大阪地方裁判所 平成元年(ワ)10339号 判決 1993年3月29日
原告
山本智仁
被告
清水幸一
ほか一名
主文
一 被告清水幸一は、原告に対し、金一八〇万二九七八円及びこれに対する昭和六〇年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告清水幸一に対するその余の請求及び被告千代田火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一請求
被告らは、各自、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 昭和六〇年五月三〇日午後四時一〇分ころ
(二) 場所 大阪府茨木市野々宮二丁目一五番一号先道路上
(三) 加害車 被告清水幸一(以下「被告清水」という。)が運転していた普通貨物自動車(大阪四六と三〇八八号、以下「加害車」という。)
(四) 被害車 原告が運転していた原動機付自転車(以下「被害車」という。)
(五) 事故態様 加害車が被害車に衝突した。
2 被告らの責任
(一) 被告清水
(1) 加害車を運転して直進してきた被告清水は、前方を注視せず、かつ、制動装置を怠つたため、前記場所の交差点(以下「本件交差点」という。)を徐行しながら右折進行し、停止しようとしていた被害車の側面に、加害車を衝突させた。
よつて、被告清水は、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害の賠償責任を負う。
(2) 被告清水は、加害車を自己の運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故による損害の賠償責任を負う。
(二) 被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)
(1) 被告会社は、加害車につき、自動車損害賠償保険契約を結んでおり、被告清水は加害車運転の許諾被保険者であるから、被告清水の本件事故による損害賠償義務が確定すると、同保険に基づき、同一金額の保険金を支払うべき責任がある。
(2) 被告清水は、本件事故による損害を賠償するに足る資力を有しない。よつて、原告は、債権者代位権に基づき、右保険金の支払を求めることができる。
3 原告の受傷、治療及び後遺障害
(一) 受傷
原告は、本件事故により、左大腿骨頸部骨折、左鎖骨骨折、左下顎挫創、両肘擦過傷の傷害を負つた。
(二) 治療
原告は、右受傷の治療のため、
(1) 田中病院に昭和六〇年五月三〇日から同年六月三日まで、
(2) 済生会茨木病院に同月四日から同年八月三〇日まで、
(3) 金沢医科大学病院に昭和六一年三月一〇日から同年七月一九日まで、それぞれ入院し、その後、同年一〇月三一日まで同病院に通院した後、市立伊丹病院、兵庫医科大学病院に通院した。
(三) 後遺障害
原告の症状固定は、早くとも平成四年一〇月であり、左股関節に人工骨頭置換術を受けたことによる障害(自賠法施行令別表の七級一〇号に該当する。)及び足の短縮(同表一三級九号に該当する。)を残した。
4 原告の損害
(一) 治療費関係費
(1) 治療費 二七七万八八六七円
本件事故による受傷の治療のため、右のとおりの治療費が必要であつた。
(2) 入院雑費 二七万円
前記入院期間(合計二二五日間)に一日当たり一二〇〇円の雑費が必要であつた。
(3) 入院付添費 一〇一万二五〇〇円
前記入院期間(合計二二五日間)に一日当たり四五〇〇円の付添費用が必要であつた。
(4) 付添交通費 六万九七〇〇円
(5) 通院通学交通費 一〇万二九七〇円
(6) その他の実費 一一万七四〇〇円
メガネ代(三万七五〇〇円)、ステツキ及びトイレ代(二万六九〇〇円)、貸テレビ代(五万三〇〇〇円)として必要とした。
(二) 休業損害 七三四万六二五〇円
原告(昭和四三年三月一四日生)は、本件事故により受傷しなければ、大学に入学して卒業の後、平成二年四月から就労し、平成二年賃金センサスの第一巻第一表・産業計・企業規模計・学歴計・男子二〇歳ないし二四歳の平均賃金程度の収入を得ることができたが、本件事故による前記障害が症状固定に至つた平成四年一〇月までの間、就労することができなかつた。
これによる損害は、次のとおりとなる。
(算式) 2,938,500×2.5=7,346,250
(三) 後遺障害による逸失利益 四八一五万八五八七円
原告は、本件事故による後遺障害により、労働能力を五六パーセント喪失したから、これによる逸失利益は、平成二年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・学歴計・男子二五歳から二九歳の平均年収額三八五万七六〇〇円を基礎とし(後遺障害による逸失利益は、将来の損害発生の蓋然性に基づき算出されるべきものであるから、口頭弁論終結時の原告の年齢に対応する平均賃金に基づき算出されるべきである。)、稼働可能期間を二五歳から六七歳までの四二年間として、ホフマン式計算法により中間利息の控除をすると、右のとおりとなる。
(四) 慰謝料
(1) 入通院分 六〇〇万円
原告は、本件事故による受傷の結果、左大腿骨骨頭壊死となり、骨癒合が不能なため、再々、人工骨頭置換術を受け、長期間にわたつて治療を受けなければならず、大学進学もできなかつた。
(2) 後遺障害分 一五〇〇万円
原告は、左大腿骨骨頭の人工骨頭置換術後、臼蓋底突出のため、左股関節の症状が憎悪し、強い痛みが持続し、近い将来に再手術が予定されている。しかも、手術の治療効果が持続するのは数年であるため、生涯、人工骨頭置換術を定期的に受けなければならない。
(五) 弁護士費用 三〇〇万円
5 よつて、原告は、被告清水に対し、民法七〇九条及び自賠法三条に基づく損害賠償請求として、右損害金額合計のうち金五〇〇〇万円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和六〇年五月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、被告会社に対し、被告清水の被告会社に対する損害金相当保険金請求権の民法四二三条による代位行使として、金五〇〇〇万円及びこれに対する右と同じ日から支払済みまで右と同じ割合による金員の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)(2)及び(二)(1)の事実は認め、その余の事実は否認する。
3 同3のうち、(一)の事実、(二)のうちの昭和六〇年五月三〇日から昭和六一年一〇月三一日まで入通院(入院二二五日、通院実日数三八日)したことは認めるが、(三)の事実は否認する。
原告の症状固定の日は、昭和六一年三月一五日であり、後遺障害は、自賠法施行令別表八級に該当する程度である。
4(一) 治療関係費のうち、治療費として一四六万七八六七円、入院雑費として一三万八〇〇円、付添看護費として三三万一一八〇円、付添交通費・通院交通費・その他実費として二三万七〇七〇円は本件事故による損害と認めるが、その余は知らない。
貸テレビ代については、入院雑費と計上すべきものである。
(二) 休業損害の主張は争う。
(三) 本件事故による逸失利益として、一五三五万三五五〇円を認めるが、その余は否認する。
(四) 慰謝料のうち、入通院慰謝料として二五〇万円、後遺障害慰謝料として七五〇万円は、本件事故によるものであると認めるが、その余は争う。
原告の再手術の時期は明らかではなく、自賠法施行令別表八級七号該当の後遺障害に見合う後遺障害慰謝料が認められれば足りるものというべきである。
(五) 症状固定日である昭和六一年三月二五日以後、被告らが支払つた、金沢医科大学病院での治療費一三〇万七五三〇円及び一時金五〇万円の合計一八〇万七五三〇円については、後遺障害に伴い逸失利益とは別に生じた独立した損害として認める。
三 抗弁
1 過失相殺
被告清水は、本件事故当時、本件交差点の北側数十メートル手前の交差点を左折し、本件交差点に向け、南方向に進行した。被告清水は、本件交差点内の北側横断歩道から北へ約三〇メートル手前の位置で、前方信号が赤から青に変わるのを確認し、そのまま進行して、約一九メートル手前にさしかかつたところで、本件交差点内を南から東へ右折して通過していく車両を認めた。
さらに、被告清水は、約一二メートルほど手前まで進行してきたとき、本件交差点内に、右車両に引き続き、アイボリー色の軽貨物自動車が右折しようとしていた。しかし、同車は、加害車が本件交差点に進入してくるのを認めて、同交差点中央付近で停止した。
被告清水は、右軽貨物自動車が停止したため、本件交差点内に進入したところ、その直後に、右軽貨物自動車の陰から突然、被害車が飛びだし、加害車の直前を西から東へ横切る形で進行し、右折しようとしてきた。そのため、被告清水は衝突の危険を感じ、瞬時に急制動の措置を取つたが、回避できず、加害車の前面が被害車の側面に衝突した。
以上の事実によれば、原告には、交差点内における右折時の対向直進車両進行妨害、前方不注視、直近右折等の過失があり、被告清水の過失割合は、せいぜい一割程度である。
2 損益相殺
(一) 被告清水は、原告に対し、一一五万七七八〇円(看護料名下に三三万一一八〇円、付添交通費名下に六万九七〇〇円、通院通学費名下に一〇万二九七〇円、入院雑費名下に五万三〇〇〇円、治療費名下に三万六五三〇円、その他として五六万四四〇〇円)の支払を行つた他、田中病院に対し三二万四五八五円、済生会茨木病院に八四万三六三二円、金沢医科大学病院に対し一五六万九六〇〇円を支払つた。これらの合計は三八九万五五九七円となる。
(二) 原告は、自動車損害賠償保険より、七五〇万円の支払を受けた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(過失相殺)の主張は争う。
本件交差点の南側道路は道幅が広く、南から東に右折する車両の通行量が比較的多いため、本件交差点には右折の道路標示が明示されている。
被告清水は、本件交差点の手前一九メートルで被害車を確認したものの、その後、被害車の動向にまつたく注意することなく進行した。
そして、被告清水は、本件交差点進入後、前方二〇メートルの本件交差点中央付近に、被害車を発見したが、それまで被害車を見落としていたことと制限時速四〇キロメートルを越える時速五八キロメートルで進行していたことが重なり狼狽したため、本件交差点中央付近に停止していた右折車両が被害車発見の支障にはならないのに、被害車が右停止車両の陰から飛びだし右折進行してきたものと錯覚し、適切なハンドル操作も取らずに、既に停止していた被害車左側面にそのまま衝突した。
原告は、徐行して右折進行したが、加害車が被害車に気付いていない状況を感じ、直ちに停止したところ、加害車が被害車の左側面に衝突してきた。原告は、既に本件交差点で右折を開始していたのであつて、直進車優先通行の状況にはなく、本件事故は、被告清水が先入車優先通行権を妨害したために発生したものであり、同被告の前方注意義務違反、安全確認義務違反、法定速度遵守義務違反、ハンドル制動操作の誤りに加え、優車危険負担の原則を考慮すると、被告清水の過失割合は八ないし九割以上であるというべきである。
2 同2(損益相殺)の事実は認める。
理由
一 事故の発生
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 被告清水の責任
請求原因2(一)(2)の事実は当事者間に争いがない。
よつて、被告清水は、原告に対し、自賠法三条に基づき、本件事故による損害の賠償責任を負う。
三 原告の受傷、治療及び後遺障害
1 受傷
請求原因3(一)の事実は当事者間に争いがない。
2 治療及び後遺障害
請求原因3(二)のうち、原告が(1)ないし(3)の入院をした事実及びその後昭和六一年一〇月三一日まで通院した事実は当事者間に争いがなく、これに加え、甲第二、第五、第一三ないし第一五、第三三及び第三四号証、乙第五号証、証人山本浩の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、本件事故による受傷の治療のため、田中病院に昭和六〇年五月三〇日から同年六月三日まで入院した後、同病院の紹介により、大阪府済生会茨木病院に同月四日から同年八月三〇日まで入院し、同病院で左大腿骨頚部骨折の観血的骨接合術を受けた。その後、同病院に通院し経過観察を受けたが、骨癒合不良のため、昭和六一年三月三日、金沢医科大学病院を受診した結果、骨頭壊死となつており、骨癒合は望めないと診断され、同月一〇日、同病院に入院した。原告は、同月二五日、人工骨頭置換術を受け、同年四月一日には体重の四分の一を負荷しての歩行が可能となり、同月二〇日には全体重を負荷しての歩行が可能となつて、経過良好であり、リハビリテーシヨン等を受けた後、同年七月一九日に退院となつた。
(二) 同日の診断によれば、原告は、左大腿骨頚部内側骨折により、左大腿骨骨頭人工骨頭置換術後状態にあり、左下肢長が右下肢長よりも一センチメートル長いという他覚症状、左股関節痛及び歩行障害があるという自覚症状の後遺障害が認められた。その後、原告は、同年一〇月三一日まで同病院に通院し、同月一三日には、それまで続けられていた投薬治療も中止された。なお、原告は、その間、同年八月二日には国立仙台病院に通院した。
(三) 自動車保険料率算定会は、原告の症状について、顧問医の意見を徴した上、自賠法施行令別表八級七号に該当するものと認定した。
(四) また、原告には、前記の人工骨頭置換術後一〇年毎に再置換術を受ける必要があるものと金沢医科大学病院の医師が診断しており、現在、兵庫医科大学病院整形外科において、経過観察を受けているが、同病院医師により、左股関節部痛が続いており、将来、右の再手術を受ける必要があるものと診断されている(山本浩証人は、原告に壊死があり、そのために金沢医科大学病院退院時には、比較的すぐに再手術を行う必要があると医師にいわれたが、原告本人が痛みを訴え手術を拒否しているために現在その時期を選んでいるところであるという趣旨を述べているが、甲第三三及び第三四号証〔金沢医科大学病院における原告の診療録及び兵庫医科大学病院医師による原告の診断書〕には、これらについての記載を認めることはできず、原告が、比較的近い将来に再手術を必要としているものとは認められない。)。
(五) 原告は、現在、慢性的に左股関節が痛む状態であつて、座つたままのときに痛みはないものの、立つたり座つたりするときに痛みがあり、歩行には杖を使つており走ることはできないが、階段の昇り下りはでき、左足をペダルに乗せたままであれば、自転車にも乗ることができる。
四 原告の損害
1 治療関係費
(一) 治療費 二七七万五三九七円
本件事故による治療費として原告が一四六万七八六七円を必要としたこと、昭和六一年三月二五日以降の金沢医科大学病院への治療費として原告は一三〇万七五三〇円を必要としたことは当事者間に争いがなく、前記認定によれば、同日以降の金沢医科大学で入通院治療は、本件事故による受傷の治療として必要であり、それによる治療効果も認められるから(したがつて、同日に原告の症状は固定し、それ以後の治療は本件事故と因果関係がない旨の被告清水の主張は理由がない。)、同治療のための費用も本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。よつて、原告は、本件事故により、治療費のために二七七万五三九七円の損害を受けた。
(二) 入院雑費 二七万円
前記入院経過によれば、本件事故による入院治療期間二二五日間に、一日当たり一二〇〇円程度の雑費を必要としたものと推認できる。
(三) 入院付添費 三三万一一八〇円
本件事故による入院付添費として原告が三三万一一八〇円を必要としたことは当事者間に争いがない。
なお、これを越える入院付添費について、各病院の看護婦等により受けることのできる看護の他に付添看護が必要であつたのかは明らかではなく(甲第二、第五及び第一三号証〔各病院の診断書〕においては、付添看護の要否について記載はなく、むしろ甲第五号証においては、一度付添看護を要するものとした上で、その記載が削除訂正されているところである。)、証人山本浩の証言を併せても、右以上に入院付添費を認めるべき事情はこれを認めることができない。
(四) その他実費等 二三万七〇七〇円
原告が主張する付添交通費・通院通学交通費・その他の実費(メガネ代、ステツキ及びトイレ代、貸テレビ代)のうち、貸テレビ代五万三〇〇〇円を除く二三万七〇七〇円が本件事故による損害であることについては当事者間に争いがなく、貸テレビ代については、既に入院雑費として評価したところである。
2 逸失利益 二九八八万一六〇六円
証人山本浩の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告(昭和四三年三月一四日生)は、健康な男子であり、本件事故当時高校三年生であつて、大学進学を目指していたこと、本件事故後、昭和六一年三月には予定どおり高校を卒業したこと、その後、平成元年三月まで大学受験のための予備校に通つたが、大学進学は果たせなかつたこと、現在、原告は、父親からの生活費の仕送りを受け、定まつた仕事はせずに一人で生活していることが認められる。
以上によれば、原告は、原告主張の平成二年四月から就労し、その後六七歳までの四五年間に、平均して、少なくとも、当裁判所に顕著な事実である平成二年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子二〇歳ないし二四歳の平均賃金二九三万八五〇〇円程度の収入を得ることができたものと推認されるところ、本件事故により前記認定のとおりの後遺障害を残し、その結果、その労働能力の五〇パーセントを失うに至つたものと考えられるから(現在の原告の症状の内容及び程度、原告が将来にわたり、定期的に入院し人工骨頭置換術を受ける必要があること、その他以上認定の治療経過等を考慮すると、本件事故により将来にわたり喪失した原告の労働能力の程度は、平均して五〇パーセント程度であるものと考えられる。)、これによる逸失利益の本件事故当時の現価を、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、次のとおり二九八八万一六〇六円となる。
(算式)2,938,500×0.5×(24.702-4.364)=29,881,606
(小数点以下切り捨て、以下同じ)
なお、原告は、原告の本件事故による受傷の症状固定日は、平成四年一〇月であり、それまでは休業が必要で就労が困難であつた旨主張するが、将来的に再手術の予定されている原告についての医学的な症状固定時期はさておき、以上認定の治療経過等によれば、遅くとも平成二年四月には、後遺障害が残され労働能力が制限されている状態にはあつたものの、就業可能な状態にあつたものと考えられるから、原告の右主張は採用できない。
また、原告の具体的な労働能力の程度は、将来的に変動する可能性があるが、長期にわたる将来の逸失利益算定をする場合に、右時期を始期として就労可能な全期間の平均的な労働能力喪失割合を観念することも、損害算定の一方法として合理性が認められるものというべきである。
3 慰謝料 一〇〇〇万円
入通院慰謝料につき二五〇万円、後遺障害慰謝料につき七五〇万円の限りで被告清水が争つていないことに加え、前記認定の原告の受傷部位及び程度、治療経過、後遺障害の内容及び程度、年齢、本件事故による受傷の結果が、大学受験に当たつて不利な影響を与えたものと考えられ、また、将来的にも人工骨頭置換術を受けなくてならない不便があること等の弁論に現れた諸事情を総合考慮すれば、原告の本件事故による精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、一〇〇〇万円が相当である。
五 過失相殺
1 乙第二及び第三号証並びに原告及び被告清水各本人尋問の結果(後記の信用しない部分は除く。)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件交差点は、信号機により交通整理されている、南北に伸びる道路(以下「南北道路」という。)と東西に伸びる道路(以下「東西道路」という。)が交差する交差点である。その形状については別紙図面のとおりであり、本件交差点南側の南北道路(以下「南側道路」という。)は、中央分離帯を含め二五メートル程度の幅員がある対面通行の道路であり、同交差点北側の南北道路(以下「北側道路」という。)も本来は、幅員一一メートル程度の対面通行の道路であつたが、本件事故当時は北行き車線が工事中で通行止めとなつており、車道幅員四メートルの南行き一車線のみの一方通行となつていた。
南側道路の北行きは三車線で、各車線は三メートル以上の幅員があり、これらの車線のうち、歩道寄りの二車線(第一車線及び第二車線)は、本件交差点において左折する車両のための車線であり、中央分離帯寄りの一車線(第三車線)は、本件交差点において右折する車両のための車線となつていた。本件交差点内には、第三車線の延長上から東西道路の東行き車線に向け右折するための導流標示が描かれてあつた。
本来ある北行き車線を含めた北側道路は、南側道路の南行き車線とほぼ直線になる形で接続しており、南側道路北行き車線東端の北方向への延長線は、北側道路北行き車線の西端よりも西側を通るような形態になつていた。さらに、本件交差点北側の横断歩道南側の本件交差点内には、北側道路北行き車線に車両が進入できないようにガードレールが設置されており、北側道路センターラインの西端に沿つて設置されていた高さ一・三メートルの柵とともに、北側道路北行き車線を囲うような形になつていた。そのため、南側道路第三車線を進行して本件交差点に進入する際には、前方には右ガードレールが見える状態であつた。
また、東西道路は、中央分離帯を含めて三〇メートル以上の幅員のある道路であり、本件交差点の東西の各車線とも二車線あるいは三車線ある道路であつた。
本件交差点の路面は、アスフアルトで舗装され、平坦で、本件事故当時乾燥していた。南北道路は時速四〇キロメートル、東西道路は時速五〇キロメートルの速度制限がされ(乙第二及び第三号証には南北道路と東西道路の制限速度を右認定と速度の記載を逆にした記載があるが、被告清水は南北道路の制限速度が時速四〇キロメートルである旨述べており、南北道路に比べ東西道路がより幅員の広い幹線道路であることからすれば、右乙号証の各記載は南北と東西を取り違えた記載であるものと認められる。)、ともに駐車禁止の規制がなされていた。
付近は市街地であり、本件事故後の昭和六〇年一〇月一七日午後四時から四〇分間にわたつて行われた実況見分時の交通量は、二分間に南北道路が五〇台、東西道路が七〇台であつた。
(二) 被告清水は、バンタイプの普通貨物自動車である加害車に一トンに近い自動車部品を積んで運転し、北側道路を南に向け進行して、本件交差点の手前に至つた。本件交差点の三〇メートル程度手前で、対面信号が赤から青に変わつたことを確認し、少なくとも時速六〇キロメートル前後の速度で進行し、一二メートル程度進んだところで、本件交差点を右折して東西道路東行き車線に入つていく車両を、前方左手の本件交差点内に認め、さらに七メートル程度進んで、同車両の後を右折して東西道路東行き車線に入つて行こうとしている自動車(以下「停止車両」という。)が、本件交差点中央付近に停止しているのを認めた。そして、被告清水は、早くに本件交差点を通過しようとして、さらにアクセルを踏み加速して一二メートル程度進み、本件交差点北側の横断歩道を加害車が跨いだ地点で(この点についての被告清水本人の供述は、乙第二号証に照らし信用できない。)、被告清水は、二〇メートルほど前方の停止車両の東側付近に被害車を認め、危険を感じて急制動をしたが、一八メートル程度進んだ地点で衝突し、さらに九メートル程度進んだ地点に加害車は停止した。被告清水は、被害車がどこから来たのかまつたく分からないまま、本件事故に至つた。
停止地点付近まで、加害車の左前輪により一四・七メートル、左後輪により一三メートル、右後輪により一二・五メートルの各スリツプ痕が路面に印象され、また、本件事故の結果、加害車のフロントパネル、フロントバンパー、ナンバープレートが凹損ないし曲損し、フロントガラス及び右方向指示機等が破損した。また、被告清水は、衝突の衝撃でフロントガラスの頭部を当てた。
被告清水は、本件交差点を何度も通過したことがあり、南側道路からの右折車両が多いことを知つていた。
(三) 原告は、南側道路北行き第三車線の本件交差点南側手前の停止線で赤信号のため停止した後、青信号に従い、右折車両用の導流標示に沿つて進行し、二四メートルほど進んだ地点で、北側道路を南進してくる加害車を一〇〇メートルほど前方に認めたが、先に右折可能であると考え、さらに二五メートルほど進んだ本件交差点中央付近で、加害車が本件交差点内に進入して来ており、二三メートル程度前方にいることを認め、危険を感じたが、さらに八メートルほど進んだ地点で、加害車前部に衝突した。衝突の衝撃により、被害車は九メートルほど南側に運ばれ、原告は、一六メートル程度南側に飛ばされた。
この結果、被害車は、左前風防、左ボデイカバー、ステツプ及び計器カバー等が破損した。
2 以上によれば、被告清水には、本件交差点を通過するに際し、制限速度を遵守し、右折車両の有無を確認して安全に通行すべき注意義務があつたのに、本件交差点の対向車線から右折してくる車両が多いことを知つていたにもかかわらず、制限速度を越える速度で進み、さらに本件交差点に進入する直前で加速し、本件交差点中央付近の停止車両を認めてはいたものの、その側方を進行してくる被害車に二〇メートル程度手前に至るまでまつたく気付かないまま進行した過失があるといわねばならない(停止車両がいかなる車両であつたかは明らかではないから、これにより被害車の存在が遮蔽されたものか否かは明らかでない上、乙第二号証により認められる被告清水が被害車に気付いたときの被害車と加害車との位置関係のみを見ても、被告清水が被害車に気付いた地点より手前では被害車が物陰に隠れてまつたく見えない状況であつたものと認めることはできない。また、仮に停止車両が遮つて被害車を認めることができない状況があつたものとしても、被告清水は本件交差点を何度も通過したことがあり、本件交差点の交通の様子を知つていたものと認められるところ、南側道路から東西道路への右折車両が多く、東西道路東側の東行き車線には二車線あつたのであるから、停止車両の側方を他の車両が進行してくることをまつたく予想し得なかつたものとまで認められない。)。
他方、原告には、本件交差点を右折するに際し、対向直進車の通行を妨げないように注意すべきであつたところ、対向車線と交わる地点から二五メートル程度手前で加害車を認めたものの、先に右折可能であるものと誤り、停止車両が停止したままであつたにもかかわらず加害車の動向を十分確認しないままそのまま停止車両の右側方を進行した落ち度があり、そのため、本件事故に至つたものといわねばならない。
3 よつて、本件事故は、被告清水の右過失と原告の右落ち度があいまつて発生したものというべきところ、これらの内容(特に、被告清水には制限速度を時速二〇キロメートル程度超過していた過失があり、原告にも左方の停止車両が停止していたにもかかわらず、加害車が間近まで接近していたのに右折した落ち度があること)及び程度を対比し、本件事故現場の状況、本件事故の態様その他の本件弁論に現れた諸事情を考慮し、被害車が加害車に比べより保護されるべき原動機付自転車であつたこと等を考え併せると、原告には、本件事故に関し七割の過失があつたものとして、過失相殺をするのが相当である。
したがつて、以上認定の原告の損害合計四三四九万五二五三円から七割を控除すると、原告が賠償を求めることのできる損害額は、一三〇四万八五七五円となる。
六 損害の填補
原告が自動車損害賠償責任保険から七五〇万円、被告清水から三八九万五五九七円の各支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これらを損害の填補として過失相殺後の原告の損害額合計から控除すると、原告が被告清水に対して賠償を求め得る残損害額は一六五万二九七八円となる。
七 弁護士費用
原告が、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任したことは本件訴訟上明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額などに照らすと、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、一五万円とするのが相当である。
八 被告会社に対する請求について
原告は、被告会社に対する請求につき必要な請求原因を述べないから、原告の請求を認めることはできない(原告が請求原因として述べるところによれば、原告の主張する請求権は、交通事故の被害者たる原告が保険会社である被告会社に対し、加害者たる被告清水に代位してする自動車保険普通保険約款に基づく保険金請求権であるものと考えられるところ、かかる請求は将来の給付の訴えとしてのみ許されるものであるが〔最三小判昭和五七年九月二八日民集三六巻八号一六五二頁〕、原告の請求は現在の給付の訴えである。)。
九 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告清水に対し金一八〇万二九七八円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和六〇年五月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容することとし、その余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 林泰民 大沼洋一 小海隆則)
別紙 <省略>