大阪地方裁判所 平成11年(ワ)13623号 判決 2001年10月24日
原告
松木正行
原告
松下末宏
原告
松村高喜
原告
道方義夫
原告
佐藤利之
原告
数見義典
原告
松下末松
原告ら訴訟代理人弁護士
小林保夫
横山精一
雪田樹理
峯本耕治
三嶋周治
被告
東豊観光株式会社
右代表者代表取締役
山田安章
被告
山田安章
右両名訴訟代理人弁護士
清水伸郎
金坂喜好
主文
一 被告東豊観光株式会社は,原告松木正行に対し,116万1500円,原告松下末宏に対し,72万6800円,原告松村高喜に対し,90万8500円,原告道方義夫に対し,88万7800円,原告佐藤利之に対し,85万7900円,原告数見義典に対し,59万1100円,原告松下末松に対し,95万6800円及び右各金員に対する平成13年8月25日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 被告らは,連帯して,別紙(一)損害賠償請求認容額一覧表記載の各原告に対し,同一覧表合計欄記載の各金員及び同一覧表「精勤手当・賞与認容額」欄(1)ないし(4)記載の各金員につき,(1)記載の金員については,平成9年4月1日から,(2)記載の金員については,平成10年4月1日から,(3)記載の金員については,平成11年4月1日から,(4)記載の金員については,同年10月1日から,さらに慰謝料及び弁護士費用欄記載の金員については,平成11年12月30日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 原告松木正行,同松下末宏,同松村高喜,同道方義夫,同佐藤利之の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用のうち,
(一) 原告数見義典及び同松下末松に生じた費用の全部を被告東豊観光株式会社の負担とし,
(二) 原告松木正行,同松下末宏,同松村高喜及び同道方義夫に生じた費用の1割5分,同佐藤利之に生じた費用の2割を被告東豊観光株式会社の負担とし,
(三) 原告松村高喜及び同道方義夫に生じた費用の2割5分並びに同松木正行,同松下末宏及び同佐藤利之に生じた費用の2割を被告らの負担とし,
(四) 被告東豊観光株式会社に生じた費用の3割5分及び被告山田安章に生じた費用の9割を,原告松木正行,同松下末宏,同松村高喜,同道方義夫及び同佐藤利之の負担とし,
(五) その余は各自の負担とする。
五 この判決一項,二項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文一項と同旨
二 被告両名は,連帯して,原告松木正行に対し,559万3148円,原告松下末宏に対し,353万1308円,原告松村高喜に対し,244万7597円,原告道方義夫に対し,260万9195円,原告佐藤利之に対し,341万3948円及び右各金員に対する各原告別の別紙(二)<(二)~(一八)略><1>ないし<5>の賃金差別損害請求一覧表の各「金額」欄記載の金額について同一覧表「遅延損害金請求始期」記載の時期から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件は,被告東豊観光株式会社の従業員である原告らが,同被告に対し,一方的に減額された賃金について,その減額分とこれに対する平成13年8月25日以降の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,原告松木正行,同松下末宏,同松村高喜,同道方義夫及び同佐藤利之が,精勤手当及び賞与の支給につき差別がなされたのは,同被告の代表取締役である被告山田安章による不当労働行為であるとして,被告東豊観光株式会社に対し,不法行為に基づき,被告山田安章に対し,取締役の第三者に対する責任に基づき,その差額相当額の損害賠償,慰謝料及び弁護士費用等の支払を求める事案である。
二 前提事実(当事者間に争いのない事実及び後掲の証拠等により容易に認められる事実)
1 当事者
(一) 被告東豊観光株式会社(以下「被告会社」という。)は,肩書地に本店を設置し,主に一般旅客自動車運送事業を目的とする,従業員74名(正社員54名,パート従業員8名,東豊通商株式会社からの出向社員12名。ただし,平成12年2月当時),貸切バス51台を擁する資本金6000万円の株式会社である。被告山田安章(以下「被告山田」という。)は,被告会社の代表取締役である。
(二) 原告らは,被告会社に乗務員として勤務する従業員であり,被告会社の従業員で構成する自交総連東豊観光労働組合(以下「組合」という。)に加入している。組合は,平成2年1月12日付けで,全国自動車交通労働組合総連合会(以下「自交総連」という。)を上部団体とし,これに加盟した旨を被告会社に対し通知した。また,組合は同日付けで従前の名称(東豊観光労働組合)から,現在の名称に変更した(<証拠略>)。なお,被告会社には,平成2年1月ころ,組合脱退者によって全東豊職員組合(以下「職組」という。)が結成されている。
2 組合が自交総連に加盟した後の被告会社の対応について
被告山田は,平成2年1月26日以降,「特に自交総連系の労組員は道交法は勿論,輕犯罪法に至るまで特に注意して対応して厳重処分の対象にならないよう注意していただきたい。」,「当社は能力主義による勤務評定を実施しているので,自交総連系労組員はよほどの貢献度,功績がなければ平均点を上回ることは難しい。」などといった社告を,数回にわたって被告会社事務所の掲示板に張り出した。
3 組合及び原告らを含む組合の組合員ら(以下「組合員ら」という。)は,平成5年に,大阪地方裁判所に対して,平成3年度の定期昇給差別等が,組合に対する不当労働行為に該当するとして,その賃金,附加金の支払等を求める訴えを提起した(同裁判所平成5年(ワ)第5998号。以下「別件訴訟」という。)。同裁判所は,平成8年6月5日,組合及び組合員らの主張を一部認容する判決をした。
4 被告会社と,組合及び組合員らは,平成10年8月5日,同日付けの協定書(以下「本件協定書」という。)及び覚書(以下「本件覚書」という。)を交わし,被告会社が2100万円を支払うことによって,和解した。本件協定書第4項には「本件事件に関して」の請求権放棄及び清算に関する条項が記載されているのに対し,本件覚書には,「(本件協定書は)1990年以降(中略)発生した一連の労使紛争を全面的に解決するものとして締結したことを確認する。」旨が記載されている。
5 賃金減額措置に至るまでの経緯
(一) 被告会社は,以下の三度にわたり,組合,組合員らに対し,希望退職の募集及び基本給の減額を提案した。
(1) 平成11年8月3日の団体交渉(以下「団交」という。)において,被告会社は,組合に対し,退職金最大50パーセント増での希望退職及び平成11年8月21日からの労働に対する賃金(なお,被告会社における原告らに対する賃金の支払は,毎月20日締めの,当月24日払いである。)から全従業員について固定給(基本給・役付手当・資格手当・精勤手当・扶養手当・無事故手当・住宅手当・調整手当)を30パーセント減額することを提案した。
(2) 右提案を組合が拒否すると,被告会社は,全従業員に対し,同年8月10日及び11日の2日に分けて,右(1)の条件のうち,固定給の減額率を20パーセントとするとの新提案をした。
(3) 右提案に対しても,原告らが応じなかったところ,被告会社は,同月20日の団交において,組合に対し,さらに固定給の減額率を15パーセントとするとの提案をしたが,これに対しても,組合は応じないと返答した。
(二) 被告会社は,同月25日ころ,希望退職を同月31日まで受け付ける旨の文書を掲示した。
(三) 被告会社は,同年9月8日の団交において,組合に対し,希望退職者に対しては固定給を30パーセント減額した上で正社員として再雇用するとの提案を行った。また,希望退職をしない者の賃金(固定給)減額については,妻帯者については23万円,独身者については21万円をそれぞれ最低保障することを提案した。
組合は,この提案に対しても,一方的な賃金減額には応じない旨の返答をした。
(四) 被告会社は,同月30日付けで,さらに早期退職を募集する旨の文書を掲示した。これらの被告会社による希望退職の募集に応じた者は14名であり,そのうち11名は,固定給の30パーセント減額,という条件で再雇用された。
(五) 被告会社は,原告らに対して,同年10月25日,賃金減額措置を実施した(以下,この賃金減額措置を「本件賃金減額措置」という。)。その賃金減額率は,平均約18パーセントとなった(<人証略>)。
6 本件賃金減額措置の概要
(一) 原告らの平成11年1月から同年10月までの賃金は,別紙(三)<1>ないし<7>の各原告別の「1999年給与一覧表」のとおりである。同年10月分以降,原告らが減額された1か月当たりの賃金は,以下のとおりである。
原告松木正行(以下「原告松木」という。) 5万0500円
原告松下末宏 3万1600円
原告松村高喜(以下「原告松村」という。) 3万9500円
原告道方義夫(以下「原告道方」という。) 3万8600円
原告佐藤利之(以下「原告佐藤」という。) 3万7300円
原告数見義典(以下「原告数見」という。) 2万5700円
原告松下末松 4万1600円
(二) そこで,本件賃金減額措置によって未払が生じている平成11年10月から平成13年8月までの23か月間における未払賃金は,次のとおりである。
原告松木 116万1500円
原告松下末宏 72万6800円
原告松村 90万8500円
原告道方 88万7800円
原告佐藤 85万7900円
原告数見 59万1100円
原告松下末松 95万6800円
7 被告会社における賃金,手当,賞与の内容並びに就業規則及び乗務員給与規則の規定(<証拠略>,2,弁論の全趣旨)
被告会社の就業規則48条,乗務員給与規則及び(ママ)によれば,本件賃金減額措置当時の乗務員の賃金については,以下のとおり定められていた。なお,満55歳に達した者は,その日から2年間の賃金は,満55歳に達したときの賃金よりも10パーセント以上下回らない額とする,満57歳に達した者は,その日より3年間の賃金は,前年の賃金よりも5パーセント以上下回らない額とすることとされており,賞与についても,一般職員よりも減額して支給する旨規定されている(就業規則43条2項,3項)。
(一) 乗務員の賃金は,基本給,精勤手当,走行手当,時間外手当,通勤手当,扶養手当及びその他の手当よりなる(乗務員給与規則2条)。
(二) 賃金及び各種手当についての定め(乗務員給与規則5条ないし9条)
(1) 基本給(初任給) 10万円以上13万円まで。
(2) 走行手当 運転手は,1キロメートルにつき2円。ただし,規定の走行キロを超えた者については1キロメートルにつき50円。
(3) 精勤手当 2万円以上支給する。ただし,給与計算期間において欠勤3日以上の者には支給しない。
(4) 扶養手当 世帯主である従業員の収入によって生計を維持する家族について,第1順位より第4順位までとし,第1順位1万円,第2順位5000円,第3順位3000円,第4順位2000円。ただし,非同居の場合は半額。
(5) 資格手当 大型2種 1万5000円,大型1種 5000円。
(6) 役付手当 5000円以上10万円まで。
(7) 無事故手当 2500円以上1万円まで。
(8) 特別手当 賃金の調整給として添加支給する。
(9) 通勤手当 通勤距離に応じて支給することとされている。
また,乗務員以外の就業規則上,乗務員以外の従業員に支給される次の手当も,乗務員に対して支給されていた。
(10) 住宅手当 標準的な民間住宅の賃借料の50パーセントを目標に設定する。ただし,1年につき3000円以内とし,相当額に達するまで積み上げる。
(11) 調整手当 既設定の手当に,あてはまらないものを支給するときで一時的に調整する為の手当を支払う。
賃金については,原則として毎年4月,技能・勤務成績職種を勘案して昇給するものとする,ただし,経営不振,その他の業務上の都合により昇給をしないこと,及び昇給時期が遅れることがある旨が規定されている(乗務員給与規則29条)。
賞与は,被告会社の営業成績を勘案し,従業員の能力,業績貢献度,勤務成績等を評定して,12月,7月に支給する旨規定されている(同規則28条)。
8 被告会社における昇給の状況(<証拠略>)
被告会社においては,平成8年4月に平均6000円,平成9年4月に平均7400円の定期昇給を実施したが,平成10年7月に一律3000円の昇給をしたのを最後に,定期昇給は実施していない。
9 争点
(一) 本件賃金減額措置の効力の有無
(二) 損害賠償請求権の成否
(1) 不当労働行為意思の有無
(2) 精勤手当及び賞与における格差の存否
(3) 不当労働行為意思と賃金格差との相当因果関係の有無
(4) 被告らの責任の有無
(5) 損害の存否
(三) 損害賠償請求権の放棄の有無
(四) 消滅時効の成否
第三当事者の主張<略>
第四当裁判所の判断
一 争点(一)(本件賃金減額措置の効力の有無)について
1 被告会社は,本件賃金減額措置について,その就業規則,乗務員給与規則の範囲内で実施した旨主張するところである。その趣旨は,本件賃金減額措置による基本給や手当の額が,就業規則,乗務員給与規則に規定する最低額以上の額に納まっているということであると理解されるが,賃金は,労働契約の内容であるから,それが就業規則の規定する最低額を超えているとしても,契約の一方当事者である使用者に変更権限がない以上,使用者が相手方の承諾なく,一方的にこれを変更することはできないというべきである。そして,被告会社の就業規則,乗務員給与規則上,基本給について,満55歳に達した場合を除けば,被告会社の一方的な意思表示によってこれを減額できるという規定やその減額について被告会社の裁量を与えた規定はない。また,各種手当についても,それがそれぞれの支給要件の充足の有無又は支給原因の変更によって減額となる場合は生じるものの,経営上の都合によって一方的に減額できるかどうかについては,就業規則,乗務員給与規則の規定するところではない。
2 被告会社は,倒産しかねない経営危機下では,必要性があれば,一方的に賃金を減額することも許される旨主張するところ,使用者と労働者個人との契約関係は,経営危機があるとしても,その内容を相手方の同意なしに変更することができるとする法理はない。
以上によれば,本件賃金減額措置はこれを有効とすることはできず,被告会社は,これによって支払わなかった賃金減額分,すなわち前提事実6(二)記載の金額及びこれに対する遅延損害金の支払義務がある。
二 争点(二)(損害賠償請求権の成否)について
1 被告山田の不当労働行為意思について
前提事実に証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。
(一) 被告には,昭和63年3月までは,従業員で構成された豊友会と称する親睦団体はあったものの,労働組合は存在しなかったところ,同月,これが解散し,その構成員のうち,課長以上の管理職と1名の従業員を除く全員(42名)の従業員が加入して,組合が結成された。
その後,組合と被告会社は,定年延長,スノータイヤの装着,タイムレコーダーの記載不備に係る始末書の提出などの問題について団体交渉を行っていたが,解決できない問題も多く,また,被告会社の服務管理等が以前より厳しくなってきたことから,組合員の間で被告会社に対する不満が高まっていった。その中で,被告山田は,平成元年12月初めころ,社長訓示の中で「共産党系の組合に入ることは,会社にとってダメージであり,マイナスである。」と述べるなどしていた。
(二) 組合は,平成元年12月26日,定期大会において,自交総連を上部団体とし,これに加盟することを決定し,名称を現名称に変更した。そして,組合は,平成2年1月12日,被告会社に対し,自交総連に加盟したことを通知した。
なお,この過程で,平成2年1月5日,組合の結成当時の委員長であった池亀一ほか9名が,自交総連とは考え方が違うことを理由として,組合を脱退し,同月8日,整備課長代理伊勢田功一ら3名とともに,職組を結成した。
(三) 被告会社は,組合が自交総連に加盟した後の同月26日以降,被告山田の名前で,8回にわたって,次のような内容の社告を掲示した。
(1) 「特に自交総連系の労組員は道交法,道運法は勿論,輕犯罪法に至るまで特に注意して対処し厳重処分の対象にならないよう注意して頂きたい。(中略)これから先においても10年1日の如き次元の低い嫌がらせ,妨害等の手段をもって会社及びその他職員を攻撃してくると予想されるが,自からの行為のみが正しく,企業のそれは全て誤りであるというワンパターンの発想が21世紀まで持続できるか否か,(中略)将来に向かって取り返しのつかない烙印を押され,老いて路頭に迷うことがないよう熟慮の上行動されることを希望します。」(平成2年1月26日付け社告)
(2) 団交の条件として上部団体である自交総連を「当社敷地内に入れることを禁止する。社外において一定の手続を経た者の外部参加者はこれを否定しない。外部参加者は事前に住所,氏名,年齢,勤務先,職業を記した名簿を提出すること。」(同年2月14日付け社告)
(3) 「東豊観光労組が共産系上部団体自交総連に加入したというニュースが社外関係先にもほぼ知れわたり,営業サイドにおいてその影響が出始めている。(中略)複数のエージェント及び一般客の中から過去に自交総連その他共産系組合が強い同業他社から受けた被害が忘れられず,当社自交総連系労組員が乗務するバスの配車を拒否する要請行動を受けた。(中略)労組員自体にも過激な行動を批判し脱落者が輩出して混乱しているようであるので,近い将来会社側も協力して善処する旨を説明して理解を求めているが納得を得られず,取り敢えず闘う労組と,協力する労組の写真入り名簿を提出することによって従来の関係を維持することになった。(中略)このような東豊労組の時代の流れを無視した旧態依然たる行動に幻滅を感じ労組を脱退した従業員に対して,企業の存続,繁栄に協力し,その環境の中で労働者の権利を主張する健全なる全東豊職組は彼等を暖かく迎え入れ社業の回復を計ることを希望する。」(同月15日付け社告)
(4) 「当社は能力主義による勤務評定を実施しているので,自交総連系労組員はよほどの貢献度,功績がなければ平均点を上回ることは難しい。(中略)業者からの指名のある乗務であっても会社側としては,信頼のできない人達の乗務を命ずることはできない。」(同年3月1日付け社告)
(5) 「今後も時代の流れに反抗する組織に残るのか君達自身の10年20年の長きにわたる将来までもの生活を守る上で有利なのか,変動に対応し生存競争に企業と共に協力して会社を守り,その中から当然の権利である高い分配を受けて家庭生活の安定を計る方が得策なのか,今や1人1人がよく考えて決断する時期であると思われる。」(同年5月23日付け社告)
これらの事実によれば,被告山田の出した社告には,組合を嫌悪する表現が随所に見られ,被告山田が,組合の自交総連加盟後,組合に対して不当労働行為意思を有していたことを認めることができ,これを覆すに足りる証拠はない。
2 精勤手当及び賞与における格差の存否について
(一) 証拠,(<証拠略>)によれば,原告松木らと,非組合員との平成7年1月以降平成11年12月までの基本給,精勤手当及び賞与の合計額並びに精勤手当割合の比較は,別紙(一〇)基本給比較一覧表,別紙(一一)精勤手当比較一覧表,別紙(一二)賞与比較一覧表及び別紙(一三)精勤手当割合比較一覧表のとおりであると認められる。また,証拠(<証拠略>)によれば,原告松木らと,同期入社(該当者がいない場合は直近の次期入社)の非組合員(ただし,平成7年から平成11年にかけて組合員であった者及び55歳以上で賃金引下げの対象となった者を除く。具体的な比較対照者となる非組合員については,各原告別の個人別比較一覧表の記載のとおりである。)との精勤手当の各原告別の差は,別紙(一四)ないし(一七)個人別比較一覧表のとおりであると認められる。
これらによれば,基本給については,組合員と非組合員との間に差異は殆どないが,精勤手当及び賞与の総支給額においては,格差が生じていることが認められる。賞与の支給総額がその年の基本給(ただし,定期昇給によって毎年4月に変動があるが,本件においては,各人の昇給額及び内訳が不明であるため,その年の総支給額を12で除した金額を,1か月当たりの基本給とする。以下,右賞与に関する計算において用いる基本給については,同じ金額を用いることとする。)の何か月分に相当するかを検討すると,平成10年においては,組合員の年間支給額が基本給の約4.266から4.4か月分に収斂されるのに対し,比較対照者となっている非組合員は,昭和47年入社の者の約4.38か月分を除いては,概ね約4.61ないし4.688か月分を支給されていることが認められ,これらの傾向は,他の期間においても存在する。ただし,平成11年夏季・冬季賞与については,かかる集団的な格差は認められない。なお,昭和47年入社の非組合員については,後述(五の一(1))の理由により所定内賃金が比較的高額であることが考慮された余地があると推察されるから,以下においても比較対照者からは基本的に除外して考慮する。加えて,これら精勤手当,賞与のいずれをとっても,乗務員に対する現実の支給額においては,概ね経年的に上昇しており,年功序列的な傾向があることが認められる。
(二) 被告らは,元組合員を比較対照者から除外したことについて合理性がない旨主張する。
しかし,原告松木らは,組合員として差別的な取扱いがなかったのであれば支払を受けたであろう賃金相当損害の賠償を求めているのであるから,その比較対照者は,組合員であることを理由とする差別的取扱いの影響がない者とするのが相当であるところ,元組合員については,組合を脱退した後も,組合に在籍している間に生じた格差が影響している可能性があることは否定し得ないから,これを比較対照者とする非組合員から除外することは合理性があるといえる。
また,被告らは,55歳以上の組合員を,比較対照者とする非組合員から除外したことについても合理性がないと主張するが,被告会社では,前述のとおり,就業規則43条において,満55歳以上の従業員については賃金を引き下げると規定しているところ,本件賃金減額措置は,この規定による減額の当否が問題となっているのではなく,また,同原告らにこの規定により減額された者がいるわけではないから,原告松木らとの賃金の格差を検討するには,比較対照者から55歳以上の者を除外する必要がある。
(三) さらに,被告らは,原告松木らが,比較対照の費目から,基本給を除くのは合理性がない旨主張する。
しかしながら,基本給,精勤手当,賞与は,それぞれその算定の基礎を異にするもので,昇給ないし金額の決定において考慮される要素も同一でないから,賃金格差の有無を検討するについては,その合計で比較するより,項目別に比較して,格差がある場合にその原因を検討するという方法を採る方が合理性があるというべきであり,被告らの主張は採用することができない。
3 不当労働行為意思と賃金格差との相当因果関係について
(一) 原告松木らに支給された精勤手当が,非組合員に対する支給実績を下回っていたことは,前記認定のとおりである。
被告会社は,このような格差が生じた理由について,精勤手当及び賞与のいずれについても査定の結果に基づくものである旨主張し,原告松木らに処分歴が多いことを挙げる。
被告会社の査定要領(<証拠略>)によれば,被告会社における昇給及び賞与の額の算定は次のとおり行われるものとされていることが認められる。まず,定期昇給については,各従業員が所属する部署の長(課長代理以上の管理職)が各人の信頼度,順応度,業務能力,貢献度,進歩成長度を五段階(0点から8点まで)で評価した査定点を査定表に集計し,平均点を算出した後,被告山田が社長採点を加算し,それを2で除して各人の評価点を決定し,次いで,この評価点に夏,冬の賞与の査定の評価点の平均点を加算し,2で除した数字を各年度の昇給評価点とする。昇給額は,定昇と能力給に分けられ,定昇額は基本給に加算され,能力給に各人の昇給評価点を乗じ,全員の評価点平均数値で除した額が能力給となり精勤手当に加算される。定昇額には,査定は反映しない。乗務員の賞与の査定については,定期昇給の場合と同様の査定者が,理解力,仕事の知識,礼節度,責任感,判断力,勤務ぶりといった6項目について6段階(最も優れている場合を8.5以上とする。)で評価し,平均点を算出した後,被告山田の採点を加算して2で除した数字を各人の評価点とする。そして,全員の評価点の平均を算出し,各人の評価点との差数に2万円を乗じ,全員の評価平均点を上回った者は加算,下回った者は減算する。賞与の査定においては,各従業員の半期毎の出勤日数,休日表や,苦情内訳書,事故内訳書なども参考資料とし,タイムカードなどの打刻忘れについては1回500円を差し引き,始末書を提出した者は1万円,事故等で損害を発生させた者で責任がある者については,損害額の1割を差し引くものとされている。
右査定方法によれば,乗務員の精勤手当,賞与については,被告会社における査定結果がこれに反映するものとなっていることを認めることができ,他方,被告会社作成の事故,苦情等の処分歴に関する資料(<証拠略>)によれば,平成5年以降,原告松木らには,別紙(五)ないし(九)苦情,事故,処分等一覧表のとおりの処分歴があることを認めることができる。
(二) そこで,原告松木らと組合員以外の乗務員との精勤手当及び賞与の格差が右処分歴によって合理的に説明できるものであるかどうかについて検討を加える。
まず,原告松木については,処分がなされたのは平成2年から平成4年ころに集中し,平成2年と平成4年には,各1回の出勤停止7日という処分を受けているが,その後は,処分もなく苦情すらないにもかかわらず,平成7年から平成11年にかけて,毎年精勤手当及び賞与について,昭和47年入社の非組合員との間に相当の格差があることが認められる。
原告松村は,平成元年から平成3年にかけて,遅刻,早発,免許証不携帯などの初歩的なミスがあることが認められるが,その後は平成11年に,ガソリン不足によって降車地手前で停車したというミスがあったものの,その間は苦情等もない。それにもかかわらず,精勤手当の支給割合は,いずれの年度も比較対照の従業員より低いし,賞与も平成11年度を除き,低額となっている。
原告松下末宏については,平成2年,平成3年から平成7年にかけて,就業中に寝込んだために欠便を生じさせたり,酒気帯び運転で検挙され出勤停止処分等を受けたことは認められるが,平成8年以降は事故等は起こしておらず,平成10年に1度欠勤したのみである。それにもかかわらず,原告松下末宏の精勤手当の支給割合は,平成7年から平成11年にかけて,35.4パーセントないし38.3パーセントと,原告松木ら,組合員の中でも最も低く抑えられ続けてきている。賞与についても,毎年格差がつけられている。
原告道方については,平成8年,平成11年には,寝坊による遅刻,欠勤などはあるものの,それらのミス等がない平成7年度においても精勤手当の支給割合や賞与の額が低く抑えられている。
他方,原告佐藤については,平成2年には,出勤停止を2回を(ママ)受け,その内容は酒気を帯びていたため乗務を禁止されたというような組合活動とは関係がないものであるし,その後も,飲酒運転によって人身事故を惹起したり,接触事故を数回起こし,また,乗務車両を損傷することがはなはだ多く,苦情や問題行動が多いことが認められ,それでも比較的問題行動が少なかった平成10年ころには,精勤手当の支給割合も上昇するなどの対応関係も見られ,精勤手当や賞与について他の従業員と格差があっても不自然であるとまではいえないし,別紙(九)苦情,事故,処分等一覧表記載の苦情内容等に照らし,平素の勤務成績においても,低く査定されてもやむを得ないといわざるを得ない。
以上,検討したとおり,原告松木らについては,処分等の存在しない年度については,精勤手当及び賞与の支給額,支給割合とが対応していたといえないことは明白である。また原告松木らが処分を受けた年度については,その処分事由によっては,低い査定がされてもやむを得ないと思量されるものの,各原告についての具体的な査定の結果については明らかでなく,処分事由との関連が具体的に明らかにされていないうえ,同じ原告について,他の年度に合理的でない査定がなされていることを考慮すれば,結局全体として,その原告について,合理的な査定がなされたと推認することはできない。さらに賞与については,別紙(五)ないし(九)苦情,事故,処分等一覧表,別紙(一二)賞与比較一覧表,別紙(一四)ないし(一八)個人別比較一覧表によれば,賞与については,その支給合計額においては,原告松木らの中で比較しても,処分歴の多寡との対応関係は窺われず,この点も,合理的な査定がされたとの推認を妨げる。加えて,原告松木らの能力及び実績については,これを具体的に明らかにする資料はなく,原告松木らが,能力や実績において劣っていたと認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから,精勤手当及び賞与につき格差が生じたのは査定の結果であるとの被告らの主張は,原告佐藤を除き,これを採用することはできない。
右事情に,前記認定のとおり,被告山田が,組合員に対する評価を厳格に行うことをかつて表明していたこと,平成8年に別件訴訟で被告会社の行為を不当労働行為と認定して組合及び組合員らの請求を一部認容した後も,右のとおり,精勤手当及び賞与について処分及び苦情等の存在とは無関係に組合員らに対する支給額を低く抑えてきたことによれば,被告会社が精勤手当及び賞与の支給額を低く抑えてきたのは,被告山田が組合を嫌悪し,その組合員に経済的不利益を与えることによって,組合の弱体化を企図したものと考えるのが相当であり,被告会社の行為は,労働組合法7条1号,3号の不当労働行為に該当するというべきである。
(三) なお,原告佐藤に関しては,他の原告らについて不当労働行為が認められることからすれば,同原告に対する査定も,不当労働行為意思をもって行われた可能性がないではないものの,その勤務成績からすると,前述のとおり低く査定されてもやむを得ないものであるから,精勤手当については,未だ,その賃金格差が不当労働行為意思によるものとまでは認めることができない。ただし,賞与については,前記査定方法からみて,過去の査定を引き継ぐものとはなっていないところ,平成10年のものについてみれば査定期間として合理的に推認し得る平成9年12月から平成10年12月までの間は,苦情,事故,処分のいずれも存在しなかったから,同年度分については,その格差が不当労働行為意思に基づくものと認めることができる。
4 被告らの責任の有無
前記認定のとおり,被告山田は,不当労働行為として,原告佐藤を除く原告松木らの賃金を低く抑えてきたものであり,その行為は,違法であり,不法行為をも構成する。そこで,被告会社は,その代表取締役である被告山田がその職務を行うにつき故意になした不法行為による損害について,商法261条3項,78条2項,民法44条によって責任を負うというべきであり,また,被告山田も,商法266条ノ3第1項により,被告会社と連帯して,損害賠償責任を負う。
三 争点(三)(損害賠償請求権の放棄)について
1 被告らは,本件協定書及び本件覚書によって成立した和解によって,原告松木らが,被告会社との間で発生した一連の労使紛争を全面的に解決するものとされたのであるから,本件訴訟において請求している賃金差額に相当する損害賠償請求については原告らは請求権を放棄しており,請求をなし得ない旨主張する。
本件協定書2項には,「本件事件に関する乙及び丙らの損失填補に係る解決金として弐阡壱百万円を平成10年8月5日限り支払う。」とされ,同4項には,「乙及び丙らは甲に対し,本件事件に関しては,他に何らの金員請求をしないものとし,甲と乙及び丙らは本件事件に関して,本協定書の各条項に定める以外に何らの債権債務のないことを相互に確認する。」とされているのに対し,本件覚書には「甲と乙は,平成10年8月5日付甲と乙らの協定書は1990年以降甲,乙間に発生した一連の労使紛争を全面的に解決するものとして締結したことを確認する。」とされていること,被告山田は,覚書(二)と題する書面についても,同様に協定化しようとしたところ,組合執行委員長によって,本件協定書及び本件覚書の中にも当然含まれる常識的な問題であるから,と説明されて協定化しないことになったことが認められる(<証拠略>)。
ところで,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 大阪府地方労働委員会は,組合が申立人,被告会社が被申立人である同労働委員会平成2年(不)第21号,平成3年(不)第1号,同第16号事件につき,平成4年3月31日付けで,平成2年3月17日から同年11月5日にかけて組合員に対する担当車両を変更し,かつ収入を減少させたこと,年次有給休暇を利用して街頭宣伝活動を行った組合員に対し,自宅待機処分等とし,さらに賃金カットを行ったこと,平成2年夏季一時金が平成元年夏季一時金よりも大幅に減額したこと,平成3年4月の定期昇給において,組合員を不利益に取り扱ったこと等について,いずれも不当労働行為であると判断し,被告会社に対し,自宅待機処分期間につき控除された賃金の支払や,平成元年と平成2年の夏季賞与の差額の支払,定期昇給につき,非組合員との支給率の差額の支払を命じた。
また,同労働委員会は,同じ当事者間における同労働委員会平成3年(不)第34号事件につき,平成5年8月18日付けで,被告会社が,原告松木を平成3年6月18日に市営業所整備課へ配置転換し,観光業務に従事させなかったことが不当労働行為であると判断し,被告会社に対して右配置転換がなかったものとして取り扱うこと,原告松木が観光業務に従事していれば得たであろう収入相当額の支払等を命じた。
(2) 被告会社は,右両命令をいずれも不服として中央労働委員会に対して再審査を申し立てた。そして,中央労働委員会は,平成9年12月17日付けで,大阪地(ママ)方労働委員会平成2年(不)第21号,平成3年(不)第1号,同第16号事件を初審命令とする,中央労働委員会平成4年(不再)第15号事件(以下「15号事件」という。)につき,再審査申立てを棄却する旨の命令を発令した。また,中央労働委員会は,平成10年1月21日付けで,大阪府地方労働委員会平成3年(不)第34号事件を初審命令とする,中央労働委員会平成5年(不再)第36号事件(以下「36号事件」という。)において,原告松木が整備課への配置転換を命じられていた期間(平成3年6月18日から同年9月9日まで)における得べかりし収入の差額の支払額を明らかにし,同月10日に運転業務に戻されて以降も,従前と比較すると観光業務に従事する回数が減少していることから,原告松木を他の従業員と区別することなく観光業務を主体とする業務に従事させることを命じることとし,初審命令の主文を変更するものではあったが,被告会社が組合に対して不当労働行為を行ったとの判断については変更はなかった。
(3) 被告会社は,平成10年2月27日ころ,東京地方裁判所に対し,中央労働委員会を被告として,右15事件及び36事件につき不当労働行為救済命令取消請求訴訟を提起し,第1回口頭弁論期日が同年5月29日に指定された(東京地方裁判所平成10年(行ウ)第40号,同第41号)。
(4) その間,組合は被告会社に対し団交を申し入れ,同年4月24日,組合は「協定書」と題する書面(<証拠略>)において,和解案を被告会社に提案した。同書面には,「1990年以降発生した一連の労使紛争が下記のとう(ママ)り解決をみたので」と和解の趣旨が記載され,和解条件としては,被告会社が謝罪の意思を表明し,全従業員の賃金体系や労働条件等を明らかにし,賃金査定を公平に行い組合所属を理由に差別を行わないこと,賃金等の損害保障は,中央労働委員会の命令に従って1500万円を支払うこと,一連の労使紛争を解決するに当たり,組合に対する解決金として2700万円を支払うことなどが挙げられていた。右解決金の内訳は,弁護士費用500万円,慰謝料として組合に300万円,個人は,100万円(9人),50万円(4人),30万円(1人)をそれぞれ支払う,関連した労働組合への謝礼,争議解決報告集会に要する費用などが計上されていた(ただし,内訳の明細書が,被告山田の要求によって提出されたのか否かについては争いがある。)。右各命令によって,被告会社が支払を命じられた金額の総額は,約1500万円であった。
(5) その後,被告会社は,「協定書」と題する書面において和解案を組合に提出した(<証拠略>)。同協定書には,被告会社が解決金として平成10年6月30日限り,2100万円を支払うこと,組合及び組合員らは,理由,名目の如何を問わず他に何らの金員請求をしないものとし,被告会社と組合及び組合員らは,同協定書の各条項を定める以外に何らの債権債務のないことを相互に確認する,との清算条項が含まれていたが,組合に対する謝罪等については一切触れていなかった。
(6) 東京地方裁判所における第1回口頭弁論期日が終了し,第2回口頭弁論期日が同年7月18日に指定された。しかし,被告会社が一切謝罪を認めようとしなかったことから,和解交渉の継続は困難なものとなった。
和解交渉が一旦は決裂しかけたが,同月13日,被告会社の代理人を務めていた弁護士清水伸郎が,別途本件協定書(<証拠略>)を和解案として組合に提案した。同書面における和解案は,被告会社が東京地方裁判所に係属している同裁判所平成10年(行ウ)第40号,同第41号事件を取り下げ,組合及び組合員らは,次項の金員の支払を条件として,これに同意すること,被告会社は,組合及び組合員らに対して,本件事件に関する組合及び組合員らの損失補填に係る解決金として2100万円を平成10年8月5日限り支払うこと,清算条項についても本件事件に関しては,との限定が付される,という内容であった。また,被告会社は,別途,本件覚書を送付しておいた。
(7) 平成10年8月5日,大阪市住之江区所在のホテルにおいて,被告会社関係者として被告山田,牧岡正和,柳田民雄と,組合関係者として,原告松下末宏,原告松村,組合員松村明雄,自交総連大阪地方連合会の執行委員長伊東幸一(以下「伊東」という。),書記長権田正良(以下「権田」という。)及び法規対策部長の乾好生が出席して,和解の交渉が行われた。組合員らは,予め本件協定書及び本件覚書に押印して持参したのであるが,被告山田が,右協定書には本件事件に関して,と限定が付されていることに異議があるとして和解に応じなかったため,一旦,和解の話合いは決裂した。
そこで,権田,伊東,被告山田が協議し,権田より「港に入ってから船を割るようなことは避けるべきである。」との発言がなされ,和解に向けての交渉が再開された。
被告山田は,同日,覚書(二)も持参していたが,同書面については,伊東らから,覚書(二)は本件協定書及び本件覚書の中に含まれる常識的な文面であるので,改めて手交しないとの回答がなされ,その旨,同書面にも記載を施され,敢えて調印はされなかった。
和解成立後,被告山田は,持参してきた2100万円の小切手を伊東らに交付し,同日付けの領収書を受領した(<証拠略>)。
(三) 以上に鑑みるに,本件協定書及び本件覚書の締結は当時存在した紛争を全面的に解決するために締結したということはできるが,当時顕在していない紛争を含めて右締結時における一切の債権を放棄し,債権債務が存在しないことまで確認したとはいえないものである。
したがって,本件協定書による和解によって,原告らが労働債権を全て放棄した旨の被告らの主張は採用できない。
四 争点(四)(消滅時効)について
被告らは,本訴提起日(平成11年12月21日)までに既に3年を経過している請求権,即ち,平成8年12月20日までに発生した損害分について,時効を援用する。
これに対し,原告松木らは,永岡が加入したことによって,同期入社であるにもかかわらず,何年にもわたって賃金差別が生じていたことが判明したのであり,それ以前については,平成3年4月の定期昇給を除いては,被告らの組合嫌悪ぶりから賃金差別の存在を疑いはしても,これを明らかにするための資料を被告らが一切開示しなかったため,損害賠償請求を可能とする程度に損害を知ることは到底不可能であった旨主張する。
しかしながら,民法724条における「損害ヲ知リタル」とは,不法行為により損害が発生した事実を知ることであり,損害の程度,数額を知ることは要しない。
原告松木らは,別件訴訟において,被告会社によって平成3年4月の定期昇給及び平成2年,平成3年の賞与について差別を受けたと主張し,かつ,平成8年4月30日付け準備書面等において,被告会社による不当労働行為が継続していることを主張していたのであり,被告会社と組合及び組合員の激しい対立関係に鑑みれば,その後も原告松木らにおいても被告会社及び被告山田による不当労働行為が継続していることを認識していたのであるから,定期昇給及び賞与の支給の都度,なお原告松木らに対する差別が継続し,格差が生じていることは認識していたと認めるのが相当である。
そして,本件において不法行為となるのは,被告会社が毎年の定期昇給の査定時において原告松木らの職務遂行能力,勤務成績等に基づかずに低く精勤手当の昇給額を抑えることを決定し,毎月の賃金支払時期において,それに基づく賃金を支払い,差額相当の損害を発生させたこと及び賞与の支給において同様に非組合員と差別して低額の賞与のみ支給することによって差額相当の損害を発生させたことが不法行為となるのであるから,賃金及び賞与の支給の都度,その消滅時効が進行することとなる。他方,損害の発生を必然的に伴う事態の発生を知れば,損害の発生を知ったことになるとの被告らの主張については,不法行為における損害賠償請求権の消滅時効は,当該不法行為がなされて初めて進行し得るのであって,消滅時効は各月の賃金の支払及び賞与の支給行為の都度進行するのであるから,採用することができない。
右によれば,平成8年12月20日までに支払期日が到来した不法行為に基づく損害賠償請求権,即ち平成8年11月分までの精勤手当については,消滅時効が完成したというべきである。
原告松木らは,平成12年12月13日付け準備書面において,精勤手当についての損害賠償請求につき請求の拡張をしており,さらに賞与における格差については新たに損害として請求するに至っている。そして,明示的な一部請求でない場合には,当初訴状において請求した債権の全部に時効中断の効力が生じるというべきであるが,それは,当該請求と訴訟物を同じくする範囲に限られるところ,不法行為における訴訟物は被侵害利益毎に異なるものであるから,賞与については,右準備書面による請求がされる前日までに支払期日が到来してから3年が経過したものについては消滅時効が完成している。
五 争点(二)(5)(損害の存否)について
1 精勤手当及び賞与の差額相当損害金について
(一) 原告松木らは,被告らによる賃金差別によって生じた損害を,同期又は直近の次期入社の非組合員らの平均との差額としている。
被告会社における乗務員の人数は,60人前後にとどまり,原告松木らが比較対照となし得た非組合員の人数は,1人ないし4名と限られており(別紙(一四)ないし(一七)個人別比較一覧表参照),比較対照者の個性が大きく反映されることは避けられず,その全てを直ちに原告松木らが組合員であることによる差別を受けなければ得るべき賃金相当額であると認めるには躊躇せざるを得ない。そして,別紙(一一)精勤手当比較一覧表によっても,原告松木の比較対照者である昭和47年入社の非組合員の精勤手当の平均はやや突出した額となっており,比較対照者の1人である前川憲彦は職組の発起人の1人でその委員長も務めていた者であって,精勤手当の決定において,勤務成績以外の要素が考慮された可能性を否定できない(弁論の全趣旨)。また,昭和48年入社の非組合員の精勤手当の平均もやや突出しており,右と同様の理由により比較対照者とするのは相当ではない。そこで,原告松木については,昭和54年入社の非組合員の精勤手当割合に従うこととし,少なくともその平均基本給の59.7パーセントは,精勤手当として支給を受けることができたものと認める。したがって,原告松木の賃金相当損害額の算定に当たっては,平成8年は146万2590円,平成9年は148万2410円,平成10年は148万9574円,平成11年は141万9815円との差額について考慮することとなる。その他の原告松村,同松下末宏,同道方の比較対照者となっている非組合員に関しては,通常の精勤手当の年功序列的な推移から逸脱しているとは認められないから,それら比較対照者との差額を損害と認める。
他方,平成10年の夏季・冬季の賞与の支給金額については,基本給に対する支給率で比較すると,組合所属の別によって異なることが認められることは前述のとおりであり,原告松木らは,少なくとも,比較対照者のうち,最も支給支給率が低い者(ただし,昭和47年入社の非組合員を除く。)と同じ支給率(4.61)を1か月当たりの基本給に乗じて得られる賞与額については,支給を受け得たものと認められるから,かかる方法によって得られたあるべき賞与額と現実の賞与額の差額を損害と認める。さらに,平成11年の夏季・冬季の賞与については,集団的格差は認められないものの原告松木については,苦情,事故,処分のいずれもないにもかかわらず平成10年の1か月当たりの基本給に対する支給率が約1.469と低く抑えられていることが認められる。そこで,比較対照者(ただし,昭和47年入社の非組合員を除く。)のうち,最も支給支給率が低い者と同じ支給率(1.697)を基本給に乗じた額との差額を損害と認める。
前記認定によれば,原告佐藤を除く原告の時効完成後の期間における賃金格差及び原告佐藤の平成10年の夏季・冬季賞与の格差は,不当労働行為によるものと認められるから,右に検討した賃金差額相当額を損害と認めることができる。
(二) 右の結果,精勤手当については,平成8年は12月分のみ,その後は,精勤手当の差額相当額が損害となるが,平成8年12月分の精勤手当については,それまでは毎年4月に昇給していることによれば,少なくとも,平成8年の精勤手当の総支給額の差額の12分の1には相当するものと認められる。また,平成11年4月には,定期昇給が行われていないことによれば,同年9月分までの賃金及びその一部の精勤手当については,少なくとも前年度における精勤手当の総支給額に相当する手当を受給することができたと認めることができるので,平成11年1月ないし9月までの精勤手当については,平成10年の精勤手当の9か月分に相当する額を賃金相当損害金とする。
賞与については,右の方法によって算出した原告松木らの平成10年夏季・冬季の賞与及び原告松木の平成11年夏季・冬季の賞与総額の差額をもって損害とする。なお,原告松木の平成11年賞与差額相当損害金についても,平成10年の基本給を基礎として算出すると,損害額は4万8062円となる。
(三) 以上により,原告松木らに生じた損害は,別紙(一)損害賠償請求認容額一覧表の「精勤手当・賞与認容額」欄記載のとおりであり,これらについて,被告らは,連帯して,損害を賠償する責任を負う。なお,遅延損害金との関係上,毎年4月ないし翌年3月を1年度とする合計額を算定しているが,本件における証拠関係では,各年の1月から12月の1年間の合計額と,各原告らの平成11年1月ないし10月までの賃金に関してのみ明確な資料があるため,本来であれば,毎年4月に昇給しているのであるが,少なくとも,定期昇給のあった平成10年末までは,毎月の差額は各年毎の合計額を12で除した金額によって算出した金額を超えないから,計算を可能にするため,平成10年度までは各年毎の1か月の平均差額を合計した金額に相当する損害が,各年度毎に発生したものとして,算出した結果が別紙(一)損害賠償請求認容額一覧表の精勤手当・賞与認容額欄(1)ないし(4)である。よって,同欄の(1)ないし(4)に対応する遅延損害金については,被告らは,連帯して,それぞれ同欄の(1)記載の損害金については平成9年4月1日から,(2)記載の損害金については,平成10年4月1日から,(3)記載の損害金については,平成11年4月1日から,(4)の損害金については,平成11年10月1日から,それぞれ支払済みまで,年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
2 慰謝料について
前記認定の事実によれば,被告会社が行った違法な賃金(精勤手当及び賞与)差別という不当労働行為は,組合結成以降,堅固に継続している被告山田の不当労働行為意思に基づくもので,原告松木らがこの不当労働行為によって精神的損害を被ったことは容易に推測されるところである。そこで,前記認定の諸般の事情を考慮し,原告松木らに対する慰謝料を原告佐藤を除き各10万円,原告佐藤については,2万円と認める。
よって,被告らは,連帯して,原告松木,同松下末宏,同松村,同道方に対しては各10万円,同佐藤については2万円とこれに対する平成11年12月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
3 弁護士費用について
弁護士費用については,弁論の全趣旨により,右(一)及び(二)の損害金合計額の約1割に相当する金額についてこれを認めるのが相当である。よって,被告らは,連帯して,別紙(一)損害賠償請求認容額一覧表の「弁護士費用」欄記載の金額とこれに対する弁済期後である平成11年12月30日以降支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
第五結論
以上により,原告らの被告会社に対する未払賃金請求はいずれも理由があるからこれを認容し,原告松木らの被告らに対する損害賠償請求は,第四の五項記載の限度で認容し,その余は理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 川畑公美 裁判官 西森みゆき)
別紙(一) 損害賠償請求認容額一覧表
<省略>