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大阪地方裁判所 平成11年(レ)243号 判決 2000年3月13日

控訴人

木村公紀

被控訴人

日新火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

本件は、盗難車両が路上駐車中の被控訴人株式会社大一(以下「被控訴人大一」という。)所有の車両に追突した事故について、被控訴人大一が盗難車両の所有者である控訴人に対し、レッカー移動代等の損害を民法七〇九条に基づいて請求し、被控訴人大一に車両保険金を支払った被控訴人日新火災海上保険株式会社(以下「被控訴人日新火災」という。)が控訴人に対し、保険代位に基づいて損害賠償等を請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実

(一)  盗難事故(以下「本件盗難事故」 という。)

日時 平成一〇年四月二三日午後一〇時二〇分ころ

場所 大阪市北区西天満四丁目北交差点南西付近(以下「本件盗難事故現場」 という。)

被害品 普通乗用自動車(なにわ三三ら一二五二。以下「控訴人車両」 という。)

所有者 控訴人

窃盗犯人 氏名不詳者(以下「窃盗犯人」 という。)

(二)  交通事故(以下「本件交通事故」という。)

日時 平成一〇年四月二三日午前〇時ころ

場所 大阪市生野区小路三丁目一六番一〇号先路上(以下「本件交通事故現場」という。)

車両一 控訴人車両

運転者 窃盗犯人

車両二 普通乗用自動車(なにわ五七ま・・五三。以下「被控訴人大一車両」という。)

所有者 被控訴人大一

態様 控訴人車両が路上に違法駐車中の被控訴人大一車両に追突した。

(三)  保険契約の締結(弁論の全趣旨)

被控訴人日新火災は、平成一〇年二月一六日、被控訴人大一との間で、被控訴人大一車両につき、保険期間を平成一〇年二月二〇日から平成一一年二月二〇日まで、被保険者を被控訴人大一とする自家用自動車総合保険契約(車両保険を含む。)を締結した。

(四)  保険金の支払(甲三、弁論の全趣旨)

被控訴人日新火災は、上記契約に基づき、平成一〇年五月二九日、被控訴人大一車両の車両保険金として七一万円を支払った。

二  争点

本件の主な争点は、<1>控訴人の管理過失の有無、<2>過失と本件交通事故との相当因果関係の有無、<3>損害額である。

(一)  控訴人の管理過失の有無(争点<1>)について

(被控訴人らの主張)

本来、自動車は、人の生命、身体などに対する侵害の危険性が高いのであり、自動車運転者としては、かかる自動車本来の危険性をきちんと認識した上で、その管理に落度がないようにする責務が課せられている。その責務の一環として、自動車運転者が自動車から離れるときは、エンジンキーを外し、ドアに施錠するなどして、交通事故の発生の蓋然性が高い泥棒運転を排除することが求められている(道路交通法七一条五の二号)。本件の場合、控訴人は、かかる自動車運転者として課せられている基本的義務を怠った重大な落度があり、かかる落度がなければ、本件事故は発生しなかった。

(控訴人の主張)

控訴人は、他の車も駐停車している場所に自分も車を停め、すぐそばの自販機でジュースを買うために、キーを差したまま車を離れたものであるが、このようなことは日常よく見られることである。しかも控訴人としては、合鍵を使ってドアロックの動作をしており、車両管理のための一応の処置もとっていた。このような状況で、第三者の窃取と運転及びその第三者の事故惹起の可能性まで予見しつつ、それを阻止する義務は、車両所有者にはない。被控訴人ら引用の道路交通法七一条五の二号は、同法の他の規定と異なり、罰則規定が設けられていない、いわば強制力のない一般的な遵守事項を定めたものであるから、過失の根拠にはなり得ない。

(二)  相当因果関係(争点<2>)について

(被控訴人らの主張)

一般に、エンジンキーを差し込んだままドアに施錠しないで車から離れれば、窃取される蓋然性は高く、また、車を盗んだ者も、盗んであまり時間が経過していないうちは、慣れない車を運転することになることや、警察の眼を気にするなどして、冷静な運転に欠けがちになることなどから、事故発生の蓋然性も高くなる。本件の場合、わずか二時間後に本件事故を起こしていることなどからして、相当因果関係が認められる。

(控訴人の主張)

本件のように、わずかな時間、わずかな距離を離れている間に第三者の窃盗、運転及びその後の第三者の事故惹起が生ずるなどというのは、極めて例外的な事象である。しかも、控訴人は本件盗難事故後、時間をおかずに警察に盗難を届けている。したがって、本件は、因果関係に必要な相当性を備えていない。

(三)  損害額(争点<3>)について

(被控訴人日新火災の主張)

車両全損額 七一万円

本件事故により、被控訴人大一車両は全損となり、七一万円の車両損害が生じた。これについては、被控訴人日新火災が車両保険金として支払ったため、商法六六二条一項及び自家用自動車総合保険普通保険約款第六章一般条項第二三条一項により、被控訴人大一の控訴人に対する損害賠償請求権を代位取得した。

弁護士費用 一〇万円

控訴人の不当応訴により弁護士に訴訟委任せざるを得なくなり、被控訴人日新火災は弁護士費用として一〇万円の支払を約束した。

(被控訴人大一の主張)

レッカー代 三万五〇〇〇円

弁護士費用 一万円

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一、八、九、乙一ないし三、調査嘱託の結果、証人大中)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

控訴人は、平成一〇年四月二二日夜、控訴人車両を運転し、大阪市北区内の東通り商店街で飲食をしていた大中美代子(以下「大中」という。)と携帯電話で連絡を取り合い場所を確認しながら迎えにいく途中、午後一〇時二〇分ころ、大阪市北区内の本件盗難事故現場に差し掛かったところ、進行方向右手に缶飲料の自動販売機を発見したため、大中に連絡を入れるついでに缶飲料を購入しようと考え、本件盗難事故現場に控訴人車両を停車させた。なお、本件盗難事故現場は、片側三車線の道路であり、付近には、タクシーが何台か停車していた。控訴人は、第三車線の歩道側に控訴人車両を停車させ、控訴人車両のライトを消し、ドアミラーを内側に畳んだ上、エンジンキーを回して、エンジンを切った。ただし、控訴人は、日常、エンジンキーの他に、いわゆるキーレスエントリーの鍵を携帯してドアの開閉に使用していたため、今回も、エンジンキーは車両につけたまま控訴人車両から外に出た。そして、道路の反対側にある自動販売機の方に横断歩道を渡って向かおうとしたが、歩行者用信号が赤に変わりそうだったため、横断歩道を走って渡った。その途中で、キーレスエントリーの鍵を操作して、控訴人車両のドアを閉める操作をしたが、ドアが閉まったかどうかの確認はせず、実際は閉まっていなかった。控訴人が自動販売機の前で缶飲料を購入する際、大中から控訴人の携帯電話に電話があり、大中の場所を確認したところ、大中が東通り商店街を歩いているとわかったため、そのまま、大中と落合うため、携帯電話で大中の場所を確認しながら、本件盗難事故現場から北方に向かって歩き、大中と落合った。そのまま、二人は控訴人車両に乗車するために本件盗難事故現場に戻ったが、そこで、控訴人は控訴人車両が駐車場所にないことに気が付いた。なお、控訴人が控訴人車両を離れてから、再び同駐車場所に戻るまでの時間は、一〇分程度であった。その後、控訴人と大中は、手分けして、本件盗難事故現場付近を捜索したが、控訴人車両を発見できなかった。そこで、控訴人は、携帯電話から一一〇番に電話をしたところ、最寄りの警察署に行くように指示され、二人で曾根崎警察署に向かった。曾根崎警察署では、警察官に名前と住所を告げて事情を説明したところ、住所地に近い東淀川警察に届けを出すように指示されたため、その日は、控訴人及び大中はそれぞれ自宅に戻った。

一方、控訴人車両を窃取した窃盗犯人は、同車両を運転し、翌二三日の午前〇時ころ、本件盗難事故現場から南東約五・六kmの地点にある本件交通事故現場付近に差し掛かった。本件交通事故現場付近道路は片側二車線の道路であるが、被控訴人大一車両は、歩道側路側帯に跨る形で違法駐車していた。窃盗犯人は、過って、控訴人車両を被控訴人大一車両後部右側に追突させてしまい、控訴人車両を本件事故現場付近歩道上に駐車してドアロックをした上で逃走した。

控訴人が自宅へ戻ったところ、家族より、生野警察署から電話があった旨伝えられた。翌二三日昼ころ、控訴人が生野警察署に行ったところ、警察官から本件交通事故の発生を知らされた。そこで、控訴人は大中とともに、同日午後二時四〇分ころ、生野警察署に行き、大中が控訴人車両を借りて使用していたものとして警察官に説明し、その旨の被害届を提出した(なお、本件盗難事故現場の管轄は、天満警察署の管轄であったため、手続上は、天満警察署での事件受理となっている。)。

二  以上認定事実からすれば、控訴人には、控訴人車両の管理を怠った落度があるものといえる。

しかし、車両管理の落度があったとしても、<1>第三者が盗難等により無断で当該車両の運転を行い、<2>しかも、その第三者が交通事故を起こすという事態は、社会通念上通常生じるものであると直ちにいうことはできない。そこで、放置の場所、放置時間、放置態様、盗難後の措置等を総合考慮して、盗難前後の車両管理の落度が重大である場合で、かつ、酔漢等事故を惹起しやすい者による盗難が予想される場所・時刻に車両を放置したような場合に、車両管理の落度と第三者による事故との間に民法七〇九条の相当因果関係を認めるのが相当である。

本件においては、一面、控訴人が控訴人車両を駐車させた本件盗難事故現場付近は繁華街に近く、かつ、駐車時刻は酔漢などの通行の予想される時刻である等の事情がある。しかし、控訴人が控訴人車両にエンジンキーを差したまま放置した時間は約一〇分であって、さほど長い時間とはいえず、また、控訴人は、控訴人車両が盗難に遭ったことを認識した後、すみやかに最寄りの警察署に赴き、事情を説明するなどしていることに照らすと、控訴人の車両管理の落度はそれ程大きいものとはいえず、控訴人の車両管理の過失と本件交通事故による被控訴人大一の損害との間に民法七〇九条の相当因果関係があると認めることはできない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人らの請求は理由がない。

三  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中路義彦 山口浩司 下馬場直志)

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