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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)10159号 判決 1992年7月20日

兵庫県<以下省略>

原告(反訴被告、以下「原告」という)

右訴訟代理人弁護士

大深忠延

川村哲二

東京都中央区<以下省略>

被告(反訴原告、以下「被告会社」という)

新日本商品株式会社

右代表者代表取締役

大阪市<以下省略>

被告

Y1

埼玉県越谷市<以下省略>

被告

Y2

東京都江東区<以下省略>

被告

Y3

右四名訴訟代理人弁護士

田積司

主文

一  被告会社及び被告らは原告に対し、連帯して五三三万一五九二円及びこれに対する平成元年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  原告は被告会社に対し、一九二万九九五八円及びこれに対する平成元年一〇月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告会社及び被告らの負担とする。

五  この判決は、一、三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告会社及び被告らは原告に対し、連帯して、七六五万六〇三〇円及びこれに対する平成元年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告会社及び被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は被告会社に対し、一九二万九九五八円及びこれに対する平成元年一〇月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告会社の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告会社の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  当事者

原告は、雑貨卸売業を営む自営業者である。

被告会社は、商品取引所における砂糖等各種商品の売買及び受託業務等を業とする株式会社(商品取引員)であり、被告Y1(以下「被告Y1」という)、同Y2(以下「被告Y2」という)、同Y3(以下「被告Y3」という)の三名(以下「被告ら」という)は、被告会社大阪支店の営業担当従業員である。

2  本件取引の経過

(一) 平成元年四月ころより、被告会社の女性社員から商品取引勧誘の電話が原告の自宅兼事務所(以下単に「原告宅」という)に頻繁に架かるようになり、原告がこれを断っていたにもかかわらず、その後は、被告Y1が同様の電話を架けてくるようになった。原告は、被告Y1の勧誘も断っていたが、同年五月には、根負けして原告宅への来訪を許すようになった。しかし、多忙のため、ほとんど被告Y1の相手をすることはなかった。

(二) 同年五月一七日、原告は、原告宅を訪れたものの、玄関先につっ立って待たされている被告Y1を気の毒に思い、中に入れて話を聞いた。

被告Y1は、「粗糖を買ってください。絶対上がります。間違いありません。自分に任せれば、絶対儲けさせます。信じてください。」などと何度も頭を下げて原告を勧誘した。

さらに、原告が、仕事があるので後にしてくれと断ったところ、原告が仕事を終えて帰宅するのに合わせて、被告Y1及びその上司で被告会社大阪支店営業部課長の被告Y2が原告宅を訪れ、こもごも「粗糖は買い時であり、必ず上がる。五〇円には絶対になる。出資金が何倍にもなる。信じてくれ。任せてくれ。」などとまくしたてた。

そして、原告が、もし下がればどうなるかと聞いたところ、被告Y2は、「心配いりません。下がっても初心者マークで損は出資金の半分です。」と虚偽の説明をした。それでも原告は、出資金の半分の損は多すぎると思い、その旨を告げたところ、被告Y2は「何も心配いりません。絶対に上がります。絶対に損はさせません。」と確実に利益が生じる旨説明した。

(三) そこで、原告は、被告Y2の勧誘に従い、粗糖を一〇〇枚買うことに同意した。

(四) 翌日、原告が、なお不安が残っていたため、しばらく相場の様子を見たいので五〇〇万円の委託証拠金の支払いを一時保留したい旨被告Y1に伝えたところ、被告Y2は原告に対し、電話で、「何を言っているのですか。後戻りはできない。心配いりません。今日もどんどん相場は上がっている。今しかない。損をしても半分です。絶対に損はさせません。」などと説得し、また、被告会社大阪支店営業管理副部長の被告Y3も、原告との待ち合わせ場所において、粗糖の相場のグラフを書いて原告に示し、「今の相場は上昇途中であり、多少の下げは心配いらない。どんどん上がっていくから。」などと上昇確実であるかのように説明して原告を説得した。

このため、原告は安心し、五〇〇万円の委託証拠金を被告Y1らに渡した。

(五) 同日、被告会社より原告に対し、その日の後場二節に三七・三円で買った旨の連絡が入った。しかし、その後相場が下落していったにもかかわらず、被告会社からは何の連絡もなかった。

(六) その後、相場が三五円まで下げて、少し上がったところ、被告Y3が原告に対し、「これから必ず上がる。もっと買ってくれ。一週間で必ず元利ともお返しできる。」と言ってきたが、原告はこれを断った。

その後は、被告Y2が原告に何度も電話で、「少し目先が狂って心配かけたが、これからは大丈夫。同じだけ買って単価を下げていけば、利ざやも早くとれる。」などと買増しの勧誘をしてきた。これに対し原告が、これ以上出資すると仕事をやっていけなくなると断ったところ、被告Y2は、「それじゃ短期間で結構です。一週間みて下さい。必ず元利ともにお返しします。」となおも勧誘するので、とうとう原告は、「自分の営業資金であり、絶対に短期間で返して貰わないと支払もできない。本当に大丈夫か。」と念を押したうえ、同年六月二日、五〇枚(三六・三円)を買い、委託証拠金二五〇万円を被告会社に入金した。

(七) ところが、一週間を経過しても元利金返還の約束が履行されなかった。そこで、原告が、元金だけでも戻して欲しいと被告Y2に再三申し入れたところ、ようやく被告会社は、同月一六日に売手仕舞し、同月二二日にその際の利益金一〇四万三九七〇円を原告に交付した。

(八) しかし、すぐさま被告Y2は、「これから相場は一本調子で上がっていくから心配いらない。新たに買って下さい。」と原告を説得し、同月一六日、原告に五〇枚の買い建玉をさせた。

(九) さらに、値が上がってきた同月二三日、被告Y2は原告に対し、「これから五〇円突破に向かって上がる。利幅を増やすためにも、これまでのは売って買い直しましょう。」などと増建玉を勧め、一五〇枚の買い建玉を手仕舞させたうえ、実に二二〇枚の買い建玉をさせた。

(一〇) さらに、被告会社は原告に対し、同年七月三日、右二二〇枚を売手仕舞させると同時に、三三〇枚の買い建玉をさせた。

(一一) 同月七日、心配になった原告が、被告会社に電話したところ、被告Y3は、「何もこわいことはありません。私は何も心配していません。」と言っていたが、同月一〇日、逐に追い証がかかったため、同日、二三〇枚の売手仕舞をし、さらに翌一一日に残り一〇〇枚の売手仕舞をした結果、原告の取引は、一九二万九九五八円の損金を出して終了するに至った。

3  被告らの行為の違法性

(一) 新規委託者保護管理規則違反

原告は、商品先物取引はもちろんのこと株式等の取引経験もない者であって、全くの新規の顧客であった。新規委託者保護管理規則によれば、原告のような新規委託者は、三か月の保護育成期間中は、二〇枚以下の建玉でしか取引できないこととされている。それにもかかわらず、被告らは、右2(三)のとおり、勧誘の翌日から原告に一〇〇枚もの取引を行わせたうえ、その後二か月もたたない内に、右2(一〇)のとおり、三三〇枚もの建玉をさせた。

(二) 扇型建玉

扇型建玉とは、委託者の建玉に利が乗った場合、一応手仕舞わせ、その利喰金も合わせて再び建増す方法を繰り返すことをいい、建玉が末広がりになるところからこの呼び名がある。扇型建玉は、リスクを増大させる危険な行為であり、最後には本件のように悲惨な結末を迎える客殺しの手法であるところ、被告らは、新規の委託者である原告に対し、適切な忠告をするどころか逆にあおって短期間に建玉を増加させ、原告に扇型建玉をさせたものである。

(三) 無意味な買い直し(反復売買、ころがし)

本件取引の経過をみると、①平成元年六月一五日に平成二年一一月限の建玉五〇枚が売られ、翌一六日には、再び同限月の五〇枚が買われている、②平成元年六月二三日に平成二年一一月限の建玉一五〇枚が売られたが、同日、平成三年一月限の二二〇枚が買い直されている、③そして、平成元年七月三日には、右二二〇枚が全部売られ、平成三年一月限が一一〇枚、平成二年九月限が二二〇枚合計三三〇枚が新規に買われている。

このように原告の建玉が膨張していく過程をみると、単に買い増しているのではなく、それまでの建玉を仕切ってほぼ同時に買い直すというパターンで一貫していることがわかる。市場が上昇していくことを予想する限り、買い増しそれ自体に問題はない。しかし、その場合でも、従前の買い建玉を売って仕切ってしまう必要は全くないから、右①ないし③の取引が、手数料の負担を負うだけで、何のメリットもない無意味な買い直し、反復売買であることは明らかである。

(四) 向い玉

被告会社は、平成元年五月一八日、価格が上がることを強調し、原告に一〇〇枚の買いを建てさせておきながら、同日、同限月の自己玉を九〇枚売り、また、同年六月二日にも、原告の五〇枚の買いに対し、自己玉を四五枚売っている。

このように被告会社は、向い玉によって原告と利益相反的立場に立ち、委託者である原告の犠牲のもとに自社の利益を挙げようとしたものである。

(五) 断定的判断の提供、利益保証

被告らは原告に対し、右2の(二)、(四)、(六)、(八)、(九)のとおり、断定的判断を提供し、かつ、利益保証をした。

(六) 以上のとおり、被告らは原告に対し、新規委託者保護管理規則に違反して短期間に大量の建玉をさせたうえ、断定的判断の提供や、利益保証などの違法な勧誘行為により、商品先物取引はもちろん株式等の取引経験もない原告を巧みに操り、一任売買の方法で無意味な反復売買をさせ、いわゆる扇形建玉の方法で最終的に多大な損失を与えたもので、このような被告らの行為は、商品取引所法、同法施行令、同法施行規則、受託契約準則、取引所指示事項などに反する極めて悪質で詐欺的な行為であり、違法である。

4  責任

被告らは、民法七〇九条に基づき、後記原告の損害について賠償責任を負う。また、被告らの右不法行為は、被告会社の事業の執行につきなされたものであるから、被告会社は、民法七一五条に基づき同様の責任を負う。

5  損害

(一) 原告は被告会社に対し、平成元年五月二八日に五〇〇万円、同年六月五日に二五〇万円、合計七五〇万円を出捐した。

(二) 原告は被告会社から、平成元年六月二二日に一〇四万三九七〇円を受領した。

(三) したがって、原告は、前記被告らの不法行為により、右(一)、(二)の差額である六四五万六〇三〇円の損害を被った。

(四) さらに、原告は、被告らの前記不法行為により、長年真面目に働いて貯えた結婚資金、事業資金を根こそぎ奪われたもので、その精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝するには五〇万円をもってするのが相当である。

(五) 右損害の請求について、原告は、原告訴訟代理人弁護士に右損害金の一割にあたる七〇万円を報酬として支払う旨約した。

6  よって、原告は、被告会社及び被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、連帯して右損害金合計七六五万六〇三〇円及びこれに対する不法行為の日である平成元年六月五日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求原因に対する認否及び主張

1  本訴請求原因1の事実は認める。

2  同2について

(一) (一)のうち、被告会社の女子社員及び被告Y1が、商品取引勧誘のための訪問につき、アポイントをとるための電話を原告方に架けたこと、平成元年五月一五日に被告Y1が原告宅を訪問したが、原告が多忙の様子であったため、取引内容の完全な説明ができないまま帰社したことは認めるが、その余は否認する。

(二) (二)のうち、平成元年五月一七日に被告Y1が原告宅を訪問し、原告の質問に答えて粗糖相場の上昇傾向の説明、買いの勧誘をしたこと、同日、被告Y1及び被告Y2が再度原告宅を訪問し、粗糖相場の上昇傾向を説明したことは認めるが、その余は否認する。

被告Y1及び被告Y2は、原告主張のような断定的な言い回しは決してしていないし、被告Y2は、損害が出資金の半分に止まるなどと説明したことは全くない。

なお、原告は、商品取引は初めてと言いつつ、被告らが説明する前に追証の話をしたり、三八円以下で買えるなら買い付けを委託すると述べるなどしていたもので、以前から原告が商品取引を理解していたことが窺われる。

(三) (三)のうち、原告が一〇〇枚の買い付けを決断したことは認める。

(四) (四)のうち、平成元年五月一八日、原告からもうしばらく値上がり傾向を見てから買いたい旨の話があり、被告Y3が相場の上昇傾向を説明したこと、結局、原告が買い付けを決断したこと、同日、被告会社が原告から委託証拠金として五〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は否認する。

(五) (五)のうち、三七・三円の買値で一〇〇枚の新規取引をした旨を原告に報告したこと、その後相場は一時小動きで下落したことは認め、その余は否認する。

原告より三八円以下で買えとの指示があり、これに基づき新規で買いを成立させたものである。

(六) 同(六)のうち、平成元年六月二日に、委託証拠金二五〇万円を被告会社が原告から受領し、原告の委託に基づき三六・三円の買値で五〇枚の新規取引をしたことは認め、その余は否認する。

原告主張のように被告らが一方的に買増しの勧誘をしたのではない。原告の(手仕舞いはしたくないが)早めに結果を得たいという要望に対し、被告らが、安値で買増しすれば当然取引量は増えるが平均値は下げられる旨伝えたところ、それならということで原告が自ら右五〇枚の取引を決断したものである。

(七) 同(七)のうち、平成元年六月一五日(同月一六日ではない)に原告の委託に基づき買いが建っている一五〇枚のうち、値上がり幅の大きい五〇枚を三九・一円の売値で手仕舞いしたこと、その利益金一〇四万三九七〇円を同月二二日に原告に交付したことは認めるがその余は否認する。

(八) 同(八)ないし(一〇)のうち、原告主張の取引のあったことは認めるが、その余は否認する。

原告は、相場の上昇傾向から進んで右取引を行っていたものであり、右取引は、いずれも原告の委託に基づくものである。

(九) 同(一一)のうち、平成元年七月一〇日に二三〇枚の売手仕舞をし、さらに翌一一日に残り一〇〇枚の売手仕舞をしたこと、その結果、原告の取引が一九二万九九五八円の損金を出して終了するに至ったことは認めるが、その余は否認する。

同月七日に相場の急落で損金が発生し、同月一〇日までに追加証拠金(一一一八万七三九三円)の預託の必要が生じたため、被告会社は、右証拠金の預託を原告に請求したが、原告は、直ちに仕切ることも同日までに預託することもしなかった。そこで、被告会社は、損害をくい止めるために、右のような売手仕舞をしたものである。

3  同3について

(一) 同(一)のうち、原告が被告会社にとって新規顧客であったことは認めるが、その余は争う。被告会社内部において、新規委託者の制限はあるが、本件では、原告主張の建玉については、全て社内特別班の承認を受けていた。

(二) 同(二)は争う。

(三) 同(三)のうち、原告主張のような取引経過があったことは認めるが、その余は争う。その時点で利益を上げており、益金を証拠金に振り替えて更に大きな投機ができるのであるから、無意味ではない。

(四) 同(四)のうち、原告主張の建玉があったことは認めるが、その余は争う。被告会社は、自己玉を制限の範囲内で一限月一〇〇枚以下、場節ごとに売注文・買注文の差引分の一割程度を機械的に建てているのであって、原告主張のような意図など全くない。

(五) 同(五)、(六)は全て否認し、争う。

4  同4について

争う。

5  同5について

(一) (一)は認める。ただし、二五〇万円の預託があったのは平成元年六月五日ではなく、同月二日である。

(二) (二)は認める。

(三) (三)のうち、差引計算は認め、その余は争う。

(四) (四)及び(五)は否認する。

三  抗弁(過失相殺)

原告は、雑貨卸を業とする商人であり、正常な事理弁識能力を有して経済活動を営んでいるれっきとした社会人であるところ、被告らは原告に対し、商品取引及びその投機に伴う危険性に関し、通常人なら十分理解できる説明をなしており、また、原告も、十分な理解のもとに、取引の結果について責任をとるかのように振る舞い、本件取引を継続していた。

四  抗弁に対する認否

争う。

五  反訴請求原因

1  原告は被告会社に対し、別紙取引明細表(以下「明細表」という)記載の日時に買付(いずれも新規)及び売付(いずれも仕切)の委託を行い、その売買の結果は、明細表記載のとおりである。

2  ところで、原告は、委託証拠金として平成元年六月二日までに合計七五〇万円を被告会社に預託していたが、さらに、右1の取引による益金のうち、九〇三万二六〇七円を同年七月三日までに委託証拠金として被告会社に振替預託しており、同月七日現在での委託証拠金残高は、合計一六五三万二六〇七円となっていた。

3  同年七月七日の値洗いの結果、右委託証拠金残高の二分の一を超える値洗い損が生じたため、同日、被告会社は原告に対し、同月一〇日の正午までに一一一八万七三九三円の追加証拠金を預託するように求めたが、原告はこれに応じなかった。そこで、被告会社が、損害をくい止めるため、明細表記載のとおり、同月一〇日及び一一日にそれまでの建玉を全て仕切ったところ、合計一八四六万二五六五円の売買損金が生じ、被告会社はこれを立て替えた。

4  その後、被告会社は原告に対し、右立替え金の支払いを再三求めたが、原告がこれを支払わないため、事前に通知のうえ、同月二二日、右立替金に右2の委託証拠金を充当した。

右充当の結果、立替金の残額は、一九二万九九五八円となった。

5  よって、被告会社は原告に対し、右立替金残金一九二万九九五八円及びこれに対する最終督促期限の翌日である平成元年一〇月七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

六  反訴請求原因に対する認否及び主張

1  反訴請求原因1の事実は認める。

2  同2、3の事実は不知。

3  同4のうち、立替金に証拠金を充当したこと及び精算後の残高については不知。その余は認める。

4  本件委託契約及びその後の取引は、被告らの不法行為に基づくものであるから無効であり、右無効な契約に基づく反訴請求は理由がない。

仮に右契約が無効でないとしても、これに基づく請求は権利の濫用として許されない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本訴請求原因1(当事者)及び反訴請求原因1(原告・被告会社間の取引明細)は当事者間に争いがない。

二  本件取引の経過

甲六、七、乙一ないし七、一四ないし一七(いずれも枝番を含む)、被告Y1、同Y2、同Y3、原告各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。

1  原告は、a大学経済学部を卒業後、二、三の会社に勤めた後、昭和六〇年ころからは、雑貨卸を業とする個人商店を営んでいる者であり、平成元年度の右商店の売上は約五〇〇〇万円、粗利は約五〇〇万円程度で、同商店には格別の営業用資産はなく、原告自身の資産も五〇〇万円ないし六〇〇万円の預金があるだけであった。原告は、それまで商品先物取引の勧誘を何回か受けたことがあったが、その都度断っており、株式取引はもちろん商品取引の経験も有していなかった。

2  平成元年四月ころより、被告会社の女性社員から原告宅に商品取引勧誘の電話が架かるようになり、原告はこれを断っていたが、その後も被告会社大阪支店営業部主任で新規委託者の勧誘を担当していた被告Y1が、同様の電話を架けてきたうえ、同年五月一五日には直接原告宅を訪問した。原告は、話だけでも聞こうかという気になったが、その日は多忙であったため、同月一七日に再度の訪問を約したうえ、挨拶だけで被告Y1に帰ってもらった。

3  同月一七日午前、被告Y1が原告宅を訪れ、原告に対し、被告会社及び商品取引の概要等を説明した後、粗糖相場の上昇傾向をグラフなどを示して説明し、「絶対上がります。間違いありません。信じてください。」などと言って粗糖を買うよう勧めた。原告が逡巡していると、被告Y1は電話で被告会社大阪支店営業部課長の被告Y2に応援を求め、今度は同被告が電話で原告を説得したが、それでも埒があかなかったため、同日午後に再度被告Y2らが原告宅を訪問することになった。

同日午後、被告Y1とともに原告宅を訪れた被告Y2は、原告に対し、「粗糖はこれから間違いなく上がっていく。心配いらない。任せてくれ。」などとまくしたて、原告が、もし下がればどうなるかと聞いたのに対しても、「下がっても初心者マークで損は半分です。」などと述べ、原告に粗糖を買うように強く勧めた。丁度その折、被告会社と同様先物取引の会社である京王商事から原告に取引勧誘の電話がかかり、原告が粗糖の先行きを尋ねたところ、京王商事の担当者は粗糖は、今が天井である旨答えた。そこで、原告が被告Y2にその旨を伝えると、被告Y2は、その担当者は経験が浅いのではないかと言って取り合わず、取引経験の長い自分の判断が正しい旨を強調した。そこで、原告は、被告Y2に勧められるまま、粗糖を一〇〇枚買うことに同意し、翌日五〇〇万円の委託証拠金を払うことにして、「先物取引の危険性を了知した上で売買取引を行う」旨の承諾書に署名押印し、合わせて被告Y2から「商品取引委託のしおり」、「商品取引を始める方へ」などのパンフレット及び東京砂糖取引所の「受託契約準則」の交付を受け、これについての簡単な説明を受けた。

この間被告Y2は、原告が商品取引は初めてである旨を述べており、原告が新規の委託者であることを認識していたが、原告の資産調査も特にしないまま、一〇〇枚の買建を勧めた。

4  翌日、原告は、京王商事の担当者から粗糖は今が天井である旨の話を聞いたこともあって、なお不安が残っていたため、被告Y1に対し、しばらく相場の様子を見たうえで取引したい旨を電話で伝えた。すると、折り返し被告Y2が原告に電話をしてきて「今更何を言っているのですか。後戻りはできない。損をしても半分です。絶対に損はさせません。」などと説得するので、原告は、五〇〇万円を用意して待ち合わせ場所に赴いた。原告は、同所に来ていた被告会社大阪支店営業管理副部長の被告Y3からも、罫線を示され、相場が上昇途中である旨の説明を受けて安心し、結局、三八円以下の指し値で粗糖を一〇〇枚買うことにし、同日五〇〇万円の委託証拠金を被告会社に交付した。

5  同年六月二日、それまで低迷していた相場が再び上昇しはじめたことから、被告Y2が原告に対し、電話で買増しの勧誘をしてきた。これに対し原告が、これ以上出資すると仕事をやっていけなくなると断ったところ、被告Y2は、「それでは一週間みて下さい。必ず元利ともにお返しします。」となおも勧誘するので、とうとう原告は、一週間で返してくれと念を押したうえで、同日、五〇枚の粗糖を買い、委託証拠金二五〇万円を被告会社に入金した。

6  ところが、一週間を経過しても元利金返還の約束が履行されなかった。そこで、原告が、元金だけでも戻して欲しいと被告Y2に再三申し入れたところ、被告会社は、同月一五日に同月二日に買った五〇枚を売手仕舞し、同月二二日にその利益金一〇四万三九七〇円を原告に交付した。しかし、右五〇枚の委託証拠金二五〇万円は、被告Y2から買い増しを勧められ、同月一六日に買った五〇枚の証拠金にあてられることになったため、原告に交付されなかった。

7  さらに、値が上がってきた同月二三日、被告Y2は原告に対し、「どんどん上がっているから買い直ししましょう。私のほかのお客さんはもう全部そうしています。あなたが一番最後です。」などと増建玉を勧めた。原告は、高値で買い直すことに不安を覚えたが、被告Y2が、「心配いらない。まだまだ上がる。」というので、結局原告は、買い直しに同意し、同日、それまでの一五〇枚の買い建玉を手仕舞したうえ、新規に二二〇枚の買い建玉をした。

8  さらに、同年七月三日、今度は被告Y3が原告に対し、「一本調子で上がっている。買い直した方が利益が大きくなる。」などと述べて買い直しを勧めたため、原告は、同日、右勧めに応じて六月二三日の二二〇枚を売手仕舞すると同時に、新規に三三〇枚の買い建玉をした。

9  ところが、同年七月六日から粗糖相場が急落し、同月七日には追い証がかかる状態となったため、原告は、被告Y3に言われるまま、同月一〇日に二三〇枚、翌一一日に残り一〇〇枚を売手仕舞した。その結果、原告の取引は、一九二万九九五八円の損金を出して終了するに至った。

三  被告らの行為の違法性

1  商品先物取引は、転売・買戻による差損益金の授受によって決済することを当然に予定した取引であり、売買代金の全額を払わなくとも、その一割程度の証拠金で取引できることから、商品価格の僅かな変動によっても投下資金(証拠金)に比べて極めて高率の差損益金が生じる投機性の高い取引である。そして、商品の価格は、商品の需給関係を基本とするものの、国際的な政治・経済・社会情勢や気象条件等の複雑な要因によって変動するものであって、これを予想することは極めて困難であり、しかも、その取引にあたっては高額の手数料を支払わなければならないのであるから、商品先物取引によって最終的に利益を得ることは相当に困難であるといわなければならない。

2  このように商品先物取引が通常の売買とは著しく異なる特殊な取引であることから、商品取引所法は、断定的判断の提供や利益保証などによる不当な勧誘行為を禁止し、商品取引所もその定める定款、協定などにおいて、両建や無意味な反復売買の禁止、新規委託者についての保護育成期間の設定等、委託者を保護するためのさまざまな規定を置いている。もとより、商品取引所法の規定にはその違反について罰則規定がなく、取引所の定款、協定等も、直接には商品取引員相互間の内部的取決めであって、取引員がこれらの規定に違反したからといって、それが直ちに委託者に対する不法行為となるということはできない。しかし、商品先物取引が前記のように極めて投機性の高い特殊な取引であり、その仕組みも複雑で、これによって利益を得ることの困難な取引である以上、商品取引について知識も経験も有しない顧客を勧誘する場合には、取引員は顧客に対し、それが投機性の高い危険な取引であることを十分に理解させたうえ、商品取引の仕組みや、価格決定要因についても十分な説明をし、顧客が自主的かつ自由な判断に基づいて取引できるよう配慮すべき一般的な義務を負っているものというべきであり、そうすると、前記各規定は、顧客との関係で右の一般的義務の内容を個別的に具体化した趣旨を含むものと考えられるから、これに違反する程度が著しく、勧誘の態様が顧客の自主的かつ自由な判断を阻害するようなものである場合には、その行為は、顧客に対する関係で不法行為を構成することになるというべきである。

3  そこで、これを本件についてみるに、前記二で認定した事実によれば、被告Y1及び同Y2は、商品先物取引の経験を全く有しない原告に対し、粗糖が確実に値上がりするかのように持ち掛け、「損をしても半分」などとあたかも損失の一部を被告会社が負担するかのように告げて原告の不安を打ち消し、当初の三か月は二〇枚を超ええないこととしている新規委託者保護管理規則に違反して、厳密な原告の資産調査もしないまま、最初の取引から実に一〇〇枚の取引を勧誘したものであり、その後も、被告Y2、同Y3において、原告に対し、前同様に粗糖相場について断定的な判断を示したうえ、無意味な反復売買を行わせ、原告の資力を考慮することなく、その資力に比して過大な取引を行わせたものであって、右被告らの一連の行為は、商品取引における勧誘行為として社会通念上許される範囲を超えた違法な行為といわざるをえず、全体として原告に対する不法行為を構成するものというべきである。

四  被告会社の責任

被告らの右違法行為が被告会社の業務の執行につきなされたことは明らかであり、被告会社は右違法行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

五  反訴請求について

1  前記のとおり、反訴請求原因1(原告・被告会社間の取引明細)の事実は当事者間に争いがなく、乙一〇ないし一二(枝番を含む)によれば、同2ないし4の事実を認めることができる。

2  そうすると、被告会社は原告に対し、本件取引に基づく売買損金の立替金として、一九二万九九五八円及びこれに対する最終督促期限の翌日である平成元年一〇月七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを請求できるというべきである。

3  原告は、本件委託契約及びその後の取引は、被告らの不法行為に基づくものであるから無効であり、仮にそうでないとしても、右契約に基づく請求は権利の濫用として許されない旨主張する。しかし、本件取引には前記のとおりの違法な点があるにしても、被告らの行為を詐欺とまでは評価できないし、被告らの強引な勧誘があったとはいえ、本件取引は一応原告の委託に基づいて行われているのであるから、これを私法上無効ということはできず、また、原告が本件取引によって利益を得た場合には、当然に被告会社に対してその利益金を請求できることと対比して考えれば、被告会社の本件取引に基づく請求を権利の濫用とまではいうことができない。

もっとも、本件取引によって原告が負担することとなった右債務は、被告らの不法行為によって原告が被った損害の一部として評価されることになる。

六  損害

1  原告が被告会社に対し、委託証拠金として合計七五〇万円を交付し、他方、原告は被告会社から、利益金として一〇四万三九七〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、前記認定の事実によれば、原告は、前記被告らの不法行為により、右交付金と受領金員の差額である六四五万六〇三〇円の損害を被ったものと認めることができる。

2  また、前記五3のとおり、被告会社が反訴請求において原告に請求している一九二万九九五八円も、前記被告らの不法行為に基づく原告の損害と認められる(原告は、右損害を黙示的に主張しているものと解される)。

3  過失相殺

原告は、本件まで商品先物取引の経験を有していなかったとはいえ、世上先物取引の危険性は広く知られているところであり、原告自身被告らの強引な勧誘に対しても、その真偽を疑問に思って躊躇していることが窺われるのであって、今少し原告が慎重に被告らの誘いを検討し、また、被告らから交付された先物取引の危険性を明示した書面を読んで理解していれば、漫然と被告らに言われるまま取引を継続し、損害の増大を招くこともなかったものと考えられる。しかも、前記二3で認定のとおり、原告は、被告会社と同業の会社の担当者から、粗糖相場の動向に関し、被告らの判断とは異なる情報を入手していたのであるから、これを契機として、被告らの勧誘に対してもその根拠を積極的に追求するなどして、より自主的な判断に基づいて取引をすることが可能であったと考えられる。ところが、前記二で認定のとおり、原告は、被告らの言動を鵜呑みにして本件取引を継続したのであるから、このような原告の態度が右損害を生じさせた面のあることは否定できず、原告に生じた損害のうち、四割は原告自身の過失によるものとして相殺するのが相当である。

4  慰謝料

原告が本件違法な勧誘により、商品取引に誘い込まれて唯一の預金を失い、相当の精神的打撃を受けたであろうことは容易に推認されるが、この精神的苦痛は、本判決により財産的損害が回復されることにより慰謝される性質のものであるから、更に金銭で賠償するだけのものはないというべきである。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は本件賠償請求のために訴えの提起を余儀なくされ、その訴訟追行を原告代理人らに委任したことが認められ、本件事案の難易、原告の請求額、前記本訴及び反訴の認容額等の諸般の事情を斟酌すれば、本件不法行為と相当因果関係の範囲にある弁護士費用の賠償額としては、三〇万円と認めるのが相当である。

七  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、右六の1、2の合計の六割にあたる五〇三万一五九二円(一円以下切り捨て)と同5の三〇万円の合計五三三万一五九二円及びこれに対する不法行為後で原告が被告会社に金員を交付した最後の日の後である平成元年六月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は棄却し、被告会社の反訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 庄司芳男)

<以下省略>

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