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大阪地方裁判所 平成11年(ヨ)10133号 決定 2000年5月18日

債権者

山下敏彦

債権者

山田綾子

右両名代理人弁護士

大川一夫

債務者

株式会社大阪ビル管理

右代表者代表取締役

小川卓也

右代理人弁護士

松下守男

主文

一  債権者らの本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者らの負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  債権者ら

1  債権者らが債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者山下敏彦に対し、平成一一年一〇月以降本案訴訟第一審判決言渡に至るまで毎月限り、一七万七八四二円の割合による金員を仮に支払え。

3  債務者は、債権者山田綾子に対し、平成一一年一〇月一六日以降本案訴訟第一審判決言渡しに至るまで毎月二八日限り、七万三四五四円の割合による金員を仮に支払え。

4  申立費用は債務者の負担とする。

二  債務者

1  債権者らの申立てを却下する。

2  申立費用は債権者らの負担とする。

第二事案の概要

一  争いがない事実等

1  当事者

(一) 債務者は、ビルメンテナンスに関する業務、警備業務等を目的とする株式会社である。

(二) 債権者山下敏彦は、平成三年四月一日付で債務者に正社員として雇傭された者であり、豊中市中桜塚所在の豊中市役所駐車場において警備業務を担当していた。平成一〇年七月ころ、北大阪合同労働組合に加入した者である。

(三) 債権者山田綾子は、平成九年三月に債務者にパートで入社した者である。ただし、その後、債権者山田綾子が、一週間後退職し、再度、同年三月八日に再入社したか、就業場所が変更になっただけかは当事者間の主張に食い違いがある。債権者山田綾子と債務者の雇用契約は、期間を一年とするもので、平成一一年一〇月一五日が期限であった。

債権者山田綾子は、豊中市立野畑図書館において就労してきた者で、北大阪合同労働組合の組合員である。

2  債権者山下敏彦の解雇

(一) 債務者は、債権者山下敏彦に対して、平成一一年一〇月一日付で豊中市立庄内幸町図書館への配転を命じた。しかし、債権者山下敏彦は右配転を拒否した。

(二) 債務者は、平成一一年一〇月八日付で債権者山下敏彦に対して懲戒解雇を通告した。

解雇事由は、就業規則第七六条第二項(1)の「この規則およびこの規則によって定められた諸規定の遵守業務に違反し、指示、命令にしたがわなかったとき」に該当するというものである。

3  債権者山田綾子に対する就労拒否

債務者は、平成一一年一〇月二三日以降、債権者山田綾子の豊中市立野畑図書館における就労を拒否している。

4  賃金

(一) 債権者山下敏彦の解雇前六か月の平均賃金は一七万七八二四円であり、支払は、一五日締め二八日払いである。債権者山下敏彦は、平成一一年九月三〇日までの賃金は受領している。

(二) 債権者山田綾子の就労拒否前六か月の平均賃金は七万三四五四円である。支払は、一五日締め二八日払いであり、債権者山田綾子は、同年一〇月一五日までの賃金は受領している。

二  争点

1  債権者山下敏彦について

(一) 懲戒解雇の効力(配転命令の効力、不当労働行為の有無)

(二) 保全の必要性

2  債権者山田綾子について

(一) 雇用契約が継続しているか否か(期間の定めのない契約への転化、解雇又は更新拒絶の合理性)

(二) 保全の必要性

第三当事者の主張

一  債務者

1  債権者山下敏彦について

(一) 懲戒解雇の効力

(1) 債権者山下敏彦の就労場所は、豊中市中桜塚所在の豊中市役所駐車場であった。この豊中市役所駐車場については、平成一一年一〇月一日以降、有料化とともに駐車場の管理に機械ゲートが導入されることが以前から決定しており、その場合には、債務者と豊中市との間の契約人員が二名減員になることが既に決定されていた。これに伴う異動が一名のみとなったのは、一名が休職中であったからである。

(2) 本来であれば、一名といえども事業規模の縮小であるので、豊中市役所駐車場の要員を一名解雇することも債務者の選択肢としてはありえたが、債務者はこれをとらず、債務者の他の職場に豊中市役所駐車場から一名を異動させることにより、雇用を確保して、この事態に対処することとした。ただ、豊中市役所駐車場の要員を異動させる新規の現場が都合よくあったわけではないので、債務者は、複数の社員を異動させることにより、豊中市役所駐車場の要員を適切な場所に異動させることにした。

(3) 豊中市役所駐車場の要員を異動させるに適切な場所はやはり豊中市内であることが望ましいと債務者は考えていたが、豊中市内の職場で当時、欠員が生じていたのは豊中市保健センターの夜勤の業務であった。しかし、豊中市役所駐車場の業務は昼勤業務であったので、この豊中市保健センターの業務は豊中市役所駐車場要員の異動先としては少なからず問題があった。そこで、債務者は、当時、豊中市庄内幸町図書館で勤務をしていた二名の者のうち一名が、本来であれば夜勤勤務として雇用した者であったのに夜勤の現場がなかったため、やむなく昼勤に従事させていたことに着目し、この者の職場を豊中市保健センターに異動をさせた上で、豊中市庄内幸町図書館の現場に豊中市役所駐車場要員を一名異動させることに決定をした。

(4) そして、この豊中市庄内幸町図書館の現場に異動させる豊中市役所駐車場要員の一名を債権者山下敏彦に決定をしたのは次のような理由である。

まず、第一に、債権者山下敏彦は、その自宅が、豊中市役所よりも庄内幸町図書館に近く通勤上の新たな負担というのが本件の異動によって生じない。第二に、豊中市庄内幸町図書館に異動をする豊中市役所駐車場要員は、先に豊中市庄内幸町で先に勤務をしている者の指導を仰ぎながら(上下関係ではないので指揮命令ではない)勤務をすることになるので、できればこの者より年齢が若いことが望ましい。豊中市駐車場の要員の中でこの条件に合致をするのは債権者山下敏彦のみであった。

(5) 債務者は、右配転について債権者らを組織する北大阪合同労働組合と、平成一一年九月二〇日に、団体交渉をもち、右組合は、同月二二日、北大阪合同労働組合は債権者らの職場の変更について了解する旨の回答を寄せた。その後、北大阪合同労働組合は、<1>同月二八日になってから突然に電話で拒否を通告し、<2>次いで、前任者の異動の経緯について文書による説明があれば了解するという電話連絡をし、<3>債務者がこれに応じて文書による説明を送付したにもかかわらず、やはり拒否するという変遷を次々と行った。しかし、債権者山下敏彦の職場は、同月二二日に債務者の申込を承諾する旨のファックス回答を行った時点で、労使間の合意により、変更になったものであり、労使間の合意は労働組合組合員たる債権者山下敏彦を拘束するものである。したがって、債権者山下敏彦は一〇月一日には庄内幸町図書館に出勤する義務があった。しかるに、債権者山下敏彦は右配転及び就労を拒否した。そこで、債務者は、債権者山下敏彦を懲戒解雇としたものである。

(二) 保全の必要性

債権者山下敏彦は両親の存在を保全の必要性を基礎付ける事実として、主張するが、債権者山下敏彦はその両親を扶養家族として債務者には申請をしていなかった。これは債権者山下敏彦の両親が債権者山下敏彦の扶養を受ける必要がない程度の収入を得ていることを意味している。債権者山下敏彦は独身であり、このような収入のある両親と自宅に同居しており、本件における保全の必要性についてはきわめて乏しいといわなければならない。

2  債権者山田綾子について

(一) 雇用契約が継続しているか否か

(1) 債権者山田綾子は職場である豊中市野畑図書館の債務者従業員と折り合いが悪く(その理由はきわめて私的なものであり、債務者としては、折り合いの悪さの原因が山田綾子にあるのか他の従業員にあるのかということについては判断をすべき立場にはない)、債務者は債権者山田綾子と他の野畑図書館勤務者との距離を開けて両方の気分を一新する必要があった。そこで、平成一一年一〇月一五日で、当時の豊中市野畑図書館を就労場所とする債務者と債権者山田綾子との雇用契約が終了するので、平成一一年一〇月一六日から平成一二年一〇月一五日までの雇用契約を締結するにあたっての就労場所として、債務者は豊中市豊島体育館を提案したのである。

(2) 豊中市野畑図書館から豊中市豊島体育館に就労場所が変更になることについて、債権者山田綾子にはこれといった不利益は生じないし、この就労場所の変更が債権者山田綾子に対する処罰であるといったことであるはずがないのは勿論である。

(3) 債務者は就労場所の変更について了解をするのであれば一〇月一日から豊島体育館に出勤をするように指示をしていたが、これは一刻も早く新しい職場になれてほしいという考えからそのように指示をしたものである。

(4) 債務者は、右配転について債権者らを組織する北大阪合同労働組合と、平成一一年九月二〇日に、団体交渉をもち、右組合は、同月二二日、北大阪合同労働組合は債権者らの職場の変更について了解する旨の回答を寄せた。その後、北大阪合同労働組合は、同月二八日になってから突然に電話で拒否を通告してくるなどしたが、同月二二日に債務者の申込を承諾する旨のファックス回答を行った時点で、労使間の合意は成立したものであり、労働組合組合員たる債権者らを拘束するものである。したがって、債権者山田綾子は、一〇月一日以降豊島体育館に出勤する義務があったものである。

(5) しかし、債権者山田綾子は、豊島体育館における就労を拒否したことから、平成一一年一〇月一五日までの債務者と債権者山田綾子との契約に基づき、そのまま野畑図書館での勤務を継続させた。そして、債務者は、債権者山田綾子に、豊島体育館を就労場所とする契約の締結を説得したが、債権者山田綾子がこれを拒否したため、新年度の契約が締結されず、その結果、債権者山田綾子は債務者従業員の地位を失ったのである。

(二) 保全の必要性

債権者山田綾子は、その夫の扶養家族になっており、債務者在職中の賃金についても配偶者控除をその夫が受けられる限度額を超えることを拒否していた。このことは債権者山田綾子の基本的な生活がその夫の収入により支えられてきたことを意味するのであって、本件における保全の必要性が極めて乏しいことを意味するものである。

二  債権者ら

1  債権者山下敏彦について

(一) 懲戒解雇の効力

豊中市役所駐車場については、機械ゲートが導入されることが決定していたことは認めるが、その余の事実は否認する。これに伴う配転の必要があったとしても、債権者山下敏彦が選ばれる合理性はない。債務者従業員六〇〇人の内、配転は七名であり、しかも大阪府内は四人、その内の二名は債権者ら北大阪合同労組員というもので、労組員を狙い打ちした全く不当なものであった。債権者山下敏彦に対する配転は、労働組合を嫌悪した債務者が組合つぶしを謀って行ったものである。

不当な配転を拒否したことによる解雇であるから、その解雇に合理性はなく、解雇権の濫用として無効である。

(二) 保全の必要

債権者山下敏彦は、現在失業中で、無収入であり、また、長男であるから年老いた父母を養う必要がある。本案確定の判決を待っていては生活に支障をきたす。

2  債権者山田綾子について

(一) 雇用契約が継続しているか否か

(1) 債権者山田綾子と債務者との雇用契約は、その反復更新によって期間の定めのない契約に転化している。

(2) 債務者は、平成一一年九月一四日、債権者山田綾子に対して、一〇月一日付での豊島体育館へ配転を命じた。しかし、右配転は、本来辞めさせる必要のない前任者を辞めさせてまで配転したものであり、不当なものであった。債務者は、人間関係悪化を配転の理由とするが、人間関係を悪くした原因は債権者山田綾子にはないから、債権者山田綾子に責任を負わせるような配転を命じられる合理性はない。

また、債務者においては、非正規社員に対する配転については、本人の了解を得て行うという慣行があったもので、債権者山田綾子に対する配転は慣行に反するものである。

したがって、債務者の就労拒否は、不当な配転を拒否したことによる解雇であるから、その解雇に合理性はなく、解雇権の濫用として無効である。解雇でないとしても、更新拒絶に合理的な理由がない。

(二) 保全の必要

債権者山田綾子は、現在失業中であり、債権者の夫は以前より病弱で債権者が仕事をしなければ生活できない。本案確定の判決を待っていては生活に支障をきたす。

第四当裁判所の判断

一  債権者山下敏彦について

審尋の全趣旨によれば、豊中市役所駐車場について機械ゲートが導入されることになり、そのため同所に就労する警備員に余剰人員が生じたこと、そして、その結果、債権者山下敏彦に対する配転が決定したことを認めることができる。そして、債権者山下敏彦に対する右配転は、その通勤上の負担などを考慮してされたものであると認められ、これを不合理とする事情は疎明されていない。人事権は、使用者に属するものであるから、その経営上の判断によって行えば足りるもので、かつ、その人選も唯一最上のものである必要はない。(書証略)によれば、右配転によって、債権者山下敏彦に著しい不利益が生じるということもなく、また手続的にも、組合と協議のうえ、一旦はその承諾を得ているものである。

債権者山下敏彦は、右配転を組合つぶしであるというが、組合が、一旦した承諾を覆したのは、異動先の従業員が配転を強制されたからというのであって(書証略)、これは異動する組合員の利害とは関係がない。異動を命じられた二名が組合員であるというが、それのみから組合員だけを異動の対象としたとまでは認められない。また、組合員の増加を懸念して債権者山下敏彦を異動させたともいうが、右配転によって、組合員の増減に影響を生じるとまでは一応にも認められないし、右配転が、組合を嫌悪してされたものであるとまでは認めることができない。

そうであれば、右配転の拒否は明らかに業務命令に違反し、就業規則第七六条第二項(1)に規定の懲戒事由に該当するものであり、これによる解雇を無効とする事情はないというべきである。

二  債権者山田綾子について

(証拠略)によれば、債権者山田綾子は、平成九年三月始め、期間の定めのあるいわゆるパート従業員として債務者に雇用され、平成九年一〇月に一回目の更新を行って契約書を作成し、平成一〇年一〇月一一日、期間を同月一六日から平成一一年一〇月一五日までとして書面による二回目の更新したこと、債務者は、平成一一年九月一三日、債権者山田綾子に対し、豊島体育館勤務を命じる旨の人事通達を交付したことを一応認めることができる。これによれば、債権者山田綾子と債務者の雇用契約は、更新を予定していたものであるということができる。しかし、更新がされたのも二回だけであり、更新時には、改めて書面による契約書を作成していることからすると、これが期間の定めのない契約に転化したということはできない。そして、債権者らはパート従業員について過去に配転がされたことはないというが、だからといって配転に労働者の承諾を必要とするとの慣行があったということはできない。債務者が債権者山田綾子に対して行った豊島体育館勤務を命じる旨の配転は、債権者山田綾子の就労場所において人間関係の円滑を欠き、そのまま放置すれば業務の遂行等影響を及ぼすことが懸念されたためであることは、(書証略)からも窺え、配置換えの必要があったことは肯定できる。債権者山田綾子は、同債権者と軋轢のあった従業員を配転すべきであるというが、従業員たる債権者山田綾子にかかる請求権はないし、債権者山田綾子に対する配転は人事権の行使としてされたもので、懲罰としてされたものではなく、また、これによって、債権者山田綾子に労働条件において著しい不利益を与えるものということもできない。これらによれば、債権者山田綾子を配転したことを人事権の濫用ということもできない。さらに、(書証略)によれば、右の配転については、一旦は、債権者山田綾子が加わる労働組合も承諾したものであり、手続的にも咎められるところはない。また、右配転が、債権者山田綾子の組合活動を嫌悪してされたものと認める疎明もない。しかるに、債権者山田綾子は右配転に応じなかったものであるから、債務者の更新拒絶には合理的な理由があるというべきである。

なお、債権者山田綾子は、契約更新をしないことは同年二月の段階で決まっていたというが、債務者が配転を指示したことから見ても、債務者として、更新拒絶を同年二月に決めていたとはいえない。

三  以上によれば、債権者らの本件申立ては、いずれも理由がないから、これらを却下する。

(裁判官 松本哲泓)

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