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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)9763号 判決 2000年2月04日

原告

忌部実

右訴訟代理人弁護士

中川清孝

(他二名)

被告

医療法人恒昭会

右代表者理事長

小山昭夫

右訴訟代理人弁護士

伊勢谷倍生

向山欣作

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告

1  原告が被告に対する雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、一二五〇万円及びこれに対する平成一〇年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成一〇年九月二五日以降本判決確定に至るまで毎月二五日限り二五〇万円及びこれに対する各支払日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3(予備的請求)

(一) 被告は原告に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二) 被告は原告に対し、一〇五〇万円及びこれに対する平成一〇年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文同旨の判決を求める。

第二事案の概要

一  争いがない事実等

1  当事者

(一) 被告は、医療法人恒昭会藍野病院(以下「藍野病院」という)、上野芝病院等四病院及び一診療所を経営し、被告理事長小山昭夫が経営する個人病院藍陵園病院等二病院等並びに学校法人、社会福祉法人と藍野グループを形成し、そのグループの中核たる法人である。

(二) 原告は、昭和五一年六月に医師免許を取得した医師であり、昭和五三年六月から非常勤内科医として、昭和五七年四月から常勤内科医として、藍野病院に勤務し、昭和六二年七月には、小山昭夫経営の藍陵園病院の院長に就任し、平成五年七月から被告経営のアイノクリニックの院長として、診療等の業務に従事してきた。

2  本件契約及び理事就任

原告は、被告と昭和五七年、期間を一年とし、報酬は年俸制の、労務提供を内容とする契約(以下「本件契約」という)を結び、これを、被告又は小山昭夫との間で、一年ごとに更新してきた。そして、原告は、昭和六二年(登記簿上では同年一一月)、被告の理事に就任した。

3  解雇又は更新拒否

被告は、原告に対し、平成一〇年三月一六日、同年四月一日以降、本件契約を更新しないとの意思表示をした。

4  年俸

原告の年俸は、平成元年以降、三〇〇〇万円であり、毎月二五日に各二五〇万円が給与の名目で支払われてきた。そして、その後、本件契約は、同額で更新されてきたが、被告の経営状態の悪化により、年俸の支払額は、平成五年一二月及び平成六年一月の二か月は各二割を減額した二〇〇万円、同年三月以降は各一割減額した二二五万円となった。しかし、平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日までの年俸は、三〇〇〇万円である。

二  争点

1  本件契約が雇用契約であるか否か。

2  本件契約が期間の定めのない契約であるか否か。

3  本件契約が期間の定めのある雇用契約である場合、本件契約が期間の定めのない契約に転化したか否か。

4  本件契約が本来又は転化により期間の定めのある雇用契約である場合、原告の解雇は解雇権の濫用であるか否か。

5  予備的に、損害の有無

6  予備的に、退職金支給合意の有無

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件契約が雇用契約であるか否か)について

(一) 原告

本件契約は、雇用契約であり、原告が理事に就任した後も同様であり、その給与は、役員報酬ではなく賃金である。

(二) 被告

本件契約は、当初は雇用契約であったが、原告が理事に就任した後は、委任契約となったもので、その給与は、役員報酬である。

2  争点2(本件契約が期間の定めのない契約であるか否か)について

(一) 原告

本件契約は、形式上一年ごとに期間を更新する形を取っているが、右期間は賃金の据え置き期間であって、毎年更新について協議されることなく、更新されてきたもので、実質的には終身雇用である。

(二) 被告

本件契約は年俸制であるが、これは、医師の場合、同一場所に長く勤務することが少ないことから、三年以上勤続したときしか退職金のでない一般職員と同様の契約ではなく、退職金を年俸に組み入れた高額の報酬となっているもので、原告もこれを十分承知して期間を一年とする契約を締結したものである。

3  争点3(本件契約が期間の定めのない契約に転化したか否か)について

(一) 原告

本件契約が期間の定めのあるものであるとしても、契約更新の手続が全くされず、自動的に更新されてきたのであるから、期間の定めのない契約に転化したものである。

(二) 被告

原告の主張は争う。

4  争点4(解雇権濫用)について

(一) 原告

本件契約の更新拒絶は実質的に解雇であるところ、これは、解雇理由がないのにされたものであって、解雇権の濫用であり、無効である。被告は、アイノクリニックにおける経常利益の減少をいうが、被告は、平成八年ころから、アイノクリニックの外注検査等にグループ企業である株式会社サンハンズを介在させて収益を上げさせる等の処理を行い、そのためアイノクリニックにおける経費が増大して経常利益が減少した形となっているが、被告グループ全体としては、実質的な収益が減少しているわけではない。また、従業員との間でのトラブルを主張するが、これも原告に非があるものではない。

(二) 被告

アイノクリニックの収支は、経常利益が平成七年度一二三〇万円、平成八年度六一〇万円、平成九年度三〇九万円と大きく落ち込んでおり、平成一〇年度には高額医療機器(ヘリカルCTスキャン)の管球交換時期になっており、原価一二〇〇万円の経費を要し、原告の年俸も高額であったことから、赤字転落が明らかな状況にあり、リストラ計画が不可欠であった。そして、原告は、他の職員を統率できず、最後の一年は、従業員から理事長に対して直訴が繰り返され、これ以上原告をアイノクリニックの院長としておくことは不可能であった。そこで、本件契約の更新を拒絶したものであり、解雇理由としても正当である。

5  争点5(損害の有無)について

(一) 原告

原告は違法に解雇されたものである。解雇の場合、被告の退職金規程によれば、原告の平成一〇年三月における賃金が一三号級六五五万六九〇〇円であるからこれに支給率二三・五を乗じた一億五四〇八万七一五〇円が原告に支払われるべき退職金である。また、原告は、違法な解雇により精神的苦痛を受けた。そこで、原告が違法な解雇によって受けた損害は、慰藉料、退職金相当額を含めて五〇〇〇万円を下らない。

(二) 被告

本件契約の更新拒絶に違法はなく、原告に損害は生じていない。

6  争点6(退職金支給合意の有無)

(一) 原告

原告は、前述のとおり、平成五年一二月から平成九年三月まで、減額した賃金の支払を受けたが、その額は合計一〇五〇万円である。被告は、右減額分を退職金として支払うとの約束した。

(二) 被告

原告主張のような約束はない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件契約が雇用契約であるか否か)について

(書証略)、原告本人尋問の結果、被告代表者の尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五七年から、内科医として、期間一年の契約で、被告に雇用され、特段の意思表示なくこれを更新してきたが、昭和六二年七月ころ、被告の代表者が個人として経営し、被告のグループ病院として、被告とも人事交流のある藍陵園病院を中心に労働争議が発生した際、被告代表者から依頼されて、右労働争議を納める目的で同病院の院長に就任したこと、同病院の院長となるにあたって、被告の理事となったこと(但し、登記は同年一一月)、また、原告は、同病院の院長となるにあたって、被告代表者から、被告グループの経営に参画させると言われたこと、原告は、同病院の院長として、同病院の労働組合との団体交渉に経営者側の代表者として臨み、その主導で紛争を解決に導いたこと、同病院の院長としては、右以外に、経営の改善を図り、断酒会の活動など病院外の活動をも行ってきたこと、理事としては、理事会に出席して、その職務を行っていること、原告の年俸は、昭和六一年には二〇五〇万円であったが、昭和六三年には二八〇〇万円、平成元年には三〇〇〇万円と大幅に増額されており、しかも高額であること、平成五年に被告経営のアイノクリニックの院長に移ったが、同診療所においても、経営上の配慮を行うほか、看護主任の決定をしたり、看護婦や事務職員に対する注意処分等の懲戒を行い、また、看護婦を懲戒解雇するなど人事権を行使してきたことの各事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

以上に鑑みるに、原告は理事であり、かつ、院長という立場にあって、現実に、経営に参画し、人事権を行使するなど経営者の立場にあった者で、被告との本件契約について、その理事就任後は、これを雇用契約ということはできないものと考える。原告の報酬明細は、給与という名称を使い、勤務医におけると同様に、医師給与体系に関する条項の号俸に基づき記載されているが、右記載は便宜的なものというべきであり、これをもって原告に対する報酬を賃金ということはできない。また、右報酬には医師としての労務提供に対する対価を含むとはいえるものの、院長としての業務に医師としても業務を含むから、これをもって雇用契約の根拠となし得るものではない。

してみれば、原告の、雇傭契約上の権利を有する地位の確認を求める部分は理由がないというべきである。

二  争点2及び3(本件契約が期間の定めのない契約であるか否か)について

(書証略)、原告本人尋問の結果、被告代表者の尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件契約は一年を期限として契約したものであることは明らかであり、これを形式的なものであるとは認められない。本件契約が平成九年まで更新されてきたことは明らかであるが、本件契約が雇用契約でないことは前述のとおりであり、右更新を繰り返したという事実によって、期間の定めのない契約に転化したとはいえない。したがって、本件契約は、平成一〇年三月三一日をもって終了したものである。

三  争点5(損害の有無)について

原告は予備的主張として、本件契約の更新拒絶が実質的解雇に当たるとして、その損害賠償を主張するが、前述のとおり、本件契約を雇用契約と認めることができないから、右主張は前提を欠くものである。

四  争点6(退職金支給合意の有無)について

原告は、被告が平成五年一二月から平成九年三月までに減額された報酬の合計一〇五〇万円を退職金として支払うと約した旨主張するが、右減額が経営難によって決定されたという事情を考慮すると、これを退職金とするという合意がされたとは認めることができない。(書証略)、原告本人尋問の結果、被告代表者の尋問の結果によれば、被告代表者が、原告に更新拒絶を告げ、退職を求めた際、右減額分を支払うと述べたことは認めることができるが、これをもって、右減額分を退職金として積み立てたものと認定することはできないし、また、右被告代表者の提案に原告が承諾したわけではなく、未だ、右退職金支給の合意を認めることはできない。

五  結語

以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

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