大津地方裁判所 昭和34年(ワ)108号 判決 1960年4月27日
原告
国
右代表者法務大臣
井野碩哉
右指定代理人
大阪法務局訟務部付検事
山田二郎
同
法務事務官
永田嘉蔵
同
同
松谷実
同
同
塚本信義
同
大蔵事務官
則枝仁美
同
同
西村秀夫
静岡県富士市上横割一〇番地
被告
大興製紙株式会社
右代表取締役
佐野貞作
右訴訟代理人弁護士
石井政一
東京都中央区銀座東二丁目八番地
被告
中越パルプ工業株式会社
右代表取締役
岩川毅
右訴訟弁護士
正力喜之助
右当事者間の昭和三四年(ワ)第一〇八号強制執行に対する第三者異議事件につき、昭和三十五年四月七日終結した口頭弁論に基き次のとおり判決する。
主文
被告大興製紙株式会社が訴外田村虎悦に対する大津地方裁判所昭和三四年(ヨ)第三二号および同裁判所昭和三四年(ヨ)第三五号各自動車仮差押決定正本にもとづき、別紙目録記載の物件に対しなしたる各仮差押はいずれもこれを許さない。
被告中越パルプ工業株式会社が訴外田村虎悦に対する富山地方法務局所属公証人宮崎与清、同川越秀男、同水本晃作成第七二一四六号抵当権設定債務履行契約公正証書の執行力ある正本にもとづき別紙目録記載の物権に対してなしたる強制執行はこれを許さない。
訴訟費用は被告等の負担とする。
当裁判所が昭和三十四年九月二十五日なした本件被告中越パルプ工業株式会社の訴外田村虎悦に対する強制執行の停止決定はこれを認可する。
前項に限り仮に執行することができる。
事実
原告指定代理人は主文第一乃至第三項と同旨の判決を求め、その請求原因として、被告大興製紙株式会社は昭和三十四年七月十六日および同年八月十三日の主文第一項掲記の仮差押決定にもとづき、訴外田村虎悦に対する執行として別紙目録記載の自動車二台外貨物自動車一台(滋一す一〇四六号)に対し仮差押の執行をなし、被告中越パルプ工業株式会社は主文第二項掲記の公正証書の執行力ある正本にもとづき、同訴外人に対する執行として同年八月十二日別紙目録記載の自動車二台外前記貨物自動車一台に対し大津地方裁判所の強制競売開始決定による強制執行をなした。
しかしながら、右各仮差押ならびに強制執行にかかる物件はいずれも訴外田村虎悦名義に登録されているが、同訴外人の所有に属せず、またかつて同訴外人にその所有権が帰属していた事実もなく、右物件はいずれも滋賀県八日市市野町一二七六番地に本店を有する訴外素材株式会社がその資金により買受け所有しているものであるから右訴外人に対する債務名義にもとづき執行を受けるべき理由はなく、前記各仮差押ならびに強制執行は違法のものである。
しかして、訴外素材株式会社は昭和三十四年九月十四日現在すでに納期を経過した法人税源泉所得税合計百三十一万三千三百九十九円の国税を滞納し、原告は右訴外会社に対し右同額の国税債権を有する債権者であるところ、右訴外会社には前記物件を除いて他に財産を有しないので、原告は右国税債権を保全するために債務者たる右訴外会社に代位して前記各差押ならびに強制執行の排除を求めるため本訴に及ぶ。
と述べ、被告中越パルプ工業株式会社の抗弁に対し、
訴外田村虎悦の財産を訴外素材株式会社に譲渡したのは、右訴外会社が会社設立にあたり財産を譲り受けたもの、即ちいわゆる財産引受であり、純然たる個人法上の贈与契約にもとづくもので、かような譲受は会社設立前の契約によるものであるから、時間的にいつても契約の性質からいつても取締役会の承諾を受くべきものでない。仮に右贈与契約がいわゆる自己契約と解されるとしても、右訴外会社に損害を与えるものでないから民法第一〇八条の適用はないし、また右譲受につき手続上の瑕疵があつたとしても、かような会社設立に影響を与えるような手続に関する瑕疵は、当該契約の当事者ないし会社以外は主張することができないものと解すべきである。
本件自動車の所有者は右訴外会社であり、訴外田村虎悦に何等の権利もないことは明白であり、自動車の登録には公信力がないから、訴外田村虎悦に属する財産としてこれを差押えることができないことは明らかであるから、本件自動車が右訴外会社に登録を経ていないから差押債権者に対抗することができないという主張は失当である。と述べ、立証として甲第一号証ないし第三号証第四号証の一ないし五、第五、第六号証、第七号証の一、二、第八号証を提出し、証人野塚義則、同小林庄作の各証言を援用し乙号各証の成立を認めた。
被告大興製紙株式会社訴訟代理人は、原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、同被告が原告主張のとおりの仮差押決定に基き原告主張の自動車に対し仮差押の執行をなした事実は認めるが、原告のその余の主張事実は争う、と述べた。
被告中越パルプ工業株式会社訴訟代理人は、原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、同被告が原告主張の債務名義に基き原告主張の自動車に対し強制競売の申立をなし、強制競売開始決定のあつたことは認めるが、原告のその余の主張事実は争う。訴外素材株式会社は会社設立時たる昭和三十三年一月二十二日を基準として、右会社代表取締役田村虎悦の個人資産を譲受けたものなるところ、右は明らかに会社と取締役との間の取引に該当するから、取締役会の承認を要するにかかわらずその承認を得ていないので右譲渡は無効である。仮に右契約が有効のものとしても、本件自動車は道路運送車輛法第四条にもとづき訴外田村虎悦名義をもつて自動車登録原簿に登録を受け運行の用に供せられていたことは原告の自認するところであり、且つ新規登録申請をなすには同法第七条に基き所有権者たるの証明書添付の上登録されるものであるから、同法第五条により登録剤自動車の所有権の得喪は登録を経ない限り第三者に対抗することはできない。しかして、原告が右訴外会社に対し国税債権を有するとしてもその代位権は債務者たる右訴外会社の地位に代位して行使し得るにすぎないから、被告が右訴外会社に対し主張し得る一切の抗弁は原告に対しても主張し得るものであり、従つて原告は登録を経ていない訴外会社の所有権取得を以て正当な利益を有する第三者たる被告に対抗することはできない。
と述べ、立証として乙第一号証、第二号証の一、二を提出した。
被告両名は甲第一号証、第六号証、第七号証の一の官署作成部分の成立を認め、甲第二、第三号証、第四号証の一乃至五、第五号証、第七号証の二はいずれも不知と答え甲第八号証は被告中越パルプ工業株式会社において成立を認めた。
理由
被告 大興製紙株式会社が昭和三十四年七月十六日大津地方裁判所昭和三四(ヨ)第三二号および同年八月十三日同裁判所昭和三四年(ヨ)第三五号各自動車仮差押決定にもとづき、訴外田村虎悦に対する執行として別紙目録記載の自動車二台外貨物自動車一台に対し仮差押の執行をなしたこと、被告中越パルプ工業株式会社が富山地方法務局所属公証人宮崎与清、同川越秀男、同水本晃作成第七二一四六号抵当権設定債務履行契約公正証書の執行力ある正本にもとづき右訴外人に対する執行として同年八月十二日前記同一の自動車に対し同裁判所昭和三四年(ヌ)第一四号強制競売開始決定による強制執行をなしたこと、右各仮差押ならびに強制執行にかかる右自動車が訴外田村虎悦名義に登録されていることはいずれも当事者間に争いがない。
原告は、別紙目録記載の自動車(以下本件自動車と称す)は訴外田村虎悦名義に登録されているが、その所有権は訴外素材株式会社にあり、そして原告は右訴外会社に対し昭和三十四年九月十四日現在滞納国税債権百三十一万三千三百九十九円を有するから、右国税債権保全のため右訴外会社に代位して本件自動車に対する仮差押ならびに強制執行の排除を求めると主張するところ、証人小林庄作の証言により、国は右日時において右訴外会社に対し右同額の国税債権を有したが、其後公売処分による入金や更正による増減を整理した結果現在における滞納税額は八十七万七千八百三円であり、原告は右訴外会社に対し右同額の国税債権を有することが認められるから、原告が右訴外会社を代位してなす本訴提起は適法のものである。
本件自動車が訴外田村虎悦の所有名義に登録されていることは当事者間に争いのないところである。ところで、証人野塚義則の証言と同証言により成立の認められる甲第三号証同第四号証の一乃至五、同第六号証によれば本件自動車は訴外素材株式会社がその資金をもつて滋賀トヨダ自動車株式会社から購入したものであるが、右訴外会社の実体は右訴外人の個人営業を会社組織となしたものであつて、いわゆる個人会社的性格を有していたことから、不用意に右訴外人個人名義に登録されたものに過ぎず、右訴外人はかつてその所有権を取得した事実のないことが認められるから、右登録名義にかかわらず本件自動車は右訴外会社の所有に属するものといわねばならない。
被告中越パルプ工業株式会社は、右訴外会社の設立時を基準として訴外会社の代表取締役であつた右訴外人の個人資産たる車輛その他の財産を訴外会社に譲渡したもので会社と取締役間の取引に該当するから、取締役会の承認を得ていない右譲渡行為は無効であると主張するところ、前顕各証拠ど成立に争いのない乙第一号証を綜合すれば、右訴外会社は昭和三十三年一月二十二日設立され、右訴外人が代表取締役に就任したのであるが、同日右訴外人の資産負債を訴外会社に譲渡した事実が認められる。而して右譲渡は原告の主張するように設立中の会社が会社成立後に譲受けることを約したいわゆる財産引受に該当すると認められる証拠はなく、また現物出資による株式の引受でもなく、取締役たる訴外人の個人営業の一括譲渡とみられるのであつて、このような場合にも会社と取締役間の取引と認むべきは疑問の余地なく、従つて商法第二百六十五条により右譲渡につき取締役会の承認を要すべきところ、その承認を得ていないことは前顕証人の証言によつて明らかである。しかしながら右訴外会社が譲受けた右訴外人の積極財産中には普通貨物自動車三台が含まれていたが、それは既に処分されたものであることは前顕証拠によつて認められ、前に認定したとおり本件自動車は右訴外会社が他から購入したものであるから、前記財産譲渡の効力如何に何等関係なく右訴外会社の所有に属するものである。
また被告中越パルプ工業株式会社は、本件自動車が仮に右訴外会社の所有に属するとしても、その登録を受けていないから第三者に対抗することはできないと主張するから考えてみるに、道路運送車輛法第五条は、建設機械抵当法第二条に規定する建設機械であるものを除き、登録を受けた自動車の所有権の得喪は登録を受けなければ第三者に対抗することができない旨を規定する。而して登録自動車を差押えた債権者はその自動車の競売代金から債権の弁済を受ける者として自動車の所有権の得喪の登録の欠缺を主張するにつれて正当な利益を有するものであつて、右第三者に該当するものというべく、仮差押債権者についてもまた同様である。しかしながら、右法条にいう自動車の所有権の得喪とは、民法第百七十七条にいう不動産に関する物権の得喪、変更と同様に、所有権者が意思表示により所有権が移転されるような場合をいうのであつて、本来所有権を有しない者が登録原簿上のみ所有名義人として登録されているような場合には、第三者は真の所有権者に対し登録の欠缺を主張し得ないものといわねばならない。本件においては前認定のように、本件自動車は右訴外素材株式会社がその資金をもつて買受け、その所有権は訴外会社にあり、訴外田村虎悦は恣に自己の名義に登録したに過ぎないから、被告等は差押債権者或は仮差押債権者として右訴外会社の所有権につき登録の欠缺を主張し得ないものである。
よつて本件自動車に対する被告大興製紙株式会社の仮差押の執行及び被告中越パルプ工業株式会社の強制執行はいずれも許されないものであり、右各執行の排除を求める原告の本訴請求は正当であるから之を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条強制執行停止決定の認可ならびに仮執行の宣言につき同法第五百四十九条、第五百四十八条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三上修)