大阪地方裁判所 平成10年(ワ)6117号 判決 1999年2月12日
原告
木下寛一
右訴訟代理人弁護士
細見茂
角野とく子
被告
太平ビルサービス大阪株式会社
右代表者代表取締役
狩野伸彌
右訴訟代理人弁護士
田邉満
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 原告が、被告に対し、雇用契約に基づく権利を有することを確認する。
二 被告は、原告に対し、平成一〇年五月二五日から、毎月二五日限り金一九万三二〇〇円を支払え。
第二事案の概要
本件は、有期契約の警備員として被告に雇用された原告が、被告から雇用契約の更新を拒否されたが、右は事実上の解雇であり、正当理由がないなどと主張して従業員たる地位の確認と未払賃金の支払いを求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実
被告は、ビルディングの管理、清掃、警備保安業務の請負等を業とする会社であり、原告は、平成八年五月二日、雇用期間は一年と定めて被告に雇用された。
右雇用契約は、平成九年五月二日、雇用期間を一年と定めて更新された。
原告は、平成八年五月二日から平成九年九月四日までは大阪府東大阪市荒本北所在の大阪府立中央図書館に、同月五日から平成一〇年五月一日までは大阪市北区西天満所在の大阪弁護士ビルにおいて、警備員として就労した。
被告は、原告に対し、平成一〇年三月一八日付の通知書をもって、同年五月二日以降の雇用契約の更新をしない旨通知した(以下「本件雇止め」という)。
原告の賃金は、毎月一〇日締め、同月二五日支払であり、本件雇止め前三か月の平均賃金月額は一九万三二〇〇円であった。
二 本件の争点
本件の争点は、原被告間の雇用契約が、本件雇止めによって、平成一〇年五月一日をもって終了したか否かである。
1 原告の主張
(一) 原被告間の雇用契約は、期間を一年とする有期雇用契約の形態をとっていたが、事実上契約は更新されるのが慣行となっており、実態は期間の定めのないものであった。
(二) したがって、本件雇止めは、実質上の解雇というべきところ、これには何らの正当事由もない。
被告は、原告の勤務時間中の飲酒を本件雇止めの理由として主張しているが、原告が勤務時間中に飲酒した事実はなく、右は事実無根の中傷である。
本件雇止めは、実質的な解雇であるにもかかわらず、被告が解雇理由とする原告の飲酒事実については、原告に対する何らの事実確認もなされておらず、弁明の機会を与えることなくなされた本件雇止めは解雇権の濫用であって無効である。
2 被告の主張
(一) 被告は、正社員以外の警備員を雇用する場合、期間を一年として雇用契約を締結し、右期間満了後は、引き続いて雇用継続を希望する者について、その者が、健康で働く意欲があり、会社諸規定を遵守し、真面目で警備員として勤務できるか否かを審査したうえで雇用契約を更新するとの取扱をしており、更新しないときは期間満了により当該従業員は自動的に退職となるのであって、更新が慣行となっているものではない。
被告は、右と同様の有期雇用契約によって原告を雇用したのであり、本件雇止めにより、原被告間の雇用契約は平成一〇年五月一日の雇用期間満了をもって終了した。
(二) 被告が本件雇止めをしたのは、原告に、被告において厳禁している勤務中の飲酒の事実が認められたからであり、本件雇止めには理由がある。
すなわち、原告が大阪府立中央図書館勤務中、同図書館職員から、被告に対し、原告が所定位置に着いていないことやアルコール臭がすることについて苦情が寄せられ、被告が原告に事情聴取したところ、原告は、ウイスキーボンボンを食べたなどと弁解して飲酒事実を否定したので、厳重注意にとどめたところ、大阪弁護士ビルに勤務するようになった後の平成一〇年一月二四日、原告は、昼食後飲酒し、当時原告とともに同ビル警備に当たっていた他の警備員に飲酒事実を認めた。
そのほかにも、被告には、原告が右同日夕食時にも、ビールを飲んだ様子でアルコール臭をさせていたことや勤務中にコンビニから酒等を購入していたこと、大阪府立中央図書館の原告のロッカーに酒パックが置かれていたこと、大阪弁護士ビルの原告専用のロッカーにも酒等が置かれていたことなどの報告がなされており、このようなことから、被告では、雇用契約の更新はできないと判断して本件雇止めに至ったものである。
第三当裁判所の判断
一 証拠(略)によれば、以下の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。
1 被告は、警備員としては、正社員(雇用期間の定めのない従業員の趣旨と解される)約三五名、有期契約社員約一〇〇名、パート社員約三五名、合計約一七〇名を擁して警備保安業務を行っている。
有期契約社員については、満五七歳を超える者を対象とし、雇用期間を一年として雇用契約を締結しているが、従業員が雇用の継続を希望し、健康上及び勤務状況等に問題がない限り、満七〇歳までは一年ごとに契約を更新することとされている(正社員であった者も、満五七歳に達した後は、有期雇用契約社員かパート社員となる)。多くの従業員は、自己都合で退職するまで雇用契約を更新されていたが、過去には欠勤が多いことや病気入院等を理由に、被告において更新しなかった例もある。雇用契約時及び更新時には、有期警備社員労働契約書が取り交わされるが、右契約書には、不動文字で「労働契約期間が満了となり更新しないときは自動的に退職となる」と明記されているほか、被告では、過去に飲酒事故があったことから勤務中の飲酒を厳禁する趣旨で「勤務中は絶対に飲酒をしない事。万一これに反する時は退社の措置をとられても異議ありません」なる記載(ゴム印によるものと認められる)を付記している。
原告も、平成八年五月の契約時及び平成九年五月の契約更新時には右と同様の契約書を取り交わしている。
2 原告は、被告に雇用されて、大阪府立中央図書館の警備を命じられ、同所に勤務していたが、平成八年八月ころ、同図書館側から、被告に対し、原告が勤務中所定の位置(警備室カウンター前)を離れ外から見えない場所にいる、また、勤務中アルコール臭がするが飲酒しているのではないかとの苦情がよせられた。原告の上司である警備課長若山政昭及び警備課主任野村則男が、原告に対して、事情聴取したが、原告は、他に用事のない限りは所定位置にいるし、アルコール臭についてはウイスキーボンボンを食べたためであるなどと弁解して、飲酒の事実を否定した。被告では、飲酒の事実を現認できているわけではないことなどから、飲酒事実が判明した場合には退職してもらうとの厳重注意にとどめた。
その後も、同図書館側からは、原告の勤務態度についての苦情(その内容は、主として原告が所定位置にいないということであった)が続き、このため、被告では、平成九年九月五日、原告の勤務場所を大阪弁護士ビルに変更することとして、その旨原告に命じた。
なお、この間にも、被告には、同図書館に勤務していた他の警備員から、平成八年一一月ころ、誤って開けた原告のロッカーに開封した日本酒のパックが置いてあったことや原告が夕食で外出すると酒を入れたコンビニ袋を持って帰ってくること、冷蔵庫に原告のものと思われる焼酎が入れてあることなどの報告がなされていたが、被告では、原告が勤務中に飲酒した事実を確認できないことから、これについて事情聴取や処分を行うことはなかった。
原告は、弁護士ビルに勤務するようになった後の平成一〇年一月二四日、昼食後、湯飲みに湯を注ごうとした際、同日原告とともに勤務していた警備員則包哲史から、飲酒しているのかと問われ、原告は、焼酎の湯割りであることを認める発言をした。
被告は、同月二月始めころ、則包から、右一月二四日昼食時に原告が湯を注ごうとした際アルコール臭がしたことから、問い質したところ、原告が飲酒の事実を認めたこと、同日夕方にも外食してアルコール臭をさせながら戻ったこと、原告が清掃用ロッカーに貰い物の酒などを置いていることなどの報告を受けた。
被告では、右報告を受けて、原告に対する処分も検討したが、雇用契約の期間が間もなく満了することから、以後の更新を行わないこととして、原告に対しては事情聴取や処分等を行うことはせず、同年三月一八日付の通知書をもって、原告に対し、本件雇止めを通知した。
二 以上認定事実によって、判断する。
1 まず、本件雇止めが、原告が主張するように実質的な解雇に相当するかについてであるが、前記認定のとおり、警備員に関する被告の有期雇用契約は、年齢によって正社員の雇用契約とは雇用対象を画されており、雇用契約時及び更新時に、更新がない場合には退職となる旨明記された契約書が交わされ、雇用期間満了ごとに、健康状態や勤務状況を審査したうえで更新するか否かが決せられることとなっており、現に過去には欠勤や健康上の理由で更新されなかった事例もあるというのであるから、これをもって、実質的に雇用期間の定めのない雇用契約であったとは認め難く、したがって、本件雇止めが実質的な解雇であると解することはできない。
しかしながら、他方、被告の有期雇用契約は、従業員が雇用継続を望み、健康や勤務状況に格別の問題がない限りは更新されるものとされ、現に、更新拒絶事由のない従業員については更新がなされてきていたのであるから、従業員としてはそのような更新拒絶の事由がない限り、雇用契約は更新されるものと期待するのが当然であり、このことは、未だ雇用契約が反復継続されてきたとはいえない原告の場合にも同様に当てはまるところであって、かかる期待は法的にも保護されなければならず、したがって、被告の有期雇用契約を期間満了によって雇止めとするに当たっては、解雇の法理が類推適用され、仮に、被告が、客観的にみて合理的な理由もなく、恣意的に本件雇止めを行ったものであるとすると、本件雇止め後の原被告間の法律関係は、従前同様の雇用条件をもって従前の雇用契約が更新されたと同様のものになると解される。
2 そこで、本件雇止めに客観的にみて合理的な理由が存したか否かについて判断するに、被告は、本件雇い止めの理由は、原告の勤務時間中の飲酒であると主張している。
(一) 前記認定事実によれば、まず、原告は平成八年八月ころ、大阪府立中央図書館勤務時、勤務時間中にアルコール臭をさせていたことについて追及され、ウイスキーボンボンを食べたからと弁解していることが認められるが、そのことからすると、アルコール臭をさせていたこと自体は原告も肯定していたのであり、菓子に含まれるアルコールを摂取した程度で周囲にまでアルコール臭を発散させることは経験上あり得ないことであり、右弁解は明らかに不合理である。
原告は、その本人尋問において、右当時飲酒したことはないと述べ、同人の陳述書(書証略)にも同旨の記載があるが、右供述や陳述書の記載は信用できず、原告がその頃勤務中であるにもかかわらず飲酒していた事実は、これを認めることができる。
(二) 次に、前記認定の則包の報告にかかる、平成一〇年一月二四日昼食後に原告が飲酒したとの事実についてであるが、これに対して、原告は、その本人尋問において、飲酒を認める発言をしたことを自認しながらも、そのような発言をした経緯については、則包が昼食に取った餃子のニンニク臭が強かったことから、ニンニク臭を消すため及びビタミン剤を飲むため湯を注いで飲んだに過ぎず、その際同人から「酒か」と聞かれて、同人に対する皮肉を込めて、ニンニク臭を消すための焼酎である旨答えたに過ぎず、事実飲酒したものではないと述べ、原告作成の陳述書(書証略)にも同旨の記載がある。しかしながら、単に湯を注いだだけで飲酒かと問われるはずはなく、則包がそのような問いを発したのは、原告がアルコール臭をさせていたからであると考えるほうが自然であるし、仮に則包が多少ニンニク臭をさせていたとの事実があったとしても、昼食にとった餃子のニンニク臭などその程度は所詮しれており、その匂い消しに湯あるいは焼酎を飲むというのも全く合理性がなく、飲酒を自認した発言の経緯が右の原告の供述や陳述書の記載のとおりであったとは到底考えられず、右の当時、被告が則包から報告を受けたとおり、原告が勤務中であったにもかかわらず飲酒したとの事実はこれを認めることができる。
(三) なお、前記認定のとおり、そのほかにも、被告が、原告のロッカーから酒が発見されたことや、夕食のための外出後、アルコール臭をさせて、あるいは、酒を買って戻ってきたことなどの報告を受けていたことは認められるが、これらから、直ちに原告の勤務中の飲酒事実を認めることはできない。
ところで、右(一)及び(二)に説示した限度において、原告が勤務時間中飲酒した事実を認めることができるところ、原告の業務が警備員であり、その職種からして勤務中の飲酒が許されないことは改めていうまでもないことであるが、とりわけ、被告では、前記認定のとおり、過去に飲酒事故があったことから警備員の飲酒については過敏になっており、わざわざ契約書にも、飲酒を禁ずる旨付記して警備員の注意を喚起するなどしていたほか、大阪府立中央図書館での飲酒の件については、事実を否定する原告に対し、飲酒事実が判明したときには退職措置を取るとの厳しい警告を発していたのであって、それにもかかわらず、原告がそのような注意を無視して勤務中に飲酒したことは重大であり、警備員としての適性を否定されてもやむを得ないところである。
したがって、これを理由に、被告が本件雇止めの措置を採ったことには合理的な理由があるというべきである。
原告は、原告自身からの事情聴取を経なかったことからして解雇権の濫用であるというが、本件雇止めは、懲戒権の行使としてなされたものではないし、前記のとおり、通常の解雇そのものではないことをも考慮すると、事情聴取をして弁解の機会を与えなかったことが解雇権の濫用に相当するといわなければならないほどに重大な瑕疵であるとまでは認められない。
よって、原告の本訴請求は理由がない。
(裁判官 松尾嘉倫)