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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)12626号 判決 2000年10月17日

原告

中野征吉

ほか二名

被告

太平タクシー株式会社

ほか一名

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告中野征吉に対し、連帯して八二五万円及びこれに対する平成一〇年一〇月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告中野和美に対し、連帯して四一二万五〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告片浦美征に対し、連帯して四一二万五〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  訴訟物

民法七〇九条(交通事故、人身損害)、自賠法三条、一部請求

二  争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実(争いのない事実には証拠を掲記しない。)

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

<1> 発生日時・天候 平成一〇年一〇月三日(土曜日)午前四時ころ(晴れ)

<2> 発生場所 大阪府門真市小路町五番一二号先路上(大阪中央環状線)

<3> 事故車 普通乗用自動車(大阪五五く二七二六。以下「被告車」という。)

運転者 被告渡邉勝(昭和一四年二月一一日生まれ、本件事故当時五九歳)

<4> 事故態様 信号機による交通整理の行われている上記発生場所所在の交差点(以下「本件交差点」という。)において、東から西へ横断中の中野レイ子(以下「レイ子」という。昭和一五年六月五日生まれ、本件事故当時五八歳)に、同交差点に南から北へ進入した被告車が衝突したもの

2  被告車の所有者

本件事故当時、被告太平タクシーは、被告車を所有していた。

3  レイ子の受傷、治療、死亡

レイ子は、本件事故により、頭蓋骨折、脳挫傷の傷害を受け、本件事故当日、守口敬任会病院で治療を受けたが、同日午前四時二三分に死亡した。

4  原告らの相続

原告らはレイ子の法定相続人である。なお相続分は、レイ子の夫である原告中野征吉が二分の一、子である原告中野和美及び同片浦美征が各四分の一である(甲二)。

5  損害の填補

原告らは、本件事故に関する損害賠償として、被告太平タクシーから一〇六万二九六〇円、被告車に付されていた自賠責保険の保険会社から二三七五万八八五〇円、合計二四八二万一八一〇円の支払を受けた。

三  争点とこれに対する当事者の主張

1  被告らの責任及びレイ子の過失

(原告らの主張)

被告渡邉は、法定速度制限六〇キロメートルを超過する時速約七〇ないし八〇キロメートルで被告車を走行し、かつ、赤信号を無視して本件交差点に進入し、青信号に従って横断中のレイ子に被告車を衝突させたものである。

したがって被告渡邉は、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。さらに、同被告は被告車の運転者として、被告太平タクシーは同車の所有者として、それぞれ同車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づく損害賠償責任を負う。

(被告らの主張)

被告渡邉は、青信号に従って本件交差点に南から北へ進入したところ、泥酔したレイ子が、赤信号を無視して本件交差点を東から西へ横断していたのである。そこで、被告渡邉は、レイ子を発見後直ちに急制動措置をとったものの間に合わず被告車とレイ子が衝突した。

したがって、被告渡邉は被告車の運行に関して過失はなく、民法七〇九条の責任は負わない。また、本件事故は、レイ子の一方的な過失により発生したものであり、かつ、本件事故当時被告車には、構造上の欠陥又は機能の障害がなかったから、被告らは、自賠法三条但し書により免責される。

仮に被告渡邉に何らかの注意義務違反があったとしても、レイ子には上記の過失があったのであるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

2  損害額

(原告らの主張)

別紙1「原告らの請求する損害額」のとおりである。

(被告らの主張)

原告らの主張する損害のうち、葬儀費用については立証がなく、妥当性に疑問がある。逸失利益については、レイ子の清掃婦としての実収入に基づいて算出すべきであり、生活費控除率は単身者に準じて五〇パーセントとすべきである。死亡慰謝料額も、レイ子の年齢、生活状況等に照らすと原告らの請求額は高額にすぎる。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告らの責任及びレイ子の過失)について

1  本件事故は、南行及び北行各四車線の大阪中央環状線の北行車線の第二車線(歩道から二番目の車線)上の、西側歩道から約四・二メートル、本件交差点の北側に設置された横断歩道の約六・八メートル北側の地点でレイ子と被告車が衝突したものである。大阪中央環状線の本件交差点付近の制限速度は時速六〇キロメートルであり、同線の東側歩道から西側歩道までの距離は車線合計八車線と南行及び北行車線の中間に設置された近畿自動車道高架下の駐車場部分を合わせて約三〇メートルから四〇メートル程度である(甲四、八)。

本件事故当時、本件交差点の東西方向横断用の信号は、午後一一時から午前五時までは車両を感知した場合、又は、歩行者用押ボタン式信号のボタンが押された場合にのみ、青色を表示し、それ以外は常時赤色を表示するように設定されていた。歩行者用押ボタン式信号の表示時間は青色二五秒、青色点滅四秒、赤色六秒(この間東西車両用信号は三秒間青色、三秒間黄色表示)であり、その後南北方向、東西方向の全ての信号が赤となる全赤表示が三秒間ある(甲八)。

2  被告渡邉は、本件交差点の手前(南)約一〇〇メートルの地点で、対面信号が青であることを確認し、それに従って本件交差点に進入した(甲七)。なお、被告渡邊の対面信号が青であったことは後続車の運転者矢野宗造も目撃している(甲九、一六)。

被告車の本件事故直前の速度は、被告車のタコグラフチャートによれば時速約七七キロメートルと推測され(甲二五)、被告渡邉も本件事故直前の走行速度は時速七〇ないし八〇キロメートルであったと供述している(甲二三)。さらに、被告渡邉が、レイ子を発見して急制動措置をとり、レイ子に衝突した後ほぼ停止するまで(被告渡邉は停止しかけた後、完全に停止せずに車を移動しているため、正確な制動距離は不明である。)の進行距離は、約三八・一メートルであり、路面は平坦な乾燥したアスファルト舗装であったから(甲七)、被告車の進行速度は時速約七〇ないし八〇キロメートル(秒速一九・四ないし二二・二メートル)と算出される(摩擦係数〇・六とすると時速約七六・二〇キロメートル)。

上記速度を前提とすると、被告渡邉が対面青信号を確認してから、レイ子を発見するまでに進行した距離は約一〇八・三メートルであるから(甲七)、その所要時間は約四・九ないし五・六秒と算出できる。

また、被告渡邉は、本件事故当時被告車の前照灯をロービームにしていたが、この状態だと前方約四一メートルまで明るく照射することができる。平成一〇年一一月五日未明に実施された実況見分において、被告渡邉は、被告車の前照灯をロービームで点灯していると、約八五・七メートル前方に本件事故当時のレイ子と同様の服装(赤色のシャツと黒色のズボン)の人物がいれば細心の注意を払えば物体のようなものを認識でき、約六一・八メートル前方では人らしきものがいると認識でき、約五〇・五メートル前方では人とはっきり認識することができると説明している(甲一二、二三)。

3  レイ子は、本件事故前夜の平成一〇年一〇月二日、自宅で飲酒した後、友人の紫村育子と、午後一一時過ぎから本件事故当日の午前二時ころまでの間に居酒屋でビール中ジョッキ二杯等飲み、さらに屋台で午前三時三〇分ころまでにビール大びん約六、七本及び日本酒一杯を飲んだ。紫村育子の警察に対する供述によれば、屋台を出た時点のレイ子は、足元がふらつき、顔は真っ赤で、冷静な判断ができないような、いわゆる泥酔状態であった(甲一四、一五)。また、レイ子が救急搬送された病院で採取された血液を検査した結果によれば、レイ子の血中アルコール濃度は、血液一ミリリットル当たり一・四ミリグラムであった(甲二四)。

レイ子が、屋台から自宅に帰るためには本件交差点で大阪中央環状線を東から西へ横断する必要がある(甲一五)。

4(一)  以上に認定した事実によれば、本件事故態様並びにレイ子及び被告渡邉の過失は以下のようなものと認められる。

(二)  レイ子が本件交差点を歩行者用押ボタン式信号の押ボタンを押して、信号が青に変わってから横断を始めたのかは明らかではない。しかし、仮にレイ子が歩行者用押ボタン式信号のボタンを押したとしても、被告渡邉が本件交差点の一〇〇メートル以上手前で南北方向の信号が青であることを確認していたことからすると、それまでにすでに東西方向の信号が青になってから少なくとも三八秒は経過していたことになる(東西方向の信号が青色になってから、全赤を経て南北方向の信号が青色になるまでの合計時間)。さらに、被告渡邉が対面信号が青であることを確認してから、被告車が本件交差点に到達し、レイ子に衝突するまでに、少なくとも五、六秒は経過していると考えられるから、レイ子が信号のボタンを押し、東西方向の歩行者用信号が青色になってから大阪中央環状線の横断を始めたとしても、横断開始から少なくとも四二、三秒は経過していたことになる。

通常人の歩行速度を時速四キロメートル(秒速一・一メートル)とすると、大阪中央環状線の東側歩道から西側歩道までの幅員は約三〇ないし四〇メートルであるから、歩行者用信号が青色及び青色点滅の間(合計二九秒)に横断し終えることはやや困難であるが(秒速一・一メートルとすると、二九秒間の進行距離は約三二メートル)、四二、三秒あれば少なくとも約四六メートル進むことができ、十分横断することができる。しかるに、レイ子は西側歩道までなお約四・二メートルの地点で被告車に衝突している。

したがって、レイ子が仮に青色信号に従って横断を開始したとしても、泥酔状態にあったため横断に異常に時間がかかっていたと考えられ、横断歩行者に通常期待される横断方法に従った横断をしていたものとは認められない。このことは、レイ子が横断歩道から約六・八メートルも北側にはみ出した地点を横断していたことからも裏付けられる。

以上から、レイ子が青信号に従って横断を開始したかは不明であるし、仮にそうであるとしても正しい横断方法をとっていたものとは評価できない。

(三)  他方、被告渡邉は、本件交差点の一〇〇メートル以上手前で青信号を確認し、交差点に進入した時点でも青信号であったから、信号違反の事実は認められない。

しかし、被告渡邉にも以下の過失が認められる。

時速六〇キロメートルで走行中の自動車が、急制動をかけた場合の停止距離は、空走距離を〇・八秒、摩擦係数を〇・六と仮定すると約三六・九五メートル、摩擦係数を〇・七と仮定すると約三三・五八メートルである。したがって、被告渡邉が制限速度を遵守して走行していれば、レイ子が前照灯の照射範囲(四一メートル)に入ってから制動措置をとっても十分停止することができたはずである。

また、時速八〇キロメートルで走行中の自動車が、急制動をかけた場合の停止距離は同様の仮定の下でそれぞれ約五九・七七メートル(摩擦係数〇・六)、約五三・七七メートル(摩擦係数〇・七)である。したがって、被告渡邉が前方を十分注視し、レイ子を発見し、前方に物体のようなものがあると認識することが可能な地点(衝突地点の約八五・七メートル手前)で制動措置をとっていればレイ子との衝突を避けることができた可能性はかなり高い。ただし、これは細心の注意を払った場合に、人物を物体のようなものとして認識できた地点であるから、被告渡邉にこの地点でレイ子を発見し、制動措置をとるよう期待することはやや現実的ではない。しかし、被告渡邉が人らしきものがいると認識することが可能な地点(衝突地点の約六一・八メートル手前)で制動措置や転把措置などの衝突回避措置をとっていた場合、レイ子との衝突を避けられたか、仮に衝突しても相当小さな衝撃ですんだ可能性が高い。

したがって、被告渡邉の速度超過及び前方不注視の過失が、本件事故の発生、又はその程度の拡大に寄与したものと認められ、被告渡邉は民法七〇九条による責任を負う。さらに、被告らの自賠法三条但し書に基づく免責の抗弁は採用できない。

5  被告渡邉は、事故前夜午後六時二〇分ころからタクシー乗務をしており、本件事故当時は本人が意識していたかどうかにかかわらず、疲労のため危険を感じた場合の反応速度や暗所での視力が低下していたはずであるから、なおさら制限速度を遵守し、前方を十分注視して走行するべきであったといえる。しかも、被告渡邉には職業運転手として、より高度な注意義務が課せられている。

しかし、本件事故当時のレイ子の服装は夜間目立つものではなく、横断していた場所も横断歩道の北側六・八メートルで照明も横断歩道上より暗い位置であったため(甲二三)、被告渡邊からレイ子を発見することが必ずしも容易ではなかった事情も、被告渡邉の過失を考虜する際、留意する必要がある。

以上のレイ子及び被告渡邉の各過失の内容に照らすと、両者の過失割合は、レイ子六〇パーセント、被告渡邉四〇パーセントとすることが相当である。

二  争点2(損害額)について

1  別紙2「裁判所の認定した損害額」記載のとおり被告らが原告らに対して賠償すべき損害額は一二一五万五五一〇円と認められる。なお、損害額の認定に用いた証拠及び認定の理由は、同別紙に注記したとおりである。

2  したがって、被告太平タクシー及び自賠責保険から原告らに対する既払額は二四八二万一八一〇円であるから、原告らの被告らに対する損害賠償請求権はすでに弁済によって消滅している。

三  結論

以上のとおり、原告らの請求には理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官 平野哲郎)

別紙1 原告らの請求する損害額

別紙2 裁判所が認定した損害額

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