大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大津簡易裁判所 昭和35年(む)219号 決定 1960年12月17日

被疑者 安江正則

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する公職選挙法違反被疑事件につき昭和三五年一二月一四日大津地方裁判所裁判官木本繁がなした勾留の裁判に対し、弁護人浜田博から、その取消の請求があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

被疑者安江正則に対する昭和三五年一二月一四日附勾留の裁判はこれを取消す。

理由

本件準抗告の要旨は抗告申立書記載のとおりであるからこゝにこれを引用する。

よつて検討するに、

(一)  本件被疑者に対する公職選挙法違反事件記録によれば、被疑者は「昭和三五年一一月二〇日施行の衆議院議員総選挙に立候補した堤ツルヨの選挙運動者であるが、同候補に当選を得しめる目的をもつて、昭和三五年一一月五日頃、同候補者の選挙運動者である滋賀県高島郡安曇川町大字四万木松田新治方において同人に対して、同候補者のため投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬として現金三、〇〇〇円を供与したものである」との被疑事実(以下供与被疑事件と略称する)により、昭和三五年一一月二一日逮捕状による逮捕をうけ、同月二三日右被疑事実により勾留され、次いで同年一二月二日右勾留期間が一〇日間延長され、而して右延長期間の満了日である同月一二日、検察官の請求により「被疑者は昭和三五年一一月二〇日施行された衆議院議員総選挙に際し、滋賀県から立候補した民社党公認堤ツルヨの選挙運動者であるが、(1)同年一〇月二二日頃大津市四宮町滋賀県議員会館内に於て同候補者より同候補者に対する投票ならびに票取まとめの選挙運動の報酬として現金一〇、〇〇〇円の供与をうけ(以下被供与(1)被疑事件と略称)(2)同年一一月五日頃高島郡高島町路上において前記堤ツルヨより前同趣旨にて現金一〇、〇〇〇円の供与をうけ(以下被供与(2)被疑事件と略称)たものである」との被疑事実により同日逮捕状による逮捕を受け、次いで昭和三五年一二月一四日検察官の請求により右被疑事実につき大津地方裁判所裁判官木本繁が勾留状を発付し、同日右勾留状が執行された事実が認められる。

(二)  次に、記録を精査して、被疑者に対する取調状況を被疑者の捜査官に対する供述調書の作成過程に従つてみるに一一月二三日附司法警察員に対する供述調書には供与被疑事件に関する供述の外に被供与(1)、(2)各被疑事件に関しかなり詳細な供述が存し、供与被疑事件の勾留後の同月二五日附司法警察員に対する供述調書は完全な被供与(1)、(2)各被疑事件の自供調書に外ならず、同月二八日附司法警察員に対する供述調書では供与被疑事件の自供に関連づけてはあるが被供与(2)被疑事件の自供が存するし、一二月一日附司法警察員に対する供述調書では被供与(1)、(2)各被疑事件により供与をうけた金員の使途に関する供述が中心をなし、翌二日附の検察官に対する供述調書でも被供与(1)、(2)各被疑事件に触れており、更にこれが勾留延長後の翌三日附検察官に対する供述調書では被供与(1)被疑事件の、翌四日附調書では被供与(2)被疑事件の各自供が中心となつており、他方関係人の取調状況をみると、供与被疑事件の被供与者松田新治については一一月二六日附検察官に対する供述調書において明白な自供がなされ、それにより供与被疑事件の裏付け捜査は一応完了したものとして、同人の取調はその後なされておらず、これに比し被供与(1)被疑事件に関し、被疑者の妻安江かつが一二月二日、三日の両日検察官により取調をうけその調書が作成せられている事実が認められる。

そうとすれば一一月二三日になされた警察より検察官に対する事件送致の段階において送致された被疑事実は供与被疑事件のみであつても、被供与(1)、(2)各被疑事件も又捜査機関に判明していたのであり、従つて検察当局も司法警察員をして供与被疑事件の勾留中に当初から被供与(1)、(2)各被疑事件の取調を平行的に開始せしめ時日の経過に従つてその重点はむしろ被供与(1)、(2)各被疑事件に移り、殊に一一月二六日前記松田の検察官調書の作成により供与被疑事件のいわゆる裏を取つたため、勾留延長は実質上専ら被供与(1)、(2)各被疑事件取調に終始し、現にその後の被疑者の検察官に対する供述調書は完全に被供与(1)、(2)各被疑事件の自供が中心をなすに至つたのであり、なる程供与被疑事件が被供与(2)被疑事件から派生したという関係にあるとはいえ供与被疑事件による被疑者の逮捕勾留に至る二二日間の身柄拘束期間は当初から被供与(1)、(2)各被疑事件の捜査に利用せられ、なかんずく勾留延長後捜査の重点は被供与(1)、(2)各被疑事件におきかえられたといわざるをえない。もとより被疑者の勾留中に勾留の基礎となつた被疑事実以外の別個の被疑事実を取調べることは許さるべくも、それはあくまで勾留の基礎となつた事実の取調を主となし、それに平行附随してなされるべきであり、又勾留期間の延長も単なる余罪捜査の必要によつては許容せられないのである。かく解すれば本件の如く勾留の当初より捜査の重点が勾留の基礎となつた供与被疑事件以外の被供与(1)、(2)各被疑事件におかれ、従つて供与被疑事件の勾留が被供与(1)、(2)各被疑事件の捜査に利用せられた場合においては逮捕、勾留の基礎としては形式上、法手続上供与被疑事件のみであつても、実質上、運用上被供与(1)、(2)各被疑事件も又当初の逮捕、勾留の基礎をなしたものと解するのが相当である。

(三)  かく解すれば、本件の三被疑事実が当初から逮捕、勾留の基礎として掲げられていた場合と、本件の場合とでは実質的差等を設け難くいわば実質上同一事実による二重の逮捕、勾留であつて、もはや被供与(1)、(2)各被疑事件について新たに逮捕、勾留することは許容しないのが刑事訴訟法の精神に適う所以と考える。

もとより勾留は原則として事件毎になされるものであるが、そのことが実質的な二重勾留を許容するものとは考えられず、むしろ刑事訴訟規則第一四二条第一項八号の規定も不当な逮捕の繰返しを防止する狙いがあり、又刑事訴訟法第二〇八条、第二〇八条の二の規定は事件毎に勾留期間を制限したものではあるが、本件の如き実質的二重勾留を許容するときは、右の制限が合法的に潜脱される虞すら存する。

起訴前の段階において被疑事件につき勾留期間を最長二十八日間認め他方起訴前の保釈を認めぬことにより被疑者の人権と捜査の必要とを調和せしめた法の精神を審究しなければならない。

(四)  翻つて、不当な逮捕、勾留の繰返しとする場合の不当性は、被疑者の勾留の主目的が罪証隠滅の防止にあり、本件の場合被供与(1)、(2)各被疑事件の供与者である堤ツルヨの捜査が未了で身柄も確保せられていない状況では罪証隠滅の虞が存することは否定しえないこと、及び選挙違反の特殊性を考慮しても尚減殺されるものではない。けだし右の勾留の目的ももとより期間の制限に服するものであり(同一事実について勾留期間満了時、尚罪証湮滅の虞存する場合を想起すれば)、又供与者側の捜査未了による罪証隠滅の虞の責任を当初から自供している被供与者である被疑者に一方的に転化する不当感を免れず、且つ、なる程供与被供与の選挙違反の如き、いわゆる必要的共犯事件について一方の捜査未了の場合起訴が困難であるとしても法が本来予定した期間内に他方の捜査(それが強制捜査にわたつても)にも全力を注ぐべきで、かかる捜査の必要の要請は絶対的なものでなく、人権との調和において始めて生かさるべきものだからである。

(五)  以上検討しきたつた理由により被供与(1)、(2)各被疑事実を基礎とする新たな逮捕、勾留は法の精神に背馳する違法なものであり、勾留はこれを取消すのが相当と認める。

よつて被疑者に対する昭和三五年一二月一四日附勾留の裁判はこれを取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 江島孝 佐古田英郎 吉川正昭)

準抗告の申立

被疑者  安江正則

右弁護人 浜田博

大津地方裁判所裁判官木本繁は昭和三十五年十二月十四日勾留の決定をなしたが右決定に不服があるので準抗告の申立をする。

申立の趣旨

昭和三十五年十二月十四日大津地方裁判所裁判官木本繁が被疑者安江正則を公職選挙法違反被疑事件に付なした勾留の決定は之れを取消す

との裁判を求める。

申立の理由

一、被疑者は昭和三十五年十二月十四日公職選挙法違反被疑事件で勾留せられるに至つた、同被疑事実の要旨は被疑者は昭和三十五年十一月二十日施行せられた衆議院議員候補者として立候補した堤ツルヨの選挙運動者であるが同候補が自己の当選を得る目的を以て供与するものである情を知りながら同年十月二十二日頃大津市議員会館に於いて同候補より金壱万円同年十一月五日頃高島町に於いて同候補より金壱万円の各供与を受けたものであると推測する。

二、然しながら同被疑者は昭和三十五年十一月二十一日左記事実で逮捕せられ引続き勾留、同年十二月十二日釈放となつたが数分後滋賀刑務所門前に於いて第一項記載の事実に付逮捕され前項の勾留となつた。而して、同被疑者は十一月二十一日逮捕の事実取調の当初の段階に於いて第一項記載の事実を認めており同事実の取調のため勾留は延長せられ二十日間勾留せられたのである。

十一月二十一日逮捕の事実の要旨は左の通りであると推測する。即ち同被疑者は右候補者の当選を得る目的を以て運動報酬の趣旨の下に同年十一月五日高島町に於いて松田新治に対し現金参千円を供与したものである。

三、成程第一項記載の事実と前項記載の事実とは異るものであるから新に逮捕、勾留せられ得るようであるが前記の通り第一項記載の事実は第二項記載の勾留の際十数日実質的に取調べを受けて居るのであるから斯る勾留が許されるとせば被疑者の勾留は被疑事実の個数に応じ二十日宛繰返され極めて不合理なこととなり被疑者の人権は著しく侵害せられることとなるので違法のものと考える。

四、仮りに然らずとするも同被疑者は第一項の記載事実を認めており更らに同人は大津市議会議員で逃亡の虞れはない。

加え供与者たる堤ツルヨ氏は本月十二日十三日に滋賀県警察部の取調を受けているのである。

右堤氏が勾留せられていないから被疑者安江を勾留しておくとするならば之亦極めて不合理である

以上の事実を綜合すれば被疑者安江を勾留する必要はないものと思料する仍て申立の趣旨記載の御裁判を求める。

昭和三十五年十二月十四日

申立人 浜田博

大津地方裁判所 御中

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例