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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)174号 判決 1998年11月26日

原告

北村正昭

右訴訟代理人弁護士

岩佐嘉彦

被告

池谷工務店こと池谷和雄

右訴訟代理人弁護士

西村良明

主文

一  被告は原告に対し、金一三八八万五三七七円及びこれに対する平成一〇年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、二〇九九万三〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一月一七日(訴状送達の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件において、原告は、その所有土地の一部を被告に売り渡した際、被告から土地譲渡の課税につき誤った説明を受けたため、税務上の優遇措置の適用を受けられると信じて売買契約を締結した上、その譲渡所得につき税務申告したが、その後優遇措置の適用を受けられないことが判明し、修正申告により追加納税等を余儀なくされ損害を被ったとして、被告に対し、不法行為又は債務不履行(売買契約における説明義務違反)を理由に損害賠償請求をなしている。

一  争いのない事実等

1(一)  原告は、枚方市楠葉野田<番地略>の土地(地目・田、登記簿上の面積・八九九平方メートル、実測面積・927.04平方メートル。以下「本件全土地」といい、右土地より分筆された土地については、地番のみを表記する。)を所有していたが、平成二年五月二二日に本件全土地を同番一と二に分筆した上、同番二の土地を駐車場として利用し、さらにその後、右各土地が順次分筆された同番一ないし九の各土地となった。(甲二ないし一〇、一一の1ないし6、乙二、証人井藤憲吾)

(二)  被告は、池谷工務店の名称で建設業を営む者である。

2  原告は被告との間で、平成六年七月一六日、本件全土地のうち、一一〇四番五ないし九の各土地(宅地436.20平方メートル〔131.95坪〕、以下「本件土地」という。)を、代金一億〇五五六万円(坪当たり八〇万円)で、原告が被告に売り渡す旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

3  原告は、本件売買契約の代金から課税額を差し引いた手取額で工事代金を賄う予定で、被告との間で、左記(一)、(二)のとおり請負契約を順次締結した。

(一) 原告と被告は、平成六年三月一六日、原告の旧自宅の解体工事につき代金六五万円で、自宅の新築工事につき代金二二三二万円(消費税五〇万円)で、それぞれ請負契約を締結した。

(二) 原告と被告は、同年七月二六日、一一〇四番二の土地上に賃貸住宅(木造二階建共同住宅屋根瓦ベスト葺、当初八戸であったが、後に六戸に変更。以下「本件賃貸住宅」という。)を新築する工事につき、代金四一八九万九五〇〇円(消費税五〇万円)で、請負契約を締結した。

4  その後、原告の自宅の建替工事及び本件賃貸住宅の新築工事が完了し、本件売買契約に基づく代金の授受、所有権移転登記が終了し、また、原告が、平成七年三月一五日に確定申告(給与所得及び土地譲渡所得)を行った結果、原告の収支は左記のとおりとなった。なお、右確定申告は、本件土地が優良土地開発として租税特別措置法三一条の二第一項、二項九号による優遇措置(以下「本件優遇措置」という。)の適用を受けることを前提としていた。(税務関係につき、甲一五、二一、証人大村哲夫、同井藤憲吾)

(収入)

本件土地の代金 一億〇五五六万円

(支出)

(一) 本件賃貸住宅関係

土地開発申請費用

八八九万四七〇〇円

建築費用

四二三九万九五〇〇円(消費税込み)

別注工事費用 五四五万五七一二円

通行料 二〇〇万円

農地補償 一一万二八八〇円

登記費用 三万〇二〇〇円

(二) 自宅関係

解体費用 六五万円

建築費用

二二八二万円(消費税込み)

別注工事費用 二七一万六八〇〇円

国税(修正申告前)

一一三八万五六〇〇円

市民税・府民税(右同)

四六八万五六〇〇円

5  その後、原告は、税務署の指摘により、売買の対象となった本件土地が本件優遇措置の適用を受けるために必要な面積(五〇〇平方メートル)に足りず本件優遇措置が受けられないことが判明し、また税務署から経費の一部を否認されたため、修正申告の上、国税につき、本税の追加分一四六七万八七〇〇円、加算税一六三万一五〇〇円、延帯税七二万〇四〇〇円を納付し、さらに、市民税・府民税追加分として三九六万二四〇〇円を納付した。

本件土地の売買につき、本件優遇措置を適用せず、かつ否認された経費を除いて算定した国税は二七九一万五三〇〇円であり、市民税・府民税は八三七万四五九〇円であるのに対し、本件優遇措置の適用がある場合の国税(経費は前同)は一三九五万七六〇〇円であり、市民税・府民税は四六五万二五五〇円である。その差額は、国税につき一三九五万七七〇〇円、市民税・府民税につき三七二万二〇四〇円である。

(甲一六ないし一八、一九の1ないし4、二〇の1、2、二二、証人井藤憲吾、弁論の全趣旨)

二  争点

1  被告の不法行為責任ないし債務不履行責任の成否

(一) 原告の主張

(1) 原告の兄井藤憲吾(以下「井藤」という。)は、本件全土地の管理を行っていたが、平成五年ころ、知人の市川武男(本件「市川」という。)から右土地の一部を購入したがっている建築業者として被告を紹介され、交渉するうち、原告の自宅を建て替え、かつ駐車場として利用していた土地部分に賃貸住宅を建築し、それらの費用を、本件全土地の一部を被告に売却した代金で賄うとの方向で話が進んだ。

(2) そして、被告から井藤に対し、原告と被告両名の共同で五〇〇平方メートル以上の土地を開発すれば、本件優遇措置を受けることができ、税金が安くなるので、一二〇坪余りを売買すれば、借金をせず、自宅の建替費用及び賃貸住宅の新築費用を賄うことができるとの説明がなされた。現に、原告と被告とが共同で本件全土地の開発許可を得ている(甲二三)。

さらに、平成六年三月ころ、被告から井藤に対し、土地売買による原告の手取額と自宅及び賃貸住宅の建築費用等を説明するための文書(甲一二、以下「本件文書」という。)が交付されたが、本件文書には、一二八坪の土地売買で代金が一億〇二四〇万円になり、その税金が一八四万八七〇〇円(一八四八万七〇〇〇円の誤記と思われる。)であると被告によって記載されており、一八四八万七〇〇〇円という税額は、本件優遇措置を受けることを前提とした国税及び地方税の総額に相当する。

(3) そこで、原告と被告は、原告が被告に売り渡す土地の代金で自宅の建替費用及び賃貸住宅の新築費用を賄うとの合意を前提に、現金をいくらか手元に残したいとの原告の要望により売買土地の面積を一二八坪から131.95坪に増やした上、平成六年七月一六日に本件売買契約を締結したものである。

(4) しかるに、原告は、平成七年三月一五日、被告から紹介された今西真雄税理士を通じて本件売買につき本件優遇措置を受けることを前提に確定申告を行ったが、その半年後に税務署からの指摘により、本件優遇措置を受けるには売買面積が足りず、この点につき被告の説明に誤りがあったことが判明し、前記一5のとおり原告は修正申告を余儀なくされ、国税の本税の追加分と過少申告加算税、延滞税及び市民税・府民税の追加分を各納付したものである。

(5) 被告は、本件売買契約に際し、建築の専門家として、税理士等と相談の上、正確な税務に関する情報を提供し、原告に誤解を与えることのないよう綿密に打ち合せ計画の調整を行うべき義務があったのにこれを怠り、本件優遇措置の適用につき誤った説明をして原告に損害を被らせたものであるから、原告に対し、民法七〇九条の不法行為責任又は債務不履行責任(説明義務違反)を負う。

(二) 被告の主張

原告の主張は争う。

(1) 被告は、本件優遇措置を受けるには、売買面積が五〇〇平方メートル以上必要であると当初から認識しており、そのため、被告は五〇〇平方メートル以上の土地の購入を希望し、平成六年三、四月ころから同年六月二八日までの間は、売買面積を五〇〇平方メートルとする話が原告と被告間で進んでいた(乙一の2)。

したがって、被告が、原告と被告とが共同で開発許可を得れば売買面積が五〇〇平方メートル以下でも本件優遇措置が受けられるという誤った説明をしたことはない。

原告と被告とが共同で開発許可を得たのは、開発許可を得るために開発主体の資力証明が必要であり、本件では一〇〇〇万円の残高証明が必要であったが、原告にはその残高証明が出せなかったため、被告が協力して共同開発の形をとっただけである。

(2) しかるに、井藤は、五〇〇平方メートル以上の土地を開発して優良宅地にすれば、売買面積がいくらでも本件優遇措置が受けられると従前から誤って認識しており、そのため、井藤は、五〇〇平方メートル(約一五〇坪)の売買面積で話が進んでいたのを、約二〇坪減らして131.95坪の売買に変更したものである。

被告としては、一三〇坪程度の土地では利用しにくくなるのであり、自分からその程度の面積の売買でよいというはずがなかった。また、売買面積が少なくなったため、建築資金の関係で八戸用賃貸住宅の予定が、六戸用に縮小されたが、建築工事を請け負う被告が、自分の利益を減少させることを望むはずはない。

(3) 本件文書の記載は、被告の事務員が井藤から指示されるままに一二八坪の売買面積で手取額や費用を試算したものであり、また、欄外の「一八四万八七〇〇円」という税額の記載は、被告及び事務員のいずれも記載していない。

(4) 以上のとおり、原告が本件優遇措置を受けられなかったのは、原告ないし井藤の誤解によるものであり、被告に責任はない。

2  損害

(一) 原告の主張

(1) 原告は、本件優遇措置を受けられなかったことにより、国税の本税の増額分一三九五万七七〇〇円と、過少申告加算税一五五万一三六二円及び延滞税六八万五〇一四円(実際の納付額のうち、経費の一部を否認されたことによる部分を除外するため、按分して算定した額)並びに市民税・府民税増額分三七二万二〇四〇円の合計一九九一万六一一六円の追加支払を余儀なくされ、損害を被った。

しかるところ、本件売買契約においては、代金から課税額を差し引いた後の一定の手取額を売主に確保させる旨の合意が原告と被告間でなされており、被告にはその責任がある。

また、本件売買につき本件優遇措置が受けられないことが分かっていれば、売買面積を63.8平方メートル増やして(その分、本件賃貸住宅の駐車場面積を若干減らす等の措置が必要となる。)、本件優遇措置を受けるに十分な面積の売買を行っていたはずである。

よって、被告の誤った説明と原告の右損害との間に相当因果関係がある。

(2) 仮に、前項の損害が認められないとしても、本件売買に当たり、本件優遇措置が受けられないことが分かっていれば、本件土地とその余の土地(以下「本件残地」という。)とを併せて開発行為をなす必要はなかったから、右開発行為に要した費用八八九万四七〇〇円が、被告の違法行為による損害となる。

(3) 仮に、本件で損害が証拠上確定できないとしても、民訴法二四八条に基づき相当な損害額の認定がなされるべきであり、本件では、原告の請求額が相当である。

(二) 被告の主張

(1) 原告の主張(1)は争う。

本件売買については、本来、本件優遇措置が受けられないのであるから、原告は適正な税額を支払ったにすぎず、損害を被ったものとはいえない。

仮に、五〇〇平方メートルの土地を売買していれば、原告は約二〇坪の土地を失い、かつ税額も高くなるのであり、一方、本件売買においては二〇坪の土地が原告に残り、これを駐車場として利益を得ており、単純に、課税額の増加分を損害とみることはできない。なお、売買されなかった右二〇坪分は第三者に賃貸している駐車場の土地であり、売買面積を五〇〇平方メートルにしていても、本件賃貸住宅の駐車場を減らす必要は無かった。

また、過少申告加算税や延滞税は、確定申告の誤りによるもので、原告ないし担当税理士の責任であり、原告主張の被告の違法行為との間に因果関係はない。なお、過少申告加算税は、原告のように按分計算によらず正式に計算すれば、一三九万五〇〇〇円となる。

(2) 原告の主張(2)は争う。

開発行為により、地目が田であった本件残地が優良宅地となって原告のもとに残っており、その増加した価値分は、損害から控除する必要がある。

(3) 原告の主張(3)は争う。

三  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

第三  焦点に対する判断

一  争点1(被告の不法行為責任ないし債務不履行責任の成否)について

1  本件文書(甲一二)の欄外の「税金 一八、四八、七〇〇」との記載は、被告の自筆であることに争いのない領収書(甲二六)の筆跡との対照結果及び証人伊藤の証言により被告が自ら作成したものであることが認められる。また、証人伊藤の証言及び弁論の全趣旨により、計算メモ(甲二四)も被告により作成されたものと認められる。

しかるところ、前記第二の一の事実及び証拠(甲一ないし一〇、一一の1ないし6、一二ないし一四、二三ないし二六、乙一の1ないし3、二、三の1ないし3、証人井藤、被告)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、その父から本件全土地を相続し、原告の実兄である井藤が、本件全土地を含む兄弟らが相続した不動産を事実上管理していた。

平成五年ころ、井藤は、知人の市川から、「知り合いの建築業者が、本件全土地の一部を欲しがっている。南側一戸分でいいから譲ってほしい。」との申し入れを受け、右建築業者として被告を紹介された。

(二) 井藤は、被告との間で資産運用につき話し合ううち、原告が被告に本件全土地の一部を売り渡し、その代金により、老朽化した原告の自宅を建て替え、また駐車場として利用していた一一〇四番二の土地に賃貸住宅を建築するとの計画が具体化した。

(三) そのような話し合いの中で、被告は井藤に対し、原告と被告とで本件全土地を共同開発すれば土地全体が優良宅地となって本件優遇措置を受けることができるとし、一二〇坪余りの土地を売買すれば、原告において資金準備なしに自宅の建替費用、賃貸住宅の建築費用や開発行為の費用等を賄うことができるとの説明をなした。

そして、平成六年三月ころ、被告は、一二八坪の土地売買を前提に、土地の売買代金と開発行為に要する費用及び自宅建替費用や賃貸住宅の建築費用等の収支を記載した本件文書(甲一二)を作成し、井藤に交付した。本件文書の欄外には、「税金 一八、四八、七〇〇」との記載があり、右数字は一八四八万七〇〇〇円の誤記であると認められ、これは、本件優遇措置が受けられることを前提として算定した一二八坪の土地売買に対する国税及び地方税の合計額に相当する。また、井藤は、被告から本件売買契約前に、税額の計算メモ(甲二四)を受領したことがあり、それには、課税所得額を九九二八万二〇〇〇円とし、国税を一四八九万二三〇〇円(本件優遇措置による税率一五パーセントを右課税所得額に乗じた金額に相当する。)、市民税・府民税を四九六万四一〇〇円(本件優遇措置による市民税3.4パーセント、府民税1.6パーセントの合計五パーセントを右課税所得額に乗じた金額に相当する。)とする記載がなされている。

(四) 井藤は、従前から五〇〇平方メートル以上の土地につき開発許可を得て開発行為をすれば、課税上優遇措置を受けられるとの漠然とした認識を有していたが、建設業を営み開発行為の経験も有する被告から前記の説明を受けたことにより、本件売買につき本件優遇措置を受けられることを確信し、売買代金から課税分を控除した手取額をもって原告の自宅の建替費用や賃貸住宅の建築費用等を賄えるものと判断した。

そして、同年三月一六日、原告と被告間で、原告の自宅の建替工事につき前記第二の一3(一)の請負契約が締結された。

(五) 原告と被告は、同年四月二六日、枚方市長宛に本件全土地につき都市計画法二九条に基づく開発許可を共同申請し、同年五月二日にその許可を得た。そして、そのころ被告において、開発工事を施工した。それらの開発行為の費用は、八八九万四七〇〇円に上がったが、原告は本件優遇措置が受けられることを前提に、その費用全額を負担した。

(六) さらに、原告と被告は、同年六月二八日に、本件売買につき国土利用計画法二三条一項に基づく届出(以下「国土法の届出」という。)を大阪府知事に対して行い、同年七月一五日付けで不勧告通知を受けた。

右届出において、売買土地を当時の一一〇四番一の土地一筆(登記簿上の面積五〇五平方メートル、実測面積505.48平方メートル)とし、予定対価を一億七五八四万三八五五円(一平方メートル当たり三八万七八七五円〔坪当たり約一二〇万円〕)としていた。

(七) その間、原告が現金をいくらか手元に残したいとの要望を出したため、売買面積を一二八坪から131.95坪に増加させることになった。他方、一一〇四番二の土地に建築する賃貸住宅は、当初八戸分であったのを六戸分に規模を縮小することになった。

(八) そして、同年七月一六日に原告と被告間で本件売買契約が締結され、同月一八日に、一一〇四番一の土地から同番五の土地(436.20平方メートル)が分筆された上、右土地につき被告に所有権移転登記手続がなされた。

さらに、同月二六日、原告と被告間で本件賃貸住宅の建築工事につき前記第二の一3(二)の請負契約が締結された。

2  右認定に対し、被告は、被告自身は当初から本件優遇措置を受けるためには売買面積が売買面積を五〇〇平方メートル以上必要であることを認識しており、そのために当初は売買面積を五〇〇平方メートルとすることで話し合いが進んでいたのに、本件優遇措置の適用要件を誤って認識していた井藤が、売買面積を約二〇坪減少させることを申し出た結果、本件優遇措置を受けられなくなったものであると主張し、被告の供述及び被告作成の陳述書(乙二)には右主張に沿う部分が存する。

しかしながら、被告の右供述等は、売買面積を五〇〇平方メートルとすることで契約交渉が進んでいたのに、井藤が約二〇坪減少させることを申し出たという状況がいかにも唐突であり、かつ同人が右程度の面積を売り残そうとした理由も曖昧であり、不自然さを免れない。また、被告の供述等によれば、そのような井藤の唐突な申し出に対し、売らないというのであればやむを得ないとしてさほどの抵抗もせずに受け入れたかのようであるが、被告としては、五〇〇平方メートルの売買面積を希望していたというのであるし、右申し出に対しては、売買面積の減少は本件優遇措置の不適用を招来するとして強力かつ効果的な説得が可能であり、そのような説得があれば井藤が受容しないはずはないと思われる(素人である井藤が本件優遇措置の適用につき、仮に誤った予備知識を有していたとしても、自らの耳学問的な知識に固執して説得に応じないことは考えがたい。被告は、本件優遇措置を受けられなくなることを一応述べたとも供述するが、信用しがたい。)。したがって、さしたる抵抗もなく井藤の唐突な方針変更を受け入れたとする被告の供述等は余りにも不自然である。

また、被告の供述等によれば、本件文書(甲一二)の主要部分は、被告の事務員が井藤に指示されるままに作成したものであるというのであるが、工事費用等の明細を明らかにした記載内容等に照らし、井藤や事務員限りで作成しうるものとは思われず、被告の関与が想定されるし、特に、欄外の「税金 一八、四八、七〇〇」との記載は、前記のとおり被告の自筆であると認められるところ、右数字が、本件優遇措置が受けられることを前提とした場合の一二八坪の土地売買に対する国税及び地方税の合計額に相当することに照らし、被告自身が一二八坪の売買面積でも本件優遇措置の適用が受けられると誤解していたことが窺われる。

なお、前記認定のとおり、本件文書は平成六年三月ころ作成されたものであり、当初は五〇〇平方メートルの売買面積で話が進んでいたとする被告の供述を前提とすれば、被告が右時期に一二八坪の売買面積を前提に収支計算をする理由を見出しがたい。

ところで、前記認定のとおり、平成六年四月二八日付けでなされた国土法の届出においては、売買の対象土地を一一〇四番一の土地一筆(登記簿上の面積五〇五平方メートル、実測面積505.48平方メートル)と表示しているが、これは、当時は売買面積が一二八坪の予定であったものの、未だ確定しておらず増減がありうることを考慮して右土地全体につき届出をなしたものとみることができ(現に、その後131.75坪に増加している。)、右届出における予定価格(坪当たり約一二〇万円)も実際に予定価格(坪当たり八〇万円)から乖離していることを考慮すると、右届出が、その当時に原告と被告間で予定された契約内容を厳密に反映したものとは認めがたく、前記認定を左右するには至らない。

さらに、証人大村哲夫は、今西税理士事務所に勤務する者であるが、平成六年三月ころ、被告から、本件売買に関する課税につき電話で相談を受けた際、被告が五〇〇平方メートルの土地を買い受ける旨述べていたと証言しているが、同時期に被告が作成した本件文書の内容その他前記認定説示に照らしたやすく信用しがたい。のみならず、同証人の証言によれば、同人が、平成七年三月ころ、今西税理士事務所の担当者として原告のために確定申告の処理のため打ち合わせを行った際、被告も、本件売買につき本件優遇措置が受けられるとの話をしていたことが認められる。他方、被告は、本件優遇措置が受けられないことを認識していたが、失礼に当たると思い、そのことを大村哲夫に告げなかったと供述しているが、それ自体不自然である。

なお、被告は、開発許可を原告と被告との共同で申請したのは、もっぱら資力証明の関係である旨供述しているが(たやすく信用しがたい。

以上のとおり、被告の供述及び証人大村哲夫の証言中、前記認定に反する部分は信用しがたく、他に前記認定判断を左右する証拠はない。

3  そこで、右認定事実に照らし検討すると、被告は、市川を通じて原告に土地売買を申し入れた上、原告ないし原告のために折衝した井藤との協議により、自らが買い受ける土地の代金をもって、原告が資金負担なしに自宅の建て替えや賃貸住宅の建築を被告に請け負わせて行うという全体的な計画を立て、その計画を実施すべく、原告との間で本件売買契約や各請負契約を締結したものであり、本件優遇措置の適用の可否は右計画の重要な要素であったと認められる。さらに、被告は、建設業者として、その本来の業務のみならず、これに付随した事項についても相当程度の専門的知識を有するものとして、一般人の信頼を受ける立場にあったものと認められる。したがって、被告は、本件において、本件優遇措置の趣旨や適用要件につき正確な知識を持ち十分に理解した上、原告ないし井藤に正しく説明し、もって右計画を遺漏なく実行できるようにすべき信義則上の注意義務を負っていたものと解するのが相当である。

しかるに、被告は、本件優遇措置を受けるためには売買面積が五〇〇平方メートル以上あることが必要であるのに、これを正解せずに原告と被告とが共同で開発許可を得て開発行為を行えば、売買面積がそれ以下でも本件優遇措置を受けられるものと誤解し、その旨井藤に説明して誤信せしめ、もしくは同人の不正確な予備知識による誤解を助長し、確信に至らしめ、もって原告をして本件優遇措置を受けられない売買に応じさせて損害を被らせたものであるから、被告には契約締結上の過失があり、原告に対し、不法行為による損害賠償義務を負うものといわねばならない。

二  争点2(損害)について

1  前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件売買につき本件優遇措置を受けられないことが事前に判明していれば、原告の所有で残した本件残地の一部(駐車場部分)をもって売買面積が五〇〇平方メートルに不足する分を補うことができ、また、被告も当該部分を買い受けたであろうことが認められる。

そうだとすると、被告の誤った説明がなければ、原告は五〇〇平方メートル以上の土地を被告に売り渡して本件優遇措置を受けることができたものと認められるから、予期に反して本件優遇措置を受けられなかったために負担した納税額が、被告の過失による損害と認めて差し支えない。

被告は、売買面積の不足分約二〇坪を売買していれば、原告は当該土地を失い、かつそれに対する納税義務を負っていたとし、また当該土地が残ったためこれを利用し利益を得ている旨主張するが、逆に、右不足分を売却していればその土地代金から課税分の控除した金額が手取額となり、これを運用して利益を得ることもできたと考えられるから、右の点は、必ずしも損害の減額要素として考慮すべき事情とはいいがたい。

また、被告は、過少申告加算税や延滞税は、確定申告の誤りによるものであり、本件売買自体に起因するものではなく、原告及び担当税理士の責任である旨主張するところ、確かに、右各税は直接には確定申告の誤りに起因するものではあるが、前記認定事実に照らせば、その誤りも、本件売買に当たっての誤解が契機となり、助長されたものといえるから、右の点は、過失相殺の事情として考慮することはともかく、因果関係を否定するものとは認めがたい。

2  しかるところ、前記第二の一5の事実に照らすと、原告が本件優遇措置を受けていれば負担することがなかった納税額は次のとおりであると認められる。

(一) 国税の本税の追加分

一三九五万七七〇〇円

(二) 過少申告加算税

一四七万一五〇〇円

算定方法は別紙計算書の「当裁判所の算定」欄のとおり。なお、同欄⑧の「一二、一〇六、六〇〇」は、確定申告に際し、本件優遇措置の適用を前提にしつつ、経費を適正に申告していれば、納付したであろう税額である。

(三) 延滞税 六八万五〇一四円

原告主張の按分計算による。

(四) 市民税・府民税の追加分

三七二万二〇四〇円

右合計 一九八三万六二五四円

3  過失相殺

被告は、原告ないし井藤に本件優遇措置の適用要件を誤解していたなどの過失があると主張するところ、前記認定事実によれば、井藤は、本件優遇措置につき不正確な知識を有しており、そのため、税務の専門家ではない被告の誤った説明を鵜呑みにして、自ら専門家に確認するなどしなかったものであり、また、確定申告に当たっては、原告の依頼した税理士にも、本件売買につき本件優遇措置が受けられることを前提に確定申告をした過失があり、これは原告側の過失として評価すべきであるところ、本件事案に鑑みれば、過失相殺として原告の前項の損害の三割を減ずるのが相当である。

よって、認容額は、一三八八万五三七七円となる。

三  以上によれば、原告の請求は、被告に対し、不法行為による損害賠償として一三八八万五三七七円及びこれに対する不法行為後(訴状送達の日)である平成一〇年一月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官田中澄夫)

別紙<省略>

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