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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)4322号 判決 1999年6月09日

原告 G・K

被告 株式会社A社外2名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金250万円及びこれに対する平成10年2月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを10分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して2200万円及びこれに対する平成10年2月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、被告株式会社A発行の月刊雑誌「○○」に別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で1回掲載せよ。

第二事案の概要

本件は、行為当時19歳の少年であった原告が、その犯罪行為について、実名、顔写真等により原告本人であることが特定される内容の記事が全国販売の月刊誌に掲載されたことにより、プライバシー権、氏名肖像権、名誉権等の人格権ないし実名で報道されない権利が侵害されたとして、右記事の執筆者、雑誌の編集長及び発行所に対し、不法行為による損害賠償と謝罪広告を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、昭和53年7月11日生まれであり、平成10年1月8日当時19歳の少年であったが、右同日、大阪府堺市内において、シンナー吸引中幻覚に支配された状態で、幼稚園児(5歳)を文化包丁で刺殺した等の容疑(以下「本件事件」という。)で現行犯逮捕され、同年3月5日、殺人罪等で起訴され、○○刑務所○○拘置支所において勾留されている者である。

(二) (1) 被告株式会社A(以下「被告会社」という。)は、書籍及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であって、月刊誌「○○」の発行所である。

(2) 被告Bは、被告会社の従業員であり、平成9年1月以来月刊誌「○○」の編集長の職にあり、同雑誌の発行者である。同雑誌の平成10年4月現在の宣伝コピーは「今最もスリリングな月刊誌!!」である。

(3) 被告Cは、ノンフィクション作家であり、月刊誌「○○」1998年(平成10年)3月号(以下「本件雑誌」という。)に掲載された「ルポルタージュ『幼稚園児』虐殺犯人の起臥」と題する記事(以下「本件記事」という。)の執筆者である。

2  被告らによる本件記事の掲載

(一) 被告Cは、本件記事を執筆し、被告会社及び被告Bは、被告会社が発行し被告Bが編集する本件雑誌に本件記事を掲載して、平成10年2月18日、本件雑誌を出版、頒布、販売した。

(二) 本件雑誌の122頁から137頁の合計16頁にわたり掲載された本件記事には、次のとおり、原告の氏名、年齢、職業、住居、容ぼうその他をもって、原告が本件事件の被疑者本人であることを特定する情報が掲載されている(甲1)。

(1) 本件記事のタイトルに添えて、「早朝、大阪府堺市で起きた『通り魔事件』。逃げまどう5歳の幼女を惨殺した犯人は、19歳の無職男性だった。『少年法』で守られたその素顔にあえて踏み込み、育ての親の祖父母に取材した衝撃のノンフィクション!」との見出しがつけられている。

((2)~(11)は省略)

(三) 被告らは、本件記事の末尾に「○○編集部」名で、「小誌はなぜ『19歳少年』を『実名報道』し顔写真を掲載したのか。」と題して、次のとおりのコメントを掲載した。

「本年1月8日、大阪府堺市で起きた通り魔事件の犯人は19歳の無職男性でした。従って、少年法第61条に則り、すべての報道機関は実名の明示及び顔写真の掲載を自粛しました。そのなかで、あえて小誌が少年法に抵触した理由は次のとおりです。

<1> 早朝、15歳の女子高生を刺し重傷をおわせた上に、逃げまどう5歳の幼女を殺害し、それをかばおうとした母親まで襲った、という稀に見る残虐非道の犯罪であること。

<2> 犯人は、あと半年で20歳になるにもかかわらず、『19歳少年』と匿名化され、事件の本質が隠されていること。

<3> 昭和24年に施行された少年法は、著しく現実と乖離していること。

<4> 以上の論拠について、編集スタッフ及び筆者の全面同意が得られたこと。

現在、日本の社会には、『少年』の問題のみならず、地殻変動とも呼ぶべき事件が次から次へと起きています。いまこそジャーナリズムにたずさわるものとして、小誌はタブーを排し、『事件』の深い取材と分析をすべきだと考えています。」

(四) 右記事の掲載された本件雑誌は、全国の書店において販売され、原告が居住する大阪府堺市内をはじめ、大阪市内ひいては全国の公衆の眼前にさらされた。

3  本件記事発表前後の経過

(一) 東京法務局は、被告会社に対し、昭和60年7月17日、被告会社発行の写真週刊誌「○△」が、両親を殺害した16歳の少年の顔写真を掲載したことについて、少年に関する刑事事件についての「非公表の原則」を無視した極めて遺憾な報道であるとして、深く反省し、特段の配慮をするようにとの勧告を行った。(甲8)。

(二) 被告会社は、その発行する写真週刊誌「○△」の平成9年7月9日号及び「○□」に神戸市○○区の小学生殺人・死体遺棄について逮捕された中学3年生の顔写真を掲載した。これに対し、東京法務局は、両誌を回収し、再発防止の具体策を取りまとめて公表するよう勧告したが、被告会社はこれに従わなかった。右勧告後、会見した法務省人権擁護局と東京法務局の担当者によると、両誌とも編集部独自の判断ではなく、担当取締役が事前に了解していたことが明らかにされた(甲8)。

(三) 被告会社が本件記事を同社の発行する「○○」に掲載したことについて、法務省は、人権侵害に当たることは明白であるとして、発行元の被告会社に対し、再発防止のために適切な処置を採るとともに関係者への謝罪などの措置を講じるように勧告したが(甲8、10の8)、被告会社はこれに従わなかった。

二  争点

1  本件記事を掲載した本件雑誌の発行行為が不法行為に該当するか。

(原告の主張)

(一) プライバシー権、氏名肖像権、名誉権は、いずれも憲法13条によって保障された基本的人権であるところ、犯罪を犯したと疑われた者が被疑事実について実名報道されると、右各権利を侵害される結果となり得る。したがって、人は、プライバシー権、氏名肖像権及び名誉権等の人格権から派生する人格的利益として、「実名報道されないという人格的利益」を有する。

そして、「家庭裁判所の審判に付された少年」については、少年法61条に「氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。」との規定が存在することにより、右の人格的利益は「実名で報道されない権利」にまで特別に高められていると解すべきである。

(二) 以下詳論する。

(1) ある者が刑事事件について被疑者とされたという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接かかわる事項であるから、その者は、みだりに右事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有する。実名を用いてある者の犯罪事実を報道することは、その者が刑事事件につき被疑者とされたという事実を公表することになるから、原則的にその者の名誉権やプライバシー権といった法的権利を侵害することになる。

表現の自由や報道の自由は十分に尊重されなければならないものであるが、常に他の基本的人権に優越するものではなく、実名による犯罪報道の場合は、報道される者の名誉権・プライバシー権を重視するか、表現の自由・報道の自由を重視するか、いずれを優先させるかの利益考量が必要となり、その利益考量の結果、名誉権・プライバシー権の保護の観点から、表現の自由・報道の自由を逸脱したと評価される犯罪報道については不法行為責任を免れない場合があるのである。

(2) この利益考量の視点として、成人の犯罪報道の場合には、公共の利益に関する事実か、公益目的を有するかといった、知る権利に奉仕するか否かの観点が重要なメルクマールとなるが、少年犯罪報道の場合には、右のような成人の場合とは異なった利益考量が必要である。

すなわち、少年犯罪においては、少年の可塑性・柔軟性に着目して、少年法自体が少年の健全な育成をその目的としており(同法1条)、成年の場合以上に少年の将来の更生に重点を置いた規定が設けられている。したがって、少年犯罪が報道される場合に、少年の名誉権・プライバシー権の保護と表現の自由・報道の自由との利益考量をする際にも、少年の将来の更生が十分になされるか、少年の更生を阻害するような事態にならないかという視点が特に重要となってくる。

(3) 少年法61条はかかる趣旨から規定されているのであって、少年を特定するような記事は、少年の将来の改善更生を著しく阻害することから禁止され、実名や顔写真等を用いて少年を特定する記事は、少年の更生と健全育成に重点を置いた少年法の理念に正面から抵触し、許されないのである。このように、同条は、少年法の理念そのものから直接に当然導かれ、少年法の理念を実効あらしめるための禁止規範を明確にしているのである。

以上のように、少年の犯罪報道の場合には、少年の社会復帰・更生の観点から、実名や顔写真等によって少年が特定されるような報道がなされないことが、そもそも立法者による利益考量として定型的に要請されており、報道の自由との利益考量の結果少年犯罪の報道自体は免責されることがあるとしても、実名等で少年が特定されるような報道をすることは、少年の将来の更生を阻害するものであって常に許されず、少年は、実名等で報道されない法的権利を有することが少年法61条で明確に規定されているのである。

(三) 以上によれば、原告はプライバシー権、氏名肖像権及び名誉権の保障を当然に受け、さらに、本件記事発表当時「家庭裁判所の審判に付された」少年として少年法61条により、実名で報道されない権利の保障を受けていたものであり、本件記事の掲載により右諸権利を侵害されたことは明らかである。

(四) 被告らが、本件記事で原告の氏名と容姿を明らかにした理由は、被告らの営業目的のために、社会の覗き見趣味に迎合したものであることは明らかである。

(被告らの主張)

(一) 表現の自由は、「内在的制約」あるいは「公共の福祉による合理的でやむを得ない程度の制限」を受けるとはいえ、憲法の定める基本的人権の体系において優越的地位を占める権利であるから、表現行為によって他人のプライバシー・肖像権等の権利や利益が侵害された場合であっても、右表現行為が公共の利害に関する事実、すなわち社会の正当な関心事を(適正妥当な)相当な範囲内において伝えるものである限り違法性を阻却されるべきである。

(二) 被疑者の氏名・顔写真は公共の利害に関する事実である。

公訴提起前の犯罪行為に関する事実は公共の利害に関する事実とみなされているが(刑法230条の2第2項)、この場合の犯罪行為に関する事実には、犯罪被疑者がいかなる人物であるかを「氏名・顔写真」で特定することも含まれる。被疑者の特定は、犯罪ニュースを構成する基本的要素であるとともに、犯罪事実と関連性を有することは明らかであるからである。

(三) これは、少年の場合も同様であって、少年の保護・更生を図り社会復帰を容易にするとの少年法の立法目的から推知報道が禁じられる場合があるにせよ、少年の保護よりも社会的利益の擁護が強く優先するような場合には右報道も認められるべきである。

すなわち、表現の自由は、基本的人権の体系の中で優越的地位を占める権利であり、これを規制する立法の合憲性は、厳格な基準によって判定されなければならない。それゆえ、少年法61条は、少年事件の被疑者の公表を一律に禁止しているが、少年の保護よりも社会的利益の擁護が強く優先するような場合については除外されるとの限定解釈がなされることにより、初めて合憲とされるべきであり、仮に少年法61条が原告の主張するように一律に推知報道を禁ずるものとしか解釈できないとすれば、同条は、過度の公汎性により憲法21条に反し無効である。

したがって、少年法61条は、その適用範囲を限定すべきであり、同条にいう少年の「推知報道」の禁止は、少年の保護よりも国民の「知る権利」という社会的利益の擁護が強く優先するような場合、例えば少年事件が実質的にみれば成人の犯罪と同視できる場合や社会防衛の必要がある場合については除外されるというべきである。

(四) 本件記事による報道はその表現内容、方法において相当な範囲内のものである。

本件事件は、犯行当時19歳5月に達していた原告により、何の因縁もない1人の成人と2名の未成年者が文化包丁で殺傷されるという、稀にみる非道な通り魔殺人事件であり、幸いにして2名は命をとりとめたが、状況からみてさらに多数の死者、被害者が出てもおかしくなく、被害者及び犯行現場の近隣にとどまらず、社会一般に大きな不安を与えた事件であり、明らかに「少年」の保護よりも「社会的利益が強く優先する場合」に該当するケースといえ、被疑者たる原告の推知報道は少年法61条に反するものではない。

本件記事はこうした事件の表層を切り裂き、被疑者とされている原告の姿を、その生育歴、境遇、家族や周辺との関係の中から浮き彫りにしようとする真摯な「ルポルタージュ」であって、国民の知る権利に応えた調査報道であり、その中で原告の氏名・肖像にふれたのも表現内容・方法において相当な範囲に入るものである。

(五) 実名報道した理由

被告Bが、本件事件につき実名報道を行おうと決めたのは、少年法とは非行少年を保護育成するための法律であるが、百歩譲っても本件事件は非行と呼べるものでなかったうえ、原告は犯行時あと半年で20歳になる者であったからである。

被告Cが、本件事件につき実名報道を行おうと決めたのは、「少年」の尊厳を認め、匿名性の中に埋没させず全てを事実として書き、「少年」に自分のなしたことをきっちり認識させたうえで、分からせるべきであると考え、また、殺され、傷つけられた被害者に対する鎮魂のためでもあった。

2  損害

(原告の主張)

(一) 慰謝料等

(1) 原告は、本件記事の掲載によって、プライバシー権、氏名肖像権及び名誉権、ひいては実名で報道されない権利を侵害され、著しい精神的苦痛を被った。

また、原告は、本件記事の掲載・発表により「幼稚園児虐殺犯人」とのラベリングを受け、自ら成長していこうとする意欲を減退させられる具体的危険及び社会から「犯罪者」「凶悪犯人」であるとして排斥される具体的危険を生ぜしめられた。これによって、原告が将来社会の中で成長・発達し、更生していくうえで、より一層の困難と精神的負担に耐えなければならない。これらの苦痛を金銭に換算すると2000万円を下らない。

(2) 被告らによる本件違法行為は、少年法61条に違反し、名誉毀損罪に該当する点で極めて違法性が高いものであること、人権侵害の程度も高いこと、その目的が私的制裁を志向する確信犯的な営業的センセーショナリズムであること、被告らが本件違法行為によって相当の利益を得ていること、被告らは従前より同種の違法行為を繰り返しており、本件違法行為後の言動からすれば今後も同種の行為に及ぶ危険性が高いことなどからすれば、同種の違法行為を抑制するためにも、本件違法行為に対する裁判所の否定的な態度を明確化すべく、被告らに対し2000万円の制裁的慰謝料の支払を命じるのが相当である。

(二) 弁護士費用200万円

(被告らの主張)

争う。

制裁的賠償については、<1>賠償額が(刑事罰と異なり)固定的でなく予測が難しいこと、<2>金額の算定に当たり大幅な自由裁量が認められていること、<3>金額の算定が被告の資力に基づくこと、<4>共同不法行為者間や共同被害者間に不公平が生ずること、<5>被害者が予想外の大金を獲得するのは不公正で不当利得である等の多くの問題があるから、認められるべきではない。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点1(本件記事を掲載した本件雑誌の発行行為が不法行為に該当するか)について

本件記事において、原告の氏名、年齢、職業、住居、容ぼうその他により、原告が本件事件の被疑者であると明確に特定できる内容の記述がなされるとともに、原告の中学校卒業時の顔写真等が掲載され、同時に原告の生い立ち、非行歴や日常生活に関する事項についての記述も相当程度詳細になされていること、この記事が掲載された本件雑誌が全国の書店において販売され、原告が居住する大阪府堺市内をはじめ全国の公衆の眼前にさらされたことは、前記第二の一2(二)、(四)のとおりである。

そこで、本件記事を掲載した本件雑誌の発行が原告の主張する法的利益を侵害し、不法行為となるかについて、以下検討する。

1  およそ自然人は、成年であるか少年であるかを問わず、他人に知られたくない私生活上の事実や情報を広く公表されないこと、及び、自己の容ぼう・姿態をその意に反して広く公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するのであって、なかでも、刑事事件につき被疑者とされたという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接かかわる事項であるから、みだりに右事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有するということができる。

本件記事において記述された事実、とりわけ、実名を挙げたうえで原告が犯罪の被疑者であるという事実は原告の名誉に直接かかわる事項であり、また過去の非行に関する事実及び家族関係や生い立ちについての事実は、一般人がその立場に立てば公開を欲しない私生活上の事項であって、かつ一般の人には未だ知られていない事項と認められることから、原告は、右のような事項をみだりに公表されないことにつき法的保護に値する利益を有すると認められる。さらに、無断で本件記事と共に右顔写真が掲載されることによって、原告が、羞恥、困惑などの不快な感情を強いられ、精神的な平穏を害する結果となることは明らかであることから、原告は、こうした不利益を受けない法的保護に値する利益を有すると認められる。

他方、一般に、右のような事項及び写真の掲載は、それが刑事事件ないし刑事裁判という社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項及びこれと密接に関連する事項であることから、一定の場合には公表されることを受忍すべき場合も存するのであって、その公表が、公共的利害に関する事実の報道として公益を図る目的の下に行われたものか否か、手段・方法が右目的からみて必要性・相当性を有するか否かという観点から検討し、その結果、前示のような事項及び写真を掲載されない利害が優越する場合には、その公表が不法行為を構成し、被掲載者は右公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるというべきである。

2  ところで、本件は、原告が行為当時20歳未満の少年であり(本件雑誌が出版、販売された平成10年2月18日当時においても同様であった。)、少年法61条が「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のときに犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。」と定めていることから、同条をいかに解するかが問題となる。

少年法は、少年審判の非公開を定める(22条)とともに、61条において右のとおり当該事件の本人であることを推知することができるような報道を禁じており、一般に「非公表」の原則が取られているが、この「非公表」の原則は、一方において、1において述べたような少年の有する利益、すなわち、他人に知られたくない私生活上の事実や情報を広く公表されないこと等につき法的保護に値する利益を保護するものであるとともに、他方において、「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」(1条)という少年法の精神を受け、少年の社会復帰に対する支障を最小限とし個人の更生を図りつつ、これによって再犯を予防するという刑事政策的考慮にもまた基くものと解される。少年法61条の趣旨も、推知報道を禁止することにより、非行を犯したとされる少年について、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等がみだりに公表されないという法的保護に値する利益を保護するとともに、公共の福祉や社会正義の観点から、少年の有する利益の保護や少年の更生につき優越的な地位を与え強い保障を与えようとするものと解される。

したがって、同規定に反し、本人であることが分かるような方法で、一般人がその立場に立てば公開を欲せず一般の人には未だ知られていない事項や顔写真等が、新聞紙その他の出版物に掲載され広く公表された場合、それが例外なく直ちに被掲載者に対する不法行為を構成するとまでは解しえないものの、成人の場合と異なり、本人であることが分かるような方法により報道することが、少年の有する利益の保護や少年の更生といった優越的な利益を上廻るような特段の公益上の必要性を図る目的があったか否か、手段・方法が右目的からみてやむを得ないと認められることが立証されない以上、その公表は不法行為を構成し、被掲載者は右公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるというべきである。

3  そこで、以上を前提として本件をみるに、本件事件は、早朝通園、通学途中の幼稚園児及び女子高生と園児の母親が路上で殺傷されるという悪質重大な事件であり、被疑者として逮捕された原告がシンナー吸引中で、被害者らとは何の因縁もない者であったこともあいまって、被害者及び犯行現場の近隣にとどまらず、社会一般に大きな不安と衝撃を与えた事件であることは被告が主張するとおりであり、社会一般の者にとっても、いかなる人物が右のような犯罪を犯し、またいかなる事情からこれを犯すに至ったのであるかについて強い関心があったものと考えられる。

しかしながら、原告は犯行後現行犯逮捕されており、更なる被害を防ぐために社会防衛上実名及び顔写真を公表する必要があるような場合ではなく、本件事件の態様の悪質性、程度の重大性や社会一般の関心をもってしても、原告の犯罪を犯したこと等にかかわる事実を実名及び顔写真とともに公表されない法的利益等を上廻るような特段の必要性があったということはできない。

被告らは、本件記事が、本件事件の「表層を切り裂き、被疑者とされている原告の姿を、その生育歴、境遇、家族や周辺との関係の中から浮き彫りにしようとする」目的で行った「調査報道」であるとして、本件記事の内容・方法が相当であったと主張するが、本件記事において実名及び顔写真等原告を特定しうる表現がなかったとしても、他の報道が少年法61条の精神に従い原告の匿名報道を行っている状況の下であえて同条に反し実名及び顔写真等を掲載したことそれ自体の持つ衝撃性は失われるものの、その記事内容の価値に変化が生じるものとは解されず、被告らが本件記事のあとがきで述べるように、本件事件の本質が隠されてしまうものとは到底考えられない。

また、被告らは、本件事件が少年法の対象とする「非行」の域を超える犯行であること、原告が犯行時あと半年で20歳となる者であったことが被告Bにおいて実名報道を決めた理由であるとし、これをもって実名報道が相当であったと主張するもののようであるが、本件事件の悪質性、重大性を考慮しても、本件において、原告の犯罪を犯したこと等にかかわる事実を実名及び顔写真とともに公表されない法的利益等を上廻るような特段の必要性があったとはいえないことは先に述べたとおりであり、原告が犯行時において少年法の適用されない成人となるまで半年を残すだけの年齢にあったことについても、わが国が少年法において一律に20歳未満の者を少年と定め、犯罪行為を行った少年については成人とは異なる処遇を行うという施策を採っている以上、成人に近い年齢であったからといって、少年に該当する年齢であった原告を他の少年と区別すべき理由となしうるものではなく、被告らの右主張は採用することはできない。また、被告Cにおいて実名報道を行うことを決めた理由として被告らが主張するところ(前記第二の二1の被告らの主張(四)後段部分)は、実名報道がなにゆえその主張する意図にかなうのか理解しがたいうえ、本来法の下に行われるべき処遇ないし制裁を、被告らにおいて行う権限があるかの如き主張でもあって、到底首肯しえない独自の見解というほかはなく、それが公益上の必要性を構成するものということはできない。

なお、乙第6号証の意見書において、原告が犯行時19歳6か月の少年であり、刑事処分相当とされ起訴されることの確実な少年であったから、起訴後の公開の法廷で、原告のプライバシー等はすべて不特定多数の人に明らかにされるのであるから、被告らが実名報道等を行ったとしても実質的違法性がない旨の指摘がなされている。しかしながら、公開の法廷で審理がなされることにより原告のプライバシーが公開される場合と、出版物に掲載されてそれが公表される場合とでは、公表の規模が自ずから異なるのであって、少年法61条も「少年のとき犯した罪により公訴を提起された者」についても推知報道を禁じているなど、法廷による公開と出版物による公開には質的な差異があることを前提としていると解されることからすれば、右指摘は必ずしも適切なものということはできない。

以上を総合して考慮すれば、本件記事を掲載した本件雑誌の発行行為は、原告の有する、犯罪行為を犯したこと等につき実名及び顔写真を使用して公表されないことについての法的保護に値する利益を上廻る公益上の特段の必要性があったとも、公益を図る目的の下で必要かつ相当な手段・方法において行われたものとも認めることができないといわざるを得ない。

4  よって、本件記事を執筆した被告C、これを掲載した本件雑誌の発行者である被告B及びその発行所である被告会社は、民法709条、719条に基づき、原告に対し、連帯して損害賠償責任を負うというべきである。

二  争点2(損害)について

1  慰謝料について

本件記事の内容は前述のとおりであり、原告の氏名、年齢、職業、住居、容ぼうその他により、原告が本件事件の被疑者であると明確に特定できる内容の記述がなされるとともに、原告の中学校卒業時の正面からの顔写真等が掲載され、同時に原告の生い立ち、非行歴や日常生活に関する事項についても相当程度詳細な記述がなされていること、前記第二の一3(一)、(二)のとおり、被告会社はこれまでにも少年の犯罪について顔写真を雑誌に掲載し、2度にわたって法務局から再発防止の勧告を受けていたにもかかわらず、本件に及んでおり、被告らは本件記事を掲載した本件雑誌を発行するにあたって当然各方面から強い反発や非難があることが予想できたにもかかわらず、あえて右行為に出ている点について極めて悪質であるといわざるを得ないことに加え、これまで述べた諸事情を総合勘案すれば、被告らの不法行為による原告の精神的苦痛を慰謝するための金額としては200万円が相当である。

なお、原告は被告らに制裁的慰謝料の支払を命ずるべきであると主張するが、わが国の損害賠償制度は損害の填補による当事者間の公平の回復を目的とするものであって、制裁的慰謝料を加害者に課することは、右制度趣旨に反するものといわざるを得ないうえ、被害者にその損害以上の利益を与えることは不当な利得を得させることになるのであって、実質的にも妥当とはいえない。よって、原告の右主張は採用できない。

2  弁護士費用について

被告らは、原告に対し、本件訴訟に係る原告の弁護士費用として50万円の損害賠償責任を負担すべきである。

三  謝罪広告について

原告の求める謝罪広告は、被告らの行為が少年法61条に反する不適切なものであったこと及び同条に違反することを明確に認識しながら掲載にふみ切ったことが問題提起の方法としても不適切であったことを謝罪することを内容とするものであるが、右内容の広告では、原告の名誉を回復するのに適当であるとは言い難いので、本件につき、被告らに対し、謝罪広告を命じないこととする。

四  結論

以上によれば、原告の請求は、被告らに対し、不法行為に基づき250万円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の日である平成10年2月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条、64条、65条を、仮執行宣言につき同法259条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三代川三千代 裁判官 中村愼 裁判官坂口裕俊は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 三代川三千代)

別紙

一 謝罪広告

平成10年1月18日発売の月刊雑誌「○○」3月号122頁の「ルポルタージュ『幼稚園児』虐殺犯人の起臥」との見出しの記事において、いわゆる堺通り魔事件につき家庭裁判所の審判に付された少年の氏名、生年月日、顔写真、住居、職歴、容貌などにより本人を特定することができる記事を掲載しましたが、この記事は、少年法61条に反する不適切なものでありました。また、同条に違反することを明確に認識しながら掲載に踏み切ったことは、問題提起の方法としても不適切なものでありました。

右記事により、同少年に多大なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び致します。

平成 年 月 日

株式会社 A

代表取締役 ○○

「○○」編集長 B

作家 C

二 掲載条件

1 字格は、「謝罪広告」とある部分は20級活字を、その他の部分は他の記事と同級の活字を使用すること。

2 大きさは、「○○」の1頁全体を使用すること。

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