大判例

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大阪地方裁判所 平成元年(行ウ)57号 判決 1991年8月22日

原告

坂本昌一

右訴訟代理人弁護士

在間秀和

井上英昭

被告

摂津市

右代表者市長

森川薫

被告

摂津市長

森川薫

被告ら訴訟代理人弁護士

辰田昌弘

宮崎乾朗

大石和夫

三村健治

坂東秀明

京兼幸子

小亀哲治

金斗福

松村廣治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告市長が原告に対し平成元年三月二七日なした勤務不延長処分を取消す。

二被告摂津市は原告に対し金一六二五万三七六六円及びこれに対する平成二年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1 被告摂津市の、職員の定年等に関する条例(同五九年六月二二日制定、同六〇年三月三一日施行、以下、本件条例という)二条、三条は、職員の定年は年齢六〇年とし、定年に達した日以後における最初の三月三一日に退職すること、四条一、二項は、被告市長(任命権者)は、定年者の退職により公務の運営に著しい支障が生じるときには三年を限度として、定年者の勤務延長ができると定める。

被告市長が同五九年九月二六日作成した定年制・退職手当・高令者給与是正要綱は、共済年金資格二〇年に達しない定年者は、本人の希望により三年を限度として二〇年に達するまでの間、勤務延長するとする(以下、本件要綱という)。

2  原告は、同四五年四月一日、被告市の職員として任用され、係長、課長、部長及び理事(課長以上は管理職)を歴任し、平成元年三月三一日定年退職日を迎えたが、共済年金受給資格に一年を不足した。

3  原告は、本件要綱に基づき、同月一三日、被告市長に対し、一年間の勤務延長を申出たが、被告市長は同月二七日原告に対し、勤務延長しない旨(以下、便宜上、本件処分という)を通知した。

4  原告は、地方公務員法(以下、地公法という)四九条の二に基づき、同年五月二二日摂津市公平委員会に対し、本件処分の不服申立てをしたが、同委員会は同年七月二〇日申立を却下し、同通知書は同日原告に到達した。

二主たる争点(原・被告の主張)

(原告)

1 本件処分は本件条例四条一項及び本件要綱に違反し、違法である。

(1) 本件要綱の法的性質

本件要綱は、被告市長が制定した行政規則(地方自治法一五条一項)であり、本件条例四条一項と一体をなし羈束力を有する。

(2) 本件要綱の適法性(地公法及び本件条例との関係)

① 地公法は昭和五六年法律第九二号による法改正により、地方公務員の定年制を定める同法二八条の二ないし四を新設し、同六〇年三月三一日施行した。しかし、同法二八条の二第二項は、右定年制の実施・運用について、地方公共団体の自主的判断に基づく裁量を容認しており、同法二八条の三第一項が定める勤務延長の要件(公務上の必要性)も限定的なものではなく、各地方公共団体の実情に応じた経過措置的な運用を許容していると解すべきである。このことは、右定年制の導入により年金受給資格等につき不利益を被る例があり、法改正の際に、衆・参両院が、定年による退職の特例(勤務延長)の運用に当たっては、関係職員団体の意見を反映する等運用の公正さを確保すること、本法の運用に当たっては、本法の施行時に在職する者について、年金受給資格の有無につき配慮するものとする旨の付帯決議をしていること等(付帯決議は争いがない)に照らし明白である。

② 右法改正に伴い、自治省行政局長は、同五七年一〇月八日、各地方公共団体の長に対し、職員の定年等に関する条例(案)を通知し、これに基づき、各地方公共団体は職員の定年に関する条例を制定し、被告摂津市も本件条例を制定した(争いがない)。したがって、本件条例四条も地公法二八条の三と同様、被告摂津市の事情に応じた経過措置的な勤務延長の運用を容認していると解される。

③ 各地方公共団体は、右条例を策定するに当たり、無年金者の救済措置は、条例に直接規定することは相当でないことから、「要綱」の形式によって弾力的運用を計った。被告摂津市においても、前市長は、同五九年五月、摂津市職員労働組合連合会と協議した結果、共済年金資格二〇年に達しない者に対する措置として、本人の希望により最高三年を限度に、その者が二〇年に達するまでの間を再任用すると回答(以下、本件回答という)した(争いがない)。

④ 以上によると、本件要綱は、実質上、本件条例四条一項の経過措置と目されるのであり、地公法二八条の三及び本件条例四条一項に抵触しない。

(3) 本件要綱の人事規範としての信頼性

本件要綱は、長らく、被告摂津市における人事行政規範として機能し、職員間に、本件要綱にそった勤務延長がなされるとの強い信頼が確立している。

(4) よって、本件処分は本件条例四条及び本件要綱に違反し、且つ、摂津市職員に対する信頼保護の原則にも反する。

2 被告市長は前市長支持派の原告を排除する目的で恣意的、差別的に本件処分を行ったのであるから、本件処分は憲法一四条、地公法一三条に反し違法である。

3 よって、原告は、被告市長に対し、本件処分の取消を求め、被告摂津市に対し、国家賠償法一条に基づき、本件処分による損害金(勤務延長された場合の給与・期末・勤勉手当、退職金・互助会給付金・共済年金給付金各差額相当金)合計一六二五万三七六六円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

(被告)

1 本件処分は本件条例四条に違反せず、適法である。

(1) 本件要綱の法的性質

本件要綱は、摂津市法規関係事務取扱基準三条二項所定の諸規則制定手続、地方自治法所定の行政規則の制定、公布、施行手続を履践しておらず、内部的な事実上の運用指針にすぎない(但し、管理職には適用されない)。

(2) 本件要綱の違法性(地公法及び本件条例との関係)

① 地公法二八条の二ないし四は、立法趣旨に鑑み、厳格に解釈・運用されなければならない。定年制の導入によって地方公務員が受ける年金受給資格等の不利益は、他の関係法規の改正によって回復されるべきもので、現に昭和五八年法律第五九号「地方公務員等共済組合法の一部を改正する法律」が制定・施行された経緯がある。

② 地公法二八条の三第一項は勤務延長について公務上の必要性を要件とし、例外を認めていないこと、本件条例四条一項も文言上例外規定を持たず、同五九年六月二二日開会の摂津市議会において、当局から、同条同項は条項に合致する場合に例外的に活用する旨の趣旨説明及び共済年金受給資格未到達者の扱いは今後の懸案事項である旨の答弁がなされ、本件条例は可決されていること等に照らすと、本件条例四条一項が定める勤務延長の事由は限定的列挙であり、共済年金の受給資格取得のための勤務延長は許されないと解すべきである。したがって、被告市長は、仮に行政規則によっても、地公法二八条の三第一項、本件条例四条一項を蝉脱することは、憲法九四条、地方自治法一五条一項に違反し許されない。

③ 本件回答は、被告前市長の努力目標に過ぎず、何らの法的効力を持たない。

④ 以上によると、本件要綱が地公法二八条の三及び本件条例四条一項に違反することは明らかである。

(3) 本件要綱の人事規範としての信頼性

本件要綱が何らの法的効力をも有し得ないことは前記のとおりである。

そうすると、原告が本件要綱にそった勤務延長がなされることを信頼したとしても、法的保護に値しない。

(4) したがって、本件処分に何ら違法の点はない。

2 原告の主張2は否認する。

3 よって、原告の請求は理由がない。

第三判断

一地公法二八条の三第一項及び本件条例四条一項によると、定年者の定年日後の勤務延長は、その退職により公務の運営に著しい支障が生ずる場合に限っていることが明らかである。

右は、昭和五六年法律第九二号による地公法改正により同法二八条の二ないし四を新設したことに伴い、自治事務次官は、同五六年一二月一一日、各知事・市長に対し、「地公法の一部を改正する法律の施行について(通知)」を発し、同法二八条の三第一項の勤務延長の具体例として「離島その他著しく不便な地に所在する病院、診療所等に勤務する医師等が退職する場合で後任の補充が得られないとき、職員が継続的な業務、研究に従事しており、職員の交替により業務、研究に著しい支障が生ずるとき」等、極めて例外的な場合に限定していること(<書証番号略>)、自治省行政局長は、同五七年一〇月八日、各地方公共団体の長に対し「職員の定年等に関する条例(案)」を通知し、これに基づき、被告摂津市も本件条例を制定したが(争いがない)、同五九年六月二二日開会の摂津市議会において、当局は、本件条例四条一項は条項に合致する場合に例外的に活用する旨の趣旨説明及び共済年金資格を取得しない者に対する保障は今後の懸案事項である旨の答弁をなし、本件条例は可決されていること(<書証番号略>)、そして、定年日後の勤務延長は、定年制本来の趣旨に反しない限度で、公務の適正、円滑な遂行のためにのみ許されるべきこと等に照らし、たやすく首肯できるのである(前記衆・参両院の付帯決議に法的拘束力はない)。

2  被告市長は、行政規則によっても、地公法二八条の三第一項及び本件条例四条一項を蝉脱することは、地方自治法一五条一項に違反し許されない。

本件要綱は、その法的性質はさておき、定年者の勤務延長を公務外の事由によって認めるものであり、地公法二八条の三第一項及び本件条例四条一項に違反するといわざるを得ない。

3 原告は、摂津市職員間に、本件要綱にそった勤務延長がなされるとの強い信頼が確立しており、本件処分は信頼保護の原則に反すると主張する。しかし、被告市長は、本件条例四条一項が定める場合以外に、定年者の勤務延長をなし得る何らの権限を有していないのであるから、原告が主張する信頼は法的保護に値しない事実上の期待に過ぎない。

4 よって、本件要綱を根拠とする原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、失当である。

二原告は、被告市長は前市長支持派の原告を排除する目的で恣意的、差別的に本件処分を行ったのであるから、本件処分は憲法一四条、地公法一三条に反し違法であると主張する。しかし、原告には、本件条例四条一項所定の勤務延長事由は存しないのであるから、結局、本件処分は正当といわざるを得ない。

三よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官蒲原範明 裁判官市村弘 裁判官岩佐真寿美)

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