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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)4964号 判決 1999年2月09日

原告

嶋崎肇

右訴訟代理人弁護士

中山巌雄

右同

田中文

被告

高橋開発株式会社

右代表者代表取締役

高橋征二郎

右訴訟代理人弁護士

小川真澄

右同

山上東一郎

右同

中村雅子

右同

奥村賢治

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金一〇九〇円及びこれに対する平成九年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は原告が被告との間で売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)を含む別紙物件目録二記載の建物(以下「本件マンション」という。)の近隣に公衆浴場(沢の湯)があり、その煙突(以下「本件煙突」という。)の存在及び排煙の流入について、被告が本件売買契約締結の際に説明をしなかったことが債務不履行に該当するとして、本件売買契約を解除したうえで支払った手付金の倍額の損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  被告は建設業、不動産売買仲介及び管理業等を目的とする会社である。

2  平成九年二月一六日、本件建物について、売主を被告、買主を原告として、以下の内容の本件売買契約が締結された。

(一) 売買代金 五四五〇万円

(二) 代金の支払 手付金五四五万円を契約締結時に支払う。残金四九〇五万円は平成九年一〇月三一日に支払う。

(三) 本件建物竣工予定日 平成九年一〇月三一日

(四) 本件建物完成引渡予定日同年一一月三〇日

(五) 本件売買契約の解除 売主(被告)が本件売買契約に違反したときには、買主(原告)は本件売買契約を解除することができ、右の場合において、売主(被告)の契約違反による場合には売主(被告)は手付金を返還し、同額の違約金を買主(原告)に支払うものとして、これによって契約解除による損害は賠償されたものとする。

3  原告は本件売買契約に基づいて被告に対して、手付金五四五万円を支払った(平成九年二月九日に申込証拠金名目で一〇万円、同年二月一六日に残金五三五万円)。

4  本件建物は本件マンションの一一階部分であり、本件マンションの南西側角から約二〇メートルほどの地点に煙突が存在しているが、被告は本件売買契約締結時において、その存在及び排煙の流入については説明しておらず、被告が原告に交付した本件マンションのパンフレット、図面集の中に右煙突の存在は記載されていない。なお、原告は本件マンションから約一キロメートル南西に居住している。

二  争点

本件売買契約において、本件煙突の存在及び排煙の流入について被告は原告に対し、説明をすべき義務を負っているか否か

第三  原告の主張

一  被告は本件煙突の存在及び排煙の流入について、熟知しており、右事実は本件建物の買主である原告にとって、本件売買契約を締結するかどうかを決定する重要な事実に該当する。なぜなら、本件マンションは居住用であり、排煙が室内に流入すれば、居住環境に大いに悪影響を及ぼすからである。

二  右事実について、被告に説明義務が認められるべき根拠としては、まず、契約締結の準備段階において適用される信義誠実の原則があげられる。また、被告は宅地建物取引業者であり、宅建業法三一条の規定する信義誠実の原則が適用され、同法三五条の規定する宅地建物業者の重要事項説明義務が課されるところ、右各規定は購入者保護の見地から定められたものであり、このことからすると右事実は重要事項としてその説明義務が課されるべきものである。また、不動産の表示に関する公正競争規約九条の規定している表示義務のあるデメリットは例示列挙であり、同条の趣旨から列挙事由と同等と考えられる事項についても表示義務が認められるべきところ、同条には沢沼地であること、高圧線下であること等、目的物の価値に大いに影響する事項や危険物の存在など、買主にとって重要な判断要素となる事項がこれに含まれるのであり、ダイオキシンが大きな社会問題となっている今日において、本件煙突の存在及び排煙流入もこれに該当すると考えるべきであり、被告は右規定に基づいて、本件煙突の存在及び排煙の流入についても説明義務を負うものである。

第四  被告の主張

一  本件煙突は高圧線や汚水処理場といった危険施設ないし嫌悪施設とは性格が異なり、不動産の価値に影響を及ぼすものではなく、また、本件煙突は本件マンションの南西側角から西に二〇メートルの距離にあり、原告の居住目的に支障をきたすものとは言えず、本件売買契約における重要事項には該当しない。

二  被告が原告との本件売買契約に先だって、本件煙突からの排煙が本件マンションへ流入するか否かについて、事実関係を認識していたことはない。また、沢の湯は燃料としては重油を使用しており、本件マンションに入居済みの居住者から本件煙突の排煙についての問い合せや苦情はない。

第五  判断

一  争点に対する判断

1 宅建業法、不動産に関する公正競争規約及び民法の信義誠実の原則から導き出される契約締結時における説明義務の対象となる事実はその契約の締結可否を判断するについて重要な影響を及ぼす事実であると解されるところ、これを本件売買契約に即して考えると、本件建物が居住用であることから、居住者の生命、身体の安全及び衛生に関する事実はそれに含まれると解されるが、それらの事実は多種多様であり、その影響の程度も千差万別である。

したがって、右事実のうちから一定範囲の事実に限定して説明義務を課すべきであると考えられるところ、その基準については、通常一般人がその事実の存在を認識したなら居住用の建物としての購入を断念すると社会通念上解される事実とするのが合理的である。

2  これを本件についてみると、原告が被告に説明義務があると主張しているのは本件煙突の存在及びそこから本件建物へ流入する排煙であるが、より本質的には、本件煙突が倒壊するおそれがあるといったことも想定されず、また、風呂屋自体が嫌悪施設ともいえない本件においては、その存在自体ではなく、本件煙突からの排煙がその対象となる事実となると考えられ、問題はそれが本件建物ひいては居住者にいかなる影響があるかという点になると考えられる。そこでまず、本件煙突から本件建物への排煙の流入の事実とそれが居住者に対していかなる影響を及ぼしているかについて検討する。

3  前記のとおり、本件煙突は本件マンションの南西側角から約二〇メートルほどの地点に存在しており、甲第五、第六、第八号証によると、平成九年一〇月ないし一一月ころ、付近住民から本件煙突から黒煙が出てすすが付くという苦情が出ていること、同年一二月の午後一時から二時ころに少量の煙が出ているのを寝屋川市の職員が目撃していること、本件マンション一一階の居室から本件煙突から煙が出ているのが見え、居室にも臭気が入ってくることが認められる。また、甲第一〇及び第一一号証によると、本件煙突からダイオキシンが排出されている可能性を全く否定することはできないことが認められる。

4  以上の事実からすると、本件煙突から排出される煙が本件マンションへ流入していることは認められるが、排出される煙のうちどの程度が流入しているかは不明であり、また、本件煙突から排出される煙にいかなる成分が含まれ、その量がどの程度であり、このことにより本件建物の居住者に対して、本件煙突からの排煙が健康上どのような影響を及ぼしているかも不明である。

他方、本件煙突が本件マンションの南西側角から二〇メートル離れていること、前記のとおり常時多量の煙を排出しているわけではないこと、公衆浴場はいわゆる嫌悪施設ではなく、むしろ、利便を提供する施設という側面は否定できないことを併せ考えてみると、通常一般人が本件煙突が存在し、その排煙の流入の可能性についての情報を得ていないとしても、社会通念上その事実を知ったなら本件建物の購入を断念するほどの重要な事実とまでは評価できないと認めるのが相当である。

二  結論

以上から、本件煙突の存在とそこからの本件建物への排煙の流入の事実について、被告に説明義務を課すほど重大な事実であるとは認められず、これを根拠とする原告の請求は理由がない。

(裁判官今中秀雄)

別紙<省略>

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