大阪地方裁判所 平成11年(ワ)11518号・平12年(ワ)10232号 判決
原告
甲野太郎
二〇六名
原告ら訴訟代理人弁護士
本多淳亮
同
中井康之
同
大川治
同
村松昭夫
同
原野早知子
被告
株式会社幸福銀行
右代表者金融整理管財人
海原旦
同
栗原良扶
同
預金保険機構
右訴訟代理人弁護士
今井徹
同
山田長伸
同
別城信太郎
同
神谷誠人
主文
一 被告は、別紙請求目録一の番号一ないし一二三、一四五ないし一七六の各原告に対し、同目録「過去分」「金額」欄記載の金員及び同目録「支給開始月」記載の月から右各原告が死亡する日の属する月まで、毎月二二日限り、同目録「年金月額」欄記載の金員をそれぞれ支払え。
二 被告は、別紙請求目録二の番号一二六、一二九、一三七、一八八及び一八九の各原告に対し、同目録「支給開始月」欄記載の月から右各原告が死亡する日の属する月まで、毎月二二日限り、同目録「年金月額」欄記載の金員をそれぞれ支払え。
三 被告は、別紙請求目録一の番号一七七ないし一八五の各原告に対し、平成一三年一月から右各原告が死亡する日の属する月まで、毎月二二日限り、同目録「年金月額」欄記載の金員をそれぞれ支払え。
四 被告は、別紙請求目録二の番号一八六及び一八七の各原告に対し、平成一二年一〇月から右各原告が死亡する日の属する月まで、毎月二二日限り、同目録「年金月額」欄記載の金員をそれぞれ支払え。
五 別紙請求目録一の番号一七七ないし一八五の各原告のその余の請求及び別紙請求目録二の番号一八六及び一八七の各原告のその余の請求をいずれも棄却する。
六 別紙請求目録二の番号一二四、一二五、一二七、一二八、一三〇ないし一三六、一三八ないし一四四、一九〇ないし二〇七の各原告の請求はいずれも棄却する。
七 訴訟費用のうち、
1 別紙請求目録一記載の各原告、別紙請求目録二の番号一二六、一二九、一三七、一八六ないし一八九の各原告に生じた費用は被告の負担とし、
2 別紙請求目録二の番号一二四、一二五、一二七、一二八、一三〇ないし一三六、一三八ないし一四四、一九〇ないし二〇七の各原告に生じた費用は同原告ら各自の負担とし、
3 被告に生じた費用の二〇七分の三六は前号記載の右各原告らの負担とし、被告に生じたその余の費用は被告の負担とする。
八 この判決は第一項ないし第四項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、請求目録一記載の各原告に対し、同目録「過去分」「金額」欄記載の金員及び同目録「支給開始月」欄記載の月から右各原告が死亡する日の属する月まで、毎月二二日限り、同目録「年金月額」欄記載の金員をそれぞれ支払え。
二 被告は、別紙請求目録二の記載の各原告に対し、同目録「支給開始月」欄記載の月から右各原告が死亡する日の属する月まで、毎月二二日限り、同目録「年金月額」欄記載の金員をそれぞれ支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告を退職したもと従業員であった原告らが、被告から退職年金の支給を打ち切られたため、この措置を違法であると主張して退職年金の支払を求めた事案である。
一 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上明らかな事実等)
1 当事者
(一) 原告らはいずれももと被告の従業員であり、原告ら各自の入社日、退社日はそれぞれ別紙請求目録一及び二の「入社日」欄、「退社日」欄各記載のとおりであり、いずれも勤続年数満二〇年を超える。
別紙請求目録一の番号一ないし一二三、一四五ないし一七六の各原告は、平成一一年六月までにいずれも満六〇歳に達し、被告から毎月同目録「年金月額」欄記載の退職年金(その詳細は後述)の支給を受けていた。
別紙請求目録一の番号一七七ないし一八五の各原告及び別紙請求目録二記載の各原告は、生年月日が右各目録「生年月日」欄記載のとおりであって平成一一年六月当時未だ満六〇歳に達しておらず、退職年金を受給していなかったが、退職年金の支給が継続されたとすると、その申出により満六〇歳に達した日の翌月から、右各目録「年金月額」欄記載の退職年金を受給することができた者らである。
(二) 被告は、平成一一年五月二一日、金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(以下「金融再生法」という。)六八条二項に基づき、金融再生委員会に対し、預金等の払戻しを停止するおそれが生ずると認められる旨の申出を行い、これを受けた同委員会から、同月二二日、同法八条一項に基づき、金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分を受けた。その際、同委員会は、被告の金融整理管財人として、預金保険機構を含む被告代表者を選任した。
2 被告の退職年金制度
(一) 被告の退職金規程(甲一)には、勤続満二〇年以上の退職者を対象として、満六〇歳に達したときに、本人の申出により、申出の翌月から退職年金を終身支給する旨の規定が存した(被告は、本件係属後の平成一二年一〇月六日、退職金規程を改訂して退職年金支給に関する規定を廃止しているが、以下で単に退職金規程とのみいうときは右改訂前のものをいうものとする。)。
右退職年金制度は、昭和三七年に創設されたもので、支給額は在職中の職位(退職時または満五五歳時の役職のいずれか高い職位)と勤続年数によって決定するものとされ、退職金規程上の支給額は制度創設以来一貫して別紙支給額一覧表のとおり、月額一万五〇〇〇円ないし四万円とされていた(以下では「規程額」ということがある。)。
被告は、制度創設後間もなく、規程額を超える年金を支給するようになっていたが、いわゆるバブル経済崩壊後の経営悪化を理由に、平成八年四月一日から規程超過部分の支給を停止し、規程額の限度で支給するようになった。退職年金は毎月二二日に支給されていた。
(二) 右退職金規程第四章付則第二九条は「本規定は経済状勢及び社会保障制度等に著しい変動、または銀行の都合によりこれを改訂することがある」と規定しており、また、被告が退職年金受給者に交付する年金通知書(甲五の1ないし3。「年金支給通知書」または「退職年金通知書」と題されていることもあるが、以下ではこれらを「年金通知書」という。)の裏面にも「年金は経済情勢及び社会保障制度などに著しい変動、または銀行の都合により之を改訂することがあります」との記載がなされていた。
3 退職年金の支給打切(以下「本件支給打切」という。)
被告は、平成一一年六月一八日、原告らを含む退職年金受給者に対し、退職年金の今後の取扱いについて検討中のため、同月二二日の退職年金支給を留保する旨通知した。
被告は、同年七月二二日ころ、同日付けの「退職年金受給者の皆様へ」と題する書面をもって、原告らを含む退職年金受給者に対し、退職年金の支給契約の解約と一時金として三か月分相当(同年六月分ないし八月分相当)を支払う旨を通知し、右三か月分相当の金員を支払ったが、以後退職年金の支給を打ち切った。そして、その後に満六〇歳に達したことなどを理由に退職年金の請求をした退職者に対しても、被告は、三か月分相当の金員を支払ったのみで、退職年金を支給していない。
4 預金保険法、金融再生法のもとにおける金融機関の破綻処理制度の概要(乙二、三)
(一) 預金保険法は、預金者等の保護を図るため、金融機関が預金等の払戻しを停止した場合に必要な保険金等の支払と預金等債権の買取りを行うほか、破綻金融機関に係る合併等に対し適切な資金援助を行う等の制度を確立し、もって信用秩序の維持に資することを目的として昭和四六年に制定された法律であり、同年七月一日、同法に基づき預金保険制度を運用する認可法人として預金保険機構が設立された。
その後、バブル経済崩壊後の金融不安を背景に、平成八年六月にいわゆる金融三法(「預金保険法の一部を改正する法律」「金融機関の更生手続の特例等に関する法律」「金融機関等の経営の健全性確保のための関係法律の整備に関する法律」)等の制定やそれに続く法改正によって、平成一三年三月末までの時限的特例措置として預金債権の全額保護のためのペイオフコスト(保険金支払に要すると見込まれる費用)を越える特別資金援助等が導入され、これに伴い、預金保険機構の破綻金融機関やその救済金融機関に対する資金援助及び不良債権回収に関する権限拡大並びに組織拡充が行われた。
ペイオフコストを越える特別資金援助が可能となった平成八年の右預金保険法等改正後の金融機関の破綻処理において、破綻金融機関が顧客の預金債権を全額保護するためには、破綻手続等の既存の倒産手続法による処理によることなく、他の金融機関(救済金融機関)との合併や営業譲渡をするなどして、通常の解散及び清算手続をとらざるを得ないが、その際、預金保険機構は、金融再生委員会及び大蔵大臣による資金援助の申込みに係る合併等の必要性認定がなされること等を要件として、救済金融機関との合併等を促進するため、その費用や破綻金融機関から救済金融機関へ譲渡される正常債権、預金債権及びこれらに関わる資産、負債の債務超過部分について資金援助(贈与等)を行うほか、破綻金融機関の不良資産についても整理回収機構に買取委託を行うが、その買取費用について資金援助(貸付等)を行うことができることとされている。
資金援助等金融機関の破綻処理に投入される預金保険機構の資金は、金融機関からの保険料収入やその運用収入等を除けば、その大部分が政府保証による日本銀行等金融機関からの借入などの公的資金によって賄われている。
(二) 金融再生法は、金融機能の安定と再生を図るため、金融機関の破綻の処理原則を定めるとともに、金融機関の金融整理管財人による管理及び破綻した金融機関の業務承継、銀行の特別公的管理並びに金融機関等の資産の買取に関する緊急措置の制度を設けること等により信用秩序の維持と預金者等の保護を確保することを目的として平成一〇年一〇月、他の金融再生関連法とともに成立し、施行された法律である。
金融再生法では、破綻金融機関もしくは破綻の恐れのある金融機関で一定の要件を満たすと認められるものに対し、国家機関である金融再生委員会が、平成一三年三月末日までの時限措置として、金融整理管財人による業務及び財産の管理を命じる処分を行うことができるものとされている。
管理を命じる処分が行われた場合、選任された金融整理管財人は、破綻金融機関の業務執行権等を専属的に取得し、金融再生委員会の命令により、業務の暫定的な維持継続にかかる方針及び業務の整理や合理化等に関する方針を策定、遂行するなどし、原則として管理を命じる処分があった日から一年以内(最長でも二年以内)に管理を終えなければならない。
その際、金融整理管財人は、破綻処理として、前記のとおりの不良資産の整理回収機構への譲渡や正常資産、預金債務及びこれらに関する資産負債の営業譲渡、救済金融機関との合併等を行うこととなるが、救済金融機関が出現しなかった場合には、金融再生委員会が、一定の要件の下に、承継銀行を設立し、被管理金融機関の営業の譲受け等を行う旨の決定をなすことができる。この決定がなされた場合には、預金保険機構が出資して子会社として承継銀行を設立し、承継銀行が預金保険機構の経営管理のもとで被管理金融機関の業務を承継遂行することになる。
預金保険機構は、管理を命じる処分がなされた日から最長でも三年以内に、承継銀行の合併、営業の全部譲渡等により経営管理を終了するものとされている。
被管理金融機関の管理、承継銀行の設立及び管理、営業譲渡や合併等に要する費用は預金保険法及び金融再生法に基づき、預金保険機構による公的資金の援助等により賄われるものとされており、このため、金融再生法は、破綻処理の原則の一つとして同法三条六号に「金融機関の破綻処理に係る費用が最小となるようにすること」といういわゆる費用最小化の原則を定めている。
二 本件の争点
被告が退職年金支給契約の解約と称して原告らに対する退職年金の支給を打ち切った措置が適法か否か
第三 当事者の主張
一 原告ら
1 退職年金請求権の発生根拠
被告の退職年金は、就業規則の一部である退職金規程において、退職一時金とともに支給基準が定められ、これに基づいて支給されるものであって、原告らの退職年金請求権は、就業規則を内容とする原告ら及び被告間の労働契約によって生じたものである。
被告は、退職者には被告の就業規則が適用されないこと等を理由に退職年金支給契約が退職者との合意に基づいて個別に成立したと主張するが、退職年金請求権は、退職一時金請求権とともに、就業規則に基づき退職を条件に発生するものであって、そこに退職一時金支給契約や退職年金支給契約を観念する必要はない。退職一時金が退職後速やかに支給されるのに対し、退職年金は毎月継続的に支給されるという点で履行期、履行期間が異なるだけである。
また、退職金規程二一条は、退職年金に関し「本人の申出」によって支給する旨定めているが、昭和三七年に退職年金制度が創設されたときにはかかる定めはなく、支給対象者は当然に退職年金請求権を取得するものとされていた。右条項は昭和四六年の改訂により、支給対象者を「勤続二〇年以上でかつ満六〇歳以上の退職者」から「勤続二〇年以上の退職者」に拡大するとともに支給時期を「満六〇歳に達したとき」と改訂した際、「本人の申出により、申出のあったときから支給する」こととされたものであり、生死や所在の明らかでない退職者もいるため、退職年金の支給を円滑にする目的で設けられた規定にすぎず、個別の退職年金支給契約の存在の根拠となるものではないし、これまで退職金規程に定められた支給対象者との間で、被告が主張する契約を締結しなかったことを理由に退職年金を支給しなかったという実例はない。
2 原告らの退職年金請求権の法的性格
被告の退職年金は、退職金規程において支給対象者、支給額、支給時期等の支給基準が一義的かつ明確に定められており、支給するか否か等について使用者に裁量の余地はない。
被告の退職年金制度が、たとえ経営者の大家族主義的発想から退職者の老後の生活保障を目的として創設されたものであったとしても、右のとおり退職金規程に支給基準が一義的かつ明確にされ、創設以来、すべての従業員に対し定められた支給基準に基づく支給が永年に亘って継続されてきている以上、本件退職年金の支給は労働契約における主要な労働条件の一部となっており、原告らもかかる退職年金の支給があることを前提に被告に勤務してきたのであって、それが労働の対償たる賃金の後払としての性格を有する労働債権であることは明らかである。
また、退職年金は、月額が一万五〇〇〇円ないし四万円であり、仮に、終身、最高額の四万円の支給を受けたとしても、その現在額は六五〇万円程度であって、今日では約二〇〇〇万円前後の退職一時金を補完する制度となっている。
被告は、退職金規程において、配偶者年金、生活扶助料が退職年金の章に併せ規定されていることや無拠出の終身支給とされていることなどを理由に、本件退職年金が恩恵的なものであると主張する。しかし、退職者本人に支給される本件退職年金が同規程に定められた退職年金の基本であり、配偶者年金等はこれを補完する例外的な制度にすぎず、これら例外的な制度の存在によって基本となる退職年金の性格を規定することは誤りというべきである。また、「終身」という支給期間も、一義的に明確であり、使用者に裁量の余地はないから恩恵的と評する根拠とならないし、終身との定めが退職者の老後の生活保障の趣旨に由来するものであるとしても、それ故に恩恵的となるものではない。現に、国民年金等で同一のコスト負担に対する支給方法として終身との定めは異例ではない。さらに、無拠出制であることも本件退職年金が退職金の一形態であることからして当然のことである。
被告は、支給額の将来の一方的変動が当初から予定されているとして、支給額において裁量的と主張するが、右主張は自らの結論を理由とするもので主張自体失当である。
3 被告による本件支給打切の違法性
(一) 被告の退職年金が退職者に対する功労報償的性格をも含むものであるとしても労働契約により定められた労働債権である以上、使用者が一方的にその支給を打ち切ることは許されない。
被告は、本件支給打切が個別の退職年金支給契約によって留保された解約権の行使によるものであると主張するが、前記のとおり、原告らの退職年金請求権は個別の支給契約に基づいて生じたものではないから、その存在を前提にして、個別の支給契約に定められた「退職年金の改訂権」を概念することもできない。退職年金通知書裏面に記載された改訂条項も退職金規程二九条の規定を改めて記載したにすぎない。
原告らの退職年金請求権の労働債権としての性格や原告らがすでに被告を退職して退職年金請求権を確定的に取得しており、原告ら退職者にとって重要な基礎収入となっていることなどに照らすと、これを不利益に変更するには、本来、退職者個々の同意が必要であると解すべきであり、退職金規程二九条や年金通知書の裏面の前記被告の改訂権留保の記載は、被告が年金の支給額、支給条件について改訂の提案ができることを示したものにすぎないと解すべきである。
(二) 仮に、退職金規程二九条や年金通知書裏面の記載、あるいは事情変更の原則の適用により、原告ら退職者に対する退職年金の支給打切が可能となる場合があるとしても、そうした場合は極めて限定されるというべきであり、現従業員との関係で退職金規程の不利益変更を許容できるだけの必要性と合理性が存するというだけでなく、さらに退職者に対する退職年金を支給し続けたのでは被告の存続、再建が困難であるといった高度の必要性が存し、かつ、相応の代償措置を講じるなどの合理性が担保されることが必要というべきである。退職金規程上は、財源の制約を理由に支給額を変動できるとする規定はなく、社内留保金の払底や営業損失の累積等財源による制約は支給打切の根拠となるものではない。
しかるに、本件では、被告が金融整理管財人らの管理下に入ったとはいえ、支払停止や支払不能に陥っているわけではなく、被告が退職年金の支給を継続した場合、それによって公的資金の負担の増減に影響があるとしても、金融再生法等に基づく営業譲渡等が阻害されて被告の円滑かつ迅速な破綻処理が妨げられたりするなどというものではない。
これに関して、被告は金融再生法によって費用の最小化が求められていると主張するが、ここで求められる費用の最小化とは確定債務の切り捨てではなく、破綻処理に伴う費用を最小化することである。金融再生法の破綻処理は、預金者保護、金融仲介機能維持のために、法定の倒産処理手続をとることなく、現に存する確定債務を支払うことを前提にして、それに不足する資金については公的資金の投入もやむを得ないとするものである。預金者保護のための公的資金投入を理由に預金債務以外の債務の減免を求めることは許されないし、予定されてもいない。
しかも、被告が破産などに至った場合は、原告らの退職年金請求権は労働債権として優先債権となり預金債権を含む一般債権よりも優先される(破産法三九条、商法二九五条)。しかるに、被告は破産に至ることなく、金融再生法の保護のもとに銀行業務を継続し、しかも、預金債権その他の一般債権は保全されるのであるから、これらに優先するはずの労働債権たる退職年金請求権が打ち切られるというのでは破産手続などに至った場合と比べても不当、不合理である。
したがって、費用最小化の原則を本件退職年金支給打切の理由とすることはできない。
(三) 原告ら(ただし、別紙請求目録一の番号一ないし一二三、別紙請求目録二の番号一二四ないし一四四の原告ら)が平均余命まで生存していたとして、本件支給打切によって失うこととなる一人平均の退職年金総額は七九二万八二二六円でありその現在価値(年利五分として新ホフマン係数で算定)は五二七万八二三〇円であるが、被告は原告らの退職年金支給打切に際してその三か月分を支給したのみで、他に何ら代償措置は講じていない。
また、原告らの退職年金請求権は退職金規程に基づいて発生した権利であるから、その不利益変更には就業規則変更と同様の手続保障がなされなければならないというべきであるが、被告は原告ら受給権者に一切説明もなく、本件支給打切を行ったもので、このような手続的保障を欠いた措置は違法である。
被告は、平成一二年一〇月六日、退職年金制度を廃止する旨の退職金規程の改訂を実施したというが、右改訂は本件支給打切措置後のことであるから、これによって遡及的に右打切措置の手続上の瑕疵が治癒されるものではないというべきであるし、右改訂は、労働組合の反対を押し切って被告が一方的に強行したものにすぎず、今後その有効性が裁判上で争われる可能性は高い。
(四) 以上によれば、原告らに対する被告の一方的な本件支給打切は違法であり無効である。
4 原告らの請求
別紙請求目録一の番号一ないし一七六の各原告が、被告から支給されてきた退職年金月額は、それぞれ同目録「年金月額」欄記載の金額であり、同原告らは、被告から退職年金三か月分の支給を受けたが、さらに平成一一年九月以降も右退職年金の支払を求める権利を有する。
別紙請求目録一の番号一七七ないし一八五の各原告及び別紙請求目録二記載の各原告は、満六〇歳になった日の翌月(別紙請求目録一の一七七ないし一八五の各原告のそれは同目録「満六〇歳到達日」欄記載の翌月であり、別紙請求目録二記載の各原告のそれは同目録「支給開始月」欄記載の月である。)から同目録「年金月額」欄記載の退職年金の支給を受ける権利を有するものである。
よって、
(一) 別紙請求目録一の番号一ないし一七六の各原告は、平成一一年九月以降、
(二) 別紙請求目録一の一七七ないし一八五の各原告及び別紙請求目録二各原告は、満六〇歳到達月の翌月以降、
それぞれ死亡する日の属する月までの退職年金の支払を求める。
二 被告の主張
1 原告らの退職年金請求権の発生根拠
原告らの退職年金請求権は、原告らが退職時に被告との間に締結した退職年金支給契約に基づいて支給されるものであった。
原告らは全員、昭和四六年の退職金規程の改訂以降に退職したものであるところ、改定後の同規程は「本人の申出により」年金支給を行う旨定めているのであって、原告らは、右改定後の退職金規程により退職時、退職年金支給契約締結の申込みを行い、被告がこれを承諾して、退職金規程の退職年金支給に関する条項を契約内容とする退職年金支給契約が被告との間に締結されたものである(あるいは、退職金規程により、退職時に退職年金支給契約を成立させる旨の予約が労働契約の内容となっており、原告らは右の予約完結権を行使したと解することもできる。)。
右退職年金支給契約は、退職金規程を含む就業規則の条項を内容とする労働契約の定めに基づいて成立したという意味では労働契約との連続性を有するが、被告を退職した原告らに対して被告の就業規則が適用される余地はないのであって、右退職年金支給契約は、労働契約それ自体とは異なる別個の契約である。
したがって、被告と原告ら退職者との退職年金に関する法律関係は右退職年金支給契約によって規律されるものであり、本件支給打切が相当か否かも退職年金支給契約の解釈問題であって、就業規則変更の必要性の問題ではない。
2 被告の退職年金の法的性格
退職年金は、それまでの退職一時金とは別に、被告の行風である大家族主義の発現として、退職後の生活保障のために公的年金を補完する意図で導入されたものであって、その財源及び支給期限と支給対象者において恩恵的であり、支給額において裁量的なものであり、退職金後払としての性格を有しないものである。
すなわち、被告の退職年金は、支給原資を積み立てることなく、毎期の利益から支給することを予定していたし、退職金規程では、退職年金は、①無拠出制であり、②不都合な行為のあった者には支給されず、③終身支給であり、④満六〇歳に達した者で、⑤申し出た者にのみ支給し、⑥本人死亡後は配偶者に半額支給するが、再婚した場合または生活の維持ができるようになった場合には打ち切られるものとされ、また、⑦受給資格のない者やその遺族でも生活維持の困難な者には特例的に生活扶助料を支給することもあるとされ、さらに、⑧退職後でも、在職中の金銭事故が発覚したときなどには打ち切られるものとされており、これらの特性から退職年金が恩恵的年金であり、賃金の後払的な性格のものではないことは明らかである(賃金の後払であるならば、無拠出制をうたう必要はなく、不都合な行為者への不支給や退職後の支給打切ということもありえないし、支給総額が不確定な終身支給制をとることもない。)。また、支給額は、退職時の給与額とは無関係である。さらに、退職年金を補完するものとして配偶者年金制度(右⑥)や生活扶助制度(右⑦)が退職年金の章に規定されているのも、退職年金が賃金後払として位置づけられていないことの証左である。
また、後述する被告の従業員に対する給与平均額の高さからみても被告の退職年金に給与の補填という意味が含まれていないことは明らかである。
3 本件支給打切の適法性
(一) 被告は、その退職年金が無拠出制の終身年金であって支給期間が長期となることや、恩恵的なものであることから、制度導入の当初から退職金規程に改定権留保の規程(二九条。導入当時の退職金規程では二三条)を置くとともに、退職年金通知書の裏面には右規定と同旨の記載をして、退職年金の改訂権限を被告に留保することを明示してきたのであって、原告らと被告との退職年金支給契約では、右退職金規程二九条所定の事由(経済状勢及び社会保障制度等に著しい変動、又は銀行の都合)に基づいて、被告が契約内容の変更をなす権利が約定されていた。
退職金規程二九条は単に「改訂することがある」と規定するのみであるが、改訂対象に限度はなく、同条が付則の章に置かれて退職金規程全体に関わる定めとなっていることからして、右改訂権は単なる支給額改訂等の提案権を示したにすぎないというものではなく、退職年金制度廃止をも射程に入れたものであり、したがって、これを契約内容とする退職年金支給契約においても被告の一方的な約定解約権が留保されていたのである。
(二) 被告は、右約定の解約権を行使して原告らとの退職年金支給契約を解約し、本件支給打切をしたのであるが、以下に述べるとおり、本件支給打切にはその必要性と合理性がある。
(1) 被告の退職年金制度創設後、適格年金や厚生年金基金(調整年金)が整備され、被告においても、昭和四六年五月、厚生年金基金(調整年金)を採用した。適格年金あるいは厚生年金基金(調整年金)が整備された現在、自社年金制度を残しているのは被告のみであり、右退職年金導入当時とは「経済状勢及び社会保障制度等に著しい変動」が生じている。また、被告の退職年金制度は、従前の退職金(退職一時金)の一部を年金に移行させたというものではなく、それとは別個に社会保障制度を補完し退職後の生活保障を目的とした恩恵的な制度であって、支給原資は社内留保金と営業活動からの利益であった。しかるに、バブル経済崩壊後、被告の業績は悪化の一途を辿り、平成八年三月期以降は大幅な赤字を計上し、平成一〇年三月期以降は社内留保金も底をついて欠損を生じるに至った。かかる業績の悪化は「銀行の都合」に該当する。
(2) 被告は、金融再生委員会から金融整理管財人による業務及び財産の管理を命じる処分を受けたが、被告の破綻処理は、金融再生法及び預金保護法に従って進められるものであり、右の管理を命じる処分後一年以内(平成一二年五月二一日まで)に、救済金融機関に営業譲渡されるか合併等の方法が決定されなければならず、救済金融機関が出現しない場合には預金保険機構が設立した承継銀行が被告の営業を譲り受けて管理することとなる。被告の債務についての処理業務が膨大で多額のコストを要する場合には救済金融機関等が当該債務の譲受けに難色を示すことは明らかであるし、営業譲渡等の際の被告の債務超過部分や救済金融機関に承継されなかった債務の処理については、預金保険機構からの公的資金の援助によって賄わざるを得なくなるのであって、被告には、営業譲渡もしくは合併を早期に実現するとともに、金融再生法上の費用最小化の原則に基づき、公的資金投入を必要最小限に抑えるための不合理な損失、債務の発生を極力回避しなければならないとの要請があった。
被告が本件退職年金の支給を継続した場合、従業員の勤続年数の延長がないとしても、平均余命まで生存することを前提にすると、支給対象者は最も多い年度で一二六五名となり、支払業務は平成五七年までの約四五年間継続しなければならず、支給額の総額は一〇〇億一一七〇万円にものぼるものと推計される。また、かかる膨大かつ長期にわたる事務作業を遂行するには格別の人員と設備等を要することとなり、最低でも人員二名の体制で、事務所を賃借し、事務機器をリースするなどが必要となるが、そうすると、これに要する人件費、設備費等の総額は四億三〇四〇万円にものぼるものと見込まれる。
かかる巨額の資金を要し、かつ長期にわたる支給業務を遂行しなければならないとすると、救済金融機関を探すことを極めて困難にするし、右債務を救済金融機関が承継するにしろ、被告に帰属するにせよ、被告には資金がないから、右支給額総額及び支給業務経費総額は、救済金融機関の損失として預金保険機構の公的資金の投入で賄わなければならないことになる。預金保険機構は、原則として営業譲渡時に、現価計算を行って一括して金銭贈与することになるが、その額は現在の長々期国債の運用利回り2.5パーセントを運用率として原価計算すると退職年金支給総額が七五億七二〇〇万円、支給業務経費総額が二億五八〇〇万円となり、合計七八億三〇〇〇万円もの公的資金を必要とする。したがって、本件年金契約を解約する必要性や合理性は極めて高く、費用最小化の原則にかなうものである。
なお、被告は、平成一二年五月一八日、アジア・リカバリーファンド・リミテッドパートナーシップ社との間で、営業譲渡に関する基本合意書を締結するに至っている。
(3) 被告の従業員に対する給与平均額を同業他行(いわゆる第二地方銀行)のそれと比較してみると、昭和五八年から平成八年までで、被告の給与平均額は、常に六十数行中一位ないし四位にあり、第二地方銀行の給与平均額より相当に高額であった。
また、本件退職年金の支給がなかったとしても、被告に新卒(大学、短大、高校)入行し、支店長級在位一二年以上で定年退職する行員をモデルとして、その退職一時金と厚生年金基金の企業年金部分(平均余命までに受取る年金を平均利廻り5.5パーセントで現価換算)の合計額を、同業他行の退職金(退職一時金及び年金)と比較した場合、被告の右モデル行員の退職金等は、昭和六一年度、平成元年度、平成三年度、平成六年度、平成八年度のいずれの年度でも、同業他行の退職金平均を上回るものであった。
原告ら(ただし、別紙請求目録一の番号一ないし一二三の原告ら)が、本件支給打切までに支給された退職一時金及び退職年金の合計の一名平均は二一三四万九六三四円である。
原告ら(ただし、右原告らのうちの受給額不明の三名を除く原告ら)の厚生年金及び厚生年金基金からの年金受領額は一名平均で年間約三〇三万五〇〇〇円(月額約二五万二九一六円)であるが、総務庁統計局作成の平成一〇年版「家計調査年俸」によると、六〇歳以上の高齢無職世帯の全国平均月額実収入のうち、世帯主以外の収入等を除く社会保障給付を含む「他の経常収入」は月額二一万七一〇〇円であって、原告らの厚生年金及び厚生年金基金からの一名平均受給額は、それを上回っているのである。
以上のようなこれまでの原告らに対する給与支給水準などからしても、本件退職年金の支給打切には合理性があるというべきである。
(4) なお、被告は、在職者に対しても、十数回にわたる労働組合との協議を重ねた末、平成一二年一〇月六日、本件退職年金制度を廃止する旨の退職金規程の改定を実施しており、これによって、退職年金制度は全廃され、退職者及び在職者とも将来の退職年金の受給は一切観念し得なくなっている。
(三) 事情変更の原則
退職年金支給契約の改訂条項の解釈として解約権までは認めておらず、あるいは、本件で問題となる事情変更が当事者において解約権行使を予定していた事柄に該当しないと解する余地があり、そのため仮に本件支給打切が右支給契約上被告に留保されていた解約権行使の範囲を超えるものであったとしても、被告の主張する事情変更が生じている以上、一般原則に基づく解約権行使として本件支給打切は容認されるべきである。
第四 当裁判所の判断
一 本件支給打切の適否について
1 前記前提事実に加え、証拠(甲一、五の1ないし3、乙一、七ないし一二、一六ないし二五、四三の1ないし14、四四の1ないし6、四五の1ないし3、四六)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。
(一) 被告は、昭和三七年以前から退職者に対する年金の支給を始めていたが、同年に退職金規程を改訂し、制度上は一時金のみであったそれまでの退職金に年金支給を加える退職年金制度を創設して同年四月一日より実施した。
退職年金制度創設当時の退職金規程(乙一七)では、被告の退職年金は、退職一時金と並ぶ退職金の一種類であり、無拠出制であって(同規程二条)、在職中不都合な行為のあった者を除き、「勤続満二〇年以上で満六〇歳以上の退職者」を対象として別紙支給額一覧表の基準による年金を終身支給するものとされ、また、勤続満二〇年以上の死亡退職者の遺族にも右基準による年金額の半額を被告の定める期間支給するものとされた(同規程一三条ないし一五条)。また、退職後の生計維持困難者及び死亡退職者の遺族で生計維持困難者を対象に生活扶助料としての年金制度も創設、実施されたが、その支給額や支給期間は適宜決定するものとされた(同規程一七条)。
そして、年金受給者には、年金受給申請書等の届出義務が課せられた(同規程一八条及び一九条)。
また、これらの年金には一定の打切事由(「在職中の金銭事故が発見されたとき」「一八条及び一九条に定める届出義務を怠りまたは不正の届出をなしたとき」「銀行の名誉を損ない、機密を洩らし、その他銀行の利益に反する行為があったとき」「生活扶助料の受給者が、受給期間中に生計が維持できる状態になったと認めたとき」)が定められた(同規程二〇条)ほか、同規程の付則として二三条に「本規程は経済状勢及び社会保障制度等に著るしい変動、または銀行の都合により之を改訂することがある」との改訂規定が設けられた。
(二) 被告の退職年金は、創設当時の公的年金の給付水準が極めて低く、企業年金制度も未整備であったこと、社内留保金も増大すると見込まれていたことなどから、当時の経営者の発案により、公的年金を補完し退職者の老後の生活を保障するとの趣旨で制度化されるに至ったものであり、右創設当時、退職年金制度を採用していたのは相互銀行(現在の第二地方銀行であり、被告もこれに当たる。)七二行中一一行であったが、無拠出制を採用していたのはわずか二行であり、しかも支給期限が限られたものであって、終身制の無拠出退職年金を採用したのは被告が始めてであった。また、被告の社員に対しても、社内誌などで、被告の退職年金は老後の生活保障を根本的な考え方としており賃金の後払ではないなどと報じられていた。
なお、その後、適格退職年金制度や厚生年金基金制度(いわゆる調整年金制度)が法人税法上の優遇措置(課税繰延)のために、企業年金として利用されるようになって普及して行き、被告も昭和四六年五月に厚生年金基金(調整年金)制度を採用した。
(三) 被告は、昭和四六年に、退職年金の支給対象者をそれまでの「勤続満二〇年以上で満六〇歳以上の退職者」から退職時の年齢にかかわらず「勤続満二〇年以上の退職者」にまで拡大し、合わせて支給時期を「満六〇歳に達したとき、本人の申出により、その申出のあったときから支給する」ものとする退職金規程の改訂を行い、同年六月一日から実施した。
その後も退職金規程は数度改訂されたが、退職者本人に支給する退職年金に関する実質的な改訂はなく、被告は平成一二年一〇月六日に退職年金規程を廃止したが、その当時の退職金規程(甲一)でも、退職年金創設時と同様、退職年金は、退職一時金と並ぶ退職金の一種類であり、無拠出制であって(同規程二条)、不都合な行為のあった者を除き、「勤続満二〇年以上の退職者」を対象として、「本人の申出により、翌月から」別紙支給額一覧表の基準(この支給額は、退職年金制度創設以来一貫して同額である。)による年金を終身支給するものとされていた(同規程一九条ないし二二条)。
規程の体裁上、条文の位置等に変動はあったが、退職年金受給者に年金受給申請書等の届出義務が課せられていること(同規程二五条、二六条)、退職年金打切事由(その内容も創設時と同じ)が定められていること(同規程二七条)、付則の章に改訂規定(同規程二九条。その文言は創設時と同じ)が設けられていることも退職年金創設以来同様であった。
他方、遺族への年金や生活扶助料はこの間の改訂によって整備され、退職年金制度廃止時の退職金規程では、勤続満二〇年以上の死亡退職者の配偶者及び退職年金受給中に死亡した受給者の配偶者を対象として、半額を終身支給するが、配偶者が再婚したとき、または生活維持ができる状態になったと認められたときは打ち切られる配偶者年金の制度が設けられ(同規程二三条)、生活扶助料は、退職年金または配偶者年金の支給対象に該当しない者で、在職中の功労顕著であった者のうち、退職後の生活維持困難者及び死亡退職者の遺族で生活維持困難者を対象とし、社長が認めた場合にのみ支給額及び支給期間を適宜決定して支給することがある(同規程二四条)ものとされ、これらの規定も、同規程の退職年金の章におかれていた。
原告らはいずれも昭和四六年の右退職年金規程改訂後に被告を退職した者である。
(四) 被告が退職年金を支給するに当たっては、受給者各自に対し、表面に「貴殿に対し、当行退職金規程により次のとおり年金を支給します」との文言及び年金月額等を記載し、裏面には支給打切事由などとともに、「年金は経済状勢及び杜会保障制度などに著しい変動、または銀行の都合により之を改訂することがあります」との注意書を記載した年金通知書を手交し、または郵送するなどして交付していた。
(五) 被告は退職年金制度創設後間もなく、規程額を超える退職年金を支給するようになっていたが、退職年金支給のために格別の費目を立てて剰余金を留保するなどはしておらず、バブル経済崩壊後の経営環境悪化に伴う収益の落ち込みなどから、平成八年三月をもって上積支給を廃止した。
その後も、被告の業績は悪化の一途を辿り、平成八年三月期以降毎年赤字を計上し、平成八年三月期には五二八億円以上あった剰余金も、平成一〇年三月期には底をつき、七〇億円以上の欠損に転じ、さらに平成一一年三月期には二二九二億円以上の欠損金を計上するに至った。
このため、被告は平成一一年五月二一日、金融再生法六八条二項に基づき、預金等の払戻しを停止するおそれがあると認める旨の申出を行い、同月二二日、金融再生委員会から、金融整理管財人による業務及び財産の管理を命じる処分を受けた。
(六) 社団法人第二地方銀行協会加盟の第二地方銀行中における被告の給与や退職金の支給水準は以下のとおりである。
(1) 給与支給水準(賞与、諸手当を含めた一年間の総支給額を一二分し、男女計、行員一人当たりで算定した給与平均額)
昭和五八年度から平成八年度に至るまでの間の被告の給与水準は、六二行ないし六八行中、常に平均額を上回り、順位においても、一位ないし四位であった。
(2) 退職金支給水準
高卒、短大卒、大卒者が、それぞれ新卒正規入行し、定年退職した場合に支給される退職金(加算金、年金を含めるが、年金は一時金に現価換算し、厚生年金基金については政府代行部分を除く加算給付部分のみを含める。)の第二地方銀行の平均額は、昭和六一年度、平成元年度、平成三年度、平成六年度、平成八年度のいずれの年度においても、被告に高卒、短大、大卒を問わず新卒で入行し、支店長級(専門職三級)在位一二年以上で定年退職するとした場合の行員を平均的なモデルとした場合に、これに支給される退職金(退職一時金、退職年金の一時金現価換算額及び厚生年金基金の加算給付部分の現価換算額を合算した額)を下回るものであり、被告の右モデル行員に退職年金の支給がなかったと仮定しても、右平均額は被告のモデル行員に支給される退職金額には及ばない。
2 以上の認定事実によって判断する。
(一) 本件退職年金請求権の発生根拠
右認定事実によれば、被告の退職年金は、就業規則としての性質を有する退職金規程において、退職金の一種類であると位置づけられ、勤続満二〇年以上の退職者であること、満六〇歳に達すること、申出をすることを要件として、その申出の翌月から別紙支給額一覧表の算定基準によって算定した規程額を支給するというものであって、支給要件は一義的に明定されており、これらの支給要件を満たす者には原則として右退職金規程による規程額が一律に支給されるものであるから、右退職金規程を内容とする労働契約によって被告にその支払が義務づけられた退職金の一部というべきである。
これに対し、被告は、退職者には就業規則が適用されないことなどを理由に、退職者からの退職後の申出により、別途に退職年金支給契約が締結されるものであると主張する。
しかしながら、右のような申出を要することとなったのは、昭和四六年の退職金規程の改訂によってであり、それまでの受給者は年金受給申請書等の一定の届出義務を負わされてはいたが、格別の申出などは要求されていなかったし、右改訂は、支給対象者を、勤続満二〇年以上で満六〇歳以上の退職者から勤続満二〇年以上の退職者へと拡大したことに伴って行われたものであり、被告が受給権者を確知するための事務手続上の便宜を主たる目的としたものにすぎないと考えられ、右改定後においても裁量の余地のない一義的な支給要件の定め方からして、支給要件を満たす退職者からの申出に対し、被告に、少なくとも規程額に関する限り、原則として退職年金の支給を拒否する自由があるとは解されない。それゆえにこそ、被告自身も右申出は予約完結権の行使と構成することもできるなどと主張している。そして、被告に契約締結の諾否の自由がない以上、退職者からの申出を契約締結の申出であるとか予約完結の意思表示であるなどして、その間に別途退職年金支給契約の締結をあえて介在させなければならない理由はないし、なにより、被告や退職者がそのような契約締結意思を有していたとは考えられない。受給者には年金通知書が交付されるが、これもその表題や被告から一方的に交付されるだけであることなどからして、契約書として授受されていたというよりは退職年金受給権を証する証書として交付されていたと解すべきであって、退職年金支給契約が締結されていた根拠となるものではない。
被告は、就業規則が退職者に適用されないことから、退職者と被告との法律関係を律するものとして退職年金支給契約の存在が肯定されるべきであると主張するのであるが、その主張によって被告が意図するところは、退職年金に関する被告の改訂権を退職者にまで及ぼそうとすることにあるのであって、退職者の退職年金受給権それ自体は、退職金規程を内容として締結された労働契約により、退職を条件として発生していると構成すれば足ることであり、敢えて当事者意思から乖離した退職年金支給契約の存在を観念しなければ説明できないというものではない。退職年金に関する被告の改訂権が退職者にまで及ぶか否かは、退職年金受給権の発生根拠などをも考慮に入れて別途考察されるべき問題であり、右改訂権が退職者にも及ぶことを前提とし、あるいは及ぼすことを目的としてその発生根拠を論じるのは相当とはいえない。
よって、これに関する被告の右主張は採用できない。
(二) 退職年金請求権の法的性格
右認定のとおり、被告の退職年金は、それまでの退職金の一部を年金支給形式にしたというものではなく、退職者の老後の生活保障を主たる目的として、無拠出で新たに創設、導入されたものであり、そのことは社内誌を通じるなどして当時の社員にも周知されていたこと、満二〇年という長期勤続要件を満たして始めて支給されるものであること、その支給額は別紙支給額一覧表のとおり勤続年数と在職中の職位のみによって算定するものとされており、少なくとも直接には在職中の賃金を基準としていないこと(もっとも、被告では退職一時金も勤続年数と職位が主たる算定要素とされている。)、終身支給とされ、さらに、配偶者に対してまで規程額の半額が終身支給されることとなっていること、経済状勢、社会保障制度といった外部的事情の変動による改訂を予定していること(右改訂条項は、退職金規程全体にかかる付則の章に置かれてはいるが、退職年金制度の創設とあわせて退職金規程に持込まれたものであるとの経緯からして、主として同制度の改訂を念頭においているものと考えられる。)、退職後の行為をも支給打切事由としていること(退職金規程二七条三号)、被告の給与水準は同業他行の上位にあることや本件退職年金を除いたとしても被告の退職に伴う一時金等の給付は同業他行に比べて遜色のないものであることが認められ、これらに加え、制度創設以来すでに長期間が経過して定着してきており、労働者のこれに対する期待も大きいと考えられることなどの諸事情に鑑みると、被告の退職年金は賃金の後払的性格は希薄というほかなく、当初は生活保障のための恩恵的なものとして導入されたものではあるが、現在では功労報償的な性格が強いものになっているというべきである。
原告らは、退職一時金も無拠出制であること等を根拠に被告の退職年金が退職一時金と異ならない賃金の後払であると主張するが、制度創設の経緯に照らし、同じく無拠出制であるとはいっても、社会通念上賃金の後払的要素が強いとされている退職一時金と全く同質視することはできず、したがって、原告らの主張はその限りでは採用できない。とはいえ、本件退職年金が前記のとおり退職金規程に支給基準の明定された退職金の一部であることは否定できないし、満二〇年以上の勤続者でなければその支給を受けられないものであり、さらに受給資格者内でも勤続年数が長期になるほど支給額も増大するとされていることからすると、その間の労働に対する対償、すなわち労働基準法一一条にいう賃金としての性格が全く否定されるものではない。
他方、被告はその財源及び支給期限と支給対象者において恩恵的であり、支給額において裁量的なものであるとまで主張するが、被告の退職年金の支給要件は一義的に明確であって、支給の有無、支給額、支給期間の設定等において被告の裁量を容れる余地はなく、この点では退職金規程にある生活扶助料が支給の有無、額、支給期間のいずれにおいても被告の裁量に委ねられているのと対称的である。無拠出の終身支給であり、支給対象者が満二〇年以上の勤続者に限られていることは、右のとおり功労報償的性格を認める根拠となし得るものであり、その限りでは恩恵的と評することができるが、その功労報償的性格は、在職中の功労を減殺ないし抹消するような非違行為があった場合の支給打切等の被告の裁量を広くすることがあり得るに過ぎず、被告の恣意的な減額や支給打切を許容するものではないというべきである。また、被告は、支給額において裁量的であることの根拠として、被告に改訂権が留保されているというのであるが、就業規則としての性質を有する退職金規程に支給要件を明定してその支給を労働契約の内容としている以上、これを労働者の不利益に変更するためには、就業規則変更のための一般的な要件を満たす必要があるうえ、退職者が既に取得した退職年金請求権については、その後に退職金規程を改訂しても、退職者にはもはや就業規則の適用が考えられない以上、その改訂規定が当然に退職者にまで及ぶとはいえないのであって、支給額において裁量的であるともいい難い。したがって、被告の退職年金が恩恵的、裁量的支給であるという右主張は採用できない。
(三) 本件支給打切の適否
以上を前提として、被告の本件支給打切の適否について判断する。
(1) まず、被告は、右支給打切は、原告らと被告との間に締結された退職年金支給契約において、被告に留保された改訂権を行使したものであり、右改訂権には解約権まで含むと主張する。
しかしながら、その前提とする退職年金支給契約の締結が認められないことは既に述べたとおりである。さらに敷衍すれば、被告は年金支給通知書の裏面の記載をもって、個別の支給契約において改訂権を留保したと主張するのであるが、その交付に際し、原告ら各自と改訂権留保について契約交渉した形跡などは全く窺われず、前記のとおり、右通知書は、被告が一方的に交付するものであり、書面の体裁等からしても契約書として授受されているものとは認められないし、受給資格を満たした退職者からの退職年金支給の申出に対して、被告にはこれを拒否する自由はないと解されるにもかかわらず、裏面に改訂権留保の趣旨を記載した右通知書を交付することによって、被告に一方的に有利な改訂権を留保した退職年金支給契約が個別に成立するなどと解することは到底できない。
なお、退職年金請求権の発生根拠が被告の退職金規程を内容とする労働契約にあるとした場合でも、退職金規程には被告の改訂権が規定されているから、退職者が取得した退職年金請求権には被告の改訂権が留保されていると解することも一応は考えられないではないが、退職金規程に規定されている改訂権は、あくまで退職金規程の改訂権であり、その適用を受ける在職者に対する関係で退職年金制度を改訂する権限であって、退職金規程の適用を受けなくなった退職者が支給要件を満たしたことによって取得した退職年金受給権を個別に解約する権利を留保したものでないことは明らかである。したがって、この点でも、被告が原告らの退職年金受給権を喪失させる解約権を有していたとは認められない。
したがって、本件支給打切は個別に締結された退職年金支給契約で留保した解約権を行使したものであるという被告の右主張は採用できない。
(2) そこで、被告は、予備的に、一般原則にいう事情変更の原則によって、原告らとの退職年金支給契約を解約したと主張する。
被告が主張する事情変更とは、本件退職年金制度創設後、企業年金が整備され、被告においても厚生年金基金(調整年金)を採用したこと、バブル経済崩壊後の業績悪化により退職年金支給原資と見込んでいた社内留保金も底をつき欠損を生じるに至っていること、そしてその破綻処理において金融再生法の適用を受け費用最小化の要請を受けていることをいうものと解される。
確かに、被告の退職年金は、右認定のとおり、老後の生活保障を主たる目的として創設されたものであり、その創設後本件支給打切までの間に、被告が主張する業績悪化等の事情の変更が生じていることが認められるし、退職年金支給を継続した場合にこれに要する費用は一〇〇億円を超えると推計され、これが金融再生法等に基づき迅速になされるべき破綻処理の阻害要因にもなり得るというのであるから、被告としては、本件支給打切の必要性が極めて大きいことは首肯できるところである。
しかしながら、前記のとおり、原告らの退職年金請求権は、すでに支給要件を満たしたことによって具体的かつ確定的に発生した金銭債権であり、その法的性格も功労報償的な性格が強いとはいえ、なお、労働基準法にいう賃金としての性格を否定されないものであって、被告の裁量によって支給の有無や支給額を左右することができるものではないのであるから、これに事情変更の原則を適用できる場合があるとしても、少なくとも通常の金銭債権に対すると同等の要件による保護が与えられなければならない。
しかるに、被告は退職年金創設以来本件支給打切に至るまで三七年間にも及んでこれを存続、定着させてきており、この間、昭和四〇年代に入って企業年金も次第に整備されるようになり、現に被告もすでにその頃、厚生年金基金を採用しているのであって、社会保障制度の整備、充実は最近に至って始められたというものではないのみならず、老齢化社会を前にしてさらなる充実が求められている実情にあり、原告らもその支給を前提に退職後の生活設計をしてきていて支給継続に対する期待は大きいと考えられ、これらの諸事情に照らすと、社会保障制度の充実等を理由に本件退職年金を存続される意義が消失しているとまではいえない。
また、原告らが主張する退職年金請求権は、基本権としての終期が死亡時までという不確定期限付になっているため、総支給額を確定することができないとはいえ、支給基準が明確で単純な金銭債権であるから、これに対して被告としては平均余命を参考にするなどしてその支給に必要な経費を予測し、その支給原資を社内留保するなどすることはできたし、早期に退職年金規程を改訂して経費増大を抑制するなどの対処をとることもできたのであって、社内留保金を払底させたのは被告自らの経営判断の過誤によるものというほかなく、その間にバブル経済崩壊といわれる経済状況の変動があったとしても、それらが事情変更の原則にいう事情の変更に該当するものとはいえない。
さらに、被告は退職年金支給打切に際して、原告ら各自の退職年金月額の三か月分相当を支払っているが、右の程度では、単に打ち切り時期を三か月後に設定したというのと何らの径庭はなく、退職年金請求権の法的性格に照らし到底適正妥当な代償措置などと認め得るものではない。
これに関して、被告は金融再生法による費用最小化の要請があることを強調するが、同法にいう費用最小化の要請は、畢竟、公的資金投入を最小限に抑えるため、不必要な資金流出を抑制するという破綻処理の一般原則を述べたものにすぎず、すでに具体的に発生し、破綻した金融機関が現に支払義務を負うに至っている預金債権以外の負債について、当該金融機関において一方的にその負担を免れる権限を認めたものではない。当該債務を免れるためには、そのための実体的要件及び手続的要件を満たすことが必要であることは当然である。しかるに、本件では、右のとおり、事情変更の原則に該当する事情変更が存したとは認められないし、本件支給打切に見合う代償措置が講じられているとも認められないから、費用最小化の要請をいかに重視したとしても、事情変更の原則を適用して本件支給打切を正当化することはできないというほかない。
以上によれば、本件支給打切は違法であり無効というべきである。
二 原告らの請求について
1 被告の本件支給打切は無効であるところ、別紙請求目録一の番号一ないし一二三、一四五ないし一七六の各原告は、いずれも支給開始後にその支給を打ち切られたものであり、平成一一年九月以降も被告に対する退職年金請求権を有していると認められ、右各原告の退職年金月額は同目録「年金月額」欄記載の金額であることに争いはない。
したがって、平成一一年九月分以降の支払を求める右各原告の請求はいずれも理由がある。
2 別紙請求目録一の番号一七七ないし一八五の各原告及び別紙請求目録二記載の各原告は、これまで退職年金の支給を受けていないが、右原告が満二〇年以上被告に勤続したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右各原告が満六〇歳に達した日または達する日は右各目録の「満六〇歳到達日」欄記載の日であること、本件支給打切がなければ右各原告に支給された退職年金の月額は右各目録の「年金月額」欄記載の金額であること、別紙請求目録一の番号一七七ないし一八五の各原告が被告から退職年金三か月分相当額の支給を受けたことが認められる。
ところで、受給開始のためには、受給資格取得後退職年金支給の申出をすることが要件とされていることは前記のとおりである。
(一) 弁論の全趣旨によれば、別紙請求目録二の番号一二六、一二九、一三七、一八八及び一八九の各原告は、それぞれ本訴(両事件)提起後口頭弁論終結までの間に満六〇歳に達したものであり、本訴提起により退職年金支給の申出をしているものとみなすことができるので、同原告らの請求は理由がある。
(二) 別紙請求目録一の番号一七七ないし一八五の各原告は、右のとおり満六〇歳に達し、被告から退職年金三か月分相当額を受領したことが認められるが、同原告らの本訴(平成一二年(ワ)一〇二三二号事件。訴状送達日は平成一二年九月二六日)提起を退職年金支給の申出とみなすことはできるものの、それ以前にその申出をしたと認めるに足る証拠はない。
したがって、同原告らは、少なくとも平成一二年一〇月分以降の退職年金請求権を有すると認められるところ、同原告らが被告から受領した退職年金三か月分相当額は同月以降三か月分に充当されるべきであるから、同原告らの請求は平成一三年一月以降の退職年金の支払を求める限度では理由があるが、その余はいずれも理由がない。
(三) 別紙請求目録二の番号一八六及び一八七の各原告は、右のとおり満六〇歳に達したことが認められるところ、同原告らの本訴(右同)提起を退職年金支給の申出とみなすことはできるものの、それ以前にその申出をしたと認めるに足る証拠はない。
したがって、同原告らは、少なくとも平成一二年一〇月分以降の退職年金請求権を有すると認められるので、同原告らの請求は同月以降の退職年金の支払を求める限度では理由があるが、その余はいずれも理由がない。
(四) 別紙請求目録二の番号一二四、一二五、一二七、一二八、一三〇ないし一三六、一三八ないし一四四、一九〇ないし二〇七の各原告は、未だ満六〇歳に達しておらず、現に受給資格を有せず、そのため現時点では受給開始の要件である有効な退職年金支給の申出もあり得ないから、その請求はいずれも理由がない。
三 よって、主文のとおり判断する。
(裁判長裁判官・松本哲泓、裁判官・松尾嘉倫、裁判官・西森みゆき)
別紙
支給額一覧表<省略>
請求目録一、二<省略>