大阪地方裁判所 平成10年(行ウ)19号 判決 2000年2月29日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告らの平成四年一二月四日相続開始に係る相続税につき平成七年七月四日付けでした各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び各過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と併せて「本件各処分」という。)のうち、原告aにつき課税価格二億〇五二九万円、納付すべき税額六七一七万七〇〇〇円を超える部分、及び原告bにつき課税価格一億九五八六万六〇〇〇円、納付すべき税額六九一九万三四〇〇円を超える部分をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、平成四年一二月四日に死亡したcの共同相続人である。
2 この相続(以下「本件相続」という。)の対象となる相続財産の中には、フォーエスキャピタル株式会社(以下「訴外会社」という。)の株式(以下「本件株式」という。)七万三二二三株が含まれていた。
3 原告らは、本件相続に係る相続税につき、平成五年六月三日、平成六年五月一七日、別表1の申告欄及び修正申告欄記載のとおり、申告及び修正申告を行った。
4 被告は、これに対し、平成七年七月四日、同表の更正・賦課決定欄記載のとおり、本件各処分を行った。
5 原告らは、本件各処分を不服として、平成七年九月四日、被告に異議申立てをしたが、これが同年一二月四日付けで棄却されたので、更に、同月二九日、国税不服審判所長に審査請求した。同所長は、平成一〇年一月一四日、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、同月二三日ころ原告らに通知した。
6 本件各処分は次の理由により違法である。
(一) 本件株式は、株式会社である訴外会社が発行する株式であるが、取引相場がなく、財産評価基本通達(乙一、昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七(平成五年六月二三日付け課評二―七・課資二―一五六による改正前のもの。以下「本件通達」という。)一八八及び一八八―二に基づき、配当還元方式によって評価される株式に該当する。
配当還元方式によると、本件株式は一株三八円と評価される。
ところが、被告は、本件株式の価額を、預け金その他の単なる金銭債権と同様、cの取得価額と同額であると評価して本件各処分を行った。
このように、本件各処分は、本件通達に反し、租税法律主義を定めた憲法三〇条、適正手続を保障した同法一三条及び三一条、法の下の平等を定めた同法一四条に違反する。
(二) また、累進課税制度を採用している現行の相続税法は、財産権の保障を定めた憲法二九条及び法の下の平等を定めた同法一四条に違反するところ、累進課税税率による税額を前提とする本件各処分も違憲、違法である。
7 よって、原告らは、被告に対し、本件各処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし5の事実は認める。
2 同6は争う。
三 被告の主張
1 本件相続に係る相続財産の価格、債務等の額及び三年以内贈与加算額は、本件株式の価格を除き、別表2の「合計」欄の①②④⑥⑦⑨ないし⑯、⑱のとおりであり、原告らそれぞれの取得額は、同表の「原告a」「原告b」欄の右各項目のとおりである。
2 本件株式の価格は、本件通達一七八ただし書、一八八―二によるべきではなく、本件株式の性格、訴外会社の本件株式発行の趣旨、c及び原告らの本件株式の取得から売却に至る一連の行為等を総合的に考慮して、特別な事情があるものとして、本件相続開始日の直近の時価純資産価額であるとみるべきである。
(一) cは、平成四年一一月一三日にシティバンク・エヌ・エイ東京支店から一二億二四〇〇万円の融資を受け、そのうち一一億〇四〇〇万円を、同月一六日に設立した有限会社イー・アイの資本金及び資本準備金の払込みに当て、同月二〇日には取得したイー・アイの出資七二口全部を訴外会社に現物出資して、一株当たり一万七〇三六円で本件株式六万九六三一株の発行を受け、同月一七日に訴外会社から代金六一一九万三三一二円(一株当たり一万七〇三六円)で取得していた本件株式二五九二株との合計七万三二二三株を保有するに至った。
cは、平成四年一二月四日、死亡し、cの長男である原告aが三万六六一一株を、長女である原告bが三万六六一二株をそれぞれ相続により取得した。平成六年一二月一二日、原告aは本件株式三万四八一五株を代金六億〇九八六万〇二八〇円で、原告bは本件株式三万四八一六株を代金六億〇九六九万七七九二円で、それぞれ株式会社セムヤーゼに売却したが、一株当たりの代金はいずれも一万七五一二円であった。
(二) このように、cは本件株式を一株当たり一万七〇三六円で取得し、原告らは、本件相続により本件株式を取得した後、一株当たり一万七五一二円で売却しているにもかかわらず、本件相続に係る相続税の計算においては配当還元方式により一株当たり三八円と評価して相続税を申告している。
(三) 本件株式に関するスキーム(以下「キャピタル方式」という。)は、税理士であるdが考案したもので、dは、訴外会社の代表取締役、セムヤーゼの筆頭株主であり、これらの会社を含む日本スリーエスグループの中心的存在であった。キャピタル方式は、① 訴外会社がセムヤーゼに劣後株式を発行することにより、出資者の有する株式を常に本件通達一八八、一八八―二により配当還元方式で評価されるように株式数が調整されていたこと、② これにより相続税及び贈与税の節税対策になるメリットがある旨出資者に説明されていたこと、③パンフレットにより、本件、株式の評価額が低くなること、及び出資者が本件株式の売却を希望した場合には日本スリーエスグループの関連会社で買い取り、これができない場合には訴外会社の減資をしてでも必ず買取りに応じることが宣伝されていたこと、④ 本件株式の売却には、取得のときと同様に、時価純資産価額をもって応じることが出資者に説明されていたことから、出資者の所有する本件株式が常に配当還元方式により低く評価される状態を作り出すことにより、出資者の相続税及び贈与税の負担を軽減し、その後に、必ず、本件株式の取得に当てられた金員を出資者が回収できる仕組みであった。
(四) 訴外会社は、事業活動に必要な資金を調達する目的で新株を発行したものではなく、また、同社自体が、その事業活動のために、その新株の発行により調達した金員を使用することができない状態にあった。
(五) 訴外会社の取締役である税理士のeは、株式会社財産活用クリニックを設立し、その代表取締役を務めていたが、同社は、cからその相続税対策の相談を受け、キャピタル方式を具体化した「<f家>キャピタルプラン実行計画書」を作成し、右の一連の取引はこれに基づいて行われた。cは、シティバンクからの借入金及び当座借越金を原資として本件株式を取得したが、右借入金及び当座借越金に伴う金利負担額は年間合計六九〇〇万一〇七四円と多額である。このような多額の金利を負担して取得した本件株式に係る配当金は、一株当たり年三〇円、合計で年一七五万七三五二円(源泉徴収税額を控除した金額)にすぎず、多額の借入れをしてまで本件株式を取得する経済的合理性はなく、cは、配当を期待して本件株式を取得したものでない。
(六) 訴外会社が出資者に対して増資により本件株式の割当てを行う際の引受価額及び出資者がセムヤーゼから本件株式を購入する際の一株当たりの購入価額並びに出資者が本件株式を売却する際における一株当たりの価額は、いずれも、直近の一株当たりの時価純資産価額とされており、訴外会社は右のように出資者に説明していただけでなく、時価純資産価額を毎月出資者に報告していた。訴外会社も出資者も、本件株式の時価純資産価額をその取引価額と認識していた。
(七) このような本件相続開始前後のc及び原告らの一連の行動は、租税回避を目的として計画的に行われたもので、その他に何ら経済的合理性がなく、かような場合に、本件通達を形式的かつ画一的に適用して本件株式を配当還元方式で評価しても、それは、相続税法二二条にいう時価を反映するものではなく、本件通達の趣旨に反し、原告らと同様の方法を採らなかった他の善良な納税者との間の租税負担の公平を著しく害する。したがって、本件株式の評価については、本件通達によるべきでない特別な事情が存在し、本件株式の評価は、本件相続開始日である平成四年一二月四日の直近の一株当たりの時価純資産価額である一万七〇三八円とすべきである。
3 以上によると、本件相続に係る原告らの相続税の課税価格及び相続税額は別表2、3記載のとおりとなり、本件各処分はその範囲内であるから、適法である。
四 被告の主張に対する認否、反論
1 被告の主張1は認める。
2 同2、3は、いずれも否認ないし争う。
3 訴外会社は、いわゆるベンチャー企業の持つ優良な技術等そのものを引当てとして積極的に融資してその株式等を取得し、その企業が上場することによるキャピタルゲインを得ることを目的とする活動をしていた。原告らはそのような説明に納得し、ベンチャー企業育成という社会的意義を基礎として、キャピタルゲインを得るという投資とともに節税効果のある方法として、本件株式を取得した。
出資者が本件株式の売却を希望した場合には訴外会社の減資をしても必ず買取りに応じることは否認する。現に原告らの売却希望に応じていない。本件株式の売却には、時価純資産価額をもって応じることが確実であるとの説明もなく、変動による危険があり得るとの説明があった。また、必ず本件株式の取得に当てられた金員を出資者が回収できる仕組みであったことも否認する。回収が困難になることもあり得るとのリスクの存在は説明されていたし、現に原告らは回収ができていない。
訴外会社が事業活動に必要な資金を調達する目的で新株を発行したものであって、現に投資対象企業への投資もされていた。経済行為として明らかに不合理であるとの被告の主張は否認する。
原告らとセムヤーゼとの間の株式売買は、従来からの縁故に基づいてされたものであって、一般的な市場性を反映したものではない。この売買価格は解散価格(すなわちPBR)を基礎としたものであって、相続税ないし贈与税の株式評価の視点から比較しても、約四〇パーセント増しの高額な価格であるから、この売買価格をもって時価とみなすことはできない。
理由
一 請求原因1ないし5の事実、被告の主張1は当事者間に争いがない。
二 相続により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価により評価されるところ(相続税法二二条)、原告らは本件株式の時価を、本件通達の定める配当還元方式によって評価すべきであると主張する。そして、本件通達において、時価とは、相続により財産を取得した日等の課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、本件通達の定めによって評価した価額による(本件通達一(二))とされているが、本件通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する(本件通達六)とされている。
本件通達においては、株式の値額は、銘柄の異なるごとに一株単位で評価することとされ(本件通達一六八)、取引相場のない株式(上場株式及び気配相場等のある株式以外の株式をいう。以下同じ。)の価額は、原則として、評価しようとする株式の発行会社(以下「評価会社」という。)を事業規模に応じて大会社、中会社、小会社に区分し(本件通達一七八)、それぞれの区分に応じて、評価するものとされている(本件通達一七九)が、課税時期における評価会社の株主のうち、株主の一人及びその法人税施行令四条に規定される同族関係者の有する株式の合計数がその会社の発行済株式数の三〇パーセント(その評価会社の株主のうち、株主の一人及びその同族関係者の有する株式の合計数が最も多いグループの有する株式の合計数が、その会社の発行済株式数の五〇パーセント以上である会社にあっては、五〇パーセント)以上である株主以外の株主等が取得した株式については、配当還元方式(株価構成要素のうち配当金だけに着目して、配当金を収益還元することによりその元本である株式の価額を算出する方法)により評価するとされている(本件通達一八八、一八八―二)。
三 ところで、相続税法二二条所定の「時価」とは、当該財産の客観的交換価値、すなわち、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格をいうと解するのが相当である。もっとも、すべての財産の客観的な交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではなく、財産の客観的な交換価値を個別に評価していたのでは、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価が生じることとなるし、また、課税事務の迅速な処理も困難となるおそれがあることから、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からは、合理性を有する評価方法により画一的に当該財産を評価するのが相当である。本件通達は、そのような趣旨から定められているものであり、行政庁内部の準則にすぎないとはいえ、納税者間の公平及び信頼保護の見地から、それに定められた方法により得る場合には、できる限り、その方法によって財産評価をしなければならないのが大原則である。
しかしながら、本件通達に定められた評価方式を画一的に適用すると、かえって、実質的な租税負担の公平を害し、本件通達を定めた趣旨に反することが明らかであるなど特別の事情が存する場合には、本件通達の定めとは異なる評価方式によることが許される場合があると解すべきであり、本件通達六が、その定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の評価について例外を定めているのも、正にその趣旨に基づくものである。
ところで、本件株式のように一般の取引相場のない株式については、自由な取引を前提とする客観的価格を把握することが困難であるから、当該株式が化体する純資産価額、同種の株式の価額あるいは当該株式を保有することによって得られる経済的利益等の価額形成要素を勘案して、当該株式を処分した場合に実現されることが確実であると見込まれる価額、すなわち、仮に自由な取引市場があった場合に実現されるであろう価額を合理的方法により算出し、これを当該株式の時価と評価すべきものである。
例えば、零細な株主に代表される「同族株主以外の株主等が取得した株式」については、株主の持株割合が低下すると会社に対する支配権が希薄になり、会社経営等について同族株主の意向はほとんど反映されないこと、会社の経営内容、業績等の状況が同族株主以外の株主の有する株式の価額に反映されないことからして、これらの株主が当該株式の所有により把握する権利の主たる内容は配当金を受けることとならざるを得ない。本件通達一八八、一八八―二が、同族株主以外の株主の有する取引相場のない株式の評価について配当還元方式を採用しているのは、右のように、少数株主が当該株式を所有する経済的実益が、通常の場合は、主として配当金の取得にあることを理由とするものであると解される。
以下、右の理解を前提に、本件において本件通達の定める配当還元方式を適用するのが相当でない特別の事情が存するか否かを検討する。
三 前記争いのない事実に証拠(甲二、三、五、乙一ないし五二(枝番を含む。)及び証人eの証言)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。
1 cは、二〇億円を超える不動産をはじめとする多額の資産を有しており、その妻gとの間に、長男である原告a、長女である原告bがあった。
2 dは税理士であるが、平成三年八月二六日に株式会社大原工務店を買収し、代表取締役に就任した。右会社が訴外会社であり、買収と同時にスリーエスキャピタル株式会社、平成四年一〇月一日にフォーエスキャピタル株式会社、平成九年一一月四日に明星キャピタル株式会社に、それぞれ商号変更された。
そして、訴外会社の定款記載の目的は、右買収と同時に、① 株式、債券等の有価証券並びに出資金に対する投資業務、② 投資事業組合の財産運用及び管理に関する業務、③ 企業経営に関するコンサルティング業務、④ 不動産及び商品ファンド等有価証券以外の資産に対する投資業務、⑤ 融資及びその斡旋、⑥ その他これらに附帯する一切の業務と変更され、平成四年六月二六日には、企業の経営譲渡、合併、資本並びに業務の提携に関する斡旋並びに仲介が追加された。
3 税理士のeは、訴外会社がフォーエスキャピタル株式会社に商号変更された平成四年一〇月一日に、同社の取締役に就任した。
4 訴外会社は、dが代表取締役を務める日本スリーエス株式会社を中心とする日本スリーエスグループに属している。同グループには、そのほか、セムヤーゼ、フォーエス投資顧問株式会社、株式会社日本エム・アンド・エーセンター、スリーエス総研株式会社が属している。
セムヤーゼは、dが平成元年に設立した有限会社を平成四年五月二二日に組織変更したものであり、有価証券の保有、運用、投資等を目的としている。
5 eは、事業承継、資産運用及び経営計画に関する相談指導や企業の合併、提携、営業権・有価証券の譲渡に関する指導等を目的とする株式会社財産活用クリニックを設立し、その代表取締役を務め、節税方法として、dの考案したいわゆるA社B社方式を指導していた。しかし、eは、大蔵省による総量規制によって右方式に必要な銀行融資を受けることが困難になったこと及び税務当局が右方式を否認するという噂を聞いたことから、これに代わる節税方法が必要であると考えた。そして、dを中心とし、eも参加する研究会において、訴外会社の株式を購入するキャピタル方式が考案された。そのパンフレットには、次のように記載されている。
① 「キャピタル株(本件株式)の過半数はスリーエスグループが所有している為、資産家の皆様は少数株主になりますので、評価額は低くなります。」
② 「株主の皆様が株式の売却を希望された時に購入希望者がいない場合にも・・・ご希望に応じることができるものと考えております。」
dは、平成一〇年四月二三日、国税局の担当者に対して、右①の意味は、セムヤーゼが常に訴外会社の株式を五〇パーセント以上所有しているので、出資者は必ず少数株主になることから、相続税及び贈与税の課税価格の算定においては、訴外会社の株式は配当還元方式により評価できるので、購入価格に比して、評価額が低くなるという意味である旨、右②の意味は、出資者が本件株式の売却を希望したときには、まず、その株式の購入希望者を探すが、購入希望者がみつからない場合はセムヤーゼを初めとする日本スリーエスグループの関連会社で買い取ることとし、関連会社で買い取ることができない場合には、訴外会社の減資により対応することとしている旨説明した。
訴外会社が出資者に対して増資により本件株式の割当てを行う場合の一株当たりの引受価額又は出資者がセムヤーゼから本件株式を購入する場合の一株当たりの購入価額は、引受日又は購入日の属する月の前月末現在における一株当たりの時価純資産額とされていた。
訴外会社は、月末時における純資産価額や配当還元方式による評価額などを記載した株価計算書を作成し、出資者に報告していた。
6 ところで、平成四年当時、cの所有する不動産の評価額は、約三〇億円強に上っており、cが死亡した場合、そのほとんどが事業の用に供されていて、原告らとしては、物納することは不可能であり、延納するにしても資金繰りは困難であり、何らかの対策を講じなければ事業の継続が困難になることが予想されていた。
eは、株式会社財産活用クリニックにおいて、c又は原告らから相談を受け、キャピタル方式を指導することにし、同社の社員であるhは、平成四年五月二五日、原告らに対し、キャピタル方式の説明をした。cや原告らは、その後もhから何度もキャピタル方式の説明を受け、同年九月頃、キャピタル方式を採用することにした。原告らは、キャピタル方式を実行するに当たって、税務当局から否認される危険性はないのかを危惧し、何度もhに確認するなどした。
7 財産活用クリニックは、平成四年六月四日付けで「<f家>キャピタルプラン実行計画書」を作成し(乙二九の一)、更に、同年九月四日付けでも同様の書面(乙二九の二)を作成した。前者には、次の記載がある。
① cは、借入金一二億二四〇〇万円で有限会社A社を設立する。
② 有限会社A社への出資払込額は一二億二四〇〇万円、資本金は三六〇万円、一出資口数は七二口とする。
③ cは右七二口すべてを訴外会社に現物出資する。
④ 同時に、cは、銀行から六一二〇万円を借り入れ、その現金を訴外会社に出資して、本件株式の時価発行増資六一二〇万円を引き受ける。
⑤ 訴外会社の普通株式の一株当たりの時価純資産価額が一万七〇〇〇円である場合、cは本件株式を七万五六〇〇株取得する。
後者には、次の記載がある。
① cは現物出資によって入手した本件株式を、子らへ税務上認められる低い評価額で贈与する。
② 贈与を受けた子らは、本件株式を資金化する場合は、第三者に売却することになるが、訴外会社はcの現物出資後一年経過後であれば、書面による申し出により、その後一年以内に次の購入者を斡旋する。次の購入者が見当たらない場合は訴外会社自身が買い取る。
③ 本件株式の株価は、毎月株主に報告する。
8 cと原告らは、「<f家>キャピタルプラン実行計画書」の内容どおりの処理を実行した。
すなわち、まず、平成四年一〇月一四日、イー・アイ設立のため定款を作成し、同月一五日、公証人の認証を受けた。右定款によると、資本の総額は三六〇万円(出資口数七二口)、設立の際の出資一口の引受金額を一七〇〇万円、出資一口につき五万円を超える引受金額は資本準備金とする旨定められていた。
cは、同年一一月一三日、シティバンクから、貸付期間二年間の約定で一二億二四〇〇円を借り入れ(以下、この借入金を「本件借入金」という。)、同日、本件借入金に係る手数料、利息の支払等のために、当座勘定貸越約定を締結した。この約定による貸越極度額は三億円、期間は二年間、返済方法は不動産売却によるとされている。
シティバンクがcに融資するに当たって作成した平成四年九月一四日付け稟議書には、cが本件借入金で取得する本件株式を家族に贈与すれば、一二億八一四二万円の節税効果を得ることができる旨の記載があり、昭和六三年までcが、同年から原告aが代表取締役を務めている旭シャツ株式会社及び原告aの取引先である富士銀行今里支店が作成した平成五年五月一四日、同年一一月二日、平成六年二月一六日付けの取引経緯記録表に、シティバンクからの借入れは相続対策である旨の記載がある。
cは、本件借入金を直ちにイー・アイの資本及び資本準備金の払込みに当てた。
cは、平成四年一一月一七日及び二〇日に、訴外会社の増資の引受けにより、本件株式を合計七万三二二三株取得した。前者は、cが本件株式三五九二株を代金六一一九万三三一二円(一株当たり一万七〇三六円)で訴外会社の公募による新株発行を受けたもので、後者は、イー・アイの出資口数七二口全部を訴外会社に現物出資し、これを受けて訴外会社が増資して発行した新株で、一株当たりの価額は一万七〇三六円である。
9 cは、平成四年一二月四日、死亡した。
10 原告らは、平成五年六月三日及び平成六年五月一七日、本件相続により取得した本件株式を配当還元方式により一株当たり三八円と評価して、別表1の申告欄及び修正申告欄記載のとおり、申告及び修正申告をした。
11 イー・アイは、平成六年八月一日、訴外会社に吸収合併された。
12 原告らは、平成六年一二月一二日、本件株式のうち右現物出資によりcが取得したのと同数である六万九六三一株を一株当たり一万七五一二円で(原告aが三万四八一五株を六億〇九六八万〇二八〇円で、原告bが三万四八一六株を六億〇九六九万七七九二円で)セムヤーゼに売却した。
13 原告らは、同日、本件相続により原告らが承継した本件借入金一二億二四〇〇万円を右売却代金及び自己資金により完済した。
セムヤーゼは、原告らから購入した本件株式六万九六三一株を平成七年一一月一日に訴外会社に代金一二億〇三三六万二九四二円(一株当たり一万七二八二円)で売却している。
cは本件借入金及び本件当座借越金を原資として本件株式を取得しているが、その金利負担額は、合計で年間六九〇〇万一〇七四円(本件借入金の分が年間六三七一万九七六二円、当座借越金の分が年間五二八万一三一二円)に上る。
四 以上認定の事実によれば、cが本件株式を取得したのは、配当金の取得に目的があるのではなく、本件株式が、将来において、必ず時価純資産価額方式による評価額相当で売却できるという保障があることに加え、cが死亡して相続が生じても、訴外会社の株主構成における前記の仕組みから、相続税に係る課税価格の計算上、その価額は純資産価額方式により計算した価額より著しく低くなることに主眼があったというべきである。実際にも、cはその後間もなく死亡し、その所有に係る本件株式のすべては原告らが相続しており、原告らは、実質的には、時価純資産価額により計算した価額相当の財産を相続し、これを現金で相続した場合には約八億三〇〇〇万円の相続税額を納付しなければならないにもかかわらず、本件通達一八八、一八八―二を形式的に適用して本件株式を配当還元方式で評価した場合の相続税額は約一億三六〇〇万円となり、本件通達の形式的な適用により、相続により承継された実質的な経済的利益を基礎として計算される相続税額に比して著しい不均衡が生じる結果となる。右のように、cが本件株式を取得、保有するに至った目的、その後における本件株式の相続に伴い生ずる経済的利益の承継とこれに対する課税関係は、本件通達一八八、一八八―二が同族株主以外の株主の保有する株式の評価について配当還元方式を採用する上で想定した利益状況とは全く異なるというべきである。むしろ、本件株式の取引に関しては、実質的に、時価純資産価額に基づく価格により取引されることが予定されていたというべきであり、かような場合に、本件通達に定める配当還元方式を適用することは、課税上、実質的な公平を著しく損なうものである。したがって、本件通達一八八、一八八―二の規定を形式的に適用するのが相当でない特別の事情が存するというべきである。
そして、右認定事実及び前記の相続税法及び本件通達の趣旨によれば、本件株式の評価は、当事者間の取引における価格の算定において採用された時価純資産額方式による評価をもって、相続税法二二条にいう時価とすることが相当である。
これによれば、本件相続に係る原告らの課税価格及び相続税額は別表2、3のとおりとなり、本件各処分はその範囲内である。
五 原告らは、累進課税制度が憲法二九条及び一四条に違反するから、累進課税税率による税額を前提とする本件各処分も違憲、違法であると主張する。
しかし、相続税は、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現することを目的とするもので、そのために如何なる課税制度を採用するかは、原則として立法府の裁量に委ねられているものというべきであり、累進課税制度についても、それが極めて極端なもので、憲法の規定に反していることが一義的に明白であるなど特段の事情がある場合以外は、違憲の問題は生じないというべきである。原告らの右主張は、採用できない。
六 以上の認定、判断によれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 青木亮 裁判官 谷口哲也)