大阪地方裁判所 平成10年(行ク)16号 決定 1999年12月21日
当事者
別表のとおり
平成六年(行ワ)第七四号更正処分取消請求事件(以下「本案事件」という。)につき、文書提出命令の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件申立てを却下する。
理由
一 申立人は、本案事件において、相手方(大阪国税局資料調査第二課)が申立人の修正申告のしょうようを行った日時を証するため、「相手方(大阪国税局資料調査第二課)が所持する平成二年一一月七日、八日、九日の同課職員西岡達雄、七堂極、松本純治、野田高士の職員出張予定表ないし事務日程表あるいはそれに類する書面(以下「本件予定表」という。)」が必要であり、以下のとおり、本件予定表は以下の1ないし3の文章に当ると主張して、本件予定表につき文書提出命令を申し立てた。
1 民訴法二二〇条三号前段の文書(以下「利益文書」という。)
利益文書は、必ずしも直接挙証者のために役立てることを目的として作成したものである必要はなく、むしろ具体的な争点を解明する上で、当該文書が客観的に、挙証者の法的地位・権利・権限などを明らかにするのに役立つのであれば、その文書は挙証者の利益のために作成されたものとみなすべきであり、重要な争点の解明に役立ち、間接的に挙証者の権利・権限の証明に効果のある文書、訴訟における証拠確保という訴訟上の利益になる文書も利益文書に該当すると解すべきである。
本件予定表は、本案事件における重要な争点の解明に役立ち、かつ無用な争点の混乱を避け、訴訟における証拠確保といった訴訟上の利益になるから、利益文書に該当する。
2 民訴法二二〇条三号後段の文書(以下「法律関係文書」という。)
法律関係文書は、挙証者と所持者間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係に関係がある文書であれば足り、その形成過程において作成された文書及びその法律関係の構成要件事実の全部または一部を記載した文書などもこれに含まれる。
租税法律主義の精神にのっとった適正な税務行政の要請を受けて、相手方(国税局)においては、税務調査について、あらかじめ予定表が作成され、日程表、結果等の報告が通達ないし法令で定められ、各課税庁はこれらを管理している。
そうでなくとも、本件予定表は、所得税法二三四条に基づく質問検査権の行使の過程において作成された文書であることは間違いがない。質問検査権は任意の行政調査であり、直接的、物理的強制力を認めるものではないというものの、納税者は、質問に対する不答弁並びに検査の拒否、妨害に対しては刑罰を課されることになっており(所得税法二三四条八号)、公権力の事実上の行使を受忍しなければならない立場に立たされる。それ故、質問検査権の行使である税務調査においては、適正な税務行政の要請、法律による行政の規制の要請が強く求められている。
以上より、国税局の職員の税務調査の日程予定を記載した本件予定表は、申立人と相手方との間の租税法律関係に関して記載された文書であることは明らかである。
3 民訴法二二〇条4項の文書
本件予定表は日記、メモなどの専ら個人的、内部的な備忘のため記載された内部文書とは異なるものであり、同号イないしハの除外事由には該当しない。
二 これに対して、相手方は、本件予定表の所持者は相手方の職員である野田高士であると主張するとともに、本件予定表は利益文書ではなく、内部文書であるから法律関係文書にも該当せず、公務員がその職務に関し保管し又は所持する文書であるから民訴法二二〇条四号についても同条括弧書きの除外事由に当たると主張した。
三 よって検討するに、本件予定表は、法令により作成を義務付けられているものとは認められず、証人野田高士の証言及び弁論の全趣旨によれば、大阪国税局資料調査第二課の職員らの事務日程を記載したもので、その作成目的は同課職員らの事務日程を確認して調整することにあると認められる。
そして、相手方は、本件予定表の所持者は野田個人であると主張しており、本件予定表を相手方が所持していることは認められない、そうすると、文書提出命令の申立ては所持人を相手方として申し立てるべきものである。(民訴法二一九条)から、その点において、本件申立ては既に失当である。
また、仮に所持者が相手方であるとしても、本件予定表は、その記載内容、作成目的に照らして、利益文書にも法律関係文書にも当たるといえないから、いずれにしても、本件申立ては理由がないというべきである。
すなわち、利益文書とは、挙証者の法的地位や権利若しくは権限を証明したり基礎付ける目的で、又は挙証者の権利義務を発生させる目的で作成され、挙証者の法的地位や権利若しくは権限を明らかにするのに役立つ文書をいうと解されるが、右の目的を作成者の主観によらず客観的かつ合目的的に判定すべきであるとしても、本件予定表はそのような目的で作成されたものとは認められない。
申立人の主張によれば、訴訟において重要な争点の解明に役立ちさえすれば利益文書に当たることになるが、これは、事実上、争点の判断に必要な場合は利益文書の規定を根拠に文書提出義務を一般化するに等しいものであって、一般的文書提出義務を定める規定(民訴法二二〇条四号)が別に存在することと相容れず、採用することはできない。
また、法律関係文書というには、記載事項が所持者と挙証者の法律関係を記載したものであること、作成目的が右法律関係を明らかにする目的であることが必要であるが、本案事件においては、申立人の修正申告について、申立人がその意志を有していたかどうか、右修正申告の効力が主たる争点となっているところ、前記のとおり、本件予定表は大阪国税局資料調査第二課の職員らの事務予定を記載したものにすぎず、たまたまその予定表に記載された調査の日に申立人が修正申告の意思表示をしたからといって、申立人の修正申告に係る法律関係を記載したものとは到底いえないし、右法律関係を明らかにする目的で作成したものとも到底いえない。
更に、本件予定表は、仮に相手方が所持者であるとすると、同条四号括弧書きの除外事由に該当し、同号に基づいて本件予定表の提出を求めることもできない。
四 よって、本件申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 青木亮 裁判官 谷口哲也)
申立人(原告) 尾上英二
右訴訟代理人弁護士 関戸一考
相手方(被告) 国
右代表者法務大臣 臼井日出男
右訴訟代理人 兵頭厚子