大津地方裁判所 昭和47年(ワ)177号 判決 1974年10月29日
原告
中岡嘉春
ほか一名
被告
畑中一郎
ほか一名
主文
被告らは各自原告両名に対しそれぞれ金三万四、〇九〇円を支払え。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。
第一項は仮に執行することができる。
事実
第一申立
(原告ら)
被告らは各自原告両名に対しそれぞれ金七一万七、七八〇円およびこれに対する昭和四六年一月一一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
(被告ら)
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
(請求原因)
一 訴外中岡徹也(以下徹也という)は左の事故により死亡した。
(一) 発生時 昭和四五年一〇月二〇日午後四時二五分頃
(二) 発生地 大津市本丸町六番一八号館地先路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(滋4ま三四六六号)
運転者 被告畑中一郎(以下被告畑中という)
(四) 徹也は本件事故によつて頭部外傷、頭蓋骨線状骨折、左鎖骨々折の傷害を受け、当日から同年一一月五日まで大津市民病院に入院、その後通院を続けていたところ、昭和四六年一月六日より全身倦怠感を訴え、同月七日より発熱、嘔吐し、同月九日突然意識障害を来し、同月一〇日午後二時九分、右頭部外傷による脳症により死亡した。その間後記被告ら主張の様な医療上の過失や不養生はなかつたから、右死亡と本件事故との間には相当因果関係が存する。
二 責任原因
(一) 本件事故は、被告畑中の左記運転上の過失に基づくものである。
(1) 本件道路は幼稚園の入口に近い団地内の道路で、園児がひんぱんに通行するところであるが、同被告は前方注視義務に違反し、進路左方に立話中の三名の児童に気をとられ、前方右側より左側に横断しようとしていた徹也の発見が遅れた。
(2) その様に自動車の最徐行を要求される場所であり乍ら、相当速いスピードで進行していた(徐行していれば衝突しても結果は軽く済んだ)。
(二) 被告会社は加害車を保有し、自己のため運行の用に供していた。
(三) よつて被告畑中は民法七〇九条、被告会社は自賠法三条により、各自本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。
三 損害は左のとおりである
(一) 徹也の逸失利益 金四六一万〇、六二八円
その算定根拠は左のとおりである。
(1) 死亡時年令 満七年
(2) 稼働可能年数 四六年(満一八才より満六三才まで)
(3) 月収 金四万二、六九一円(左記(イ)(ロ)の合計)
(イ) 平均月収金三万八、四〇〇円(労働省作成の昭和四五年度賃金構造基本統計調査報告中、パートタイムを含まない労働者の年令階級別賃金統計により一八才男子の月間平均現金給与額)
(ロ) 平均年間賞与その他特別給与月額金四、二九一円(右統計による年額五万一、六〇〇円の一二分の一)
(4) 控除すべき生計費 二分の一
(5) 右1ないし4を基礎に、年利五パーセント複式ホフマン方式により算出するが、一八才までの一一年間は稼働しないので、以後四六年間働くとするから期数五七(一一年と四六年の合計)の係数より期数一一の係数を控除した数値を係数として乗じて算出する。
(42,691×1/2×12×(26.5952-8.5901)=4,610,628)
(二) 相続
原告らは徹也の両親で、他に相続人はないから、右損害賠償請求権を二分の一づつ(各自二三〇万五、三一四円)相続した。
(三) 原告らに生じた損害
(1) 葬儀費 各自金一九万七、二三〇円
原告らは徹也の死亡に伴い、合計三九万四、四六〇円の葬儀費用の出捐を余儀なくされた。
(2) 慰謝料 各自金二〇〇万円
長男を失つた精神的苦痛は大で、右金額が相当である。
(3) 弁護士費用 各自金一五万円
原告らは本件事故解決のため大津簡易裁判所に調停を申立てたが不調となり、本訴を原告ら代理人に委任した。その際着手金、費用として九万円を支払い報酬として判決認容額の二割以内の金員の支払を約した。これらのうち金三〇万円(各自一五万円)は被告らが負担するのが相当である。
(四) 過失相殺
本件事故には徹也にも過失があるが、その過失の割合は、加害者七、被害者三であるから、右損害額の三割を減ずる。
(五) 損益相殺 各自金二五三万九、〇〇〇円
原告らは自賠責保険より五〇七万八、〇〇〇円を受領した。
四 よつて被告ら各自原告両名に対し、それぞれ右三の(二)(三)の合計の七割から(五)を減じた七一万七、七八〇円とこれに対する徹也の死亡の日の翌日以降支払済まで年五分の割合の法定遅延損害金との支払を求める。
(答弁)
一 請求原因一の(一)ないし(三)は認め、(四)は徹也がそのとおり受傷して、主張の期間入、通院したこと、主張の日に死亡したことは認めるが、頭部外傷は第Ⅱ型であり、死亡との因果関係を争う(後記五参照)。
二 同二の(一)は否認する。本件事故は徹也が加害車の進行方向右側の駐車車両の蔭より道路反対側に横断しようとして、突然加害車の進路上に飛出したため発生したものである。被告畑中には右飛出しに対する予見可能性はなく、無過失である。
三 同二の(二)は認める。
四 同三、四は争う。
五 徹也の受傷と死亡との因果関係について。
(一) 徹也の退院後の通院は左鎖骨々折の治療のためであつて、頭部外傷、頭蓋骨線状骨折は退院時完全治癒していたのであり、受傷後二ケ月の経過と発生以来脳症状を呈し急激に死亡したことを本件事故による右傷害と結びつけることはできない。頭部外傷は第Ⅱ型であり通常死亡に至るものではない。
(二) 仮に徹也の死亡が右傷害に起因するとしても、死の結果をもたらしたのは大津市民病院の担当医師が診断を誤り、徹也に頭蓋骨線状骨折という重大な傷害があるのに適切な治療を加えずに放置した過失に基づくものであるから、傷害と死亡との因果関係は法律上いわゆる条件的因果関係に止まり、相当因果関係あるものとはいえない。
(抗弁)
一 免責(被告会社)
(一) 被告畑中は無過失である(前記答弁二のとおり)。
(二) 被害者徹也に過失がある(前同)。
(三) 加害車に構造上の欠陥、機能の障害がない。
二 過失相殺(被告両名)
仮に被告らに責任があるとしても、右徹也の過失は大であるから、大巾な過失相殺を主張する。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因一の(一)ないし(三)と(四)のうち本件事故により徹也が頭部外傷、頭蓋骨線状骨折、左鎖骨々折の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。
二 そこで先ず被告らの責任原因について判断する。
(一) 〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、〔証拠略〕中これに反する部分はたやすく措信し難く、他にこれに反する証拠はない。
(1) 本件事故当時被告畑中は加害車を運転して事故現場道路を時速約四〇粁で北進していた。
(2) その加害車の進行方向右側は丸の内幼稚園があり、道路とは金網のフエンスによつて隔てられている。道路巾は六・四米で歩車道の区別なく、同左側は団地の建物およびその敷地である。右幼稚園の入口は事故現場前方数十米右側にあるが、当時事故現場附近から南方(加害車の進入して来た方向)へかけて、幼稚園側(加害車の進行右側)路上に約十二、三台の自動車が一列に駐車していて有効巾員は四米強を残すのみであつた。
(3) 被告畑中は、右駐車自動車列の最後尾の車(以下これを件外車という)の先端から約一一米手前に差しかかつたとき、右件外車の駐車している位置の道路反対側路上に二、三の人影を認め、前記道路の有効巾員が狭められているため、これとの接触を避けるべく車を道路中央に、件外車との間隙が約八〇糎ですれ違う迄に寄せつつも、従来の速度を落すことなく進行し、右件外車の先端と加害車の先端とがすれ違う位置にまで進んだとき、徹也が件外車の後方より道路反対側に横断しようとして突然道路中央に進み出たのを認め、直ちに急停止の措置をとつたが間に合わず、八米位進行して、件外車の後端から二米位のところで加害車の右側前部が徹也に接触した。
(4) 徹也は右接触地点から約九米前方へ跳ね飛ばされ、加害車もスリツプして約五・二米前方で停止した。なおスリツプ痕は前記発見地点から五米先から認められる。
(二) 右認定事実によると本件現場道路は団地および幼稚園に挾まれていて、子供の往来が予測されるため、一般的にも通過車は他の道路よりは速度を落して通行することが要請される場所であるうえ、本件においては、駐車車両列のための有効幅員が狭められているところ、被告畑中は、左側にいた人物との接触を避けて加害車を中央に寄せて進行しようとし、件外車等駐車車両との間隙が八〇糎を残すのみとなつたのであるから、件外車後方からの幼児の飛び出しの発見が困難になることは当然予測され、従つてこの場合運転者としては、右加害車を中央に寄せたとき、直ちに最徐行して件外車とのすれ違いをなすべきであつた。しかるに被告畑中は、漫然と時速四〇粁のまま進行したため、発見後直ちに急停止の措置を採つたに拘らず八米前方を横断する徹也の手前で停止しきれずこれに接触し、且つ加速力の強かつたため九米も前方へ跳ね飛ばして前記傷害を蒙らしめたものと認められる。
被告畑中本人尋問の結果中、右駐車列のため幼稚園があることに気付かなかつたとの部分は、〔証拠略〕に照らしたやすく措信し難い。
(三) よつて、本件事故により徹也の受傷は、徹也の飛び出しとともに被告畑中の右徐行義務違反にもその原因が存し、同人は民法七〇九条により、これによる損害を賠償すべき義務があるとともに、被告会社の免責の抗弁は理由なく、請求原因二の(二)の事実に争いがないので自賠法三条により、同じくその賠償責任を有すべきものである。
三 ところで、右徹也が昭和四六年一月一〇日に死亡したことは当事者間に争いなく、原告らは、右は前記本件事故による頭部傷害を原因とすると主張し、被告らはこれを争うので判断する。
(一) その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき〔証拠略〕を総合すれば、徹也の死亡の直接死因は同人の昭和四六年一月六日よりの症状(全身倦怠感、発熱、嘔吐)に照らし中硬膜動脈に発生した偽動脈瘤の破裂による脳出血によるものであり、右偽動脈瘤の発生は、本件事故による頭部傷害が原因になつているものと認められる。
(二) 被告らは頭部外傷第Ⅱ型から死の結果は生じないと主張し、〔証拠略〕にはその様に診断された旨記載されており、〔証拠略〕によれば、第Ⅱ型はいわゆる脳振盪型であつて、一般的にはそれ自体が死の原因となるほどの重大な傷害であるとは認め難い。しかし、徹也が頭蓋骨線状骨折も負つていたことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によると、右「第二型」との診断は、次の(三)項に認定する様な臨床症状を主体とした観察から逆推してつけた診断であり、入院当初は一且「第Ⅳ型」(脳出血型)の疑が持たれたほどのものであつたことが認められ、次項(三)の認定に照らしても前記「第Ⅱ型」の診断自体必ずしも信を措き難く、もつとも重篤な頭部傷害であつたと考えられるのである。(なおこの先、原告らは訴状等で右傷害を「第Ⅱ型」と記載しているが、右はただ、その単一の傷害を特定するため、右診断書等の記載に依拠したに過ぎないから、右「第Ⅱ型」の記載は被告らの援用があつても、自白の拘束力を持つものではなく、裁判所が頭部傷害の程度がより広範なものであつたと認定する妨げとなるものではない。)
(三) 次に被告らは、徹也の死亡は右偽動脈瘤の発生を看過した担当医師の過失に基づき、本件事故はこれと相当因果関係がないと主張する。
なるほど、〔証拠略〕によれば、大津市民病院における担当医師は、始め徹也の受傷の部位、程度を頭部外傷第Ⅳ型、頭蓋骨線状骨折、左鎖骨々折と診断したが、三、四日間の臨床経過を見て、頭部外傷を第Ⅱ型と訂正診断し、爾来昭和四五年一一月五日に退院するまで、右頭部傷害については血管撮影をせず唯臨床症状の経過を観察したのみで、他に何らかの精密検査も行わず、退院時には右頭部傷害については完治し学校へも通つてよい旨宣言し、退院後の通院加療は専ら左鎖骨々折を対症としてのみ行われた事実が認められる。
すると、前記徹也の担当医師において、徹也の頭部傷害について、もう少していねいな診察を行い、可能な限りの検査を尽せばあるいは、右頭部傷害に伴い中硬膜動脈に偽動脈瘤の発生し若しくは発生するおそれあることを早期に探知し得て、これに伴い有効適切な措置を講ずることにより、右偽動脈瘤破裂による致死の結果を招来せずに済んだことも考えられる。しかるに右医師はその様にすることが不可能であつたとは認められないのに、これをなさず、且つ入院中発熱を単なる風邪と判断しこれについても格別の意を用いなかつた形跡さえ窺知できるのであつて、徹也の死亡が右医師の診断、治療の不適切にも起因している疑はかなり濃いものが存する。
(四) しかし乍ら、その様に徹也の死亡に医師の過失が競合したと認められるとしても、致死の結果はあくまで本件事故による受傷に基因し、医師はただその病症の進行を発見し得なかつたというに止り、医師の過失が別個独立の致死原因を与えたものではないから、これをもつて未だ因果関係の中断要因とみることはできず、せいぜいいわゆる「異時的共同不法行為」となるに止るものとみるべきである。すると、本件事故と徹也の死亡との間には相当因果関係が存するものと認められ、〔証拠略〕によつてもこの判断を左右するに足らず、他にこれを覆えすに足る証拠はない。
四 そこで原告らの損害額につき判断する。
(一) 徹也に生じた損害(相続)
(1) 〔証拠略〕と原告ら援用の資料によれば徹也の逸失利益を原告ら主張のとおり(その計算方法も相当である)、四六一万〇、六二八円と認めることができ、他にこれを左右するに足る証拠はない。なお、平均余命および期待稼働年数については昭和四五年簡易生命表および同年一〇月一日改訂自賠責損害査定基準に照らし原告ら主張を相当と認める。
(2) 〔証拠略〕によると原告らは徹也の両親で他に相続人は存しないから、右損害賠償請求権を二分の一づつ(各自二三〇万五、三一四円)相続した。
(二) 原告ら固有の損害
(1) 葬儀費等 各自一五万四、八五〇円。
〔証拠略〕によると、原告らは葬儀費用として一〇万九、七〇〇円、仏壇購入費として二〇万円の合計三〇万九、七〇〇円を共同して出費し、これと同額の損害を蒙つた。
なお原告らは他に八万四、七六〇円の香奠返しの出費があつたことを立証し、これも損害であると主張するが、香奠を損益相殺しない場合には、これを損害に計上するのは相当でない。
(2) 慰謝料 各自二〇〇万円
本件事故により長男を失つた原告らの苦痛は極めて大きく、原告ら主張の右金額は相当である。
(3) 弁護士費用
〔証拠略〕によると、原告らは本訴の提起を余儀なくされ、これを原告ら代理人に委任し着手金費用として九万円を支払い、更に判決認容額の二割以内の報酬の支払を約していることが認められる。その一部は本件事故による損害として後記認定の限度で被告らの負担とするべきものである。
(三) 過失相殺
ところで前記二(一)に認定した事実によると本件事故の発生には徹也が件外車の後方から突然道路中央に進み出たことが一因であり、七才の児童としても、件外車の左側からの進行車の有無を確めた上で横断することは可能であり、もし注意していれば、加害車の進行に気付き得てその通過を待つて横断し得る状況にあつたと認められるから、右徹也の過失は前認定の被告畑中過失に位べ必ずしも小ならず、その割合は、徹也四五パーセント、被告畑中五五パーセントと認める。
(四) よつて原告らは各自被告らに対し、一先ず前記損害中弁護士費用を除く部分の合計四四六万〇、一六四円の五五パーセントの二四五万三、〇九〇円の損害賠償請求権を有することが認められる。
(五) そして、右損害認容額と前記(二)(3)認定の事実に照らし、原告らが出捐する弁護士費用中被告らに賠償を求め得べき額は各自金一二万円を相当と認める。(なお本件の様に過失相殺をなすべき場合であり、且つ後記の様に損害の一部が補てんされている場合においては、弁護士費用算定の基礎となる認容額は、損益相殺後の認容額に依らず、この様に一先ず弁護士費用額を除いた損害につき過失相殺をして得られた損害認容額、即ち原告により立証された損害賠償請求権の範囲を基礎とするのが相当である。)
五 すると、原告ら各自の被告らに対する損害賠償請求権の額は右四の(四)(五)の合計二五七万三、〇九〇円であるが、原告らは自賠責保険より各自二五三万九、〇〇〇円の補てんを受けたことを自認しているので、本訴において請求し得べき額はその残額である三万四、〇九〇円となる。
よつて、原告らの請求は、各自被告ら各自に対し右三万四、〇九〇円の支払を求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として排斥を免れない。原告らの遅延損害金の請求については、前記自賠責保険による補てんは、先ず既に原告らに損害の発生し了つていた前記四(四)と支払済弁護士費用四万五、〇〇〇円の損害にそつくり充当されたとみるべきであり、残余の損害は未だ支払期の到来しない弁護士報酬損害の一部ということになるから、これに遅延損害金を付することはできない。
よつて、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 潮久郎)