大津地方裁判所 昭和25年(タ)4号 判決
原告(夫) 辻繁造
被告(妻) 辻ユミ子
一、主 文
原告と被告とを離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は主文第一項と同旨の判決を求め、その請求の原因として次のように陳述した。
原告は昭和十八年被告と事実上の婚姻をし、同年七月軍属として満洲へ派遣されることになつたので、被告を伴つて渡満、爾來元満洲国興安東省博克図に居住し、昭和十九年七月十二日婚姻の届出をしたのであるが、昭和二十年八月八日ソ軍の満洲進撃をみるに至つたので、被告は難を避けて南下すべく長女テルミを連れて同月十一日前記住所を出発した。原告はその後ソ軍の捕虜となつてシベリヤの收容所に抑留生活を送り、昭和二十二年七月二十五日内地に帰還したところ被告らは引揚げて居らず、その行方につき探査した結果被告はチチハル、新京を経て奉天に到着し同地の收容所に收容されていたことは判明したが、翌昭和二十一年一月十日頃職を求めるとて右收容所を出た以後は全然行方がわからず、一回の音信もなく、爾来今日まで既に四年を経過するもその生死は全く不明であるので、ここに民法第七百七十條第一項第三号に基いて被告との離婚を求める。<立証省略>報告は本件口題弁期日に出題せず、答弁書その他の準備書面をも提出していない。
三、理 由
甲第一号証(戸籍謄本)によれば原告がその主張日時被告と法律上の婚姻をなしたことが明かであり、その後原告夫婦は元満洲国興安東省博克図に居住中、昭和二十年八月八日ソ軍の満洲進撃に遭い、その難を避けるため南下した被告が原告主張のような経路を経て奉天に滞留中昭和二十一年一月十日頃同所の收容所を立出でたまま行方不明となり爾来今日までその生死が明かでない事実は真正なる公文書と推定される甲第二号証、郵便局の消印ある封書であることによつて眞正に成立したものと認める同第三号証の一、二竝びに証人古川きみ子の証言を綜合して之を肯認するに十分である。
而して民法第七百七十條第一項第三号が、配偶者の生死が三年以上明かでないことを法律上の離婚原因としたのは、夫婦は互に同居し協力扶助すべき婚姻の本義に照し、配偶者の一方が三年もの年月に亘つて生死不明の状況にある場合には、その夫婦関係は既に破綻を生じたものとして、相手方に婚姻関係を継続する意思がないときには、その請求に基いて前記婚姻の破綻を公けに宣言することを許した趣旨に外ならないのであつて、從つて、その生死不明となるに至つた原因如何は問わないものと解すべきである。
もつとも這般第二次世界大戦における日本敗戦の当時満洲にあつて、ソ連邦または中国に抑留せられたため未帰還の同胞については、前記民法の條項を適用するにつき特別の考慮を拂う必要あることは勿論であるけれども、本件の被告はその行方不明となつた事情に照して果して抑留されているものかどうかも明かでないのみならず、ソ連邦は既に日本人捕虜及び抑留者の送還打切りを世界に公表して居り、かつ中共地区よりの邦人の引揚は現在何等の見通しもつかない状況にあるのであつて、目下のところ被告の帰還は偶然を頼むの外なく、その時期についても到底予測し得ないところであるから、このような事情の下に原告に対してなお被告の引揚を待望させることは酷に失する嫌いありといわねばならない。果してそうであるならば前段認定の事実は前に述べた特別事情を考慮するもなお民法第七百七十條第一項第三号所定の離婚原因ある場合に該当するものと認めるのが相当であつて原告の本訴請求はその理由がある。
なお、原被告間には昭和二十年二月十九日長女テルミが出生しその旨戸籍に登載されていることは甲第一号証によつて明かであるけれども、前顕証人古川きみ子の証言によれば右テルミは被告と共に奉天の收容所に收容されている間に、昭和二十年十一月末頃死亡したことが確認されるので、右戸籍の記載は形骸を止めるにすぎず、実際上は原被告間には子がないことになるから、民法第八百十九條による親権者の指定はその要なきものと認めてその裁判をしないことにした。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 小石壽夫)