大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大津地方裁判所 昭和27年(ヨ)43号 判決 1953年3月14日

申請人 椿井友次郎 外二名

被申請人 国

主文

申請人等の申請を却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

事実

申請人等代理人は、「被申請人は申請人等と被申請人間の雇傭契約存在確認賃金支払請求事件の本案判決確定に至るまで申請人等が被申請人の雇人であることを確認し、且つ昭和二十七年八月八日以降申請人等に対し別紙目録記載の通りの賃金を支払え」との判決を求め、その理由として次のように述べた。

一、申請人椿井友次郎、同西村八郎は昭和二十七年六月二日、申請人大橋辰四郎は同月五日それぞれ駐留軍労務者(日米安全保障条約に基き駐留するアメリカ合衆国軍隊のために労務に服する者)として被申請人(以下国という)に雇傭され、大津市別所にあるアメリカ合衆国軍大津キャンプのモータープールに勤務して別紙目録記載の通りの賃金の支払をうけていた者であつて、駐留軍労務者の雇入、駐留軍への提供、給与の支払、解雇等に関する事務は、政令の定めるところにより、調達庁長官によつて都道府県知事に委任されているものである。

二、申請人等は昭和二十七年七月七日附をもつて、前記モータープール部隊の米軍士官ハロルド・テリー大尉より、申請人椿井同西村は同年八月六日限り、申請人大橋は同月七日限りそれぞれ解雇する旨を告知されたが、これについて国(その機関たる滋賀県知事)は、右米軍士官の解雇の意思表示により申請人等の雇傭は予告期限経過と共に当然終了したものとして、八月八日以降一切の賃金の支払をしない。

三、しかしながら、右の解雇は左の事由によつて無効である。

(イ)  米軍士官によつてなされた本件解雇の意思表示は、解雇の権限なき者の意思表示であるからその効力を有しない。蓋し申請人等は国に雇傭された者であつて、これを解雇するには雇主たる国の機関を通じてその意思表示がなされねばならないのに、米軍士官はいかなる意味においても国の機関ではない。

(ロ)  本件解雇は労働協約に違反したものであつて、無効である。

申請人等は全駐留軍労働組合の下部組織である関西駐留軍労働組合(以下両者を単に組合という)の組合員であつて、右組合の前身たる全国進駐軍労働組合同盟は、現在の調達庁の前身たる特別調達庁との間に昭和二十五年一月二十七日労働協約を締結し、同協約は現にその効力を有している。そして右協約の第十五条第五号によれば、駐留軍労務者の解雇は、調達庁と組合とで組織する労働協議会で協議決定しなければならないものと定められているのに、本件申請人等の解雇については右の協議決定がなされていない。

(ハ)  本件解雇は正当の理由がなく、解雇権の濫用として無効である。

申請人椿井同大橋は、いずれも昭和二十七年七月六日大津市別所のバス車庫を起点とし、皇子山、NCOメス、水耕農園を経てハンテイングロツヂに至り、さらに右路線を引返す往復行程(添附図面の黒線コース)の軍用バス運転に従事中、規定の速度を超えてバスを運転したとの理由によつて解雇されたものである。当時右行程の走行時間(スケデユール)は片道三十分に定められていたが、右スケデユールには極めて無理があり、殊に当日は日曜日で乗降客が多かつたため、所定の速度を守れば時間に遅れ、スケデユール通りに運転しようとすれば速力違反を犯さざるを得ない実情にあつたのであつて、このことは爾後本件路線のスケデユールが三回に亘つて変更された(第一回は本件事故直後走行時間が一時間に延長され、次で走行時間を三十分に戻して走行距離が短縮され、さらに現在は二つに分割されたスケデユール―添附図面参照―によつている)事実からも明瞭である。そして該行程は、バス車庫において大津駅、京都駅行きバスに連絡しており、スケデユールに一分でも遅れることはバスマスターのブルスター軍曹より固く禁止されていたので、上述のような無理の多いスケデユールの下にあつて、申請人等が時間に遅れないように努めたためやむなく速力違反を犯す結果になつたものに外ならない。すなわち、本件の速力違反は申請人等が意識的に犯したというよりは、むしろスケデユール自体の無理から起つたものであつて、万一スケデユールの違反があれば申請人等は当然その責を問われるわけであるから、かかる場合には申請人等に速力厳守を期待し得なかつたものというべく、従つてこれを理由とする解雇は不当であり、解雇権の濫用として無効である。

また申請人西村は、同月七日朝京都市在住の米軍兵員を大津の勤務部隊に輸送すべくウオークバス(CO六九九号)を運転して大津への帰途、京都市東山区蹴上附近で一旦停車したが、発車の際バツテリーが不良のためエンジンの始動ができなかつたので、同所の坂道を利用して、車輛を動かし始動したところ、その際クラツチの使用法が悪るかつたとの理由で解雇の申渡をうけたのである。しかしながら、前記バスにはエンジン始動用のクランクハンドル等の工具の備付がなく。且つ、モータープールにまだ修理班のバツテリー工が出勤していない早朝の出来事であり、しかも当時は良好なバツテリーの入手が困難で予備品もなく、運転休止中の他の車輛のものを取外して使用する外ないような実情であつたから、修理班に連絡してバツテリーの交換をすることも殆んど不可能の状況であつた。従つて、兵員を勤務部隊に輸送するという時間厳守の職務に従事していた申請人がこの場合坂道を利用してエンジンの始動をかけるという迅速簡便の方法を採つたことはやむを得なかつた処置であつたに拘わらず、これを理由として解雇したのは不当であり、解雇権の濫用として無効である。

四、このようなわけで、申請人等は国に対して雇傭契約存在確認並びに賃金支払請求の本訴を提起しようと準備中であるが、本案判決が確定するまで右解雇が有効であると同様の状態が存続し、賃金の支払がうけられないことになると、他に何等の資産収入がない申請人等及びその家族は全く生計の資を絶たれ、且つ申請人椿井の長女は結核性腹膜炎のため昭和二十六年五月以降、申請人大橋辰四郎の妻は慢性腹膜炎で昭和二十六年九月以降、申請人西村八郎の妻は慢性腎臓炎で同年五月以降いずれも療養中であるが、これが医療にも差支え生命の危殆を招く結果にもなるので、このような著しい損害を避けるため申請の趣旨記載のような仮処分命令を求める。

と、かように陳述し、

五、被申請人の、

(イ)  軍の直接解雇の意思表示が合法であるとの主張に対して、

日本国憲法によれば、労働者の賃金、労働時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、すべて法律で定められることになつている。そしてかかる基準を定めた労働基準法によれば、労働者の退職に関する事項は就業規則において定められることになつており、就業規則は同法第九十条によつて、労働者の意見をきくことがその作成の要件であり、作成後はこれを労働者に周知せしめる方法をとることが要求されている。被申請人の主張する「日本人及びその他の日本在住者の役務に対する基本契約」にその主張のような駐留軍労務者の労働条件についての定めがあるとしても、これを上述の就業規則とみるべき根拠はない。また、右基本契約は日本政府とアメリカ合衆国駐留軍との間の単なる私契約にすぎないものであつて、条約でも、法律でもないから、これによつて、労働基準法の規定を改廃する力は勿論なく、第三者たる労働者を拘束するものでもない。

元来、基本契約は日本政府と占領軍との間になされた契約であつて、占領下においてはいわゆる占領軍の命令として、右契約に基く占領軍の行為に従わざるを得なかつたのであり、かかる意味において超法律的性格をもつていたとしても、講和条約が発効して日本が独立した後は、当然その性格が変更されたものといわねばならない。

(ロ)  労働協約第十五条第五号の趣旨に関する主張に対して、

労働協約第十五条第五号にいう「解雇に関する事項」は、一般的基準だけを指すのではなく、一般的基準がない場合には、個々の労務者の解雇について協議決定すべきことをも含む趣旨である。

解雇に関する一般的基準がないことは決して解雇を国の恣意に委すものではなく、かかる場合には、個々の事例について協議しなければ、一切の解雇をなし得ないというのが、右条項を定めた真意である。

(ハ)  解雇の正当性に関する主張に対して、

解雇について正当の理由が必要であるとのことは、すでに多数の判例もこれを認めているところであつて、別段の理由がいらないとする被申請人の主張は暴論も甚だしい。

殊に、労働契約における解除権の行使に当つては、労働者の労働の権利、生存の権利との均衡上、特段の考慮が加えらるべきであつて、少くとも社会通念上解雇を正当とする事由、或は一応無理からぬ理由がなければならない。従つて、かりに労働者に過失がある場合であつても、解雇以外の軽度の処分を相当とする場合に、解雇という過酷な処置に出ることは、解雇権の濫用としてその解雇は無効だといわねばならない。

(ニ)  申請人大橋が現に他に就職中であるとの主張に対して、

右事実は否認する。

と述べた。

(疏明省略)

被申請人代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

一、申請人等の主張事実中

(イ)  申請理由一、二の事実

(ロ)  申請人等がその主張の労働組合の組合員であつて、右組合と調達庁との間に昭和二十五年一月二十七日労働協約が締結され、昭和二十七年十月二十六日までその効力を有していたこと、

(ハ)  申請人椿井、大橋が昭和二十七年七月六日その主張のバス運転に従事中速力違反を犯し、その理由で解雇の通告をうけたこと、右のコースの路線及び所要時間が申請人等主張のとおりで、バス車庫において京都駅大津駅行バスに連絡しなければならないものであつたこと、及び右コースが現在二つに分割されたスケデユールによつていること、

(ニ)  申請人西村が同年七月七日朝京都市在住の米軍兵員を大津の勤務部隊に輸送すべくウオークバス(CO六九九号)を運転して大津への帰途、京都市東山区蹴上附近で一旦停車し、さらに発車の際、バツテリー不良のためエンジンの始動ができなかつたので、上り坂を利用して始動したところ、その際クラツチの使用法が悪るかつたとの理由で解雇されたこと、及び右車輛には、エンジン始動用のクランクハンドルの備付けがなかつたこと、

はいずれもこれを認めるが、その余はすべてこれを争う。

二、駐留軍による直接解雇の合法性について

国が駐留軍労務者を雇傭するのは、日本政府と米国政府との間に締結されている「日本人及びその他の日本在住者の役務に対する基本契約」(以下基本契約という)に依拠するのであるが、この基本契約第七条には、駐留軍労務者は駐留軍の指揮、監督、管理をうけ、駐留軍においてこれを引続き雇傭することが米国政府の利益に反すると考える場合には、直ちにその労務者の職を免じ、スケヂユールAの規定により、その雇傭が終止される旨が定められており、右のスケヂユールAは、賃金労働時間その他の詳細な労働条件を定めると共に、解雇の予告は、確定した期日を定めて、日本政府又は駐留軍が直接労務者本人に対し、文書をもつて申渡すべきものと定めている。すなわち、駐留軍労務者については、形式上の雇傭主は日本国であるが、実際上の使用主は駐留軍であるという特殊の関係に基いて駐留軍による直接解雇の権限が留保されているのであつて、日本政府は駐留軍労務者の就業時間、賃金、退職等(軍による直接解雇に関する事項を含む)につき、基本契約の定める条項に符合する定めをし、これを関係下部機関に通達し、従来長い期間現実にその通り実行されてきている。かくしてこの日本政府の定めた軍による直接解雇の条項は実質的にみて就業規則的性格を有するものであるから、駐留軍労務者として日本政府に雇傭される者は、その知不知のいかんに拘わらずこれに拘束され、そこに予定されている特別の法律関係に服すべきは近代労働契約の性質上当然のことといわねばならない。殊に申請人等は、わが国が占領下にあつた当時から、駐留軍労務者として永く勤務して来た経歴を有する者であつて、実際の慣行上も進駐軍労務者(講和後は駐留軍労務者)が多くの場合軍から直接解雇されてきたことを十分に了知して、再度新しく駐留軍に雇傭されたのである。

要するに、申請人等は、いずれも駐留軍労務者として、本来駐留軍から直接解雇され得る特殊の地位にあつたものであり、駐留軍の正当な機関が、その権限に基いて、申請人等に対してなした本件解雇の意思表示は、当然国と申請人等との間の雇傭関係を終了せしめる効力を有する。

三、労働協約第十五条第五号の趣旨について、

労働協約第十五条第五号の趣旨は「雇入、解雇に関する基準その他一般的事項」について、これを労働協議会で協議決定すべきことを定めたものであつて、決して個々の労働者の雇入や解雇について一々個別的に協議決定すべきものとした趣旨ではない。このことは、同条の他の各号で協議決定すべきものと定めた諸事項と照し合わせて考えても、また第十四条の規定の文意から見ても、自から明かなところである。

そして、右第十五条第五号にいう雇入解雇に関する事項については、本件解雇のなされた当時、未だこれを協議決定するに至つていなかつたのであるから、本件解雇が労働協約第十五条第五号に違反するということはあり得ない。

四、本件解雇の理由は不当であり、解雇権の濫用であるとの点について、

元来、使用者が労働者を解雇するについては、特に労働協約就業規則等に一定の基準が定められている場合は格別、そうでない限り別段の理由があることを要しないのである。従つて解雇の濫用が許されないことはいうまでもないが、特に正当の理由がなければ解雇できないというわけのものではない。

ところで、申請人等はいずれも自動車の運転手として、事人命にかかわる重要な職務に従事するものであり、いささかでも熟練に不十分の点があつて任務遂行の努力に欠けるところがあれば、何時、いかなる不測の事故の発生をみないとも限らぬおそれがある。従つて、申請人等にそれぞれ速力違反(椿井、大橋)、車輛取扱不良(西村)の事実があつたことを理由としてなされた本件解雇には、何等不当なかどはない。

申請人椿井、大橋は、バス運転に当つてスケデユールを守るよう厳命されており、これを守るためには速力違反もやむを得なかつたというけれども、スケデユールに従うことが困難であつたからといつて、直ちに速力違反をしてよいという理由はない。また申請人西村が当日採つた始動処置がやむを得ないものであつたとの点は否認する。モータープール部隊においては、運行中の事故(パンクの場合を除く)は直ちに修理班に報告され、同班の人によつてのみ整備さるべきことになつているのであつて、単に時間の厳守が要求されていたからといつて、バツテリー故障の車輛を、上り坂を利用して始動するというような、危険且つ乱暴な運転をしてよいという理由にはならない。

五、仮処分の必要について、

申請人等の生活状況は知らないが、申請人等は、いずれも本件解雇の際若干の退職手当の支給をうけており、なお申請人椿井及び西村は、昭和二十七年六月京都の駐留軍部隊で解雇された際、椿井は二十万円余、西村は八万円余の退職手当を支給されているから、現在死活問題という程逼迫した窮状にあるとは思われない。申請人大橋は、その後京都運送株式会社に就職し、現に運転手として勤務して相当の収入を得ているので、仮処分の必要は全然存しない。

とこのように述べた。

(疏明省略)

理由

一、当事者間に争いない事実

(イ)  申請理由一、二の事実

(ロ)  申請人等が全駐留軍労働組合の下部組織たる関西駐留軍労働組合の組合員であつて、右組合の前身たる全国進駐軍労働組合同盟と調達庁との間に、昭和二十五年一月二十七日労働協約(甲第二号証)が締結され、同協約が昭和二十七年十月二十六日までその効力を有していたこと、

(ハ)  申請人椿井同大橋が昭和二十七年七月六日申請人主張のコースの軍用バス運転に従事中、いずれも速力違反を犯し、その理由で本件解雇の通告をうけたこと、右コースの走行時間が当時片道三十分であつて、バス車庫において、京都駅大津駅行バスに連絡しなければならないものであつたこと、及び該コースが現在二つに分割されたスケデユールによつていること、

(ニ)  申請人西村が昭和二十七年七月七日朝京都市在住の米軍兵員を大津の勤務部隊へ輸送すべき任務を帯び、右輸送のためウオークバス(CO六九九号)に兵員を乗せ、これを運転して大津への帰途、京都市東山区蹴上附近で一旦停車し、さらに発車の際バツテリーが不良のためエンジンの始動ができなかつたので、同所の上り坂を利用して始動したところ、その際のクラツチの使用法が拙劣であつたとの理由で本件解雇の通告をうけたこと、及び右車輛にエンジン始動用のクランクハンドルの備付けがなかつたこと、

はいずれも当事者間に争いがない。

二、当裁判所の判断

本件においては、左記三つの点において、解雇が無効であるか否かが争われている。

(イ)  米軍士官によつてなされた本件解雇の意思表示(直接解雇)はその効力を有しないか

(ロ)  本件解雇は労働協約第十五条第五号に違反するか

(ハ)  本件解雇はその理由が不当であり、解雇権の濫用として無効であるか

よつて先ず、これ等の点を順次判断する。

(イ)  いわゆる軍の直接解雇の意思表示はその効力を有しないか

申請人等駐留軍労務者は、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基き駐留するアメリカ合衆国軍隊のために労務に服するため、国に雇傭された者(日本国との平和条約の効力の発生及び日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴い国家公務員法等の一部を改正する等の法律第八条)であつて、成立に争いのない疏乙第一号証の一、二、同第二号証と証人川田正信の証言とによれば、国が駐留軍労務者を雇傭するのは日本政府とアメリカ合衆国政府との間に締結されている基本契約に依拠するのであるが、右基本契約において、「駐留軍労務者は駐留軍の指揮、監督、管理をうけ、駐留軍においてこれを引続き雇用することが米国政府の利益に反すると考える場合には、直ちにその労務者の職を免じ、スケデユールAの規定によつてその雇傭が終止される」旨(第七条)が規定され、右のスケデユールAには賃金、労働時間その他の労働条件と共に、前記解雇の予告は、日本政府又は駐留軍が直接労務者本人に対し、文書をもつて申渡すべきことが定められていること、及び日本政府においては、駐留軍労務者の就業時間、賃金、前記直接解雇を含む退職等につき、基本契約の定める条項に符合する定めをし、これを関係下部機関に通達し、その定めに従つて駐留軍労務者の雇傭が行われて来ていることが明かである。

すなわち、日本政府が駐留軍労務者を雇入れるのは、基本契約に基づく義務の履行として、駐留軍に提供するためなされるものであるから、国と駐留軍労務者との雇傭関係は専ら基本契約の基盤の上にその存在を認められているものというべく、申請人等が、右基本契約及びこれに基づく一連の定めに従つて現実に労務に服し、賃金の支払を受けている以上、解雇に関してもまたその条項に従つて規律されるのは、当然のところといわねばならない。

申請人等は、前記基本契約は日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の単なる私契約にすぎないものであり、その中に駐留軍労務者の労働条件についての定めがあるとしても、これを就業規則とみるべき根拠もないから、右契約による直接解雇の定めは何等第三者たる駐留軍労務者を拘束するものでないと主張する。

しかし、すでに述べたように、駐留軍労務者の雇傭関係がいわゆる間接雇傭の形式をとり、その形式上の雇傭主は日本政府であるが、実際上の使用主は駐留軍であつて、労務者に支払われる賃金手当等は結局米国政府から日本政府に対して償還されるという特異な関係にある点よりすれば、日本政府の提供した労務者につき駐留軍による直接解雇を認めていることには一応合理的な理由があるのであつて、このことが前記基本契約及びこれに基づく日本政府の通達等によつて、駐留軍労務者の雇傭関係についての一般条項として定まつている以上、申請人等はこれに拘束され、従つて右規定に基づき、駐留軍の権限ある者によつてなされた解雇の意思表示は、その意思表示としての効力を有するものというべきである。

(ロ)  本件解雇は労働協約第十五条第五号に違反するか

労働協約(疏甲第二号証)第十五条には、冒頭に「次の各号については、協議会で協議決定しなければならない」とあり、その第五号に、「雇入、解雇に関する事項」が挙示されている。

そこで、右の「解雇に関する事項」の意義如何の問題であるが、前記協約は、その第九条で「前条に規定する団体交渉を民主的且つ平和裡に行い、この協約の完全なる実施を確保するため労働協議会を設置する」と定め、また第十四条において、「中央の協議会は乙(全駐留軍労働組合)の組合員に及ぼす全国的基準を協議決定し、地方及び労管の協議会は、この基準に定められた範囲内に於て協議決定する」と規定しているのであつて、これ等各規定と成立に争いのない疏乙第三号証及び証人川田正信の証言とに徴すれば、右の労働協議会は、中央の協議会と地方及び労管の協議会とに分かれ、中央の協議会においては組合員全体に及ぼす全国的基準を協議決定し、右決定された基準の範囲内で、地方及び労管の協議会が、当該各地方及び労管に関する地方的細目的基準を協議決定するものであるとみるのが妥当であり従つて、右の協議会における協議決定事項の一つとして第十五条第五号に掲げられている「解雇に関する事項」というのも、解雇に関する一般的基準を意味するものと解するのが相当である。

のみならず、もし申請人等の主張する如く、個々の組合員の解雇につきその都度協議決定を要する趣旨ならば、「組合員の解雇については……協議決定しなければならない」というような文言を用うるのが通例であるのに、同条号は概括的に「雇入、解雇に関する事項」という表現を用いておるし、また、解雇のみに限らず、雇入に関する事項をも協議決定すべきものとしている。故に同条号をもつて解雇についての個別的協議を必要とする趣旨だとすれば、雇入についてもやはり個別的協議を要すると解しなければならないわけであるが、個々の労務者を雇入れる場合、一々労資の協議会で協議決定するというが如きは、普通にはみられない事例であつて、右協約が特にかかる異例の場合を定めたことにつき、これを納得するに足る事実の疏明なき本件にあつては、右条号が申請人等主張の如き趣旨を定めた規定とは到底考えられない。

そして、右の一般的基準について、本件解雇の当時まだこれを協議決定するに至つていなかつたことは、当事者間に争いのないところである。

なお申請人等は、前記第十五条第五号の解雇に関する一般的基準が定められない間にあつては、個々の事例につき一々協議決定を経なければ、一切の解雇をなし得ないものとするのが、右規定の設けられた真意であると主張するが、この点に関する疏甲第四号証の記載内容は前記協約条文の文理に照して直ちに信用し難く、他に前記条号をそのような趣旨を含む規定だと解すべき何等の資料も見出し得ない。

よつて、本件申請人等の解雇につき労働協議会の協議決定を経なかつたことが、労働協約第十五条第五号に違反したものであるという、申請人等の主張は理由なきものと認める。

(ハ)  本件解雇はその理由が不当であり、解雇権の濫用として無効か

(A)  解雇には正当事由を要するか

およそ雇傭契約において、解雇は契約の解除とは異り、継続的な契約関係を将来に向つて、消滅させるものであつて、その意思表示はいわゆる告知であるから、法律に別段の規定なき限り、契約当事者の自由に行使し得る権利であるといわねばならない。解雇をこのようにみることは、労働者の地位を著しく不安定のものにし、現実の社会生活関係に沿わないとの考慮から、正当の事由に基かない解雇を無効とする見解にも一面の理なしとはしない。しかしながら、民法第六百二十七条第一項は「当事者ガ雇傭ノ期間ヲ定メザリシトキハ、当事者ハ何時ニテモ解約ノ申入ヲ為スコトヲ得」と規定し、一般的に解雇の自由を宣明しており、労働基準法労働組合法等が、特別の場合の解雇権の行使を制限しているのも、解雇の自由を前提としてはじめて意味があるものと考えられるので、労働契約の解約について借家法第一条の二のような特別規定のない現行法制の下においては、解雇には別段の理由を要しないものと解せざるを得ない。

(B)  本件の解雇は解雇権の濫用であるか

雇傭契約における解約告知も、一種の権利の行使であつて、その濫用が、許されないことはいうまでもない。

そこで、本件申請人等に対する解雇のいきさつについて考えてみるに、その大略は前記当事者間に争いなき事実中に摘記したとおりであるが、さらに証人堀正道、同松山友明、同西島昭等の各証言によれば、

申請人椿井同大橋については、昭和二十七年七月六日同人等がバスの運転に従事した路線は、そのスケデユールが極めて窮屈に定められていて、乗客が多いときは、所定の速力の範囲内で運転するとスケデユールに定められた走行時間の三十分を超過せざるを得ないような実情にあつたのであつて、当日はたまたま日曜日に当り、大阪京都方面からの兵員の来遊が多かつたので、前述のような事情からして運転時間を短縮し、スケデユールを守ろうとしたため、上叙の速力違反を犯したものであること、

申請人西村については、同人が七月七日朝運転したウオークバスにはエンジン始動用のクランクハンドルの備付がなく、バツテリーを交換するにしても、当時モータープールには良好のバツテリーの予備品が殆んどなく、運転休止中の他の車輛の使用可能品を取外して交換していたような状態であつたのと、乗車中の兵員を時間までに勤務部隊へ輸送する関係もあつて、附近の上り坂を利用して車輛を後退させる簡便な方法によつてエンジンを始動させたところ、クラツチを入れる際車体に強度の衝動を与えたため、乗車中の兵員より車輛の取扱いが拙劣と認められたものであろこと、

をほぼ認定することができる。

申請人等は、右のような情況の下において、椿井、大橋の犯した速力違反、及び西村の採つた始動処直は、いずれもやむを得なかつたものであると主張するが、他面、成立に争いのない疏乙第一号証(基本契約)証人藤田進の証言並びに前顕堀正道、松山友明等の各証言の一部によれば、駐留軍労務者については、その職種所要資格について十分の訓練と熟練を有し、且つその任務遂行に当つては最善の努力を払わなければならないことが要求されていること、駐留軍においては、バス等の運転には専ら安全運転を主眼とし、速力違反や車輛の危険な取扱は厳重に禁止されていたこと、現に椿井、大橋等が運転した路線においてスケデユール通りの運転ができ難かつた場合に、所定の速力の範囲内で運転したため時間に遅れることがあつた者も、そのことについては一応の注意をうける程度に止まつていること、これに反して時間を守るために速力を超過することは厳にいましめられていたこと、運行中の車輛に故障を生じたときは、運転者は故障箇所を調査して直ちに修理工に連絡し、修理工の手によつてのみ修理を施すよう示達されていたこと、及び上り坂を利用し車輛を後退させて始動をかける如き取扱いは、時によつて危険を伴うものであること等の諸事実が認められるところであつて、こうした事柄を綜合すれば、駐留軍当局が申請人等の本件行為を一応非難に値するものと判断したとしても、これをもつて甚だしく不当の評価とはなし得ない。

そして一般に権利の濫用ありというのは、権利の行使が権利者に何等の利益をもたらすものでなく、ただ相手方を害する目的でなされるとか、それが形式上は権利の行使でありながら、社会の倫理観念乃至公序良俗に反する結果を生ずるなど、権利が法律上認められた社会的経済的目的に反して行使された場合をいうことから考えると、駐留軍当局が前叙の判断に基いてなした本件解雇をもつて権利の濫用に渉るものとは未だ即断し得ないところである。

なお、前顕川田正信の証言及び同証言に徴して成立が認められる疏甲第五号証によれば、本件解雇後昭和二十七年十二月頃に至つて、駐留軍当局より労務者の規律と統制を維持する目的で制裁規定を定めることの申入れがあり、同時に右甲第五号証の如き原案が提示されて、現在駐留軍調達庁及び労働組合の三者間で協議中であること、並びに右原案によれば「交通規則違反、軍の施設内における不注意な運転又は軍の車輛の不適当な扱い」は、それが一年の算定期間内に三回重なつた場合に解雇処分をうけるものとされていることが認められるところであつて、このことからすれば、本件事故当時においても、駐留軍として、申請人等を是非解雇しなければならない程の差迫つた必要があつたものとは思われないが、しかし、絶対的の必要がない限り解雇がすべて権利の濫用になるとはいい得ないから、上叙事情が附加したとしても、未だ直ちに前示認定を履えすに足りない。

もつとも、現下の労資間の経済状態をみると、労働者は一般に雇用されて得る収入をもつて殆んど唯一の生活賃金としており、一旦解雇されると容易に他の職につくことができなくて、解雇により生活をおびやかされる危険があるのに対し、使用者は労働者を求めるのに比較的容易であるという実情にあることは確かである。そこでこのような事情に鑑み、できるだけ解雇権の行使を制限することによつて、労働者の生活を擁護しようとの考慮から、解雇権の濫用なる観念を広く認め、解雇に相当の理由がないときはその解雇は権利の濫用になるとする考え方もないではない。

しかしながら、相当の理由なき解雇を解雇権の濫用として無効とする見解は、(訴訟上、解雇の正当性についての主張立証の責任を労資いずれに負わせるかのちがいはあるが)結局において、解雇には正当理由あることを要するとの立場と同一に帰するのであつて、われわれはすでに述べたような見地からして、かかる見解には賛成できない。

さて右のわれわれの議論に対しては、現下の就職難時代における、労資の均衡を著しく破り、労働者の生活を脅威する結果になるとの非難が加えられることが予想される。しかしその点については、日本国憲法並びに労働組合法等が労働者に団結権を保証し、団体交渉によつて、使用者との間に、解雇その他の労働条件に関して労働者に有利な協約を締結する権利を認め、この方法によつて労働者が自主的にその地位の安定向上を計る途を設けていることを忘れてはならないのであつて、申請人等のような組織された労働者が、現行法制に基づく野放し解雇の不利益を避けんとすれば、よろしく右の団体交渉権を行使して、使用者との間に解雇基準を定め、または協議約款を設ける等の努力をなし、これによつて解雇を制限する手段に出ることが、労働立法の精神に合致するものと考えられる。

ただ、本件の雇傭関係にあつては、雇傭者たる国と労働者との間に、実際の使用主である駐留軍が介在し、従つて、申請人等の組合が国と上叙の協定を結ぶについて、一般の場合とは異つた困難な事情のあることはこれを諒察するに難くないところであるけれども、さればとて、国が組合よりの右解雇基準設定等の申入れに不当に応じなかつたような事実を肯認するに足る資料のない(証人川田正信の証言によれば勿論、申請人側の証人たる小松喬一郎の証言によつても、かかる事実は認められない)本件において、かかる協定成立のない以前になされた自己に不利益な解雇を広く解雇権の濫用だと主張するが如きは、法が認めた前記労働者保護の筋途に些か外れているのではあるまいか。

以上説明した如く、本件解雇が無効のものだという申請人等の主張は、本件に顕われた資料によつては未だこれを肯認するに足らないので、仮処分の必要性の点に対する判断をするまでもなく、申請人等の本件申請を失当として却下すべきものとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小石寿夫 八塚英一 松本保三)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例