大阪地方裁判所 平成10年(ワ)5887号 判決 2000年2月22日
本訴原告(反訴被告) A野花子
右訴訟代理人弁護士 桑森章
同 桑森ひとみ
本訴被告(反訴原告) 第一生命保険相互会社
右代表者代表取締役 森田富治郎
右訴訟代理人弁護士 中里榮治
同 万代佳世
主文
一 本訴原告(反訴被告)の本訴請求をいずれも棄却する。
二 本訴原告(反訴被告)と本訴被告(反訴原告)との間には、本訴原告(反訴被告)・本訴被告(反訴原告)間の別紙保険契約記載の生命保険契約に基づく、本訴被告(反訴原告)の本訴原告(反訴被告)に対する一切の債務の存在しないことを確認する。
三 本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、金三七七万一四三六円及びこれに対する平成一〇年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ、本訴原告(反訴被告)の負担とする。
五 この判決は、主文第三項につき仮に執行することができる。
事案及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 本訴関係
1 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、二一〇万円を支払え。
2 本訴原告(反訴被告)と本訴被告(反訴原告)との間で、本訴原告(反訴被告)が別紙保険契約記載の保険契約の保険契約者及び被保険者の地位にあることを確認する。
二 反訴関係
主文第二項及び第三項同旨
第二事案の概要
一 事案の概要
本件は、本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)と本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)との間で締結された別紙保険契約記載の保険契約(以下「本件契約」という。)の効力が問題とされた紛争である。
本訴請求は、原告が、本件契約の存在を前提として、被告に対し、原告が同契約上の地位を有することの確認並びに別紙保険加入状況等一覧表記載【5】の疾病(以下「疾病5」という。)による平成九年四月一三日以降の入院及び難治性食道潰瘍、胃十二指腸ポリープ、大腸ポリープ(以下「本件疾病」という。)による同年一〇月二七日以降の入院があったとして、本件契約に基づく入院給付金の支払を求めるものである。
また、反訴請求は、被告が、本件契約が無効又は解除により失効したとして、原告との間でこれに基づく一切の債務が存在しないことの確認を求めるとともに、原告に対し、主位的には不当利得返還請求権に基づき、予備的には不法行為に基づき、これまでに給付した入院給付金の返還又は同額の損害賠償を請求するものである。
二 争いのない事実
1 原告と被告は、平成六年一二月一日に本件契約を締結した。
2 原告は、別紙入院経過表記載のとおり入院した。原告は、本件契約に基づき、被告に対し、別紙保険加入状況等一覧表記載【1】ないし【5】のとおりの病名の疾病(疾病5を除き、以下、順次「疾病1」ないし「疾病4」という。)に罹患し、右のとおり入院したとして、同表のうち、被告に関する部分のとおり、入院給付金の支払を請求した。これに対し、被告は、別紙保険加入状況等一覧表記載のとおり、疾病1ないし4のすべて並びに疾病5のうち平成九年四月一二日までの入院部分について、合計三七七万一四三六円の入院給付金を支払った。
3 原告は、被告の他、朝日生命保険相互会社(以下「朝日生命」という。)及びアメリカンライフインシュアランスカンパニー(以下「アリコ」という。)の二社との間で、別紙保険加入状況等一覧表のうち、同社に関する部分各記載のとおり保険契約を締結し、その後、疾病1ないし5の傷病に罹患したとして、二年一か月の間に、被告を含む右三社(以下「被告ら三社」という。)から、同表記載のとおり、合計一四三〇万八四五〇円の入院給付金の支払を受けている。
4 原告は、被告から前記2の入院給付金の支払を受けた後も、疾病5につき平成九年七月一〇日まで、本件疾病を発症したとして、同年一〇月二七日から平成一〇年二月二八日まで、それぞれ医療法人協友会塚本病院(以下「塚本病院」という。)に入院した。
5 原告は、本件契約に基づき、疾病5のうち平成九年四月一三日以降の入院に対応する部分及び本件疾病につき、入院給付金の支払を請求したが、被告は、これを拒否している(右入院給付金が支給されれば、その合計金額は二一〇万円となる。これが原告が本訴請求で請求する金額である。)。
6 被告は、原告に対し、本件契約は、無効又は解除により失効したと主張し、原告の本件契約上の地位を争っている。
三 争点
1 本件契約は、原告の詐欺により無効となるのか(主位的請求1)。
(一) 被告の主張
本件契約にかかる契約書(以下「本件契約書」という。)の主約款には、別紙保険条項記載一のとおり、保険契約の締結に際して、保険契約者又は被保険者に詐欺の行為があったときは、当該保険契約を無効とする旨の規定があり、すべての特約にも準用されているところ、①原告の生命保険契約の加入状況及び支払保険料の額、②入院給付金の請求及び受領状況、③原告の職業の不実告知及び入院治療の必要性が疑わしいことの各事情を総合すれば、原告は、いわば、入院給付金による不法な利益を得る目的で被告との間で本件契約を締結したものと認められる。
したがって、本件契約は、詐欺により無効である。
(二) 原告の主張
被告の右主張を争う。原告が本件契約締結時に、自己の職業を正確に告知しなかったのは、被告の担当者馬田明美(以下「馬田」という。)の指示によるものである。また、原告は、真実入院の必要があったから入院しており、入院期間も医師の判断によるものであるから、何ら不正をしていない。
2 本件契約は、重大事由により解除できるか(主位的請求2)。
(一) 被告の主張
本件契約書には、別紙保険条項記載二の定めがある。仮に、右1に関する被告の主張が認められないとしても、原告、被告間の契約当事者間における信頼関係は、原告が、本件契約の締結後の事故招致又は不正請求に類似する行為によって、遅くとも疾病1ないし5に関する前記入院給付金を取得した時点で、著しく破綻した。
原告は、右が本件契約書が定める「その他保険契約を継続することを期得し得ない事由がある場合」に該当するとして、反訴状をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をする(同意思表示が原告に到達したのは、平成一〇年六月一二日である。)。
(二) 原告の主張
被告の右主張を争う。原告にはそのような意図はない。
3 本件契約は、公序良俗に違反し無効であるのか(主位的請求3)
(一) 被告の主張
仮に、右争点1及び2に関する被告の主張が認められないとしても、本件契約は、原告がもっぱら入院給付特約付保険契約を利用して不法な利益を得ることを目的として締結されたものであるから、公序良俗に反し、無効である。
(二) 原告の主張
被告の右主張を争う。
4 原告の不法行為責任の有無(予備的請求)
(一) 被告の主張
右のとおり、原告は、入院給付金特約付保険契約を利用して不法な利益を得る目的で被告との間で本件契約を締結し、しかも、その後入院の必要もないのに、前記のとおり入院を繰り返し、あたかも正当な入院であるかのように装って被告をだまし、入院給付金名下に三七七万一四三六円の支払を受けることによって、被告に同額の損害を与えたものであるから、被告に対し、同額の損害賠償義務がある。
(二) 原告の主張
被告の右主張を争う。
第三当裁判所の判断
一 前記争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
1 原告(昭和一五年三月三日生)と被告は、平成六年一二月一日に別紙保険契約記載一、二の内容からなる本件契約を締結した。
なお、原告は、平成五年三月一一日から同年一一月二九日まで及び平成六年四月七日から平成七年二月九日まで日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)に営業職員として勤務し、保険勧誘の業務についていたが、本件契約にかかる契約申込書には、「飲食業」、健康状態に関する告知書には、「スナック経営」と記載した。また、原告は、平成六年一一月二五日付けで右告知書を作成したが、その中では、過去五年以内に継続して七日以上、医師の診察、治療を受けたこと、入院をしたこと、最近三か月以内で医師の診察、治療等を受けたことはない旨告知している。また、被告の検査医による検診の結果によっても、原告には異常が認められなかった。
2 原告は、本件契約締結の直後の平成七年一月一日付けで別紙保険加入状況等一覧表記載のとおり、朝日生命及びアリコとの間で保険契約を締結した。原告は、自己の職業を朝日生命に対しては高砂企画事務又は事務、アリコに対しては営業又は日本生命営業社員と記載して保険契約を申し込んだが、被告及び朝日生命では、同業他社の従業員が保険契約を締結することが、社内の規定により禁止されていた。
3 原告の平成六年四月から平成七年三月までの一年間の収入(税等の控除前の金額)の合計は、一五四万〇八三四円であったが、被告ら三社に対する保険金の支払額は、月額七万八〇〇三円(年額九三万六〇三六円)に達していた。
4 原告の夫A野太郎(昭和一六年一〇月二日生、以下「太郎」という。)は、タクシー運転手をしていた平成五年七月一日付けで被告との間で生命保険契約を締結しているが、同年九月二四日に自動車を運転中バイクを避け損ねたとして橋に衝突し、同日から平成六年一月一〇日まで外傷性頸部症候群、大腸ポリープ等で、塚本病院に入院し、さらに、同年五月九日には自動車を運転中大阪市営バスに追突し、外傷性頸部症候群、頭部外傷、胸部捻挫、腰部捻挫で同月一〇日から同年八月一〇日まで塚本病院に入院していた。太郎は、その後、更に十二指腸潰瘍(多発性)を発症したとして、平成六年一二月一日から平成七年三月八日まで神吉外科・内科医院(以下「神吉医院」という。)に入院した。
被告は、太郎の右十二指腸潰瘍による入院に疑問があるとして、調査を行った結果、平成七年五月九日に被告との間で前記保険を合意解約した。太郎は、判明しているだけでも平成六年当時、被告の他、三井生命、日本生命、アリコ、太腸生命及び千代田生命と保険契約を締結していたが、このうち、太陽生命及び千代田生命との間では、契約が解約されている。
5 原告は、別紙入院経過表記載のとおり、神吉医院及び塚本病院に入院した。その概要は、次のとおりである。なお、原告は、当時大阪市生野区に居住していたが、神吉医院は神戸市東灘区に、塚本病院は大阪市西淀川区に所在した。原告は、夫太郎が入院していた際の対応がよかったことを理由として、当初神吉医院を選択していたが、その後同医院で一人で診療を担当していた神吉英雄医師(以下「神吉医師」という。)が病気を理由に診療を中止したため、前記のとおり太郎が入院したことのある塚本病院を選択したものである。
(一) 原告は、平成七年三月二一日に自宅屋上から洗濯物を持って降りる際に、階段を踏み外して転落し、その際、頭と腰を強打したとして、疾病1につき頸椎部捻挫、頭部外傷Ⅱ型の診断を受け、同年四月二六日から同年六月一九日まで神吉医院に入院した。
(二) 原告は、疾病2につき、急性肝炎により平成七年八月一日から同年一〇月三日まで神吉医院に入院した。
(三) 原告は、疾病3につき、十二指腸潰瘍により平成八年一月一一日から同年四月一二日まで神吉医院に入院した。
(四) 原告は、その後も疾病4につき、心不全、巨大背部腫瘍、大腸ポリープ、胃ポリープにより平成八年七月一五日から同年一一月三〇日まで塚本病院に入院した。
(五) 原告は、疾病5につき、肝炎、高血圧症により平成九年三月八日から同年七月一〇日まで、それぞれ塚本病院に入院した。
(六) 原告は、本件疾病により塚本病院に入院した。
6 原告は、本件契約に基づき、被告に対し、別紙保険加入状況等一覧表の被告欄記載【1】ないし【5】のとおり入院給付金の支払を請求し、これに対し、被告は、同欄記載のとおり、疾病1ないし4及び疾病5のうち平成九年四月一二日までの入院について合計三七七万一四三六円の入院給付金を支払った。
なお、原告は、別紙保険加入状況等一覧表記載のとおり、本件契約締結の直後に朝日生命及びアリコとも生命保険契約を締結しており、疾病1ないし5につき、二年一か月の間に被告ら三社から、合計一四三〇万八四五〇円の入院給付金の支払を受けている。
7 原告は、さらに、本件契約に基づき、本件疾病及び疾病5のうち平成九年四月一三日以降の入院分について被告に対し、入院給付金の支払を請求したが、被告は、これらにつき、給付金の支払を拒否している(仮に、原告に同年四月一三日以降の入院給付金が支給されれば、その合計金額は二一〇万円となる。これが原告が本訴請求で請求する金額である。)。
8 被告は、平成一〇年三月一三日に原告に到達した同月一一日付け書面により、原告に対し、本件契約は詐欺又は公序良俗に違反して無効であると主張して、入院給付金を返還するよう請求し、原告の本件契約上の地位を争っている。
9 原告は、本訴提起後の平成一〇年四月二三日に太郎の運転する自動車に同乗していた際に、太郎が中央分離帯に自車を衝突させたため、首、腰部を負傷したとして、同日から同年七月まで塚本病院に入院している。
二 争点1について
1 原告は、本件契約書には、保険契約の締結に際して、保険契約者又は被保険者に詐欺の行為があったときは、保険契約を無効とする旨の規定があるところ、①原告の生命保険契約の加入状況、支払保険料の額、②入院給付金の請求及び受領状況、③原告の職業の不実告知及び入院治療の必要性が疑わしいことを総合すれば、原告は、いわば、入院給付金による不法な利益を得る目的で被告との間で本件契約を締結したものと認められるから、本件契約は、詐欺により無効である旨主張する。そして、《証拠省略》によれば、本件契約書に右の規定が存することが認められる。
2 しかしながら、右規定の内容に照らせば、右「詐欺の行為」とは、保険契約者において、当初から保険金をだまし取る等の明確な意図のもとに、負傷内容を偽り、又は偽造、虚偽作成にかかる診断書を使用する等、詐欺その他の犯罪行為を構成するに足るだけの強度の違法性を帯びた行為を指すものと解すべきである。これを本件についてみるのに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 神吉医師は、疾病1については、原告が腰痛前後屈痛、頸痛、歩行困難、たちくらみを訴えるとともに、頸椎神経根刺激が著しいとの検査結果が得られたため、前記診断を行い、入院中は原告に対し、安静加療、頸腰椎固定治療及び頸椎ベッド持続牽引を行った。
(二) 神吉医師は、疾病2については、原告が食欲減退、全身倦怠感を訴え、やや黄疸がみられたことから、肝機能検査を実施した結果、GOT一三三、GPT一一七、γ―GTP一七三等の数値が得られたため、前記診断を行い、入院中は原告に対し、安静加療、投薬注射、点滴を行った。
(三) 神吉医師は、疾病3については、原告が空腹時の上腹部痛を訴え、また胃腸透視、潜血反応を実施した結果、前記診断を行い、入院中は原告に対し、安静加療、投薬注射、点滴を行った。
(四) 塚本病院の青木勇医師(以下「青木医師」という。)は、疾病4のうち心不全については、心電図検査によっても異常所見は認められないものの、不整脈、原告本人の愁訴があったことからその旨診断し、また、入院中に五回にわたり発作性頻脈があったことから、原告に対し、抗不整脈剤を投与するとともに、経過観察をした。また、青木医師は、右による入院の間、原告に背部腫瘍及び、胃・大腸部のポリープを発見したため、平成八年七月一八日に胃、大腸のポリープを、同月一九日に背部腫瘍をそれぞれ切除し、前記のとおり診断したが、右ポリープについても日常生活習慣を改める必要があると考え、入院を認めた。
(五) 青木医師は、疾病5については、原告が全身倦怠感を訴え、トランスアミナーゼが中程度上昇し、また、血圧上昇もみられたため、肝炎・高血圧症と診断した。そして、青木医師は、原告の入院中は、降圧剤を投与した他は、経過を観察した。
(六) 青木医師は、本件疾病については、平成九年一〇月二七日に腹痛があり、吐血したとの原告の訴えに基づき診察したところ、原告が裂孔ヘルニア等の食道の器質的変化を伴っていたほか、胃十二指腸及び大腸にポリープを認めたため、同ポリープを同日切除し、難治性食道潰瘍、胃十二指腸ポリープ、大腸ポリープと診断した。そして、胃酸抑制剤の投与及び食事療法を行うために入院を認めた。
3 右認定によれば、原告の疾病1ないし5及び本件疾病は、現実に客観的な疾病を伴うものであり、その旨を記載した医師の診断書が提出されている。また、原告に対しては、右の疾病に対しては、現実に治療が行われており、その治療経過を個別に、かつ子細に検討すれば、後述するように、問題がないわけではないものの、個別の疾病に対する治療としては、それなりに了解することができ、疾病がないのに、虚偽の治療が実施されたものとまではいえない。本件において被告の主張する前記事情もまた、いまだ右疾病の存在及び医師の診断を覆すに足るだけのものとまではなり得ない。
4 したがって、被告の右主張は採用できない。
三 争点2について
1 原告は、少なくとも本件契約の締結後に不当な利得を詐欺的に得たから、原告と被告との信頼関係は、遅くとも原告が各入院給付金を取得した時点で、著しく破綻したから、これが本件契約書が定める「その他保険契約を継続することを期待し得ない事由がある場合」に該当するとして、反訴状をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をする旨主張する。そして、《証拠省略》によれば、本件契約書には、別紙保険条項記載二の約定があることが認められ、被告の右意思表示が原告に到達したのが平成一〇年六月一二日であることは、当裁判所に顕著な事実である。
2 被告が争点2において強調する諸点をもってしても、原告につき詐欺行為があったとまでは認められないことは、前述のとおりである。
しかしながら、前記認定事実によれば、原告は、ほぼ同一時期に、被告ら三社との間でほぼ同種の保険に加入しており、その生活状況に比して不自然ともいうべき、多額の保険料を支払っていること、本件契約の締結後、前記認定のとおり、平成七年四月から平成一〇年二月までの約二年一〇か月の間に合計六回入院(六四日から一二五日)をしては、被告に対して入院給付金を請求し、これを受領していること並びに疾病4及び5については、入院中に数回に分けて入院給付金を請求していることが認められるが、これらは、いずれも不自然であり、これらの事情が重なるということは、それ自体モラルリスクを疑われても致し方ないものである。
さらに、原告が、自宅における転落事故から一か月以上経過した後に、疾病1で入院したことの不自然さもさることながら、右疾病の中には、高血圧症、急性肝炎等各疾病の性質からみて、通常は入院の必要性がないと考えられるものもあり、原告のカルテ等を具体的に検討した結果、医学上その必要性を否定する《証拠省略》もある。仮に、疾病1ないし5及び本件疾病を個別にみれば、原告の入院それ自体がやむを得ないともいえるとしても、これらを一連の疾病とみて、事後的にみれば、原告につき、このように長期かつ継続的な入院治療の必要性があったかどうかは、きわめて疑わしいといわなければならない。
これらに加え、原告が本件契約の締結時において、自己の職業を偽っていたこと並びに生計を一にする夫太郎に関する保険契約の締結状況、その後の受傷状況等及び被告が太郎の入院について疑問を持ち、最終的に保険契約が合意解約されたことをも総合勘案すれば、原告の一連の入院給付金の請求状況は、前述のとおり、それ自体詐欺を構成するものとは認められないにしても、不自然という他なく、原告による何らかの作為があったのではないかとの疑いを払拭することができない。
結局、疾病1ないし5及び本件疾病を一連の状況として勘案するならば、原告は、本件契約の締結後、まもなくして、事故招致(自傷行為)又は疾病を偽装する不正請求であるとの評価を受けても致し方ない行為をし、長期間の入院を繰り返し、頻繁に入院給付金を請求したものということができる。こうした原告の行動は、少なくとも、原告が疾病1ないし5及び本件疾病に基づく前記各入院による入院給付金を請求した時点においては、被告との信頼関係を損なうに足るものとして、本件契約書の主約款及び特約条項に共通する、(一)項(4)号所定の「その他保険契約を継続することを期待しえない第(1)号から前号までに掲げる事由と同等の事由がある場合」に該当するものと認めるべきである。
3 これに対し、原告は、本件は、右条項に該当しない旨るる主張するが、いずれも採用できない。その理由は、次のとおりである。
(一) 原告は、本件契約の締結に当たって自己の職業を偽ったのは、本件契約締結時に、被告の従業員馬田からそのようにするよう勧められたため、そのように記載したものである旨主張し、《証拠省略》中には、これに沿う部分がある。
しかしながら、生命保険がモラルリスクを伴い、契約者の加入時の職業がいかなるものであるかが、保険会社においても大きな意味を持ち、同業者の加入については、契約締結の諾否も含め、より慎重な判断がなされるであろうことは、保険の公正さを担保するために必要な基本的な事項であるから、保険契約者が加入時の職業を偽るという行為が禁止されるということは、当該保険約款に記載されているかどうかという問題ではなく、保険会社の営業担当者であれば、当然に日常の業務上指導を受けているはずの事項である。このような地位にあった原告が、勤務先であった日本生命からそのような指示を受けておらず、これを知らなかったということは、およそ考えられない。これに加え、朝日生命及びアリコに対する原告の加入時の職業告知状況に照らせば、原告の右主張に沿う前記証拠は、にわかに信用できない。
また、仮に、馬田が原告に対し、そのような説明をしたとしても、原告が本件契約の締結に当たって、これに従って虚偽の職業を告知をしたことについては、非難されるべき点があることは明らかである。
(二) 原告は、前記のとおりほぼ同時に被告ら三社との間で保険契約を締結したのは、五五歳を超えると、保険料が高額になると担当者から聞かされたからである旨主張し、《証拠省略》中には、これに沿う部分がある。
しかしながら、右証拠は、これに反する《証拠省略》に照らし、にわかに信用できないし、保険の営業に従事していた原告がこうした事情を知らなかったとは、にわかに考えられない。また、前記認定にかかる原告の収入と被告ら三社に対する支払保険料との著しい不均衡(年間収入の半額を超えている)に照らせば、仮に、原告が、右客観的事実に反しながら、そのように誤信していたとしても、右契約締結は、やはり不自然かつ不合理な行動であるといわなければならない。
(三) 原告は、前記各疾病は、現実に存在し、入院も医師の診断によるものであるから、不自然ではない旨主張する。そして、疾病1ないし5及び本件疾病についてそれぞれ医師の診断、治療が行われた事実は、前記認定のとおりである。
しかしながら、原告の右傷病のうちポリープ、腫瘍、高血圧症及び肝機能障害は、外形が存するものの、その症状の軽重は、原告本人の愁訴が大きな要素となるものであるから、医師としては、本人の愁訴がある以上、入院を一概に拒絶できる状況にはなかったとも考えられる。
また、前記認定のとおり、神吉医院及び塚本病院は、いずれも原告の住所地から離れており、特に、神吉医院は、片道一時間を超え、太郎も入院していたことが認められる。これらに照らせば、原告は、太郎とともに、特に入院がしやすい病院を選択したとも解され(《証拠省略》中には、神吉医院が神戸市屈指のモラルリスク病院であり、外来患者はほとんどないとの記載がある。)、しかも、原告の入院状況は、そのすべてが、疾病が現実には存在しないのに長期間入院が行われたという明らかな虚偽のものであるとまではいえないものの、現実に原告が入院しただけの入院期間が真に必要であったかどうかについては、きわめて疑問であるといわなければならない。
こうした事情が、原告と被告との信頼関係を左右するに足るべきものであることは明らかである。
4 したがって、本件契約は、本件契約書の主約款等二〇条(一)項(4)号所定の事由に該当するものとして、解除されたものと認めることができる。これによれば、原告は、もはや被告との間に本件契約に基づく契約関係が存在しないし、疾病5のうち平成九年四月一三日以降の入院分及び本件疾病について、本件契約に基づく入院給付金を受領できないことになる。
四 結論
このように、本件契約は、被告の意思表示により有効に解除されているから、これが存続することを理由として、本件疾病等に関する入院給付金の支払及び本件契約が存在することの確認を求める原告の本訴請求は理由がない。他方、被告によって右のとおり本件契約が解除された以上、同契約が存在しないことの確認及び契約解除に基づき、疾病1ないし5に関してこれまで原告に支払った入院給付金の返還を求める(前記のとおり、本件契約書には、保険金の支払事由の生じたのち、前記主約款等二〇条(一)項(4)号により保険契約が解除されたときには、保険契約者は、既に受領した金員を返還すべき義務があるとの規定があることが認められる。)被告の反訴請求は理由がある。
よって、原告の本訴請求を棄却し、被告の反訴請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中敦)
<以下省略>