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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)2117号 判決 1998年10月30日

原告

境悦子

右訴訟代理人弁護士

岡島嘉彦

被告

株式会社丸一商店

右代表者代表取締役

戎野喜晴

右訴訟代理人弁護士

須田政勝

主文

一  被告は、原告に対し、六五万三九〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、一四五万六六〇〇円及びこれに対する平成九年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に解雇されたとして、被告に対し、解雇予告手当及び退職金を請求した事案である。これに対し、被告は、原告は解雇されたのではなく任意退職したのであり、退職金については、被告には退職金規定はなく、事務引継を行って円満に退職した者に対し恩恵的に退職金を支給するものに過ぎないところ、原告は事務引継をせずに勝手に退職したので支払義務はないとして、これらを争っている。

したがって、争点は、<1>原告が解雇されたか否か(以下「争点1」という。)、<2>原告に退職金請求権があるか、あるとしてその額はいくらか(以下「争点2」という。)である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成二年五月三一日被告に雇用され、以後事務員として勤務し、平成九年九月末日退職した(退職が解雇によるものか否かは争いがある。)。

2  被告には退職金規定は存在せず、中小企業退職金共済法に基づく退職金共済制度(以下「中退金制度」という。)その他の退職金共済制度にも加入していない。

二  原告の主張

1  争点1について

原告は、平成九年五月ころまでは、残業することがあっても残業手当等を請求することはしなかったが、同年六月からは、残業時間が多くなったため、これを請求すると(ママ)とし、被告もこれを了承した。しかしながら、同年九月末日、被告代表者である戎野喜晴(以下「戎野」という。)は、原告に対し、「今後残業代は支払えない。」旨申し渡し、原告がこれを受け入れなかったところ、一方的に原告を解雇した。

したがって、被告は、原告に対し、原告の一か月分の賃金額である二三万円の解雇予告手当を支払う義務がある。

2  争点2について

(一) 被告は、職業安定所に提出した求人票に、「退職金有り」「退職金共済に加入」と明示して従業員を募集し、原告は、右求人票を見て被告に応募し、採用されたものである。そして、採用に際しては、右求人票記載の条件と異なった条件を示されたことはなく、戎野も「二年勤めたら三年目から退職金が出るから。」と述べていたのであるから、原告と被告の間では、退職金を支給することが労働契約の内容となっていたというべきである。

(二) しかしながら、被告は、現実には退職金規定を作成しておらず、退職金共済制度にも加入していなかったのであるから、原告の退職金の額は、同規模の中小企業の平均的な退職金の金額又は中退金制度による退職金に準じた金額と解すべきである。

そして、一般的に、同規模の中小企業における平均的な退職金としては、退職時の基本給に勤続年数を乗じた金額が認められていると解されるから、原告の退職金は、退職時の基本給二三万円に五年四か月(なお、原告の勤続年数は七年四か月であるが、三年目から退職金が支払われる旨の約定があったので、二年を減じ、五年四か月とする。)を乗じた額である一二二万六六〇〇円と定めるのが相当である。また、仮に、かかる計算方法を採用することができなくとも、中退金制度において、掛金を中位の一万四〇〇〇円として原告の退職金を算出すると、一四九万八〇〇〇円となるから、原告は、この金額の退職金を請求することができると解すべきである(なお、その場合も、前記一二二万六六〇〇円の限度で請求する。)。

三  被告の主張

1  争点1について

被告は、原告を解雇したことはない。被告は、原告が定時内で仕事を終えることができないと申し入れたことから、平成九年六月以降残業手当を支払っていたが、その後新規に事務員を二名雇用したにもかかわらず、なおも原告が残業を行うため、被告代表者は、同年九月末ころ、原告に対し、残業の必要はないのではないかと問いただしたところ、原告は、「本日限り辞めさせていただきます。」と述べて自ら退職したのである。

2  争点2について

原被告間の退職金に関する約定は、三年以上勤務し、かつ懲戒解雇事由に該当するような非行がなく、事務引継もきちんと行った者に対し支払うというもので、その額も一〇万ないし二〇万円程度が想定されていた。しかるに、原告は、事務引継も行わず突然退職したのであるから、退職金を支給することはできない。

また、仮に原告に退職金請求権があるとしても、原告が主張する額は何らの根拠がない。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点1(原告が解雇されたのか否か)について

1(ママ) 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、平成九年九月二九日、戎野は、原告に対し、「新しい事務員も雇ったことだし、残業をやめてくれ。残業を付けるならその分ボーナスから差し引く。」旨告げたこと、原告がこれに難色を示すと、戎野は、翌九月三〇日、「来月から残業代は支払えない。残業を付けないか、それがいやなら辞めてくれ。」と告げたこと、原告は、これに対し、同日即座に「それでは辞めさせてもらいます。」と言って退職の意思表示をしたことが認められる(なお、被告は、残業する必要はないのではないかと問いただしただけであると主張するが、<証拠・人証略>に弁論の全趣旨を総合すると、戎野の発言は、「今後は残業を付けるな。」との趣旨のものであったと認めるべきである。)。

以上の事実によれば、原告は、戎野が今後残業代は支払えないと告げたのに対し、それではやっていけないと考え、自ら退職の意思表示をしたものと一応はいうことができる。しかしながら、戎野の発言は、残業手当の請求権を将来にわたり放棄するか退職するかの二者択一を迫ったものであって、かかる状況で原告が退職を選んだとしても、これはもはや自発的意思によるものであるとはいえないというべきであり、右戎野の発言は、実質的には、解雇の意思表示に該当するというべきである。かように解しないと、使用者は、従業員に対し、労基法に違反する労働条件を強要して退職を余儀なくさせることにより、解雇予告手当の支払を免れることができることになり、相当でないからである。

したがって、被(ママ)告は、原(ママ)告に対し、二三万円の解雇予告手当を請求することができる(なお、原告の退職時の給与が月額二三万円であったことは、弁論の全趣旨により認める。)。

二  争点2(原告の退職金請求権の有無及びその額)について

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば、被告が職業安定所に対し提出した求人票(<証拠略>)には「退職金有り」との記載があり、また、加入保険等の欄の「退職金共済」の文字に丸印がされていること、原告は、職安において右求人票を見て被告に応募し、面接を経て採用されたこと、採用に際し、求人票と異なった労働条件等の説明は全くなかったこと、原告が勤務を開始してからしばらくたって、戎野は、原告に対し、「二年以上勤務すれば三年目から退職金が出るから頑張って仕事をするように。」との趣旨の発言をしたことが認められる。

ところで、求人票は、求人者が労働条件を明示したうえで求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は、当然に求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解すべきである。そして、前記認定の事実に照らせば、原告と被告の間で雇用契約締結に際し別段の合意がされた事実は認められず、戎野も退職金を支払うことを前提とした発言をしていることに鑑みると、本件雇用契約においては、求人票記載のとおり、被告が退職金を支払うことが契約の内容になっていたと解される。

2(一)  もっとも、かように解するとしても、退職金の額については、求人票に額又は支給基準が明示されているわけではないから、その具体的内容は雇用契約締結時の当事者間の合意に委ねられていると解すべきであり、かかる合意が認められない本件では、退職金の額を確定することは本来は不可能であるというほかはない。しかしながら、本件では、求人票に退職金共済制度に加入することが明示されているのであるから、被告は、退職金共済制度に加入すべき労働契約上の義務を負っていたというべきであり、原告は、被告に対し、少なくとも、仮に被告が退職金共済制度に加入していたとすれば原告が得られたであろう退職金と同額の退職金を請求する労働契約上の権利を有するというべきである。かように解しないと、退職金共済制度に加入することが雇用契約の内容になっていたにもかかわらず、被告がこれを怠ったことによって、事実上退職金の支払を免れることになり、相当でないからである。そして、退職金共済制度としては、明示がない限り、中退金制度を指すものと解すべきである。この点について、被告は、求人票に記載された退職金共済制度は、商工会議所の共済制度を想定したものであると主張する。しかしながら、(証拠略)によれば、商工会議所の共済制度の方が最下限の退職金額が低く、原告に不利であると(ママ)が認められるところ、退職金共済制度に加入しなかったことにつき責任がある被告を利するのは相当でないので、原告に有利な中退金制度を前提とすべきである。

なお、この点について、原告は、平均的な労働関係を前提とした退職金の計算方法に準拠すべきであるとして、(証拠略)を援用するが、これらは、退職金規定の一例ないしはひな形に過ぎないものと認められ、被告においてこれらの基準を適用すべき根拠がない。

(二)  右見地から検討すると、掛金を自由に設定できる中退金制度においては、現実に加入していなかった以上、加入していた場合の退職金を仮定することは本来は不可能であるが、少なくとも、中小企業退職金共済法における最下限の掛金によって計算した退職金については、被告に支払義務があるということができる。

そこで、原告の入社時に被告が最下限の掛金を支払って中退金制度に加入したと仮定し、平成二年六月当時の中退金法による掛金の最低額が三〇〇〇円であり、その後の法改正により、最低額が平成三年一二月以降四〇〇〇円、平成七年一二月以降五〇〇〇円に引き上げられたことは当裁判所に顕著であるので、原告についても、これに従って掛金が推移したものと仮定し、原告の退職金を計算すると、別紙計算式のとおり、四二万三九〇〇円となる(なお、掛金については、法改正のつど猶予措置が設けられているが、被告に猶予措置による利益を享受させるのは相当でないので、改正法の施行時に掛金が引き上げられたものとして計算した。また、平成七年改正においては、附則及び中小企業退職金共済法の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置に関する政令による経過措置を考慮して計算した。ただし、付加退職金は考慮しない。)。

3  なお、被告は、原告が事務引継をせずに退職したことが、退職金不支給事由に該当する旨主張する。しかしながら、中退金制度に基づく退職金は、労働大臣の除外認定がない限り無条件に支給されるものである。また、前記のとおり原告の退職は被告の解雇によるものと解すべきであるから、原告に引継の義務があったとはいえない。さらに、証拠(<証拠・人証略>)によれば、原告が退職したころは事務員は三名いたため、原告が退職しても直ちに事務に重大な支障をきたしたことはなく、せいぜい最初のうちは帳簿の置き場所やコンピュータの操作方法が分からなかった程度であることが認められるから、実質的に見ても、原告が事務引継を行わなかったことが、退職金請求権を失わせるほど重大な非違行為であるとは到底認められない。

三  結論

以上の次第であるから、原告の請求は、被告に対し、解雇予告手当として二三万円及び退職金として四二万三九〇〇円の計六五万三九〇〇円並びに遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は棄却することとする。

(裁判官 谷口安史)

別紙

1 七年改正における経過措置

(1) 掛金3000円部分(平成2年6月~平成8年3月) 換算月数4月

(2) 掛金1000円部分(平成3年12月~平成8年3月) 換算月数3月

(3) 掛金1000円部分(平成7年12月~平成8年3月) 換算月数0月

2 退職金の計算

(1) 掛金3000円部分(平成2年6月~平成9年9月:88月+4月=92月)

10980×3000/100=329400

(2) 掛金1000円部分(平成3年12月~平成9年9月:70月+3月=73月)

8370×1000/100=83700

(3) 掛金1000円部分(平成7年12月~平成9年9月:22月)

10800

3 退職金の額

32万9400+8万3700+1万0800=42万3900

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