大阪地方裁判所 平成10年(ワ)1576号 判決 1999年9月22日
原告(全事件) 滝口輝夫
被告(甲丙事件) 増田保男
(以下「被告増田」という。)
同 舘孝義
(以下「被告舘」という。)
同 福井弥一郎
(以下「被告福井」という。)
被告(甲事件) 菊澤徹士
(以下「被告菊澤」という。)
右四名訴訟代理人弁護士 夏住要一郎
阿多博文
藤原稔久
被告(乙丙事件) 生田征治
(以下「被告生田」という。)
同 上野茂
(以下「被告上野」という。)
同 藤崎健哉
(以下「被告藤崎」という。)
同 永井嘉司
(以下「被告永井」という。)
同 酒井智能
(以下「被告酒井」という。)
右五名訴訟代理人弁護士 鳥川慎吾
主文
一 原告の被告菊澤に対する本件訴えを却下する。
二 原告の被告生田に対する本件訴え(丙事件)のうち取締役としての責任を追及する部分を却下する。
三 原告の被告生田に対するその余の請求を棄却する。
四 原告の被告菊澤及び同生田を除くその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 甲乙事件
被告らは、積水樹脂株式会社に対し、連帯して四億八〇五〇万円及びこれに対する平成一〇年三月八日(ただし、被告生田、同上野、同藤崎及び同永井については同年八月一日、同酒井については同年八月一一日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 丙事件
被告増田、同舘、同福井、同生田、同上野、同藤崎、同永井及び同酒井は、積水樹脂株式会社に対し、連帯して一億一一〇〇万円及びこれに対する平成一一年一月三〇日(ただし、被告福井及び同永井については同年一月三一日、同酒井については同年二月一日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、積水樹脂株式会社(以下「積水樹脂」という。)の株主である原告が、その取締役ないし監査役であった被告菊澤を除くその余の被告らに対し、善管注意義務違反ないし忠実義務違反があったと主張し、商法二六七条(同法二八〇条一項において準用する場合を含む。)により、同法二六六条一項五号及び二七七条に基づく損害賠償の請求をするとともに、積水樹脂の取締役、監査役等ではなかった被告菊澤に対し、その余の被告らと共謀して積水樹脂に損害を与えたと主張し、同様に損害賠償の請求をした株主代表訴訟である。
一 争いのない事実等(以下の事実は、当事者間に争いがないか又は弁論の全趣旨により認められる。)
1 当事者等
(一) 積水樹脂は、合成樹脂製品及び関連複合製品の製造、加工、売買等を目的として、本店を大阪市北区西天満<番地略>に置き、昭和一六年九月三日に設立された株式会社であり、発行済株式総数が四八九三万三五九八株(額面株式一株の金額五〇円)、資本金が一二三億三四五六万五六二三円である。同社は、昭和六一年九月から東京証券取引所及び大阪証券取引所の各市場第一部に株式を上場している。
(二) 日本興業株式会社(以下「日本興業」という。)は、土木建築資材の製造、販売等を目的として、本店を香川県高松市福岡町<番地略>に置き、昭和三一年八月一〇日に設立された株式会社であり、発行済株式総数が一五三二万一〇〇〇株(額面株式一株の金額五〇円)、資本金が二〇億一九八〇万円(平成一〇年二月一九日現在)である。同社は、平成五年二月から株式を店頭売買銘柄として登録している。
(三) 原告は、平成三年三月から、積水樹脂の株式二〇〇〇株を保有する株主である。
(四)(1) 被告増田は、昭和六三年六月、積水樹脂の取締役に就任し、平成元年六月からは、同社の代表取締役の地位にある。また、平成九年六月、日本興業の取締役に就任した。
(2) 被告舘は、昭和六〇年六月、積水樹脂の取締役に就任し、平成元年常務取締役、平成六年六月専務取締役となり、平成七年五月からは、管理管掌専務取締役として経理財務部門の最高責任者の地位にある。また、平成九年六月、日本興業の監査役に就任した。
(3) 被告福井は、積水樹脂において、平成五年四月から総務広報部長、平成八年七月から総務人事部長を順次務めてきたが、平成九年六月には、取締役に就任した。
(4) 被告菊澤は、昭和五五年六月から、日本興業の代表取締役の地位にある。積水樹脂の取締役、監査役のいずれにも就任したことはない。
(5) 被告生田は、平成三年六月、積水樹脂の取締役に就任し、平成九年六月には、常務取締役を退任するとともに、常勤監査役に就任した。
(6) 被告上野は、昭和六二年六月、積水樹脂の取締役に就任し、平成五年六月には、常務取締役を退任するとともに、常務監査役に就任したが、平成九年六月からは監査役となり、平成一〇年六月、監査役を退任した。
(7) 被告藤崎は、昭和五四年六月、積水樹脂の取締役に就任し、平成七年六月には、常務取締役を退任するとともに、監査役に就任したが、平成一〇年六月、監査役を退任した。
(8) 被告永井は、平成七年六月、積水樹脂の監査役に就任し、平成一〇年六月、退任した。
(9) 被告酒井は、平成六年六月、積水樹脂の監査役に就任し、平成九年六月、退任した。
2 本件業務提携と本件引受け・払込み
(一) 積水樹脂と日本興業は、平成九年四月二二日、企業提携基本契約(業務提携、人材提携及び資本提携。以下「本件業務提携」という。)を締結した。
(二) 日本興業は、積水樹脂との本件業務提携のため、その締結に先立つ平成九年四月二一日(月曜日)開催の取締役会において、発行株式の種類及び数を額面普通株式三一〇万株、発行価額を一株につき四七五円、払込期日を同年五月一三日、募集の方法を第三者割当て、割当てを受ける者を積水樹脂とする新株発行を決議した。
(三) 被告増田は、積水樹脂の代表取締役として、前項記載の新株(以下「本件新株」という。)を引き受け、その払込期日までに株金一四億七二五〇万円の払込みをした(以下「本件引受け・払込み」という。)。
3 提訴請求
(一) 原告は、積水樹脂(監査役)に対し、平成九年一一月七日、甲事件について、甲事件被告らの責任を追及する訴えを提起するよう請求した。
(二) 原告は、積水樹脂(代表取締役)に対し、平成一〇年五月二〇日、乙事件について、乙事件被告らの責任を追及する訴えを提起するよう請求した。
(三)(1) 原告は、積水樹脂(監査役)に対し、平成一〇年一二月四日、丙事件について、丙事件被告増田、同舘及び同福井の責任を追及する訴えを提起するよう請求した。
(2) 原告は、積水樹脂(代表取締役)に対し、平成一〇年一二月五日、丙事件について、丙事件被告生田、同上野、同藤崎、同永井及び同酒井の監査役としての責任を追及する訴えを提起するよう請求をした。
(3) 原告が、積水樹脂(監査役)に対し、丙事件について、丙事件被告生田の取締役としての責任を追及する訴えを提起するように請求した事実はない。
(四) 積水樹脂は、原告に対し、甲事件については、平成九年一二月二日頃、乙事件については、平成一〇年六月一七日頃、丙事件のうち、被告増田、同舘及び同福井については、同年一二月一六日頃、被告生田、同上野、同藤崎、同永井及び同酒井については、同月一七日頃、いずれも右提訴請求を拒否する旨回答し、被告らの責任を追及する訴えを提起しなかった。
二 主な争点
1 本件引受け・払込みについて(甲乙事件)
(一) 被告菊澤に対する本件訴えの適法性
(二) 被告福井に対する本件訴えの適法性
(三) 甲事件被告らの善管注意義務ないし忠実義務違反の成否
(1) 本件新株の引受価格が不当に高額であったかどうか。
(2) 本件引受け・払込みについて積水樹脂の取締役会の承認決議を経ているかどうか。
(四) 乙事件被告らの善管注意義務ないし忠実義務違反の成否
(五) 損害の有無
2 本件業務提携に先立つ保証予約について(丙事件)
(一) 被告生田に対する本件訴え(ただし、取締役としての責任を追及する部分)の適法性
(二) 丙事件被告らの善管注意義務ないし忠実義務違反の成否
被告増田が積水樹脂の代表取締役として、被告舘及び同福井とともに、日本興業に対し、本件業務提携に先立ち、経営指導念書による保証予約を供与したのか否か。積水樹脂は、日本興業から保証料を徴求すべきであったのか否か。
(三) 損害の有無
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(一)について
1 原告
取締役の地位にない第三者が取締役と共謀して会社に損害を与え、会社が取締役のみならず右第三者の責任を追及することは実際上望めない場合には、株主代表訴訟の規定を類推適用して、株主が会社に代位して第三者に対して訴訟を提起することが認められるべきである。
被告菊澤は、積水樹脂に不当に高い発行価額で日本興業の新株を引き受けさせることを計画し、被告増田、同舘及び同福井に違法な業務執行をさせ、その結果、積水樹脂に損害を被らせたのであり、被告増田、同舘及び同福井と連帯して損害を賠償すべき責任を負うが、積水樹脂の監査役が被告菊澤の責任を追及することは実際上望めないから、原告は、被告菊澤に対しても株主代表訴訟を提起することができる。
2 被告菊澤
株主代表訴訟は、株主による取締役又は監査役に対する責任を追及することを目的とする訴訟であるから、当該被告が取締役又は監査役に就任したことが訴訟要件である。被告菊澤は、積水樹脂の取締役及び監査役のいずれにも就任したことがないから、同被告に対する本件訴えは、不適法である。
二 争点1(二)について
1 原告
取締役が就任前に会社に対して負担した債務も株主代表訴訟により追及することができると解されるところ、被告福井は、被告増田の指示の下で、総務人事部長として本件引受け・払込みに関与したものであるから、商法二六六条一項五号の規定により、積水樹脂が本件引受け・払込みによって被った後記損害を賠償すべき責任を負う。
2 被告福井
被告福井が積水樹脂の取締役に就任したのは平成九年六月であり、取締役として、本件新株の引受けについて、承認決議がされた同年四月二一日開催の取締役会にも、その後の手続にも関与しておらず、取締役として責任を負う余地はない。
商法二六七条の「取締役ノ責任」とは、取締役が会社に対して負担する一切の債務を意味するのではなく、取締役として会社に対して負担し免除に制限があるものに限定されるべきであり、取締役たる地位と無関係な立場で負った責任については、代表訴訟の対象となり得ない。
三 争点1(三)(1)について
1 原告
(一) 法は、株主以外の者に対して新株を発行するには、既存株主の経済的利益を害さないように、時価等を基準とする公正な発行価額で発行しなければならないと定めており、発行価額をその決定時における時価の一〇パーセントないし一五パーセントを減じた額とするのが許容された実務上の慣例である。
すなわち、第三者割当増資における発行価額の決定に関する商慣習によれば、一週間ないし一か月の株価の平均値を一〇パーセント減じた額とすることは問題がなく、ディスカウント率が一〇ないし一五パーセントでは多少危険があり、二〇パーセントを超えて初めて「有利発行」の問題が現実となる。
日本興業の株式は、平成五年二月から、店頭売買銘柄として登録されているところ、本件新株の発行価額を決定した直前の時価(前日終値)は、平成九年四月一八日(金曜日)の五〇〇円であり、同月一四日(月曜日)から同月一八日(金曜日)までの直前一週間の終値の平均値は、四六〇円四〇銭、同年三月一九日(火曜日)から同年四月一八日までの直前一か月の終値の平均値は、四九〇円六七銭である。なお、同年四月一五日(火曜日)には、最安値の四四〇円を付けている。
この当時、政府、金融機関による同年三月末の株価維持のためのいわゆるPKOが外された直後であるとともに、証券会社のいわゆる総会屋に対する利益供与事件により、大手証券会社の経営トップが辞任するなど混乱が続き、株式市場全体が低迷状態で、株価水準の更なる下降を懸念する雰囲気が広がっていた。
他方、積水樹脂は、本件業務提携が日本興業の申し出に基づくものであり、また、新株の発行価額の決定には、提携の目的・効果、増資金額の用途、株価・株式市場全般の状況、市場での人気度・売買数量、交渉における立場の優位性等の要因が考えられるところ、本件新株においては、そのいずれの点においても積水樹脂に有利なはずで、ディスカウント率を一〇パーセントより大きくする要因ばかりであり、これを縮小する事情は存在しないので、交渉次第では、本件新株の引受けについて、「新株の有利発行」であるとして提訴を受けるおそれのある条件を獲得しても当然視される状況にあった。
したがって、被告増田及び同舘は、日本興業に対し、本件新株の発行価額について、平成九年四月一五日に付けた四四〇円を下回り、更に株価が下落する危険を吸収し、積水樹脂が本件新株の引受けにより損失を被らないよう、平成九年四月一八日の終値五〇〇円を基準とし、実務上の慣例で許容されている一五パーセントのディスカウント率による四二五円を要求すべき義務を負っていた。
しかるに、被告増田及び同舘は、右義務を怠り、何ら合理性のない、独善的な決定方法で算出した不当に高い価額で本件新株を引き受け、その払込みをして積水樹脂に損害を与えた。
(二) 積水樹脂は、本件新株の引受けについて、第六三期(平成八年四月から平成九年三月まで)の営業報告書及び有価証券報告書に記載せず、また、同期の営業報告書の「後発事象」には企業提携基本契約を締結した旨の記載があるものの、貸借対照表には注記しなかった。さらに、事業報告書及び当該総会の決議通知には、本件新株の引受けに関する記載が一切ない。
右のような事情は、被告らが不当に高額な価額で本件新株を引き受けたことを示す証左である。
2 甲事件被告ら
(一) いわゆる上場会社が新株を発行し、又は引き受けるに際しては、証券会社との間で、その価額、手続等について相談しつつ手続を進めることが通常であるところ、証券会社を会員とする日本証券業協会が平成四年六月一二日に公表した「中間発行増資及び第三者割当増資の取扱いに関する指針」(以下「指針」という。)によると、証券会社は、第三者割当増資を行う会社に対し、「発行価額が、原則として、当該増資に係る取締役会決議の直前日の価額又は当該決議の六か月前の日以降の任意の日から当該決議の直前日までの間の価額に〇・九を乗じた額以上の価額であること」との内容に沿って行うよう要請することとされていることから、積水樹脂は、本件新株の引受価額を指針に準拠して株価の動向を考慮しつつ定めることとし、日本興業との間で協議を行った。
(二) その結果、積水樹脂と日本興業との間で、指針に従い、最終的に、<1>取締役会開催予定日である平成九年四月二一日の直前の取引日である同月一八日の終値五〇〇円と、<2>右取締役会の一か月前の同年三月一九日から同年四月一八日までの取引の終値平均四九〇円六七銭に〇・九を乗じた四四一円六〇銭との間の価額四七五円をもって引受価額とする旨の合意が成立し、これを受けて、同月二一日開催の取締役会において、引受価額を四七五円とする旨の資料が配布され、被告増田及び同舘から、本件新株の引受けの経緯、引受価額の算定方法について説明がされた上、本件新株の引受けを承認する旨の決議がされた。
(三) 以上の経緯から明らかなとおり、本件新株の引受価額を四七五円としたことは、商慣習に則ったものであり、何ら取締役としての義務に違反しない。
(四) 原告が主張するディスカウント率ないしこれに基づき算定する価額は、「特ニ有利ナル発行価額」(商法二八〇条ノ二第二項)、「著シク不公正ナル発行価額」(同法二八〇条ノ一一第一項)か否かを画する基準となり得るとしても、引受会社の取締役が当該価額で引き受ける義務を負うものではない。
(五)(1) 積水樹脂は、本件新株の引受けを第六三期招集通知添付の営業報告書に「決算期後に生じた会社の状況に関する重要な事実」として記載している。
(2) 計算書類規則三条一項は、「資産の評価の方法、固定資産の減価償却の方法、重要な引当金の計上の方法その他重要な貸借対照表又は損益計算書の作成に関する会計方針は、貸借対照表又は損益計算書に注記しなければならない。」と定めているところ、本件新株の引受けは、会計方針とは何ら関係しないのであるから、貸借対照表に注記すべき事項には該当しない。
(3) 決議通知及び事業報告書は、いずれも積水樹脂を含め上場会社等が任意に発行する書類であり、当該書類に記載するか否かにより違法の問題など生じない。なお、積水樹脂は、第六四期中間事業報告書の営業概況欄、第六四期事業報告書のトピックス欄に記載している。
(4) 財務諸表規則八条の四は、「貸借対照表日後、当該会社の翌事業年度以降の財政状態及び経営成績に重要な影響を及ぼす事象が発生したときは、当該事象を注記しなければならない。」と定め、会計事象のみを後発事象の対象としているところ、本件については、積水樹脂では、監査法人と協議の上、本事象は会計事象としては株式保有割合が二〇・二三パーセントで経営支配権はなく、また、本件新株の取得により決算期後の財政状態及び経営成績に重要な影響を及ぼすことはないと判断して第六三期の有価証券報告書に記載しなかった。
四 争点1(三)(2)について
1 原告
(一) 本件引受け・払込みは、商法二六〇条二項の「重要ナル業務執行」及び「重要ナル財産ノ処分及譲受」に該当するところ、被告増田らは、本件引受け・払込みについて積水樹脂の取締役会の承認を受けていないから、同法二六六条一項五号により、積水樹脂が本件引受け・払込みによって被った後記損害を賠償すべき責任を負う。
(二) 積水樹脂は平成九年四月二一日開催の取締役会において本件新株の引受けを承認する旨の決議をしたとしても、本件業務提携について重要な情報が開示されていなかったし、本件新株の引受けについて事前の綿密な事実調査もせず、近時の第三者割当増資で適用されたディスカウント率についての説明や引受価額と算出基準についての専門家による鑑定書等を求めることもないなど十分な審議がされなかったから、右決議は、取締役の意思決定過程に著しい不合理が存在するので無効である。
(三) 被告増田、同舘及び訴外和田捷平は、本件業務提携に伴い、日本興業の取締役又は監査役に就任することが内定していたから、本件新株の引受けを承認する旨の決議について特別の利害関係を有するところ、右決議は、右三名が参加してされたから、商法二六四条及び二六五条に違反し、無効である。
(四) 積水樹脂の本件新株の引受けを承認する旨の平成九年四月二一日付け取締役会決議は、地方勤務の取締役等を招集せず、経営会議出席メンバーが名目的に開催したものにすぎず、議事録は、開催日でもなく、平成九年五月一〇日前後に開催された決算取締役会において、欠席役員も含め、記名押印がされたいわゆる書面決議であるから、不存在である。
(五) 積水樹脂の平成九年四月二一日付け臨時取締役会議事録に押印された出席取締役及び監査役の印影と、平成八年四月二六日付け登記申請書に添付された同月九日付け取締役会議事録及び同月一七日付け取締役会議事録に各押印された出席取締役及び監査役の印影とが異なるとともに、有価証券届出書に添付された平成八年四月九日付け及び同月一七日付け各取締役会議事録には出席取締役及び監査役の押印がなく、末尾に「以上原本の写しに相違ありません」と押印されているなど、常態とみなされる他の議事録と作成要領等が完全に相違することからすると、積水樹脂の平成九年四月二一日付け臨時取締役会議事録は、変造あるいは改ざんされた文書である。
2 甲事件被告ら
(一) 本件引受け・払込みが商法二六〇条二項の「重要ナル業務執行」及び「重要ナル財産ノ処分及譲受」に該当するか否かは別として、積水樹脂は、平成一一年四月二一日に臨時取締役会を開催し、決議を経ている。
(二)(1) 積水樹脂は、日本興業との間で、昭和六三年四月から営業取引を行っており、本件新株の引受が検討されることとなった平成八年一二月以降、被告増田の指示を受けた被告舘は、被告福井と協力して、日本興業の有価証券報告書等を入手するなどして、日本興業の業務、財務内容に関する情報の収集、検討を行っていた。そして、平成九年四月二一日当時在任していた一八名の取締役及び四名の監査役の全員が出席した、同日開催の取締役会において、その調査の報告がなされ、検討が行われている。
(2) 日本興業は、店頭上場する株式会社で店頭株価が存在しているが故に、購入する株式の評価については、その店頭株価をベースに算定するのが合理的であり、非上場株式の株価算定の如く鑑定書を徴収しなくとも、客観性のある妥当な株価を算定できる。
(三) 積水樹脂は、平成九年四月二一日臨時取締役会を開催し、日本興業との資本提携に関するほか、業務提携に関する件を決議しており、後者の中で、同年六月一日付けで訴外和田捷平、同土本勝昭及び同松井善信の三名を日本興業に派遣する旨の決議をしたのであって、被告増田が右取締役会において議長を務めることに何ら違法な点はない。
(四)(1) 取締役会における決議事項について登記を要する場合に、議事録につき出席取締役及び監査役に対し逐一押印を求めるには相当な時間を要する一方、商法等法令により登記申請には期間の制限が設けられていることから、実務上、会社に備え置く原本とは別個に登記申請用の原本を作成することが多くみられるところ、積水樹脂においても、右実務慣行に従い、取締役及び監査役の了解を得て取締役及び監査役の印章を代印している。したがって、登記申請書添付の取締役会議事録と平成九年四月二一日付け臨時取締役会議事録との間で印影が異なるのは当然である。
(2) 有価証券届出書の添付書類について、企業内容等の開示に関する省令一〇条一項一号ロで「取締役会若しくは株主総会の議事録の写し」をあげているが、その作成方法については格別の規定をおいていないところ、実務上、押印のない議事録に代表取締役が「原本と相違ない」旨を証明したものが「写し」として取り扱われている。
五 争点1(四)について
1 原告
(一) 被告増田及び同舘が、被告福井及び同菊澤とともに、争点1(三)(1)、(2)に記載のとおり、違法な業務執行を行った際、被告上野、同藤崎、同永井及び同酒井は、監査役としての監査業務を怠り、あるいは不注意によって右両名らの非違行為を看過し適切な措置を講じなかったため、積水樹脂に後記損害を被らせたのであるから、商法二七七条により後記損害を賠償すべき責任を負う。
(二) 被告生田は、平成九年六月監査役に就任した後、自分を含む関与取締役の右違法行為を取締役会及び株主総会に報告し、損害の発生を阻止する義務を怠った。
(三) 原告は、被告生田、同上野、同藤崎及び同永井に対し、平成九年一〇月一一日付け内容証明郵便により、本件新株の引受けのてん末の調査及び調査結果の公表を請求するとともに、同年一一月六日、本件業務提携をめぐる被告増田及び同舘の任務違反行為について、その責任を追及する訴訟を提起するよう請求した。しかしながら、右被告らは、安易な調査に終始し、同年一二月二日付け書面で、原告の請求を拒絶する旨の通知をした結果、後記のとおり日本興業の株式の価格の値下がりによる損害の拡大を防止することができなかった。
(四) なお、被告上野、同藤崎、同永井及び同酒井は、本件業務提携が積水樹脂の第六三期(平成八年四月から平成九年三月まで)の決算期後に生じた会社の状況に関する重要な事実であり、後発事象として営業報告書及び有価証券報告書に記載すべきであるところ、本件業務提携が右文書に適法・適式に記載されていないことが明白であり、法令に従い会社の状況を正しく示していない旨を監査報告書に記載すべきであるにもかかわらず、これを怠り、株主及び投資家に誤解を生じさせるおそれのあるまま情報開示に及んだ(商法特例法一四条三項三号[商法二八一条ノ三第二項六号]に違反する)。また、被告生田、同上野、同藤崎及び同永井は、甲事件被告らに対する株主代表訴訟が係属し、原告による提訴までの経緯を熟知しながら、被告増田の威圧に屈し、本件業務提携をささいな契約とする同被告の意向に従い、右代表訴訟が係属している現実を無視する統一方針の下で、積水樹脂の第六四期(平成九年四月から平成一〇年三月まで)の計算書類や営業報告書が本件業務提携に関する記載を省略している事態を肯認し、かかる同社の状況に関する重要事実を記載しない瑕疵ある計算書類や営業報告書について、何ら不相当意見を述べない監査報告書を提出し、もって右計算書類等を確定させるとともに、平成一〇年六月二六日開催の定時株主総会用資料として株主に配布させた。これらの事実は、乙事件被告らの、本件業務提携の違法性認識や主観的意図を解明するものであり、乙事件被告らの責任を評価する重要な基準となる。
2 乙事件被告ら
(一) 積水樹脂は、平成九年四月二一日開催の取締役会において、本件新株の引受けを承認する旨の決議をしている。本件新株の引受株価は、指針に準拠しつつ日本興業と交渉した結果決定された妥当なものである。したがって、原告の主張は、その前提を欠く。
(二) なお、財務諸表規則八条の四は、財政状態及び経営成績に重大な影響を及ぼす事実を財務諸表の注記事項としており、本件業務提携は、右注記事項に該当しないから、有価証券報告書には記載されていない。また、第六三期営業報告書には、本件業務提携について記載されており、これを踏まえて、監査報告書において、監査結果について適法で指摘すべき点が認められないことを明らかにしている。
六 争点1(五)について
1 原告
本件新株の相当な発行価額は、発行価額を決定した直前の時価(前日終値)五〇〇円の一五パーセントを減じた四二五円であるから、積水樹脂は、次のとおり、本件払込みにより一億五五〇〇万円の損害を被ったこととなる。
(四七五円-四二五円)×三一〇万株=一億五五〇〇万円
日本興業の株式は、本件口頭弁論終結の日(平成一一年五月一九日)の直近の取引のあった日(同月一四日)の最終価格が三二〇円まで値下がりしたので、積水樹脂は、次のとおり、本件払込みにより三億二五五〇万円の損害を被ったこととなる。
(四二五円-三二〇円)×三一〇万株=三億二五五〇万円
したがって、積水樹脂は、右合計四億八〇五〇万円の損害を被った。
2 甲乙事件被告ら
争う。
七 争点2(一)について
1 原告
被告生田の主張は争う。
2 被告生田
丙事件のうち被告生田に対し取締役としての責任を追及する部分は、原告が、本件訴え(丙事件)を提起する前に、積水樹脂(監査役)に対する提訴請求をしていないから、不適法である。
八 争点2(二)について
1 原告
(一) 積水樹脂による日本興業に対する信用の供与
(1) 日本興業は、公共投資の抑制と民需の冷え込みによる業績不振と多額の不動産投資により資金繰りが慢性的に逼迫していたため、平成八年三月期には、期末日満期手形の会計処理に当たり、支払手形の一部約一二億八七〇〇万円を簿外負債とすることにより黒字決算となり、また、平成八年九月中間期では平成八年四月一日以降開始する事業年度、中間会計期では「改定」外貨建取引等会計処理基準の適用により当期に重要な為替差損を認識すべきところ、平成一〇年三月が償還予定のスイスフラン建転換社債の含み損約五億円を為替差損として顕在化させずに黒字決算とする粉飾決算を継続して行った。
従って、日本興業は早急に財務力のある会社から信用補填を受け、金融機関から追加融資を受ける以外に、目前に迫った経営破綻を回避する方途はなかった。
(2) 丙事件訴外菊澤は、被告増田に対し、平成八年七月ころ、銀行への追加融資の申請に必要な信用填補を求め、被告増田は右申入れを受け、オフバランス方式で実行可能な下記二とおりの銀行融資に対し、経営指導念書による債務保証を供与することに同意した。
被告増田と丙事件訴外菊澤は、大阪市内において、遅くとも平成八年一一月までに、日本興業銀行大阪支店の融資責任者、三和銀行本店の融資責任者と覚書を交わし、被告増田は、同年一一月、両行に対してそれぞれ経営指導念書を発行した(以下、「本件保証予約」という。)。
<1> 転換社債五五〇〇万スイスフラン(約四四億円)の償還原資として、返済期間が一年以内の同貨、同額のインパクトローン
日本興業銀行から平成九年五月に半額の二七五〇万スイスフランを、三和銀行から同年六月頃に残額を、それぞれ導入
<2> 日本興業と積水樹脂が締結した業務提携契約により、新規事業の設備、運転資金に当てる三〇億円、返済期間四年のプロジェクトファイナンス
(3) 被告増田及び丙事件訴外菊澤は、本件保証予約の存在及び日本興業の経営危機を隠蔽するため、次のとおりの工作をした。
<1> 日本興業の代表取締役副社長訴外瓦林秀嗣が平成九年六月の定時株主総会で後任の積水樹脂派遣者と交替するが、業務提供、保証予約が両社ならびに銀行との間で大筋で合意したのを契機に代表権の返上を認める。
<2> 丙事件訴外菊澤は、平成一〇年三月期定時株主総会までに社長の役席を積水樹脂派遣者に譲り、会長に昇格する。
<3> 経営指導念書の効力発生は、本件業務提携及び本件引受け・払込みを停止条件とする。
<4> 経営指導念書は日本興業銀行及び三和銀行あてに発行するが、融資額が両行の融資枠を超えるため、両行は、当初貸し出した融資額の半分以上を、両行の支払承諾を条件に他行に適宜振り替えるものとし、振替分への支払承諾に対し両行は日本興業から保証料を徴求する。
<5> 日本興業は、平成九年九月中間期に二七五〇万スイスフランのインパクト・ローンを二回導入し、その際転換社債の償還に充てるための先物為替予約を行い、第一回目の為替予約は同年三月に遡及させ、日本興業の平成九年三月期有価証券報告書にその旨表示する。平成九年九月中間期では、右為替予約により発生した為替差損益を会計処理する。
(4) また、次のとおり、業務提携による偽装工作を行った。
<1> 積水樹脂と日本興業の提携事業を主として透水性平板の製造・販売とし、両社合弁の新会社を設立し、日本興業の所有に係る土地に工場を建設するが、新会社の設立及び工場建設の最終決定は契約締結後事業採算計算や市場調査のため少なくとも二年経過してからとする。
<2> 両社の業務提携の実在を示すため、積水樹脂は役員と営業幹部の人材派遣を行い、日本興業は積水樹脂から仕入れた透水性平板を滋賀県に建設中の自社滋賀工場で積水樹脂から導入した技術により加工製造したように外部発表を行う。
<3> 業務提携契約は契約当事者に異議がない限り、二年毎の自動更新となし、第一回の更新は確定する。
(5) その後、日本興業が増担保の差し入れもなく、巨額の新規融資と取引銀行の追加開設に成功しているが、これは積水樹脂からの経営指導念書による信用補填を一つの要因として初めて実現したものである。
(二) 経営指導念書の発行による保証予約の問題点
本件保証予約には、次の問題点が存する。
(1) 保証行為は積水樹脂の定款に定めのない事業の執行である。
(2) 保証行為は定款所定の事業の附随事業としても、保証金額から見て商法の定める取締役会の専決事項である。しかるに、日本興業に対する本件保証予約の供与は、取締役会の審議に諮られていない。
(3) 被告増田は、日本興業の取締役を兼務しており、右保証予約は自己取引に相当し、本来積水樹脂の取締役会の承諾なくかかる取引の執行は許容されず、(2)記載の問題とともに、代表取締役の権限を逸脱している。
(4) 債務保証の際には、金融機関ないし保証協会の保証料に準じた保証料の徴求、主債務者の債務不履行における損害賠償や代位弁済の事前取決め及び適切な担保、保証の差入れが慣行である。
しかるに、本件保証予約は保証料の徴求を放棄したに止まらず、丙事件訴外菊澤ないし近親者による連帯保証や物上担保の差入れも放棄しており、債務の履行遅延の際の損害賠償及び代位弁済についても何ら取決めをした形跡がなく、背任性の強い取引行為である。
(5) 税務面では保証料の放棄は寄付と認定され、積水樹脂に加算税が課される危険性がある。
(6) 積水樹脂は、日本興業との提携事業を主として透水性平板の製造、販売とし、両社合弁の新会社を設立すると発表したが、平成九年四月九日に四国総合研究所が出願中のセメントを接合剤とする透水性平板の特許が成立したので、積水樹脂にとって右業務提携の前提である技術供与の基盤が崩壊した。
(三) 丙事件被告らの責任原因
(1) 被告増田は、本件保証予約の供与当時の代表取締役として、法令を遵守し、専ら積水樹脂の利益を図るべき忠実義務を負っていたにもかかわらず、これを懈怠し、日本興業に対し、本件保証予約契約の締結という違法行為を行った。
(2) 被告舘は、本件保証予約の供与当時、積水樹脂の管理管掌専務取締役として経理、財務、為替予約の分野では最高責任者の地位を占めており、専ら積水樹脂の利益を図るべき忠実義務を負っていたにもかかわらず、これを懈怠し、被告増田とともに、日本興業に対し、本件保証予約契約の締結という違法行為を行った。
(3) 被告増田及び同舘は、日本興業との債務保証、業務提携の折衝を開始した当初から、日本興業の粉飾決算、逼迫した資金繰状況、業績不振に気付いていた。
したがって、右両名は、本件保証予約が本来検討の余地のないほど高度の危険があることを認識しながら、私利を図る目的から、敢えて無謀を承知で取締役会の審議に諮ることもなく債務保証を実行し、さらに空疎な内容の業務提携により本件保証予約を隠蔽せんとしたものである。
(4) 被告福井は、本件保証予約の供与当時、総務人事部長として被告増田らを補佐する立場にあり、法人印の責任者として法人印を押捺する経営指導念書及び企業提携基本契約の作成、日本興業との提携交渉、第三者割当増資の引受け等の職務執行において、本件保証予約の実行及び業務提携、資本提携の締結に主要な役割を果たした。
(5) 被告生田は、本件保証予約の供与当時、事業開発担当常務取締役として被告福井の上司であったものであり、取締役としての責任を負うほか、平成九年六月に常勤監査役に就任後も監査役としての職務の懈怠があり、その義務違反についても責任を負わなければならない。
(6) 被告上野、同藤崎、同永井及び同酒井は、いずれも積水樹脂の監査役として善管注意義務を負っているにもかかわらず、これを懈怠したため代表取締役らの権限逸脱の業務執行が看過され、積水樹脂に取り返しのつかない損害を被らせた。
監査役である同被告らは、有価証券報告書(第六三期、六四期)に積水樹脂と日本興業との業務提携の注記をしないという証券取引法違反行為に対し、これに反対し、あるいは是正する努力を一切せず、また、本件保証予約について調査すらしない様子であり、代表取締役の放逸な独断専行を放置したことは任務懈怠に該当する。
2 丙事件被告ら
(一) 日本興業は、本件保証予約があったとされる当時、財務内容に問題はなく、銀行との取引により資金繰りに支障を来すことはなかった。
なお、原告が簿外負債、粉飾決算と主張する会計処理は、以下のとおり適法である。
(1) 期末日満期手形の会計処理
期末日平成八年三月三一日は金融機関の休業日であったために、同日に手形が決済されることはないが、日本公認会計士協会・監査第一委員会報告第四七号「追加情報の注記について」が満期日に決済が行われたものとして処理することを認めているので、日本興業は、下記の期末日満期手形については満期日に決済が行われたものとして処理し、期日残高より除外した。
したがって、日本興業は、現金及び預金の項目には、右手形を加減した合計一二億八七六八万二〇〇〇円を控除して表示しているのであり、簿外債務には当たらないことは明らかである。
受取手形 七三七五万円
支払手形 一三億五六六五万七〇〇〇円
設備関係支払手形 四七七万五〇〇〇円
(2) スイスフラン建転換社債
日本興業は、同社が平成六年三月三日に発行していた平成一〇年三月三一日償還期限のスイスフラン建転換社債(五五〇〇万スイスフラン)が、第四二期中間会計期末(平成八年九月三〇日)までは改定後の外貨建取引等会計処理基準に定める外貨建長期金銭債権債務(決算日の翌日から起算して一年を超えて回収又は弁済の期限が到来する外貨建金銭債権債務を指す。同注10)に該当していたことから、同基準一2(一)<2>ロに基づき、取得時又は発生時の為替相場による円換算額を付してきたが、第四二期会計期末(平成九年三月三一日)に同基準に定める外貨建短期金銭債務(決算日の翌日から起算して一年以内に回収又は弁済の期限が到来する外貨建債権債務を指す。同注10)に該当したことから、同基準一2(1)<2>イに基づき、換算替を行い、五億一四〇〇万円余りを特別損失として計上した第四二期決算案を平成九年四月二一日開催の取締役会において決議、同日付けにて臨時報告書を提出した。
したがって、日本興業は、外貨建取引等会計処理基準に基づき適法に処理しており、粉飾決算には該当しない。
(二) 原告が隠蔽工作として主張する事実のうち、<1>日本興業の平成九年六月の定時株式総会の際に、当時の副社長訴外瓦林秀嗣が辞任したこと、<2>丙事件訴外菊澤が、日本興業の会長に就任したこと、<3>積水樹脂が、平成九年四月二二日、日本興業との間で企業提携基本契約を締結し、また、日本興業の新株三一〇万株を第三者割当増資より引き受けたことは認めるが、その余は否認する。
また、原告が業務提携による偽装工作であると主張する事実のうち、<1>積水樹脂と日本興業との間で、平成九年四月二二日、(1)業務協力分野を「保有する経営資源、ノウハウ、商品などが相互に活用できる分野、新たに事業が付加できる分野、その他提携効果が活かせる分野」とし、(2)人材交流を行うことなどを概要とする業務提携契約を締結したこと、<2>役員を含む三名の人材を派遣したこと、<3>業務提携契約は契約当事者の異議がない限り、二年毎の自動更新としたことは認めるが、その余は否認する。
(三) 原告は、積水樹脂が日本興業に対して経営指導念書により保証予約をしたと主張するが、そのような事実は存在しない。
九 争点2(三)について
1 原告
本件保証予約の供与による保証金額は、日本興業が平成九年五月ないし六月に借入れたインパクト・ローン五五〇〇万スイスフラン(約四四億円)及び同年六月ころに借入れたプロジェクト・ファイナンス三〇億円である。
保証協会が基準とする保証料率は、担保・保証人が付されている場合には保証金額の一パーセント、付されていない場合は一・四パーセント、遅延損害金が保証金額の一四パーセントであり、一般金融機関は三パーセントである。本件保証予約の供与の場合、担保・保証人が付されていないので、少なくとも保証料率は一・五パーセントを下回らない。
本件訴え提起の時点で本件保証予約の供与から一年が経過している。
したがって、積水樹脂は、本件保証予約により日本興業に一方的な利益を供与したが、保証金額に保証料率、保証期間を乗じた保証料が徴求されなかったため、逸失利益として、以下の計算のとおり一億一一〇〇万円の損害を被った。
(保証金額)×(保証料率)×(保証期間)
=(三〇億円+四四億円)×一・五パーセント×一年
=一億一一〇〇万円
2 丙事件被告ら
争う。
第四 当裁判所の判断
(なお、甲乙事件における書証番号は単に「甲○○」のように表示し、丙事件における書証番号は「丙事件甲○○」のように表示する。)
一 争点1(一)について
被告菊澤が積水樹脂の取締役及び監査役のいずれにも就任したことがないことは当事者間に争いがない。
ところで、商法は、二六七条及びこれを準用する規定を設け、取締役等の責任を追及する訴えを、株主が、会社のために会社に代わって提起することを認めている。この株主代表訴訟制度が、株主のいわゆる監督是正権の一つとして設けられた趣旨は、本来会社のみが提起することができる会社に属する権利に係る訴えのうち、取締役等の責任を追及する訴えについては、会社が積極的に提起しないおそれが定型的にあることに鑑み、株主に訴えを提起する資格(原告適格)を認めることにより、取締役等の違法行為を抑止し、会社の利益を確保することとしたものである。したがって、商法が明文の規定で許容する取締役等以外の者に対する訴えについてまで、株主に代表訴訟の形態でこれを提起することを認めているものではなく、仮に、これを認めるとすれば、代表取締役・監査役の会社運営に関する裁量を侵すこととなり、ひいては代表取締役・取締役会・監査役という諸制度を設けた法の趣旨に反することとなる。そして、この取締役等以外の者に対する訴えについては、商法が明文の規定で許容する取締役等の責任を追及する訴えと併合してこれを提起したとしても、そのことにより、適法な株主代表訴訟となるものと解すべき理由もない。
これを本件についてみるに、被告菊澤が積水樹脂の取締役及び監査役のいずれにも就任したことがないことは当事者間に争いがなく、その他、商法二六七条を準用する規定により明文で代表訴訟を提起することが認められている発起人(商法一九六条)、清算人(同法四三〇条)等のいずれかに該当するものとも認められないから、同被告に対する本件訴えは、原告が訴えを提起すべき原告適格を欠くがゆえに不適法であり、却下を免れない。
二 争点1(二)について
既に判示したとおり、商法が株主代表訴訟制度を設けた趣旨は、会社が積極的に提起しないおそれが定期的にある取締役等の責任を追及する訴えについて、株主にこれを提起する資格(原告適格)を認めることにより、取締役等の違法行為を抑止し、会社の利益を確保することにある。そして、会社が積極的に取締役等の責任を追及しないおそれがある点において、当該取締役が会社に対し債務を負った時期が取締役等への就任の前であるか後であるかによって異なることはないから、取締役等に就任する以前から会社に対し負担していた債務についても、株主は、株主代表訴訟において請求することができるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、被告福井が平成九年六月に積水樹脂の取締役に就任したことは当事者間に争いがないのであるから、同被告が取締役に就任する以前、従業員として関与した本件引受け・払込みについても、原告は同被告の責任を追及する訴えを株主代表訴訟の形態で提起することが許されることとなる。
三 争点1(三)について
1 争点1(三)(1)について
(一) 積水樹脂と日本興業が平成九年四月二二日、業務提携、人材提携、資本提携に及ぶ企業提携基本契約(本件業務提携)を締結したことは当事者間に争いがない。
右争いのない事実のほか、証拠(甲四、五、七、二三、三五、三六、一三五の一の一、一四一、一四二、一四六、乙一、二ないし二四、二五の二、二八、丙一、被告舘本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 積水樹脂は、昭和五〇年代から景観事業を展開してきたが、平成二年にはこれを環境事業部(平成三年に景観事業部に改称)に集約し、平成七年にはこれを景観資材事業本部として独立させ、積極的な生産、販売戦略を講じてきた。
(2) 日本興業は、街路、公園等の景観資材分野において、道路舗装用路床材、化粧ブロック等に積水樹脂にない製品系列と事業ノウハウの強みを持つコンクリート二次製品メーカーであり、積水樹脂とは、昭和六三年頃から取引があり、平成八年になって軽量コンクリート製ブロックの共同開発を行っていた。
(3) 積水樹脂は、その後、日本興業が他社との業務提携を考えているとの情報を得たことから、販路の拡大、品揃えの充実等による景観資材事業の商圏の拡大等のため、日本興業との業務提携を検討し始めたが、より両社の結びつきを深めるべく、両社が互いに対等の立場で株を持ち合うという資本提携を行うことになった。
(4) そして、被告舘は、平成八年一二月頃、本件業務提携に先立ち、被告増田からの指示に基づき、日本興業の平成八年三月期の有価証券報告書をもとに被告福井(当時は総務人事部長)とともに同社の業務及び財務の内容を調査した。右有価証券報告書に記載のあるスイスフラン建転換社債については、評価損、償還資金の目途等につき、日本興業取締役経理部長二宮隆雄に対しヒヤリングを行い、右社債は転換されず償還となる可能性が高いが、償還のための資金は金融機関から調達する予定であるとの回答を得て、提携先として問題はないと考えた。
(5) また、右の調査とともに、資本提携の方式、引受総額等について検討・協議を行い、積水樹脂の株式は、取引所市場で自由に購入することができるけれども、日本興業の株式を大量に店頭市場で購入するとすれば、市場の規模、流通量等から考えて、市場に多大の影響を与えることが予想されたことから、日本興業は、積水樹脂の株式を取引所市場で購入するのに対し、積水樹脂は、日本興業の発行済株式総数の二割、すなわち、三〇六万株程度の株式を、第三者割当増資の方法により、取得することとした。
(6) 日本興業が発行する新株の引受価額については、両社が互いに対等の立場で提携を行うという目的に鑑み、その算定方法についても、両社に公平な立場で算定することが妥当であると考え、日本証券業協会が公表している指針に従った算定方法によることとした。
(7) 日本証券業協会は、指針(乙一)を設け、協会員に対し、上場銘柄、登録銘柄等の発行会社が日本国内で第三者割当増資を行う場合には、その発行価額を、原則として、「当該増資に係る取締役会決議の直前日の価額又は当該議決の六か月前の日以降の任意の日から当該決議の直前日までの間の価額に〇・九を乗じた額以上の価額」とすることを要請している。
(8) 被告増田と被告菊澤は、平成九年三月一九日から同年四月一八日までの日本興業の株式の終値の平均が四九〇円六七銭、本件新株の第三者割当増資に係る決議がされた同年四月二一日(月曜日)の直前日に当たる同年四月一八日(金曜日)の終値が五〇〇円であったこと(甲四、乙二ないし二三)を踏まえ、平成九年四月一八日の終値(五〇〇円)が確定した後、右終値五〇〇円と、三月一九日から四月一八日までの間の終値の平均である四九〇円六七銭に〇・九を乗じた四四一円六〇銭との間である四七五円を本件新株の発行価額とする旨合意した。
(9) なお、被告舘は、被告増田と被告菊澤との間で最終合意がされるに先立ち、被告増田からの指示に基づき、右算定方法及び算定した発行価額の妥当性について、幹事会社(野村証券及び山一証券)に問い合せ、問題がない旨の回答を得た上、これを被告増田に報告した。
(10) 日本興業は、平成九年四月二一日(月曜日)開催の取締役会において、本件新株発行を決議し、積水樹脂と日本興業は、同月二二日、本件業務提携を締結し、積水樹脂は、払込期日である同年五月一三日までに株金一四億七二五〇万円の払込みをした。
(11) 積水樹脂は、平成九年四月二一日付けで、本件新株を発行日から二年を経過するまでの間、原則として第三者に譲渡しない旨の確約書(甲五三)を作成している。
(二) 前記認定の事実関係のとおり、積水樹脂は、日本興業との提携関係を強化することを目的として本件引受け・払込みを行ったものであり、株式価格の値上りにより差益を取得する等の投機の目的として行ったものではない。本件新株の発行価額を定めるに当たっては当然のことながら、提携相手である日本興業の意向をも斟酌し、協議して決めなければならず、店頭登録会社である日本興業としては、第三者割当増資を行うに当たり、日本証券業協会が指針で定めた内容に沿って行うことが求められている。以上によれば、特段の事情のない限り、発行価額を指針が求める内容に従って定めた場合には、発行価額は妥当なものであると解される。
原告は、本件新株の引受当時、株式市場全体が低迷状態にあったこと、日本興業にとり積水樹脂に本件新株を引き受けてもらうことが欠かせなかったことから交渉は積水樹脂に有利に進められた筈であり、平成九年四月一五日に記録した四四〇円を下回る危険性を吸収し、積水樹脂が本件新株の引受けにより損失を被らないよう、新株の有利発行であるとして提訴を受ける可能性のある一五パーセントのディスカウント率を獲得する義務があったと主張する。
確かに、証拠(甲四、一〇、一九、三七、六三、六九、七〇、七二、一六二、一六三の一、乙二ないし二三)によれば、日本興業の株式の店頭市場における終値は、平成九年三月末から四月初めにかけて五〇〇円前後で推移していたものの、四月一五日に四四〇円の公開後最安値を付け、同月一八日に五〇〇円に回復し、その後は五〇〇円台で推移していたものの、同年九月に入ると五〇〇円を割り込み、さらに同年一一月には四〇〇円台を割り込むなど値下がりを続け、平成一〇年五月一三日には一七〇円の公開後最安値を付けたこと、その後持ち直し、同年九月三〇日に二五五円、平成一一年五月一四日には三二〇円となっているものの、本件新株引受けの時点と比べると、なお、一五五円値下がりしていることが認められる。
しかしながら、株価が経済情勢等に応じて変動することはやむを得ないところであり、本件引受け・払込み当時、日本興業の株価が四四〇円を下回る可能性を確実に予見できたとは認め難い。この時期、取引所市場・店頭市場における平均株価全体も値下がり傾向にあり、独り日本興業の株式のみが下落した訳ではない。指針の求めるところに従って算定方式を定め、当該増資にかかる取締役会等の手続上の日程を決定すれば、発行価額は自ら算出されるのであり、本件において、本件新株の第三者割当増資を決議した取締役会の日程を恣意的に決めることにより、発行価額を恣意的に決めたものとは認められない。加えて、積水樹脂は、前記認定のとおり、日本興業との提携に経営上のメリットがあると判断して本件引受け・払込みをしたのであるから、その時点において、日本興業との交渉を有利に進め、原告の主張するディスカウント率を獲得しなかったことが格別不自然とは言えない。以上によれば、原告の指摘には理由がなく、結局、発行価額を指針が認める内容に従って定めることが不合理といえるような特別の事情は見当たらない。
(三) なお、原告は、積水樹脂が、本件引受け・払込みに関する情報開示を適切に行っていない旨主張している。
確かに、積水樹脂は、決議通知(甲二四)及び事業報告書(甲二三)には本件業務提携及び資本提携(本件引受け・払込み)の事実を記載していないけれども、右はいずれも法律上作成を義務づけられた書類ではないのに対し、証拠(乙二八)によれば、積水樹脂は、第六三期(平成八年四月一日から平成九年三月三一日まで)定時株主総会の招集通知添付の営業報告書(甲一三五の一の一、丙一)の「3 決算期後に生じた会社の状況に関する重要な事実」の欄に本件業務提携及び資本提携の事実を記載していること、第六四期(平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日まで)の半期報告書(甲三五)の「営業の状況」の欄に本件業務提携の事実を記載していること、平成九年四月二一日付けで証券取引法施行令三〇条一項の方法により、重要事実等として本件業務提携及び資本提携の事実を公開したこと(甲四〇の一)、日本証券業協会に対し、大量保有報告書(甲四一)を提出し、積水樹脂が日本興業の株式三一〇万株を保有している旨報告していることが認められるのであって、原告の指摘は当を得ないものである。
また、本件新株引受けは、計算書類規則三条一項にいう「会計の方針」(企業が損益計算書及び貸借対照表の作成にあたって、その財政状態及び経営成績を正しく示すために採用した会計処理の原則及び手続)に当たらないから、貸借対照表に注記すべきものではなく、証拠(乙二八、被告舘本人)によれば、積水樹脂では本件新株引受けについて、それが企業提携を目的としており、かつ、本件新株の引受けにより、所有する日本興業の株式保有割合が、二〇・二三パーセントであって、同社の経営支配権を有するには至らず、また、決算期後の財政状態(財産)及び経営成績(損益)にも重要な影響を及ぼすおそれはないものと判断し、その点を監査法人や日本公認会計士協会の審査課にも確認した上で、財務諸表規則八条の四に定められている「後発事象」としての注記を有価証券報告書に行わなかったことが認められるところ、右措置には違法な点は見受けられない。
(四) 以上によれば、本件新株の引受価額が、不当に高額であったということはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
2 争点1(三)(2)について
(一) 証拠(乙二四、二五の二、二八、被告舘本人)によれば、平成九年四月二一日午前一一時三〇分から、積水化学工業株式会社役員会議室において、積水樹脂の平成九年四月度臨時取締役会が開催され、取締役一八名、監査役四名の全員が出席し、議長である被告増田が、第一号議案として本件業務提携及び資本提携(本件引受け・払込み)を付議し、右議案を取締役会に付議するまでの経緯、今後積水樹脂が景観資材事業に力を注ごうとする中での企業提携の目的等の趣旨を説明し、ついで被告舘が、日本興業の平成四年三月期から平成八年三月期までの「売上高」「経常損益」「一株当たり純資産」等主要な経営指標等の推移、平成八年三月期の「貸借対照表」「企業集団の概況」等の日本興業の概要のほか、本件新株の引受価額である四七五円の算定根拠、近時の第三者割当増資で適用されたディスカウント率等について説明した上、「企業提携基本契約書(案)」及び「第三者割当増資の日程(案)」の内容を説明したこと、その後被告増田が右議案につき、その賛否を諮ったところ、出席者全員が賛成し、原案どおり可決されたことが認められる。
(二) 原告は、本件新株の引受けを決議した積水樹脂の平成九年四月二一日開催の臨時取締役会の議事録と積水樹脂の登記申請書・有価証券届出書に添付された他の取締役会議事録とで出席取締役及び監査役の印影とが異なること、作成要領等が相違すること指摘し、積水樹脂の平成九年四月二一日付け臨時取締役会議事録は、変造あるいは改ざんされた文書である旨主張し、原告本人尋問においてこれに沿う供述をしている。
確かに、平成九年四月二一日開催の臨時取締役会の議事録(乙二五の二)と平成一〇年七月七日付け登記申請書に添付された同年六月二六日付け取締役会議事録(甲一五三)、平成九年七月七日付け登記申請書に添付された同年六月二七日付け取締役会議事録(甲一五九、一六一)、平成八年五月一日付け登記申請書に添付された同年四月九日付け取締役会議事録(甲一五一)及び同月一七日付け取締役会議事録にそれぞれ押印された出席取締役及び監査役の印影が異なること、有価証券届出書に添付された平成八年四月九日付け及び同月一七日付け各取締役会議事録(甲一一九の一、二)には出席取締役及び監査役の押印がなく、末尾に「以上原本の写に相違ありません」とのスタンプと代表取締役である被告増田の押印がされていることなどを認めることはできる。
しかしながら、取締役会議事録への各取締役ないし監査役の押印(商法二六〇条の四第二項、商法中署名スヘキ場合ニ関スル法律)は必ずしも登記申請用の議事録と同一の印鑑でなければならない理由はないし、有価証券届出書に添付する取締役会議事録の写しに各取締役ないし監査役が押印しなければならない理由もない。そして、証拠(乙二八、被告舘本人)によれば、積水樹脂では、取締役会における決議事項について登記を要する場合に、議事録につき出席取締役及び監査役に対し逐一押印を求めるには相当な時間を要する一方、商法等法令により登記申請には期間の制限が設けられていることを踏まえ、会社に備え置く原本とは別個に登記申請用の原本を作成しており、その際、取締役及び監査役の了解を得て取締役及び監査役の印章を代印していることが認められるのであるから、平成九年四月二一日付け臨時取締役会議事録と登記申請書添付の取締役会議事録との間で出席取締役・監査役の印影が異なることを根拠として、前者が変造あるいは改ざんされた文書であると言うことはできない。
また、有価証券届出書に添付することを要する取締役会議事録の書式については、企業内容等の開示に関する省令が格別の規定をおいていないところ、証拠(乙二八、被告舘本人)によれば、積水樹脂では、押印のない議事録に代表取締役が「原本と相違ない」旨を証明したものを「写し」として添付していることが認められるのであるから、平成九年四月二一日付け臨時取締役会議事録と有価証券届出書添付の取締役会議事録との間で作成要領が異なることを根拠として、前者が変造あるいは改ざんされた文書であると言うこともできない。
以上の次第で、原告の右主張は失当であり、他に本件全証拠をもってしても、右議事録の真正な成立を疑わせるような事情も認められない。
(三) 原告は、被告増田、同舘及び訴外和田捷平は、本件業務提携に伴い、日本興業の取締役又は監査役に就任することが内定していたから、本件株式の引受けを承認する旨の決議について特別の利害関係を有すると主張する。
しかしながら、仮に、本件業務提携に当たり、被告増田、同舘、訴外和田捷平を日本興業に取締役又は監査役として派遣することが予定されていたとしても、平成九年四月二一日の取締役会決議の時点では未だ日本興業の取締役又は監査役に就任していないのであるから、原告の右主張は理由がない。
(四) また、原告は、右取締役会は地方勤務の取締役等を招集せず、経営会議出席メンバーが名目的に開催したものにすぎず、議事録は、開催日でなく、平成九年五月一〇日前後に開催された五月度の決算取締役会において欠席取締役を含めて記名押印がされたいわゆる書面決議であるから、不存在である。右取締役会において、本件業務提携について重要な情報が開示されず、十分な審議がなされなかったので、右決議は取締役会の意思決定過程に著しい不合理が存在するので無効であるなどと主張するけれども、前記認定のとおり、平成九年四月二一日に臨時取締役会が適法に開催され、本件業務、資本提携について十分審議されているから、原告の右主張を採用することはできない。
3 以上のとおり、争点1(三)(1)及び(2)のいずれについても、これを認めることはできないから、その余の点(争点1(5))について判断するまでもなく、甲事件被告らに対する請求には理由がない。
四 争点1(四)について
原告の主張は、被告増田及び同舘が、被告福井及び同菊澤とともに、争点1(三)(1)、(2)に記載のとおり、違法な業務執行を行ったことを前提としているところ、既に判示したとおり、本件引受け・払込み自体について、同被告らに取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反する事実が認められないのであるから、乙事件被告らに対する請求は、いずれもその前提となる事実を欠くので、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。
五 争点2(一)について
1 被告生田が、平成三年六月、積水樹脂の取締役に就任し、平成九年六月には、常務取締役を退任するとともに、常勤監査役に就任したこと、原告が、積水樹脂(代表取締役)に対し、平成一〇年一二月五日、丙事件について、被告生田の監査役としての責任を追及する訴えを提起するよう請求をしたこと、原告が、積水樹脂(監査役)に対し、丙事件について、被告生田の取締役としての責任を追及する訴えを提起するように請求した事実はないことは、既に判示したとおりである。
2 ところで、商法が株主代表訴訟制度を設けた趣旨は、既に判示したとおり本来会社のみが提起することができる会社に属する権利に係る訴えのうち、取締役等の責任を追及する訴えについては、会社が積極的に提起しないおそれが定型的にあることに鑑み、株主が、会社のために会社に代わって提起することを認めることにより、取締役等の違法行為を抑止し、会社の利益を確保することにある。したがって、取締役等の責任を追及する訴えについても、会社が提起することが本則であり、株主が会社に対し提訴請求をしたにもかかわらず会社が訴えを提起しない場合にはじめて、原告に訴えを提起する資格が認められることになる(商法二六七条一項、二項参照)。そして、会社に対する事前の提訴請求を怠った場合には、たとえ、その後会社が株主代表訴訟が提起された事実を知りながら取締役等の責任を追及する訴えを提起しなかった場合においても、手続上の瑕疵は重大であって、右株主代表訴訟は不適法であり、却下を免れないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原告の被告生田に対する本件訴え(丙事件)のうち取締役としての責任を追及する部分については、会社(監査役)に対する事前の提訴請求手続を怠ったがゆえに不適法であり、却下を免れないこととなる。
六 争点2(二)について
1 原告は、積水樹脂が経営指導念書による本件保証予約を供与したと主張し、原告本人尋問において、<1>日本興業は、平成一〇年三月期の有価証券報告書総覧(丙事件甲二の二)に記載のある長期借入金を独力で返済できないのに、数行の銀行から借入をし得ているのは、本件保証予約が前提となって、日本興業銀行と三和銀行が他の融資行に支払承諾を出したからである。<2>原告は、支払承諾に基づき融資を行ったとする農林中央金庫の担当者から、担保を取らず融資をするのは一緒に融資する銀行間で決めたからだという話を聞いた、伊予銀行の担当者から、日本興業に対しては通常の融資をしたという話を聞いた、それらの話では表現としてはないが、数行による協調融資という回答を得たものであり、あるいは何か融資に見合う担保があるものだというように理解しているなどと、自分の見解を述べた。
しかしながら、原告は、農林中央金庫及び伊予銀行の各担当者から本件保証予約がなされたかどうかについては全く聞いておらず、原告が保証予約を前提になされていると推測する支払承諾及び支払承諾に基づく協調融資の事実についても、具体的な話を一切聞き及んでおらず、しかも、これを裏付ける客観的証拠も入手していないことからすると、原告の右主張は、いずれも公刊物等から得た情報を元に、原告の独自の見解を展開したものにすぎず、憶測の域を出ないというべきである。
2 原告は、本件保証予約の前提となる日本興業の資金繰りの必要性を示す事情として、期末日満期手形の処理及びスイスフラン建転換社債の換算替により粉飾決算が行われているという事実が存する旨主張する。
しかしながら、第四一期(平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで)の日本興業の有価証券報告書(甲一四一)によれば、日本興業は、受取手形(額面七三七五万円)、支払手形(額面一三億五六六五万七〇〇〇円)、設備関係支払手形(額面四七七万五〇〇〇円)が期末日満期手形であることから、満期日に決済が行われたものとして処理して期末残高から除外しているけれども、右手形金を加減した合計一二億八七六八万二〇〇〇円を控除して表示していることを正しく注記していることが認められる。したがって、期末日満期手形の処理は、日本公認会計士協会・監査第一委員会報告第四七号「追加情報の注記について」(丙事件甲六)に則ってなされている。
また、平成一〇年三月に償還予定のスイスフラン建転換社債(五五〇〇万スイスフラン)については、証拠(甲五、九、五〇、五二、一五五)によれば、企業会計審議会報告「外貨建取引等会計処理基準」一2(1)<2>イに基づき、換算替を行い、その結果生じた五億一四〇〇万円の差損を平成九年三月期に特別損失として計上したことが認められる。
右認定事実によれば、原告の右主張は、理由がない。
3 原告が本件保証予約の存在を示す間接事実として主張する事実のうち、<1>日本興業の平成九年六月の定時株主総会の際に、当時の副社長訴外瓦林秀嗣が辞任したこと<2>訴外菊澤が、日本興業の会長に就任したこと、<3>積水樹脂が、平成九年四月二二日、日本興業との間で企業提携基本契約を締結し、また、日本興業の新株三一〇万株を第三者割当増資より引き受けたこと、原告が業務提携による偽装工作であると主張する事実のうち、<1>積水樹脂と日本興業との間で、平成九年四月二二日、(1)業務協力分野を「保有する経営資源、ノウハウ、商品などが相互に活用できる分野、新たに事業が付加できる分野、その他提携効果が活かせる分野」とし、(2)人材交流を行うことなどを概要とする業務提携契約を締結したこと、<2>役員を含む三名の人材を派遣したこと、<3>業務提携契約は契約当事者の異議がない限り、二年毎の自動更新としたことなどの事実は当事者間に争いがないが、右事実から原告が主張する本件保証予約の存在を推認することはできない。
また、原告は、日本興業の日本興業銀行、三和銀行等からの短期借入金の返済期日の変化(丙事件甲二の一及び二)、日本興業の損益計算書上の「支払利息及び割引料、社債利息」の漸減(甲一五四)と「一般管理費、その他」の漸増、農林中央金庫が日本興業に対して有する根抵当権の極度額が五億円に止まること及び取扱店が大阪支店であること(丙事件甲四の一及び二)、積水樹脂が本件引受け・払込みの資金のうち五億円を農林中央金庫から借り入れてこれを調達することを予定するなど、同金庫が本件業務提携の初期の段階から参加していたこと(甲四一)、日本興業の平成一〇年三月期の長期借入金の返済予定額及び返済方法の記載の変化(丙事件甲二の一及び二)等を取り上げて、本件保証予約及びそれに基づく日本興業銀行や三和銀行の支払承諾、さらにそれに基づく他行の融資という事実を示す事情である旨主張しているが、原告の主張は、推論に推論を重ねるものに止まり、仮に右事実が存在するとしても、そのことから直ちに、本件保証予約の事実を推認させるに至らない。
4 加えて、日本興業銀行及び三和銀行に対する調査嘱託の結果(乙三〇、三一はこれと同一)によれば、両行は、争点2(二)において原告が主張する覚書の交換及び経営指導念書の発行による本件保証予約の存在を明確に否定していることが認められる。
そうすると、原告の供述は、客観的な裏付けを欠いていてにわかに採用し難く、他に的確な証拠が提出されていない以上、本件保証予約が存在する旨の原告の主張を採用することは到底できないというべきである。
5 したがって、その余の事実を判断するまでもなく、丙事件のうち、被告生田に対して監査役としての責任を追及する部分、並びに同被告を除くその余の被告らに対する請求はいずれも理由がない。
七 結論
以上の次第で、原告の被告菊澤に対する本件訴え、並びに原告の被告生田に対する本件訴え(丙事件)のうち取締役としての責任を追及する部分はいずれも不適法であるから、これを却下することとし、原告の被告生田に対するその余の請求、並びに原告の被告菊澤及び同生田を除くその余の被告らに対する請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないので失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 桑原直子 裁判官 森鍵一は、差し支えのため、署名押印することができない。裁判長裁判官 池田光宏)