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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)74号 判決 1999年10月04日

原告

龍田敏雄

ほか一名

被告

秋山順一

ほか一名

主文

一  被告秋山順一は、原告らそれぞれに対し、二三四五万五二六八円及びこれに対する平成七年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、原告らの被告秋山順一に対する前項の判決が確定したときは、原告らそれぞれに対し、二三四五万五二六八円及びこれに対する平成七年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告秋山順一は、原告らそれぞれに対し、六五六六万九二一九円及びこれに対する平成七年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は、原告らの被告秋山順一に対する前項の判決が確定したときは、原告らそれぞれに対し、六五六六万九二一九円及びこれに対する平成七年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点を左折しようとした被告秋山順一運転の普通乗用自動車と同車の左側を直進していた龍田寛郎運転の自動二輪自動車が衝突し、その結果、龍田寛郎が死亡した事故について、龍田寛郎の父母である原告らが、被告秋山順一に対しては、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条に基づき損害賠償を請求し、被告日動火災海上保険株式会社に対しては、保険契約に基づき損害賠償額の直接請求をした事案である。

一  争いのない事実

(一)  当事者

原告らは、龍田寛郎(以下「寛郎」という。)の父母であり、相続により寛郎の権利義務を各二分の一の割合で承継した。

(二)  事故の発生(以下「本件事故」という。)

日時 平成七年一一月二日午前八時一〇分ころ

場所 大阪府八尾市高美町一丁目一番三六号先交差点(以下「本件交差点」という。)

左折車両 普通乗用自動車(大阪七八も一七五〇、以下「被告車両」という。)

同運転者 被告秋山順一(以下「被告秋山」という。)

同所有者 被告秋山

直進車両 自動二輪車(大阪ぬ七一八二、以下「原告車両」という。)

同運転者 寛郎(昭和五〇年一〇月一六日生まれ)

態様 被告秋山運転の被告車両が本件交差点を左折進行しようとした際、同車の左側を直進していた寛郎運転の原告車両と衝突した。

(三)  結果

寛郎は、本件事故後、大阪府八尾市内の病院に搬送されたが、事故当日の午前九時三四分に腹腔内出血により死亡した。

(四)  責任原因

被告秋山は、被告車両を所有し自己の運行の用に供していた者であるから自動車損害賠償法三条に基づき、また、過失により本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。

(五)  保険契約

被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)は、被告秋山との間で自家用自動車総合保険(SAP)を締結しており、同保険約款によれば、被告秋山に対する判決(賠償命令)が確定したときは、被害者は被告日動火災に対し損害賠償額の支払を請求することができる旨規定されている。

(六)  既払

原告らは、被告日動火災から自賠責保険金として、三〇〇七万五一七〇円の支払を受けた。

二  争点

本件の争点は、<1>事故態様・過失割合、<2>損害額である。

(一)  事故態様・過失割合

(原告らの主張)

被告秋山は、左折に当たり左折の合図を出していないか、そうでないとしても、左側を走行する二輪車の運転手にとっては、実質的には合図を出していないに等しいものであった。また、被告秋山は、道路左側に道路幅一・六メートルも空けたまま走行し、かつ、十分に左寄せをすることなく左折を開始した。被告秋山が左折に当たり多少なりとも左方に注意を払っていたならば、被告車両の真横まで迫っていた原告車両に気づくことができたはずである。これらの点において、被告秋山の落ち度は重大である。

これに対し、原告車両の速度は、時速約三〇キロメートルであり、制限速度を時速一〇キロメートル程度下回った速度で走行していたのであるから、速度の点において責められるべきものではない。したがって、本件事故の発生につき、寛郎に過失はない。

(被告らの主張)

原告車両は、先行する被告車両が時速一〇ないし一五キロメートルの低速で進行し、左折の合図を出していることに注意し、減速して先に左折させるか、又は加速して追い抜けるかの判断をすべき注意義務があったのに、被告車両の左折表示への注意を怠ったか、又はその判断を誤り、加速して先行車両を内側から追い越そうとしたものである。

本件事故の最大の要因は、原告車両の速度が出すぎていたことにあるから、本件事故の発生につき、原告側に四割以上の過失がある。

(二)  損害額

(原告らの主張)

<1> 治療費等 七万五一七〇円

<2> 葬儀費用等 五五五万三九二六円

寛郎の葬儀費用には、一七九万七九二六円を要した。寛郎の仏壇購入費には、六五万六〇〇〇円を要し、墓石建立費用には、三一〇万円を要する。

<3> 逸失利益 一億一四三三万四五一三円

寛郎は、本件事故当時、シャープ株式会社に勤務していたので、同社の高卒男子従業員の平均年間賃金及び退職金を基礎に、寛郎の逸失利益を算定すると、その額は、別紙「逸失利益算定一覧表」記載のとおり、合計一億一四三三万四五一三円になる。

ⅰ 将来の収入

(退職前の賃金分)

賃金については、将来における賃金の上昇も考慮すべきである。

寛郎と同様の処遇を受けると考えられるシャープ株式会社における高卒男子従業員の勤務年数ごとの平均年間賃金を、寛郎の将来の勤務年数に応じた年間賃金とすべきである。

(退職金分)

寛郎は、本件事故により死亡しなければ、一八歳から六〇歳までの四二年間、シャープ株式会社に勤務して、定年退職時には、シャープ株式会社における定年退職金平均支給額に相当する退職金を得ることができた。

(退職後の賃金分)

寛郎は退職後六七歳までは就労可能であったが、再就職後の収入は、それまでの経歴からして、同年齢における高卒男子従業員の全国平均賃金を下回ることはないと考えられるから、平成七年賃金センサス企業規模計・産業計・高卒男子労働者の六〇歳から六七歳までの逐年の年収によるべきである。

(年金分)

寛郎は生まれながらの聴覚障害者であり、成年となってから厚生年金の支給が開始されるまでの、平成七年から平成五三年まで、年間九八万一九〇〇円の障害者基礎年金を受給することができた。障害年金は、社会的に不利な立場に置かれている障害者の生活を保障するためのものであり、賃金とその性格を同じくするものである。

また、寛郎は、六五歳で老齢年金の支給が開始されてから男子の平均余命である七七歳まで年間二九七万五〇〇〇円の老齢年金を受給することができた。老齢年金は、退職後の生活の糧であり、就労時における賃金とその性質において変わるところはない。

ⅱ 中間利息の控除

バブル景気崩壊後、金利が極端に低く抑えられていることを考慮すると、中間利息の控除に関し、利率として、年三分を適用するのが相当である。

ⅲ 生活費控除

寛郎は、本件事故当時、独身であったが、いずれ婚姻し妻子ある家庭を持つことは容易に推測できるから、その生活費の割合としては四割が相当である。

また、仮に、原告主張の各年金が生活維持のためであり、それ故逸失利益算定の基礎とならないのであれば、この点は、少なくとも生活費控除の率を決定するに際して、考慮すべきである。

<4> 慰謝料 三〇〇〇万円

寛郎及びその弟聖一の二人の子のいずれもが、生まれながらの両感音性難聴でほとんど耳が聞こえないという障害を持っていた。しかしながら、原告ら夫婦は、そうした現実にいささかも挫けることなく、二人の子に対し、難聴障害を乗り越えさせるための懸命の努力をした。特に、原告寛子は、婚姻までは韓国で生まれ育ったというハンディキャップを抱えながらも、寛郎のため、聾学校に付き添って言葉を体得させるなど献身的な努力をした結果、寛郎は大阪府八尾市内の府立高校を卒業し、シャープ株式会社に就職するまでになったものである。

本件事故による寛郎の突然の死が原告らに与えた精神的苦痛は量り難いほど大きなものがあるが、敢えてこれを金銭に換算するとすれば、それぞれ一五〇〇万円を下ることはない。

<5> 物損 四五万円

本件事故により、原告車両は損壊した。原告車両と同型同等の中古自動二輪車の市場価格は、四五万円を下らない。

<6> 弁護士費用 一一〇〇万円

(被告らの主張)

<1> 逸失利益

(賃金分)

寛郎の勤続年数は、シャープ株式会社における障害者の勤務実態に照らし、事故後の一五年間とすることが相当である。

(退職金分)

寛郎が定年まで勤続して退職金を受け取る可能性が高かったとはいえない。なお、寛郎の退職金として、二八万八三〇〇円が既に支払われている。

(年金分)

障害年金、老齢年金は逸失利益算定の基礎とすることはできない。

(中間利息)

中間利息の控除に当たり、利率として年五分を適用するのが相当である。

(生活費控除)

生活費の割合としては、五割とするのが相当である。

<2> その他

原告主張の慰謝料、葬儀費用、弁護士費用の額は、高額にすぎる。

労災保険の支給額が決定し、受給した額については、これを損益相殺の対象とすべきである。

第三争点に対する判断

一  事故態様・過失割合

(一)  証拠(甲一、一一ないし一四、二一、二二、二四、三二の一、二、乙一ないし七、一〇、証人竹林、被告秋山本人)によれば、以下の事実が認められる。

本件交差点は、東西道路と南北道路の交わる信号機による交通整理の行われている交差点であり、東西道路の制限速度は、時速四〇キロメートルであった。

被告車両は、本件交差点に向けて東から西に向かって進行していたが、被告車両の前方に車両約二、三台程度が本件交差点の信号待ちで停止していたため、被告車両もその車両の後ろに停止した。なお、停車した被告車両前部から本件交差点東側入口一時停止線までの距離は、約一三・二メートルであった。また、被告車両から被告進行道路南側にある植え込みまでの距離は、約一・六メートルであった。

本件交差点の信号が青に変わり、被告車両前方の車両が発進したため、被告車両も発進した。被告車両は、時速約一五キロメートルで車両左側に上記間隔を空けたまま走行し、約九メートル走行後、左折の方向指示を出した。なお、その地点は、停止線から東方約四・二メートルの地点であった。その後、被告秋山は、そのまま約八メートル進行した地点において、ハンドルを左に切って左折を開始した。その際、被告秋山は、サイドミラー、目視などで左後方を十分確認しなかったため、被告車両の左側を走行していた原告車両の存在に全く気がつかなかった。被告秋山が左にハンドルを切りながら、被告車両を約四・五メートル左折進行させたところ、直進してきた原告車両の前部と被告車両左側ドアミラー付近が衝突した。

一方、原告車両も本件交差点に向けて東から西に向かって進行していたが、本件交差点東側に存在する交差点において、信号が赤であったたため一旦停止した。その後、信号が青に変わるとともに発進し、時速約三〇キロメートルで本件交差点に向けて走行した。原告車両の右前方には、本件交差点の信号が青になったため発進し始めた被告車両を含む車両数台があったが、それらの車両が本件交差点を左折する様子がなかったため、寛郎は、その左側を併走又は通過して、本件交差点を直進しようとした。寛郎は、被告車両が左折の指示を出した時点において、被告車両の直ぐ左後方を時速約三〇キロメートルのままで直進していたが、寛郎が被告車両の左折指示に気づく間もなく、被告車両が時速約一五キロメートルのままで左折を開始し、原告車両の前方を遮る形になったため、上記のように原告車両と被告車両が衝突した。

(二)  交差点において左折する車両は、その交差点の手前三〇メートルの地点において合図を出し、あらかじめできるだけ左側端に寄り、かつできる限り道路の左側端に沿って徐行しなければならない義務がある(道路交通法三四条一項、同法施行令二一条)にもかかわらず、被告秋山は、停止線手前約四・二メートルで左折の合図を出したのであり、かつ、被告車両と左側植え込みとの間隔を一・六メートルも空けたまま、なんら事前に道路左側に寄ることなく本件交差点で左折を開始したものである。また、交差点において左折する車両運転手は、十分左後方の安全を確認して左折を開始する義務があるにもかかわらず、被告秋山は、サイドミラー、目視などで左後方を十分確認することなく、本件交差点での左折を開始したものである。したがって、被告秋山には重大な注意義務違反がある。

他方、寛郎は、本件交差点を制限速度より時速約一〇キロメートル低い速度で走行していたのであるから、この点について、寛郎に注意義務違反はない。確かに、被告車両が左折の合図を出した時点において、原告車両はその左後方を走行していたものであるが、上記認定の被告車両の走行方法等からすれば、寛郎に事故回避のための措置をとることは必ずしも容易ではないから、寛郎の過失割合を大きく評価することはできない。

以上総合すれば、被告秋山と寛郎の過失割合は、九五対五と認めるのが相当である。

二  損害額

(一)  治療費等 七万二七七〇円

証拠(甲二、三の一、二)によれば、本件事故による治療費、文書費用として上記金額を要したことが認められる。

(二)  葬儀費用等 一二〇万円

寛郎の年齢、生活状況、家族状況等を考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用等として、上記の金額を認めるのが相当である。

(三)  逸失利益 五二二三万八五〇〇円

証拠(甲一〇、一五、一八ないし二〇、二五の一ないし三、三一、三四の一ないし九、三五、乙九の一、二、原告龍田敏雄本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

寛郎(事故当時二〇歳)は、平成六年三月に八尾市内の高等学校を卒業し、平成六年四月一日に、シャープ株式会社に入社した。なお、寛郎の入社については、障害者の雇用促進に関する法律が適用されていた。寛郎の平成六年四月から同年一二月までの所得は一七五万三五〇八円であり、平成七年一月から事故時までの所得は二〇九万六六八四円であった。

また、シャープ株式会社における平成九年度全退職者に占める定年退職者の割合は二五パーセントであり、退職者一般の平均勤続年数は二三年である(平成一一年二月一日以前過去五年間の平均)。

寛郎の退職金として、二八万八三〇〇円が支払われた。

寛郎は、生まれながらの聴覚障害者であり、障害二級の認定を受けており、障害者年金受給資格を有していた。

以上認定の事実を前提に、以下の事情を考慮して、寛郎の逸失利益を算定すると、その額は、別紙「計算書」記載のとおり五二二三万八五〇〇円となる。

<1> 将来の収入

(退職前の賃金分)

上記認定の諸事情及び現在の雇用情勢等によれば、退職年齢までの賃金については、事故後九年間までは昇給の蓋然性が認められ、その間はシャープ株式会社における高卒男子従業員の勤務年数ごとの平均年間賃金を寛郎の将来の勤務年数に応じた年間賃金とするのが相当であるが、その後の昇給については、蓋然性が認められない。

(退職金及び退職後の賃金分)

寛郎の勤続年数及び退職金の支給可能性には不確定要素が大きく、退職金を損害として認めることはできない。

そして、寛郎は、退職後六七歳まで就労可能であり、六一歳からの年収は、六〇歳の年収の六〇パーセントとするのが相当である。

(年金分)

寛郎が、受給する資格を有した、障害者基礎年金は、主に障害者の生活を保障するためのものであり、支給金額は生活費に充てられるべき性質のものであること、原告らが寛郎の収入に依存して生活していたことが認められないこと、障害者基礎年金が一身専属性を有することなどを考慮すると、本件において支給額相当額を逸失利益算定の基礎とするのは相当ではなく、これを生活費控除において考慮するのが相当である。

老齢年金については、寛郎が将来一定の金員の支給を受けることが確実であると認めるに足りる証拠はなく、これを損害として認めることはできない。

<2> 中間利息の控除

中間利息の控除については、年五分による単利(ホフマン式係数)により計算する。

<3> 生活費控除

寛郎が本件事故当時独身であったこと、寛郎の年齢、生活状況、障害基礎年金の受給資格を有していたことなどを考慮すると、その生活費の割合を四割五分とするのが相当である。

(四)  慰謝料 二三〇〇万円

本件事故の態様、寛郎の年齢、生活状況、家族状況、寛郎の本件事故に至るまでの境涯及びこれに対する原告らの献身的な努力、若くして生涯を閉ざされた寛郎の無念さ、原告らの心の痛手の大きさ、その他一切の事情を考慮すれば、本件事故による慰謝料は、上記金額が相当である。

(五)  物損

証拠(乙一、八)によれば、本件事故により原告車両が損傷を受けたことは認められるが、いまだ全損状態であると認めるに足りる証拠はない。

(六)  小計 四二六一万〇五三六円

以上認定の損害額に前記の過失相殺をなし、前述の既払金を控除した額は、以下の計算式のとおり、上記金額となる。

(計算式)

(7万2770円+120万円+5223万8500円+2300万円)×(1-0.05)-3007万5170円=4261万0536円(1円未満切捨)

なお、原告らが本件事故について労災保険金を受け取ったと認めるに足りる証拠はない。

(七)  弁護士費用 四三〇万円

本件事案の内容、立証活動の難易、認容額の程度、訴訟に至る経緯、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮して、被告らが負担すべき弁護士費用を上記金額とするのが相当である。

三  原告らは、上記損害金合計四六九一万〇五三六円を二分の一の割合で相続した。

(計算式)

(4261万0536円+430万円)×1/2=2345万5268円(1円未満切捨)

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中路義彦 山口浩司 下馬場直志)

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