大阪地方裁判所 平成10年(ワ)2011号 判決 1999年2月19日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1(一) 被告大中久仁子は、原告野澤計一に対し、金一二五〇万円及びこれに対する平成一〇年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被告大中利紗、同大中紳平、同大中貴博及び同大中理恵は、原告野澤計一に対し、各自金三一二万五〇〇〇円及びこれに対する被告大中利紗及び同大中紳平について平成一〇年三月一四日から、同大中貴博及び同大中理恵について同月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2(一) 被告大中久仁子は、原告野澤光子に対し、金一二五〇万円及びこれに対する平成一〇年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被告大中利紗、同大中紳平、同大中貴博及び同大中理恵は、原告野澤光子に対し、各自金三一二万五〇〇〇円及びこれに対する被告大中利紗及び同大中紳平について平成一〇年三月一四日から、同大中貴博及び同大中理恵について同月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
主文同旨。
第二当事者の主張
一 諸求原因
1 当事者
(一) 野澤裕香(以下「裕香」という。)は昭和五一年九月七日生まれであり、原告野澤計一(以下「原告計一」という。)と原告野澤光子の長女である。
(二) 被告大中久仁子(以下「被告久仁子」という。)は、大中宣之(以下「宣之」という。)の妻であり、宣之との間に被告大中利紗(以下「被告利紗」という。)及び被告大中紳平(以下「被告紳平」という。)の二人の子がある。被告大中貴博(以下「被告貴博」という。)及び被告大中理恵(以下「被告理恵」という。)は、宣之と前妻大中敬子との間の子である。
2 事故の発生
裕香は、平成九年六月二一日午前一時三〇分ころ、大阪府豊中市岡上の町一丁目四番一八号所在の宣之方ガレージにおいて、自動車の中で宣之とともに一酸化炭素中毒により死亡した(以下「本件事故」という。)。
3 宣之の責任
宣之は、自動車を自宅ガレージに入れ、シャッターを閉めた場合、エンジンをかけ続けたままで自動車の中にいれば、間もなくガレージ内に排気ガスが充満し、自動車内にも排気ガスが入り込んで自動車内の人間が一酸化炭素中毒になって死亡するおそれがあることを予見し得たはずであり、右のような場合には自動車のエンジンをかけ続けてはならないという注意義務があったといえる。ところが、宣之は、この注意義務に違反して自動車のエンジンをかけ続けたため、一酸化炭素中毒により裕香を死亡させたものである。したがって、宣之は、本件事故による裕香の死亡について過失があるから、民法七〇九条に基づき、裕香及び原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 裕香の逸失利益
裕香の収入は、死亡当時一か月一五万〇〇三九円であった。したがって、裕香の逸失利益は、六〇七八万七四〇〇円である。
一五万〇〇三九円×一七×二三・八三二=六〇七八万七四〇〇円
(二) 原告らの慰謝料
原告らは、裕香の死亡により計り知れない精神的苦痛を被った。この精神的苦痛に対する慰謝料は、原告ら各自について二〇〇〇万円を下ることはないというべきである。
5 相続
(一) 裕香は本件事故により死亡したから、裕香の本件事故に基づく右4(一)の損害賠償請求権は、原告らが各二分の一の割合で相続した。
(二) 右3のとおり、宣之には右4の損害を賠償する義務があったところ、宣之も本件事故により死亡したから、宣之の右損害賠償義務は被告らが相続した。右4の損害のうち、原告ら各自二五〇〇万円分について、相続割合で按分すると、被告久仁子が一二五〇万円の、その余の被告らが各三一二万五〇〇〇円の賠償義務を負うことになる。
6 よって、原告らは、不法行為に基づく損害賠償として、それぞれ、被告久仁子に対し、一二五〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一〇年三月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の被告らに対し、各自三一二万五〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後である被告利紗及び同紳平について平成一〇年三月一四日から、同貴博及び同理恵について同月一二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否(被告ら)
1 請求原因1の事実のうち、(一)は不知。(二)は認める。
2 請求原因2の事実のうち、死亡時刻及び死亡原因は不知。その余は認める。
3 請求原因3ないし5の各事実は否認する。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これらを引用する。
理由
一 請求原因1の事実のうち、(一)は証拠(甲一)により認めることができ、(二)は当事者間に争いがない。
二 請求原因2の事実は、死亡時刻及び死亡原因を除き、当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、証拠(甲五、六、乙二の1ないし17、三、証人藤原薫、同大中博和)によれば、請求原因2の事実を認めることができる。
三 請求原因3について
1 証拠(甲五、六(一部)、乙一の1ないし11、二の1(一部)、二の2ないし17、三、証人藤原薫、同大中博和、原告計一)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、甲第六号証及び乙第二号証の1中この認定に反する部分は前掲各証拠に照らし信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 平成九年六月二一日午前一時三五分ころ、大阪府豊中警察署に、市立豊中病院の職員から、病院の南側の家で非常ベルが鳴っている旨の通報があり、警察官である藤原薫(以下「藤原」という。)が部下とともに、豊中市岡上の町一丁目四番一八号所在の宣之方に赴いた。宣之方に外観上異常は認められなかったものの、非常ベルのような音は鳴り続けており、敷地内にも入れなかったので、藤原らは、宣之の父大中博和(以下「博和」という。)に電話で連絡を取った。そして、藤原らは、博和とともに駆け付けた同人の妻に宣之方一階にあるガレージ(以下「本件ガレージ」という。)の表シャッターを開けてもらい、同日午前二時ころ、博和らと一緒に本件ガレージ内に入った。
(二) そこで、藤原らは、本件ガレージ内に駐車されていた自動車(登録番号・熊本五一に六五九二、以下「本件自動車」という。)内に、宣之と裕香を発見した。二人は眠っているような状態であり、異常を感じた博和は、直ちに宣之の人工呼吸を開始した。その後、宣之と裕香は、市立豊中病院に搬送され、蘇生術が試みられたものの、宣之は、平成九年六月二一日午前三時一五分、裕香は、同日午前四時一八分、それぞれ死亡が確認された。同月二三日、大阪大学医学部法医学教室の医師により司法解剖が行われ、宣之と裕香の死因は、いずれも酸素欠乏による窒息と判断された。裕香の死体検案書の死亡の原因欄中には「急性死の所見 血液一酸化炭素ヘモグロビン濃度9%」との記載がある。
(三)(1) 平成九年六月二一日、本件自動車内で発見された時、宣之は、リクライニングシートを半分ほど傾けた運転席に座っており、頭は仰向けで手をだらりと下げていた。裕香は、リクライニングシートを全部倒した助手席に仰向けに横たわっていたが、外傷は認められず、着衣の乱れもなかった。
(2) 右発見時、本件自動車は、ドアが閉められており密閉状態であった。エンジンキーが差し込まれた状態であったが、エンジンは停止していた。車内灯は消えており、エアコンは「ON」の状態で外気を取り入れる位置にセットされていた。助手席側のドアは施錠されていなかった。
(3) 右発見時、本件ガレージ東側にある鉄製片開き戸(二階の台所に階段で通じている。)は施錠されていた(本件ガレージには、この片開き戸と前面シャッター部以外に出入口はない。)。本件ガレージ内は、照明が消されており、排気ガスの臭いがかすかに漂っていた。
(4) 前記通報時に鳴っていた非常ベルのような音は、宣之方二階の台所に設置されていた警報器によるものであった。
2 右1で認定した事実を総合すると、本件自動車のエンジンがかけられたままであったため、そのうち密閉された本件ガレージ内に排気ガスが充満し、それが本件自動車内にも入り込んで、宣之と裕香は一酸化炭素中毒に罹って死亡に至ったと推認することができる。
しかし、宣之と裕香が、密閉された本件ガレージ内において、本件自動車のエンジンをかけたままの状態で留まっていた理由については、本件全証拠によっても特定することはできない。また、宣之が運転席に座っていたことから、直ちに、宣之の意思により本件自動車のエンジンをかけたままの状態で本件ガレージ内に留まっていたと推認することもできず(なお、裕香も運転免許を持っている(原告計一)。)、結局、本件自動車のエンジンをかけたままの状態で本件ガレージ内に留まっていたことが宣之の過失行為に基づくものであると認定し得る具体的事情が明らかでないというほかない。
四 結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大野正男)