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大津地方裁判所 昭和63年(ヨ)125号 決定 1989年1月10日

債権者

藤本久春

右代理人弁護士

野村裕

元永佐緒里

債務者

滋賀交通株式会社

右代表者代表取締役

田畑太三郎

右代理人弁護士

清水伸郎

主文

債権者の本件申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

一  債権者は「1債務者は債権者を乗合バス運転手として取り扱え。2債務者は債権者に対し、昭和六三年九月一七日以降毎月二八日限り月額金二一万四八二一円を支払え。3申請費用は債務者の負担とする。」との裁判を求め、次のとおり申請の理由を述べた。

1  当事者

債務者は、自動車による旅客の運送事業等を業とする会社であり、債権者は、昭和四八年九月二一日債務者に入社して以来乗合バス運転手として勤務してきた債務者の従業員である。そして、債権者は、全日本運輸一般労働組合近畿地区バス産業支部(以下、運輸一般という。)の組合員でありその滋賀交通水口分会(以下、水口分会という。)に属している。

2  本件解雇

債務者は債権者に対し、昭和六三年九月一六日到達の書面で債権者を同月一四日付で解雇する旨の意思表示をなした(以下、本件解雇という。)。

本件解雇は、債務者の就業規則二〇条、二一条を根拠規定とされ、その理由として債権者が「昭和六三年九月一一日飲酒運転をしたこと、過去に二度同様に飲酒運転をしたことがある。」というものである。

3  本件解雇の無効

(一)  本件解雇は解雇事由を欠くものとして無効である。

(1) 昭和六三年九月一一日の飲酒運転(以下、本件飲酒運転という。)について

債権者は、当日の業務終了後、午後八時三〇分ころから一時間位にわたり友人と共に守山市内の飲食店で食事をした際、ビール中ジョッキー一杯を飲んだ。そして、その後、債権者が債務者の寮に戻る途中、飲酒運転で検挙され、逮捕されたところ、翌一二日には釈放された。

翌一二日の債権者の乗務に関しては、予備の運転手が代行しており、債権者が逮捕されたことにより債務者に業務上の支障は発生していない。

更に、右飲酒運転にかかる行政処分として、同年一〇日一七日免許停止三〇日の処分がなされたが、債権者の持ち点数との関係で当日の講習により停止期間が一日に短縮され、その一日についても年休を取り得たものであるから債権者の乗務への支障は生じないのである。

(2) 解雇事由に該当しない事由に基づく本件解雇

就業規則二〇条(解雇に関する規定)で本件に関係するものは七号「資格・免許を必要とする職務に服しているものが、その資格・免許を喪失し、職務の変更が適当でないと認められたとき。」の規定である。

なお、その外に五号「業務命令に従わないとき。及び誠実の精神が認められないとき。」、九号「前各号に準ずる事由のほか、止むを得ない事由があったとき。」(以下、九号の要件という。)という抽象的条項もあるが、これらを本件に独立して適用することは妥当ではない。また、債務者が解雇事由に含めている過去二度の飲酒運転(昭和五四年四月及び昭和五九年一月の両件)のうち後者の件は、本件飲酒運転を契機として債務者に知れるところとなった。

就業規則二〇条七号の規定が右の内容である以上、本件で予定される運転業務への従事に支障を来たさない免許停止処分が右七号の規定する事由に該当しないことは明らかであり、したがって、本件解雇は解雇事由に該当しない事由に基づくものとして無効である。

(3) ところで、債務者は、本件解雇に際して、債権者を「本来懲戒解雇に処するところ」と述べているが、債権者の右所為(飲酒運転)は、これに関係すると思われる就業規則八四条三三号の規定する懲戒事由、すなわち、「会社外において(略)飲酒運転(略)を行い、会社の名誉又は信用を失墜させ、又は顧客ないし取引関係に悪影響を与え若しくは労使間の信頼関係を喪失せしめたとき。」に該当しないから(予備運転手の存在及び債権者には年休があることにより、右のような不都合な事態にはならないのである。)、そもそも債務者は債権者を懲戒解雇できないのである。加うるに、右八四条本文に次ぐ但書きによれば、「懲戒解雇は重大、又は悪質若しくはしばしば繰り返した非違行為の場合に限る。」とされており、飲酒運転の間隔が債権者の場合のように長いときには「しばしば繰り返した」ともいえないのである。

(二)  本件解雇は解雇権を濫用したものとして無効である。

仮に、本件解雇が就業規則上の解雇事由に基づくものであるとしても、債権者の次の事情を考慮すれば、本件解雇は解雇権を濫用したものとして無効である。

(1) 債権者は、本件飲酒運転前の三か月をとっても、皆勤以上に休日も出勤し、年休も取らない程勤務には誠実であった。

(2) 債務者は債権者に対し、債権者が住む寮を明渡すことを望んでおり、本件解雇は債務者の右望みを実現する意図に基づくものとも思慮される。

(3) 前記3(一)(1)のとおり、本件飲酒運転により、債務者への業務上の支障及び債権者の乗務への支障は生じない。

(4) 債権者は、本件飲酒運転により刑事処分として罰金五万円、行政処分として運転免許停止三〇日(ただし、講習により一日に短縮された。)の各処分を受けたが、本件飲酒運転が悪質でないからこそ右のような非常に程度の軽い処分で済んだのである。

(5) 債務者は、かかる右各処分の見通しすら検討せずに本件解雇に及んだ。

(三)  本件解雇は不当労働行為として無効である。

債務者は、従前、債権者の所属する運輸一般水口分会に様々な不当労働行為を展開し、当庁に係属している昭和六二年(ワ)第四八五号損害賠償請求事件もその一例である。

債務者は、債権者らが昭和五五年七月私鉄総連を抜け、運輸一般に加盟して以来債権者ら運輸一般の組合員に対する差別、一方的労働条件の切下げ、合理化攻撃を展開してきた。

本件解雇は、債権者らが従事している乗合バス業務に対するこれからの合理化攻撃のためのみせしめでもある。

本件解雇のように解雇理由を欠くものは、それ自体で不当労働行為と評価されるのであり、無効である。

4  債権者の平均賃金

債権者の本件解雇前三か月(昭和六三年六月から八月まで)の平均賃金は、別紙平均賃金計算書記載のとおりである。

したがって、債権者は月額金二一万四八二一円の賃金請求権を有する。なお、債務者の賃金支払日は毎月二八日である。

5  保全の必要性、緊急性

債権者は、前記債務者への入社以来その賃金のみで生活してきた。そして、現在、債権者の母の生活費もその収入で賄っている。

6  よって、申請の趣旨の裁判を求める。

二  債務者は、主文と同旨の裁判を求め、次のとおり認否又は主張した。

1  申請の理由に対する認否

(一)  申請の理由1は認める。

(二)  同2は認める。

(三)  同3(一)について

(1)のうち、債権者が本件飲酒運転により逮捕、留置されたことは認め、その余は争う。

(2)のうち、債務者の就業規則二〇条には多数の解雇に関する規定があること、債権者主張の七、五、九の各号も同条に定められていること、昭和五九年一月の件は本件飲酒運転を契機として債務者に知れるところとなったことは認め、その余は争う。

(3)のうち、就業規則八四条三三号は債権者主張のように規定されていることは認め、その余は争う。

(四)  同3(二)は争う。

(五)  同3(三)のうち、当庁に債権者主張の事件が係属していることは認め、その余は争う。

(六)  同4ないし6は争う。

2  債務者の主張

(一)  債権者の入社以来の職場外の飲酒運転

(1) 債権者は、昭和五四年五月(本件解雇通知書には同年四月とあるが、同年五月の誤りである。)職場外の飲酒運転をしたので、債務者は企業秩序維持の見地から厳重処分を検討したが、改悛の情が顕著であったこと、多数の同僚運転手が嘆願したこと、未だ若く将来性があること等債権者に有利な事情もあったので、債務者は債権者にチャンスを与えることとし、譴責処分と約二か月にわたる乗合バス運転手からガソリンスタンド勤務へと職種の変更措置に止どめ、解雇は差し控えた。

(2) 債務者は、債権者が右飲酒運転以降飲酒運転をしていないものと信じていたが、滋賀県警守山署からの身元照会によって本件飲酒運転を知らされ、更に、警察の記録から債権者が昭和五九年一月にも飲酒運転をしていたことが判明した。

(二)  本件解雇事由とその正当性について

(1) 右のとおり、旅客運送事業を営む債務者の乗合バス運転手である債権者は、本件解雇の直接の契機となった本件飲酒運転の外、二度にわたって職場外の飲酒運転を犯しているところ、債権者の飲酒運転が職場外の私生活上の非行であっても、営利を目的とする債務者がその名誉、信用その他相当の社会的評価を維持することは、債務者の存立ないし事業にとって不可欠であるから、債務者の社会的評価に重大な悪影響を与えるような債権者の右行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても、これに対し債務者の規則を及ぼし得ることは当然認められなければならない。

ところで、旅客運送事業を営む債務者の乗合バス運転手である債権者のかかる飲酒運転は、それ以外の事業を営む会社の従業員の飲酒運転に比して、非難の度合いが強く、企業秩序維持の観点から債権者を債務者に止め置くことは容認できない。

(2) そこで、債務者は債権者に対し、就業規則八二条六号「懲戒解雇予告期間を設けないで即時解雇する。この場合行政官庁の認定を得たときは予告手当を支給しない。」、八四条二三号「その他二五条に定める服務規律に関する事項に違反したとき。」、同三三号「会社外において窃盗、横領、暴行、傷害、賭博、ひき逃げ、飲酒運転、名誉毀損その他刑罰法令に触れる行為を行い、会社の名誉又は信用を失墜させ、又は顧客ないし取引関係に悪影響を与え若しくは労使間の信頼関係を喪失せしめたとき。」、同三五号「前各号に準ずる程度の不法ないし不誠実な言動をなしたとき。」を適用し、懲戒解雇処分をもって対処せんと検討したが、そうなれば債務者の規定により退職金が貰えなくなること、債権者の再就職、家族への配慮等を慮って、債権者をより有利に扱うべく、懲戒解雇ではなく普通解雇で臨むことにしたのである。

(3) すなわち、債務者は、前記就業規則二〇条九号、二一条一号「会社は従業員を解雇する場合は三〇日前に本人に予告するか又は予告手当を支給する。」を適用し、債権者を昭和六三年九月一四日付で普通解雇にしたのである。

なお、債権者は右二〇条九号は抽象的条項であるので、本件に独立して適用できないというが、「止むを得ない事由」はその範囲に客観的な限定がないことから、個々の従業員に生じた事由をも包含するところ、前記の債務者の営業内容、債権者の再三の飲酒運転に照らして、債務者の社会的評価に対する重大な影響を排し、企業秩序を維持するためになされた本件解雇は「止むを得ない事由」に基づくものとして、正当あるいは適法なものというべきである。

(三)  不当労働行為に関する反論

なるほど、債務者と債権者所属の組合との間に厳しい緊張関係は存するが、本件解雇は右のとおり社会的評価の回復あるいは企業秩序維持の観点からされたものであり、債権者の組合活動を敵視してなされたものではない。

因みに、債務者は企業秩序維持等の観点から職場外の飲酒運転には厳しく対処してきており、債権者以外の職場外の飲酒運転をした乗合バス運転手を、昭和五五年一月に解雇している(なお、同人は当時の私鉄総連組合員であった。)のであり、今後も債務者のこの基本的姿勢は不変である。

三  当裁判所の判断

1  疎明資料によれば、次の事実が認められる(ただし、以下において認定説示する事実の中には前記のとおり当事者間に争いのない事実も含まれているが、説示の便宜上、特にその旨明示しないこととする。)。

(一)  当事者

債務者は、自動車による旅客の運送事業等を業とする会社であり、債権者は、昭和四八年九月二一日債務者に入社して以来乗合バス運転手として勤務してきた債務者の従業員である。そして、債権者は、運輸一般の組合員であり、その水口分会に属している。

(二)  債権者の入社以来の職場外の飲酒運転

(1) 債権者は、昭和五四年五月職場外の飲酒運転をしたので、債務者は企業秩序維持の見地から厳重処分を検討したが、改悛の情が顕著であったこと、多数の同僚運転手が嘆願したこと、未だ若く将来性があること等債権者に有利な事情もあったので、債務者は債権者にチャンスを与えることとし、譴責処分と約二か月にわたる乗合バス運転手からガソリンスタンド勤務へと職種の変更措置に止どめ、解雇は差し控えた。

(2) 債務者は、債権者が右飲酒運転以降飲酒運転をしていないものと信じていたが、債権者は本件飲酒運転に際して滋賀県警守山署警察官に検挙、逮捕され、一晩留置された後、翌一二日に釈放された。債務者は債権者の本件飲酒運転及び逮捕等を右守山署からの身元照会によって知るに至り、更に、同警察関係者からの情報により債権者が昭和五九年一月にも飲酒運転をしていたことを初めて知った。

(三)  債務者の処分及び双方の事情

(1) 債務者の処分

債務者は債権者に対し、前記就業規則八二条六号、八四条二三号、三三号、三五号を適用し、懲戒解雇処分をもって対処せんと検討したが、そうなれば債務者の規定により退職金が貰えなくなること、債権者の再就職、家族への配慮等を慮って、債権者をより有利に扱うべく、懲戒解雇ではなく普通解雇で臨むことにした。すなわち、債務者は「自己の営業内容(自動車による旅客の運送事業等)に照らせば債権者が本件飲酒運転及び過去二度の飲酒運転(昭和五四年五月分と昭和五九年一月分)により債務者の社会的評価に重大な悪影響を与え、債務者としては右影響の排除及び企業秩序維持の必要性があること(以下、債務者の解雇事由という。)。」が九号の要件に該当するものとし、同号及び就業規則二一条一号を適用して「普通解雇」としての本件解雇をした。

(2) 双方の事情

(債権者関係)

ア 本件飲酒運転の翌一二日の債権者の乗務に関しては、予備の運転手が代行しており、債権者が逮捕されたことにより債務者に業務上の支障は発生していない。

イ 右飲酒運転にかかる行政処分として、同年一〇月一七日免許停止三〇日の処分がなされたが、債権者の持ち点数との関係で当日の講習により停止期間が一日に短縮されたところ、本件解雇がなかったとすれば右一日について年休を取り得たはずであるから、債権者の乗務への支障は生じない。

ウ 債権者は、本件飲酒運転前の三か月をとっても、皆勤以上に休日も出勤し、年休も取らない程勤務には誠実であった。

エ 債務者は債権者に対し、債権者が住む寮の明渡しを望んでいた。

オ 債権者は、本件飲酒運転(酒気帯び運転)により刑事処分として罰金五万円の処分を受けた。

カ 当庁には運輸一般らと債務者間の昭和六二年(ワ)第四八五号損害賠償請求事件が係属している(なお、運輸一般らは債務者に対して債務者に不当労働行為、不法行為があったとして損害賠償の請求をしている。)。

(債務者関係)

ア 債務者は自動車による旅客の運送事業等を業とする会社であるところ、債権者は乗合バス運転手として債務者に入社以来、昭和五四年五月、昭和五九年一月、昭和六三年九月(本件飲酒運転)と再三にわたり職場外の飲酒運転をし、債務者の社会的評価に悪影響を与え、あるいはその企業秩序を乱してきた。

イ 債権者の昭和五四年五月の飲酒運転の際、前記のとおり、債務者は債権者にチャンスを与えることとし、譴責処分等に止どめ、解雇は差し控えたところ、債権者は昭和五九年一月にも飲酒運転をし、しかもその旨を債務者に報告しなかった。

ウ 債務者は企業秩序維持等の観点から職場外の飲酒運転には厳しく対処してきており、債権者以外の職場外の飲酒運転をした乗合バス運転手を、昭和五五年一月に解雇している(なお、同人は当時の私鉄総連組合員であった。)。

2  以上の各事実により、本件解雇の効力について検討する。

(一)  解雇事由の有無

債務者は、前記認定のとおり本件解雇を普通解雇としてなしたのであるから、本件解雇が懲戒解雇に当たるか否かはさておき、本件解雇にかかる債務者の解雇事由が九号の要件に該当するか否かを検討する。

(1) 債務者が就業規則二〇条により普通解雇の解雇事由を制限していることは明らかであるが、同条九号には九号の要件が規定されているのであるから、「止むを得ない事由があったとき。」には債務者は債権者を普通解雇できるものと解するのが相当であるところ、債務者の営業内容が自動車による旅客運送事業等であること、その乗合バス運転手である債権者が再三にわたり職場外の飲酒運転を犯し、しかも警察からの身元照会などにより債権者が本件飲酒運転及び昭和五九年一月の飲酒運転を犯したことは初めて知ったことなどに照らせば、債務者の社会的評価が重大な悪影響を受け、あるいはその企業秩序が乱されたことは容易に推認でき、したがって債務者の存立ないし事業にとって不可欠なその社会的評価及び企業秩序を回復させる必要性があることも優に肯認できるところである。

(2) そうすると、債務者の解雇事由は九号の要件(「止むを得ない事由があったとき。」)に該当するものというべきであり、したがって、本件解雇は九号所定の解雇事由に基づいてなされた適法なものといわなければならない。

(二)  解雇権濫用の有無

双方にそれぞれ有利と思われる事情は前記認定のとおりであるところ、債権者の事情を十分考慮するとしても、なお債権者の情状は決して軽いものとはいえず、債務者の事情に照らせば本件解雇は解雇権の濫用に当たらず、したがって本件解雇は適法なものといわなければならない。

(三)  不当労働行為の有無

前記認定の「債権者の事情カ」のみでは債務者の不当労働行為意思を推認するに足りず、本件全疎明資料によるも、債務者の債権者に対する本件解雇が不当労働行為に当たるとの疎明はない。したがって本件解雇は適法なものといわなければならない。

3  以上の次第で、結局、債権者の本件申請は被保全権利についていずれも疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明に代えることは相当ではないから、その余の点について判断するまでもなく、本件申請をいずれも失当として却下することとし、申請費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 西池季彦 裁判官 新井慶有 裁判官 片岡勝行)

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