大阪地方裁判所 平成10年(ワ)3665号 判決 2000年5月24日
原告 株式会社整理回収銀行訴訟承継人 株式会社 整理回収機構
右代表者代表取締役 鬼追明夫
右代理人支配人 中島馨
右訴訟代理人弁護士 藤木久
同 近藤剛史
同 宮島繁成
同 三木俊博
被告 佐藤龍治
<他5名>
右被告六名訴訟代理人弁護士 瀧賢太郎
同 杉山博夫
被告 佐藤彰彦
<他1名>
右被告二名訴訟代理人弁護士 濱口廣久
同 草尾光一
同 桑原豊
右復代理人弁護士 福田正
主文
一 被告佐藤龍治、被告佐藤龍彦、被告佐藤彰彦、被告阿南國喜は、原告に対し、連帯して、金二億〇二八六万〇六三七円及びこれに対する平成一〇年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告佐藤龍彦と被告佐藤みどりが平成九年一一月一九日に行った別紙物件目録記載一の建物の五七分の三八の共有持分の贈与契約を取り消す。
三 被告佐藤みどりは、別紙物件目録記載一の建物について、別紙登記目録記載一の登記の抹消登記手続をせよ。
四 被告佐藤龍彦と被告佐藤顕が平成九年一一月一九日に行った別紙物件目録記載一の建物の五七分の一の共有持分の贈与契約を取り消す。
五 被告佐藤顕は、別紙物件目録記載一の建物について、別紙登記目録記載二の登記の抹消登記手続をせよ。
六 被告佐藤龍彦と被告佐藤啓が平成九年一一月一九日に行った別紙物件目録記載一の建物の五七分の一の共有持分の贈与契約を取り消す。
七 被告佐藤啓は、別紙物件目録記載一の建物について、別紙登記目録記載二の登記の抹消登記手続をせよ。
八 被告佐藤彰彦と被告佐藤悦子が平成九年二月一七日に行った別紙物件目録記載二の物件の贈与契約を取り消す。
九 被告佐藤悦子は、別紙物件目録記載二の物件について、別紙登記目録記載三の登記の抹消登記手続をせよ。
一〇 被告佐藤彰彦と被告佐藤悦子が平成九年三月三日に行った金一〇〇〇万円の贈与契約を取り消す。
一一 被告佐藤悦子は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
一二 原告のその余の請求を棄却する。
一三 訴訟費用は被告らの負担とする。
一四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告佐藤龍治、被告佐藤龍彦、被告佐藤彰彦、被告阿南國喜は、原告に対し、連帯して、金二億〇二八六万〇六三七円及び内金三〇〇〇万円に対する昭和六二年三月一八日から、内金一〇〇〇万円に対する昭和六二年六月四日から、内金五〇〇〇万円に対する平成元年一二月五日から、内金五〇〇〇万円に対する平成元年一二月二九日から、内金六二八六万〇六三七円に対する平成四年四月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 主文第二ないし第一〇項と同旨。
三 被告佐藤悦子は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、三福信用組合の理事であった被告佐藤龍治、被告佐藤龍彦、被告佐藤彰彦が、三福信用組合の理事としての善管注意義務に違反して、有限会社サンライズに回収の見込のない融資をし、同社の事実上の倒産によって右融資が事実上回収不能となり、三福信用組合に損害を与えたとして、三福信用組合から事業譲渡又は債権譲渡によって損害賠償請求権を譲り受けた株式会社整理回収銀行を合併した原告が、被告佐藤龍治、被告佐藤龍彦、被告佐藤彰彦に対して、理事としての善管注意義務違反又は不法行為に基づく損害賠償を請求し、被告佐藤龍彦から建物の共有持分の贈与を受けた被告佐藤みどり、被告佐藤顕及び被告佐藤啓に対し、債権者取消権に基づき、各贈与契約の取消と持分一部移転登記の抹消登記手続を求め、被告佐藤彰彦からマンションの贈与を受けた被告佐藤悦子に対し、債権者取消権に基づき、贈与契約の取消、所有権移転登記の抹消登記手続を求め、また同被告が被告佐藤彰彦から一〇〇〇万円の贈与を受けたとして、同様に債権者取消権に基づき右贈与の取消と一〇〇〇万円の返還を求め、有限会社サンライズの代表取締役であった被告阿南國喜に対し、返済ができないことを知りながら、被告佐藤龍治、被告佐藤龍彦、被告佐藤彰彦と共謀して三福信用組合から巨額の融資を受け、右融資を株式投資に使用し、有限会社サンライズを事実上倒産させて、右融資の返済を事実上不能にし、三福信用組合に損害を与えたとして、有限会社法三〇条の三第一項又は不法行為に基づき損害賠償を請求する事案である。
一 争いのない事実等
1 当事者等
(一) 関係者
(1) 三福信用組合
三福信用組合は、組合員に対する資金の貸付等の事業を行う信用組合であったが、大阪府知事から平成八年一一月八日に業務一部停止命令を、次いで平成九年四月一五日に解散命令を受け、現在清算手続中である(《証拠省略》)。
(2) 株式会社整理回収銀行(以下「整理回収銀行」という。)
整理回収銀行は、破綻した金融機関の不良債権などを譲り受けてその管理回収等を行う株式会社である。
(3) 有限会社サンライズ(以下「サンライズ」という。)
サンライズは、昭和五四年六月二八日に資本金二〇〇万円(平成八年三月に三〇〇万円に増額)で設立された不動産の売買、仲介、管理及び信用保証業務等を目的とする有限会社であり(《証拠省略》)、現在は営業を停止している。
(二) 原告
原告は、破綻した金融機関から買い取った資産の管理、回収及び処分等を業とする株式会社で、平成一一年四月一日、整理回収銀行を吸収合併した。
(三) 被告ら
(1) 被告佐藤龍治(以下「被告龍治」という。)
被告龍治は、昭和三三年五月二二日に三福信用組合の理事長に就任し、平成八年一一月八日に辞任するまでその地位にあった。
(2) 被告佐藤龍彦(以下「被告龍彦」という。)
被告龍彦は、被告龍治の長男であり、昭和四九年一〇月二九日に三福信用組合の常務理事に就任し、次いで平成元年五月一三日に専務理事に就任し、平成八年一二月二五日に辞任するまでその地位にあった。
(3) 被告佐藤彰彦(以下「被告彰彦」という。)
被告彰彦は、被告龍治の次男であり、昭和四八年五月二四日に三福信用組合の常務理事に就任し、平成八年一一月八日に辞任するまでその地位にあった。
(4) 被告佐藤みどり、被告佐藤顕、被告佐藤啓(以下それぞれ、「被告みどり」、「被告顕」、「被告啓」といい、右三名をあわせて「被告みどりら三名」という。)
被告みどりは被告龍彦の妻、被告顕及び被告啓は被告龍彦の子である。
(5) 被告佐藤悦子(以下「被告悦子」という。)
被告悦子は、被告彰彦の妻である。
(6) 被告阿南國喜(以下「被告阿南」という。)
被告阿南は、被告みどりの父であり、昭和六一年五月二六日サンライズの代表取締役に就任し、現在まで引き続きその地位にある(《証拠省略》)。
2 三福信用組合のサンライズに対する貸付
(一) 三福信用組合はサンライズに対し、手形貸付の方法により、株式購入資金として次のとおり金員を貸し付け、サンライズは、右借入金を株式投資に用いた(ただし(2)の一部については不動産取得費用として借入れ、《証拠省略》)。
(1) 昭和六二年三月一八日 三〇〇〇万円
(2) 昭和六二年六月四日 二五〇〇万円
(3) 平成元年一二月五日 五〇〇〇万円
(4) 平成元年一二月二九日 五〇〇〇万円
(5) 平成四年四月三日 一億八〇〇〇万円
(以下右貸付をそれぞれ「本件貸付(1)、(2)、(3)、(4)、(5)」といい、一括しては「本件貸付」という。)
(二) 本件貸付は数回にわたって手形の書替えがされたが、最後の手形書替えの際に定められた弁済期はいずれも平成九年二月二〇日である。
平成九年一〇月二日時点における弁済充当前の本件貸付(1)の残金は三〇〇〇万円、同(2)の残金は一〇〇〇万円、同(3)の残金は五〇〇〇万円、同(4)の残金は五〇〇〇万円、同(5)の残金は一億八〇〇〇万円、以上合計三億二〇〇〇万円(いずれも元金のみ)であった。
(《証拠省略》)
3 本件貸付への被告龍治ら三名の関与
(一) 被告龍治は、三福信用組合の理事長として、融資などを含む業務執行の最高責任者であったが、同時に三福信用組合の融資規定による高額融資の最終決裁権者として本件貸付を含む融資に直接関与していた。
(二) 被告龍彦は、常務理事に就任した昭和四九年一〇月二九日以降、貸付審査会の構成員として本件貸付を含む融資審査に直接関与していた。
(三) 被告彰彦は、常務理事に就任した昭和四八年五月二四日以降、融資を含む業務一般に関与していた。
4 三福信用組合の整理回収銀行への事業譲渡及び損害賠償請求権の譲渡
(一) 整理回収銀行は、平成九年三月三日、三福信用組合との間で、同年四月二一日をもって、三福信用組合の事業全部(本件貸付債権及び被告龍治、被告龍彦、被告彰彦、被告阿南に対する損害賠償請求権を含む。)を譲り受ける旨の事業譲渡契約を締結した(甲六)。
(二) また、整理回収銀行は、平成一一年三月一六日、三福信用組合との間で、三福信用組合が被告龍治、被告龍彦、被告彰彦及び被告阿南に対して有する損害賠償請求権を譲り受ける旨の契約を締結した(《証拠省略》)。
5 被告龍彦の被告みどりら三名に対する不動産持分権の贈与
(一) 被告龍彦は、平成九年一一月一九日、被告みどりに対し、別紙物件目録記載一の建物(以下「本件物件一」という。)の共有持分五七分の三八を、被告顕及び被告啓に対し本件物件一の共有持分各五七分の一をそれぞれ贈与し(以下一括して「本件贈与一」という。)、別紙登記目録記載一及び二の各持分一部移転登記をした(甲三五)。
(二) 被告龍彦は、本件贈与一当時、右贈与にかかる本件物件一の共有持分以外にめぼしい財産を有していなかった(弁論の全趣旨)。
6 被告彰彦の被告悦子に対する不動産の贈与等
(一) 被告彰彦は、平成九年二月一七日、被告悦子に対し別紙物件目録記載二の物件(以下「本件物件二」という。)を贈与し(以下「本件贈与二」という。)、別紙登記目録記載三の所有権移転登記をした(甲二九)。
(二) 被告彰彦は、同年三月三日、所有していた奈良市《番地省略》所在の土地及び地上建物(以下「学園大和町物件」という。)を売却し、右売却代金のうち一〇〇〇万円を被告悦子の第一勧業銀行阿倍野橋支店の普通預金口座に入金した(《証拠省略》)。
(三) 被告彰彦は、本件贈与二当時、本件物件二と学園大和町物件以外にめぼしい財産を有しておらず、また(二)の売却当時、学園大和町物件以外にめぼしい財産を有していなかった(弁論の全趣旨)。
二 争点
1 本件貸付に関し、被告龍治ら三名の行為について三福信用組合の理事としての善管注意義務違反の有無、不法行為の成否。
(原告の主張)
(一) 本件貸付には以下のような問題点がある。
(1) 本件貸付(1)について
ア 当時、サンライズに対する融資残高合計二一七九万円が滞納していたのに、さらに追加して貸付をした。
イ 当時の融資残高二一七九万円に対し、担保は評価額二二〇〇万円の土地建物しか存在しなかったのに、新たな物的担保も保証人も要求することなく貸付を行った。
ウ 当時サンライズが営業利益により債務を返済することは困難であった。
エ 本件貸付(1)の融資目的は、株式投資資金の供与であるが、株式投資は賭博性が高いから、本来右目的での融資はするべきではない。
(2) 本件貸付(2)について
ア 当時、サンライズに対する融資残高合計一億二一七三万円が滞納していたのに、さらに追加して貸付をした。
イ 当時の融資残高一億二一七三万円に対し、担保は評価額二二〇〇万円の土地建物と定期預金一〇〇〇万円しか存在せず、大幅な担保不足になっていたのに、新たな物的担保も保証人も要求することなく貸付を行った。
ウ 協同組合による金融事業に関する法律六条一項、銀行法一三条一項(以下「銀行法一三条一項等」という。)は金融機関が、同一人に対して融資できる与信限度額を定めており、これによると、右貸付当時のサンライズに対する与信限度額は九〇九一万四九二二円であったのに対し、融資残高額が一億二一七三万円に達していたにもかかわらず、さらに追加して貸付を行った。
エ 本件貸付(1)についてのウ、エと同じ。
(3) 本件貸付(3)について
ア 当時、サンライズに対する融資残高合計一億九五〇〇万円が滞納していたのに、さらに追加して貸付をした。
イ 当時の融資残高一億九五〇〇万円に対し、担保は評価額六〇五〇万円の株式と定期預金一〇〇〇万円しか存在せず、大幅な担保不足になっていたのに、新たな物的担保も保証人も要求することなく貸付を行った。
ウ 当時のサンサイズに対する与信限度額は一億一五〇八万六二三四円であったのに対し、融資残高が一億九五〇〇万円に達していたにもかかわらず、さらに追加して貸付をした。
エ 本件貸付(1)についてのウ、エと同じ。
(4) 本件貸付(4)について
ア 当時、サンライズに対する融資残高合計二億四五〇〇万円が滞納していたのに、さらに追加して貸付をした。
イ 当時の融資残高二億四五〇〇万円に対し、担保は評価額五七七五万円の株式と定期預金一〇〇〇万円しか存在せず、大幅な担保不足になっていたのに、新たな物的担保も保証人も要求することなく貸付を行った。
ウ 当時のサンライズに対する与信限度額は一億一五〇八万六二三四円であったのに対し、融資残高が二億四五〇〇万円に達していたにもかかわらず、さらに追加して貸付をした。
エ 本件貸付(1)についてのウ、エと同じ。
(5) 本件貸付(5)について
ア 当時、サンライズに対する融資残高合計四億〇六〇〇万円が滞納していたのに、さらに追加して貸付をした。
イ 当時の融資残高四億〇六〇〇万円に対し、担保は評価額一億六七一〇万円の株式と定期預金一〇〇〇万円しか存在せず、大幅な担保不足になっていたのに、新たな物的担保も保証人も要求することなく貸付を行った。
ウ 当時のサンライズに対する与信限度額は一億九九三〇万五〇三九円であったのに対し、融資残高が四億〇六〇〇万円に達していたにもかかわらず、さらに追加して貸付をした。
エ 本件貸付(1)についてのウ、エと同じ。
(二) 被告龍治ら三名とサンライズとの関係
サンライズは、三福信用組合の信用組合取引に伴う保険などによって生じる利益を三福信用組合とは別に取得する目的で、被告龍彦が中心になって設立した会社であり、被告龍治ら三名は、昭和六一年五月二六日に被告阿南をサンライズの代表取締役に就任させたうえ、三福信用組合からサンライズに融資し、サンライズの名義で株式投資や不動産投資を行っていた。
(三) 被告龍治ら三名の責任
(1) 信用組合は、協同組合として組合員(出資者)の利益を図ることはもちろん、多数の預金者から預託された資金を安全に運用しなければならず、また、信用組合の持つ地域経済に対する大きな影響力からも組合財産の安全な運用に努めなければならない。そのため、融資にあたっては、回収の安全性の原則が厳守されなければならない。
そして、融資を担当する役職員は、融資に関して、債権回収の安全性に問題がないか審査する必要があり、審査の際には資金使途の妥当性、返済能力、返済資金、担保力、企業の信用力等の事項に留意しなければならない。
ところが、本件貸付には、前述のように、①めぼしい資産がほとんどなく、毎年の赤字と巨額の借入金によって多額の累積債務を負っていたサンライズに対して、無担保ないしそれに近い大幅な担保割れの状態で巨額の融資を行った、②株式投資目的の融資であるため、サンライズが株式投資で利益を得なければ返済の可能性がなく、極めて危険であるうえ、サンライズには株式投資に関する特別な知識も情報源もなかった、③危険な融資であるにもかかわらず、三福信用組合は通常の金利しか得ることができず、三福信用組合にとって極めて不利な融資であった、④サンライズへの融資は、資金量や営業利益の乏しい三福信用組合の財産的基盤に大きな影響を及ぼした、⑤被告龍治ら三名がサンライズへの融資により自己の個人的な利益を得ようとしたという問題点がある。
(2) 被告龍治の善管注意義務違反
被告龍治は、本件貸付の際、三福信用組合の理事長として業務執行の最高責任者たる地位にあり、融資について最終決定権を有していたのみならず、三福信用組合の大口与信案件を審査する貸付審査会の構成員として、本件貸付についても直接の審査権限を有していた。
ところが、龍治は、(1)①から⑤のような問題点があることを熟知しながら、本件貸付を実行した。
被告龍治の右行為は、理事としての善管注意義務に反するものである。
(3) 被告龍彦の善管注意義務違反
被告龍彦は、(1)①から⑤のような問題点があることを熟知しながら、三福信用組合本店営業部に対してサンライズに融資するように指示し、本件貸付を実行させ、かつ貸付審査会の構成員として、本件貸付を承認した。
被告龍彦の右行為は、理事としての善管注意義務に反するものである。
(4) 被告彰彦の善管注意義務違反
被告彰彦は、三福信用組合の第三位の上位理事者として融資を含む業務執行全般に重い監督権限及び責任を有しており、かつ貸付審査会の構成員として本件貸付について直接の審査権限を有していた。
ところが、被告彰彦は、(1)①から⑤のような問題点があることを熟知しながら、被告龍治や被告龍彦らとともに本件貸付を積極的に推進し、そうでなくとも右貸付の実行を許諾又は黙認していた。
被告彰彦の右行為は、理事としての善管注意義務に反するものである。
(5) 被告龍治ら三名の不法行為責任
右(2)ないし(4)で述べた被告龍治ら三名の行為は、社会的に許容され得ない違法な行為であり、三福信用組合に対する不法行為となる。
(被告龍治及び被告龍彦の主張)
次に述べるように、被告龍治及び被告龍彦について、本件貸付に関し、理事としての善管注意義務に反する点はなく、不法行為責任を負うこともない。
(一) 三福信用組合は、本件貸付金でサンライズが購入した有価証券をそのまま担保として提供させ、有価証券の売却が切迫している場合には、現実の提供はさせなくとも、売却代金を専ら本件貸付金及び利息の返済に充当させる措置をとっていたから、本件貸付は、原告の主張するような無担保もしくは担保不足による融資ではなく、したがって保証人を付ける必要はなかった。
(二) 本件貸付は、それによって購入した有価証券の売却代金及び利益による返済を条件として行われたものであって、サンライズの営業収益からの返済を条件としたものではないから、融資の判断にあたってサンライズの営業成績等をさほど考慮する必要はない。
(三) 金融機関が株式投資の目的のため融資を行うことは何ら不合理ではない。
(四) 三福信用組合は、いわゆる「三福イズム」すなわち、物的担保が不十分であっても、信用できる組合員に対しては融資を行うという経営方針に基づいて経営されており、サンライズの代表取締役である被告阿南は信用するに足りる人物であったから、「三福イズム」に従って実行した本件貸付に違法性はない。
(五) 銀行業法一三条一項等に定める与信限度額は例外を認めないものではないから、与信限度額を超える貸付をしたことが直ちに違法になるものではない。
(六) 被告龍治ら三名が本件貸付に関し、私的な利益を得た事実はない。
(被告彰彦の主張)
被告彰彦は、三福信用組合の常務理事の地位にあったが、その職務内容は一貫して総務畑であり、融資の担当責任者になったことはない。被告彰彦は、サンライズの設立、運営について全く関与しておらず、本件貸付についても、本店営業部の責任者や審査部の審査を経、書面上の不備や不審な点が存在しなかったことから、これを承認したにとどまる。ちなみに、三福信用組合では、融資については、各営業店の責任者や審査部の審査を経た案件が常務理事に回ってくるのであるが、この書類を審査し、不審な点がなければこれを認めるのが常態であった。
したがって、被告彰彦は、善管注意義務違反や不法行為による損害賠償責任を負わない。
2 被告龍治ら三名の行為と損害との因果関係及び損害の額について
(原告の主張)
(一) 本件貸付の平成九年一〇月二日時点における本件貸付の融資残高(元金のみ)は、前記(第二の一2(二))のとおり、合計三億二〇〇〇万円であったところ、整理回収銀行は、同日にサンライズ所有の株式に設定した担保権を実行し、売買代金合計二億〇四六三万九三六三円のうち一億一七一三万九三六三円を本件貸付(5)の弁済に充当したので(残余はサンライズに対する本件貸付以外の債権に充当)、本件貸付(5)の残額は、六二八六万〇六三七円となり、本件貸付の残額は合計二億〇二八六万〇六三七円となった。
(二) サンライズは、本件貸付の担保として提供したゴルフ会員権及び大阪市中央区《番地省略》の土地を有するものの、いずれもが換価性が乏しく、その他にめぼしい財産もなかった。
したがって、平成九年一〇月二日に(一)のとおり担保権を実行した後、本件貸付のうち二億〇二八六万〇六三七円が回収不能となった。右金額が被告龍治ら三名の善管注意義務違反又は不法行為により三福信用組合が被った損害である。
(被告龍治、被告龍彦の主張)
担保として提供された株式の処分がサンライズに委ねられていたならば、サンライズは、株式相場の経緯を見ながら適切な時期に右株式を売却し、整理回収銀行が右株式の売却によって本件貸付の弁済に充当した額よりも多い額を弁済することができた。
したがって、被告ら三名の行為と原告主張の損害額との間には、因果関係がない。
3 被告阿南について有限会社法三〇条の三第一項に基づく損害賠償責任の有無及び不法行為の成否
(原告の主張)
(一) 有限会社法三〇条の三第一項に基づく損害賠償責任
経常的な営業収益では借入金はもとより利息すら返済ができない状態であるにもかかわらず、株式投資目的で巨額の資金を有利子で借り入れ、かつ既存の借入金が返済不能となっているのにさらに巨額の融資を受け、これらをすべて株式投資に投入するような行為は、企業としての存続を困難にする行為であって、なすべきことではない。
したがって、被告阿南がサンライズの代表取締役として、三福信用組合から本件貸付を受け、それをほぼ全額株式投資に投入したことは、取締役としての職務を行うについて重大な過失があったというべきである。
そして、被告阿南の右重大な過失により、サンライズは事実上破綻し、その結果、第三者である三福信用組合は本件貸付の残金を回収することが不可能になり、前記のとおりの損害を被ったから、被告阿南は、有限会社法三〇条の三第一項により、三福信用組合に対して損害賠償責任を負う。
(二) 不法行為責任
被告阿南は、本件貸付の当初から、サンライズが本件貸付を返済できる見込みが少なく、したがって三福信用組合にとって回収不能になるおそれが極めて高いこと、本件貸付は他の信用組合では認められないような案件であること、被告龍治ら三名はサンライズを介して三福信用組合の利益に反して自己の私的な利益を得ようとしていたこと、三福信用組合では被告龍治ら三名の意向によって適正な融資審査が行われないまま融資が実行されることを知っていた。
にもかかわらず、被告阿南は、被告龍治ら三名と共謀して、本件貸付を申込み、その結果三福信用組合に前記のとおりの損害を与えたから、不法行為による損害賠償責任を負う。
(被告阿南の主張)
(一) 有限会社法三〇条の三第一項に基づく責任について
(1) 被告阿南が取締役としてサンライズに対し、善管注意義務を負い、その義務違反についてサンライズから責任を問われることがあっても、三福信用組合に対して善管注意義務を負わないから、損害賠償責任の法律上の根拠はない。
(2) 本件貸付(1)ないし(4)が行われた昭和六二年から平成元年までの時期は証券市場の平均株価が最高値である三万八〇〇〇円台に向かって上昇していた時期であった。そして、被告阿南は、投資対象を現物株式に限定し、かつ銘柄の選択についても慎重に検討したうえで株式投資を行っていたから、本件貸付(1)ないし(4)の借入れをするについて重大な過失はなかった。
また、本件貸付(5)が行われた平成四年四月三日当時は、平成二年初めからの株価の急落が落ち着き、証券市場において景気回復による相場の上昇が見込まれていた時期であった。そして、被告阿南は、投資対象を現物株式に限定し、かつ銘柄の選択についても慎重に検討したうえで株式投資を行っていたから、右の借入れをなすについて重大な過失はなかった。
(3) サンライズが本件貸付にかかる債務を返済することができなくなったのは、サンライズの保険代理業務及びツーカー関西テレホンの事業不振と整理回収銀行によるサンライズ所有の株式の処分によるものであり、原告主張の損害と被告阿南の行為との間に因果関係はない。
(二) 不法行為に基づく請求について
否認し又は争う。
4 被告龍治、被告龍彦、被告阿南に対する損害賠償請求権につき消滅時効の成否
(被告彰彦、被告悦子を除くその余の被告らの主張)
(一) 消滅時効期間
被告龍治及び被告龍彦に対する中小企業等協同組合法第三八条の二第一項に基づく損害賠償請求権は、商法五二二条の適用ないしその類推適用により、消滅時効期間が五年であり、被告阿南に対する有限会社法三〇条の三第一項に基づく損害賠償の消滅時効も五年である。
また、右被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は三年である。
(二) 消滅時効の起算点等
被告龍治、被告龍彦、被告阿南に対する右各損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、本件貸付の日である。そして、右被告らは、平成一〇年一〇月七日の弁論準備手続期日において右各消滅時効を援用するとの意思表示をした。
(三) 権利濫用の主張に対して
争う。
(原告の主張)
(一) 消滅時効期間
(1) 三福信用組合は中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であるから、商法上の商人ではない。したがって、三福信用組合と被告龍治、被告龍彦との間の理事としての委任契約は商行為ではなく、それから生じた善管注意義務違反に基づく被告龍治、被告龍彦に対する損害賠償請求権も商行為によって生じた債権とはいえず、消滅時効期間は一〇年である。
(2) 有限会社法三〇条の三第一項に基づく損害賠償請求権は、会社と取引関係に入った第三者が会社との取引を基礎に取得するものであり、また右請求権は、会社と第三者との間の権利関係が金銭債務に転化したものである。したがって、取締役は、不法行為における加害者のように不安定な地位に置かれることはなく、短期消滅時効を適用すべき根拠は存しないから、被告阿南に対する損害賠償請求権について商法五二二条の適用はなく、消滅時効期間は一〇年である。
(二) 消滅時効の起算点
(1) 三福信用組合は、被告龍治ら三名の意見どおりに行動する者しか理事に選任されておらず、そもそも三福信用組合において被告龍治ら三名に反対できる者はいなかった。このため、被告龍治ら三名が完全に退任した平成八年一二月二五日までは、三福信用組合の理事会で被告龍治ら三名に対する損害賠償請求訴訟の提起を決議することは事実上不可能であったから、同日までは消滅時効は進行しないと解すべきである。
(2) また、三福信用組合が被告龍治ら三名及び被告阿南の行為によって生じた損害を知ることができた時点は、被告龍治ら三名及びその従属的追従者であった当時の理事を基準に判断するのは矛盾であるから、被告龍治ら三名の辞任後に就任した理事を基準とすべきである。したがって平成八年一二月二五日以前には消滅時効は進行しない。
(三) 権利濫用
被告龍治ら三名は、自ら違法な融資をしながら、自ら三福信用組合を支配して自らに対する責任追及を事実上不能な状態にし、また被告阿南も共同して右違法な融資に関与したものであり、被告龍治、被告龍彦及び被告阿南が消滅時効を援用することは著しく正義に反し、権利の濫用として許されない。
5 被告龍彦の被告みどりら三名に対する本件贈与一につき債権者取消権の成否
(原告の主張)
(一) 被告龍彦は、平成九年一一月一九日、三福信用組合の理事であった当時の経営責任を整理回収銀行から追及されることを知って、被告みどりら三名に対して本件贈与一をなしたものであり、整理回収銀行を害する認識を有していたのは明らかである。
(二) 被告みどりら三名の善意の主張に対する反論
三福信用組合の新理事長に選任された松本淳一郎は、平成八年一二月二五日、刑事告訴も含めて旧経営陣の経営責任を厳しく追及する方針を記者会見で表明している。右事実は新聞でも報道されており、被告龍彦の家族である被告みどりら三名がこれを知らなかったとはおよそ考えられない。
(被告みどりら三名の主張)
(一) 被告龍彦の害意についての反論
整理回収銀行の被告龍彦に対する債権は、被告みどりら三名に対する贈与の時点で確定していない。また、被告龍彦が本件贈与一をなしたのは、被告みどりとの婚姻生活が二〇年を経過したこと及び被告啓が身体障害者であることを考慮したことによる。
(二) 被告みどりら三名の善意
被告みどりら三名は、本件贈与一当時、右贈与が整理回収銀行を害することを知らなかった。
6 被告彰彦の被告悦子に対する本件贈与二等につき債権者取消権の成否
(原告の主張)
(一) 被告彰彦は、平成九年三月三日、学園大和町物件の売却代金のうち一〇〇〇万円を被告悦子に贈与した。
(二) 被告彰彦の害意
被告彰彦は、三福信用組合の理事であった当時の経営責任を整理回収銀行から追及されることを知って、被告悦子に対し、平成九年二月一七日、本件贈与二を行い、さらに右(一)のとおり一〇〇〇万円を贈与したものであり、整理回収銀行を害する認識を有していたのは明らかである。
(三) 被告悦子の善意の主張に対する反論
前述したとおり、三福信用組合の新理事長が平成八年一二月二五日、旧経営陣の経営責任を厳しく追及する方針を表明していたことは新聞でも報道されており、被告彰彦の妻である被告悦子がこれを知らなかったとはおよそ考えられない。
(被告悦子の主張)
(一) 学園大和町物件売却代金一〇〇〇万円について
被告彰彦が、平成九年三月三日に一〇〇〇万円を被告悦子に贈与したことは否認する。被告彰彦は、被告悦子名義の預金口座に入金した右一〇〇〇万円を全額出金し、その後右金員を自ら管理した。
(二) 被告彰彦の害意に対する反論
被告彰彦は、整理回収銀行から、善管注意義務違反や不法行為責任を問われることを予想していなかった。また、本件物件二を被告悦子に贈与したのは、婚姻期間が二〇年を経過したためである。
(三) 被告悦子の善意
被告悦子は、本件贈与二当時、右贈与が整理回収銀行を害することを知らなかった。
第三争点に対する判断
一 争点1(被告龍治ら三名についての善管注意義務違反の有無ないし不法行為の成否)について
1 証拠によれば、本件貸付に関し、以下の事情が認められる。
(一) 本件貸付(1)は、有価証券購入目的の三〇〇〇万円の融資であり(利息年九パーセント、弁済期昭和六二年六月一八日)、昭和六二年三月一七日、三福信用組合の貸付審査会で決裁、承認された。右貸付の実行によって三福信用組合のサンライズに対する貸付残高は合計五一七九万円となったが、本件貸付(1)の実行にあたって新たな担保が提供されることはなく、五一七九万円の貸付残高に対する担保は三福信用組合が二二〇〇万円と評価した不動産のみであった。
(《証拠省略》)
(二) 本件貸付(2)は、有価証券購入及び不動産購入手付金目的の二五〇〇万円の融資であり(利息年九パーセント、弁済期昭和六二年九月四日)、昭和六二年六月四日に三福信用組合の貸付審査会で決裁、承認された。右貸付の実行によって三福信用組合のサンライズに対する貸付残高は合計一億四六七三万円となった。
本件貸付(2)の実行にあたって新たな担保が提供されることはなく、本件貸付(2)の貸出稟議書には従前からの担保預金として一億五三〇〇万円の定期預金が記載されているが、右預金には住友生命保険相互会社(以下「住友生命」という。)がサンライズに貸し付けた一〇億円の担保としての質権が設定されており、右定期預金は実際には三福信用組合のサンライズに対する貸付の担保となるものではなく、結局一億四六七三万円の貸付残高に対する担保は評価額二二〇〇万円の土地、建物及び一〇〇〇万円の定期預金のみであった。
(《証拠省略》)
(三) 本件貸付(3)は、有価証券購入目的の五〇〇〇万円の融資であり(利息年九パーセント、弁済期は平成二年二月二八日)、平成元年一二月一日に三福信用組合の貸付審査会で決裁、承認された。右貸付の実行によって三福信用組合のサンライズに対する貸付残高は合計二億四五〇〇万円となったが、本件貸付(3)の実行にあたって新たな担保が提供されることはなく、二億四五〇〇万円の貸付残高に対する担保は評価額四〇七二万二〇〇〇円の小野薬品工業の株式一一〇〇〇株、定期預金一〇〇〇万円のみであった。
(《証拠省略》)
(四) 本件貸付(4)は、有価証券購入目的の五〇〇〇万円の融資であり(利息年九パーセント、弁済期は平成二年二月二八日)、平成元年一二月二七日に三福信用組合の貸付審査会で決裁、承認された。右貸付の実行によって三福信用組合のサンライズに対する貸付残高は合計二億九五〇〇万円となったが、本件貸付(4)の実行にあたって新たな担保が提供されることはなく、二億九五〇〇万円の貸付残高に対する担保は評価額三三一九万八〇〇〇円の小野薬品工業の株式一一〇〇〇株、定期預金一〇〇〇万円のみであった。
(《証拠省略》)
(五) 本件貸付(5)は、有価証券購入目的の一億八〇〇〇万円の融資であり(利息年八パーセント、弁済期は平成四年七月三日)、平成四年四月三日に三福信用組合の貸付審査会で決裁、承認された。右貸付の実行によって三福信用組合のサンライズに対する貸付残高は合計五億八六〇〇万円となったが、本件貸付(5)の実行にあたって新たな担保が提供されることはなく、五億八六〇〇円の貸付残高に対する担保は評価額一億三六八五万七〇〇〇円の有価証券(小野薬品工業の株式二万一〇〇〇株、東京ドームの株式一万株、日本合同ファイナンスの株式四〇〇〇株、平和の株式二〇〇〇株、THKの株式三〇〇〇株)及び一〇〇〇万円の定期預金のみであった。
(《証拠省略》)
(六) サンライズは、本件貸付(1)、(2)が実行された第九期(昭和六二年三月一日から昭和六三年二月二九日まで)の決算において、一二六万四二三四円の利益を計上した。昭和六三年二月二九日の期末時点で、三福信用組合に定期預金一一億二七〇〇万円、住友不動産の株式一万株(決算報告書上の評価額は一四一一万一五〇〇円)と中野組の株式二万株(同評価額は一四七一万五一〇〇円)を保有する一方、住友生命に対し一〇億円、三福信用組合に対し一億七四〇〇万円、合計一一億七四〇〇万円の借入債務を負い、年間の支払利息は受取利息を約四〇〇万円上回っていた(甲一二の1)。
また、同社は、本件貸付(3)、(4)が実行された第一一期(平成元年三月一日から平成二年二月二八日まで)の決算において、九三五万八〇三四円の損失を計上した。平成二年二月二八日の期末時点で、三福信用組合の定期預金一億六三〇〇万円、その他の預金約二五〇〇万円、小野薬品工業の株式二万一〇〇〇株(決算報告書上の評価額は一億〇七五三万九五〇一円)と日本合同ファイナンスの株式二〇〇〇株(同評価額は五五七一万円)を保有する一方、前記のように住友生命に対し一〇億円、三福信用組合に対し二億九五〇〇万円、合計一二億九五〇〇万円の借入債務を負い、支払利息は受取利息を約二〇〇〇万円上回っていた(甲一二の3)。
さらに、同社は、本件貸付(5)が実行された第一四期(平成四年三月一日から平成五年二月二八日)の決算において、一七四九万二八〇九円の損失を計上した。平成五年二月二八日の期末時点で、三福信用組合に約二〇〇〇万円の預金を有していたほか、小野薬品工業の株式二万一〇〇〇株(決算報告書上の評価額は一億〇〇八五万八一九九円)、平和の株式四〇〇〇株(同評価額は二九八四万四七九二円)、東京ドームの株式一万株(同評価額は三五六七万三四六三円)、THKの株式四五〇〇株(同評価額は二七三八万六八四二円)、JAFCOの株式四〇〇〇株(同評価額は六九二六万七〇九五円)、セガの株式一万株(同評価額は一億〇五四〇万六八五〇円)、セブンイレブンの株式一万株(同評価額は六九八二万五八六六円、以上の有価証券の評価額の合計は四億三八〇〇万円余)を保有する一方、三福信用組合に対する五億五五〇〇万円の借入金をも含め、五億六八〇〇万円の借入債務を負い、支払利息は受取利息を約二七〇〇万円上回っていた(甲一二の6)。
(七) また、昭和六三年三月から平成五年二月二八日までの各期(第九期から第一四期まで)の営業損益は、第九期が約四〇〇万円の利益、第一〇期が約六七〇万円の損失、第一一期が約五三〇万円の利益、第一二期が約八五〇万円の損失、第一三期が約一四七〇万円の損失、第一四期が約六〇〇万円の損失であった。
2 右認定の事実によれば、本件貸付の実行は、いずれもサンライズから新たな担保を徴求することなく行われたものであり、しかも各貸付の直前の時点において、提供されていた担保の評価額は、本件貸付(1)当時かろうじて既存債務と同額であったのみで、それ以外は既存債務の残高を大幅に下回る状態であった(貸付残高に対する担保の不足額は、本件貸付(1)実行後で二九二九万円、本件貸付(2)の実行後で一億一四七三万円、本件貸付(3)実行後で一億九四二七万八〇〇〇円、本件貸付(4)の実行後で二億五一八〇万二〇〇〇円、本件貸付(5)実行後で四億三九一四万三〇〇〇円である。)。
そして、サンライズは資本金二〇〇万円の有限会社であり、本件貸付がされた当時、年間収支では損失を計上するか、利益を上げてもごく少額であり、また資産状況は、預金と株式が主であって、常時預金を上回る借入金が存在し、この借入金のため、少なからぬ利息の支払いを余儀なくされる状態であった。
したがって、サンライズが、その営業活動により本件貸付を返済することはほとんど不可能であり、返済は専ら借入金で購入した有価証券の値上がりによる利益に期待するほかはなかったということができる。
このように、本来の営業活動による利益からの返済が期待できないサンライズに対して、多額の貸付残高があるにもかかわらず、有価証券購入を目的として、大幅な担保不足のまま融資をした本件貸付は、購入した株式の価格が上昇し、売却益が生じた場合には貸金の返済を受けることができるが、価格が下落した場合には直ちに融資の返済を受けることが困難になるという危険性を多分にはらんだものであって、多数の組合員から資金を集め、右資金を安全かつ確実に運用すべき責務を負う信用組合の行う融資として到底許容されるものではない。
3(一) 被告龍治及び被告龍彦は、三福信用組合はサンライズに対して、本件貸付金で購入した有価証券をそのまま担保として提供するか、売却が切迫している場合には、専ら、本件貸付金及び利息の返済に充当させる措置をとっていたから、本件貸付は担保不足ではないと主張する。
しかしながら、右被告ら主張のように、株式に質権その他正式の担保設定手続を経ずにサンライズ所有の株式を本件貸付の担保と扱うことができるかどうかは疑問である。
また、仮にこれを担保と考えたとしても、株式取得に要する経費と融資利息をも考慮すれば、当然に担保不足は避けられないうえ、前述のような株価の変動による危険性がそのまま株式の担保価値に反映されるから、担保としての価値は低いものにならざるを得ない。現に1(六)認定の事実によれば、サンライズが保有していた有価証券の評価額は、昭和六三年二月二九日時点で、合計二八八二万六六〇〇円、平成二年二月二八日時点で一億六二三四万九五〇一円、平成五年二月二八日時点で四億三八二六万三一〇七円であり、これをそのまま各時点におけるサンライズの三福信用組合に対する借入債務の担保として考慮したとしても、大幅な担保不足であったことに変わりはない。
したがって、被告龍治及び被告龍彦の右主張は採用できない。
(二) また、被告龍治及び被告龍彦は、本件貸付が、物的担保が不十分であっても信用できる組合員に対しては融資を行う「三福イズム」に基づいて行われたものであり、違法ではないと主張する。
乙第六号証によれば、三福信用組合は、信用組合が中小零細企業、勤労者のため、その経済的社会的地位の向上に貢献するものであるとの理念の下に、ベンチャースピリットを尊重し、経営者の人格、家族環境、業績、業況を判断のうえ、担保資産がなくとも、思い切って資金を提供し、取引先等の育成に務める等の経営方針をとり、これを「三福イズム」と称していたことが認められるところ、右「三福イズム」それ自体は、信用組合の一つの経営理念として評価することが可能である。
しかしながら、前記のような規模、業績のサンライズが株式取引を行うための資金を融資することが右「三福イズム」の理念に合致するものとは到底解することができない。
融資の回収手段を確保すべきことは信用組合の当然の責務であり、これを怠った本件貸付が「三福イズム」の名の下に許容されることはありえず、被告龍治及び被告龍彦の主張は到底採用できない。
4 本件貸付に対する被告龍治ら三名の理事としての責任について
(一) 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1) 三福信用組合において、理事長は、専務理事、常務理事及びその他の常勤理事又は部店長を指揮して、全般的な経営をなすべき義務を負い、専務理事は、理事長の行う職務を補佐し、理事長の指揮を受けて日常業務を処理する義務を負い、常務理事は、理事長又は専務理事を補佐して、業務全般の運営に参画する義務を負う。
(2) 三福信用組合は、本件貸付(1)、(2)の時点では、与信額(累積貸出総額から担保預金を控除した金額)が二〇〇〇万円を超える場合について、本件貸付(3)、(4)、(5)の時点では、与信額が一億円を超える場合について、貸付審査会の決裁を受けて貸付を実行すべきことを貸付決裁権限規定で定めており、本件貸付はいずれも貸付審査会の決裁が必要な貸付であった。
(3) 貸付審査会による決裁の場合は、常務会の合議を経て理事長決裁を得るものとされ、本件貸付が決裁された昭和六二年から平成四年までの間、被告龍治は理事長として、被告龍彦は常務理事又は専務理事として、被告彰彦は常務理事として、貸付審査会に加わっていた。
ただし、貸付審査会が合議形式で開催されることはほとんどなく、多くの場合、稟議書が回され、構成員が個別に決済印を押捺する持ち回り方式で決裁されることがほとんどであった。
(4) 本件貸付の稟議書のうち、被告龍治ら三名の印鑑がすべて押されているものはないが、右稟議書には少なくとも被告龍治ら三名のうちの一人の印鑑は押されている。
(5) 被告龍彦は、サンライズの株式購入銘柄の決定等に関与し、本件貸付の実行すべてにあたって、三福信用組合の本店営業部に対し、稟議書を作成して貸付審査会の決裁を受けるべく指示した。
(6) 被告彰彦は、三福信用組合の資金繰りの管理をしており、一〇〇〇万円以上の金銭の出入りをすべて把握していた。
(二) 右認定の事実によれば、次のように判断することができる。
(1) 被告龍治は理事長として三福信用組合の全般的経営をなすべき義務を負っており、そうである以上、個別の貸付について担保が十分に確保されているかどうかを検討しなければならなかった。そして、本件貸付はいずれも貸付審査会の承認を必要とし、被告龍治は貸付審査会における審査、決裁を通じて、本件貸付の大幅な担保不足を認識することが可能であった。
にもかかわらず、被告龍治は本件貸付の一部については、貸出稟議書に決裁印を押して承諾し、決裁印を押していないものについては、自ら審査をなすべき義務を怠って、他の理事の業務執行を看過し、その結果信用組合として本来行うべきではない本件貸付を実行させた。
したがって、被告龍治は理事としての善管注意義務を怠ったものであり、中小企業等協同組合法三八条の二第一項により、三福信用組合が本件貸付により被った損害を賠償すべき義務を負う。
(2) 被告龍彦は、専務理事又は常務理事として、日常業務の処理又は業務全般の運営に参画する義務を負っていたにもかかわらず、本店営業部に対し、本件貸付の稟議書を作成して貸付審査会の決裁を受けるべく指示し、大幅な担保不足である本件貸付の実行に積極的に関与した。
また、貸付審査会の一員として、本件貸付の一部について決裁印を押して承諾し、決裁印を押していないものについては、自ら審査をなすべき義務を怠って、他の理事の業務執行に委ね、本件貸付を実行させたものである。
したがって、被告龍彦は理事としての善管注意義務に違反し、中小企業等協同組合法三八条の二第一項により、三福信用組合が本件貸付により被った損害を賠償すべき義務を負う。
(3) 被告彰彦は、常務理事として業務全般の運営に参画する義務を負い、一〇〇〇万円以上の金銭の出入りを管理していたから、個別の貸付について、回収の見込みがあるか、担保が十分に確保されているかどうかを検討しなければならなかった。そして、本件貸付はいずれも貸付審査会の承認を必要とし、被告彰彦は貸付審査会における審査、決裁を通じて、本件貸付の大幅な担保不足を認識することが可能であった。
にもかかわらず、被告彰彦は本件貸付の一部については、貸出稟議書に決裁印を押して承諾しており、決裁印を押していないものについても、貸付審査会の構成員として、回収の見込みがあるか、担保が十分に確保されているかを審査すべき立場にあったのにそれを怠り、他の理事の違法な業務執行を看過していたから、理事としての善管注意義務に違反し、中小企業等協同組合法三八条の二第一項により、三福信用組合が被った損害を賠償すべき義務を負う。
なお、被告彰彦は、自らは融資の直接の担当者ではないうえ、各営業店の責任者や審査部の審査を経た貸出稟議書を、書面上不備な点や不審な点がないかどうかを確認して決裁したにすぎないと主張して自らの責任を争うが、被告彰彦は貸付を直接担当していなくとも、貸付審査会の構成員であり、融資が適切であるかどうか判断しなければならない立場にあり、また本件貸付の貸出稟議書は、それ自体の記載から、本件貸付が大幅な担保割れであることを認識することができるから、被告彰彦の主張は採用できない。
5 被告龍治ら三名の不法行為責任について
被告龍治ら三名のうちで、本件貸付の実行に最も積極的な役割を果たした被告龍彦についても、本件貸付によってサンライズから私的な利益を受けたと認めるに足りる証拠はなく、その余の点を考慮しても、被告龍彦の行為について、理事としての善管注意義務違反と併存して民法上の不法行為が成立する程度に強い違法性があるとまでは認められない。
また、被告龍治及び被告彰彦は、本件貸付について貸出稟議書に決裁印を押して承認し、貸付審査会の構成員としての検討を怠ったという事情は存在するが、被告龍彦と共謀して、本件貸付についてサンライズから私的な利益を受けたと認めるに足りる証拠は存在しないから、被告龍治及び被告彰彦の行為について理事としての善管注意義務違反と併存して民法上の不法行為が成立する程度に強い違法性があるとまでは認められない。
よって、被告龍治ら三名に対する不法行為は成立しない。
二 争点2(被告龍治ら三名の行為と損害との因果関係、損害額)について
1 《証拠省略》によれば、整理回収銀行は、平成九年一〇月二日、サンライズが貸金の担保として提供した株式を合計二億〇四六三万九三六三円で売却し、そのうち一億一七一三万九三六三円を本件貸付(5)の元金に充当したので(その余はサンライズの本件貸付以外の債務に充当)、本件貸付の残元金は二億〇二八六万〇六三七円となったことが認められる。
そして、弁論の全趣旨によれば、サンライズは、右株式の処分によりめぼしい会社財産もなくなり、営業活動も停止したから、平成九年一〇月二日の時点で、本件貸付の返済をすることは不可能となったと認められるから、少なくとも右時点の本件貸付の残元金相当額は被告龍治ら三名の行為と因果関係のある損害額ということができる。
2 被告龍治及び被告龍彦は、整理回収銀行に提供された株式の処分がサンライズに委ねられていたならば、右株式を適切な時期に売却し、より多くの額を本件貸付の弁済に充当することができたと主張するが、前記争いのない事実等に記載のとおり、本件貸付については、弁済がなされないまま手形の書替えによって長期間弁済の猶予が図られ、最終的に弁済期が平成九年二月二〇日とされたが、結局はその期限を経過しても弁済がなされないままであったのであり、整理回収銀行が右時期に担保権を実行するについて非難されるいわれはなく、被告龍治及び被告龍彦の右主張は採用できない。
三 争点3(被告阿南に対する有限会社法三〇条の三第一項及び不法行為に基づく請求)について
1 《証拠省略》によれば、サンライズの第九期(昭和六二年三月一日から昭和六三年二月二九日まで)の収支は一二六万四二三四円の利益(営業損益は約四〇〇万円の利益)、第一〇期(昭和六三年三月一日から平成元年二月二八日まで)の収支は一三二万五二二九円の利益(営業損益は約六七〇万円の損失)、第一一期(平成元年三月一日から平成二年二月二八日まで)の収支は九三五万九〇三四円の損失(営業損益は約五三〇万円の利益)、第一二期(平成二年三月一日から平成三年二月二八日まで)の収支は一四八三万五三二一円の損失(営業損益は約八五〇万円の損失)、第一三期(平成三年三月一日から平成四年二月二九日まで)の収支は四四四三万五二〇一円の損失(営業損益は約一四七〇万円の損失)、第一四期(平成四年三月一日から平成五年二月二八日まで)の収支は一七四九万二八〇九円の損失(営業損益は約六〇〇万円の損失)であったこと、また資本金二〇〇万円のサンライズには、購入した有価証券以外にはめぼしい資産もなかったことが認められる。
2 このような財産状況の中で、年八ないし九パーセントの利息により二五〇〇万円ないし一億八〇〇〇万円の借入れをしてこれを株式投資にあてた場合、当時のサンライズの年間収支では元本の支払はおろか利息の支払すら確実にできる見込みはなく、結局は購入した株式の価格が短期のうちに右金利及び購入手数料を上回って上昇することを期待するほかはなく、価格変動のリスクのある株式投資に失敗すれば、直ちにサンライズの財産状況を悪化させることは明らかであった。
したがって、被告阿南は、サンライズの取締役として、会社の規模、資産、経営状態からみて明らかに過大な株式投資を行うために、本件貸付にかかる融資申込みの意思表示をなすべきではなかったということができる。
にもかかわらず、被告阿南は、サンライズの取締役としての義務を著しく怠り、サンライズを代表して三福信用組合から本件貸付を受け、株式投資を行った結果、同社は経営状況が悪化し、その後事実上破綻して、多額にのぼる本件貸付金の大半を返済することができなくなった。
以上によれば、被告阿南には、その業務を行うにつき重大な過失があり、これによってサンライズを破綻させ、第三者である三福信用組合に対し、少なくとも本件貸付金残元金相当額二億〇二八六万〇六三七円の損害を与えたということができるから、有限会社法三〇条の三第一項により、右損害を賠償すべき義務を負う。
3 被告阿南は、三福信用組合に対して善管注意義務を負っていないことを理由に、有限会社法三〇条の三第一項に基づく損害賠償請求を争うが、被告阿南の右責任は三福信用組合に対する善管注意義務に違反したことを根拠とするものではなく、主張自体失当である。
また、被告阿南は銘柄の選択についても慎重に検討したうえで株式投資を行っていたから、業務執行にあたって重過失はないとも主張するが、前述のとおり、サンライズのような会社が年八ないし九パーセントの利息で借り入れた金銭をもって価格変動のリスクを伴う株式投資をすること自体に重大な過失があるというべきであって、被告阿南の右主張も採用できない。
さらに、被告阿南は、サンライズが本件貸付を返済することができなくなったのは、サンライズの保険代理業務、ツーカー関西テレホンの事業不振及び整理回収銀行によるサンライズ所有の株式の処分によるものであると主張し、損害との因果関係を争うが、前述のように、サンライズは、本件貸付の時点において、もともと年間の収支によって本件貸付の元金及び利息を支払うことが困難であったのであり、本件貸付後のサンライズの事業不振によって本件貸付の返済が困難になったものとはいえず、また、整理回収銀行の担保処分に関してサンライズが、これを非難できる立場にないことは、先に述べたとおりであって、被告阿南の右主張も採用できない。
4 被告阿南に対する不法行為責任について
1認定の事実によれば、被告阿南は本件貸付実行の時点で、サンライズが元本及び利息の返済をすることが不可能となる可能性を認識しえたことは認められるものの、返済が不可能であることを認識しつつあえて本件貸付を受けたこと及び被告龍治ら三名と共謀して同被告らに不正な利益を提供したと認めるに足りる証拠も存在しないから、被告阿南が三福信用組合から本件貸付を受けたことについて三福信用組合に対する不法行為と目すべき違法性は認められず、被告阿南について不法行為は成立しない。
四 争点4(被告龍治、被告龍彦、被告阿南に対する損害賠償請求権の消滅時効の成否)について
1 被告龍治、被告龍彦に対する損害賠償請求権の消滅時効期間について
三福信用組合の理事であった被告龍治、被告龍彦は三福信用組合と委任関係にあったが、三福信用組合は商人ではなく、右委任も商行為ではないから、理事としての任務懈怠による中小企業等協同組合法三八条の二第一項に基づく損害賠償請求権は商行為によって生じた債権とはいえず、したがって商法五二二条の適用はなく、民法一六七条一項により消滅時効期間は一〇年である。
2 被告阿南に対する損害賠償請求権の消滅時効期間について
商法二六六条の三第一項の損害賠償責任は、法が取締役の責任を加重するためにとくに認めたものであって、不法行為責任たる性質を有するものではないから、消滅時効期間について、民法七二四条が適用ないし類推適用されるものではなく、他に特段の定めもないから民法一六七条一項を適用すべきである(最高裁判所昭和四九年(オ)第七六八号、同年一二月一七日第三小法廷判決参照)。
そして、商法二六六条の三第一項と同様の責任を定めた有限会社法三〇条の三第一項の責任の消滅時効期間についても、民法一六七条を適用して一〇年と解するべきである。
3 消滅時効の起算点について
(一) 《証拠省略》によれば、昭和六二年二月一三日の時点で、三福信用組合の理事は被告龍治ら三名を含めて合計八名(被告龍治ら三名以外の理事はいずれも非常勤)、監事は二名(いずれも非常勤)であったこと、平成元年五月二〇日に竪山郁朗が新たに常勤の理事に選任され、理事は九名(うち非常勤の理事五名)、監事二名(いずれも非常勤)となったこと、平成四年五月一三日に中井弘が常勤の理事に選任され、同日時点の三福信用組合の理事は九名(うち非常勤の理事四名)、監事二名(いずれも非常勤)であったこと、本件貸付当時、三福信用組合の経営は事実上、創業当時の理事及びその子である被告龍治ら三名の意思に委ねられ、遅れて常勤理事に就任した右竪山やその余の非常勤理事及び監事が被告龍治ら三名の意に逆らうことは、事実上不可能な状況にあったことが認められる。
そして、争いのない事実等によれば、被告龍治、被告彰彦が三福信用組合の理事長、理事を辞任したのは平成八年一一月八日、被告龍彦が三福信用組合の理事を辞任したのは同年一二月二五日である。
(二) このように、三福信用組合の理事会において被告龍治ら三名が、いずれも常任理事として大きな決定権を持つ状況下で、三福信用組合が被告龍治ら三名に対する損害賠償請求権及び被告龍彦の妻の父である被告阿南に対する損害賠償請求権を行使することは事実上不可能であるといえ、これが事実上可能となったのは、早くとも被告龍治及び被告彰彦の両名が理事を辞任した平成八年一一月八日以降というべきである。
したがって、平成八年一一月八日までは右損害賠償請求権の消滅時効期間は進行しないと解すべきであり、そうでなくとも被告龍治ら三名及び被告阿南が同日以前の時効期間の進行を主張して消滅時効を援用することは許されないというべきである。
(三) そして、承継前原告であった整理回収銀行が本件訴えを提起したのは、平成一〇年四月一四日の時点であり、この時点では前記消滅時効期間が経過していないことは明らかであるから、その余について判断するまでもなく被告らの消滅時効の主張は理由がない。
五 争点5(被告みどりら三名に対する本件贈与一についての債権者取消権の成否)について
1 一において判断したとおり、被告龍彦は、三福信用組合に対し、本件貸付に関し、中小企業等協同組合法三八条の二第一項により、損害賠償債務を負っていたところ、被告龍彦は、本件物件一の持分以外にめぼしい財産が存しないにもかかわらず、平成九年一一月一九日に自己の妻子である被告みどりら三名に対し、これを贈与したものであり、本件贈与一が客観的に債権者を害する行為であることは明らかである。
2 被告龍彦の害意について
《証拠省略》によれば、平成八年一二月二六日ころに、三福信用組合が被告龍治ら三名に対して経営責任を追及する方針であることが新聞で報道され、被告龍彦は遅くとも右時点において、三福信用組合から理事としての任務懈怠を理由とする損害賠償請求がされる可能性があることを認識したと認めることができる。
したがって、被告龍彦は、本件贈与一が債権者を害することを知ってこれをなしたということができる。
被告龍彦は、被告みどりら三名に本件物件一の持分の一部を贈与したのは、被告みどりとの婚姻生活が二〇年を経過したこと及び被告啓が身体障害者であることを考慮したことによるもので害意がないと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠は存在せず、また仮に右事情が存在しても、被告龍彦の害意の認定を左右するものではない。
3 被告みどりら三名の主張について
2で認定したように、平成八年一二月二六日ころには、三福信用組合が被告龍彦の経営責任を追及する方針を有していることが新聞で報道され、同被告の妻子である被告みどりら三名も右時期に右事実を知ったものと認められる。その右身分関係からすれば、被告みどりら三名が被告龍彦の資産状況を熟知していたと推認され、これらの事実に照らすと、本件贈与一の当時、被告みどりら三名が、右贈与が被告龍彦の債権者を害することを知らなかったとは認めがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
六 争点6(被告悦子に対する本件贈与二等について債権者取消権の成否)
1 平成九年三月三日に被告悦子の普通預金口座に入金された一〇〇〇万円について
(一) 前記争いのない事実等及び《証拠省略》(ただし、いずれも後述の信用できない部分を除く)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告彰彦は、平成九年三月三日、所有する学園大和町物件を売却し、売却代金として買主から現金一〇〇〇万円及び額面一三〇〇万円の小切手を受領した。そして、被告彰彦は、右売買の場に同行していた被告悦子とともに、第一勧業銀行の阿部野橋支店に立ち寄り、現金一〇〇〇万円を被告悦子の普通預金口座に入金した後、富士銀行の阿部野橋支店に赴き、額面一三〇〇万円の小切手を換金した。この一三〇〇万円は同日富士銀行の被告彰彦の口座に入金された。
(2) 被告彰彦は、数日後、富士銀行の自己の口座から一三〇〇万円を引き下ろし、自宅に持ち帰った。さらに、被告悦子は、同月二七日、第一勧業銀行の同人の口座に入金された前記一〇〇〇万円の預金を引き下ろし、五〇〇万円を自己の名義で定期預金にし、五〇〇万円を自宅に持ち帰った。
(二) 右認定の事実によると、被告彰彦は富士銀行に自己名義の普通預金口座が存在するにもかかわらず、第一勧業銀行の被告悦子名義の普通預金口座に一〇〇〇万円を入金しており、被告悦子はその後右預金全額を出金し、うち五〇〇万円を自己の名義で長期間拘束される定期預金にしているのであり、これらの事実からすると、被告彰彦は、平成九年三月三日に被告悦子に一〇〇〇万円を贈与したと推認することができる。
(三) 被告彰彦及び被告悦子は被告悦子の第一勧業銀行の阿部野橋支店の口座に一〇〇〇万円を入金したのは売買の場所から最も近い場所にあったからであり、右一〇〇〇万円は一時的な入金にすぎないと供述して、右一〇〇〇万円の贈与の事実を争う。
しかしながら、被告彰彦は、富士銀行の阿部野橋支店に普通預金口座を有しており、この支店と第一勧業銀行の阿部野橋支店とは五〇〇メートル程度しか離れておらず(《証拠省略》により認められる。)、また平成九年三月二七日には、被告悦子が右一〇〇〇万円を引き下ろし、五〇〇万円を自己の名義で定期預金にしていることに照らせば、右供述は信用できない。なお、被告悦子は、引き下ろした一〇〇〇万円のうち五〇〇万円は現金で保管し、家族の生活費にあてたように供述するが、当時すでに被告彰彦が小切手を現金化した一三〇〇万円を自宅に持ち帰っており、同被告はこれを生活費にあてたと供述していることからすると、残余の五〇〇万円の出金は被告悦子が保管先を他に移すまでの一時的な現金化と考えるのが自然であって、被告悦子の右供述も信用することができない。
2 一において判断したとおり、被告彰彦は、三福信用組合に対し、本件貸付に関し、中小企業等協同組合法三八条の二第一項により、損害賠償債務を負うところ、被告彰彦は、本件物件二及び学園大和町物件売却代金以外めぼしい財産を有していなかったにもかかわらず、被告悦子に対し、平成九年二月一七日に本件物件二を、同年三月三日に一〇〇〇万円をそれぞれ贈与したものであり、これら贈与が客観的に債権者を害する行為であることは明らかである。
3 被告彰彦の害意について
五2において認定したとおり、三福信用組合が被告龍治ら三名に対して、経営方針を追求する方針であることは、平成八年一二月二六日ころに新聞で報道されていたから、被告彰彦は遅くともそのころには三福信用組合から理事としての任務懈怠を理由とする損害賠償請求がされる可能性があることを認識したと認めることができる。
したがって、被告彰彦は、債権者を害することを知って、右2のとおりの各贈与をしたということができる。
被告彰彦は、被告悦子に本件物件二を贈与したのは、被告悦子との婚姻生活が二〇年を経過したことによるもので害意がないと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠は存在せず、また仮に右事情が存在しても、被告彰彦の害意の認定を左右するものではなく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 被告悦子の善意について
前記新聞報道により、被告彰彦の妻である被告悦子も、平成八年一二月二六日ころに三福信用組合が被告彰彦の経営責任を追及する方針を有していることを知ったものと認められる。
これに照らせば、被告悦子が、被告彰彦から本件物件二及び一〇〇〇万円の贈与を受けるときに、被告彰彦の債権者である整理回収銀行を害することを知らなかったとは認めがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
七 本訴請求債権等の帰属について
本件において、被告彰彦、被告悦子を除くその余の被告らは、三福信用組合と整理回収銀行との間の事業譲渡契約について、これを決定した総代会の議決が、組合員全員に通知されていないから、中小企業等協同組合法五五条の二第二、第四項、四七条及び四八条に反し、右事業譲渡契約は無効であると主張するところ、前記争いのない事実等のとおり、整理回収銀行は平成一一年三月一六日に重ねて三福信用組合から被告龍彦、被告龍治ら三名及び被告阿南に対する損害賠償請求権を譲り受けたから、仮に右事業譲渡契約が無効であったとしても、本訴における右被告らに対する損害賠償請求権が整理回収銀行を経て原告に帰属したことを否定する結果にはならない。
そして、被告龍彦、被告彰彦に対する損害賠償請求権は、同人らがなした前記各贈与より前に発生しており、右損害賠償請求権の債権者に対する関係で同人らの贈与は詐害行為に該当するから、後日右債権を承継取得した原告は債権者として、右債権者取消権を行使しうることになる。
八 結論
以上によれば、
1 原告の被告龍治ら三名に対する請求は、中小企業等協同組合法三八条の二第一項に基づき、連帯して、二億〇二八六万〇六三七円及びこれに対する平成一〇年五月八日(被告龍治ら三名に対する各訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
2 原告の被告阿南に対する請求は、有限会社法三〇条の三第一項に基づき、被告龍治ら三名と連帯して、二億〇二八六万〇六三七円及びこれに対する平成一〇年五月八日(被告阿南に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。なお、被告阿南と被告龍治ら三名に対する各損害賠償請求の関係については、原告が損害が単一であり、かつ連帯支払を求めているから、被告龍治ら三名との連帯支払を命じるものである。
3 原告が被告みどりら三名に対して、債権者取消権に基づき、本件物件一についての贈与契約の取消と持分権移転登記抹消登記手続を求める請求は理由がある。
4 原告らの被告悦子に対する請求は、債権者取消権に基づき、本件物件二の贈与契約及び前記一〇〇〇万円の贈与契約の各取消と所有権移転登記の抹消登記手続及び一〇〇〇万円とこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
(なお、債権者取消権は訴えによってのみ行使することができるものであり、債権者の受益者に対する債権は、判決の確定によって確定的に発生するものであり、右確定前に右債権が遅滞に陥るとはいえず、右債権の遅延損害金の起算点は本判決の確定の日の翌日というべきである。)
こととなる。
よって、訴訟費用の負担については民訴法六四条一項ただし書、六五条本文、六一条を適用し、被告龍治ら三名及び被告阿南に対する請求の仮執行の申立てについて同法二五九条一項を適用してこれを認め、被告悦子に対する一〇〇〇万円の支払を求める請求の仮執行の申立ては相当でないのでこれを却下して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三代川三千代 裁判官 松本展幸 裁判官中村愼は転任のため署名できない。裁判長裁判官 三代川三千代)
<以下省略>