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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)9486号 判決 2000年11月30日

原告 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 三木俊博

被告 日光商品株式会社

右代表者代表取締役 久保勝長

右訴訟代理人弁護士 後藤次宏

主文

一  被告は、原告に対し、金五一〇五万四〇〇〇円及びこれに対する平成九年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、三菱電機株式会社株券四〇〇〇株及び日本電信電話株式会社株券一株を引き渡せ。

二  被告は、原告に対し、金五一四四万五〇〇〇円及びこれに対する平成九年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、商品取引員である被告との間で委託契約を締結し、商品先物取引を行ったが、同取引は被告による説明義務違反及び過当取引等があって、全体として公序良俗に反して無効であり、また、右各違法行為によって損害を被ったと主張し、被告に対し、公序良俗違反による不当利得返還請求権に基づき、原告が被告に対して交付した第一の一記載の各株券の返還を求めるとともに、不法行為及び債務不履行による損害賠償請求権に基づき、原告が被告に交付した現金四六五五万四〇〇〇円及び弁護士費用四八九万一〇〇〇円の合計五一四四万五〇〇〇円並びにこれに対する取引終了後である平成九年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  当事者間に争いがない事実

1  当事者

原告は、旅客運送事業を営む株式会社に勤務する会社員である。

被告は、通商産業省及び農林水産省の両大臣の許可を受けて商品先物取引の受託を業として営む商品取引員であり、顧客との委託契約関係において善良な管理者としての注意義務を負っている株式会社である。

平成八年一二月当時、竹岡哲也(以下「竹岡」という。)は被告大阪支店営業社員、菊地和善(以下「菊地」という。)は被告大阪支店副部長、上田衛司(以下「上田」という。)は被告大阪支店副長、福島勝樹(以下「福島」という。)は被告大阪支店支店長であり、佐々木初彦(以下「佐々木」という。)は被告本社第一営業本部副本部長であって、いずれも原告との取引に関与した者である。

2  竹岡は、平成八年一二月四日、原告に電話をかけて商品先物取引を勧誘し、竹岡及び菊地は、同月五日、原告を訪問して、とうもろこしの先物取引を勧誘した。

原告は、平成八年一二月九日、被告との間で、先物取引に関する委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

3  原告は、平成八年一二月一一日以降、本件契約に基づき、被告に対し、委託証拠金として、現金合計四五九四万六一六〇円及び三菱電機株式会社(以下「三菱電機」という)株券四〇〇〇株及び日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)株券一株を、損失金として六〇万七八四〇円をそれぞれ交付した。

4  原告は、平成八年一二月一二日から平成一〇年八月六日までの間に、本件契約に基づき、別紙「取引データ確認リスト」記載の取引(以下「本件取引」という。)を行った。

5  原告は、本件取引の結果、別紙「損害明細表」のとおり、合計四八四〇万四五〇〇円の売買利益を上げたが、被告に支払うべき手数料が九八七五万八〇〇〇円となったので、消費税及び取引税を含めると、最終的には五五一九万四五四一円の損失を被った。

三  争点

1  本件取引が公序良俗違反、不法行為及び債務不履行に該当するか。

2  右1が認められるとして、原告に生じた損害はいくらか。

四  争点に対する原告の主張

1  争点1(公序良俗違反、不法行為及び債務不履行の成否)について

本件取引における被告の一連の行為は、次のとおり違法であり、一体として、公序良俗に反し、さらに、不法行為及び債務不履行を構成する。

(一) 説明義務違反

商品先物取引の新規勧誘に当たっては、先物取引の仕組み、危険性等を分かり易く説明し、顧客の十分な理解を得る義務があるところ、竹岡及び菊地は、平成八年一二月四日及び同月五日、原告に対する商品先物取引の勧誘の際、その危険性等の説明を全く行わず、先物取引の有利性のみを断片的に強調し、右説明義務に違反した。

また、竹岡、菊地及び上田は、平成八年一二月九日、原告に対し、「商品先物取引委託のガイド」及び「受託契約準則」を交付したが、その内容については十分な説明をしていない。なお、原告は、被告から、「予想が外れた場合の対処説明書」及び「損金対処説明書」の呈示又は交付を受けていない。

(二) 新規委託者保護義務違反

商品先物取引においては、新規委託者を保護するため、当初三か月間に商品取引員が受託し得る取引枚数は、上限二〇枚とされている。

しかし、上田らは、原告を主導し、当初から五〇枚を建て、一か月後には九五枚、二か月後には二〇〇枚、三か月後の平成九年三月一一日には四五一枚にまで取引を拡大させたもので、新規委託者保護義務に違反した。

(三) 証拠金徴収義務違反(無敷き、薄敷き、建玉先行)

委託証拠金は、建玉を受託する前にあるいは受託と同時に収受すべきであるが、上田、福島及び佐々木は、原告に便宜を図るかのように申し向け、別紙「取引計算書」記載のとおり、平成九年一月三〇日から同年二月一七日までの間、同年三月一一日から同年四月一八日までの間、同年五月一三日から同月一九日までの間、同月二六日から同年八月五日までの間、それぞれ証拠金不足のまま取引を継続した。

被告は、不足証拠金額の計算において帳尻損益を加算するが、売買の結果である帳尻損益と担保である証拠金とは性質が異なり、帳尻損益を証拠金とするには振替の手続が必要であるから、両者を通算すべきではない。

(四) 両建

両建は、有害・無益なものであるから、商品取引員は、委託者に対し、両建を勧誘・受託してはならないところ、上田、福島及び佐々木は、証拠金不足を回避する等の理由で別紙「建玉分析表」記載のとおり両建を行い、原告に多額の損失を被らせた。

(1) 被告は、東京穀物商品取引所(以下「東京市場」という。)のとうもろこし取引において、平成九年二月一三日から計五回の両建を、関門商品取引所(以下「関門市場」という。)の同取引において、同日から一回の両建をそれぞれ行い、両取引所での取引を通算すると、同月三日から同年五月三〇日の一連の取引終了まで、計七回の両建を行い、かつ、ほぼ全期間を通じて常時両建を行った。

(2) 被告は、関西農産品取引所の輸入大豆取引において、平成九年六月二七日から計三回の両建を、関門市場の同取引においては、同年五月二九日から計四回の両建をそれぞれ行い、両取引所での取引を通算すると、同月二八日から同年六月二日まで及び同月二七日から同年八月四日までの一連の取引終了までの期間、常時両建を行い、因果玉を放置した。

(3) 被告は、パラジウム取引において、平成九年六月五日から計九回の両建を行い、同月一八日以降、本件取引がすべて終了する直前の同年八月四日以降まで、常時両建を行い、因果玉を放置した。

(五) 無断売買

(1) 上田は、平成九年三月一一日、原告のとうもろこし取引につき、東京市場で五四枚、関門市場で二九五枚を仕切った上、原告に無断で、四五一枚の買い直しを行い、その後、原告に事後承諾を押し付けた。

(2) 平成九年五月二八日以降の無断売買

福島は、平成九年五月二八日、原告に対し、後記(六)記載のとおり、仕切処分を約したにもかかわらず、原告の了解を得ずに、売買取引を繰り返した。

(六) 仕切拒否・回避

原告は、平成九年五月二八日、福島に対し、すべての建玉を仕切処分するように申し入れ、福島は、二、三日後、遅くとも一週間後にはすべての建玉を仕切ると申し出たにもかかわらず、右仕切処分を実行しなかった。

原告は、その後も繰り返し、福島に対し、すべての建玉を仕切るように申し入れたが、福島は、同年八月上旬まで、強引かつ巧妙に仕切処分を延引し、原告代理人が指示するまで仕切処分を実行しなかった。

被告は、同年八月四日ないし六日はストップ高・ストップ安のために仕切処分ができなかったと主張するが、右のとおり、原告が仕切を要請した同年五月二八日以降、直ぐに右指示を実行していれば右事態には遭遇しなかったのであるから、被告の主張には理由がない。

(七) 過当取引

本件取引は、わずか七か月余りの間に、取引回数は建ち一二二回、落ち一五二回(合計二七四回)、売買数量は延べ枚数で合計一万五二八〇枚という過大・頻繁な取引であり、そのうち特定取引(直し、途転、日計り、両建、不抜け)は、別紙建玉分析表のとおり、合計一二一回にものぼっており、特定取引が多数・高率であること、被告は、本件取引により、九八七五万八〇〇〇円の手数料を得ており、その結果、原告は、売買損益では利益を計上しながら、差引損益では五五一九万四五四一円の損失を出していること、原告は、先物取引の初心者で、右の売買判断は上田らの主導で行っていたことを考え併せると、被告が手数料稼ぎを目的として取引を行ったことは明らかである。

二 争点2(損害額)について

(一) 原告は、次のとおりの合計五一四四万五〇〇〇円の損害を被ったので、不法行為あるいは債務不履行に基づく損害賠償請求として右同額を請求する。

(1) 被告に交付した現金 四六五五万四〇〇〇円

被告は、原告の不適切な指示のために損失が拡大したと主張するが、これは、原告が、平成九年五月二八日以降、福島に対し、全建玉の仕切処分を申し出て、福島はこれを受託したにもかかわらず、原告訴訟代理人である三木俊博弁護士が指示を出した同年八月上旬まで仕切を引延ばしたことによるものであるから、被告の主張には理由がない。

(2) 弁護士費用 四八九万一〇〇〇円

(二) また、原告は、被告に対し、三菱電機株券四〇〇〇株及びNTT株券一株(時価総額二三六万円)を預託したところ、右四1のとおり、本件取引は全体として公序良俗に違反しており、無効であるから、不当利得返還請求権に基づき、右各株券の引渡しを求める。

五  争点に対する被告の主張

1  争点1(公序良俗違反、不法行為及び債務不履行の成否)について

(一) 説明義務違反

竹岡は、原告の勧誘に際し、架電時には商品取引の概要を説明し、訪問時には取引方法、証拠金制度、損益計算例、限月及び追証等を書いた上、取引商品としてとうもろこしを勧め、価格の変動要因や当時の値動き等を罫線で示して説明した。

さらに、竹岡と菊地は、同月九日にも、「予測がはずれた場合の対処説明書」及び「商品先物取引委託のガイド」を開いて、再度、取引や危険告知書の内容等について説明し、当時とうもろこしは値上がりすると思っていたので、買い建てを勧めた。その際、竹岡らは、相場が上がるというのは予想であって絶対ではないということも述べた。

原告は、同日、被告と、本件契約を締結したので、竹岡らは、原告に対し、「商品先物取引委託のガイド」及び「損金対処説明書」を交付し、これらをよく読むよう念を押した。

以上のとおりであるから、被告には説明義務違反はない。

(二) 新規委託者保護義務違反

被告には、新規委託者には、取引開始後三か月以内は、外務員の独自の判断で受託できるのは二〇枚以内、これを超過する場合は会社の許可を要するという規制があるが、委託者の資力、投機に対する理解度によっては、右規制は絶対ではなく、会社の特別担当班の許可を得て超過することもできる。

原告は、昭和二六年生まれの会社に勤務する社会人であって、被告従業員らの説明を理解できない者ではない上、これまで株式取引を行っていたから、投機・投資にはリスクが付きものであることを十分に理解していた。

原告は、本件取引により約四六〇〇万円と二三〇万円相当の株式を失ったが、翻って考えれば、原告は、それだけの資産を有していたのであり、右程度の資産を持つ者から二〇枚以上の受託をしたからといって批判を受けるいわれはなく、自己の資産をどれだけ投機に運用するかは原告の考えである。

なお、仮に被告に右の義務違反があったとしても、右三か月以内の取引によって発生したのは、別紙「習熟期間中の取引損益表」記載のとおり、一〇〇五万七八六九円の利益であるから、本件損害と右義務違反の間には因果関係がない。

(三) 証拠金徴求義務違反(無敷き、薄敷き、建玉先行)

委託証拠金は、商品取引員の債権担保の手段であり、受託契約準則の事前預託は取締規定にすぎず、商品取引員と委託者の委任関係や相場の機敏性を考えれば、建玉の先行が必要なこともある。

証拠金不足は、本証拠金と値洗損益を比較した実質預かり証拠金が必要証拠金を超えているかによって判断される。原告は、値洗損を実質預かり証拠金から控除するが、右は本証の半額を超えた場合に必要証拠金の増加となって現れるから控除はしない。また、追証は翌正午までに入金すればよいから、追証がかかった当日を証拠金不足と非難するのは不当である。

本件取引においては、別紙「取引計算書」記載の期間に証拠金不足が生じたが、原告は建玉による証拠金不足は翌日には入金して解消しており、また、追証がかかった際には、原告が建て玉を落とさず、両建で様子を見ることを希望したために証拠金不足となるなど、それぞれそれなりの理由があるから、被告の従業員の行為は違法ではない。

(四) 両建

両建は、相場の様子見や追証入金遅延による建玉の強制手仕舞いを回避するために採用される取引方法であり、不適切な勧誘が禁止されているだけで、両建自体が禁止されているわけではない。本件取引においては、不適切とされる同時両建・常時両建はなく、因果玉が放置されたという状況もないから、本件取引における両建は、受託業務指導基準で禁止されている態様のものではない。

また、本件取引における両建には、実際に利益が出ているものがあり、原告の主張は、取引の実情を無視したものである。

(五) 無断売買

(1) 被告は、平成九年三月一一日、原告のとうもろこしの建玉につき、三四九枚を落として、四五一枚を買い建てたが、これは五七枚の増玉である。上田は、右取引に際し、原告に対して、とうもろこしの情報を提供し、原告の承諾を得て、増玉したから、無断売買ではない。

(2) 福島は、平成九年五月二八日以降も、原告に連絡し、すべて原告の指示に基づき、建玉・落玉をしていたから、無断売買はない。

また、パラジウムの取引に関しては、原告は、福島に対し、早急に損を取り戻す方法はないか相談したので、福島は、原告に対し、「絶対に回復するとはいえないが、パラジウムは値動きが多く、当たれば早期に大きな利益が出るが、外れれば大きな損となる。いずれにしても結論は早い。」と答えたところ、原告は、同取引を行うことを決めて、建玉を指示したから、被告は、無断取引を行っていない。

(六) 仕切拒否・回避

右(五)(2)のとおりである上、被告は、平成九年八月四日には、関西輸入大豆の全玉を仕切っている。これに対し、パラジウムの仕切処分が同日から同月六日の三日間に亘っているのは、右期間にパラジウムがストップ高・ストップ安となって仕切処分ができなかったからであり、被告が仕切拒否をしたり回避した事実はない。

(七) 過当取引

商品取引員は、取引を受託した場合には、手数料を徴収するのが当然であって、手数料化率は、手数料は損金にかかるという誤った認識を前提にしている上、偶然的な損益結果によって大きく変動するから、受託業務を判断する基準とはなり得ない。

また、特定売買率は、委託者の相場観やザラ場方式か板寄方式かによっても異なるから、基準として合理性はなく、建玉回転率は、委託者が決定した売買取引によるから、それについて被告を非難すべきではない。

2  争点2(損害額)について

すべて争う。

特に、被告は、平成九年八月一日の午後遅く、原告代理人より仕切の指示を受けたが、同月四日は、朝からストップ高の状態で、買玉の売り落ちはできても売玉の買い落ちはできない可能性があり、買玉のみを落とし、翌日値上がりすると原告の損失が拡大するので、原告代理人に対し、落とし方を考えるように連絡をしたところ、右代理人は、被告に対し、指示どおりに仕切るように返事をしたため、被告は、やむなく右指示に従ったまでで、その結果として、原告の損失は約二四〇〇万円も拡大した。

したがって、右取引から生じた損失を被告の責任に帰するのは不当である。

第三証拠《省略》

第四当裁判所の判断

一  認定事実

前記第二の二の事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、平成八年一二月当時、満四五歳で、バス会社に勤務し、所長代行を務める給与所得者であり、本件取引まで商品先物取引の経験はなく、株式取引についても、勤務先から依頼されて同社の株式を購入したことがあったほか、NTT株式一株を購入した経験があるだけであり、その他には、相続財産として、三菱電機株式四〇〇〇株を保有していた。

2  被告大阪支店社員の竹岡は、原告に対し、平成八年一二月四日に電話をかけ、同月五日には勤務先を訪問して、とうもろこしの先物取引を勧誘した。

竹岡は、右勧誘の際、原告に対し、とうもろこしの値動きを記載したグラフを見せながら、現在とうもろこしの値段は下がっているので、今後は値上がりが見込まれることや、建玉をした場合には、売り時は被告の方で情報を提供すると述べ、建玉は一枚で三〇倍になること、建玉が一〇〇円あるいは一〇〇〇円上がった場合のシュミレーションや損益の計算方法等を説明したところ、原告は、竹岡の説明を聞いて、商品先物取引に興味を示した。

そこで、竹岡とその上司で被告大阪支店副部長の菊地は、平成八年一二月九日、再度原告の勤務先を訪問し、原告に対し、専門家である被告に任せて取引を行えば安全である等と述べて、とうもろこしの先物取引を行うよう重ねて勧誘した。

原告は、これまで、ほかの会社から商品先物取引の勧誘を受けても、儲かることはないと思って、勧誘をすべて断っていたが、今回は、竹岡らの話を聞き、被告の助言を受けて取引をすれば利益を上げることができると考えて、商品取引を行うことを決意し、同日、被告との間で、本件契約を締結した。

このとき、竹岡らは、原告に対し、最初の建玉として一〇〇枚の買建を勧めたが、原告は、一〇〇枚の証拠金八〇〇万円を用意することはできないとしてこれに難色を示し、買建を五〇枚とすることを申し出た。これに対し、竹岡らは、五〇枚では儲けも少なくなるなどと述べて、さらに多くの枚数を買い建てることを勧めたが、原告は、結局、五〇枚の買建てから取引を開始することになった。

竹岡らは、本件契約締結の際、原告に対し、損益の計算方法については説明をしたほか、「商品先物取引委託のガイド」と「受託契約準則」を交付したが、交付したこれら資料の内容については十分な説明をしなかった。また、原告は、これらを受領した際に、竹岡らから求められて、約諾書及び受領書に署名押印したが、これらに記載されている「予想が外れた場合の売買対処説明書」の交付は受けなかった。

3  竹岡らは、平成八年一二月八日頃、原告の「顧客カード」を作成したが、原告の年収や資産状況を記載する欄には、原告に直接確認しないで、その年齢や職業等から推測して、年収を約七〇〇万円以上、資産状況を不動産は約二〇〇〇万円、有価証券は約三〇〇万円、預貯金は約二〇〇〇万円と記入した。

その後、本件取引継続中に、被告従業員らが原告の収入や資産状況を調査したこともなかった。

4  原告は、平成八年一二月一一日、被告に対し、右2の五〇枚の建玉の証拠金として、現金一六四万円並びにNTT株券一株(当時五六万円相当)及び三菱電機株券四〇〇〇株(当時一八〇万円相当)の合計四〇〇万円相当を交付した。

5  被告には、新規委託者について、取引開始から三か月以内は外務員が独自の判断で受託ができるのは二〇枚以下であり、建玉が二〇枚、五〇枚及び一〇〇枚を超える際には、それぞれ特別担当班の許可を得なければならないとの社内規制があり、原告が右の超過建玉をする場合には、大阪支店支店長の許可が必要であったところ、同支店副長の上田は、平成八年一二月一一日、原告について、要請建玉枚数を五〇枚とする委託者別超過建玉審査認定及報告書(以下「超過建玉要請書」という。)を作成し、右枚数の建玉をすることについて、同支店支店長の福島の許可を得た。

6  被告は、同月一二日、東京市場において、とうもろこし五〇枚の買玉を建てたが、その後、原告の取引を担当することとなった被告大阪支店副長の上田は、原告に対し、とうもろこしの値段がまだまだ上がるとの見通しを示し、先に建てた買玉を利食って建玉数を増やし、儲けを大きくしてはどうかなどと述べて、建玉を増やすことを勧誘したところ、これまで取引経験がなかった原告は、その気になり、これを承諾した。

そこで、上田は、平成八年一二月一六日、同市場において、右五〇枚を仕切り、いわゆる利乗せ満玉により、六五枚の買建てをした。その後、さらにとうもろこしの価格が上昇を続けたので、上田は、再三、原告に対し、利食いによる建玉を勧誘し、原告は、相場が急落した場合の危険性について深く検討することもなく、上田の誘いに乗り、いわゆる利乗せ満玉によって、同市場において、同月二〇日に右六五枚を仕切って九五枚を、平成九年一月一三日に右九五枚を仕切って一三〇枚を、同月一六日に右一三〇枚を仕切って一六五枚を、同月二三日に右一六五枚を仕切って二四〇枚をそれぞれ買い建て、同月二八日には右二四〇枚を同数買い直し、さらに、同月三〇日に右二四〇枚を仕切って二八〇枚を、同日に右二八〇枚を仕切って三一〇枚をそれぞれ買い建てた。

7  原告は、この間の平成八年一二月一七日、被告から送付された「アンケート調査票」の回答欄に、「商品先物取引委託のガイド」及び「受託契約準則」は未だ一部しか読んでおらず、資金的には多少無理をしているが、他方で先物取引の投機性や危険性についてはほぼ理解できており、元本保証がないことや値動きを見て追証や損益の計算ができる旨記載して、被告に返送した。

8  右6のとおり、原告の建玉は瞬く間に増加したが、その後、予想に反してとうもろこし相場が急落したため、上田は、平成九年二月三日、原告に対し、電話をかけて、とうもろこしの値段が下がったので、建玉三一〇枚の追証として一五五〇万円を明日の正午までに入金しなければ、損切りによって既に預かっている証拠金以上の損失が出る旨伝えた。

これに対し、原告は、今直ちに損切りはしたくないが追証の入金は間に合わないと述べて、対応を相談したところ、上田は、両建をすれば今後の値動きでうまく仕切ることによって損失を出さずに済む旨述べた。

しかし、原告が三一〇枚の両建は資金的に無理である旨返答したため、上田は、買玉を三一〇枚から二〇〇枚に減らして両建することを提案し、そのためには追加資金として二五〇〇万円が必要となる旨説明した。

原告は、これまで取引経験がなかったことから、ほかに適切な対処方法を思いつかず、上田に言われるまま、右のような両建をすることを承諾したので、上田は、同日、原告の買玉一一〇枚を仕切り、原告による証拠金入金を待たずに、関門市場において、とうもろこし二〇〇枚を売り建てた。

その後、原告は、右建玉の証拠金を捻出するために、母親や妻名義の定期預金を担保として、借入れをし、被告に対し、平成九年二月五日に一五〇〇万円、同月一〇日に一〇〇〇万円をそれぞれ入金した。

9  ところが、右8の両建は異なる取引所での両建であったので、平成九年二月一三日には、さらに追証がかかる事態となった。

このため、上田は、同日、原告に対し、その旨説明するとともに、証拠金の入金を猶予したまま、東京市場に一〇〇枚の売玉、関門市場に一〇〇枚の買玉を建てた。

原告は、右建玉の証拠金のうち、同月一四日に二〇〇万円、同月一八日に三〇〇万円をそれぞれ入金したが、それ以上の入金をすることはできなかったため、被告本社第一営業部副本部長の佐々木から指示を受けて、同日には関門市場の右買玉を、同月一九日には東京市場の右売玉をそれぞれ仕切った。

10  その後、とうもろこしの価格は回復し、平成九年三月頃には、値上がりも期待できる状態となり、原告の建玉は、上田の助言に従い、同年三月七日には関門市場二九五枚、東京市場五四枚のそれぞれ買玉だけになっていた。

原告は、この頃、上田との間で、とうもろこしがこのまま値上がりすれば利益が出るので、取引を終了することができる旨話していたところ、同月一一日には、とうもろこしがかなり値上がりしたことを知り、上田に電話をかけて、取引を終了させるよう求めた。

これに対し、上田は、決済を一日待つよう求めて、電話を切り、原告から明確に承諾を得ないまま、原告の全買玉を前場一節で仕切り、再び利乗せ満玉により、前場三節で、東京市場において、四五一枚の買直しをした。

原告は、同日、右建玉後に、上田から、その報告を受けて、その取引枚数の多さに驚き、そのような建玉は聞いていない旨苦情を述べたが、上田から、もう一日待ってくれるように求められ、右処理の必要性がよく理解できないまま、既に建玉がされていることから、やむを得ず右建玉を承諾した。

11  ところが、その後、とうもろこしが値下がりし、平成九年三月一三日には、原告の建玉に追証が発生したので、上田は、同日、原告に電話をかけて、その建玉の状況を説明するとともに、前回と同様、両建をして対処するのが一番良い旨述べて、両建を勧めた。

これに対し、原告は、右建玉数が前回の両建時の約二倍であったため、とても証拠金を支払うことはできない旨返答したが、被告大阪支店支店長の福島は、上田から電話を代わり、お金のことは今は考えなくてもよいし、今後は自分が責任を持って取引をするから、四〇〇枚ずつの両建にするよう求めた。原告は、前回同様、ほかに適切な対処の方法を思いつかず、福島が原告に有利なように取引をしてくれるものと思い、右両建を承諾した。

このようにして、被告は、平成九年三月一三日、五一枚の買玉を仕切り、証拠金を入金しないで、合計四〇〇枚の売玉を建てたので、原告の必要証拠金には、三八〇〇万円以上の欠損が生じた。

12  福島は、翌一四日、右証拠金の入金について相談するため、原告を訪問したが、原告は、福島に対し、上田による同月一一日の四五一枚の買建ては上田が原告に無断で行ったものである旨説明して、右建玉の前の状態に戻すよう求めたので、同日には結論が出なかった。

その後、福島は、同月一八日に、被告本社第一営業本部副部長の佐々木とともに再び原告を訪問したが、原告は、佐々木に対しても、右と同様の苦情を述べた。

これに対し、福島や佐々木は、被告に苦情相談室があるにもかかわらず、原告は取引直後に無断であると申し出なかったから、右取引を認めたことになるので、相場が不利に動いた後に苦情を述べても元に戻すことはできないと返答したほか、証拠金を全く入金しないでよいとすることはできない旨説明して、一部でも入金するよう求めた。

原告は、福島らの説明の内容が大いに不満であったが、佐々木に説得されて、結局五〇〇万円を入金することを承諾し、同月二一日には、被告に五〇〇万円を入金した。

13  福島の右訪問以降は、上田に替わって福島が原告の取引担当者となったが、原告の建玉は、証拠金不足の状態にもかかわらず、平成九年四月一五日まで仕切られることなく維持された。

また、佐々木は、同月末頃、原告に対し、輸入大豆の価格が底値を打って上昇に転じたので、輸入大豆の取引を行えばとうもろこしの取引で生じた損失を取り返せる旨述べて、輸入大豆の取引を勧誘したため、原告は、これに応じ、同年五月一日から、輸入大豆の建玉も行うようになった。

14  原告は、被告との連絡に専ら勤務先の電話やファックスを利用していたために先物取引を行っていることが勤務先に知れるところとなり、平成九年五月二八日には、勤務先の上司に呼び出され、直ぐに商品先物取引を止めるように叱責された。

このため、原告は、上司の叱責をもっともだと思い、また、当時の相場によれば、それまでの被告に対する手数料総額を考慮してもそれほど損失がない状態であったので、本件取引を終了させることを決意し、同日、福島に対し、若干の損切りとなってもよいから全建玉を仕切るよう求めた。

これに対し、福島は、利益金を五〇〇〇万円にし、それまでの被告の手数料総額を考慮に入れても、それほど損失がない状態にしてから取引を終了させるので、取引の終了まで一週間から一〇日待つよう求め、原告も、その程度の期間であれば、上司を説得することができると思って、右要請を承諾した。

右時点での原告の建玉は、とうもろこしが売玉一〇〇枚及び買玉一五〇枚、大豆が買玉一〇〇枚の状態であった。

15  福島は、その後、個別に原告の承諾を得ないで、平成九年五月二八日、とうもろこしにつき、売玉合計一〇〇枚、買玉一〇〇枚を仕切るとともに、新たに二〇〇枚の買玉を建て、大豆につき、売玉二〇〇枚及び買玉一〇〇枚を建て、同月二九日には、大豆につき、新たに一〇〇枚の買建てをする一方で、前日の買玉一〇〇枚を仕切って、一〇〇枚の売建てをし、新たにパラジウム四〇枚を売建てして、同商品についての取引を開始し、同月三〇日には、とうもろこしにつき、建玉をすべて仕切って同商品の取引を終了する一方で、大豆につき、前日の売玉一〇〇枚及び買玉一〇〇枚を仕切って、新たに合計三〇〇枚を買い建て、また、パラジウムにつき、二〇〇枚の売建てをした。

福島は、以後も、原告から個別の承諾を得ないで、別紙取引一覧表記載のとおり、新規建玉と仕切を繰り返した。

16  原告が取引終了を申し出た同年五月二八日から本件取引が終了する同年八月六日までの約二か月の間に行われた取引の内容をみると、大豆については、取引回数は建ち五一回・落ち五六回、手数料合計は四八九〇万八四六七円、パラジウムについては、取引回数は建ち三六回・落ち五六回、手数料合計は一七六三万二〇〇〇円、とうもろこしについては、取引回数は建ち一回・落ち六回、手数料合計三六五万円である。

17  原告は、平成九年五月二八日には、取引終了まで一〇日程度の猶予を承諾し、同年六月に入ると、相場の変動によって値洗利益が膨らみ、同年六月一一日には、原告への返還可能金額が九五九四万五七四九円に増大したことから、この頃までは、福島が取引を継続するのを容認していたが、同月一二日には、相場の急変によって原告への返還可能金額が五九〇八万四四二七円に落ち込んだこともあり、以後は、福島に対し、一貫して取引終了を申し出ていた。

福島は、原告からの右申出に対し、本件取引終了を了承した旨述べながら、実際には新規建玉を行う等して、一向に取引終了に応じなかった。

18  原告は、同年七月下旬頃、勤務先の先輩から、被告との取引を止められないのであれば、弁護士を通じて取引終了を申し出た方が良いとの忠告を受け、同年八月一日には、原告訴訟代理人の三木俊博弁護士に本件取引の終了について相談した。

そこで、同弁護士は、同日午後九時頃、被告に対し、仕切指示書をファクシミリで送付し、原告の全建玉を右書面着信後直近の立会時刻に成行価格で仕切処分するよう指示した。

被告は、右指示を受けて、同月四日から同月六日にかけて原告の全建玉を仕切処分したので、原告は、本件取引を終了した。

19  本件取引の内容は、取引回数が建ち一二二回、落ち一五二回の合計二七四回であり、売買利益は四八四〇万円であるが、被告の手数料が九八七五万八〇〇〇円となったため、消費税及び取引税を差し引くと、最終的には五五一九万四五四一円の損失が生じた。

原告は、本件取引を通じ、仕切処分により利益が生じた場合でも、被告から右利益金を出金して取得したことはなく、右利益金はすべて証拠金等に振り向けられていた。

20  平成一二年八月三一日の本件口頭弁論終結時の株価は、NTT株式が一株一二七万円、三菱電機株式が一株九九五円であり、NTT株式が一株及び三菱電機株式四〇〇〇株の価格は、合計で五二五万円である。

二  争点1(債務不履行、不法行為、公序良俗違反の存否)について

1  新規委託者保護義務違反の有無について

前記一認定のとおり、被告においては、新規委託者の場合、取引開始から三か月以内は外務員の独自の判断で受託ができるのは二〇枚以内であり、二〇枚、五〇枚及び一〇〇枚を超える度に特別担当班の許可を得なければならないとする社内規定があるところ、右規定の趣旨は、新規委託者の保護育成の見地から商品先物取引の危険性を熟知させるために一定期間勧誘を自粛する点にあるから、右規定を遵守することは、商品取引員に対して要請される、委託者に対する信義則上の義務であると解される。

そこで、本件について検討するに、前記一の認定事実によれば、原告は、本件取引を開始するまでは商品先物取引の経験が全くない新規委託者であり、被告もこれを認識していたこと、しかし、竹岡と菊地は、本件契約締結時には、未だ許可権者であった福島から超過建玉の許可を得ておらず、また、原告が特に超過建玉を希望したわけでもないのに、原告に対し、いきなり一〇〇枚の建玉を勧誘していること、このとき、原告が一〇〇枚の証拠金は準備できないとして難色を示し、買建を五〇枚とすることを申し出たのに対し、竹岡らは、五〇枚では儲けも少なくなるなどと述べて、さらに多くの枚数を買い建てることを勧めたこと、このように、原告は、一〇〇枚の証拠金は準備できないとして五〇枚の建玉から取引を開始したのに、その後、上田は、原告に再三増玉を勧誘し、いわゆる利乗せ満玉の繰り返しによって取引開始から約一か月半後の平成九年一月三〇日には三一〇枚まで建玉を増加させたこと、このため、同年二月三日に相場が急落して追証状態となった際には、原告は、二五〇〇万円もの資金を手当てしなければならなくなり、母や妻名義の預金まで担保に入れて借財をする結果になったこと、原告は、もともと被告のアンケート調査票に資金的に多少無理をしていると回答しており、その後も、証拠金の入金が遅れ、同月一三日の両建時には、二〇〇枚の建玉に対して五〇〇万円の証拠金しか入金できなかったため、建玉が仕切処分となる等、被告にとっても、原告が資金的に行き詰まっていることは明らかになっていたこと、しかし、被告は、同月三日に原告の建玉を六〇〇枚とした後は、習熟期間を通じてほぼ四〇〇枚前後の建玉を維持し、一回の取引量も数十枚単位以上としていたことが認められ、これらの事実に照らすと、被告従業員らには、新規委託者保護規制を順守し、原告が新規委託者であることに配慮しようとする意思が全くなかったもので、同外務員らが前記の新規委託者保護義務に違反していることは明らかである。

これに対し、被告大阪支社副部長であった菊地は、証人尋問の際に、原告に超過建玉を勧誘した理由として、原告の証券取引の経験や収入を挙げているが、前記一の認定のとおり、原告が所有していた株式は、相続や従業員持株として取得したもののほかは、NTT株式が一株だけであり、しかも、竹岡らは、原告の資産や収入等について何ら調査をしたことがないのであって、右証言は採用できない。

2  無断取引、仕切拒否・回避の有無について

(一) 平成九年三月一一日の取引について

前記一の認定のとおり、原告の建玉は、平成九年三月七日には、関門市場とうもろこし二九五枚、東京市場とうもろこし五四枚の各買玉となっており、原告は、この頃、上田との間で、とうもろこしがこのまま値上がりすれば利益が出るので、取引を終了することができる旨話していたところ、同月一一日には、とうもろこしがかなり値上がりしたことを知り、上田に電話をかけて、取引を終了させるよう求めたが、上田は、決済を一日待つよう求め、原告から明確に承諾を得ないまま、全建玉を仕切った上、いわゆる利乗せ満玉により、四五一枚もの買い直しを行ったものであり、右は、原告の承諾を得ない無断取引に当たるというべきである。

また、前記一の認定のとおり、右建玉後の相場の反転によって原告に莫大な追証がかかると、上田は、原告に証拠金未入金のまま四〇〇枚ずつ合計八〇〇枚の両建を勧誘し、必要証拠金に三八〇〇万円以上の欠損を生じさせて原告に本件取引終了の機会を喪失させており、相場の高騰時に余裕資金を残さないまま大量の買建てをすることは、極めて危険な取引方法であることはいうまでもなく、しかも、上田は、平成九年二月三日に二〇〇枚ずつの両建をした際にも、原告が証拠金をすぐに用意することができず、その捻出に苦労したことを認識しており、四五一枚もの建玉をして相場が反発した場合に、原告が資金手当をすることができないことは、上田には明らかであったと認められることに照らすと、右のような大量の買い直しを行ったことは、原告に本件取引を終了させないための仕切回避の意図を強く疑わせるものであり、上田の行った前記無断取引は悪質と言わざるを得ない。

これに対し、被告は、平成九年三月一一日の取引は原告の指示による増玉であると主張するが、前記一認定のとおり、福島や佐々木が同月一四日及び同月一八日に原告を訪問した際、原告が同人らに対し右建玉について苦情を述べていることに照らし、採用しない。

(二) 平成九年五月二八日以降の取引について

前記一の認定事実によれば、原告は、平成九年五月二八日、勤務先の上司から先物取引を止めるように叱責されて、即刻、福島に連絡を取った上、本件取引の終了を申し出たが、福島から一週間ないし一〇日程度の猶予を要請されたため、これを承諾したもので、福島は、以後、原告の承諾を得て、個々の取引を行ったとはいえないものの、原告も、同年六月一一日までは、値洗利益が拡大していたこともあり、右取引を容認していたことが認められるから、同日までの取引については、無断取引であったということはできない。

しかしながら、右認定事実によれば、原告は、同月一二日に相場が変動した以降は、一貫して取引終了を求めていたことが認められるから、同月一二日以降の取引は、原告の仕切指示の意思表示に反して行われた無断取引であり、かつ、仕切拒否の取引というほかない。

これに対し、被告は、同日以降もすべて原告の指示に基づいて取引を行っていたと主張するが、前記一認定のとおり、原告は、本件取引を終了できない旨を弁護士に相談し、弁護士の指示によってようやく本件取引は終了に至ったのであり、右の取引継続は、悪質な仕切拒否と言わざるを得ず、被告の右主張は採用できない。

また、被告は、パラジウムの取引に関しては、原告から早急に損を取り戻す方法につきアドバイスを求められたので、右取引を勧誘して承諾を得たと主張するが、前記一認定のとおり、パラジウム取引を始めた平成九年五月二九日頃は、原告の建玉には利益も損失もない程度の状態であり、早急に損を取り戻さなければならない状態ではなかったから、被告の右主張も採用しない。

3  過当取引(両建を含む。)の有無について

前記一の認定事実によれば、平成八年一二月一一日から平成九年八月四日までの約八か月間に、合計二七四回の取引が行われているところ、被告は、原告の建玉に利益が出ている場合は、利乗せ満玉による「直し」取引により増玉を繰り返し、原告の建玉が追証状態となった場合は、両建によって建玉数を増大させる手法を度々行っており、被告が本件取引によって取得した手数料は、合計九八七五万八〇〇〇円となり、被告は、本件取引の証拠金と売買利益をすべて手数料として取得した計算になるものである。

また、被告は、原告が本件取引の終了を申し出た平成九年五月二八日以降は、原告に対し、取引終了の猶予を要請し、仕切拒否及び無断取引を続けることにより、わずか約二か月間に、合計二〇六回の取引(全取引に対する割合約七五パーセント)を集中して行い、手数料合計七〇一九万〇四七六円(全手数料に対する割合約七一パーセント)を上げていることが認められる。

これらの事実に、右一認定の原告の先物取引に関する知識、これまでの投資経験、本件取引に投資を予定していた資金量を合わせ斟酌すると、本件取引は原告にとって過当取引に該当するものというべきであり、また、本件取引の経過に照らすと、被告による手数料稼ぎの意図すら疑われる。

4  まとめ

以上によれば、被告従業員らは、顧客保護のための新規委託者保護規制を遵守することなく、仕切拒否及び無断取引を繰り返し行うとともに、手数料稼ぎの意図すら疑わせるような過当取引を行っているから、被告従業員らの本件取引に関する一連の行為は、その悪質性を看過できず、全体として違法であり、原告に対する不法行為を構成するというほかなく、被告は、被告従業員らの右不法行為につき、民法七一五条に基づき、使用者責任を負うと認めるのが相当である。

なお、原告は、被告従業員らの説明義務違反があったと主張するが、前記一の認定事実によれば、竹岡らは、原告に対し、「商品先物取引委託のガイド」等のパンフレット類を用いた説明は行っていないものの、損益の計算方法等については一応の説明をしており、原告は、年齢や職業に照らし、特に先物取引への理解力が低いとは言い難く、実際に、本件契約締結直後の被告のアンケートには、先物取引の投機性や危険性、元本保証がないことを理解し、値動きを見て追証や損益の計算ができる旨を回答しており、商品先物取引の危険性等についてある程度は理解していたと認められるから、被告従業員らに原告に対する説明義務違反があったとまではいうことはできない。

また、原告のそのほかの違法主張についても、不法行為を構成する違法があったとまでは認めることはできない。

さらに、原告は、被告の各行為が公序良俗違反であると主張するが、前示のとおり、原告は、先物取引の危険性や仕組みについてある程度は理解していたもので、本件取引の全体を通じた違法性は、主として、原告の属性に照らして過当・過大な取引を行った点にあることに照らすと、被告従業員らの各行為に公序良俗に反するまでの強度の違法性があったと認めることはできないから、原告の右主張は採用しない。

三  争点2(損害額)について

1  現金による損害について

前記一認定のとおり、原告は、本件取引のために、被告に対し、現金合計四六五五万四〇〇〇円並びに三菱電機株券四〇〇〇株及びNTT株券を差し入れているところ、本件取引終了時に発生した帳尻損金は四八一一万二九四一円、残存していた証拠金は三九四七万二四〇〇円、右株券の口頭弁論終結時の株価は合計五二五万円(NTT株式一株一二七万円、三菱電機株式一株九九五円)であって、右証拠金等をすべて充当しても、帳尻損失を補うには足りないことが認められるから、原告は、右二説示の被告従業員らの不法行為により、少なくとも四六五五万四〇〇〇円の損失を被ったということができる。

これに対し、被告は、原告の代理人弁護士の指示どおりに仕切処分を行った結果、原告の損失が拡大したので、右仕切処分から生じた損失まで被告が賠償責任を負うのは不当であると主張するが、前記一認定のとおり、被告は、平成九年六月一二日以降、原告から本件取引を終了させる旨の申出を受けたにもかかわらず、仕切拒否をしながら無断取引を繰り返し、平成九年八月まで本件取引の終了を引き延ばしたものであり、原告の代理人弁護士による仕切指示を招いたのは、被告自身であるから、被告の右主張は採用しない。

なお、右二説示の本件取引の違法性の程度及び悪質性に鑑み、公平の観点に照らして、過失相殺をしないのが相当である。

2  弁護士費用について

本件訴訟の専門性、難易度等に照らすと、被告従業員らの不法行為と相当因果関係がある弁護士費用は、四五〇万円と認めるのが相当である。

3  株券の返還請求について

原告は、NTT株券一株及び三菱電機株券四〇〇〇株の返還を求めるが、前述のとおり、本件取引が公序良俗に違反すると解することはできず、本件取引が無効であるとまでいうことはできないから、右返還請求を認めることはできない。

第五結語

以上によれば、原告の本訴請求は、主文一項の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下寛 裁判官 西田隆裕 裁判官岩口未佳は差し支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 山下寛)

<以下省略>

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