大津簡易裁判所 昭和37年(ろ)66号 判決 1962年11月13日
被告人 大島忠行
昭五・一・一生 競艇選手
主文
被告人は無罪。
理由
一、本件公訴事実の要旨。
別紙起訴状記載の公訴事実のとおり。
二、右公訴事実記載の日時場所において、その記載のような衝突事故が発生したことは被告人の自白と本件各証拠とによつて明らかである。
ところで、証人大西茂、同高田登、同鈴木正三の各尋問調書、高田登の司法警察員に対する供述調書、被告人の司法警察員並に検察官に対する各供述調書及び当公廷における供述、司法警察員作成の実況検分調書、検証調書を綜合すると次の事実を認めることができる。即ち、
本件事故の発生したびわ湖競艇場の専用水面は競走水面と調整水面とに区分されていて、当競艇場出場選手の試運転(エンジンの調整スピードの加減等)は競走開始前には専ら右の競走水面のみを使用し、右調整水面は使用できず、競走開始後は右調整水面のみを使用することに定まつているのであるが、右両水面の右のような使用区分は各競艇開催毎に開催日の前日及び競走日毎にその競走開始前に出場選手全員に対し競技委員長から説示されるのであるから、当競艇場に出場したことのある競艇選手は右の点を承知している訳である。そして本件事故のあつた当競艇開催に際しても現にその開催前日である昭和三七年一月一日及び本件事故当日の一月六日の競走開始前に右説示が行われたのであるところ、当競艇に出場予定であつた競艇選手で本件事故の相手方たる中島常价が右説示を受けなかつたことの証明がないのみならず右中島選手は当びわ湖競艇場に既に数回も出場しているのであるから右両水面の右のような使用区分は承知済と認められる。ところで本件事故は当日の競走開始前に前記競走水面に於いて起つたものであるから、前記の使用区分が試運転中の各出場選手に忠実に遵守されていたならば右の時刻頃に調整水面で艇を試運転している出場選手はいないものなるところ前記中島選手は右使用区分を遵守せず競走開始前であるにも拘わらず右調整水面を使用していて、その調整水面から競走水面内の本件事故現場に入つて来たものであるが、競走も試運転も共に時計の針の廻り方と反対に左廻りで行うことになつているのであるから、右のように調整水面から競走水面に入つて来た右中島選手としては右競走水面に入るや右折して左廻りの方法に転換して競走水面を走るべきであつたに拘わらずこの措置を採らないで調整水面から競走水面内の本件事故現場まで一直線に後を向きながら、時速六〇粁を下らない全速力で突入して来たのである。他方被告人は艇降場から出艇し、時速二五粁内外の速度で競走水面第一ターンマークの方向に向つて艇を運転して行つたのであるが、まだ競走開始前であつたから、競走水面において五、六艇が試運転中であることを認めたところ、右競走水面を定められた左廻りの方法で試運転中の高田登選手の艇(以下高田艇とする)が被告人の艇(以下被告人艇とする)に近づきつつあるを認めてこれとの衝突を避けるように気を配つて被告人艇を操縦し、右高田艇に先んじて右第一ターンマークの東方に出で、今やその時までの速力から全速力に出ようとした瞬間に、前記のように突入して来た前記中島選手の艇(以下中島艇とする)との間に本件事故が発生し、右中島艇は被告人艇の下に殆んど直角に近く突き込み、被告人艇をすくい上げるような恰好で衝突したものであるがその間被告人は中島艇を認めなかつたのである。
以上のようなことが認められ、司法警察員に対する高田登の供述調書、司法警察員並に検察官に対する被告人の各供述調書中、第一ターンマークに入らんとした際高田艇が被告人艇より先であつたとの点は右高田登選手が本件衝突の際の状況を可成り詳細に述べていることと対比して採用し難く、他に右各事実の認定を覆えし得る証拠はない。
右に認定した当競艇場における右両水面の使用区分の点及び試運転、競走はいづれも左廻りで行うことになつている点は当競艇場にとつては衝突事故等の防止上極わめて必要且重要なものであると認められるのであつて、当競艇出場選手は右使用区分及び左廻りの方法を忠実に遵守すべきでありそして忠実に遵守される限り本件のような形の衝突事故は起り得ないと考えられる。然るに前記認定の各事実に照らすと中島選手は調整水面を使用すべき時間ではないのに使用していて、その調整水面から競走水面に入るに当つても右折して左廻りの運転に移るべきであるのに直行したものであるが、被告人としては、その頃調整水面に試運転中の艇のあることは予想せず各出場選手が右両水面の使用区分と左廻り方法に忠実なる限り予想すべくもないことであつた上に、被告人が当然注意を払うべき競走水面においては試運転中の艇が五、六あり特に被告人艇に近づきつつあつた高田艇などとの衝突を避けるようにするなど必要な注意をしているのである。そして被告人が右第一ターンマークを廻つて直線競走水路に入つたところ試運転中の他の艇があることでもあり、本来注意を集中すべき競走水面であるのであるが試運転の性質上高速に移らんとするのは当然の措置であり、その措置を採らんとすればいきおい当然に前方注視をしなければならぬのであるにおいては尚更のことと言わねばならない。即ち被告人が衝突現場に至るまでの間において注意義務を怠つたと見るべき点はないのである。勿論調整水面を使用できる時間でもないのにこれを使用する不心得者がないとは限らないから、調整水面の方にも注意を払うことは万全の策として望ましいことであるにしても、右にみた両水面の使用区分と左廻りの方法に関する制限、それらの忠実な遵守が衝突事故等の防止上極めて必要且つ重要なものと認められるからには、右望ましいことをしなかつたからとて、注意義務を怠つたと見るべきではなく、被告人が中島艇を発見しなかつたことに過失ありとすることはできない。要するに本件事故は中島選手が当競艇場において遵守すべき前記両水面の使用区分と左廻りの方法とを遵守しなかつた無謀の運転から被告人にとつては全く予期しないまた予期すべくもない方向から突入して来た突発事故であつて、被告人の注意義務懈怠に基くものとは認められない。よつて犯罪の証明がないことに帰するから刑事訴訟法第三三六条に則り主文のように判決する。
(裁判官 坂本徳太郎)
公訴事実
被告人は昭和二九年一〇月二五日全国モーターボート競走会連合会に競艇選手として登録した競艇選手でそれを業とするものであるところ、昭和三七年一月二日から同月七日まで、大津市尾花川町のびわ湖競艇場で開催された競艇に選手として出場中の同月六日午前一一時五分頃慣熟訓練のため、右競艇場内艇庫前ボート降揚場より登録番号NK四八号艇を着水して時速約三〇粁で北東に向け競争水面の第一ターンマーク方向に向つて操縦進行したものであるが凡そ競艇選手の如き高速で且制動装置のないモーターボートを操縦するものとしてはかかる場合進路の前方左右を注視しながら操縦進行すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、折柄競争水面の西側を第一ターンマークに向つて疾走しつつあつた高田登選手等の方向にのみ注意を奪われて、自己の右前方に当る調整水面に対する注意を怠つたため折柄同調整水面より前記第一ターンマーク方向に疾走して来た中島常价選手の操縦するNK二〇号艇に気付かず同艇に自己の操縦する前記NK四八号艇を衝突させ、その衝撃により右中島常价をして左胸部打撲による心臓及び肺臓損傷により同日午後一時二五分大津市真西町大津赤十字病院において死亡するに至らしめたものである。