四年一一月一日から平成五年一月三一日まで(実日数三四日)
<3> 平成五年二月一日から同年五月三一日まで(実日数四七日)
<4> 平成五年六月一日から同年九月三〇日まで(実日数五〇日)
<5> 平成五年一〇月一日から同年一一月三〇日まで(実日数二七日)
<6> 平成五年一二月一日から平成六年三月三一日まで(実日数四六日)
<7> 平成六年四月一日から同年五月三一日まで(実日数二三日)
<8> 平成六年六月一日から同年九月三〇日まで(実日数三八日)
<9> 平成六年一〇月一日から同月三一日まで(実日数九日)
<10> 平成六年一一月一日から同月三〇日まで(実日数九日)
<11> 平成六年一二月一日から同月二八日まで(実日数九日)
(再入院について)
<1> 平成七年一月六日から同年三月一一日まで(六五日)
右入院はルースニング(ゆるみ)の発生により、再度の右大腿人工骨頭置換術を受けるためである。
(再通院について)
<1> 平成七年三月一四日から同月三一日まで(実日数六日)
<2> 平成七年四月一日から同年六月三〇日まで(実日数三〇日)
<3> 平成七年七月一日から同年九月三〇日まで(実日数二八日)
<4> 平成七年一〇月一日から同月三一日まで(実日数一〇日)
<5> 平成七年一一月一日から同年一二月一二日まで(実日数一四日)
3 後遺障害について(甲五、六の1、2、原告本人尋問の結果)
原告の傷害は平成七年一二月一二日に症状固定し、右時点で、右大腿再置換用人工骨頭のため常時杖の使用が必要で、下肢短縮、右股関節部痛、右大腿部痛、歩行困難、正座困難、和式トイレ困難等の後遺障害があり、「今後も人工骨頭のゆるみを生じ、更に再置換術の必要が生じる可能性があり、その再置換術をできるだけさけるためには細く長い活動、すなわち、行動の自粛が必要である。」と診断されている。
右の後遺障害は後遺障害別等級表の第八級に該当する。
以上の1ないし3の事実によれば、被告は原告に対し、自動車損害賠償保障法三条又は民法七〇九条に基づいて、原告が本件事故により被った後記三項2の損害を賠償する義務がある。
三 争点
1 過失相殺の適否
(原告の主張)
被告は法定速度を約三〇キロメートル超える時速約九〇キロメートルで右カーブを曲がろうとしたためハンドル操作を誤り、自車を対向車線に進入させ、原告の車に衝突させた。したがって、本件事故は被告の一方的過失によるものである。
(被告の主張)
原告は被告の一方的過失による事故と主張するが、本件事故の発生直後に、被告補助参加人の運転する車両が原告の車に追突しているから、原告の負傷及び後遺障害は補助参加人との相乗作用によるものである。
2 損害
(原告の主張)
(一) 入・通院に対する慰謝料 四七二万円
治療経過に照らし、最初の入通院と再度の入通院を連続した入通院と評価すべきではなく、これを分けて評価するのが相当であり、最初の入通院に対する慰謝料として二九二万円、再度の入通院に対する慰謝料として一八〇万円が相当である。
(二) 入院雑費 二七万六〇〇〇円
(三) 後遺障害に対する慰謝料 七七〇万円
(四) 後遺障害による逸失利益 二三四四万二六六四円
原告は長年大工職に従事してきた。大工仕事については、原告と被告との間の合意に基づいて、日額一万九六一〇円と定められたので、後遺障害症状固定時(六三歳)後の逸失利益は、事故前の年間収入七一五万七六五〇円に、あと七二歳までの九年間働けるとして、ホフマン係数七・二七八二、労働能力喪失率四五パーセントとして計算すると、以下のとおりとなる。
(七一五万七六五〇×七・二七八二×〇・四五=二三四四万二六六四)
(五) 農作業に従事できなかったことにより、耕うん、田植え、稲刈り、肥料農薬の散布のために負担した金額 三五万五〇〇四円
(六) 被告から受領した損害賠償額及び自動車損害賠償保障法保険による後遺障害保険金を控除した残損害金 一七三六万一〇七八円
(七) 弁護士費用 一五〇万円
(被告の主張)
(一) 逸失利益について、日額一万九六一〇円とする合意まではしていない。被告は、当時の常用大工の平均日当額を暫定的に内払いしたのみである。原告は現在六五歳であるが、仕事内容からして、六五歳以降も月収六〇万円の収入があるというのは実態に合わず、この金額を前提とする逸失利益の計算は妥当でない。
(二) 慰謝料額は高過ぎる。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
一 争点1(過失相殺の適否)について
甲一ないし四によれば、原告の車は被告の車と正面衝突した直後、後続車の被告補助参加入塚田勘七の普通乗用自動車に追突されたことが認められる。しかし、第二項二、1の事故態様によれば、被害者たる原告に対する関係では、被告の一方的過失による事故と認めるのが相当である。
二 争点2(損害額)について
1 入通院に対する慰謝料 四〇〇万円
甲五、六の1、2及び原告本人尋問の結果によれば、原告は平成四年七月一日に右大腿人工骨頭置換術を受け、その後リハビリを継続してきたが、ルースニング(ゆるみ)が生じ、退院から二年四か月経過した後、再度置換術のため六五日間の入院、症状固定日の平成七年一二月一二日まで実日数八八日間の通院を余儀なくされたことが認められ、右事実及び前記第二項二、2の入通院経過にかんがみると、入通院に対する慰謝料は全部で四〇〇万円と認めるのが相当である。
2 入院雑費 二八万円
諸般の事情に照らし、合計入院期間二三〇日分に対する雑費として右の額が相当である。
3 後遺障害に対する慰謝料 七〇〇万円
原告は、現在、杖なしでは歩行できず、杖を使用すれば一〇〇メートル程度歩行できるけれども、大腿、ふくらはぎ、腰等に痛みが生じるのでそれ以上の距離は無理であること、自動車の運転は可能であるが、遠距離になると、途中の休憩が必要であること、正座はできず、同じ姿勢を五分以上保つこともできないこと、就寝時には始終姿勢を変えないといけないことが認められ、右認定事実のほか、第二項二、3の事実(後遺障害等級表の八級に該当)等本件にあらわれた諸般の事情を総合勘案すると、原告の後遺障害に対する慰謝料として、七〇〇万円が相当である。
4 後遺障害による逸失利益 一六四八万八九七一円
甲七の1ないし3、乙一及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、長年篠田組に雇われて、鉄筋造作を主とする建築大工として働いてきたこと、本件事故による休業補償の支払いに関し、被告加入の東京海上火災保険株式会社の滋賀支店が原告に収入の裏付資料を求めたが、その提出がなかったため、労働大臣官房政策調査部編集による建設港湾運送関係事業の賃金実態から平均賃金を抜粋し、原告が大工常用の請負制であることから、日額を一万九六一〇円として計算した上、本件事故後症状固定日の平成七年一二月一二日までの期間の休業補償費を支払ってきたこと、本件事故当時における賃金は能率給が主で、一つの作業を完成するのに要する時間が短くても長くても、支払金額は同じであったこと、このほか、特定の工事現場へ日を切って行くこともあり、その場合の日当額は約二万円で、長い経験のある大工としては普通の額であること、篠田組に常用されている大工は原告を含め五人ないし六人で、中には六五歳の者もいたこと、以上の事実が認められる。
右認定事実に徴すると、後遺障害による逸失利益を計算するに当たっても、日額一万九六一〇円(年額七一五万七六五〇円)を前提とするのが相当と思料される。しかし、仕事の主な内容、特に能率給であること、原告の障害の部位、程度、年齢からみて、稼働年数は症状固定の後七〇歳までの七年間とし、六八歳までの五年間は同額の年収があり、その後七〇歳までの二年間は半額の年収とし、労働能力喪失率はいずれも四五パーセントと認めるのが相当である。してみると、後遺障害による逸失利益の算定は次のとおりとなる。
七一五万七六五〇円×四・三六四三×〇・四五=一四〇五万七一五九円
七一五万七六五〇円÷二×一・五一×〇・四五=二四三万一八一二円
5 農作業のために要した費用 三五万円
甲八の一ないし4、九、一〇及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による負傷、入通院のため農作業に従事できず、他人に依頼して耕うん、田植え、稲刈り、肥料農薬散布の作業をしてもらい、その費用として少なくとも三五万円を支出したことが認められる。
6 既払額の控除 計一九二三万九三四〇円
1ないし5の合計額は二八一一万八九七一円となるところ、自動車損害賠償保障法保険から後遺障害保険金として一二二六万円が支給されたことは当事者間に争いがなく、また、被告から損害賠償の内金として支払われた額が六九七万九三四〇円の限度では当事者間に争いがなく、この合計額を控除すると、残額は八八七万九六三一円となる。
7 弁護士費用 一〇〇万円
諸般の事情にかんがみ、同額をもって本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害と認める。
三 結論
以上によれば、原告の本件請求は、二項6と7の合計額九八七万九六三一円及び内金八八七万九六三一円に対する平成四年三月二三日から支払い済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容することとし、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鏑木重明)