大阪地方裁判所 平成元年(ワ)5180号 判決 1990年11月26日
原告 前野源之助
<ほか四六名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 谷五佐夫
同 木下肇
同 長井勇雄
同 高木甫
同 松本仁
被告 国
右代表者法務大臣 梶山静六
右指定代理人 松村雅司
<ほか五名>
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
被告は、各原告に対し、別紙損害目録合計欄記載の各金員及びこれらに対する平成元年七月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、国会議員が憲法に違反する消費税法(昭和六三年一二月三〇日法律第百八号。以下「消費税法」という)を成立させたために、原告らが別紙購入目録のとおりの物品又は役務の提供の対価の外に消費税として物品又は役務の提供の対価の一〇〇分の三を支払わざるを得なくなったとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき別紙損害目録のとおり消費税相当損害金及び慰謝料の支払いを求めた事案である。
一 消費税法の内容
消費税法は、平成元年四月一日以後の資産の譲渡等に係る消費税について適用されるもので、同法にいう消費税は、原則としてすべての物品、サービスに対して負担を求める一般消費税であり、間接税である。
消費税法は、事業者が国に納付すべき消費税額の算出について以下のとおり規定している。
1 仕入れ税額控除制度(消費税法三〇条一項)
右条項は、事業者が自己の売上等の収入に係る消費税を納付するにあたり、自己の仕入れ額の一〇三分の三の額を自己の仕入れに係る消費税額として、税額控除することを認めている。
2 免税点制度(消費税法九条一項)
右条項は、基準期間における課税売上高が三〇〇〇万円以下の小規模事業者について、消費税納税義務を免除している(以下「免税業者」という)。
3 限界控除制度(消費税法四〇条一項)
右条項は、基準期間における課税売上高が年六〇〇〇万円未満の免税業者以外の小規模事業者について、課税標準額に対する消費税額から限界控除税額に相当する消費税額を控除するものとし、その限界控除税額とは、納付すべき消費税額に三〇〇〇万円のうちに六〇〇〇万円から課税売上高(三〇〇〇万円に満たないときは三〇〇〇万円)を控除した残額の占める割合を乗じて計算した金額と定めている。
4 簡易課税制度(消費税法三七条一項)
右条項は、基準期間における課税売上高が五億円以下の免税業者以外の事業者について、選択により、前記仕入れ税額控除制度に代えて、売上高の二〇パーセント(政令で定める卸売業者を営む事業者については一〇パーセント)に対し、三パーセントを乗じた額、つまり売上高の〇・六パーセント(右卸売業者については〇・三パーセント)の額を消費税額として国庫に収めればよいとしている。
二 争点
1 立法行為と国家賠償法一条一項の違法について
2 消費税法と憲法一四条
3 消費税法と憲法二五条
4 消費税法と憲法二九条、八四条
5 消費税法と憲法三一条、三二条
三 原告らの主張
1 消費税法の不合理性
(一) 消費税の納税義務者
消費税法四条一項は、「国内において事業者が行った資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。」と規定し、同法五条は、「事業者及び外国貨物を保税地域から引き取る者」(以下単に「事業者」という)に消費税の納税義務を課している。
他方、税制改革法一一条一項は、「事業者は、消費に広く薄く負担を求めるという消費税の性格にかんがみ、消費税を円滑かつ適正に転嫁するものとする」と規定している。右規定は、事業者に対し、消費税の転嫁義務を課したものと解することができるが、そのように解さない立場に立っても、消費税の最終的な実質的負担者が消費者であることは否定できない。
(二) 仕入れ税額控除制度
事業者の行う仕入れの中には、免税業者(同法九条)簡易課税業者(同法三七条)からの仕入れも含まれるが、右制度は、免税業者や付加価値率二〇パーセント(政令で定める卸売業者においては、付加価値率一〇パーセント)以上ある簡易課税業者からの仕入れには三パーセントの消費税額が上乗せされていないにもかかわらず全仕入れの一〇三分の三の額を消費税額として税額控除することを認めており、消費者から徴収する三パーセントの消費税の一部を不当に利得することを容認する不合理な制度である。
(三) 免税点制度
消費税法は、免税業者についても消費税相当額を消費者から徴収することを認めながら、右制度により消費税納税義務を免除しており、右制度は免税業者による不当な利得を容認する不合理なものである。
(四) 限界控除制度
右制度は、(三)と同様、事業者が納付すべき消費税額に相当する額のうち限界控除分を不当に利得することを容認する不合理な制度である。
(五) 簡易課税制度
右制度は、簡易課税の適用を選択した事業者の課税仕入れに係る消費税額の実績が課税標準額に対する消費税額の一〇〇分の八〇に相当する額に満たない場合には、課税標準額に対する消費税額の一〇〇分の八〇に相当する額からその課税仕入れに係る消費税額の実績を差し引いた残額に相当する額は、その事業者の前段階の取引の相手方である事業者が消費税として納付していないにもかかわらず、あたかも納付した消費税額のように、その事業者の課税標準額に対する消費税から控除されるという仕組みになっており、実質的に、その事業者が当該控除される消費税額に相当する金額の交付を国から受けるに等しい不合理な制度である。
2 消費税法の違憲性
(一) 憲法一四条違反
消費税法は、原告らの主張1(一)のとおり所得の高低を区別せず、低所得層の者にも一律三パーセントの消費税を課している点、租税負担公平の原則、応能負担原則に反し、憲法一四条に違反する。
(二) 憲法二五条違反
国民に対する生存権保障の当然の帰結として「健康で文化的な最低限度」(最低生活水準)以下で生活する国民にはいかなる租税負担もさせることができないにもかかわらず、消費税法は原告らの主張1(一)のとおりこれらの国民の生活必需品の消費にまで租税負担させながら、何ら補償措置を講じず、憲法二五条に違反する。
(三) 憲法八四条及び二九条違反
憲法八四条の規定している租税法律主義は、私有財産制の下では公権力が何らかの反対給付なく強制的に金銭を賦課・徴収するには、租税の種類、根拠のみならず、納税義務者、課税物件、その帰属、課税標準及び税率等の課税要件並びに租税の賦課・徴収の手続に関する定めも国民の代表たる国会が定めた法律で規定しなければならず、これらの法律においては特に明確な規定をおかなければならないということを意味する。
消費税法は、消費者には事業者からの消費税の支払い請求に対して拒否する自由を与えない一方、原告の主張1(二)ないし(五)の制度により事業者には、消費者から消費税の名目で徴収したものを国庫に納めず不正に利得することを容認している点、租税法律主義の趣旨に反し、かつ憲法二九条に保障する国民の財産権を不当に侵害している。
(四) 憲法三一条及び三二条違反
一般消費税の導入にあたっては、消費者に対して不服申立の機会を与えなければならないところ、消費税法は、同機会を与えていない。消費者が実質的に負担したはずの租税が現実に国庫に納付されたか否かについて追及する手段についての規定すらないことは、租税手続としての適正を欠くものであり、憲法三一条及び三二条に違反する。
3 国の責任
国会議員は総体として個々の国民に対し、憲法に明らかに違反した立法行為を行わない法的義務を負うのであるから憲法に違反する内容の消費税法を制定する行為が国家賠償法一条一項にいう「違法」というべきであるが、国会議員は、消費税法の違憲性を知りつつ、或いはわずかな注意義務を尽くせばその違憲性を知り得たにもかかわらず、わずかな審議時間でさしたる修正も加えず成立させ、原告らに損害を被らせた。
四 被告の反論
1 消費税の合理性
(一) 消費税の納税義務者
消費税法五条一項は「事業者は、国内において行った課税資産の譲渡等につき、この法律により、消費税を収める義務がある。」と規定しており、事業者が納税義務者であることは明らかである。
税制改革法一一条一項は、右の点を前提にした上で、新たに創設される消費税が転嫁を予定したものであることを周知させ、国民の理解を得るために規定されたものであり、消費者を納税義務者であると規定したものではない。
(二) 事業者が収受する消費税相当額の法的性格
事業者が取引の相手方から収受する消費税相当額は、あくまでも当該取引において提供する物品又は役務の対価の一部である。この理は、免税業者や簡易課税制度の適用を受ける事業者についても同様であり、結果的にこれらの事業者が取引の相手方から収受した消費税相当額の一部が手元に残ることになっても、それは取引の対価の一部であるとの性格が変わるわけではなく、したがって税の徴収の一過程において税額の一部を横取りすることにはならない。
(三) 仕入れ税額控除制度
消費税が、生産、流通の各段階で二重、三重に課税されることを排除するため、仕入れ税額控除制度をとる必要がある。
消費税法は、仕入れ税額を把握する手段として、事業者の事務処理上の負担の軽減を図るため、いわゆるインボイス(すなわち、税額を別記した納品書等の書類)による必要はなく、事業者の帳簿記録や取引に際して交付を受けた請求書等によることとしている(同法三〇条七項)。事業者が仕入れ取引を行うに当たり、逐一その相手方が免税業者であるか否か等を確認しなければならないとすれば、その事務が極めて繁雑になり、これを強制することはほとんど不可能と考えられることから、右確認を要しないものとしたのである(同法三〇条一項、二条一項一二号)。
租税に関する制度を創設し、又は変更するための立法においては、課税の公平の確保及び最小徴税費等の租税原則を踏まえて専門技術的判断のもとにそれらの諸要素の調整を図ると共に、社会経済及び国民生活等に対する影響をも勘案して、高度に政策的な判断をすることを要するのであるが、今次の仕入れ税額控除制度は、新税制の適用を受ける事業者の事務負担への配慮という社会経済に対する政策的見地から、仕入れ税額の計算を仕入れ先のいかんにかかわらず一律に行うことを認めたものであり、十分合理性がある。
(四) 免税点制度
消費税制度は、我が国の企業にとってなじみの薄いものであり、その実施にあたっては種々の事務負担が生じるが、人的・物的設備に乏しく、相対的に納税関係コストが高くつく小規模ないし零細事業者の事務負担を軽減するため、免税点制度が設けられたのであるが、免税点をどの水準に置くかは立法政策の問題であり、基準期間における課税売上高が三〇〇〇万円という免税点は、右の趣旨からすれば、決して不合理なものではない。
(五) 限界控除制度
限界控除制度は、右の免税点制度の適用を受ける事業者との権衡を考慮し、課税事業者のうち、その課税期間における課税売上高が六〇〇〇万円未満の小規模事業者について、三〇〇〇万円を境として消費税の納税義務者が急激に発生することを緩和するために設けられた制度である。
この制度により、課税事業者のうち、その課税期間における課税売上高が六〇〇〇万円未満の小規模事業者は、その課税期間の課税売上高に応じて、本来納付すべき消費税額の一定割合を国に納付することになるが、この制度の適用範囲をどこで画するかは立法政策の問題であり、消費税の課税の影響を緩和するという制度の趣旨からすれば決して不合理なものではない。
(六) 簡易課税制度
簡易課税制度も、免税点制度と同様に中小事業者の納税事務の負担軽減を目的とし、仕入れ控除額の計算を簡便に行えるようにするために設けられたものである。その結果、基準期間の課税売上高が五億円以下の事業者については、実際の仕入れ取引にかかる消費税額を計算することなく、課税売上高のみから納付すべき消費税額を計算することができるが、この制度の適用範囲をどこで画するかは立法政策の問題であり、右基準は中小企業への事務負担の配慮という制度趣旨に徴すれば決して不合理ではない。
2 消費税法の合憲性
(一) 消費税法と憲法一四条
消費税法は、応能負担の原則に適合する所得に対する課税と消費・資産等に対する課税等を適切に組分けることにより、公平で、均衡のとれた税体系を確立するという要請にこたえるものであり、消費税の仕組みからして消費の大きさに応じて比例的な負担を求めるものであるから、国民の消費が高度化、多様化している今日、国民に消費の大きさに応じた公平な負担を求める税制として憲法一四条の平等原則に即応したものというべきである。
(二) 消費税と憲法二五条
「憲法二五条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない」(最高裁昭和五七年七月七日大法廷判決、民集三六巻七号一二三五頁)のであり、原告らは、消費税法が著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と言わざるを得ない理由を具体的に主張・立証することを要するところ、原告らの主張はこれを欠き主張自体失当である。
(三) 消費税法と憲法二九条
憲法三〇条は、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と規定し、国民が国家の財政的基礎を確立するために国費を負担すべきことを明らかにしている。
そして、租税は国家の財政政策の根幹を形成するとともに、経済政策等とも緊密な関係があり、国の租税体系は全体として複雑かつ技術的な性格をもつことから、個々の具体的課税要件の定立は、立法政策上の裁量的要素が大きく、それが著しく合理性を欠き、明らかな裁量権の逸脱・濫用といえない限り憲法二九条に反するものとは言えないところ、消費税法は前記被告の反論1のとおり合理的な税制であって、憲法二九条が保障する財産権を違法に侵害するものではない。
(四) 消費税法と憲法八四条
憲法八四条の規定する租税法律主義によれば、租税の種類及び課税の根拠等の基本的事項のみならず、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の課税要件並びに賦課徴手続はすべて法律によって定めることが要求されるが、ある租税制度を創設し、又は改廃するには、経済政策ないし財政政策の一環として高度に政治的な判断が要求される上、種々の租税原則の調整、調和を図りつつ必要な税収を確保するための専門技術的判断を要することから、どのような制度を採用するかは立法府の裁量的判断に任せられているものと考えられるのであり(最高裁判所昭和六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁参照)、ある租税制度の創設又は変更が国会の議決による法律の制定又は改正として行われている以上、これを原告ら主張のように恣意的な課税ということはできないのであって、そもそも憲法八四条所定の租税法律主義違反の問題は生じる余地がないものというべきである。
(五) 消費税法と憲法三一条及び三二条
国内取引に係る消費税の納税義務者は事業者であって、消費者ではないから、国と消費者との間には租税法律関係を生じず、消費者に対して納税義務の存否・範囲を確定する行政処分とみるべき行為も存在しない。行政不服申立権は、現行制度上、行政処分の存在を前提とし、これに対する救済を求める制度として構成されているから、消費者に消費税についての不服申立権がないのは当然である。
3 国会議員の立法行為と国家賠償責任について
加害行為の違法性の問題は、公務員が個別の国民に対する関係で行為規範、すなわち職務上遵守すべき義務に違反したか否かの問題であって、立法行為の違法性が問題とされている場合の当該法律の内容における違憲性とは全く別個の問題である。しかも国会議員の立法行為は、高度に専門的、政策的な判断の下に、政治的意見の対立、調整等の複雑な過程を経て行われるものであるから、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにも拘らず国会があえて当該立法を行うという場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けない。消費税法は、憲法の一義的な文言に違反しているものではない。
第三争点に対する判断
一 立法行為と国家賠償法一条一項の違法について
国会議員の立法行為が国家賠償法上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容の違憲性とは区別されるべきである。
そして、国会議員の立法行為は、高度に専門的、政策的な判断の下に、国民の間に存する多元的な意見、諸々の利益を自由な討論を通して調整しつつ、究極的には多数決原理に基づくという複雑な過程を経て行われるものであり、本質的に政治的なものであって、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであるから、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行なうというような容易に想定し難い例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない(最高裁判所昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決、民集三九巻七号一五一二頁参照)。
二 消費税法と憲法一四条について
消費税法五条一項は「事業者は、国内において行った課税資産の譲渡等につき、この法律により、消費税を納める義務がある。」と規定し、同法二九条は、消費税の税率を一律に三パーセントと規定している。一方税制改革法一一条一項は「事業者は、消費に広く薄く負担を求めるという消費税の性格にかんがみ、消費税を円滑かつ適正に転嫁するものとする」と規定しており、実際には消費者が事業者に対して物品又は役務の提供の本来の対価の外に物品又は役務の提供の対価の三パーセントの消費税相当額を支払うことにより、実質的な消費税の負担をすることになる。すなわち所得税法上課税されない低所得者にも区別なく消費税が転嫁されるため、実質的な税負担を強いられることになるといえる。ところで、消費税法は、所得税、住民税等を含めた国の租税制度の一つとして位置付けられるものであるから、消費税法が憲法一四条に違反するか否かは、消費税法のみをとらえて判断できるものではなく、国の租税制度全体の中で判断されるべきものである。応能負担の原則に適合する所得に対する課税と消費・資産等に対する課税等をどのように組み合わせるかは高度の技術的・政策的判断を要するものであるから、低所得者にも租税の転嫁を規定することのみをとらえて、消費税法が憲法一四条の一義的な文言に違反するごとき前示の例外的場合に当たるとは言えない。
三 消費税法と憲法二五条について
消費税法が所得税法上の課税最低限以下の所得の者にも実質的な消費税の負担をさせるものであることは、前記二のとおりである。ところで、憲法二五条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」の具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たっては国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様かつ高度の専門技術的な考察とこれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがって、憲法二五条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられているというべきであり、所得税法上の課税最低限以下の所得の者に実質的に税負担を求めるかについては、租税制度、社会保障制度、国民の生活状況等を総合的に検討し、決定されるものであるから、消費税法が所得税法上の課税最低限以下の所得の者に実質的な税負担をさせることが、憲法二五条の一義的な文言に違反するごとき前示の例外的場合に当たるとは言えない。
四 消費税法と憲法二九条及び八四条について
1 消費税法の規定する事業者が納付すべき消費税額の算定について
(一) 仕入れ税額控除制度について
右制度は、事業者の仕入れ先が免税業者か否か区別せず、一律に仕入れ額の一〇三分の三の税額控除を認めているが、事業者が物品又は役務の提供の本来の対価に対して三パーセントの上乗せをした場合、右制度により、事業者は、消費税として納付する額以上の額を消費者に転嫁することになる。すなわち右制度により、消費者が消費税相当額として支払った金員の一部が国庫に納付されずに事業者の手元に残ることになる。
(二) 免税点制度について
消費税の適正な転嫁を規定する税制政革法一一条一項の趣旨から、右制度は、免税業者が消費者に対し三パーセントの消費税相当額を上乗せした額を対価とすることを予定していないと解することができる。しかし、免税業者が消費者に対して物品又は役務の提供の際に消費税相当額の支払いを求めた場合、消費者は支払いを拒否することができない結果、消費者が免税業者に支払った消費税相当額は、国庫に納付されずに免税業者の手元に残ることになる。
(三) 限界控除制度について
右制度の適用を受ける事業者は、その課税期間の課税売上高に応じて本来納付すべき消費税額の一定の割合を国に納付しなくてもよいことになり、消費者から収受した消費税相当額の一部が事業者の手元に残ることになる。
(四) 簡易課税制度について
右制度の適用を受ける事業者も、本来納付すべき消費税額の一定割合を国庫に納付しなくてもよいことになる。
2 税制改革法一一条一項が消費税を「適正に転嫁するものとする」と規定し、実質的には消費者が消費税の負担者となっていることを考慮すると、事業者が消費者から収受した消費税相当額はすべて国庫に納付することが望ましいが、前記1の各制度により、消費者が事業者に支払った消費税相当額がそのまますべて国庫に納付されないことになる。
3 ところで、租税は、国家の財政的基礎であり、財政政策、経済政策、社会政策と緊密に関係するものであるから、事業者が納付すべき消費税額の算定方法等を含む租税に関する立法については、課税の公平、最小徴収税費等の租税原則を踏まえて、国家財政、社会経済及び国民生活等に対する影響をも勘案し、高度に専門技術的・政策的な判断が要請されるというべきであり、基本的には立法府の右判断が尊重されるべきものである。
消費税法が仕入れ税額を把握する手段としていわゆるインボイス(すなわち、税額を別記した納品書等の書類)によらず事業者の帳簿記録や取引に際して交付を受けた請求書等によることとした目的は、事業者の事務処理上の負担の軽減を図るためであること、免税点制度、限界控除制度、簡易課税制度の目的は、消費税制度が我が国の企業にとってなじみの薄いものであり、その実施にあたって種々の事務負担が生じることから、特に人的・物的設備に乏しく、相対的に納税関係コストが高くつき、新制度への対応が困難と思われる小規模ないし零細事業者の事務負担を軽減するためであり、右諸制度の立法目的は合理的であり、その手段も明らかに不合理ということができず、消費者が支払った消費税相当額が事業者の手元に残ることになっても、財産権を保障する憲法二九条及び租税法律主義を規定する憲法八四条の一義的な文言に違反するごとき前示の例外的場合に当たるとは言えない。
五 消費税法と憲法三一条及び三二条について
消費税法は、消費者が負担した消費税額について不服申立制度を設けていない。消費税法において、消費者に対する課税処分が存在しない以上、不服申立制度を設ける必要があるとは言えず、右制度を規定しないことが、憲法三一条及び三二条の一義的文言に違反するごとき前示の例外的場合に当たるとは言えない。
六 よって、原告らの請求は、その余の判断をするまでもなく理由がない。
(裁判長裁判官 河田貢 裁判官 杉江佳治 濱谷由紀)
<以下省略>