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大阪地方裁判所 平成11年(わ)685号 判決 2001年12月11日

主文

被告人を懲役1年6月に処する。

この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、

第1  コンビニエンスストア「ローソン小林西二丁目店」(店長北門大)で購入した紙パック入りのオレンジジュースに自ら次亜塩素酸イオン等が成分となっている家庭用洗剤を注入したにもかかわらず、あたかも購入前からそのジュースに異物が混入されており、それを自分の子供が過って飲んだかのように装った上、子供が異物混入ジュースを飲んだなどと公表させることを意図し、平成10年9月7日午後5時30分ころ、大阪市大正区北村3丁目4番5号済生会泉尾病院において、大阪府大正警察署司法警察員警部補(当時)三宅成人に対し、「ローソン小林西二丁目店で買った紙パック入りオレンジジュースをそのまま子供に飲ませたところ口の中がピリピリすると言い、帰宅した主人も口にしたところ、異変に気付いて吐き出した。」旨虚偽の申告をし、この申告内容を信じた警察職員にその旨報道機関に発表させ、よって、報道機関をして、そのころ、大阪府内において、ローソン小林西二丁目店では異物が混入したジュースを陳列・販売していた旨の虚偽の報道をさせ、もって、虚偽の風説を流布し、同店の信用を毀損するとともに、その業務を妨害し、

第2  同年12月23日午後10時ころ、同市大正区小林西2丁目12番20号ぺレーラー・ドス・サントス・黒土・キヨサニ方において、同人所有にかかる指輪等6点(時価合計約13万円相当)を窃取し

たものである。

(証拠) 省略

(適用法令)

罰条

判示第1の事実   刑法233条

判示第2の事実   刑法235条

刑種の選択      判示第1の罪の刑につき、懲役刑を選択

併合罪加重      刑法45条前段、47条本文、10条(重い判示第2の罪

の刑に刑法47条ただし書の制限内で加重)

刑の執行猶予     刑法25条1項

訴訟費用負担     刑事訴訟法181条1項本文

(争点に対する判断)

判示第1の信用毀損、業務妨害の事実について、被告人自身は事実関係を素直に認めているところ、弁護人は、被告人の行為自体は争わないものの、主として法律的な見地から種々の主張をしているので、若干説明をする。

1  「流布」について

弁護人は、被告人は異物混入の被害に遭った旨を特定かつ1人の警察官に申告したところ、警察官が事件を秘匿すべき守秘義務に反し、かつ、警察及び報道機関が独自の判断でこれを発表しているなどとして、被告人の行為は「流布」に当たらないと主張する。

しかしながら、いわゆる異物混入事件は一般市民の生命・健康に直接かつ重大な影響を及ぼし得るもので、社会に与える影響が極めて大きく、特に、本体当時はこの種の事犯が全国的に多発しており、被害人自身もそのような新聞記事を見て本件を思い立ったというのであるから、ある不特定の警察官1人に「異物混入事件の被害に遭った」旨を申告すれば、その警察官がかかる申告について職務上の守秘義務を負っているか否かにかかわらず、相当の蓋然性をもって事件が報道されることがむしろ当然であり、かつ、被告人自身においてもこのことを十分に認識していたと認められるのであるから、かかる弁護人の主張は採用できない。

2  「信用」について

弁護人は、大審院判例を指摘し、信用毀損罪における「信用」とは人の弁済能力もしくは弁済意思に対する他人の信頼をいい、これを害する場合にのみ成立するのであって、他人の商品が粗悪不良であるという虚偽の事実を流布したような場合には同罪は成立しない旨主張する。

しかしながら、当裁判所は弁護人主張の見解を採用しない。

3  さらに、弁護人は、本件信用毀損、業務妨害の訴因が特定されていないとも主張するが、事案の性質及び起訴状記載の公訴事実に加え、検察官の釈明も考慮すれば、本件においては何ら訴因の特定性に欠ける部分はない。また、異物混入を報道機関に発表した警察職員が、被告人の虚偽の申告を真実であると信じて発表した証拠がないとも主張するが、この点は現に警察発表がなされているという事実から合理的に推認できる。その余にも弁護人は様々な主張をするが、いずれも当裁判所の採用するところではない。

(量刑事情)

本件は、信用毀損、業務妨害及び窃盗の事案である。

信用毀損、業務妨害については、そのころ出産を控えていた被告人が、当時の夫から沖縄の親元に帰って出産するよう言われたものの、被告人自身はそうしたくなかったところ、たまたま新聞で異物混入ジュースが販売されていたという記事を見て、自分もこの事件の被害者のように扱ってもらえれば沖縄に帰らずにすむなどと考えて犯行を敢行したというのであり、その犯行動機はまさに短絡的かつ自己中心的であって、酌量の余地はなく、何人かが異物を混入したかのように見せかけるためにジュースの紙パックに自ら小さい穴をあけるなどの工作もしており、悪質である。そして、何の落ち度もない被害店に対し、多大な損害や迷惑を及ぼしたのみならず、かかる犯行により社会や近隣住民に与えた不安感も無視できない。

窃盗については、生活費等に困窮した被告人が、当時親しく出入りしていた友人方から、換金目的で指輪等を盗んだというものであるが、やはりその犯行動機は短絡的かつ自己中心的であるといわざるを得ず、犯行発覚後相当期間が経過しているにもかかわらず、未だに被害弁償等もなされていない。

これらを総合すれば、本件犯情はまことに芳しくないといわざるを得ない。

しかしながら、被告人が、本件各事実を素直に認め、信用毀損等の被害店に謝罪に赴き、当公判廷においても反省の態度を示していること、被告人には特段の前科がなく、本件で在宅審理を受けている最中に転居をして所在不明になっていた間も、犯罪などには手を染めずに真面目に生活していた旨述べていること等、被告人に有利に酌むべき事情も認められるので、今回に限って、執行猶予を付すことが相当である。

(求刑 懲役1年6月)

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