大判例

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大竹簡易裁判所 昭和46年(ろ)17号 判決

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は「被告人は、昭和四六年三月六日午前一〇時三七分ごろ、広島県公安委員会が道路標識によつて最高速度を五〇キロメートル毎時と定めた広島県大竹市御幸町三菱レイヨン大竹工場先附近道路において、右最高速度をこえる七五キロメートル毎時の速度で普通貨物自動車を運転したものである」というにある。

証人……の当公判廷における各供述ならびに司法巡査波多埜智治、同前田利明作成の交通事件原票(番号三〇七〇四六号)、司法巡査波多埜智治作成の速度測定カードによると、右公訴事実の日時・場所において、警察官である前記証人らは、森田式一一型速度測定器を使用して、いわゆる定域的速度測定法により、同所を通過する車両の速度を測定したが、その方法は、測定距離を実測一〇〇メートルとし、その始点をA点、終点をB点とし、A点において測定する車両の前輪(正確には、前輪が道路に接する部分)がA点を通過する際、押しボタンを押して測定器を始動させ、同車両の前輪がB点を通過する際に、同じく押しボタンを押して測定器の作動を停止せしめ、その間の時間を測定し、これを時速に換算する方法を採り、本件の場合、右測定値は4.79秒であつたので、これを4.8秒に切り上げたうえ時間速度換算表により75.0キロメートル毎時を算出した事実を認めることができる。

しかしながら、およそ高速で疾走する車両が、ある一点を通過する瞬間を正確に捕えるということは至難なことであつて、右測定に使用する測定器が一〇〇分の一秒単位までを測定・表示し得る精度の高いものであつても、これを始動させ、また停止させる作業を「手動式」によつて人が行う以上、測定の時々によつて取扱上の誤差、いわゆる個人誤差を生ずることは容易に推認できるところである。一方、刑事裁判における証拠は、すべて人間の知覚・観察の結果のうえに成り立つていることを考えると、誤差の存在が認められるからといつて軽々にその結果を排斥することも許されない。そこで、以下測定上の誤差について検討する。

森田電機株式会社代表取締役森田益吉作成の回答書、森田式一一型速度測定器取扱説明書写および証人森田益吉の当公判廷における供述によると、本件測定に使用した森田式一一型速度測定器を製作した森田電機株式会社において、手動式による測定誤差を実験した結果は、「(イ)常時測定に従事している警察官三名が測定した場合、プラス・マイナス0.01ないし0.03秒、(ロ)初めて測定した者三名が測定した場合、プラス・マイナス0.01ないし0.07秒である」こと、また、「右数値から、(イ)の場合でもA点で0.03秒遅れてスイッチを入れ、B点において反対に0.03秒早くスイッチを入れた場合には誤差の数値はマイナス0.06秒となり、実際の走破時間よりも0.06秒少く測定したこととなり、(ロ)の場合には同様にマイナス0.14秒の誤差となる」ことが認められる。また、大森簡易裁判所において右測定誤差の鑑定を命ぜられた川田清八作成の自動車速度測定法鑑定書写によると、「測定経験者および未経験者を含め合計二〇名による一〇〇メートルの走破時間の測定誤差の実験結果は、最大プラス0.2秒、マイナス0.19秒である」こと、したがつて「測定員の組み合せ方によつては、測定距離を走破する実際の時間に較べ、最大0.3ないし0.4秒位の誤差があるものと考えなければならない」ことが認められる。これらの実験結果のうち、前者は測定器メーカーとしての立場上、誤差を過少に評価する傾向が窺われないでもなく、後者については、その実験に使用された測定器が本件の一一型測定器と同一のものであつたのかどうか明らかでないが、昭和四三年当時、警視庁で使用していた測定器を用いたもので、その実験規模の面からみても相当の信用性があるものと思料される。

ところで、このような誤差は、ある測定器を使用して、ある量(本件では、時間)を測定する場合、通常存在すると考えられる誤差であつて、物理実験等においては、測定の回数をかさねることによつて、真値(誤差のない数値)に近づくことも可能であるけれども、本件のように、一回限りの測定では、その測定値にマイナスの誤差が含まれているか、あるいはプラスの誤差が含まれているかを発見することが不可能であるから、刑事裁判においては、特別な事情の認められない限り、誤差の存在は被測定者たる被告人の利益に斟酌すべきである。

本件において、右誤差を解消させるための措置(例えば、B点においては後輪通過の時点を測定するとか、あるいは測定距離を実測一〇五メートルないし一一〇メートルとする方法、または路面上に針金を張り、自動車の前輪がこれに与える振動を直ちに電気的信号にかえて測定器を作動させる方法……いわゆる自動式測定法)を採用した事情は認められず、かつ証人前田利明の当公判廷における供述によると、B点を担当した同人は、B点係りを二、三回しか経験したことがなく、必ずしも熟練者とはいえない事情も認められるので、本件の場合、少くともマイナス0.1秒程度の測定誤差の存在を認めるに難くない。そこで、これを測定値である4.79秒に加算すると4.89秒となり、この数値から時速を求めると73.6キロメートル毎時を算出できるので、本件被告人の運転速度は約七三キロメートル毎時であつたものと認めるのを相当とする。

そうだとすると、毎時二五キロメートル未満の速度違反は道路交通法第九章にいう反則行為に該当し、本件において被告人に対し同法所定の告知・通告がなされたことも認められず、また、被告人には同法一二五条二項各号所定の非反則者に該当する事由も認められないので結局本件公訴の提起は同法一三〇条に違反してなされたため無効となり、刑事訴訟法三三八条四号により公訴を棄却すべきである。

よつて主文のとおり判決する。

(久保下和雄)

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