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大阪地方裁判所 平成10年(行ウ)17号 判決 2000年1月26日

主文

一  被告が平成七年九月二二日付で原告に対してなした、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は、補助参加によって生じた費用は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文第一項同旨

第二事案の概要

本件は、運送会社にトラック運転手として勤務していたA(当時四六歳)が勤務時間中に急性心不全により死亡したことについて、同人の妻である原告が被告に対し、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、被告が右死亡が業務に起因するものとは認められないとして不支給処分をしたため、原告が右処分の取消しを求めた事案である。

一  前提事実(当事者間に争いがない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

1  当事者等

(一) A(昭和一九年三月二日生。以下「被災者」という。)は、昭和五八年九月二一日、被告補助参加人名糖運輸株式会社(以下「名糖運輸」ともいう。)に運転手として雇用された。被災者は、その後一貫して同社大阪営業所堺出張所(以下「堺出張所」という。)において牛乳パック等の配送業務に従事したが、平成三年二月二三日、勤務中に倒れ、同日死亡した。原告は、被災者の妻であった。

(二) 名糖運輸は、昭和三四年九月に設立された一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社である。名糖運輸は、協同乳業株式会社の系列子会社であって、東京都武蔵野市に本社、福島、千葉、大阪、広島ほかに一七の営業所、その他に五つの出張所を置き、所沢、千葉、厚木、名古屋、大阪に物流センターを有し(平成五年三月現在)、主として協同乳業株式会社、全農直販株式会社(以下「全農直販」という。)、セントラルコールドチェーン株式会社(以下「セントラルコールドチェーン」という。)等の運送、荷役業務を行っている。従業員数は、全国で約一六五〇名(平成五年三月現在)である。

堺出張所は、被災者が勤務していた当時、堺市<以下略>にあり(現在は、堺市<以下略>の全農直販内にある。)、主に全農直販の牛乳等を、府下南部、奈良、和歌山県方面の各スーパーマーケット(以下、単に「スーパー」という。)、販売店に配送するほか、ソルトン、京樽の荷物の配送等の業務を行っていた。

2  被災者の担当業務及び勤務状況等

(一) 被災者は、死亡直前の平成三年二月二〇日からダイエー茨木食品センター(以下「茨木センター」という。)におけるセントラルコールドチェーンの食品配送業務(以下「新業務」という。)に従事しているが、同月一八日までは、全農直販の牛乳等をトラック(二・七トン積載の保冷車)で、堺出張所から奈良県内の近商ストア、イズミヤ、フレッシュ、生協等の各スーパー、販売店に配送する業務(以下「従前業務」という。)に従事していた。

堺出張所における従前業務は第一便と第二便があり、全農直販の配送コースは、α、天理、β、紀州、γ、堺、東大阪、δ等の九コースがあったが、被災者は、第一便で配送先店舗数が一七と最も多いαコースの業務に従事しており、店舗によって休業日が異なるため、αコースも常に一七店舗を回るわけではないが、ほぼ毎日十数店舗を回らなければならなかった。そのうえ、第一便の業務終了後は、第二便の業務にも従事していた。また、各店舗の開店時刻までに荷物を配送しなければならないため、被災者は、午前四時三〇分までに堺出張所に出勤していた。

(二) 被災者及び同僚運転手三名(B、C及びD。以下、氏のみで特定する。)の平成三年一月一日以降の運転日報による実作業時間(走行時間、荷役時間及び洗車時間の合計)、走行距離、タイムカードによる拘束時間等の状況は、別表1ないし9のとおりである。

被災者は、平成三年二月一日から同月一八日(茨木センターへの配属替え前)までの間、午前四時三〇分には出勤し、一日の業務を終えて退社するのは、ほとんど午後五時ないし午後六時となり(平成三年二月三日は、午後六時三〇分以降)、途中一時間程度の休憩と、第二便を待つための約三〇分の待機以外の時間は、運転及び荷物の積下ろし作業に従事していた。

被災者は、昭和六二年四月以降本件発症まで、四年間近くにわたって、無遅刻、無早退を続けていた。

3  本件発症

被災者は、平成三年二月二三日午前四時五八分に堺出張所に到着し、配送用の三・五トン積みトラックを運転して商品の積み込み先である茨木センター(茨木市<以下略>)へ向かった。

被災者は、午前六時一三分に茨木センターに到着後、商品積み込みの順番待ちのため、茨木センター内の駐車場にトラックを停め、運転席に座ったまま待機をしていた。午前六時四五分に、茨木センターの担当者が被災者を呼び出し、被災者は伝票を受領して指定ドックに向かったが、前車の荷の積み込みが終了していなかったため、ドック前で待機していた。その後、茨木センターの担当者から名糖運輸の操配担当者に対し、トラックが積み込みに来ないとの連絡があり、操配担当者が確認に行ったところ、被災者がトラックの運転席で意識不明で倒れていた。

午前七時四九分に救急車の出動が要請され、被災者は、午前八時一三分に吹田市内の大阪府立千里救命救急センターへ搬送されたが、午前九時一八分に死亡が確認された。被災者の右死亡は急性心不全の発症によるものであった(以下「本件発症」という。)。

4  被告による処分

(一) 原告は、本件発症は業務に起因するものであるとして、被告に対し遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、被告は本件発症が「明らかに業務に起因して発症したとは認められない」として、平成七年九月二二日付で不支給決定をした(以下「本件処分」という。)。

(二) 原告は本件処分を不服として、平成七年一一月六日付で大阪労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、平成九年一〇月三一日付で審査請求は棄却された。

(三) 原告は右決定を不服として、更に平成九年一二月八日付で労働保険審査会に対し再審査請求をなしたが(同年同月一〇日受付)、その後本件口頭弁論終結時まで裁決はなされていない。

二  争点

本件発症が業務に起因するものか。

三  争点に関する当事者等の主張

1  原告の主張

(一) 業務起因性の判断基準

(1) 合理的関連性説

「労働者が人たるに値する生活を営む必要を充たすべき」(労働基準法一条)最低労働条件の一つとして、被災労働者及びその家族の生活を保障するという法定補償制度の目的に照らせば、労災保険法による保険給付の対象となる業務上の傷病等とは、業務と合理的関連性のあるものをいうと考えるべきである。

非災害性疾病である脳心臓疾患については、①当該労働者が当該疾病に悪影響を及ぼす危険のある業務に従事していたこと、②当該労働者に脳心臓疾患が発症したこと、③当該業務への従事と当該疾病(その基礎疾患を含む。)の発症、増悪、軽快、再発などの推移の関連性が、一般経験則上推定されること(関連性が医学的に証明される必要はない。)の三要件を充たすことで合理的関連性があるといえる(第一次的主張)。

(2) 相当因果関係の判断基準

仮に、業務上の傷病等が、業務と相当因果関係あるそれをいうと解するとしても、その相当性の判断基準は次のように考えるべきである。

ア 当該疾病の発症原因が複数存在する場合、業務が他の原因とともに共働原因であれば相当因果関係が認められる(共働原因説。第二次的主張)。

イ 仮に、共働原因説が相当でなくても、業務が、それに従事しなければ辿ったであろう自然的経過を超えて発症増悪させた場合に相当因果関係が認められる(自然経過超過発症増悪説。第三次的主張)。

ウ 業務がその災害発生の危険を内在又は随伴しており、これが現実化したと認められる場合に相当因果関係が認められる(業務内在危険現実化説。第四次的主張)。

(3) 業務の過重性の判断基準

業務の過重性は当該被災者にとって日常業務に比して特に過重な精神的、身体的負荷を生じさせたと認められるかどうかの判断である。これは、被災者が従事していた業務を客観的に見て判断しなければならない。

(二) 本件発症の原因疾患

被災者の死因である急性心不全は、急性心筋梗塞又は致死的不整脈によって引き起こされたものであり、原因疾患の特定としてはこれで十分である。

平成二年一〇月二五日の名糖運輸における検診では何ら異常は認められなかったが、右時点で従前の過重業務によって被災者には心筋梗塞の基礎疾患である冠状動脈硬化が生じていた。

(三) 被災者の業務の過重性

(1) 被災者の業務内容等

ア 従前業務(平成三年二月一八日まで)

第一便であるαコースは、配送先店舗数が最も多く、他のコースに比べて走行距離が長く(一一〇キロメートルを超える)、荷物が多い。所要時間は約四時間である。第二便では、被災者は主にαコース及び天理コースを担当した。店舗数は第一便と大差なく、走行距離も一一〇キロメートルを超えることが多い。

被災者は、午前四時ころに家を出発し、午前四時三〇分までに堺出張所に出勤し、第一便の荷物(約三トン)を積んだ後、午前五時ころ堺出張所を出発する。中央環状線を通って、松原ジャンクションから西名阪自動車道(以下「西名阪」という。)に入り、香芝インターで下り、一般道を通って各店舗に配送する。

西名阪は高速道路で常に事故の危険があり、とりわけ被災者が被災した当時は路面凍結によるスリップの危険があった。また、奈良県内の一般道は路面凍結の危険があり狭い上にカーブや坂道が多く、川沿いの道路では冬には霧が発生する日が多く、午前七時を過ぎると通勤通学者が増える。いずれも精神的緊張を伴う運転であるうえ、配送時刻に間に合わせるために一般道でも制限速度以上の速度での運転をしていた。

店舗での牛乳の積み下ろし作業及び前日運んだ牛乳の空ケースの回収も、一店舗当たり約一〇分から一五分の短時間の間に、冬の早朝の差し込むような冷気の中、伝票で確認しながら一人の手作業で行っていた。店舗によっては、重量約一五キログラムのケース約一二〇個をカートに載せ、約四〇メートルも運ばなければならず、相当負担の伴う作業であった。

帰りはεインターから西名阪に入り、途中の香芝休憩所で一時間ほど休憩し、朝昼兼用の弁当をトラックの中で食べ、午前一〇時三〇分ころ、堺出張所に戻る。

第一便から堺出張所に戻ってから、午前一一時ころ第二便の荷物が届くまで三〇分程度待機する。第二便のトラックが着くと、その荷下ろし作業を手伝い、第二便の荷物を積んで、午前一二時すぎころから第二便の配送業務をする。

第二便は第一便より配送先店舗数が減るが、αコースと天理コースを合わせて配送するため、一日の業務が終わるのは、ほとんど午後五時を過ぎ、第三便まであるときは午後六時を過ぎる。

イ 新業務(平成三年二月二〇日から)

新業務では、出勤時刻が従来より約三〇分遅くなり、走行距離や拘束時間が若干減り、荷の積み込みの肉体的負担も軽減された。

しかし、配送用のトラックが変わり、配送先や、センターでの荷詰めの方法等も全く新たなものとなった。休憩時間が与えられず、また、茨木センターにおける待機時間はいつ呼び出されるか判らない状態であり、待機場所に休めるような施設はなかった。

ウ 気象条件

被災者が業務を行うのは、最低気温の時間帯が常に含まれる午前四時台からである。同年二月の最低気温は連日摂氏〇度前後が続いており、被災当日の大阪の最低気温は摂氏マイナス〇・八度であり、同日の平均気温一・二度は二月で最も低い気温であった。このような厳しい気温下で、被災者は何度もトラックを降りては牛乳等のケースの積下し作業を行い、またトラックに乗り込んで運転することを繰り返していた。このような寒冷気への頻繁な暴露は血圧の激しい上下を惹起し、心臓に対して大きな負担をかける。

(2) 被災者の労働時間

被災者の所定労働時間等(日常業務)は、次のとおりである。

始業時刻 午前四時三〇分

終業時刻 午後一時三〇分

休憩時間 一時間を適宜

休日 四週四日(担当の得意先に合わせて取る)

右の所定労働時間にも関わらず、被災者は、現実には一時間の休憩及び三〇分の待機時間を除いて早朝から一日実働一一時間三〇分程度も肉体的及び精神的負荷の大きい人間の生理的限界を超える業務にほとんど休日を取らず従事し、一か月に二ないし三日の休日出勤をし、昭和六二年四月以降これが常態化していた。

ア 発症直前約三週間(平成三年二月一日より二二日まで)及びそれ以前

被災者の平成三年二月一日以降の拘束時間は合計二四五時間五六分である(別表1)。就業日数は一九日なので、九時間(所定拘束時間)×一九=一七一時間を控除すると七四時間五六分であり、一日平均約四時間の残業である。右期間のうち、茨木センターへの配属替えまで(同月一八日まで)の拘束時間の平均は一三時間〇二分、走行時間の平均は約九時間二一分である。

被災者の残業時間は、昭和六二年四月度から平成三年三月度まで少ない月でも六〇時間を下回ることはなく、多い月では平成三年一月度に九九時間三〇分もあり、平均すると月に約七六時間である。平成二年三月度から平成三年二月度の一年間では、合計一〇〇〇時間三〇分の残業があり、月平均で約八三時間二〇分である。タイムカードに基づく平成三年二月一日から二二日までの残業時間が七四時間五六分である(給与明細では五九時間三〇分)ことからして、平成三年一月以前も平成三年二月とほぼ同じような状況が四年間継続していたといえる。

なお、被災者は、被災直前の平成三年二月六日に疲労による頭痛を訴えて近所の医院で受診している。

イ 発症直前一週間(平成三年二月一七日より二三日まで)

被災者は平成三年一月中旬ころから目眩や不整脈を訴え、同年二月六日には疲労による頭痛で医師の診察を受け、薬を毎日飲んでいた。発症直前の一週間も体調が芳しくないにもかかわらず薬を飲みながら業務を続けていた。このような状況の被災者にとっては肉体的にも精神的にもかなりのストレスが生じる業務であった。

一九日は被災者は休暇をとったが、原告が病院に出向いて医師から薬をもらい、被災者自身は家で一日中じっとしていた。一日の休暇では十分な疲労回復はできず、翌日には体調の優れないまま再び出勤した。

二〇日に茨木センターでの新業務に替わり、出勤時間も従来より約三〇分遅くなり走行距離や拘束時間も若干減ったが、配送用のトラックも変わり、配送先や、センターでの荷詰めの方法等も全く新たなものとなり、業務の過重性は却って増加した。拘束時間は減少したが、三日連続(二月二〇日から二二日)で所定労働時間八時間を超過する一一時間三〇分も業務に従事している。また、休憩時間が与えられておらず、これは就業規則八一条二号(現業部門における休憩時間は、始業から終業時間の内の一時間とする)に違反する。更に、業務変更は直前になされ、指導もないまま従前と全く違うコースを急に任されることとなったこともあり、精神的なストレスはむしろ増大し、既に疲労困憊状態であり身体に変調を来していた被災者の症状の悪化に拍車をかけた。

茨木センターにおける待機時間はいつ呼び出されるか判らない状態であり、待機場所も休めるような施設があったわけではないから、休憩時間と同視して労働時間から控除することはできない。

ウ 改善基準告示

「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成元年労働省告示第七号、最終改正平成四年労働省告示第九九号。以下「改善基準告示」という。)によると、拘束時間は一日一三時間以内、一週の拘束時間は二週間の平均で七八時間以内、休息期間は八時間以上とされている。改善基準告示は、自動車運転者の労働条件の最低の基準を定めたものであって、標準条件と理解すべきものでないから、改善基準告示に違反する労働は自動車運転者の生命及び健康に重大な悪影響を及ぼす、著しく過重なものと評価されるべきである。

平成三年二月九日から同月二二日までの休息期間はいずれも一一時間前後であるが、通勤時間や、食事時間、入浴時間を控除すると十分な睡眠時間はとれない。

(3) 同僚との比較(別表1ないし4)

被告は、同僚の中に被災者よりも拘束時間が長い者、走行距離が長い者がいたと主張するが、それはその職場における労働の過酷さが明らかになるだけのことであり、そのことによって被災者の業務自体の過重性を低く評価すべきことにならないし、被告による他の同僚との比較は、業務内容や期間等が不的確であり、参考とならない。

ア Bは他の二者に比べると被災者の業務と似ているが、配送店舗数や配送地域は違うのであり、B一人を挙げて比較することはできない。

イ Cの業務は一回あたり一時間程度の運転が一日に五回ほど行われており、それぞれの運転業務が一時間以上間隔をおいて行われている。

ウ Dの業務内容は、早朝、二ないし六件程度の配送先に行き、日によってはその後岡山方面への中距離運送業務についており、それがない日は午前七時に退勤する日もある。

(四) 業務起因性

被災者は、年齢四六歳と比較的若く、本件被災まで心臓疾患を含めて重い病気を患ったことはなく、それまで数年間ほとんど病院に行ったこともなかった。平成二年一〇月二五日の名糖運輸での健康診断でも、異常は認められなかった。被災者の飲酒量は一日にビール一本程度であり、喫煙も一日に一箱(二〇本)程度であった。

過労、ストレスは、血管病変の形成、増悪等に影響を与え、心筋梗塞を発症しやすい条件を作ったり、致死的不整脈を発症しやすくする。運転業務は、過労及びストレスが大きいが、被災者はトラックの運転手として、昭和五九年以降七年間にわたり、肉体的、精神的に非常に過酷な過重労働に継続的に従事し、疲労を蓄積してきた。平成三年になってから被災者は体調を崩したが、業務の過重性は改善されることはなく、遅くとも平成三年一月中旬ごろから、被災者の心機能は通常の自然的経過を超えて、急速に悪化しつつあった。被災者の業務は、直前三週間だけを見ても著しく過重なものであり、さらに、被災日直前の同年二月二〇日からは、配送コースが変わり、非常に神経を使わざるを得ず、従前業務よりも疲労が蓄積する結果となり、同月二三日に心筋梗塞又は致死的不整脈を発症して死亡するに至った。

業務と本件発症との間に因果関係があることは明らかである。

2  被告及び被告補助参加人の主張

(一) 業務起因性の判断基準

(1) 相対的有力原因説

労働者の疾病が労災保険法による保険給付の対象となるには「業務上」の事由によるものであることを要するが、「業務上」とは、当該業務と疾病との間に、条件関係(事実的因果関係)があるだけではなく、両者間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)、すなわち当該疾病が業務に内在し通常随伴する危険の現実化として発生したという関係が必要である。

本件の被災者にみる「急性心不全」は、労働者本人の有する虚血性心疾患等の原因疾患若しくはその基礎的病態(以下「基礎疾病」という。)により惹起するものであるが、そうした基礎疾病は業務による負荷など様々な原因が寄与することによって発症するものであるから、業務と基礎疾病との間に条件関係が認められるときには、当該業務が、基礎疾病の唯一又は最も有力な原因であることまでは要しないが、他の原因と比較して相対的に有力な原因となっていることが認められたときに初めて当該業務と基礎疾病との間、したがって当該業務と「急性心不全」との間に、労災保険法上の相当因果関係が認められる(相対的有力原因説)。

(2) 認定基準

ア 労働省は、行政通達として平成七年二月一日付基発第三八号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」及び平成八年一月二二日付基発第三〇号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準の一部改正について」(以下、両者を併せて単に「認定基準」という。)を策定し、認定基準に該当する疾患を「その他業務に起因することの明らかな疾病」(労働基準法施行規則三五条の別表第一の二第九号)として取り扱うこととしている。認定基準は、脳血管疾患及び虚血性心疾患等について業務上の疾病となるための危険、有害要因を定め、かつ業務起因性が認められるための要件を定めたものであり、現在における医学的知見の集約の結果であることから、「業務上の疾病」の範囲に関する解釈、運用のための基準として合理性を有する。

認定基準は、「虚血性心疾患等」を扱う。「虚血性心疾患」とは、冠循環不全により、心機能異常又は心筋の変性壊死を生じる疾患をいい、一次性心停止、狭心症及び心筋梗塞症が掲げられている。「虚血性心疾患等」とは、虚血性心疾患以外に解離性大動脈瘤及び不整脈による突然死等を含めたものである。

そして、認定基準は、次の①及び②のいずれの要件をも満たす虚血性心疾患等に業務起因性を認める(以下「認定要件」という。)。

① 次に掲げるイ又はロの業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことが認められること。

イ 発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関連する出来事に限る。)に遭遇したこと。

ロ 日常業務に比較して、特に過重な業務に就労したこと。

② 過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が、医学上妥当なものであること。

イ 認定基準は、認定要件の運用基準(以下「運用基準」という。)として次のとおり定める。

「過重負荷」とは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という。)をその自然経過を超えて急激に著しく増悪させ得ることが医学経験則上認められる負荷をいう。ここでの自然経過とは、加齢、一般生活等において生体が受ける通常の要因による血管病変等の経過をいう。

「異常な出来事」とは、具体的には、①極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態、②緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態、③急激で著しい作業環境の変化である。

「日常業務」とは、通常の所定労働時間内の所定業務内容をいい、「特に過重な業務」とは、日常業務に比較して特に過重な精神的、身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいう。客観的とは、当該労働者のみならず、同僚労働者又は同種労働者にとっても、特に過重な精神的、身体的負荷と判断されることをいい、この場合の同僚労働者又は同種労働者とは、当該労働者と同一程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある者をいう。

業務による過重負荷と発症との関連を時間的にみた場合、医学的には、発症に近ければ近いほど影響が強く、発症から遡れば遡るほど関連は希薄となるとされているので、次に示す業務と発症との時間的関連を考慮して、特に過重な業務か否かの判断を行う。

① 発症に最も密接な関連を有する業務は、発症直前から前日までの間の業務であるので、まず第一にこの間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。

② 発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合であっても、発症前一週間以内に過重な業務が継続している場合には、血管病変等の急激で著しい増悪に関連があると考えられるので、この間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。

③ 発症前一週間より前の業務については、この業務だけで血管病変等の急激で著しい増悪に関連したとは判断し難いが、発症前一週間以内の業務が日常業務を相当程度超える場合には、発症前一週間より前の業務を含めて総合的に判断すること。

なお、業務の過重性の評価に当たっては、業務量、業務内容、作業環境等を総合して判断する。

「症状の出現」とは、自覚症状又は他覚所見が明らかに認められることをいう。

ウ 不整脈による突然死等の取扱いについて

認定基準は、さらに、「不整脈による突然死等」については次の①及び②にもよるものとする。「不整脈による突然死等」として取り扱うものは、不整脈が一義的な原因となって心停止あるいは心不全症状等を発症した場合であって、その原因が医学経験則上、業務による過重負荷であると認められる場合である。突然死等の原因が不明である場合はその対象とならない。

① 基礎心疾患等が存在する場合(②の場合を除く、)の不整脈による突然死等の業務上外の判断に当たっては、これらの不整脈が、基礎にある異常な病態が原因となって発生する可能性が高いことから、基礎心疾患等が業務によって急激に著しく増悪したものであるか否かを判断する必要がある。

② 発症前に基礎心疾患等が認められない場合、又は基礎心疾患等の病変がごく軽度であるためにその存在が明確にされていない場合の不整脈による突然死等の業務上外の判断に当たっては、この不整脈が業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことにより発生したものか否かを判断すること。

(二) 本件発症の原因疾患

医学経験則上、本件の急性心不全の原因疾患が致死的不整脈であると推定されるとまではいえず、原因疾患は急性心筋梗塞というべきである。

原告は、本件発症(急性心不全)の原因疾患は急性心筋梗塞又は致死的不整脈であると主張するが、被災者の本件発症の業務起因性を判断するに当たっては両者を区分した上で医学経験則上の意見等を根拠として合理的な推定がなされるべきであるところ、心筋梗塞と不整脈とはその発生機序を異にするから、原因疾患がどちらであるかを特定するべきである。

(三) 被災者の業務の過重性

次のとおり、認定基準によっても被災者の業務は特に過重なものであったとは認められない。

(1) 被災者の業務内容

被災者の業務は比較的定型化しており、こうした勤務を長年にわたり繰り返してきたのであって、被災者はトラックを運転しての配送業務にかなり熟練していたものと推認できる。

原告は、業務によるストレスを本件発症の原因として主張するが、ストレスと急性心筋梗塞発症との関連性については、医学上確立した知見はないし、原告の主張するストレスも一般的なトラック運転業務の域を出ず、長年運転業務に従事して習熟していた被災者にとって本件発症の原因となるものではない。また、寒冷暴露による発症の機序も不明であり、想像の域を出ない。

(2) 被災者の労働時間

運転日報の業務区分は、「休憩」「積、荷扱い」「走行」「待機」「洗車」「整備」「検収」「冷業務」「添乗」とされているが、これらのうち実際の作業時間(以下「実作業時間」という。)は、合計時間から「休憩」時間及び「待機」時間を控除した時間であり、労働の実態はこの実作業時間を対象として評価しなければならない。

被災者の平成三年二月九日以降の拘束時間の平均は一日一二時間三五分、一週七五時間二九分、休息時間もすべて八時間を超えており、改善基準告示に違反していない。右の期間の同僚の拘束時間は被災者のそれを上回る。

改善基準告示を上回る拘束時間の期間もあるが、改善基準告示は労働時間の管理に困難の伴う自動車運転者の労働時間規制のための基準であり、業務の過重性の評価基準ではないし、改善基準告示にいう「拘束時間」とは、第二条に定められているとおり「労働時間、休憩時間その他の使用者に拘束されている時間」をいうのであり、労働時間とは異なる。

(3) 同僚との比較(別表1ないし4)

被災者及び同僚の就労状況の比較は、実作業時間によるべきであって、走行時間として把握された数値だけでなすべきではない。本件被災前の就労状況を見ると、一か月前、一週間前及び前日のいずれについても、被災者より同僚(C、B及びD)のほうが実作業時間が長い。被災者の業務が比較的定型的なものであることからすると、平成二年一二月三一日以前の実作業時間の状況についても同様であると推定される。走行距離についても、被災者よりDの方が長く、被災者の業務が過重であったとはいえない。

ア Bについては、被災者と配送コースが異なれば配送店舗数や配送地域が異なるのは当然である。Bも運転業務と荷扱業務との繰り返しの実態は被災者のそれと類似する。

イ Cの業務は、運転業務と荷扱業務との繰り返しであり、その間隔の長短に相違があるものの、基本的には被災者の場合と同様の配送業務であった。

ウ Dは、主として、深夜から早朝にかけζ方面の全農各店への配送を行い、その後岡山方面への高速走行を伴う配送を行っていたのであり(乙一五の四)、少なくとも深夜から早朝にかけての配送業務は被災者のそれと類似している。なお、Dは深夜勤務後の岡山方面への配送を平成三年一月一日から一月三一日までの間に一四回、同年二月一日から二月二二日までの間に一四回行っている。

(四) 業務起因性

右のとおり、被災者の業務は特に過重であったとはいえず、被災者には、急性心筋梗塞に関し、加齢や喫煙(一日二〇本)という危険因子もあったのであるから、その業務が何らかの基礎疾病を自然経過を超えて急激に著しく増悪させ、本件発症を惹起させたと認めるに足る根拠はない。

したがって、被災者の業務と本件発症との間に相当因果関係はなく、業務起因性は認められない。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  業務起因性の判断基準

労災保険法に基づく保険給付は、労働者の「業務上」の災害(負傷、疾病、障害又は死亡をいう。以下同じ。)について行われるものであり(七条一項一号、一二条の八)、労働者が業務上死亡したといえるためには、業務と死亡との間に相当因果関係のあることが必要である(最高裁判所昭和五〇年(行ツ)第一一号・昭和五一年一一月一二日第二小法廷判決、裁判集民事一一九号一八九頁参照)。

そして、労災保険制度が、業務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、それによって労働者に生じた損失を補償するものであることに鑑みると、業務と災害との間に相当因果関係が認められるかどうかは、経験則及び医学的知見に照らし、業務がその災害発生の危険を内在又は随伴しており、その危険が現実化したということができるか否かによって判断するべきと解される。そこで、原告の第一次的主張はこれを採用できない。

以下、右の見地から本件発症が業務に起因するものといえるかについて検討する。

二  被災者の業務

1  業務の内容等

甲七の一、二、甲九ないし一一、乙三ないし八、一八、三二ないし三七及び弁論の全趣旨に前提事実を総合すると、次の事実が認められる。

被災者は、死亡直前の平成三年二月二〇日から茨木センターにおける食品配送の新業務に従事したが、同月一八日まで少なくとも四年間以上にわたって全農直販の牛乳等をトラック(二・七トン積載の保冷車)で、堺出張所から奈良県内の近商ストア、イズミヤ、フレッシュ、生協等の各スーパー、販売店に配送する従前業務に従事していた。

被災者の所定労働時間は、始業午前四時三〇分、終業午後一時三〇分、休憩時間一時間であり、一日八時間であった(乙一九の就業規則上は、運転手の所定労働時間は明らかでない。)。

(一) 従前業務(平成三年二月一八日まで)

従前業務は第一便と第二便があり、全農直販の配送コースは、α、天理、β、紀州、γ、堺、東大阪、δ等の九コースがあったが、被災者は第一便で配送先店舗数が一七と最も多いαコースの業務に従事しており、第一便の業務終了後も、第二便の業務に従事していた。第二便では、被災者は主にαコース及び天理コースを担当した。

(1) 第一便(αコース)

配送先の店舗によって休業日が異なるため、αコースも常に一七店舗を回るわけではないが、ほぼ毎日一〇数店舗を回らなければならなかった。αコースは走行距離が一一〇キロメートルを超える。

被災者は、出勤日は午前三時四五分ころに起床し、午前四時一〇分ころ家を出て、午前四時三〇分までに堺出張所に出勤する。堺出張所への出勤後、まずトラックに牛乳パック(重量はケースを含めて三五〇〇ないし三六〇〇キログラム程度)を積み込む作業から始め、午前五時ころに積荷を終え、堺出張所を出発する。

中央環状線を通って、松原ジャンクションから西名阪(高速道路)に入り、香芝インターで下り、一般道を通って各店舗に配送するが、一般道は、片道一車線で歩道がない上、カーブや坂道が多く、川沿いの道路では冬には霧が発生する日が多く、午前七時を過ぎると通勤通学者が増える。被災者は、配送時刻に間に合わせるために一般道でも制限速度以上の速度での運転をしていた。

店舗での牛乳の積み下ろし作業及び前日運んだ牛乳の空ケースの回収は、一店舗当たり約一〇分から一五分間に、伝票で確認しながら行う。店舗の搬入口が他の業者で詰まっていることもあり、店舗によっては、重量約一五キログラムのケース約一二〇個をカートに載せ、約四〇メートルの距離を運ぶ。

帰りはεインターから西名阪に入り、途中の香芝休憩所で一時間ほど休憩し、朝昼兼用の弁当をトラックの中で食べ、午前一〇時三〇分ころ堺出張所に戻る。

(2) 第二便

第一便から堺出張所に戻ってから、午前一一時ころ第二便の荷物が届くまで三〇分程度待機する。第二便のトラックが着くと、その荷下ろし作業を手伝い、第二便の荷物を積んで、午前一二時すぎころから第二便の配送業務をする。第二便は第一便より配送先店舗数が減るが、αコースと天理コースを合わせて配送するため、走行距離が一一〇キロメートルを超えることが多い。

一日の業務が終わるのは、ほとんど午後五時を過ぎ、第三便まであるときは午後六時を過ぎる。

被災者が帰宅するのは、ほとんどが午後五時三〇分から六時ころであり、帰宅後、入浴、食事をし、午後九時過ぎくらいに就寝する。

(二) 新業務(平成三年二月二〇日から)

被災者は、負担が大きいことを理由にαコースからの業務変更を名糖運輸に申し出ており、平成三年二月二〇日から新業務を担当することになった。新業務は、堺出張所からトラック(三・五トン)で茨木センターに向かい、茨木センターで荷物を受け取り、近畿一円のダイエーの各店舗に配送するというものであり、堺出張所での業務に比べて荷積み等の肉体的負担が小さいため、女性の担当者もいた。配送先は日によって異なり、被災者は午前と午後の二便を担当したが、第二便は自宅のある堺方面を担当し、配送後は茨木センターには戻らず、直接堺出張所に戻っていた。

被災者は、従前業務担当時より約三〇分遅い午前四時五〇分ころ堺出張所に出勤し、タイムレコーダーで打刻後、午前五時ころに堺出張所を出発し、午前五時四〇分ころに茨木センターに到着する。茨木センターの入口を入ったところにある配送室でタイムカードに打刻し、順番が来るまで待機する。早朝はスーパーの開店に合わせてトラックが集中する時間帯であり、順番は配送室のマイクを通して呼び出されるが、五ないし一〇分程度で呼び出されることもあれば、一時間以上待機することもある。呼び出されると、配送室に行き、配送先の地図、積み荷の台車数、ドック番号の記載された指図書を受領し、ドックへ向かう。ドックは鮮魚とそれ以外があるため、最低二箇所は回る。

被災者は、ドックに到着後、順番待ちをしてトラックに台車に載った荷物を積み込み、それが終了したら茨木センターから配送先の店舗へ出発し、店舗ごとに定められた時刻に配送する。午前の配送を終えて茨木センターに戻るが、午後までの待機は、いつ呼び出しがあるか分からないため、持ち場を離れることができない。

被災者は、新業務で従前業務の二・七トン車から車幅が大きくブレーキの構造が異なる三・五トン車に変わったため、従前の運転感覚との違和感を持っていた。

(三) 気候条件

(1) 平成三年二月一四日から同月二三日(発症当日)までの大阪府の平均気温及び最低気温は次のとおりである(単位は摂氏度数)。午前六時から七時ころが最も気温が低い日が多い。

最低気温

平均気温

一四日

五・二

九・八

一五日

一〇・六

一二・八

一六日

三・二

七・七

一七日

二・〇

三・五

一八日

二・四

四・八

一九日

一・五

四・七

二〇日

〇・三

三・五

二一日

一・一

三・九

二二日

零下〇・五

三・〇

二三日

零下〇・八

一・二

(2) 平成三年二月一四日から同月一八日の奈良県の平均気温及び最低気温は次のとおりである。

最低気温

平均気温

一四日

〇・六

七・八

一五日

九・二

一一・一

一六日

一・九

五・八

一七日

〇・一

二・一

一八日

零下〇・二

二・六

2  勤務状況等

甲九、乙三ないし九、乙一三の一、乙一五の一ないし四、乙一八、一九、三二ないし三七及び弁論の全趣旨に前提事実を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 平成三年二月一六日以降(本件発症前一週間)の被災者の勤務状況は次のとおりである。

(1) 平成三年二月一六日

午前四時三〇分に堺出張所に出勤し、トラックに荷を積み込み、午前五時に出発する。松原から香芝まで西名阪を経由し、午前五時四〇分に第一番目の配送先であるθのスーパーに到着する。順次配送先のスーパー一〇店舗を回り、午前七時四〇分に第一便最後の配送先であるκのスーパーに到着する。荷の配送を終了後、εから松原まで西名阪を経由し堺出張所に戻るが、途中香芝サービスエリアで一時間三〇分休憩する。午前一〇時四〇分に堺出張所に帰着し、待機する。

待機後、午前一一時ころからトラックに第二便の荷を積み込み、午前一一時五〇分に出発し、松原から香芝まで西名阪を経由し、午後〇時三五分に第一番目の配送先であるηのスーパーに到着する。順次配送先のスーパー一三店舗を回り、午後四時五分に最後の配送先であるιのスーパーに到着する。荷の配送を終了後、νから松原まで西名阪を経由し、午後五時一〇分に堺出張所に帰着し、荷降ろし後、午後五時三八分に退勤する。

(2) 平成三年二月一七日

午前四時三〇分に堺出張所に出勤し、トラックに荷を積み込み、午前四時五五分に出発する。松原から香芝まで西名阪を経由し、午前五時四〇分に第一番目の配送先であるθのスーパーに到着する。順次配送先のスーパー八店舗を回り、午前七時一五分に最後の配送先であるκのスーパーに到着する。荷の配送を終了後、εから松原まで西名阪を経由し堺出張所に戻るが、途中香芝サービスエリアで一時間五〇分休憩する。午前一〇時に堺出張所に帰着し、午前一〇時四〇分ころまで荷降ろし後、待機する。

待機後、午前一一時ころからトラックに荷を積み込み、午前一一時五〇分に出発し、松原から香芝まで西名阪を経由し、午後〇時三〇分に第一番目の配送先であるηのスーパーに到着する。順次配送先のスーパー一三店舗を回り、午後四時に最後の配送先であるλのスーパーに到着する。荷の配送を終了後、νから松原まで西名阪を経由し、午後五時に堺出張所に帰着し、午後五時二三分に退勤する。

(3) 平成三年二月一八日

午前四時二八分に堺出張所に出勤し、トラックに荷を積み込み、午前四時五〇分に出発する。松原から香芝まで西名阪を経由し、午前五時四〇分に第一番目の配送先であるθのスーパーに到着する。順次配送先のスーパー一四店舗を回り、午前八時に最後の配送先であるκのスーパーに到着する。荷の配送を終了後、εから松原まで西名阪を経由し堺出張所に戻るが、途中香芝サービスエリアで一時間二〇分休憩する。午前一〇時三〇分に堺出張所に帰着し、待機する。

待機後、午前一一時ころからトラックに荷を積込み、午後〇時一〇分に出発し、午後〇時三〇分に第一番目の配送先である松原のスーパーに到着する。順次配送先のスーパー五店舗を回り、午後二時〇五分に最後の配送先である高田牛乳に到着する。荷の配送を終了後、午後二時五〇分に堺出張所に帰着し、午後四時まで洗車を行った後、午後四時二三分に退勤する。

(4) 平成三年二月一九日

休日

(5) 平成三年二月二〇日

この日は、午前中に茨木センターを訪れただけで、午後は従前どおりαコースの配送業務を行った。

午前五時四八分に堺出張所に出勤し、午前六時一〇分に出発する。松原から摂津北まで近畿自動車道を経由し、午前六時五〇分ころ茨木センターに到着する。午前八時三〇分ころに茨木センターを出発し、摂津北から松原まで近畿自動車道を経由し、午前九時一〇分に堺出張所に帰着し、待機する。

待機後、午前一〇時五〇分ころからトラックに荷を積み込み、午前一一時五〇分に出発する。松原から香芝まで西名阪を経由し、午後〇時四〇分に第一番目の配送先であるηのスーパーに到着する。順次配送先のスーパー一二店舗を回り、午後三時四五分に最後の配送先であるμのスーパーに到着する。荷の配送を終了後、νから松原まで西名阪を経由し、午後四時四五分に堺出張所に帰着し、荷降ろし後、午後五時一八分に退勤する。

(6) 平成三年二月二一日

午前四時五一分に堺出張所に出勤し、午前五時に出発する。松原から摂津北まで近畿自動車道を経由し、午前五時四〇分ころに茨木センターに到着する。しばらく待機後、午前六時一〇分ころからトラックに食品を積み込み、午前七時ころに出発する。名神高速道路を経由し、午前八時にダイエー北鳴尾店に到着し、荷降ろし後、午前八時二〇分ころに出発し、名神高速道路を経由して、午前九時三〇分に茨木センターに戻る。そこで午前一〇時ころまで荷降ろし後、午後一時ころまで待機する。

午後一時ころからトラックに食品を積み込み、午後一時四〇分に出発する。近畿自動車道を経由し、午後二時四〇分にダイエー北野田店に到着する。荷降ろし後、午後三時ころに出発し、午後三時四〇分に堺出張所に帰着し、午後四時ころまで荷降ろし後、午後四時二一分に退勤する。

(7) 平成三年二月二二日

午前四時五五分に堺出張所に出勤し、午前五時に出発する。近畿自動車道を経由し、午前五時四〇分ころに茨木センターに到着し、トラックに食品を積み込み、午前七時ころに出発する。吹田から尼崎まで名神高速道路を経由して、午前七時四五分にダイエー塚口店に到着する。荷降ろし後、午前八時三〇分ころに出発し、午前九時二〇分に茨木センターに戻る。そこで午前九時四〇分ころまで荷降ろし後、午後一時ころまで待機する。

午後一時ころからトラックに食品を積み込み、午後二時一五分に出発する。阪神高速道路を経由し、午後三時五分にダイエー堺東店に到着する。荷降ろし後、午後三時四五分ころに出発し、午後四時に堺出張所に帰着し、午後四時二六分に退勤する。

(8) 平成三年二月二三日(本件発症当日)

午前四時五八分に堺出張所に到着し、配送用の三・五トン積みトラックを運転して茨木センターへ向かった。

午前六時一三分に茨木センターに到着後、商品積み込みの順番待ちのため、茨木センター内の駐車場にトラックを停め、運転席に座ったまま待機をしていた。午前六時四五分に、茨木センターの担当者が被災者を呼び出し、被災者は伝票を受領して指定ドックに向かったが、前車の荷の積み込みが終了していなかったため、ドック前で待機していた。その後、茨木センターの担当者から名糖運輸の操配担当者に対し、トラックが積み込みに来ないとの連絡があり、操配担当者が確認に行ったところ、被災者がトラックの運転席で意識不明で倒れていた。そこで直ちに救急車の出動が要請されたが、その時刻は午前七時四九分である。

(二) 平成三年二月一五日以前の被災者の勤務状況

被災者は、昭和六二年以降平成三年二月一八日までの間、少なくとも四年間以上にわたって従前業務を担当しており、その具体的な内容は概ね同月一六日から一八日まで行った業務と同様である。

被災者は、昭和六二年四月以降、年次有給休暇は二日利用したのみであり、その他には一か月に三日程度の不定期の休日があったが、休日でも名糖運輸からの要請で急に欠勤した他の従業員の代わりに出勤することがあった。就業規則上は、平成二年六月以降、暦日三一日の月は七日、それ以外の月は六日の休日が従業員に与えられる制度となったが、被災者は所定の休日の半分程度しか与えられていなかった。

被災者は、本件発症の一か月弱くらい前から週一日の定期的な休日が取れるようになった。

(三) 勤務状況についての同僚との比較等

(1) 被災者並びに同僚運転手三名(B、C及びD)の平成三年一月一日以降の勤務状況等は、概ね別表1ないし9のとおりである。

別表1ないし4は、運転日報から認められる被災者及び同僚運転手三名の各勤務日ごとの走行時間、荷扱い時間、洗車時間、待機時間、休憩時間及び走行距離を表したものである。これによると、被災者の平成三年一月一日から同年二月一八日までの従前業務における総走行距離は八九六二キロメートルであり、勤務日数四一日で割ると、一勤務日当たりの走行距離は平均で約二一八・六キロメートルであり、更に同月二二日の業務まで含めると、総走行距離九四一三キロメートル、一勤務日当たりの平均は約二一三・九キロメートルである。他方、Bは、総走行距離五九九八キロメートル、一勤務日平均約一七一・四キロメートル、Cは、総走行距離八〇八六キロメートル、一勤務日平均約一六八・五キロメートル、Dは、総走行距離一八五〇三キロメートル、一勤務日平均約四五一・三キロメートルである。

別表5ないし8は、タイムカードから認められる被災者及び同僚運転手三名の各勤務日ごとの出退勤時刻及びそれらに基づく拘束時間を表したものである。これによると、各人の一勤務日当たりの平均拘束時間は、被災者約一三時間八分、B約一三時間二九分、C約一三時間三〇分、D約一一時間三七分である。

別表9は、タコメーターから認められる被災者及び同僚運転手三名の運転時間を表したものである。これによると、各人の一勤務日当たりの平均運転時間は、被災者が従前業務で約六時間六分、新業務を含めて約五時間五八分、B約四時間五七分、C約三時間五七分、D約七時間八分である。

(2) 被災者及び同僚運転手三名の生年月日(被災者死亡時の年齢)は、次のとおりである。

被災者 昭和一九年三月二日(四六歳)

B 昭和二二年一一月二四日(四三歳)

C 昭和二四年一二月八日(四一歳)

D 昭和二二年七月一三日(四三歳)

(3) 同僚運転手三名の担当業務は次のとおりである。

ア B

担当するコースはαコースではないが、全農直販の配送コースを一日に二便担当するという概ね被災者と同様の業務である。

イ C

配送業務である点で被災者と共通するものの、一日二便の業務ではなく、一回当たり一時間程度の配送業務が五便程度あり、それぞれの配送業務の間に一時間以上の間隔がある業務である。

ウ D

配送業務であるが、早朝に二ないし六件程度の配送をし、日によってはその後岡山方面への中距離運送業務に就いている。中距離運送業務がない場合は午前七時ころに退勤する日もあるが、平成三年一月についてみると、一四回、同年二月一日から同月二二日までの間についてみると、一四回岡山方面への配送を行っている。

3  業務の過重性

(一) 従前業務

右1及び2に認定した事実によれば、被災者の従前業務は、業務の質として精神的及び肉体的負荷の大きいものであるうえ、量としても、一日八時間の所定労働時間を三時間以上も恒常的に超過し、休日も一〇日に一日程度しか与えられないという日常業務(所定労働時間内の業務)に比べて著しく過重なものというべきである。同僚と比べた場合、比較的業務内容の似ているBと比べ、拘束時間こそ若干下回るものの、走行距離及び走行時間では大幅に上廻っている。Cは業務内容が異なるが、Cと比較しても被災者は拘束時間は若干下回るものの、走行距離及び走行時間では大幅に上廻る。Dは中距離運送に従事し、業務内容が被災者とは大きく異なるため、そのまま比較をすることはできないが、拘束時間に関しては被災者より大幅に短いといえる。また、被災者と業務内容が類似していたBは、被災者の担当していたαコースが、他のコースに比べて過重業務であったと述べている(甲一〇)。

右のように、被災者の従前業務はそれ自体精神的、肉体的負荷の大きいものであるうえ、年齢が若干被災者より若い同僚らと比較しても負担の大きいものであったというべきであり、更に、被災者や同僚らの勤務状況が、拘束時間に関して自動車運転者の労働条件の最低基準を定めた改善基準告示に違反するものであることも、業務の過重性を示すものといえる。

(二) 新業務

他方、新業務については、それ自体は拘束時間の長さ、荷物の積み込み等の肉体的負担の面では大幅に従前業務より軽減されたものというべきであるから、トラックが従前業務のものと異なり、被災者が運転感覚に違和感を持っていたことや、茨木センターでの待機等が従前業務と異なるもので慣れない業務であったことを考慮しても、日常業務に比して著しく過重なものとまではいえない。

三  医学的知見による本件発症の位置付け

1  医学的知見

甲一四、二〇、二一、二三、乙三九の二、乙四三ないし四七、五〇、五一及び証人Eによれば、次の事実が認められる。

(一) 心筋梗塞について

(1) 心筋梗塞の発生機序

心筋梗塞は、心臓に分布する冠動脈の閉塞又は高度の狭窄により血行障害を来し、心筋虚血が一定時間持続した結果、心筋細胞の壊死を起こす病態であり、その発作の時期により、急性心筋梗塞と陳旧性心筋梗塞とに分けられる。心筋梗塞の大部分は冠動脈硬化を基礎病変として発症する。通常、強い胸痛で発症し、不整脈、心不全等を合併し、高い死亡率を有する。統計的には、心臓疾患による突然死の内の八割近くを心筋梗塞を含む虚血性心疾患が占める。

(2) 冠動脈硬化形成と心筋細胞の壊死

冠動脈の硬化はアテローム性硬化の型をとる。冠動脈はコラゲン線維、弾性線維からできている薄い内膜と、平滑筋細胞が規則正しく並ぶ厚手の中膜と、それを取り囲む神経成分・小血管・脂肪などを含むコラゲン線維の網である外膜からなる三層構造を持つ。内膜に血液中からコレステロールが入り込んで沈着してくると、その周囲にコラゲン線維など結合繊が増加して硬くなり、アテローム性硬化を生じる。

アテローム性硬化巣が小さい場合には、血管内部を流れる血液の量にはほとんど影響しないが、コレステロールや線維成分の量が増えると、血管内腔が狭まり、狭窄効果が出現する。アテローム性硬化巣が古くなると内部に小出血を繰り返したり、カルシウムが沈着(石灰化)したりして、複雑な病変となり、狭窄の進行や硬さの増加が続発する。

冠動脈の狭い部分では血管内部を流れる血液刺激を受けやすく、内面を被っている内皮細胞が剥がれたり、アテロームの比較的柔らかい部分が破れやすくなる。このような病変の発生部位には流血中の血小板の付着や、フィブリンの析出が連鎖的に発生し、血栓が形成されて、血管内腔を狭窄し、さらに閉塞するに至る。

こうしたアテローム性硬化の進展による冠動脈の高度の狭窄や閉塞を起こすと、閉塞部位より末梢の血流は途絶するため、その支配下の心筋細胞の壊死を起こし、心筋梗塞を発症させる。

(3) 冠動脈硬化と加齢

冠動脈硬化はヒトの血管に見られる生物学的な加齢現象として何人にも発現する変化であり、初期の病変は若い年齢に始まり、加齢とともに進展する。無選択的に種々の病気で死亡した日本人剖検例の冠動脈狭窄指数(CNI)では、高血圧、高脂血症、糖尿病を持たず、心筋梗塞もない例だけを選んだ場合でも、四〇歳代男性においては三レベル、五〇歳代男性においては四レベルに達する。CNIが六以上になると虚血性心疾患になる率が相当高くなる。

(4) 冠動脈硬化の危険因子

冠動脈硬化の促進因子を冠危険因子(リスクファクター)という。冠危険因子としては、高血圧、高脂血症、糖尿病、喫煙等を挙げることができる。虚血性心疾患に関しては、適量の飲酒はHDL(高密度リポ蛋白質)―コレステロールを高めることで負の要因となる。

WHO専門委員会の基準によれば、高血圧とは、収縮期血圧(単位は「ミリメートル水銀柱」。以下同じ。)一六〇以上、拡張期血圧九五以上のいずれかを満たす場合を、正常血圧とは、収縮期血圧一三九以下及び拡張期血圧八九以下の双方を充たす場合を、境界域血圧は、収縮期血圧一四〇ないし一五九、拡張期血圧九〇ないし九四のいずれかを充たす場合をそれぞれいう。血圧には普通日内変動があり、測定そのものが血圧上昇の原因となり得るため、繰り返し測定する必要がある。

紙巻きタバコの燃焼で発生する一酸化炭素やニコチンそのものに血管を縮める作用がある。喫煙本数と比例してHDL―コレステロールが低下するといわれる。虚血性心疾患標準化相対死亡率で見ると、非喫煙者を一・〇〇として、一日一ないし一九本の喫煙者は一・五三、二〇ないし二九本の喫煙者は一・七〇となっている。

ストレス(過度の肉体労働、精神的緊張の持続、興奮、不眠等の急性ないし慢性の心身の負荷を指す。)については、虚血性心疾患のリスクとして働き、その重さも高血圧と同程度であると推定されるが、ストレスの適当な量的評価法が確立されていないことや、同じストレッサー(外部の要因)によって生じるストレスに個人差があることなどの理由で、発症における寄与の程度について一般的結論を下し難く、具体的事例に即して医学的知見に照らして総合的に判断せざるを得ない。長期間持続するストレスにより動脈硬化を促進する機序としては、長期間にわたる神経緊張の持続や非生理的な疲労が累積する業務が、高血圧、血管収縮、ストレスホルモン過剰、内分泌系の失調などを通じて慢性的に動脈壁を刺激して硬化を促進する。

虚血性心疾患の発作の機序は、十分明らかにされているとはいえないが、寒冷暴露が発病要因となることはありうる。寒冷への暴露は、低酸素血症と血管収縮によって、心血管系の仕事量が増大するため、心血管系に不利な影響を及ぼす。冠動脈疾患を持つ患者の多くは、寒冷に対して敏感であり、心拍数と血圧の上昇という反応をする。

(5) 前駆症状

心筋梗塞は、約半数の症例で発症前数週間以内に新しい狭心症様の胸痛発作がある。狭心症が既に以前からある患者では、発作の頻度が増加したり、持続が長くなったりなど増悪することが多い。このような胸痛を前駆症、梗塞前狭心症、切迫梗塞、不安定狭心症などと呼ぶ。

狭心症以外の症状としては、動悸、疲労感、倦怠感、めまいなどの非特異的な症状もある。

(6) 心電図による検査所見

急性心筋梗塞の診断に不可欠のものとして心電図があるが、いまだに心筋梗塞が発症しない段階では、基礎疾患である冠動脈硬化が存在しても心電図には異常として現れないこともある。

(二) 不整脈について

(1) 不整脈

不整脈とは、心臓の規則正しい生理的な心収縮の律動性が失われた状態をいう。

心臓が最も効率よく働くためには、左右の心房隔壁の上部にある洞結節において規則正しく、適当な頻度で発生した刺激が刺激伝導系を介して心房、心室に伝わることが必要である。正常な刺激伝導は、洞結節で生成された刺激が心房筋から房室結節、ヒス束、右脚、左脚、プルキンエ線維を経て心室筋を順次興奮させる形で行われる。

刺激伝導系の細胞は、一定間隔で興奮を繰り返す自動能と呼ばれる能力を持っており、その興奮頻度や発生電力の強弱は自律神経のトーヌス(興奮の強さ)や血液中の活性物質によって調節されている。心筋の興奮性は交感神経末端から放出されるカテコールアミンで亢進し、副交感神経末端からのアセチールコリンで低下する。通常、洞結節の自動興奮頻度が他の部位よりも高いために、洞結節が心臓全体のペースメーカーとして働き、心房内及び房室伝導系、心室内伝導系、一般心室筋の興奮を制御している。

正常人では、安静時で毎分六〇ないし七〇回の範囲内で規則正しく心臓が拍動している。心拍が異常に早くなったり(毎分二一〇回以上「頻拍」)、遅くなったり(毎分六〇回以下「徐拍」)、リズム(調律)が狂う場合を不整拍という。心臓の拍動が動脈に伝わると、手首で脈が触れるので、これらはそれぞれ頻脈、徐脈、不整脈と呼び替えられる

(2) 不整脈の発生機序

不整脈の発生機序は、①刺激生成の異常、②興奮伝導の異常及び③刺激生成異常と興奮伝導異常の合併に大別される。

洞結節のペースメーカー細胞の自動能リズムが異常に早くなったり、遅くなったり、停止すると洞性不整拍を発生する。洞結節の働きが正常であっても、その興奮の伝導が遅れたり、途絶(ブロック)すると、徐拍や心静止が出現する。洞結節以外の部位での自動能の早いリズムが洞結節のそれを上回っても頻拍が発生する。心房レベルでのそれは上室性頻拍、心室レベルでは心室頻拍となるが、早いリズムの後者は生命の危険を生じることがある。

致死的不整脈とは、心停止を来す不整脈であって、心室細動と洞停止や房室ブロックに伴う心室静止のほか、拍動数の著しく多い心室頻拍も含まれる。心室頻拍では容易にショック状態となり、心室細動や心室静止に移行することがある。

(3) 不整脈の分類と病態生理

不整脈のうち、刺激生成異常によるものの多くは頻脈性不整脈であり、興奮伝導異常によるものの多く(伝導障害に基づくもの)と刺激生成異常によるものの一部(洞徐脈、洞停止など)は徐脈性不整脈である。

心臓のポンプ機能は、〔心拍数×一回拍出量〕で規定される心拍出量で評価されるが、徐脈性不整脈では心拍数の低下が、頻脈性不整脈では一回拍出量の減少が生じ、心室細動では両者ともにほとんどゼロになるため、いずれの場合においても心拍出量が低下する。全身への血液循環は心拍出量と末梢動脈抵抗の影響を受けるが、心拍出量が低下した場合、末梢動脈の収縮などによる代償が十分でなければ血圧が下がり、ショック状態を導く。その結果、全身臓器への循環不全が生じて脳虚血や心不全症状が生ずるとともに交感神経緊張の亢進とカテコールアミンの分泌が生じる。

心室細動を含む心室性の頻脈性不整脈では心拍出量低下の度合いが著しい上に、心筋酸素消費量(心拍数×収縮期血圧で概算される。)の増大、カテコールアミンの分泌などの因子が心機能及び不整脈自体を増悪させるため、上室性不整脈よりも重篤な環境障害を来す。一方、徐脈性不整脈や上室性の頻脈性不整脈では、心拍出量の低下がそれほど高度とはならないため、血圧は低いながらもある程度のレベルに維持される場合が多い。

(4) 不整脈と精神的、身体的負荷との関係

精神的負荷は、交感神経系の強い反応を引き起こす結果、カテコールアミンの分泌が増し、血圧の上昇と心拍数の増加、心筋酸素消費量の増大、冠攣縮(スパズム)などを生ぜしめ、その結果、心室頻拍、心室細動、房室ブロックなどの致死的不整脈を起こさせて、突然死の原因となり得る。ストレスによる交感神経緊張並びに自律神経の調節異常は心筋の電気的不安定状態をも惹起し、自動能の亢進・低下、撃発活動及び興奮旋回等の不整脈発現の要因に促進的に作用し、危険な致死的不整脈の出現を招来する可能性がある。

また、身体的負荷、疲労なども右突然死に影響を与え、または、精神的負荷と相俟って不整脈を出現させることもある。

(5) 致死的不整脈を起こす基礎疾患

致死的不整脈には、心筋梗塞、弁膜症あるいは心筋症等の器質的な心疾患に合併する場合と、自律神経系の異常(不均衡状態)による場合がある。

自律神経系の異常による場合は、ストレス等により交感神経系の緊張状態が持続した状態から解放された時(例えば、過労が持続している状態で深い眠りに陥った時)に、逆に拮抗する副交感神経系が反射的に過緊張の状態となり、心拍動を抑制して徐脈を生じ、心停止に至ることがある。心拍動の抑制によって血圧の低下等が生じた場合、通常であれば交感神経が刺激されて血圧を正常に戻す反射を生じ、短時間で異常が是正されるが、疲労による反射の遅延がある場合、重篤な結果を招くことがある。

2  本件発症の原因疾患

(一) 甲九、一〇、乙五、二一ないし二四、二五の一、二、乙二六の一、二、乙三三、三四及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

被災者は、平成二年一〇月二五日、名糖運輸が実施した循環器系検診において、収縮期血圧一四八、拡張期血圧八六と測定され、心電図所見において正常範囲とされ、総合判定で異常なしとされた。

被災者は、平成三年一月から、名糖運輸の同僚らや原告に対して不整脈感を訴えることが多くなり、同月中旬には、自宅での夕食中、右頬から頭部にかけての痛みを訴えた。被災者は、頭痛のため、同年二月四日と六日に医院で受診し、三叉神経痛、便秘症と診断された。同月一九日は、被災者は休日であったが、体調が良くないため、原告が松山医院に赴いて被災者が服用する薬を受け取ってきた。

被災者は、平成三年二月二〇日にも同僚に不整脈があることを訴えており、体調が優れないまま、松山医院からの薬を服用しつつ業務を続けた。

被災者死亡後、病理解剖は行われなかったが、頭部CT検査ではくも膜下出血及び脳出血は見られず、胸部レントゲン写真には両肺に肺水腫が見られ、心停止が呼吸停止に先行していたことを示している。

(二) 右に認定した事実に、被災者の業務の過重性、心筋梗塞や不整脈の発症機序についての医学的知見、冠動脈硬化の基礎疾患があっても必ずしも心電図に現れないという医学的知見及び本件発症の原因疾患についての各医師らの意見(甲一三、乙二七、三九の二、四〇の二、証人E)を総合すると、被災者死亡後の胸部レントゲン写真に肺水腫が見られることなどから、被災者の死亡が急性心臓死であったことは明白である。その原因については、病理解剖が行われなかったこともあって資料に乏しいので、医学的な経験則によって判断せざるを得ないところ、急性心臓死の大多数が急性心筋梗塞か致死的不整脈であって、被災者についても、これら以外の原因は考えにくい。そして、そのいずれであるかについての医師の意見は次のとおりである。

(1) 大阪労働基準局職業病相談員F医師の意見は、被災者の場合、心筋梗塞による死亡が最も考えやすく、その原因である冠動脈硬化については存在していたものと思われるというものである。

(2) 労働衛生コンサルタントE医師の意見は、急性心筋梗塞が最も考えやすいが、致死的不整脈も否定されるものではないというものであり、冠動脈硬化が原因となって急性心不全を起こし、これに不整脈を併発したことも考えられるとする。

(3) 国立循環器病センターG医師の意見は、心原性のショックによる急性死の原因疾患としては、急性心筋梗塞と不整脈が考えられるところ、被災者が発症の約四か月前に受診した検診成績では、高血圧、心肥大、虚血性変化などの異常所見が出現していないことから、その時点での冠動脈硬化を疑わせる所見はないから、急性心筋梗塞の可能性は低いが、基礎疾患がない場合でも、何らかの原因で突発的に心筋梗塞が発生することもあるので、器質的な心筋梗塞など心臓疾患の突発的な発生と、機能的な異常すなわち重篤な不整脈を考慮する必要があるというものである。

(4) 大阪労働基準局職業病相談員H医師の鑑定意見は、直接的な原因は致死的不整脈と考えられ、その基礎心疾患として虚血性心疾患、急性肺塞栓症、特発性不整脈が挙げられるが、被災者の場合、急性肺塞栓症及び特発性不整脈の可能性は低く、急性心筋梗塞を含む虚血性心疾患である可能性が最も高いというものである。

右のとおり、右四名の各医師の意見は、急性心筋梗塞が考えやすいことに意見が一致しており、致死的不整脈の可能性については、これを肯定するE医師は、急性心筋梗塞が原因で重篤な不整脈になったというものであり(証人調書三〇頁)、H医師はその可能性は低いとするものである。これらによれば、本件発症は、特発性の致死的不整脈を原因疾患とするとの可能性を否定できないものの、冠動脈硬化を基礎疾患とする急性心筋梗塞によるものであったと推認するのが相当というべきである。

これに関して、G医師は、原因疾患としては器質的な心筋梗塞の可能性を肯定しながら、被災者の本件発症の四か月前の検診成績から、被災者に冠動脈硬化が存したとの点について消極的な意見を述べているが、前記認定のとおり、心筋梗塞の大部分が冠動脈硬化を基礎病変として発症するものであることや、冠動脈硬化が存しても心筋梗塞を来さない限り心電図では異常を確認できない場合もあることなどを考慮すると、右検診成績から被災者に冠動脈硬化が存しなかったとは言い切れず、むしろ、その存在を肯定することによってこそ本件発症の原因を最もよく説明しうるのであるから、冠動脈硬化の存在は推認できるというべきである。

3  被災者の心筋梗塞に関する危険因子

(一) 喫煙習慣

乙二三によれば、被災者には一日約二〇本のタバコを吸う習慣があったことが認められ、これは危険因子と見ることができる。

(二) 血圧

平成二年一〇月二五日に測定された被災者の血圧は、収縮期血圧一四八、拡張期血圧八六であり、境界域血圧である。

(三) 加齢

被災者の本件発症時の年齢は四六歳である。乙四五によれば、四〇歳代の男性の場合、喫煙習慣の有無に関わらず、CNIのレベルは六に達していない。従って、危険因子としての加齢は大きいものではない。

(四) 飲酒

乙四によれば、被災者には、夏季は毎日ビール一本及び水割りを二杯程度、それ以外の季節では、焼酎の氷割りをコップ二、三杯程度飲む習慣があった。

四  本件発症の業務起因性

1  以上によれば、被災者は、昭和五八年九月に運転手として雇用されて以来、名糖運輸大阪営業所堺出張所において、牛乳パック等の配送業務に従事し、平成三年二月二〇日から新業務に替わったのであるが、その変更前の従前業務は、拘束時間が、恒常的に、早朝から夕刻まで、一日一三時間を超え、その間に、十数店舗を回って、合計三トン近い牛乳パックのケースを積み降ろすものであり、高速道路や狭隘な道路を走行し、あるいは渋滞に遭遇して配達時間を気にしながら走行するというような運転業務に伴う精神的緊張をも考慮すれば、その間に休憩時間や待機時間が入るとはいえ、かなり過重性のある業務ということができ、被災者はこれを一か月に三日程度の休日しか取らず、また無遅刻無早退で四年以上続けてきたものである。そして、これらの業務の過重性に、被災者が、平成二年には負担が大きいと訴えて担当コースの変更を申し出たり、平成三年一月ころから同僚や家族に身体の変調を吐露していたことを考慮すると、このころ被災者は慢性的な身体的負荷を受けて疲労状態にあったことが推認される。また、冬季の寒冷下における貨物の積み降ろし作業が身体に負荷を与えていたことも容易に推認できる。被災者は、本件発症の五日前に新業務の担当に変更となったのであり、新業務は従前業務に比べれば、それほど精神的、肉体的に負荷の多い業務とはいえないが、それでも拘束時間は一一時間を超えていたし、新業務を担当した直後で、車幅が広く、ブレーキも異なる車両への運転車両の変更、走行する道路の変化、配送先の変更などの業務環境の変化によって、精神的ストレスは増強されたということができ、従前業務による慢性的身体的負荷による疲労が回復するに至っていたとはいいがたく、また、本件発症の日は、その最低気温が摂氏零下〇・八度という寒さであって、これも身体に負荷を与えたものということができる。そして、被災者には、喫煙習慣以外に、本件発症の危険因子として考慮すべきものがない。以上を総合考慮すれば、本件においては、被災者の業務が、急性心筋梗塞の発症を、自然的経過を超えて急激に著しく促進させるに足りる程度の過重負荷となり、このような過重負荷が、被災者の有していた冠動脈硬化を、自然的経過を超えて、急激に著しく増悪させた結果、本件発症に至ったと見るのが相当である。

なお、本件発症当日、被災者が業務に関連する異常な出来事に遭遇したことはなく、また、当日、特に過重な業務に就労したものではないが、右のとおり過重な業務によって慢性的に身体的負荷を受けて精神的、肉体的に疲労が蓄積している場合において、それが原因となって発症すれば、これを業務に内在又は随伴する危険の現実化といって差し支えないものである。

してみれば、本件発症は、被災者の業務に内在又は随伴する危険が現実化したということができ、被災者の業務と本件発症との間には相当因果関係があるものというべきである。

2  なお付言するに、仮に本件発症の原因疾患が冠動脈硬化等の基礎疾患を有しない致死的不整脈であったとしても、前記のとおり、従前業務が過重であったことや、それが四年以上にわたって継続的に被災者に負荷を与えていたと認められるところ、前記G医師は意見書(乙三九の二)において、被災者は本件発症の三日前から比較的負担の小さい新業務に担当が変更になり、全体的にはやや交感神経系緊張からの解放状態であり、本件発症が、慣れない配送車を運転した後の待機という一種の休息状態に入り、早朝で睡眠状態に陥りやすい状態で発症していることなどからして、副交感神経の過度の興奮状態に陥っていたことは否定できず、したがって業務起因性を否定できないとの意見を述べており、これを覆すに足る証拠はないから、右意見のとおり、被災者に生じた致死的不整脈は被災者の業務に起因するものと認めるのが相当である。

第四結論

以上の次第で、本件発症については、業務起因性が認められるところ、これと異なる見解に立って被告がした本件処分は違法というべきであり、その取消しを求める原告の請求は理由がある。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 和田健)

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