大阪地方裁判所 平成11年(ヨ)2244号 決定 2000年6月09日
債権者
仲立証券株式会社
右代表者清算人
水智弘
債権者代理人弁護士
山田長伸
清水英昭
債務者
大阪証券労働組合
右代表者執行委員長
築山美朝
債務者代理人弁護士
河村武信
梅田章二
飯髙輝
松本七哉
主文
一 債権者の申立てを却下する。
三(ママ) 申立費用は債権者の負担とする。
理由の要旨
第一申立て
債務者は,債権者に対して,別紙物件目録記載<略>の建物を仮に明け渡せ。
第二事案の概要
本件は,解散決議をして清算中である債権者が,債務者の仲立分会に便宜供与として使用させていた組合事務所の貸借契約が終了したのに,債務者が組合事務所を含む別紙物件目録記載の建物を不法に占拠していると主張して,その明渡しの断行を求めた事案である。
一 前提事実(争いのない事実及び証拠上明らかな事実)
1 債権者は,昭和24年2月に設立され,大阪証券取引所が開設する有価証券市場において,有価証券の売買等の媒介業務等を営んできた会社である。
債権者は,平成11年4月12日開催の取締役会において,証券業廃止及び会社解散に向けての営業休止を決議し,同月27日開催の臨時株主総会において,同年5月28日をもって証券業廃止及び会社解散をする旨の決議をした。
債権者は平成9年11月から希望退職者募集などの人員削減を行い,その結果,そのころ約140名いた従業員は平成11年4月27日時点では61名となった。株主総会における解散決議を受け,債権者は,右同日,すでに希望退職に応じていた20名を除く41名の従業員に対し,会社解散となる同年5月28日をもって解雇する旨通知した。
債務者は,北浜を中心とする大阪地方における証券会社,証券関係機関等の従業員で組織する労働組合であり,債権者の元従業員で構成する債務者仲立分会(以下「仲立分会」という。)には右の解雇通知を受けた41名が所属している。
2 債権者(正確には債権者に統廃合される以前の11社)は,昭和39年に別紙物件目録記載1記載の建物(以下「汐見ビル」という。)が建築されて間もないころ,当時の所有者汐見商事株式会社から,その4階ないし7階を会社事務所等として賃借した(<証拠略>)。
債権者は,汐見ビルへの移転後の昭和40年1月,債務者に対し,協定書を取り交わして同ビル7階の一部を仲立分会組合事務所として無償で供与した(<証拠略>)。
その後,汐見ビルの所有者は変遷し,平成9年12月以降宗田ゴム株式会社(以下「宗田ゴム」という。)の所有となっており,同社が債権者に対する賃貸人たる地位も承継した(<証拠略>)。
この間,債権者は,必要に応じて借増しや一部解約などを行い,平成10年2月頃,賃借部分は5階及び6階の全部並びに7階及び8階の各一部となった(<証拠略>)。これに伴い,債権者は,債務者に対して,従前の7階の組合事務所部分のかわりに,5階賃借部分(別紙図面1の赤線で囲った部分。以下「本件建物」という。)の一部(別紙図面2の青線で囲った部分。以下「事務所部分」という。)を間仕切りして仲立分会組合事務所として供与することとなった。
3 債権者は,前記解散決議に基づき,平成11年4月28日,宗田ゴムに対し,同年7月末日限り,右建物の賃貸借契約を解約する旨通知し,さらに,同年6月10日,解約日を同月11日とすること,8階の賃借部分は引き続き賃借したい旨申入れ(<証拠略>),これに対する宗田ゴムの承諾を得た(<証拠略>)。
債権者は,平成11年5月24日,債務者に対し,事務所部分の貸与契約を解除し,同月27日限り明け渡すよう通知した。
4 現在,本件建物全体を債務者が占有しているかについては争いがあるが,債務者は,事務所部分を組合事務所として使用していること,その余の部分については組合事務所への出入りのための通行や組合集会開催などの必要上使用していること,組合員らが待機のためフロアー内の椅子を使用していることは認めている。
また,使用態様に関しても,債務者は,ノボリや立て看板を朝持ち出し,夕方持ち帰っていること,支援団体の訪問がこれまでに2ないし3回程度なされたこと,毎晩組合員が泊まり込んでいること,道路側に面した窓に仲立分会の表示をしていること,平成11年9月初旬まで廊下のエレベーターホールに組合の要求を記載したビラを貼付していたことは認めている。
二 当事者の主張と主要な争点
本件の争点は,被保全権利である本件建物の明渡請求権の有無及び保全の必要性であり,これに関する当事者の主張の詳細については,本件申立書,答弁書並びに債権者提出の主張書面(一)ないし(三),債務者提出の準備書面(平成11年11月19日付及び同年12月20日付),同主張書面に各記載のとおりであり,これを引用するが,その要旨は以下のとおりである。
1 債権者の主張の要旨
(一) 被保全権利
債権者では,昭和60年9月期には営業収入の4割を超えていた店頭債券手数料収入が同時期をピークに減少し,その結果,債権者の収益基盤は市場内媒介手数料(仲立手数料)依存体質となった。
他方,市場内媒介手数料も,バブル経済の崩壊等による証券市場の低迷のため昭和62年をピークに減少し,平成5年3月期以降債権者は赤字経営となり,その後も赤字のまま低水準で推移した。
この間,債権者では,このような業績悪化に対し,平成7年10月の各種経費削減実施,平成9年春から秋にかけての業容変更策の検討,同年10月からの役員報酬の減額及び役員減員,同年11月の希望退職者募集,平成10年6月の賃金の一部カットの実施,同年8月の会社再建案の策定,同年9月の希望退職者募集,同年10月の東京支店閉鎖などの各種合理化策を策定,実施した。
しかるに平成11年3月期においても大幅な赤字を計上する見通しとなったことや市場内の媒介業務に対する需要が全くなくなってきていることなどから,経営状態改善の目処が立たなくなり,債権者では,これ以上の営業継続は不可能であると判断し,平成11年4月12日の取締役会で会社解散に向けての営業休止等を決議し,同月27日の株主総会で解散決議をしたものである。
本件解散決議は,右の経緯からなされたもので,債務者の壊滅を企図した偽装解散などという性質のものではなく,不当労働行為となる余地はない。
大阪証券取引所は右解散にはまったく関与していない。
債権者は,債務者仲立分会に組合事務所として使用させるため事務所部分を無償で貸与していたが,これは便宜供与であり,恩恵的性格を有するもので,債権者に明渡しを求める正当事由があれば貸与契約を解約し明渡しを請求できるものである。債権者は,解散決議により清算手続に入っており,汐見ビルの賃貸借契約も平成11年7月末日限りで終了して,明渡義務を負っているのであるから,便宜供与としての事務所部分の貸与契約を終了させ,明渡しを求める正当事由がある。債権者は,同年5月24日,債務者に対し組合事務所の貸与を解約する旨通知した。
しかるに,債務者は右明渡しに応じないのみか本件建物全部を不法占拠して債権者の施設管理権限を奪っている。
よって,債権者は債務者に対し,本件建物の明渡しを求める権利を有する。
(二) 保全の必要性
債権者は,宗田ゴムから,賃借継続の承諾を得た8階部分を除き,本件建物を含む賃借物件の一括返還を迫られているが,債務者の本件建物占拠のために,一括返還が不可能となっており,このため,5階ないし7階の賃料等相当額として月額約160万円の損害金の支払を余儀なくされている。
さらに,債権者は,宗田ゴムから,債務者の不法占拠のために新たな汐見ビルは借り手がなく,3階以上は1室を除いてすべて空室となっており,現入居者からも,苦情や賃料減額の申入れがなされているなどを理由に損害賠償の予告を受けている。
その結果,債権者の清算業務にも重大な支障が生じているのであって,本案判決を待たずに明渡しを求める必要がある。
2 債務者の主張の要旨
(一) 被保全権利
(1) 債務者は,債権者との便宜供与協定に基づき,事務所部分を組合事務所として使用し占有しているが,本件建物のその余の部分は占有しておらず,不法占拠の事実はない。
(2) 組合事務所貸与の便宜供与協定の破棄は,以下の理由から,債権者の従業員に対する実質上の使用者というべき大阪証券取引所による不当労働行為であり,協定解約権の濫用であって無効である。すなわち,
ア 債権者が固有の業務とする大阪証券取引所加盟会員間の有価証券取引仲介業務(仲立業務)は本来同取引所の業務に属するものであるが,大阪証券取引所では,開設以来,これを債権者ら仲立会員に肩代わりさせてきた。
仲立会員が順次統合され最終的には債権者1社となるに及んで,同取引所は債権者を支配すべく資本参加し,同取引所及びこれと構成員を同じくする大証正会員協会で,債権者の発行済株式の過半数を保有しており,債権者の歴代役員も同取引所出身者が就任してきた。
さらに,大阪証券取引所は,その定款中に,仲立会員は「有価証券の売買取引等の媒介を重要な業務とするものでなければならない」と定めて,債権者の業務内容を限定し,債権者が取得する仲立手数料についても,その業務規程において「仲立手数料は,本所が定める料率による」と規定し,仲立料率を変動させることにより債権者の営業内容に決定的な影響を与えうる地位にある。
以上のとおり,大阪証券取引所は,資本構成,役員構成,業務内容のいずれの面でも債権者を支配しており,債権者は実質的には同取引所の一営業部門にすぎず,両者間には実質的同一性がある。
イ 債務者は,大阪地方における証券労働者で組織されており,これまで証券業会における労働争議等の指導的存在として種々の組合活動を行ってきており,このため,各証券会社を正会員とする大阪証券取引所は,債務者を敵視しその弱体化の機会をうかがってきた。
債務者仲立分会は,債務者の中核的存在である。
ウ 大阪証券取引所は,いわゆる金融ビッグバンを先取りし,使い勝手のよい取引所を指向し,国内で最も低コストの市場とするとの基本方針のもと,債権者の採算を無視し,平成9年9月,平成10年2月及び同年5月の三次にわたる大幅な仲立手数料率の引下げを実施し,また,平成9年12月には大口クロスバスケット取引について立会外売買制度を導入して,この分野から債権者の仲立業務を排除した。
債権者の業績はバブル経済崩壊等の影響で平成5年以後赤字を計上してはいたものの,他の証券会社に比すと営業悪化はさほど顕著なものではなかったが,大阪証券取引所の右のような施策の結果,債権者は,平成10年度以降莫大な経常損失を計上することとなり,経営の危機に瀕することとなった。
そして,債権者は,経営再建を理由に,大阪証券取引所の指導のもとで,希望退職者募集等の人員削減と平成10年6月からの賃金の一部カットをもって臨んできた。
債務者は,右賃金カットについて債権者に抗議するとともに,実質上の使用者である大阪証券取引所に対し,再三団体交渉を申し入れたが,同取引所はこれを拒否し続け,このため,債務者は,債権者及び同取引所を相手方として,大阪地方労働委員会に対し,団交応諾,賃金回復等を求める不当労働行為救済申立(平成10年(不)第44号事件)を行った。
しかるに,債権者は右事件が継続中であるにもかかわらず,営業廃止,会社解散の株主総会決議を行ったものであり,同取引所も右解散決議に賛成した。しかも,同取引所は債権者の営業休止発表前から債券売買のためのコンピューターシステム設置工事を行い,右発表後は債権者が行っていた媒介業務を自ら行っているほか,株式や先物の自動執行化を進めるなどして債権者の仲立業務を取り上げた。
その後,債権者は債務者仲立分会組合員41名に対し解雇を通告するに至った。
債務者は,債権者及び大阪証券取引所を相手に解雇撤回等を求める不当労働行為救済申立(平成11年(不)第48号事件)を行っており,同事件は,前記平成10年の救済申立事件と併合審理中である。
エ 以上によれば,債権者の経営危機は,大阪証券取引所が意図的に作出したものであることは明らかであるし,債権者の営業休止は,大阪証券取引所の一営業部門の閉鎖に過ぎない。
債権者の解散や従業員(債務者仲立分会組合員)解雇も,実質上の経営者であり使用者である大阪証券取引所が主導し,指示したものであって,その真の狙いは,債務者の中核である仲立分会の影響力を排除し債務者の弱体化を図ることにあり,これらは不当労働行為に該当する。
組合事務所貸与の便宜協定破棄とそれに続く本件明渡請求も右の不当労働行為の一環であり,解約権の濫用であって無効である。
よって,債権者には本件建物明渡しを求める権利はない。
(2) 保全の必要性
債務者の組合事務所がある本件建物の賃料相当額は月額44万円程度にすぎない。
汐見ビルに空室があるのは債務者の組合事務所使用とは関係ないし,これが原因で,汐見ビルの借手がないとか他の賃借人から苦情や賃料減額の申出が出ているとの事実もない。
さらに,清算事務への支障という点でも,債権者に残された唯一かつ最大の清算業務は本件労使問題の解決であるが,債権者は清算人の所在すら明らかにしておらず,労使問題解決に向けての努力をせずに,清算業務への支障を理由に組合事務所の明渡しを求めるのは矛盾というほかない。
組合事務所の明渡断行がなされるときは,これによって,債務者は団結上及び活動上の拠点を失い,致命的で回復できない損害を被ることになる。他方,本件申立てが入れられないことによって債権者が被る損害は月額44万円程度の右賃料相当損害金に過ぎず,回復可能なものである。
よって,保全の必要はない。
第三争点に対する判断
一 債務者による本件建物の不法占拠
1 本件では,債権者の被保全権利の前提となる,債務者による本件建物全体の占有の有無自体が争われお(ママ)り,それによって,被保全権利の法的性質(占有回収か貸借契約終了に基づく返還請求か)や保全の必要性の判断も異なってくると考えられるので,まず,この点について判断する。
これに関し,債権者は,平成11年6月頃から,債務者が事務所部分のみならず本件建物全体を占拠するようになったと主張し,債権者代表者の陳述書(<証拠略>)にもこれと同旨の記載がある。
しかしながら,右陳述書の記載によっても,債務者がいかなる態様で5階の賃借部分全体を占拠しているというのかは明らかではなく,疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によっても,債務者の本件建物の使用態様に関しては,本件建物の道路側6面の窓のうち中央の4面に「仲立分会」と大書した文字が表示されていること,債務者は本件建物のうちの事務所部分を組合事務所に使用し,そのため,組合関係者が右事務所への出入りのためその余の部分を通行使用しているほか,本件建物内の椅子を使用していること,債務者は組合集会等臨時の必要が生じた場合には事務所部分以外の部分を使用することもあること,が一応認められるに止まり,他方,債権者代表者は,債権者解散前は代表取締役に就任していたが,平成11年2月中旬頃の債務者との団体交渉の際,軟禁状態におかれ体調を崩したなどとして,以後所在を明かさなくなり,清算人就任後も,本件建物以外の場所で清算業務を行っていて,債務者には連絡先の電話番号を通知するのみで,所在を明かしてはいないことも一応認められる。
右認定事実によれば,窓の表示によって本件建物全体を債務者が仲立分会の組合事務所として使用しているかのような外観を呈しているとはいえ,債務者が恒常的に使用しているのは事務所部分に限られており,それ以外の部分については,債務者が債権者の管理を実力で排除したなどという事情も認められないのであるから,継続的かつ排他的に債務者が占有しているということはできない。
したがって,本件建物全体の不法占拠については疎明がないというほかなく,事務所部分以外の明渡請求については一応にしろ被保全権利を認めることができない。
二 保全の必要性
債務者が事務所部分を仲立分会の組合事務所として使用していることは当事者間に争いがなく,これについては被保全権利(貸借契約終了に基づく返還請求権)及び保全の必要性の有無が問題となる。
ところで,本件のような終局判決と同じ内容の仮処分は,その性質上,被保全権利の存在が極めて確実であるのみならず,保全の必要性の点においても回復しがたい著しい損害を避けるため緊急かつやむを得ない場合に限り,容認すべきものであると考えられる。
そこで,以下では,さきに保全の必要性について検討することとする。
疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば,債権者は,平成11年4月28日,宗田ゴムに対して同年7月末日限り,汐見ビル5階ないし8階の賃貸借契約を解約する旨通告し,さらに,同年6月10日,解約日を同月11日とし,8階は引き続き賃借したい旨の申入れを行い,宗田ゴムもこれを承諾したこと,その後も現在まで債権者は宗田ゴムに対し解約部分の明渡しをしていないこと,このため,宗田ゴムからは,債権者に対し,5階ないし7階の早期一括明渡しを求めるとともに,明渡しまでの賃料及び共益費相当額(平成11年8月分としての請求額は156万7618円である。なお平成10年6月時点では5階ないし7階の賃料及び共益費の合計は月額133万2900円であり,そのうち5階部分のみでは月額65万2950円と合意されていた。)の損害賠償を請求してきていること,さらに,宗田ゴムは,債権者従業員の建物占拠により空室の賃貸が困難になっており,また,入居者からも早急な対策を求められ,賃貸借契約解除の警告や賃料減額の請求を受けているなどとして,これらによって被る損害につき,債権者に賠償請求の予告をしてきていること,債務者の組合員の一部にはゼッケンを着用して組合事務所に出入りしている者がいること,支援団体の訪問がこれまでに2,3回程度あったこと,債務者は朝,組合事務所から宣伝活動のためのノボリや立て看板を持ち出し,夕刻,これを持ち帰っていること,夜間は組合員が組合事務所確保のため組合事務所に寝泊まりしていること,平成11年9月初旬まで廊下のエレベーターホールに債務者の組合要求を記載したビラが多数枚張られていたが,その後はビラの貼付はないこと,が一応認められる。
以上によれば,債権者は遅くとも平成11年7月末日限りで宗田ゴムに対し本件建物の明渡義務を負っていることが認められ,債務者の組合事務所使用によってそれが履行できなくなっており,このため賃料相当損害金の支払を余儀なくされているというべきである。
しかしながら,債権者の宗田ゴムへの明渡しに関しては,汐見ビル5階ないし7階の一括明渡しが不可欠で,そのために賃料相当損害金が債権者主張のように月額約160万円にも昇るものであるかについては疑問なしとしないし(債権者自身8階部分の賃借を継続しており,6階及び7階のみの一部明渡しでも一部弁済として有効と解する余地がある。),仮に,そのような額になるとしても,債務者の明渡遅延によって債権者に生じる賃料相当の損害は,建物明渡訴訟には通常生じるところの損害というべきであり,これを理由に保全の必要ありとするときは,殆どすべての明渡断行を求める仮処分に保全の必要が認められることになるが,それでは,未だ明渡義務の存否が確定しないうちから明渡しを余儀なくされる借主側の不利益と対比して著しく均衡を失することになりかねない。本件でも,審尋の全趣旨によれば,債務者は,債権者及び大阪証券取引所を相手方とし,賃金の一部カットや解雇撤回,団体交渉等を求め,大阪地方労働委員会に対し平成10年及び平成11年にそれぞれ不当労働行為救済申立をなし,これらの事件が現在係属中であること,債務者組合員らは債権者から解雇されて以来大阪証券取引所前での連日の座り込みや北浜周辺で宣伝活動などの組合活動を行っていることが一応認められ,これらの組合活動の拠点として仲立分会の組合事務所の必要性は普段にもまして増大しており,その明渡断行を認めるときは,債務者から右のような組合活動の拠点を奪うことになり,ひいては債務者の団結権に重大な影響を及ぼすものと解され,債務者の被る不利益は大きいというべきである。これに関して,債権者は,債務者が本部の組合事務所を有しており,本件事務所明渡しによって組合活動に支障を生じるものではないとも主張しており,審尋の全趣旨によれば,債務者が取引所分会と共用している本部事務所を有していることが一応認められるものの,同事務所では,当然のことながら本部として及び取引所分会としての組合活動が行われており,仲立分会が必要に応じて随時分会としての組合活動を行えるものではなく,本部事務所が仲立分会事務所に代わり得るものとは考えられない。
したがって,賃料相当の損害が生じるということのみで明渡断行の仮処分の必要性があるとするのは相当でない。
さらに,債権者は,それ以外にも賃貸人たる宗田ゴムから種々の損害賠償を求められているとも主張するのであるが,右認定のとおり,債務者が本件組合事務所で行っている組合活動は,労使紛争が発生して争議行為等に発展した場合に通常見られる程度のものに止まっており,特に違法性が顕著であるとまでいえるほどのものも見当たらないし,債権者が宗田ゴムから受けている損害賠償請求というのも未だ予告段階であり,しかも,仮に宗田ゴムにその予告にあるような損害が生じているとしても,これが債権者の明渡遅延と因果関係を有するものといえるかは相当に疑問(債務者の争議行為等によって労使紛争に関係のない第三者に損害が生じたとしても,そのような損害は本来その損害を生じさせた債務者が賠償すべきものであり,これについて,債権者が,当然に賠償義務を負わなければならないとする根拠はない。)というべきであり,結局,債務者の組合事務所使用継続を理由として債権者がいかなる損害賠償支払義務を負うことになるかは全く不明というほかなく,これを理由に保全の必要性を認めることもできない。
また,債権者は,清算事務に支障が生じているとも主張するが,債権者が主張している支障というのは,賃料相当損害金の支払を余儀なくされていること及び宗田ゴムに対し前記請求予告にかかる損害賠償義務を負うことになるということに尽きるのであって,これらを理由に保全の必要を認めることができないことは右に述べたとおりであり,そのため,清算事務に遅滞が生じたとしてもやむを得ないことというほかない。
以上によれば,事務所部分の明渡しを求める本件仮処分申立ては,被保全権利の有無について判断するまでもなく,保全の必要性について疎明がないというべきである。
三 よって,本件申立てはすべて失当として却下する。
(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 西森みゆき)