大阪地方裁判所 平成11年(ワ)14019号 判決 2000年12月18日
原告
サンケイ開発株式会社
右代表者代表取締役
寒川久芳
同訴訟代理人弁護士
角源三
冨田浩也
被告
全日本建設交運一般労働組合関西支部
右代表者執行委員長
平岡義幸
被告
杉井哲夫
右両名訴訟代理人弁護士
徳井義幸
杉島幸生
河村学
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自五〇〇万円及びこれに対する平成一二年一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、ゴルフ場を経営する会社である原告が、全日本運輸一般労働組合(全日本建設交運一般労働組合の前身)の宣伝活動及び看板、旗の設置行為により、名誉及び信用を侵害されたとして、被告全日本建設交運一般労働組合関西支部及びその組合員で右宣伝活動等に参加した被告杉井哲夫に対し、不法行為に基づき、損害賠償(慰謝料)を求めた事案である。
二 前提事実(当事者間に争いのない事実等)
1 当事者
(一) 原告は、兵庫県氷上郡氷上町において「ひかみカントリークラブ」(以下「本件ゴルフ場」という)の名称にてゴルフ場を経営する株式会社である。
(二) 平成一〇年八月、本件ゴルフ場に勤務するキャディ一三名は、全日本運輸一般労働組合(以下「運輸一般」という)の関西地区生コン支部に組合加盟し、北六甲分会ひかみカントリー班(以下「ひかみカントリー班」という)を結成した。そして、右支部は、平成一一年九月、運輸一般が他組合と合同したことから、全日本建設交運一般労働組合関西生コン支部となり、同年一〇月、さらに同組合の他の地域支部と合同して、現在の被告(全日本建設交運一般労働組合関西支部。以下「被告組合」という)となった。
(三) 被告杉井哲夫(以下「被告杉井」という)は、平成一〇年九月当時、運輸一般関西地区生コン支部所属の組合員であり、北六甲分会の役員だった者で、現在は被告組合北六甲分会分会長である。
2 ひかみカントリー班及び運輸一般と原告との間では、平成一〇年八月一一日、二六日、同年九月一〇日の三回にわたり、団体交渉がもたれた。その中心的議題は、キャディの賃金引き上げ及び一時金の支給であったが、原告がいずれの要求に対しても応じることはできないとの対応に終始したことから、運輸一般は、三回目の団体交渉の席で、団体交渉の決裂を宣言し、その後、その関西生コン支部において、次項に記載する宣伝活動等(以下「本件宣伝活動等」という)を実施するに至った。
3 被告杉井及び運輸一般関西生コン支部の組合員(以下、被告杉井を含め、単に「組合員ら」という)による宣伝活動等
(一) 平成一〇年九月二一日から同月三〇日までの間、組合員らは、別紙宣伝活動等状況一覧表記載の日時及び組合員数でもって、本件ゴルフ場の営業時間中に、敷地内のクラブハウス付近で拡声器を使用するなどして(ただし、第三回及び第四回については拡声器を用いての宣伝活動は行われなかった)、以下のような発言をした。
(1) 具体的事実の摘示を行うもの(以下「本件発言一」という。なお、<3><4>の発言は拡声器を用いてなされたものではない)
<1> キャディ事務所に監視カメラを設置する、そのような異様なことを日常的に行ってきた会社です。
<2> キャディさんの更衣室に隠しカメラを取り付ける、そして、更衣室の窓にはカーテンを取り付けない、こういうことが長い間続きました。
<3> 客の風呂にもカメラつけとんのちゃうんか。
<4> それ(<3>を指す)ちょっと言うたれ、客の風呂気ぃつけえて。
<5> 盗聴器をつけるような姑息な真似をやめろ。
<6> 近寄ったら危ないで、暴力振るわれるかもわからん。
<7> あのぉ、近づかないようにね、あのぉ近づきよったら、暴力振るわれたら困りますから。
<8> 暴力行為は止めて下さいよ。暴力行為は止めて下さいよ。私たちはねぇ、あのぉ、暴力行為は絶対に受けて立ちませんからねぇ。
<9> 武石さん、どつかれんといて下さい。すぐ暴力振るいよるから。暴力だけはもう、気付けてくださいよぉ。武石さん、暴力はもうだめですよ。私たちは、会社の業務妨害はしておりませんし、会社の暴力に私たちはもう怖がっていますから。
<10> そのことに抗議すると、暴力事件まで引き起こす。そのような悪質極まりない、サンケイ開発、ひかみカントリー、寒川社長です。私たちは、そのような労働組合を認めない、人を人として認めないような行為については断固屈することなく姿勢が改まるまで…。
<11> キャディさんの更衣室にカーテン一つ付けて欲しいという要求に対しても、まともに答えようとしない。
<12> ひかみカントリーは、キャディさんの更衣室にカーテンを付けよ。
(2) 具体的事実の摘示は伴わないもの(以下「本件発言二」といい、本件発言一と併せて「本件発言」という)
<1> この悪辣な、このひかみカントリー寒川社長。
<2> 働く仲間の権利も守らない、人権をも無視するひかみカントリークラブ。
<3> キャディさんに対してそのような仕打ちをする、人間を人間として扱え。
<4> ひかみカントリークラブ寒川常務は、労働者を人間として扱いなさい。
<5> ひかみカントリークラブは人間として従業員を扱え。
<6> 寒川社長は労働者を人間として扱え。
<7> 労働者を人間として扱え。
<8> 組合潰しをやめろ。
<9> 人権を無視したひかみカントリークラブ。
<10> 働く仲間の権利を無視し続ける。
<11> 大変お騒がせしております。今日ゴルフに来られているお客のみなさん。私たち全日本運輸一般労働組合です。私たちは、今、会社がとってる、人を人として扱わない、このような態度に、態度が改まるまで、私たちは、合法的、憲法、法律に基づいた手段を講じて、会社の態度が変わるまで私たちはねばり強く続けます。
<12> ひかみカントリー寒川社長は、労働者を人間として扱え。
<13> この労働者を労働者と思わない、キャディさんたちを虫けら同然に扱う、このようなひかみカントリーの寒川社長に対して大きな抗議の声をお寄せ頂きたいと思います。
<14> ひかみカントリーは、労働者を人間として扱え。
<15> ひかみカントリー寒川久芳社長、労働者を人間として扱え。
<16> この悪辣なひかみカントリー寒川常務、寒川社長に対する抗議宣伝行動の部隊です。
<17> このようなひかみカントリーの悪辣な、そして労働者を労働者と認めない、虫けら同然に扱うような、このひかみカントリー寒川社長に対して抗議行動、行使して宣伝活動をするのは労働組合としては当たり前の行為ではないでしょうか。
(3) 被告杉井は、拡声器を用いた演説がなされた七回の宣伝活動のうち四回参加し、その演説において、(1)<2>、(2)<1><7><8><16>の発言を行った。
(二) 組合員らは、右宣伝活動と併行して、平成一〇年九月二一日から同月二五日の間に、本件ゴルフ場周辺に約五五枚の立て看板の設置を行った。
看板の記載内容は「ひかみカントリーは誠意ある交渉を行え」「ひかみカントリーは一時金を支払え」「ひかみカントリー寒川社長は従業員を公平に扱え」「ひかみカントリーは労働者の要求にまじめにこたえよ!」というものであった。
また、同年一〇月及び平成一一年四月には、組合員らは、ゴルフ場への進入路脇に新たな看板及び旗の設置を行い、本件提訴時において、ゴルフ場進入路脇等に看板が約一六枚、旗二五本が設置されたままとなっていた。
三 原告の主張
1 原告の名誉及び信用を毀損する不法行為
(一) 組合員らによる本件宣伝活動等は、原告の名誉及び信用を毀損する行為である。
(二) 組合員らは、別紙宣伝活動等状況一覧表記載のとおりの日時及び組合員数等で、本件ゴルフ場の営業時間中に合計九回にわたり、宣伝車等の車両数台に分乗して本件ゴルフ場敷地内に無断で立ち入り、クラブハウス付近に車両を駐車させて、拡声器等を使用して大音声で長時間にわたり演説を繰り返した(ただし、第三回、第四回については拡声器を用いた演説はなされなかった)。
被告杉井は、運輸一般のひかみカントリー班担当者として、これら一連の宣伝活動等を指揮していた。また、自らも九回の宣伝活動中五回参加し、演説を行っていた。
(三) 本件発言一<1>ないし<5>、<11>、<12>は、原告がキャディ事務所に監視カメラを設置する、あるいはキャディ更衣室にカーテンを取り付けないなどといった具体的事実を摘示して、また、同<6>ないし<10>は、原告が本件ゴルフ場において理由なき暴力を行おうとしていることを強調することによって、いずれも原告の社会的評価を低下させる内容であった。本件発言二<1>ないし<17>は、具体的事実の摘示はないものの、原告が労働者の権利を無視し、労働者を人間として扱わない悪辣な会社であるとの内容で、それ自体で原告の社会的評価を低下させる内容であり、本件発言は、原告の名誉、信用を毀損するものである。
(四) 立て看板の設置等
立て看板等の設置は、原告に対する抗議行動として、本件発言による宣伝活動と一体のものとして行われた。看板に記載された内容自体は、直ちに原告の名誉、信用を毀損するということはできないとしても、立て看板はその設置枚数、設置状況の異様さと相俟って本件ゴルフ場において何か異変が起きているとの客の注意を惹き、本件発言の内容が話題にのぼり、本件発言が客の間で広まっていくという効果や、本件発言内容を忘れにくくするという効果があるものである。
(五) 正当な組合活動の正否について
(1) 労働組合が、自らの要求を使用者に強要するための手段として使用者の名誉を毀損する行為は、正当な組合活動の範囲を逸脱しているといわざるを得ないのであって、本件発言は正当な組合活動として違法性が阻却されるという被告両名の主張は、主張自体失当である。
(2) 本件発言一の内容が真実に反することについて
原告が本件ゴルフ場のキャディ事務所(控え室)に監視カメラを設置していた事実、キャディ更衣室に隠しカメラも取り付けていた事実、客の風呂にカメラが設置されていた事実、盗聴器を付けた事実はなく、キャディの更衣室の窓にカーテンは取り付けてあった。また、本件発言一<6>ないし<10>がなされた当時、原告の役員及び従業員等が運輸一般組合員に対して暴力を振るおうとしていた事実はない。
(3) 本件発言一の内容が真実であると信ずるにつき相当な理由、根拠はないことについて
本件発言一<1>ないし<5>については、組合員らがこれを真実であると信じる相当な理由や根拠はない。同<6>ないし<10>については、被告らは過去の暴力行為を持ち出しているが(その真偽はともかくとして)、右発言は、発言当時において暴力を振るおうとしているとの内容であり、過去の暴力事件は、相当な理由又は根拠となり得ない。同<11>及び<12>については、被告らは、キャディ室と更衣室が別々にあったことを認識したうえで、あえてキャディ室(なお、キャディ室にはレースのカーテンが取り付けてあった)ではなく、実際にはカーテンが付いていたキャディ更衣室にカーテンがない状態だったと発言しており、右発言にも相当な理由や根拠はない。
(4) 本件発言二が論評の域を逸脱していることについて
被告が、本件発言二が正当な組合活動にあたる根拠として主張する事由は、いずれも事実ではない。
すなわち、本件宣伝活動等が行われた当時、原告は有給休暇も含めて、キャディの労働条件に関して労働基準法上の問題はなかった。
また、原告が運輸一般との間で不誠実な団体交渉を行った事実はない。
以上のとおり、被告らが本件発言二を行う前提として主張する事実自体根拠はないのであって、原告に対する反感、敵意からの揶揄誹謗に過ぎず、論評の域を逸脱するものである。
(5) 本件発言の目的及び動機
本件発言は、運輸一般が賃金引き上げ、一時金支給要求を原告に強要するための手段として行われたものである。すなわち、組合員らは、本件ゴルフ場のクラブハウスの至近距離において、拡声器を用いて大音声で本件発言を含む宣伝活動を行うことによって本件ゴルフ場の営業を妨害し、また、原告の名誉信用を毀損する発言を行いながら、寒川常務に対して会社の回答を変えるつもりがあるのかと何度も詰め寄り、原告の回答を変えさせようとしていたのであって、その目的は原告の非を世間に訴えるというものではなかったのである。
(6) 本件宣伝活動等の態様及びこれにより原告が被った損害について
組合員らは本件ゴルフ場で九回にわたり宣伝活動を行ったが、全てゴルフ場の営業時間中に抗議行動が行われており、現に多くのプレー客が本件ゴルフ場に滞在し、ゴルフプレー等を行っていたときになされた。
本件発言のうち、拡声器を用いて行われたものについては、ゴルフ場にいる客全員に聞こえるものであったし、それ以外の発言も、少なくともその付近にいた客には聞こえるものであった。
本件発言は、拡声器を用いて反復して行われたものであるほか、ゴルフ場周辺の看板の設置とほぼ同時に行われたことにより、前述の、本件ゴルフ場において何か異変が起きているとの客の注意を惹き、一旦聞いた本件発言の内容を忘れにくくする効果が生じており、現実に本件発言を聞いた客以外の人々にまでその内容が広がり、忘れられにくい状況となっているのであって、その態様は悪質である。
本件発言は、原告の名誉、信用を毀損するばかりでなく、本件ゴルフ場の雰囲気、グレード等を直接低下させるものである。また、現にプレー客から、うるさい、本当に隠しカメラがつけられているのか、恥ずかしくてお客さんを連れていけない等のクレームが多数寄せられ、プレー客の予約のキャンセルまで出たし、隠しカメラ等の発言は、本件ゴルフ場が女性客から嫌われる原因になった。
さらに、本件発言以降、本件ゴルフ場の来場者数は、一割程度(三〇〇〇人から四〇〇〇人)減少し、売上もそれに対応して三〇〇〇万から四〇〇〇万円減少した。
2 責任
運輸一般関西地区生コン支部は、その所属組合員が業務の執行にあたって原告の名誉及び信用を違法に侵害したことに基づき不法行為責任を負い、被告組合は、右支部の権利義務を包括的に承継したものとして、運輸一般の損害賠償義務を承継している。
被告杉井は、組合員による一連の違法行為を指揮し、また、自らも事実に反する発言を行った者として、不法行為責任を負う。
3 損害
原告は、本件宣伝活動等により、自己の名誉及び信用を著しく段損されて損害を被ったが、その損害は五〇〇万円を下らない。
四 被告両名の主張
1 被告杉井らの宣伝活動について
被告杉井が宣伝活動に参加したのは、実際に宣伝活動が行われた七回中四回である。
本件宣伝活動等の指揮者は執行委員の堀井実であって、被告杉井ではない。
2 組合員らの宣伝活動等の正当性
組合員らが行った宣伝活動は、次のとおり、労働組合を敵視し、その要求に不誠実な対応をとり続ける原告に対して自らの要求の正当性を表明し、他の従業員及びプレー客に対しての協力を求めてなされたものであり、公共の利害に関する事実に関わる、公益目的に基づくものであって、正当な組合活動である。
(一) ひかみカントリー班結成前及びその後の状況について
(1) 平成八年にひかみカントリー支部が結成される前のキャディの労働実態は、キャディの本来の業務ではない管理作業(グリーンの目土入れ、草抜き、ゴルフ練習場のボール拾い等の作業)をキャディにのみ従事させ、休憩時間も充分に与えず、年次休暇も認めず、就業規則に規定のある賞与及び諸手当を支払わないなど、「虫けら」同然の扱いだった。また、昭和五二年ごろ、キャディ室内での組合結成に関する会話が原告社長に筒抜けになったこともあり、キャディ室内の会話が盗聴されているという疑念もこの頃から生じていた。
(2) その後、キャディらは、平成八年二月、全国一般労働組合兵庫県地方本部(以下「全国一般」という)に加入し、ひかみカントリー支部を結成したが、原告は同支部を嫌悪し、嫌がらせや不誠実な団体交渉を繰り返し、同支部による労働条件改善要求に対しても、まともに応えようとはしなかった。原告は、組合員の会話や、組合員の動静について、右支部の了解も得ずに録音テープやビデオテープを回したりし、他方、同年、原告に有利な就業規則をひかみカントリー支部との協議もせずに労働基準署に提出するなど、組合無視の態度をとり続けた。
平成八年四月二八日には、原告の労務担当者が組合員二名に対して直接暴力を振るい、うち一名には全治一か月の第二助軟骨骨折の傷害を負わせた。原告は、右暴行事件について一切謝罪することなく、その後被害組合員の日常生活を隠しカメラで撮影したり、原告の指定する病院の診断書を持ってこないという理由で同組合員を譴責処分にし、かつ一七か月間にわたってその就労を拒否するなどした。
その他、原告は、労務対策のため、新たな取締役を就任させるなどしており、組合敵視の対応は、原告経営者による組織的な方針であった。
そして、原告は、ひかみカントリー支部結成後、組合に対する支配介入、嫌がらせ及び団体交渉拒否の態度に終始し、組合員の労働条件については、これを牛馬のごとく扱うという態度を改めることはなかった。また、その中で組合員に対する隠しカメラによる監視や暴行行為などが原告の職制により行われたのであるが、これらの事実が本件宣伝活動等の遠因となっている。
(3) ひかみカントリー支部構成員一四名中一三名は、同支部を脱退して平成一〇年八月五日、運輸一般の関西地区生コン支部に組合加盟して、ひかみカントリー班を結成した。ひかみカントリー班結成後、運輸一般と原告との間では三回の団体交渉がもたれたが、団体交渉における原告の態度は、従前と同様形式的なものであり、一時金等のキャディ達の要求に対し、一切応じないばかりか、一時金の支給要求等に応じられない実質的な根拠、理由の開示や、説明もせず、団体交渉を通じて問題を解決しようとの姿勢が全く欠如しているものだった。
(二) 本件宣伝活動等について
(1) 本件発言一<3>について
本件発言一<3>の内容は、原告が客の風呂へカメラを設置しているのではないかというものであるが、本件発言一<3>は、発言者が他の組合員に対して話した雑談にすぎず、そもそも運輸一般関西地区生コン支部としての組織的になされた宣伝活動ではない。また、拡声器を使っての発言でもなく、その場には宣伝活動に参加した組合員とそれに対応する原告の関係者しかいなかったのであり、公然性を欠くものである。また、発言内容も推測を述べたにとどまり、事実を摘示したものとはいえないのであって、名誉毀損行為とはいえないものである。
(2) 本件宣伝活動等が、正当な組合活動であることについて
原告は、被告杉井らが行った宣伝活動が、正当な組合活動の範囲を逸脱している旨主張するが、右主張は、労働組合活動における宣伝行為の重要性、すなわちそれが表現の自由の根幹をなすものであることはもとより、憲法上保障されている労働組合による団体交渉権を実効あるものにするための武器の根幹をなすものであることを無視したものである。労働組合が行う宣伝活動は、組合活動にとって不可欠のものであり、その正当性については、結果的に名誉、信用を毀損する場合であっても、諸般の事情を総合考慮する必要があるのであって、宣伝活動によって使用者の社会的信用が低下することがあってもそれだけで組合活動としての正当性が否定されるものではない。
ア 動機について
本件宣伝活動等は、一時金の支給を中心とする要求を掲げるとともに、労働組合との交渉をまともに行おうとしない原告に対して抗議の意思を表明し、第三者に対しては、その内容を説明して理解と支援を求めるものであり、その動機は労働組合の要求実現に尽きるものである。
イ 態様について
クラブハウス前の宣伝活動は、八日間(延べ九回)であり、そのうち平成一〇年九月二二日及び同月二四日の二回については、クラブハウス前での街宣車を用いた宣伝活動はしていない。各回の宣伝活動は一〇分から五三分という短時間であり、宣伝態様も拡声器を用いて演説するといったものであるし、音量も必要十分な音量に調節されていた。
ウ 内容について
宣伝車を用いてなされた六日間の宣伝活動のうち、原告が具体的事実の摘示であると問題視しているのは、同年九月二一日及び同月二六日の二日間のみである。その中で、組合員らは、主として労働条件の改善と原告の不誠実な団体交渉態度を批判しているのであり、原告が問題とする内容は、宣伝活動のごく一部にすぎない。
そして、原告がキャディに一時金を支給しなかったこと及びひかみカントリー支部が結成された平成八年二月以降、一時金の支給を求めて団体交渉が重ねられ、団体交渉の場において原告が一時金を支給できない具体的な事情を述べず、何ら資料を提出しなかったことは事実であって、本件発言の大部分は真実性が明らかである。
エ 事実摘示部分は、真実ないし真実であると信ずる相応の根拠があることについて
本件発言一の事実摘示部分に関しては、次のとおり、全て真実ないし真実であると信ずるにつき相当の理由があるものである。
<1> 監視カメラ、盗聴器の設置に関して(本件発言一<1>、<2>、<5>)
前述のとおり、原告は、これまで組合員であるキャディらの組合活動をビデオテープ撮影するなどして監視を続けたり、組合員の日常生活を密かに写真撮影するなどしてきた。また、キャディ室の配線工事が行われた後、キャディ室の電話に雑音が入るようになり、キャディらが電話の音がおかしいと指摘するとすぐに雑音がなくなるということが続いていた。そのため、本件ゴルフ場では、労使関係が緊張状態にあり、キャディらは常に原告に監視されたり、盗聴されているのではないかと不安を感じている。監視カメラ、盗聴器に関する被告杉井の発言は、キャディらの不安を慮ってなされたものであり、当初から組合が発言を予定していたものではない。また、全く根拠のない発言ではない。
労働組合が、虚偽であることを認識しながら、いたずらに使用者に打撃を与えることを目的として、執拗に虚偽発言を繰り返していた場合であればともかく、本件で被告らが監視カメラ等の発言をしたのは、平成一〇年九月二一日の午前中の宣伝活動の中で二度だけのことであり、盗聴器に関する発言は、一回のシュプレヒコールだけであるし、被告杉井は事実確認できないことをキャディから知らされるや、直ちにこれらの発言を止めている。
労働組合が、その労働条件の向上と原告の不誠実な態度を批判する中で、ほんの二度ほど、<1>、<2>、<5>のような発言をしたからというだけで、それを聞いた第三者が実際に会社が監視カメラや盗聴器を設置していると考えることはほとんどあり得ず、この発言自体により社会的信用が著しく毀損されるものではないのであって、損害賠償を命じるべき高度の違法性が存在するとはいえない。
<2> 原告に暴力行為が存在したとの発言について(本件発言一<6>ないし<10>)
平成八年四月二八日、就業規則の改変をめぐる紛争に端を発して、前述の暴行事件があり、原告は、自らが指定する病院の診断書を提出しないという理由で、右キャディの就労を拒否し、賃金を支払わなかった。
右発言は、この事実に基づくものであって、かかる事実の存在を指摘して会社の姿勢を批判し改善を求めることや、宣伝活動に参加している他の労働者に注意を促すことは正当な組合活動である。
<3> キャディの更衣室にカーテンを取り付けないとの発言について(本件発言一<11>、<12>)
平成九年年末ころ、キャディらは、汚れたキャディ室のカーテンを取り外してクリーニングをしてほしいと原告従業員であるキャディマスターに要請したが、それから平成一〇年八月の団体交渉でキャディらが問題にするまでカーテンが取り付けられず、キャディらはカーテンのない部屋で着替えをするなどしなければならなかった。
確かに、本件宣伝活動の時点では、カーテンは取り付けられており、更衣室ではなく、キャディ室のことではあるが、キャディ室には鍵がかけられており自由に出入りはできず、また更衣室はコースと離れていたため、キャディらは通常キャディ室で更衣をしていたのであるから、被告らがこれをキャディ更衣室と表現しても問題はない。
そして、八か月以上にわたり、キャディらの要請にもかかわらずキャディ室にカーテンが取り付けられなかったのは事実であるから、それを非難する組合員らの言論は正当なものである。
エ 本件発言二に関して
原告が問題とする、本件発言二の侮辱的発言は、概ね<1>原告は、キャディらを人間として扱え、<2>人権を無視するひかみカントリークラブ、<3>悪辣なひかみカントリー寒川社長、などであるが、いずれも組合員らの原告ないし原告責任者である寒川社長に対する論評である。原告の団体交渉における不誠実な態度や、暴力事件に対する反省もしない原告の姿勢を批判するのに、右のような言葉を使用したとしても、それは批判・論評の範囲内のことであって、正当な組合活動である。
オ 立て看板について
組合員らが設置した立て看板の内容は、<1>ひかみカントリーは誠意ある交渉を行え、<2>ひかみカントリーは一時金を支払え、<3>ひかみカントリー寒川社長は従業員を公平に扱え、<4>ひかみカントリーは労働者の要求に真面目にこたえよ、というものである。これらの表現は、労働組合としての当然の要求や主張であり、何ら非難されるべきものではない。
(3) 本件宣伝活動等が原告に与えた影響について
本件宣伝活動は、労働組合の要求実現のために、正当な手段、態様でなされたものであり、原告の経営に何らの不当な悪影響も与えていない。
五 争点
1 本件宣伝活動等が、名誉毀損行為に該当するか否か
2 本件宣伝活動等が、正当な労働組合活動の範囲内であるか否か
第三当裁判所の判断
一 証拠(略)及び弁論の全趣旨に前記前提事実を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 本件宣伝活動等
(一) 宣伝活動
本件ゴルフ場は、一八ホール、パー七二、六七〇〇ヤードというレベルのゴルフ場であって、いわゆるコースのほか、パッティング練習場や、打ちっ放しの練習場を併せ有し、クラブハウスにパッティング練習場が隣接している。組合員らによる宣伝活動は、以下のとおり、平成一〇年九月二一日から同月三〇日にかけて、九回にわたって行われた。その態様は、ほぼ、本件ゴルフ場の営業時間中に、組合員らが宣伝車ないしは乗用車に分乗して敷地内に進入し、クラブハウス付近に車両を駐車させ、宣伝車や携帯式の拡声器等を使用するというものであった(なお、別紙宣伝活動等状況一覧表のうち第三回及び第四回は、車両が本件ゴルフ場に進入はしたものの、拡声器を用いての宣伝活動は行われなかった)。なお、原告においても携帯拡声器を使用して組合員ら退去を通告していた。
組合員の中には、腕に赤い腕章を着用していた者もいた。宣伝文に関しては、事前に「ひかみカントリー宣伝例」(書証略)が作成され、後述の録音テープの内容は、ほぼ右宣伝例に従っていたものの、その他の宣伝活動の際の発言は、必ずしも右宣伝例のとおりではなかった。
(1) 平成一〇年九月二一日午前一一時四〇分から午後零時二〇分まで(第一回)
参加者は、被告杉井、運輸一般執行委員堀井実(以下「堀井」という)を含む一四名であり、被告杉井が宣伝車の拡声器を用いて「この悪辣な、このひかみカントリー寒川社長に対する抗議の声をお寄せいただきますことを重ねてお願いする次第です」(本件発言二<1>)と発言し、別の組合員が「キャディ事務所に監視カメラ等を設置する、そのような異様なことを日常的に行ってきた会社です」(同一<1>)、「働く仲間の権利も守らない、人権をも無視するひかみカントリークラブに対して抗議行動を行っている次第です」等(同二<2>、<3>)と発言し、さらに被告杉井が「ひかみカントリー寒川常務は、労働者を人間として扱いなさい」「キャディさんの更衣室に隠しカメラを取り付ける、そして、更衣室の窓にはカーテンを取り付けない、こういうことが長い間続きました」(同二<4>、同一<2>)などと発言した。これを受けて他の組合員が大声で「客の風呂にもカメラつけとんのちゃうんか」「それちょっと言うたれ、客の風呂気いつけぇて」と、拡声器は通さずに言った(同一<3>、<4>)。その後、被告杉井と他の組合員が拡声器を用いて音頭をとり、「ひかみカントリークラブは、人間として従業員を扱え」「寒川社長は労働者を人間として扱え」「盗聴器をつけるような姑息な真似を止めろ」等(同一<5>、同二<5>ないし<8>)とシュプレヒコールをした。
最後に、組合員が拡声器を用いて「人権を無視したこのひかみカントリークラブのこの対応に対して本当に頑張って頂きたいと思います」等と発言して演説は終了した(同二<9><10>)。
なお、この間、常務取締役寒川健二(以下「寒川常務」という)は拡声器を用いて組合員らに対して退去を求めていた。
(2) 同日午後二時四八分から午後二時五八分まで(第二回)
参加者は、被告杉井を含む七名であり、拡声器を用いて退去を求めている寒川常務に対して、被告杉井以外の組合員が、自家用車内から「近寄ったらあぶないで、暴力振るわれるかもわからん」(本件発言一<6>)と告げた。数名の組合員は、宣伝車に乗車し、その場に残った二人の組合員のうち一人が拡声器を用いて「あのぉ、あまり近づかないようにね、あのぉ、近づきよったら、暴力振るわれたら困りますから」(同一<7>)などと発言した。その後、寒川常務及び原告の取締役清水幸弘(以下「清水取締役」ともいう)が拡声器を用い、宣伝車から降車してその付近にいた組合員に対し、「営業妨害をしないでください。直ちに構外に退去してください」と呼びかけたところ、同組合員が、「誠実な団体交渉を早期に開催することを求めます。営業妨害はしていません」と反論した後、「暴力行為は止めて下さいよ。暴力行為は止めて下さいよ。私たちはねぇ、あのぉ、暴力行為は絶対に受けて立ちませんからねぇ」と言った(同一<8>)。さらに、一人の組合員が、「武石さん、どつかれんといて下さいよ。すぐ暴力振るいよるから」「私たちは、業務妨害はしておりませんし、会社の暴力に私たちはもう怖がっていますから」など(同一<9>)の発言を拡声器を用いて行った。
(3) 同月二二日午後二時四八分から午後二時五八分まで
参加者は組合員三名であったが、暴風雨のため、宣伝車による宣伝活動は行わなかった。
(4) 同月二四日午前一〇時四〇分から午前一〇時五五分まで
参加者は被告杉井を含む七名であったが、宣伝車による宣伝活動は行わなかった。
(5) 同月二六日午前七時二〇分から午前八時五三分まで
参加者は、堀井を含む一二名であるが、被告杉井は参加せず、堀井が率先して、宣伝車の拡声器を用いて、「そのこと(キャディに対し、キャディ以外の従業員の同意を得て変更した就業規則を適用したことを指す)に抗議をすると、暴力事件まで引き起こす。そのような悪質極まりない、サンケイ開発、ひかみカントリー、寒川社長です」など(本件発言一<10>、同二<11>)の外、キャディの賞与の支給要求に応じない原告社長らの態度を非難する発言をした。また、他の組合員が「キャディさんの更衣室にカーテンひとつ付けて欲しいという要求に対してまともに答ようとしない」、「不誠実な態度、なんとか変えさして」などと発言し(同一<11>)、さらに宣伝車の拡声器を用いて音頭をとり、「ひかみカントリーは、キャディの更衣室にカーテンを付けよ」(同二<12>)などとシュプレヒコールを行い、さらに堀井が音頭をとって「ひかみカントリー寒川社長は、労働者を人間として扱え」など(同二<12>)とシュプレヒコールをした。
(6) 同月二七日午前七時四五分から午前八時一八分まで
参加者は、被告杉井を含む一四名だった。プレー客が組合員らに対して抗議をすると、組合員が「私たちは決して皆様方の邪魔をする気はありません。あのー、抗議があるならば是非とも会社の方に抗議をお願いしたいと思います」などと応対し、さらにプレー客に呼びかける形で「この労働者を労働者と思わない、キャディさんたちを虫けら同然に扱う、このようなひかみカントリーの寒川社長に対して大きな抗議の声をお寄せいただきたいと思います」(同二<13>)と発言した。最後に、堀井が音頭をとって「ひかみカントリーは、労働者を人間として扱え」(同二<14>)などのシュプレヒコールがなされた。
(7) 同月二八日午後零時五分から午後零時二九分まで
参加者は、被告杉井を含む五名だった。始めに、キャディと思われる女性の声を録音したテープを宣伝車の拡声器で流し、その中で、本件発言二<15>の発言をした。その後、被告杉井が、プレー客に呼びかける形で宣伝車の拡声器を用いて演説を行い、最後に「この悪辣なひかみカントリー、寒川常務、寒川社長に対する抗議宣伝行動の部隊です」(本件発言二<16>)との発言をした。
(8) 同月二九日午前一〇時三四分から午前一一時四分まで
参加者は一五名であり、被告杉井は参加していなかった。始めに、キャディと思われる女性の声を録音したテープを宣伝車の拡声器で流し、終了後、堀井がプレー客に呼びかける形でキャディの賞与の支給及び定年延長要求に関して演説し、本件発言二<17>の発言をした。
(9) 同月三〇日午前一〇時一七分から午前一〇時四四分まで
参加者は五名であったが、被告杉井は参加していなかった。
(二) 立て看板の設置など
運輸一般は、平成一〇年九月二一日から同月二五日にかけて、立て看板約五五枚を設置した。設置場所は、プレー客の本件ゴルフ場への来場経路、福知山線柏原駅周辺、寒川常務自宅付近などであり、形状は縦九〇センチメートル、横六〇センチメートルのものと、縦一八〇センチメートル、横九〇センチメートルのものがあり、「ひかみカントリーは誠意ある交渉を行え」「ひかみカントリー寒川社長は従業員を公平に扱え」「ひかみカントリーは一時金を支払え」というものであった。
運輸一般は、同年一〇月以降も「ひかみカントリー 従業員を公平に扱え!!」、「ひかみ カントリーは 誠意ある 交渉を行え」などと記載された新たな看板約一三枚を本件ゴルフ場進入路沿い等に設置した。平成一一年四月七日には、組合員らが、「キャディにもボーナスを払え」、「誠意ある団体交渉を行え」、「従業員を公平に扱え」などと記載された旗三〇本を本件ゴルフ場の進入路の沿道に設置してある看板の間に設置した。
2 宣伝活動の指揮者について
宣伝活動の責任者は、基本的には堀井、堀井が欠席した場合は被告杉井とされており、実際の宣伝活動の場でも両名が主として宣伝活動を指揮していたが、その活動中、組合員らと寒川常務等の原告関係者とが対峙した際には、被告杉井が、寒川常務に接近して話しかけるなど、より積極的に行動していた。
3 ひかみカントリー班結成前及びその後の状況について
(一) 平成八年二月一六日、本件ゴルフ場に勤務するキャディ二四名は、全国一般ひかみカントリー支部を結成した。同支部結成まで、キャディらはキャディ業務以外に管理作業への従事を指示され、年次有給休暇も付与されず、出来高払い賃金制であるのに保障給が支払われていなかった。また、休日出勤日の賃金が平日の賃金を下回っていたほか、時間外労働に対する割増賃金が支払われておらず、賞与の支給もなく賃金の増額改正も他の職種の従業員が年一回実施されているのに、キャディに対しては二年に一回のみであった。同月二九日以降、全国一般ないしはひかみカントリー支部と原告との間で団体交渉がもたれたが、第一回団体交渉は、途中で寒川常務の知人と称して清水幸弘が酔って団体交渉会場に乱入したため中断されてしまい、その後、同人は原告の取締役に就任し、第二回団体交渉以降、原告側代表として出席するようになった。さらに、原告側の対応に不満を感じた全国一般の要請に基づき、西脇労働基準監督署が原告に立ち入り調査し、労働基準法違反について改善を勧告するなどした結果、原告はキャディの年次有給休暇を認め、時間外手当も過去二年分について支給するなどの措置をとった。また、キャディ業務に従事しなかった場合でも、保障給が支給されるようになった。
さらに、団体交渉の手続についても合意が整わなかったため、全国一般が地方労働委員会にあっせんの申立てをするなどした。
原告は、ひかみカントリー支部結成後、組合員の組合活動をビデオで撮影するなどした。
平成八年三月ごろ、原告は就業規則案を同支部に提示し、組合員以外の従業員を労働者代表とし、その同意を取り付けて同年四月一五日付けで就業規則を変更した。
右就業規則の変更により、同年八月ごろまで、祝祭日におけるキャディの始業時間は午前七時二〇分と規定されたが、キャディらはこれに反対して変更後の就業規則に従うことを拒否し、従前通り午前八時からの就労を主張していた。同月二八日午前七時三五分ころ、寒川常務等がキャディ室に来て午前七時二〇分からの就労を指示し、午前八時からの就労を主張するキャディとの間で押し問答となった。午前八時になって、キャディらが仕事に就くためキャディ室を出ようとしたところ、足立部長、寒川常務等が出口におり、日原恵(以下「日原」という)が足立部長の左側を通り抜けようとした際に、日原が加療一か月を要する右第二助軟骨骨折の傷害を負う事件が発生した。原告は、日原が提出した診断書を受け付けず、他の病院での受診を指示し、日原がこれに応じないと、そのことを理由に同人を譴責処分に処して就労を拒否したため、日原が原告を債務者として地位確認及び賃金の仮払命令等を求める仮処分を申し立て、仮払を一部認める決定がなされたが、その決定の中で、足立部長が日原に対して故意に暴行を加えたことが認定された。また、この事件に関しては、刑事事件の捜査も開始されたが、事件として起訴等には至らなかった。右決定後も、原告が右傷害事件について明確に謝罪したことはなかった。
他方、原告及び寒川常務は、組合員が原告代表者及び非組合員従業員の自宅に押し掛けるなどしたことを理由に、全国一般、ひかみカントリー班及び組合員らに対し、業務妨害禁止等及び面談禁止等を求める仮処分の申立てをし、平成九年四月一八日に和解が成立した。その和解条項において、全国一般らは原告の役員及び社員の自宅に赴き、面談を求めるなどの行為をしないこと、団体交渉は原則として二時間以内に終了すること、深夜に及ぶ団体交渉は行わないこと、団体交渉委員は双方五名以内とすることなどが合意され、それ以降は右和解条項に沿う形で団体交渉が行われた。
団体交渉は合計一四回に及んだが、キャディの賞与の支給及び昇給等に関する話し合いは進展しなかった。
(二) 平成一〇年八月五日、キャディ一三名は、一時金、昇給に関する労使交渉が進展しなかったため、全国一般を脱退し、運輸一般に加入し、ひかみカントリー班を結成した。また、同日付けで要求書(書証略)を原告に送付し、組合事務所の設置、組合活動のための電話の使用、昇給、一時金の支給、定年延長、キャディ室の改善等の要求事項を挙げた。同月一一日に第一回団体交渉が行われ、団体交渉の交渉委員は、原告側が寒川常務、清水取締役(ひかみカントリー支部結成後、入社)、取締役谷本二郎、支配人足立、キャディマスター久下忠雄の五名、組合側は、副委員長福田定雄、堀井、分会長白井克己(二回目以降は欠席)のほか、組合員二名であり、組織部長被告杉井は、二回目以降参加した。第一回団体交渉の際、原告側は、組合側の要求は意見としては聞くと言いながら、概ね、組合事務所の設置は金銭的場所的余裕がなく無理である、電話の使用はプレー客への対応が主となるため、認める余裕がない、賃金引き上げについては、兵庫県最低賃金を保障しておりこれ以上の賃金引き上げは無理であること、一時金に関してはキャディは他の従業員とは賃金体系が異なるため支給する意思はないこと、退職金の増額は会社経営を脅かすものであること、定年を六〇歳から引き上げることは仕事の性質上困難であること、キャディ室の改善については平成八年に改造したから必要がないとして、いずれの要求にも応じられないとの趣旨の回答書を読み上げた。原告は、第一回団体交渉の際に読み上げた回答書と概ね同じ内容の回答書を同月二〇日付けで組合側に送付したが、その回答書(書証略)ではいずれの要求に対しても応じる意思はないとの回答がなされた。その後、同月二六日、同月九月一〇日の二回、団体交渉が行われ、組合側は他のゴルフクラブではキャディも一時金が支給されていることなどを取り上げたが、原告側ではキャディについては入社以来出来高払いの賃金体系をとってきており、一時金を支給する意思はない旨回答し、その他の要求についても、法律に則った対応をしており、変更する意思はないとの回答をした。しかし、原告側が組合の要求に応じることのできない具体的理由は示さず、従来通りの説明に終始したことから、組合側は原告側に歩み寄りの姿勢が見られないと判断し、同月一六日に団体交渉は決裂し、今後争議権を行使する旨を通告して(書証略)、前記宣伝活動を実施するに至った。
二 争点1(名誉毀損行為該当性)について
1 本件発言について
本件発言一は、(一)宣伝活動時に原告関係者が暴力を振るおうとしたこと(本件発言一<6>ないし<10>)、(二)キャディの更衣室にカーテンを取り付けなかったこと(本件発言一<2><11><12>より)、(三)キャディ室への監視カメラ、盗聴器の設置(本件発言一<1><2><5>より)(四)客の浴室へのカメラの設置(本件発言一<3><4>)といった具体的事実を摘示してなされたものであり、いずれの発言も、ゴルフ場というその物的、人的設備のグレード、雰囲気、快適さ等の無形的要素が重要視される施設を経営する原告にとっては、その社会的評価を低下せしめ得る内容であるというべきである。また、本件発言二も、原告が労働者の人権を無視しているという、原告の従業員に対する対応やその体質に対する意見や論評であり、その表現が必ずしも穏当とはいえないことから、原告の対外的な社会的評価の低下を生ぜしめ得るものとして、形式的には名誉又は信用を毀損する行為に該当するものである。
なお、被告らは、本件発言一<3>について、公然性を欠くと主張するが、右発言は、閉鎖されていないクラブハウス前という空間において、原告関係者が多数いる所において、大声でなされたものであるから、公然性があることは否定できない。
2 立て看板、旗の設置について
立て看板及び旗に記載された内容は、いずれも原告が労働組合の要求に誠実に対応していないことを推測させる内容であって、これを形式的にみれば、原告の名誉、信用を毀損する行為に該当するということができる。
三 争点2(正当な組合活動か否か)について
1 労働組合の表現活動について
本件宣伝活動等は、いわゆる情宣活動と言われるものであり、組合活動における表現活動の一つである。このような表現活動においては労使の激しい対立を背景に時として、使用者の名誉や信用を侵害する表現活動がなされることもあるが、労働組合の表現活動が組合の団結権保障の重要な要素であることに鑑みれば、労働組合による組合活動との関係では、使用者の名誉、信用等の利益も一定程度制約を受けることもやむを得ないところである。したがって、労働組合の組合活動としての表現活動によって使用者の名誉や信用が毀損された場合にあっては、当該表現活動において摘示されたり、その前提とされた事実が真実であると証明された場合、あるいは真実と信じる相当の理由がある場合はもちろん、表現自体の相当性、表現活動の動機、態様、影響など一切の事情を考慮し、その結果、正当な組合活動として社会通念上許容された範囲内のものであると判断される場合には、行為の違法性を欠き、不法行為とならないというべきである。
2 本件発言一について
(一) 本件発言一の真実性
本件発言一に摘示された事実のうち、(1)宣伝活動時に原告関係者が暴力を振るおうとしたこと、(2)キャディ室への監視カメラ、盗聴器を設置したこと、(3)客の浴室にカメラを設置したことについては、これらを真実と認めるに足りる証拠はない。
これに対し、キャディの更衣室にカーテンを取り付けなかったとの点については、証拠(略)によれば、キャディらは、クラブハウス一階のキャディ室で更衣を行っていたが、平成九年一二月末に洗濯のため、そのカーテンが取り外された後、キャディの要求にもかかわらず、団体交渉が持たれた平成一〇年八月下旬まで取り付けられなかった(ただし、レースのカーテンは取り付けられていた)ことが認められ、これによれば、キャディ室のカーテンが長期間にわたって取り付けられなかったのは事実であり、宣伝文の中で「更衣室」と言っているのは正確にはキャディ室であったとしても、実際にキャディらがキャディ室で更衣をしていたのであるから、あえて虚偽の事実の宣伝というほどのものではない。
(二) 真実と信じる相当の理由の有無
そこで、右の真実と認めることができない各事実について、組合員らにこれを真実と信じる相当の理由があったか否かについて検討する。
まず、原告関係者が暴力を振るおうとしたことについては、過去に組合員が原告の関係者から暴力を受けたという事実があったとしても、宣伝活動時においては、原告の関係者に粗暴な行動があった訳ではなく、原告関係者が暴力を振るうと信じる相当の理由があったとすることはできない。
また、監視カメラ及び盗聴器の設置については、証拠(略)によれば、本件宣伝活動の打ち合わせの際、被告杉井に対して、キャディから、<1>組合員らが宣伝活動を行う際には、原告関係者が車に乗車して尾行し、宣伝活動の様子をビデオカメラで撮影するなどしていた、<2>週一回のキャディの朝礼の際には、平成八年四月二九日以降、テープレコーダーでその様子を録音するようになり、日原の日常生活の様子をビデオカメラで撮影するなどしたことがあった、<3>キャディらが、電話に雑音が入るようになったり、キャディらが電話の調子がおかしいと言うと、雑音がなくなるということがあったり、キャディ室の窓際にある電話コードの通る穴が、原告から何の説明もなく大きくなっていたことがあったなどと話がされ、さらにこれらの事情から隠しカメラや盗聴器でもつけられているのではないかと話が発展し、これを受けて被告杉井が本件発言一<1>のような発言をするに至ったことが認められるが、右<1>ないし<3>のいずれもキャディ室に監視カメラや盗聴マイクが設置された根拠としては薄弱であって単なる推測の域を出ないもので、これをもって被告杉井がキャディ室に監視カメラや盗聴マイクが設置されたと信じる相当の理由があったということはできない。
客の浴室にカメラを設置したとの事実については、前記認定のとおり、被告杉井のキャディの更衣室に隠しカメラを設置しているとの発言を受けて、他の組合員が発言したものであって、単なる憶測であることは、発言自体からも明らかであり、これを真実と信じる相当性を認めることができない。
(三) 組合活動としての相当性
そこで、組合員らの右宣伝活動が組合活動として社会通念上許容される範囲内のものであるか否かについて検討する。
まず、暴力を振るうとの発言は、クラブハウス前で組合員らが本件発言を行い、これに対抗して原告の寒川常務や清水取締役などが組合員らに退去を求める中でされたもので、牽制的なものであり、表現も過去の事実を述べたものではなく、これから振るおうとしているかのように述べるに過ぎないものである。
また、キャディ室の監視カメラや盗聴マイクについては、全体で約四時間に及ぶ宣伝活動の中で、時間にして約一〇分間の内に、二回ばかりされた発言であるが、キャディ室という顧客の出入りが予定されていない部屋に関する事柄であり、キャディから事実が確認されていないと指摘されてその後は発言をしていないことが認められる。
本件発言は、拡声器を用いて営業時間中に行われているものの、ゴルフ場の広さからみて、その影響があるのはクラブハウスとこれに隣接するパッティング練習場であって、いわゆるコースにおいて行われるプレーには殆ど影響を及ぼすものではなく、現実に顧客のプレーに影響が出たという事実は立証されていない。
さらに、客の浴室にカメラを設置しているという発言に関しては、その内容は営業に直接影響を及ぼしかねない事柄であるものの、その表現形式自体、「客の風呂にもカメラつけとんのとちゃうんか」という憶測であることを示すもので、大声で言われたものではあるが、拡声器によるものではなく、付近に原告関係者はいたものの、顧客がいたわけでもなく、回数もただ一回限りのものであったことからすれば、これによって予想される社会的評価の低下は微々たるものに止まる。
なお、原告は、右発言によって、客から本当に隠しカメラがつけられているのかといったクレームが寄せられ、プレー客のキャンセルが生じたと主張し、(人証略)はこれに沿う供述をするが、右認定の発言の態様からみて右供述を採用することはできない。また、原告は、本件宣伝活動等によって、顧客が一割程度減少した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
そして、労働組合の宣伝活動の相当性については、労使間の緊張関係の深刻さや労使双方の団体交渉に対する対応等と無関係に判断することはできないものであるところ、前記認定のとおり、原告はひかみカントリー支部が結成されたころから、キャディの一時金支給等の要求に対し、一四回に及ぶ団体交渉においても、これを拒否するだけで、その納得しうる根拠を示さず、その後、キャディらが運輸一般に移って後の団体交渉を経ても、なお従前と変わらぬ態度をとり続けた。そのため、組合員らが本件宣伝活動等をするに至ったものである。そして、その間、平成八年二月の団体交渉において清水が交渉会場に乱入したり、同年八月には、組合員であるキャディに対する暴力事件も発生したことがあったし、右のような原告の団体交渉における対応については、これを誠実ということはできない。このような原告と組合員らとの長期間に及ぶ労使交渉の経緯、そして、これに対する原告の誠実といえない態度に照らせば、組合員らが原告に対する不信感を強め、対決色を濃くしたことは、あながち不当として責めることはできない。
以上を総合すれば、前記宣伝活動は、摘示した事実が真実でなく、また、真実であると判断したことについて軽率な点があったとしても、九回の宣伝活動で行われた発言の中では、ごく僅かであり、その表現自体や表現の態様が、断定的なものでなく、または単なる口頭によるものであったり、宣伝活動中のわずかな時間ないし回数のものであるし、発言目的も、その内容から見て、殊更営業妨害や嫌がらせを目的にしたものとまではいえず、営業に及ぼす影響も少なく、これによる原告の社会評価に対する影響も殆どない程度のものであるから、右の原告の団体交渉等に対する誠実とはいえない対応をも考慮すれば、組合員らの行為は、社会通念上からみても、未だ、正当な組合活動の範囲内の行為と認めることができる。
3 本件発言二等について
本件発言二を整理すると、概ね(1)ひかみカントリークラブは従業員を人間として扱え、(2)寒川社長は労働者を人間として扱え、(3)悪辣なひかみカントリー寒川常務、(4)労働者を虫けら同然に扱うひかみカントリー寒川社長などといったものである。
ところで、組合員らによる右各発言は、原告による不誠実な団体交渉あるいは、暴力事件についての反省のなさ、といった態度に対する意見ないし論評としてなされたものであるところ、その表現はいささか扇情的で品がなく、また誇張されたものであるけれども、前記認定のとおり、原告の団体交渉における誠実といえない対応がその背景にあるということができるのであって、原告の団体交渉における態度のほか、(証拠略)により認められるキャディ室の利用状況やそのカーテンの件、更には、過去の組合員であるキャディに対する暴力事件を考慮すれば、未だ、正当な組合活動の範囲内に止まるというべきである。
4 立て看板及び旗の設置について
立て看板及び旗に記載された内容は、原告が労働組合の要求に誠実に対応していないことを推測せしめるものであるが、その記載は、いずれも労働組合が使用者に対して要求を行う常套文句というべきものであって、前述のとおり、原告の運輸一般との団体交渉については、誠実性を欠く点があったというべきであるから、本件発言を併せ考慮しても、なお組合活動の範囲内と認めることができる。
四 結論
以上により、原告の本件請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 川畑公美 裁判官 西森みゆき)
別紙(略)