大津地方裁判所長浜支部 平成22年(ワ)67号 判決 2011年9月29日
主文
一 被告は、原告に対し五五九万一七五〇円及びこれに対する平成二二年五月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、被告と車両保険契約を締結した原告が、当該車両保険契約の被保険自動車が自損事故により全損になったと主張して、主位的に自らが当該車両保険契約の被保険者であると主張して、予備的に、当該車両保険契約の被保険者から保険金請求権を譲り受けたと主張して、被保険自動車の全損により生じた保険金の支払及びこれに対する請求(訴状送達の日)の翌日以降の商事法定利率による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提事実(争いのない事実及び括弧内掲記の証拠等によって容易に認められる事実)
(1) 当事者
被告は、損害保険業等を目的とする会社である(顕著な事実)。
(2) 保険契約の締結等
ア 保険契約の締結
原告及び被告は、平成二一年九月一一日、原告を保険契約者、被告を保険者、次の車両(以下「本件自動車」という。)を被保険自動車、保険料を三五万七六〇〇円、保険期間を同日から一年間とする一般自動車総合保険契約を締結した。
車名 メルセデス・ベンツ
型式 GH―230475
車台番号 <省略>
登録番号 <省略>
イ 車両保険及び普通保険約款
上記アの一般自動車総合保険契約には、協定保険価額及び保険金額をいずれも五二五万円とする車両保険契約(以下「本件保険契約」という。)が含まれている。本件保険契約の普通保険約款には、次の(ア)ないし(ウ)を内容とする各条項がある。
(ア) 被告は、衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、こう水、高潮その他の偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害に対して、被保険者に保険金を支払う(五章一条一項)。
(イ) 被保険自動車の所有者を被保険者とする(五章二条)。
(ウ) 被告は、保険契約者、被保険者又は保険金を受け取るべき者の故意によって生じた損害に対しては、損害を支払わない(五章三条一項)。
ウ 車両価額協定保険特約等
本件保険契約には車両価額協定保険特約が付されており、本件保険契約の普通保険約款及び車両価額協定保険特約によれば、保険金支払の対象となる事故により被保険自動車が全損になった場合(被保険自動車の損傷を修理することができない場合又は被保険自動車を事故発生直前の状態に復旧するために必要な修理費が保険価額以上になる場合)、被告は、被保険者に対し、保険金として、①協定保険価額、②保険価額の一割相当額(上限二〇万円)の全損時諸費用保険金及び③被保険自動車が自力で走行できない状態になったときには被保険自動車の修理等を行う場所又は納車場所として社会通念上妥当と認められる場所へ被保険自動車を運搬するための費用を支払うこととされている。
(3) 本件自動車の所有権移転の経緯等
aエンタープライズことA(以下「A」という。)は、平成二〇年五月二七日本件自動車を売買により取得した。
平成二一年九月一〇日、本件自動車について、原告を使用者とする変更登録がされた。
(4) 本件自動車の損傷
原告は、平成二一年一一月一五日夜、木之本警察署に対し、同日午後四時四五分頃滋賀県伊香郡(現長浜市)木之本町大字金居原地先路上において本件自動車を路外に逸脱させる自損事故(以下「本件事故」という。)を起こした旨を報告した。
本件自動車は、同月一七日当時全損していた。
(5) 債権譲渡
Aは、平成二三年二月二日原告に対し上記(2)アの保険契約から生じた被告に対する一切の保険金請求権を譲渡し、同月三日被告に対しその旨を通知した。
二 争点及び当事者の主張
(1) 本件保険契約の被保険者
(原告の主張)
原告は、平成二一年九月四日Aから本件自動車を代金五三〇万円、代金を分割払とし、代金完済まで本件自動車の所有権をAに留保するとの約定で買い受けた。
車両保険の被保険車両である自動車が所有権留保付きで割賦販売されたものである場合、売主である名義上の所有者ではなく、買主である名義上の使用者が当該車両保険の被保険者になる。
(被告の主張)
原告主張の売買契約締結の事実を否認する。
上記事実が存在するとしても、本件事故があったとされる日の当時、本件自動車の所有者はAであり、したがって、本件保険契約の被保険者もAであった。
(2) 本件事故の発生
(原告の主張)
本件事故の概要は次のとおりである。すなわち、原告は、本件自動車を運転して滋賀県伊香郡(現長浜市)木之本町から岐阜県大垣市内に向かう際、山中を走る国道三〇三号線の新道から枝分かれして走る旧道を走行中、前方道路が狭く、道路脇に草木が生い茂っていたので、そのまま進行して車体に傷が付くことを心配し、方向転換をして新道に戻ろうと考え、ハンドルを右に切りながら後退していったん路外右側にある雑草地に本件自動車を移動させ、当該雑草地から前進して旧国道三〇三号線に左折進入する方法により方向転換をしようとしたところ、当該雑草地の広さを正確に把握していなかったことなどにより、当該雑草地で本件自動車を停止させることに失敗し、その後方の川に滑落した。
(被告の主張)
本件事故は、発生していない。本件事故に関する原告及びその関係者の説明や行動には、別添の第一、二及び四準備書面記載のとおり、種々不自然な点がある。
(3) 運搬費用
(原告の主張)
本件事故により本件自動車は自走不能になり、その運搬費用に一四万一七五〇円を要した。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)
証拠<省略>によれば、Aは、平成二一年九月四日原告に対し本件自動車を代金五三〇万円(諸費用及び消費税相当額を含む。)とし、最終弁済期を平成二三年三月二五日とする分割払により代金を支払い、代金完済まで本件自動車の所有権をAに留保するとの約定で売却したと認められ、当該認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、車両保険は、損害保険、すなわち、一定の偶然の事故によって生ずることのある損害をてん補する保険(平成二〇年法律第五七号による改正前の<以下省略>商法六二九条参照)であり、その被保険者は、損害保険契約によりてん補することとされる損害を受ける者(なお、保険法二条四号イ参照)である。これに対し、上記第二の一(2)イ(イ)のとおり、本件保険契約の普通保険約款には、被保険自動車の所有者を被保険者とする旨の条項が存在する。しかし、これは、車両保険契約によりてん補することとされる損害を受ける者を被保険者と定め、その例として被保険自動車の所有者を示す趣旨であると解される。
そして、上記認定の事実によれば、本件保険契約締結の日である平成二一年九月一一日の時点においても、本件事故があったとされる同年一一月一五日の時点においても、本件保険契約によりてん補することとされる損害、すなわち本件自動車の滅失毀損による損害を受ける者は、原告であったと認められる。
したがって、原告は、本件保険契約の被保険者に該当する。
二 争点(2)
(1) 偶然の事故
上記第二の一(2)イ(ア)のとおり、本件保険契約の普通保険約款は、「衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、こう水、高潮その他の偶然な事故」を保険事故と定めているが、これは、商法六二九条にいう「偶然ナル一定ノ事故」を本件保険契約に即して規定したものであって、ここにいう偶然な事故とは、保険契約成立時において発生するかどうかが不確実な事故を意味するにとどまり、保険事故の発生時において事故が被保険者の意思に基づかないこと(保険事故の偶発性)を意味するものではないと解するのが相当である(最高裁判所平成一七年(受)第一二〇六号同一八年六月一日第一小法廷判決・民集六〇巻五号一八八七頁参照)。
そして、証拠<省略>によれば、本件自動車が平成二一年一一月一五日午後四時四五分頃、滋賀県伊香郡(現長浜市)木之本町金居原地先の旧国道三〇三号線の南側にある空き地から、高低差約六・二メートルの斜面を、当該空き地の南側約八メートルの地点を東西に流れる幅員約三メートルの川まで、後ろ向きに滑落し、当該川において(当該空き地、斜面及び川を総称して、以下「本件事故現場」という。)、車体前部を北側、車両後部を南側、車体右側面を上側、車体左側面を下側に向ける体勢で停止したこと、すなわち、本件事故が発生したことが認められ、その事故態様に徴すれば、本件事故は、本件保険契約の普通保険約款所定の「偶然な事故」に該当すると認められる。
補足すると、まず、証拠<省略>によれば、本件自動車が平成二一年一一月一五日午後七時頃本件事故現場の川に、車体前部を北側、車両後部を南側、車体右側面を上側、車体左側面を下側に向ける体勢で停止していたことが認められる。次に、証拠<省略>によれば、本件自動車は、同年一一月一七日の時点で、フロントバンパー下部のスポイラーを滅失していたほか、底面に擦過痕があり、車体の左側面及び後部が大きく損傷していたが、右側面には目立った損傷がなかったと認められる。また、証拠<省略>によれば、同年一一月頃、本件事故現場の空き地の端や斜面において、草が踏みつぶされ、土がえぐり取られていたこと及び本件自動車のフロントバンパー下部のスポイラーが同月二二日本件事故現場の川で発見されたことがいずれも認められる。そして、原告は、本人尋問において、本件自動車が本件事故現場の空き地から川に滑落したと供述し、同人作成の陳述書にも同旨の記載があるが、これらの供述及び陳述書の記載は、上記認定の各事情と合致しており信用できる。
(2) 因果関係
上記第二の一(4)のとおり、本件自動車は、平成二一年一一月一七日当時全損していたが、本件事故が発生していない旨の被告の主張は、本件自動車が別の理由により全損したとの主張を包含し得る。そこで、念のためこの点について検討すると、上記(1)認定の各事実及び弁論の全趣旨によれば、本件自動車は、本件事故により全損になったと認められる。
(3) 保険事故の偶然性
被告は、あいまいではあるが、本件事故は保険契約者又は被保険者の故意により生じたものであり、被告は本件保険契約の普通保険約款五章三条一項及び商法六四一条により免責されると主張しているとも解される。しかし、本件全証拠によっても、本件事故が本件保険契約の保険契約者かつ被保険者である原告の故意により生じたものであることを認めるに足りない。以下補足する。
ア 被告第二準備書面三項(1)(「第二の三(1)」という。以下同様の方法で引用する。)及び第一の一の指摘について
当該指摘は、原告が故意に事故を起こすことを目的として本件自動車を購入したことをほのめかすものである。しかし、本件事故によって得られる保険金のうち、協定保険価額は売買価格とほぼ等しく、車両の運搬費用は相当額に限られるのであるから、本件事故によって原告に利益が生じるとしても、その額は、全損時諸費用保険金から既払保険料を控除した額に過ぎないところ、本件における全損時諸費用保険金の額は二〇万円であって、この程度の金額を取得することが本件自動車を購入し、本件保険契約を締結し、本件事故を故意に起こすという一連の行動に及ぶ強い動機になるとは考え難い。仮に、原告とAとの間に共謀があったとして、両者の経済的利益を一体としてとらえれば、原告及びAは、本件事故により、二〇万円から既払保険料を控除した額に加えて、協定保険価額とAが本件自動車を調達した価格との差額を粗利として得ることになるが、協定保険価額が適切に設定されている限りは、協定保険価額と本件自動車の調達価格との差額は、Aが本件自動車を相当額で売却することによって得られる粗利とほぼ等しくなるから、原告及びAにとって保険金を取得することが本件事故を仮装する強い動機になったとはやはり考え難い。さらに補足すると、本件自動車の協定保険価額が本件自動車の実際の価額と比べて不相当に高額であったとか、原告又はAが本件事故当時経済的に困窮していたとか、Aが何らかの理由で本件自動車の売却先を見つけることができずにいたといった事情については、何らの主張立証がない。
この点をひとまず措いて検討すると、まず、原告が本件自動車を購入した動機について、①プライベートでの利用を考えており、②平成二一年九月当時所有していたトヨタセルシオ(以下「本件セルシオ」という。)を息子に譲るつもりであったのでその代わりに本件自動車を購入したと釈明したことは当裁判所に顕著である。そして、証拠<省略>によれば、Bが平成二一年六月一八日本件セルシオを取得したこと、原告とBが当時夫婦であったこと、原告とBが同年九月二五日離婚したこと、本件セルシオの名義が同月二九日Bから原告に移転されたこと、原告に平成四年○月○日生まれの長男Cがいること、CがBの子ではないこと、本件セルシオが平成八年一二月に初年度登録されたこと及び本件セルシオの平成一九年一一月七日時点の走行距離が一三万〇七〇〇キロメートルであったことがいずれも認められる。
これらの点について、被告は、Cに本件セルシオを譲るために本件自動車を購入したのは不自然であると指摘する。しかし、原告の上記釈明②は、原告が積極的に本件自動車の取得を希望し、本件セルシオの利用方法としてCに譲ることを考えたという趣旨であるとも解し得るのであって、そう解すると、原告が本件自動車を購入したことも、年式が古く走行距離が長い本件セルシオをCに譲ろうと考えたことも、格別不自然ではない。
また、被告は、本件セルシオの名義をBから原告に変更したことや本件セルシオの名義がCに変更されていないことは、本件セルシオをCに譲るつもりであったことと矛盾すると指摘する。しかし、原告とBが離婚したこと、BとCとの間に親子関係がないこと及び原告とBが離婚した当時のCの年齢に徴すれば、被告の指摘は採用できない。
さらに、被告は、本件セルシオ購入後短期間のうちに本件自動車を購入したのは不自然であるとか、本件セルシオを含む二台の自動車を所有していた原告には本件自動車を購入する必要がなかったとも指摘するが、本件自動車が必需品というよりは嗜好品と呼ぶべきものであることは、公知の事実であり、このことを踏まえれば、被告が指摘する事実をもって本件自動車の購入が不自然であると評することはできない。
イ 第二の三(1)及び第一の二の指摘について
上記一認定のとおり、原告は代金五三〇万円を分割払する方法により本件自動車を購入しており、このことを踏まえれば、原告が本件保険契約を締結したことが不自然であるとはいえない。
被告の指摘は、本件自動車と原告が所有する他の二台の自動車の保険加入状況を比較するものであるが、これら二台の自動車の価額や購入方法を一切捨象しており、採用できない。
ウ 第二の三(1)及び第一の三ないし六の指摘について
これらの指摘は、いずれも、Aが原告と通謀して、原告に本件自動車を売却し、本件保険契約を締結させ、本件事故を起こさせたことをほのめかすものである。しかし、上記ア説示のとおり、Aにとって、保険金を取得することが本件事故を意図的に起こす強い動機になるとは認められないし、本件全証拠によっても、本件事故を起こすことについてAにその他の動機があったことを認めるに足りない。
また、第一の三及び四の各指摘は、いずれも原告及びAによる収入及び支出の記録に不明朗な点があるというものであるが、当該指摘が正鵠を射ているとしても、そのことをもって、原告又はAが本件事故を故意に起こしたことを推認することはできない。
第一の五及び六の各指摘は、いずれも独自の見解であり、採用できない。
エ 第二の一(1)及び第四の一の指摘について
被告の指摘は、本件事故現場から原告が供述していた目的地までの距離、本件事故当時の本件自動車のガソリン残量及びガソリンスタンドの所在についての原告の知識等について、前提を欠いており、採用できない。
補足すると、まず、証拠<省略>によれば、本件事故当時本件自動車には少なくとも約一五リットルのガソリンが残っていたと認められ、当該認定を覆すに足りる証拠はない。次に、証拠<省略>によれば、原告が平成二一年一二月六日被告の担当者に対し本件事故当時岐阜市に向かう途中であったと供述したことが認められる。被告は、原告の上記供述をとらえて、本件事故現場から岐阜市までの距離が七四キロメートルあり、本件自動車に残されていたガソリンの量は不十分であると主張するが、七四キロメートルが本件事故現場からどういう経路により岐阜市のどこまで行く場合の距離であるかについても、当該経路上のガソリンスタンドの有無についても、本件自動車の燃費についても具体的な主張をしていない。また、被告は、原告が経路上のガソリンスタンドの所在を知らなかったと主張するが、仮に当該主張が正しいとしても、証拠<省略>によれば、本件自動車には本件事故当時カーナビゲーションシステムが装備されていたと認められるところ、カーナビゲーションシステムの多くがガソリンスタンドの所在を検索する機能を備えていることは公知の事実であって、これらの事情を踏まえると、原告がガソリンスタンドの所在を知らなかったことが本件において重要な意味を持つとは認められない。
オ 第二の一(2)の指摘について
証拠<省略>によれば、原告が本件事故に至る経緯について、前方道路が狭く、草木が生い茂っていたので、そのまま直進すると車体に傷が付くかもしれないと心配して、本件事故現場において方向転換をしようとしたと供述していることが認められる。
そして、証拠<省略>によれば、旧国道三〇三号線の本件事故現場付近の状況は、幅員が約三メートルであり、道路の両側に草木が茂っていたり、道路の片側に草木が茂り、その反対側は谷になっていたりしていることが認められる。また、旧国道三〇三号線の本件事故現場よりも東側(岐阜側)の道路状況を原告が知悉していたことを認めるに足りる証拠はない。以上の各事情を踏まえると、原告の上記供述が不自然であるとは評し得ない。
カ 第二の一(3)の指摘について
証拠<省略>によれば、本件事故現場の空き地のうち本件自動車が滑落した付近の奥行き(旧国道三〇三号線から斜面までの距離)は、本件自動車の車長の二倍に満たないと認められる。そして本件自動車が本件事故現場の空き地から滑落したという事実からは、本件自動車が当該奥行きを超えて後退したことが認められるが、原告が供述するように本件自動車が本件事故現場の空き地に後退進入した目的がその後本件事故現場の空き地から前進左折して旧国道三〇三号線に戻ることであったならば、本件事故現場付近の旧国道三〇三号線の幅員が狭いこと(余裕をもって旧国道三〇三号線に左折進入するには、道路の手前から左折を開始する必要がある。)及び本件事故発生の日時(日暮れ前後であり視界が良好ではなかったと推認できる。)に徴すると、本件自動車が本件事故現場の空き地で後退した距離が不自然に長いとまでは認められない。
キ 第二の一(4)の指摘について
原告が供述するように本件自動車が本件事故現場の空き地で後退した目的が方向転換をするためであったならば、その際のハンドル操作は、おおよそ、後退しながらハンドルを右に切り、ハンドルを戻した後に停止し、前進しながらハンドルを左に切ることになる。本件事故現場に直線上の轍が残されていたとしても何ら不自然ではない。
ク 第二の一(5)の指摘について
原告が供述する本件事故直前の本件自動車の勢いと本件自動車の損傷状態からうかがわれる本件事故直前の本件自動車の速度が食い違うという指摘であるが、前者の勢いについても、後者の速度についても、具体性がなく、採用できない。
ケ 第二の一(6)、第二の二(3)及び第四の三の指摘について
当該指摘は、原告が本件事故時に本件自動車に搭乗していなかったことをほのめかすものである。なるほど、原告が本件自動車とともに川に滑落したのであれば、それにより原告が傷害を負っていてもおかしくはないし、原告の衣類が濡れていてもおかしくはない。しかし、原告が本件事故により傷害を負ったことを裏付ける客観的な資料はないし、原告の濡れた衣服を確認した者もいない。原告は、本人尋問において、後者に関し、事故後Dなる知人に持ってきてもらった衣服に着替えたと供述するが、同人の連絡先は明らかにされていない。これらの点はやや不自然である。
コ 第二の二(1)の指摘について
当該指摘も原告が本件事故時に本件自動車に搭乗していなかったことをほのめかすものである。そして、証拠<省略>によれば、原告が本件事故後本件自動車の左側のドアから車外に出た旨供述していることが認められる。しかし、本件事故直後の本件自動車の態勢や本件自動車の破損状況を正確に認定することはできず、また、証拠<省略>によれば、本件自動車の運転席が左側にあり、したがって、左側のドアが運転席から一番近いドアであったことが認められ、これらの事情に徴すると、左側のドアから本件自動車の外に出たとの供述が不自然であるとは評し得ない。
サ 第二の二(2)の指摘について
本件自動車のドアを足で開閉すると本件自動車にどのような痕跡が残るはずであるのかについて何ら具体的な主張立証がなく、仮に本件自動車に足でドアを開閉した痕跡が残っていないとしても、そのことが不自然であるとまでは認められない。
シ 第二の二(4)、第二の三(3)及び第四の二の指摘について
被告が指摘する原告及び関係者の供述の食い違いが本件事故が故意に招致されたものであるか否かを判断するにあたり看過し得ないほど重要な意味を持つとは認められない。
ス 第二の三(2)の指摘について
この指摘は、本件自動車を本件事故現場から引き上げた事実がないこと、すなわち、本件事故が生じていないことをほのめかすものと解されるが、本件事故の発生が認められることは、上記(1)説示のとおりである。
セ 小括
以上のとおり、本件事故時及びその前後の状況については、上記ケのとおり、やや不自然な点があるが、これをもって本件事故が故意に招致されたと認めることはできないし、その他本件全証拠によっても同様である。
三 争点(3)
上記二(1)及び(2)認定の各事実並びに弁論の全趣旨によれば、本件自動車は、本件事故により、自力で走行することができない状態になったと認められる。そして、証拠<省略>によれば、本件自動車を本件事故現場の川から引き上げ、滋賀県東浅井郡(現長浜市)<以下省略>所在のカードックbことEが経営する修理工場まで運搬するための費用として合計一四万一七五〇円が必要であり、これは、被保険自動車の修理等を行う場所として社会通念上妥当と認められる場所へ被保険自動車を運搬するために生じる運搬費用に該当すると認められる。
四 結論
以上のとおり、本訴請求は、主位的請求に理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
別添 準備書面<省略>