大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大津地方裁判所彦根支部 平成19年(ワ)146号 判決 2011年6月30日

原告

同訴訟代理人弁護士

田辺保雄

住田浩史

被告

Y1株式会社

同代表者代表取締役

被告

Y2

Y3

被告ら訴訟代理人弁護士

大園重信

主文

一  被告Y1株式会社は、原告に対し、一七三一万五八一一円及びこれに対する平成九年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告Y1株式会社に対するその余の請求並びに被告Y2及び被告Y3に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告Y1株式会社との間で生じたものについては、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告Y1株式会社の負担とし、原告と被告Y2との間で生じたもの及び原告と被告Y3との間で生じたものについては、いずれも原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告に対し、一八九一万五八一一円及びこれに対する平成九年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、訴外株式会社a(以下「a社」という。)の仲介により被告Y1株式会社(以下「被告会社」という。)から土地付き建売住宅を購入した原告が、当該住宅には修補不能な施工上の瑕疵があり、また、購入当時のa社の代表取締役であった被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び被告会社の代表取締役であった被告Y3(以下「被告Y3」という。)はいずれも当該住宅が瑕疵なく施工されることを確保すべき注意義務を負っていたのにこれを怠ったなどと主張して、被告会社に対しては、瑕疵担保責任、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(選択的併合)の支払を求め、被告Y2及び被告Y3に対しては、それぞれ平成一七年法律第八七号による改正前の商法二六六条の三又は不法行為に基づく損害賠償(選択的併合)の支払を求めた事案である。

一  前提事実(争いのない事実及び括弧内掲記の証拠等によって容易に認められる事実)

(1)  当事者等

被告会社は、土地建物の売買等を業とする会社である。

被告会社は、原告に対し、平成九年一月二六日、別紙一物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)及び同二の建物(以下「本件建物」という。)を二五八七万六七〇〇円で売却し(以下「本件売買契約」という。)、a社(旧商号「a1社」)は、被告会社のために本件売買契約を仲介した。ただし、本件建物は、本件売買契約締結当時建築されていなかった。

本件売買契約締結当時、被告Y2は、a社の代表取締役であり、被告Y3は、被告会社の代表取締役であった。

(2)  本件建物の建築等

被告会社は、平成八年一二月一六日本件建物について建築確認を取得した。

原告は、被告会社に対し、平成九年一月二六日本件売買契約の手附金として一二〇万円を支払った。

被告会社は、その後、本件建物の建築に着手し、同年四月二七日頃本件建物を完成させ、同年五月二〇日本件建物について、工事完了検査を受け、検査済証を取得した。

同日、原告は、被告会社に対し本件売買契約に基づく売買代金の残額を支払い、被告会社は、原告に対し本件土地及び本件建物を引き渡した。

原告は、本件土地及び本件建物の購入のために住宅金融公庫(以下「公庫」という。)から融資を受けていない。

(3)  原告とa社との和解

原告は、平成一九年六月二七日被告会社、被告Y2及び被告Y3に加えてa社を被告として本訴を提起し、本件建物の瑕疵についてはa社にも責任があると主張して、a社に対し損害賠償の支払を求めた(顕著な事実)。原告及びa社は、平成二〇年一月一一日a社が原告に対し五〇万円を支払い、原告が本訴におけるa社に対する訴えを取り下げることなどを内容とする和解をした。a社は、同月一七日原告に対し上記和解金五〇万円を支払った。

二  争点及び当事者の主張

(1)  瑕疵の判断基準等

(原告の主張)

ア 公庫仕様書①

本件売買契約においては、本件建物が公庫監修の木造住宅工事共通仕様書所定の仕様(以下「公庫仕様」という。)を満たすことが予定されており、公庫仕様に従って施工されていない箇所は瑕疵に該当する。この点に関し、次の(ア)及び(イ)の各事情がある。

(ア) a社は、本件建物が公庫仕様を満たす物件であるとの広告をした一方で、本件売買契約締結に際し、本件建物が公庫仕様を満たさないとの説明をせず、原告は、本件建物が公庫仕様を満たすと信じて本件売買契約を締結した。

(イ) 本件売買契約の契約書が引用する仕様書は、被告会社が本件土地及び本件建物と同時期に分譲した本件土地及び本件建物に近接する公庫による融資の対象になった物件(以下「公庫融資対象物件」という。)の売買契約書が引用する仕様書と同一である。建築確認申請書添付の図面においても、本件建物の仕様と公庫融資対象物件の仕様は同一であるし、本件建物の建築確認申請書には、公庫による融資を受ける場合でなければ必要とされない矩形図が添付されている。また、本件土地及び本件建物の単位面積あたりの価格は、公庫融資対象物件の単位面積あたりの価格と同水準である。

イ 公庫仕様書②

公庫仕様は、庶民用住宅の最低限の品質を画し、建築基準法の具体的な解釈基準を示すものである。したがって、公庫仕様に準拠する旨の合意の有無にかかわらず、公庫仕様に沿って施工されていない箇所は瑕疵に該当する。

ウ 設計図書

設計図書に従って施工されていない箇所は瑕疵に該当する。

(被告らの主張)

本件売買契約においては、本件建物が公庫仕様を満たすことが予定されてはいないし、公庫仕様は、建築基準法が要求する基準とは異なるものであるから、本件建物については、公庫仕様を満たさない点があったとしても、当時の建築基準法が要求する水準を満たす限り、瑕疵があるとはいえない。

a社は、本件土地及び本件建物と同時期に売りに出した物件について、買主が公庫から融資を受けるときには公庫仕様に従って施工する旨を広告に記載したにすぎない。a社は、本件売買契約締結に先立って、原告に対し、本件土地及び本件建物が公庫による融資の対象にならないことを説明し、原告は、そのことを承知して本件売買契約を締結した。

(2)  本件建物の瑕疵の有無及び内容

原告及び被告らの主張の骨子は、別紙二のとおりである。

(原告の主張)

ア 根がらみ

公庫仕様は、床づかに根がらみを添え付けることを求めている。また、本件建物の設計図書は、根がらみを設置することとしている。しかし、本件建物には、設計図書に従って根がらみが施工されていない箇所がある。

イ 一階天井裏①

公庫仕様は、柱の端部と横架材を金物又は込みせん打ちによって緊結することを求めている。しかし、本件建物の一階天井裏においては、柱の上端部が横架材と緊結されていない。

ウ 一階天井裏②

公庫仕様は、筋かいの端部をその筋かいが取り付く柱の端部と緊結することを求めている。また、本件建物の設計図書は、筋かいを金物補強することとしている。しかし、本件建物の一階天井裏においては、筋かい上端部が金物補強されていない。

エ 一階天井裏③

公庫仕様は、胴差と通し柱との仕口をかたぎ大入れにして金物補強することを求めている。また、本件建物の設計図書は、胴差と通し柱を羽子板ボルトで緊結することとしている。しかし、本件建物の一階天井裏においては、胴差と通し柱との仕口がかたぎ大入れになっておらず、金物補強もされていない。

オ 二階天井裏①

公庫仕様は、軒桁と小屋ばりとの仕口を羽子板ボルト等で緊結することを求めている。また、本件建物の設計図書は、軒桁と小屋ばりとの仕口を羽子板ボルトで緊結することとしている。しかし、本件建物においては、軒桁と小屋ばりとの仕口に羽子板ボルトが用いられていないか、羽子板ボルトが用いられていてもその羽根部分が通しボルトで固定されていない。

カ 二階天井裏②

公庫仕様は、たる木の桁への留め付けにひねり金物を用いることを求めている。また、本件建物の設計図書は、たる木の桁への留め付けをひねり金物で行うこととしている。しかし、本件建物においては、たる木の桁への留め付けにひねり金物が用いられていない。

キ 外壁

公庫仕様は、筋かいが取り付く隅柱と土台との仕口を金物で緊結することを求めている。また、本件建物の設計図書は、筋かいを金物補強することとしている。しかし、本件建物においては、筋かいが取り付く隅柱と土台との仕口が金物で緊結されていない。

ク 基礎①

本件建物の設計図書は、基礎の底盤の厚さを一五〇ミリメートルとし、そこに一三ミリメートル径の鉄筋を配置することとしている。しかし、実際の施工状況を見ると、底盤の厚さは、薄いところで五〇ミリメートルしかなく、平均しても一〇〇ミリメートルに満たないし、配置されている鉄筋は、九ミリメートル径である。

ケ 基礎②

基礎底盤に鉄筋を配置するときは、その間隔を二〇〇から二五〇ミリメートルとすべきであるが、本件建物の基礎においては、鉄筋が三〇〇ミリメートル間隔で配置されている。

(被告らの主張)

本件建物には、一部設計図書と合致しない点があるが、本件建物は、建築確認を受け、完了検査にも合格しているのであって、建築基準法所定の基準を満たしており、本件建物に瑕疵はない。なお、上記(1)(被告らの主張)のとおり、本件においては、公庫仕様は瑕疵の判断基準にならないが、本件建物には公庫仕様を満たす点もある。

ア 根がらみ

被告会社は、根がらみを施工した。

イ 一階天井裏①

柱上端部と横架材が緊結されていない箇所が一部存在するが、他の箇所は緊結されている。緊結されていない箇所については、緊結が不要である。

ウ 一階天井裏②

筋かい上端部と柱が緊結されていない箇所が一部存在するが、他の箇所は緊結されている。緊結されていない箇所については、緊結が不要である。

エ 二階天井裏①

羽子板ボルトが通しボルトで固定されていない箇所があることは認めるが、それらの箇所は、一部を除いて、コーチスクリューボルトで固定されている。コーチスクリューボルトによる固定に問題はない。

(3)  被告らの責任

(原告の主張)

本件建物は、原告と被告会社との合意内容に合致しないだけでなく、安全性も欠いており、本件建物を建築し販売した被告会社は、瑕疵担保、債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

被告Y2は、本件売買契約締結当時、a社の代表取締役であるだけでなく、被告会社の取締役でもあり、両社が行う本件建物の建築及び販売を統括していたのであるから、本件建物が公庫仕様を満たす旨の広告をa社が出した以上、本件建物が公庫仕様に従って施工されるよう注意すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った。

被告Y3は、本件売買契約締結当時の被告会社の代表取締役であるだけでなく、本件建物の建築主兼工事施工者でもあった。また、被告会社は、本件建物の建築にあたって、その設計及び工事監理も担当した。以上の諸事情に照らせば、被告Y3には、本件建物が設計に従って安全に建築されるように被告会社の従業員等を指揮監督すべき注意義務が課されていたというべきであるが、被告Y3はこれを怠った。

(4)  損害

(原告の主張)

ア 建て替え費用 一四八四万四一一一円

本件建物の瑕疵は修補不能であり、建て替えが必要である。

被告らが主張するあと施工アンカーを用いる工法は、長期荷重に対する安全性が確認されておらず、補修の方法として不適当である。また、この点を除いても、本件建物の瑕疵は広範囲に及んでおり、補修工事に要する金額が建て替えに要する金額を超えることになる。

本件建物を解体して本件土地上に本件売買契約の約定どおりの建物を建築するには一四八四万四一一一円を要する。

イ 建物賃借費用 六〇万円

本件建物の解体及び本件土地上への新建物の建築には少なくとも六か月を要し、原告及びその家族は、その間本件建物以外の場所で生活する必要がある。本件建物と同等の賃貸住宅の賃料は月額一〇万円である。

ウ 転居費用 四〇万円

本件建物と賃貸物件との間の転居(往復)に要する費用は四〇万円を下らない。

エ 慰謝料 一〇〇万円

夢のマイホームを求め、多額の資金を投入して本件建物を購入した原告は、期待に反し、倒壊の不安に苛まれながら本件建物に居住することになり、さらに、建て替えのための転居という負担を強いられて、精神的苦痛を被った。そして、被告Y2は、本訴追行中、原告代理人らに対し、本訴請求が「チンピラ、ヤクザの請求のように思えてならない」と述べ、これにより原告の精神的苦痛は増大した。このような原告の精神的苦痛を慰謝するのに必要な金額は一〇〇万円を下らない。

オ 調査費用 三七万一七〇〇円

本訴提起前の調査に三一万五〇〇〇円、本訴提起後の基礎調査に五万六七〇〇円を要した。

カ 弁護士費用 一七〇万円

(被告らの主張)

ア 補修費用 二六七万二四九六円

上記(2)(被告らの主張)のとおり、本件建物には設計図書と合致しない部分が幾つかあるが、いずれの点も補修が可能である。すなわち、金物が欠けている部分については、これを設置すれば足りるし、基礎については、既設基礎の底盤の上に新たに底盤を打ち増し、これをあと施工アンカーを用いて既設基礎の立ち上がり部分と一体化させることによって、設計図書が予定した基礎よりも強度を高くすることが可能である。これらの補修に要する費用は、二六七万二四九六円である。

イ 建物賃借費用 三三万五五〇〇円

本件建物の補修工事に必要な期間は、長くても二か月であり、本件建物と同じ地域にある本件建物と同等の建物の賃料は月額七万円である。これに礼金、仲介手数料及び火災保険料等の費用を加えると、補修工事の期間中賃貸物件で生活するために必要な費用は合計三三万五五〇〇円になる。

ウ 転居費用 二〇万円

二回の転居に必要な費用は合計二〇万円である。

(5)  損害賠償の支払

(被告らの主張)

上記一(3)のa社による五〇万円の支払によって、原告の被告らに対する損害賠償請求権は、同額について消滅した。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)

(1)  公庫仕様

証拠<省略>、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、a社が平成九年一月頃、本件建物が「高品質仕様」であり、「公庫〝新基準〟対応住宅」である旨の広告(以下「本件広告」という。)を作成してこれを新聞に折り込む方法等により配布したこと、通常人の一般的な読み方を基準にすれば本件広告にいう「高品質仕様」及び「公庫〝新基準〟」が公庫仕様を意味すること並びに原告が本件広告を読んで本件建物が公庫基準を満たすと信じて本件売買契約を締結したことがいずれも認められる。この点に関し、被告Y3は、本人尋問において、曖昧ではあるが、本件売買契約締結に先立って原告に対し本件建物が公庫仕様を満たさないことが説明されているはずであるという趣旨とも解し得る供述をするが(四八項)、想像の域を出ないものであって採用できない。

以上の諸事情によれば、原告及び被告会社は、本件売買契約において、被告会社が本件建物を当時の最新の公庫仕様を満たすように施工することを合意したと認められ、本件売買契約の当事者である被告会社との関係においては、公庫仕様に照らして本件建物の瑕疵の存否を判断するのが相当である。そして、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件売買契約締結時点における木造住宅に係る最新の公庫仕様は、木造住宅工事共通仕様書平成八年度(第二版)所定の仕様であると認められる(以下では、「公庫仕様」というときは、当該仕様を指すこととする。)。

(2)  設計図書

証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、a社は、本件売買契約締結の日である平成九年一月二六日原告に対し本件建物の基礎伏図、一階平面図及び矩形図等(以下「本件設計図書」と総称する。)を添付した本件土地及び本件建物についての重要事項説明書を交付したと認められ、このことによれば、原告及び被告会社は、本件売買契約において、被告会社が本件建物を本件設計図書に従って施工することを合意したと認められる。したがって、本件売買契約の当事者である被告会社との関係においては、本件設計図書に照らして本件建物の瑕疵の存否を判断するのが相当である。

二  争点(2)

(1)  根がらみ

証拠<省略>によれば、公庫仕様(五.八.二.三)は、床づかに根がらみを添え付けることを要求し、本件設計図書(基礎伏図)は、本件建物の床づかに根がらみを添え付けることとしていると認められる。

そして、本件建物の床づかの一部には、少なくとも現時点においては、根がらみが設置されていないことについては、当事者間に争いがない。しかし、証拠<省略>、証人Bの証言(四一項)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社が本件建物を原告に引き渡した時点においては、これらの箇所に根がらみが設置されていたと認められる。

以上によれば、根がらみに関しては、本件建物に瑕疵があるとは認められない。

(2)  一階天井裏①

証拠<省略>によれば、公庫仕様(五.一.三.二及び五.二.二)は、柱の上端部と横架材との仕口について、原則として、金物補強又は込みせん打ちを要求していると認められる。また、原告は、本件建物の一階天井裏に柱の上端部と横架材との仕口が四四か所あると主張し、被告らは、当該主張を争うことを明らかにしないので、これを認めたものとみなす。

そして、証拠<省略>によれば、上記四四か所の仕口のうち、一か所については、金物補強も込みせん打ちもされていないと認められる。また、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、原告及び被告らが上記四四か所の仕口のうち、金物補強も込みせん打ちもされていない上記一か所の仕口に加えて、合計五か所の仕口を視認したが、いずれの仕口においても、金物補強又は込みせん打ちの施工を確認することができなかったことが認められる。なお、この点に関し、C(以下「C」という。)外二名作成の平成二一年七月一〇日付け現地見分報告書には、「柱接合金物(山形金物等)」との表題の下に、「確認できた範囲においては、施工可能なところには全て山形(V形)金物が取り付けられている」との記載があり、C外一名作成の平成二一年一一月一一日付け主張一覧表においては、当該記載が一階天井裏における柱上端部と横架材との仕口の瑕疵を指摘する原告の主張に対する反論として位置づけられている。しかし、当該記載が紹介する山形(V形)金物が取り付けられている仕口は、いずれも二階天井裏のものである。以上の諸事情によれば、上記四四か所の仕口は、いずれも金物補強も込みせん打ちもされていないと推認することができ、これらは瑕疵に該当する。

(3)  一階天井裏②

証拠<省略>によれば、公庫仕様(五.二.一.二)は、筋かいの仕口について、原則として、金物補強をするか、一部かたぎ大入れ一部びんた延ばしにしてN七五のくぎ五本を平打ちにすることを要求し、本件設計図書(矩形図)は、本件建物の筋かいを金物で補強することとしていると認められる。また、原告は、本件建物の一階には、筋かいの仕口が三二か所あると主張し、当該主張は、本件建物の一階天井裏には、筋かい上端部の仕口が一六か所あるという趣旨であると解されるところ、被告らは、当該主張を争うことを明らかにしないので、これを認めたものとみなす。

そして、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、原告及び被告らが上記一六か所の仕口のうち二か所の施工状況を確認したこと及びこれら二か所の仕口がいずれも金物補強されておらず、かたぎ大入れにした上でくぎ二本が打たれているにすぎないことが認められ、これらの事実によれば、上記一六か所の仕口のいずれについても、金物補強もくぎ五本の平打ちもされていないと認められ、これらは瑕疵に該当する。

(4)  一階天井裏③

証拠<省略>によれば、公庫仕様(五.一.五.三)は、通し柱と胴差との仕口について、かたぎ大入れにして金物補強することを要求し、本件設計図書(矩形図)は、本件建物の通し柱と胴差との仕口を羽子板ボルトで補強することとしていると認められる。また、原告は、本件建物には通し柱と胴差との仕口が六か所あると主張し、被告らは、当該主張を争うことを明らかにしないので、これを認めたものとみなす。

そして、上記六か所の施工状況について検討すると、まず、かたぎ大入れの点については、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、原告及び被告らが上記六か所の仕口のうち一か所の施工状況を確認したこと及び当該仕口がかたぎ大入れになっていないことがいずれも認められ、これらの事実及び弁論の全趣旨によれば、上記六か所の仕口はいずれもかたぎ大入れになっていないと認められ、これらは瑕疵に該当する。なお、C外二名作成の平成二二年一月二五日付け「被告主張の整理」と題する書面には、上記仕口は、かたぎ大入れにはなっていないが、かたぎ大入れの趣旨を満足する内容になっているとの記載があるが、当該記載は、具体性を欠くものであるし、Cらは、当該仕口がどのように加工されているかを知らないというのであるから、上記仕口がかたぎ大入れの趣旨を満足する内容になっているとの記載を採用することはできない。

次に金物補強についてみると、上記六か所の仕口のうち、一か所については、その施工状況を撮影した写真四枚が証拠として提出されており、これらの写真には、いずれも金物が写っていない。しかし、これらの写真は、いずれも胴差の内側(建物の中心側)及び下側を撮影したものであって、胴差の外側及び上側を写していないので、これらの写真によっては、上記仕口が金物で補強されていないと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そして、その他五か所の仕口が金物補強されていないことを認めるに足りる証拠もない。したがって、通し柱と胴差との仕口の金物補強の点については、本件建物に瑕疵があるとは認められない。

(5)  二階天井裏①

証拠<省略>によれば、公庫仕様(五.五.一.四)は、小屋ばりと軒桁との仕口を羽子板ボルトで補強することを要求し、本件設計図書(矩形図)は、本件建物の小屋ばりと軒桁との仕口を羽子板ボルトで補強することとしていると認められる。

これに加えて、原告は、羽子板ボルトの接合には通しボルトを使用しなければならないと主張する。そこで検討すると、証拠<省略>によれば、公庫仕様は、羽子板ボルトの接合金具として通しボルトを使用することを指定してはいないと認められる。また、証拠<省略>によれば、本件設計図書も羽子板ボルトの接合金具として通しボルトを指定してはいないと認められる。この点に関し、証人Bは、羽子板ボルトをコーチスクリューボルトで接合するのであれば、専用の羽子板ボルト及びコーチスクリューボルトを用いるべきであるという趣旨の供述をし(六八項)、同人作成の陳述書にも同旨の記載があるが、いずれも具体的な根拠を示しておらず、これらの供述及び記載を採用することはできない。

そして、証拠<省略>並びに弁論の全趣旨によれば、本件建物の二階天井裏には、軒桁と小屋ばりとの仕口が少なくとも一四か所存在すること、①このうち二か所については羽子板ボルトが設置されていないこと、②他の一か所については羽子板ボルトが設置されているがその羽根部分が金具で接合されていないこと及び③他の三か所については羽子板ボルトが設置されコークスクリューボルトで接合されていることがいずれも認められ、①及び②の点は、いずれも瑕疵に該当するが、③の点については、羽子板ボルトの接合にコーチスクリューボルトを用いることが不適切であることを認めるに足りる証拠はなく、これが瑕疵に該当するとは認められない。

その他の仕口については、その施工状況を認めるに足りる証拠はなく、これらに瑕疵があるとは認められない。

(6)  二階天井裏②

証拠<省略>によれば、公庫仕様(五.五.五.四)は、たる木の桁への留め付けに、ひねり金物、折り曲げ金物又はくら金物を用いることを要求し、本件設計図書(矩形図)は、たる木の桁への留め付けにひねり金物を用いることとしていると認められる。そして、本件建物において、たる木の桁への留め付けにこれらの金物が用いられていないことについては、当事者間に争いがなく、これは瑕疵に該当すると認められる。

ところで、本件建物に用いられているたる木の正確な数を認めるに足りる証拠はなく、したがって、たる木の桁への留め付けに関する施工不良箇所の数を正確に認定することはできないが、証拠<省略>によれば、本件建物の屋根の形(平面)は、長辺約一一メートル、短辺約五メートルの長方形に近く、本件設計図書(矩形図)は、四五〇ミリメートル間隔でたる木を設置することとしていると認められ、これらによれば、たる木と桁の留め付けが必要な箇所は相当数に及ぶと認められる。

(7)  外壁

証拠<省略>によれば、公庫仕様(五.二.二.三)は、原則として、筋かいが取り付く隅柱と土台との仕口を金物補強又は込みせん打ちすることを要求していると認められる。

そして、証拠<省略>によれば、本件建物には、筋かいが取り付く隅柱と土台との仕口が少なくとも六か所あると認められるが、これらの仕口の施工状況を正確に認定するに足りる証拠はなく、これらの仕口に瑕疵があるとは認められない。この点に関し、証人Bは、上記六か所の仕口の一か所の施工状況を確認したところ、当該仕口は金物で固定されていなかったと供述をするが(四七八項)、当該供述は、客観的な裏付けを欠くものであって採用できない。なお、上記六か所の仕口のうち一か所の付近を撮影した写真が七枚証拠として提出されているが、これらの写真によっては、当該仕口が金物で固定されていないことを確認することはできない。

(8)  基礎①

証拠<省略>によれば、本件設計図書(矩形図)は、本件建物の基礎の底盤の厚さを一五〇ミリメートルとし、これに一三ミリメートル径の鉄筋を配置することとしていると認められる。

そして、証拠<省略>、証人B及び証人Cの各証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告が本件建物の基礎を三か所円柱状に切り抜いたこと、その三か所においては底盤の厚さ(底盤の上端から地業までの最短距離)が約五〇ミリメートルから約七〇ミリメートルであったこと及び配置された鉄筋が一〇ミリメートル径の異形鉄筋であったことがいずれも認められ、これらの事実によれば、本件建物の基礎の底盤の施工状況は、他の場所でも同様であると推認でき、底盤の厚さ及び鉄筋の太さが本件設計図書が予定している厚さ及び太さに満たないことは、いずれも瑕疵に該当する。

さらに、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件売買契約締結当時の標準的な施工方法に照らすと、本件建物と同等の建物の基礎をべた基礎にする場合、底盤の厚さは少なくとも一〇〇ミリメートルは必要であったと認められ、上記認定の本件建物の底盤の厚さは、単に約定に反するだけでなく、通常有すべき安全性を欠くものであると認められる。

(9)  基礎②

証拠<省略>によれば、本件設計図書(矩形図)は、本件建物の基礎の底盤に鉄筋を三〇〇ミリメートル間隔で配置することとしていると認められる。原告は、この点について、鉄筋の間隔は広くても二五〇ミリメートルとすべきであると主張し、これは設計上の瑕疵を指摘するものである。しかし、平成一二年六月一日施行の建設省告示同年第一三四七号は、べた基礎の底盤には補強筋として径九ミリメートル以上の鉄筋を三〇センチメートル以下の間隔で配置することを求めており、このことを踏まえてもなお本件建物の建築当時の一般的な施工方法が本件建物と同等の基礎底盤に二五〇ミリメートル以下の間隔で鉄筋を配置することを求めていたことを認めるに足りる証拠はなく、本件設計図書(矩形図)が本件建物の基礎の底盤に鉄筋を三〇〇ミリメートル間隔で配置することとしていることが瑕疵に該当するとは認められない。

(10)  小括

以上のとおり、本件建物には次のとおりの瑕疵が存在する。

ア 一階天井裏①

四四か所ある柱上端部と横架材との仕口がいずれも金物補強等されていない。

イ 一階天井裏②

一六か所ある筋かい上端部の仕口がいずれも金物補強等されていない。

ウ 一階天井裏③

六か所ある通し柱と胴差との仕口がいずれもかたぎ大入れになっていない。

エ 二階天井裏①

少なくとも一四か所ある軒桁と小屋ばりとの仕口のうち三か所に羽子板ボルトが適切に設置されていない。

オ 二階天井裏②

たる木の桁への留め付けにひねり金物等が使われていない。

カ 基礎①

底盤の厚み及び鉄筋の太さがいずれも不十分である。

三  争点(3)

弁論の全趣旨によれば、上記二認定の各瑕疵は、いずれも隠れた瑕疵であると認められ、被告会社は、瑕疵担保責任を負う。

次に、被告Y3の責任を検討する。上記二認定説示のとおり、本件建物に存する瑕疵は、いずれも施工上の瑕疵というべきである。そして、証拠<省略>によれば、本件建物建築の工事施工者及び工事監理者は、いずれも被告会社であったと認められる。しかし、被告会社の代表取締役であった被告Y3が自ら本件建物の工事を施工し又は監理したことを認めるに足りる証拠はなく、本件建物の施工に瑕疵があることをもって直ちに被告Y3に当該瑕疵を生じさせたことについて故意又は過失があったということはできない。また、本件全証拠によっても、被告Y3が故意に本件建物に瑕疵を生じさせたことも、本件建物に瑕疵が生じたことについての被告Y3の過失を基礎付けるに足りる事実も認められない。なお、被告Y3の本人尋問の結果によれば、被告会社が本件建物の施工を現実に担当した下請会社に対し本件売買契約の重要事項説明書添付の図面とは別の図面を交付したこと及び被告Y3が当時そのことを認識していたことがいずれも認められ、下請業者に交付された図面が重要事項説明書添付の図面と異なっていたことが本件建物に施工上の瑕疵が生じた原因である可能性も考えられなくはないが、両者がどのように相違していたのかを認めるに足りる証拠はなく、被告会社が下請業者に対し重要事項説明書添付の図面とは別の図面を交付したこと及び被告Y3がそのことを認識していたことは、被告Y3の過失を基礎付ける事実としては不十分である。

被告Y2についても同様であり、本件全証拠によっても、被告Y2が故意に本件建物に瑕疵を生じさせたことも、本件建物に瑕疵が生じたことについての被告Y2の過失を基礎付けるに足りる事実も認められない。

四  争点(4)

(1)  建て替え費用

上記二認定説示のとおり、本件建物の瑕疵は、本件建物の広範囲にわたって存在する。このことに並びに証拠<省略>、証人Bの証言及び弁論の全趣旨によれば、本件売買契約が予定した建物と同等の建物を原告に取得させるためには、本件建物を取り壊して、本件土地上に新たに建物を建築する必要があり、それに要する費用は一四八四万四一一一円であると認められる。

なお、被告らは、上記二(10)の各瑕疵のうち、ウ及びオについては、補修方法やそれに要する費用について証拠を一切提出せず、アについては、緊結されていない仕口が六か所のみであることを前提にした補修方法及び費用についての証拠<省略>しか提出しないので、この点だけを捉えても、瑕疵修補が不能であるとの上記認定を覆すに足りる証拠はないといえるが、本訴の審理の経過に鑑みて、被告らが基礎の補修方法として主張するあと施工アンカーを用いる工法によって本件建物の基礎に本件設計図書(矩形図)が予定している水準又は本件建物と同等の建物の基礎が通常有すべき水準の強度を付与することができるか検討する。

建築基準法施行令は、建築物の基礎は建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝えるものでなければならないと定め(三八条一項)、また、建築物に作用する荷重及び外力を建物の自重等の長期に生じる力と地震等による短期に生じる力とに分けている(八二条以下)。本訴において争われているのは、あと施工アンカーを用いた工法によって長期荷重に対する安全性を確保できるか否かである。この点について、D(以下「D」という。)作成の陳述書は、あと施工アンカーを用いた工法によって長期荷重に対する安全性を確保できる根拠及びあと施工アンカーを用いた工法によっては長期荷重に対する安全性を確保できない旨の原告の主張に対する反論として次の三点を指摘する。

D作成の陳述書は、一点目として、日本建築学会作成の「各種アンカーボルト設計指針・同解説」(以下「建築学会指針」という。)に「本指針では、適用範囲を機器類およびその支持構造物の定着部ならびに耐震補強用としての後打ち耐震壁等の定着部に用いるアンカーボルトの設計に限定している。しかしながら、本指針に示すアンカー工法のうちには、一般の構造部材の定着部に適用可能なものも含まれており、また、本指針で採用した設計思想はアンカー工法の種別によらず一般的に適用できる性格のものであるから、設計者が対象とする定着部の応力状態及び採用するアンカー工法の力学的特性を解析あるいは実験により十分把握することができれば、本指針の適用範囲をこえた応用も可能であろう」との記述があることを挙げる。しかし、以上の記述からわかることは、非構造部材以外の定着にアノカー工法を用いることは、それが耐震補強でない限りは、建築学会指針の対象範囲外であるが、個別に解析や実験をすることにより、建築学会指針の対象範囲外の目的にもアンカー工法を用い得るということであり、建築学会指針は、基礎の長期荷重に対する安全性を高めるためにあと施工アンカーを用いることが有効適切である旨述べるものではない。

D作成の陳述書は、二点目として、国土交通省作成の「あと施工アンカー・連続繊維補強設計・施工指針」(以下「国交省指針」という。なお、国交省指針は、あと施工アンカーの長期荷重に対する安全性を認めていない。)は、鉄筋コンクリート造又は鉄筋鉄骨コンクリート造の建築物における耐震補強工事についての指針であって、木造建築である本件建物の基礎の補強とは関係がない旨指摘する。証拠<省略>によれば、国交省指針は、既存の鉄筋コンクリート造及び鉄骨鉄筋コンクリート造の建築物を対象として行われる耐震補強工事に関する指針であると認められ、この限りにおいては、D作成の陳述書の上記指摘は当を得たものといえる。しかし、このことは、鉄筋コンクリート造及び鉄筋鉄骨コンクリート造の建築物の耐震補強工事以外の用途についてあと施工アンカーの長期荷重に対する安全性が認められていることを意味するものではない。かえって、証拠<省略>によれば、国土交通大臣は、国交省指針に定められた適用範囲内で使用することを条件にして、あと施工アンカーに関する許容応力度等を指定していると認められ、このことによれば、少なくとも国土交通省は、国交省指針に定められた適用範囲外においては、あと施工アンカーの安全性を確認していないというべきである。

D作成の陳述書は、三点目として、国土交通省住宅局建築指導課監修の「木造住宅の耐震診断と補強方法」が、長期荷重を受ける基礎の補強にあと施工アンカーを用いることを提案していると指摘する。なるほど証拠<省略>によれば上記書籍が基礎の耐震補強の方法としてあと施工アンカーを用いた工法を紹介していることが認められるが、補強の対象となる部位が長期荷重を受けるということと、当該補強が長期荷重に対する安全性を高めることを目的としているということとは別問題であり、上記書籍によっては、あと施工アンカーの長期荷重に対する安全性が確認されていると認めることはできない。

以上を要するに、D作成の陳述書は、あと施工アンカーを用いた工法の安全性を積極的に基礎付けるものではなく、D作成の陳述書によっては、あと施工アンカーを用いた工法が本件建物の基礎の瑕疵修補のための相当な方法であると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

(2)  その他の損害

上記(1)認定説示のとおり、本件売買契約の目的を達するためには、本件建物を取り壊して本件土地上に新たに建物を建築することが必要であり、原告及びその家族は、取壊し工事及び新築工事の期間中本件建物以外の場所で生活する必要がある。そして、証拠<省略>、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告が妻及び子と本件建物で生活していること、取壊し工事及び新築工事の期間中原告及びその家族が本件建物と同等の建物を賃借するのに必要な費用が六〇万円であること並びに原告及びその家族が賃貸住宅に転居し、その後、本件土地上に新築された建物に再度転居するのに必要な費用が合計四〇万円であることがいずれも認められる。

また、当裁判所に顕著である被告の応訴態度及び弁論の全趣旨によれば、原告が本訴において主張している損害賠償請求権の実現のためには、建築の専門家に調査を依頼し、弁護士に訴訟追行を依頼することが必要であったと認められ、これらの専門家に支払うべき費用等は、本件建物の瑕疵により原告に生じた損害であると認められる。そして、証拠<省略>並びに弁論の全趣旨によれば、建築士に本件建物の調査を依頼するのに必要な費用は合計三七万一七〇〇円であり、本訴追行に必要な弁護士費用は一六〇万円であったと認められる。

原告は、これらの損害に加えて、慰謝料を請求する。しかし、経済的損害の填補によって填補し尽くされない損害が本件建物の瑕疵によって原告に生じたことを認めるに足りる証拠はない。

(3)  小括

以上のとおり、本件建物の瑕疵によって原告に生じた損害は、合計一七八一万五八一一円になる。

五  争点(5)

上記第二の一(3)の支払によって、上記四認定の原告の損害のうち五〇万円が填補されたと認められる。

六  結論

以上の次第であるから、本訴請求は、被告会社に対し一七三一万五八一一円並びにこれに対する原告が本件売買契約に基づく代金全額を支払い本件土地及び本件建物の引き渡しを受けた日の翌日である平成九年五月二一日以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余については、理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂庭正将)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例