大阪地方裁判所 平成11年(ワ)14038号 判決 2000年11月02日
原告
千原洋
被告
八木明美
ほか二名
主文
一 被告八木明美は、原告に対し、金三五六一万四八八七円及びこれに対する平成九年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告原浩一は、原告に対し、金三五六一万四八八七円及びこれに対する平成九年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告原忍は、原告に対し、金三五六一万四八八七円及びこれに対する平成九年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は被告らの負担とする。
六 この判決第一項ないし第三項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告八木明美は、原告に対し、金三七五二万七四三六円及びこれに対する平成九年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告原浩一は、原告に対し、金三七五二万七四三六円及びこれに対する平成九年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告原忍は、原告に対し、金三七五二万七四三六円及びこれに対する平成九年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、知人の運転する普通自動二輪車に同乗中、交通事故に遭って負傷した原告が、上記知人の相続人である被告らに対し民法七〇九条に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 原告(昭和五二年二月三日生)は、下記の交通事故(以下「本件交通事故」という。)により負傷した。
記
日時 平成九年一月二日午後四時五〇分ころ(乙第二号証添付交通事故証明書)
場所 兵庫県尼崎市東本町一丁目一番地先国道四三号線上
態様 訴外原謙治(以下「訴外原」という。)が、原告を同乗させて訴外山下満所有の普通自動二輪車(以下「本件自動二輪車」という。)を運転中、道路脇の道路柵に衝突したもの。
2 訴外原(昭和四三年九月一五日生)は、本件事故により、平成九年一月二日死亡し、訴外原の姉及び兄である被告らが、訴外原の法律上の地位を法定相続分に従い平等割合で相続した。
3 原告は、被告ら及び任意保険会社等から下記金員を受領した。
記
(一) 訴外住友海上火災保険株式会社(任意保険)から
治療費 一〇六万三五二〇円
入院雑費 一一万三六〇二円
装具代 二〇万〇三五八円
搭乗者傷害保険金 四四九万二五〇〇円
(二) 被告らから 一五〇万〇〇〇〇円
(三) 千代田火災海上保険株式会社(自賠責保険)から 一八八九万〇〇〇〇円
二 争点
被告らは、原告が、訴外原の高速による暴走運転を制止せずに漫然と放置したこと、訴外原が風邪による発熱と飲酒の影響により安全な運転を行い難い状態にあることを認識しながら本件自動二輪車に同乗したことから、本件交通事故の発生については、原告にも二割以上の過失があるとして過失相殺を主張するほか、後遺障害による逸失利益等の損害額についても争う。
第三争点に対する判断
一 訴外原の責任
乙第一号証、第二号証、被告八木明美本人、原告本人によれば、本件交通事故現場は、制限速度が時速四〇キロメートルに規制された平坦で見通しの良い片側五車線の舗装された道路であり、車道北側にある歩道との間には歩道柵が設置されていること、事故当時の天候は晴れで路面は乾燥していたこと、訴外原は、後部座席に原告を同乗させて本件自動二輪車を運転し、西から東に向かって緩やかな右カーブになった本件交通事故現場を進行中、上記歩道柵西端に本件自動二輪車を衝突させたこと、上記衝突地点の西側約八・五メートル地点には本件自動二輪車が急ブレーキを掛けたことにより後輪によって印象されたと認められる長さ約五・一メートルのスリップ痕があり、衝突地点西側車道上約一・八メートル地点に訴外原が、衝突地点東側車道上約五・六メートル地点に原告が、衝突地点東側歩道上約四四・七メートル地点に本件自動二輸車がそれぞれ転倒していたこと、上記本件自動二輪車の衝突後の滑走距離から、路面の摩擦係数を〇・五〇五ないし〇・五六五として本件自動二輪車の歩道柵衝突後速度を算出すると、時速約七五・七ないし八〇・一キロメートルとなり、同車の走行速度は上記速度に前記スリップ及び歩道柵衝突により消費したエネルギーを速度変換した数値を加算した速度となること、訴外原は、本件交通事故数日前から風邪を引いて発熱していたため風邪薬を服用しており、また、本件交通事故当日の昼ころ缶ビール一本を飲んだが、本件交通事故直前、実姉である被告八木明美宅を出発する際には、外見上、自動二輪車の運転に支障のある様子は見られなかったことの各事実を認めることができる。
以上の事実によれば、訴外原は、本件自動二輪車を運転するに際し、最高速度を遵守することはもちろん、安全な方法で通行・停止できるようハンドル及びブレーキ装置を適切に操作し、衝突、転倒等の事態を未然に防止すべき注意義務があったにもかかわらず、制限速度を大幅に上回る時速八〇キロメートル以上の速度で走行中、急制動をかけて車両の制御を失った過失により、本件自動二輪車を歩道柵に衝突せしめて本件交通事故を惹起したものと認めることができるから、民法七〇九条により、本件交通事故により生じた原告の損害を賠償する義務があったものであり、同人の地位を相続により包括的に承継した被告らも、原告に対し、損害賠償義務を負うというべきである。
二 損害額(括弧内は請求額)
1 治療費(一〇六万三五二〇円) 一〇六万三五二〇円
治療費については、上記金額が任意保険会社によって支払われたことにつき当事者間に争いがないから、同金額をもって、本件交通事故と相当因果関係のある治療費額であると認める。
2 装具費用(二〇万〇三五八円) 二〇万〇三五八円
甲第八号証、第一二号証、第一三号証、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件交通事故により、右大腿切断の傷害を負い、平成九年四月二八日ころ、義足製作等の費用として五五万五七四五円を要したことが認められ、同装具費用のうち、一部は国民健康保健の助成を受けることができ、本人負担分二〇万〇三五八円につき任意保険会社から支払いを受けたことについては当事者間に争いがない。よって、上記金額をもって、本件交通事故による装具費用相当の損害と認める。
3 入院雑費(一五万四七〇〇円) 一五万四七〇〇円
甲第八号証及び第九号証によれば、原告は、本件交通事故により、平成九年一月二日から同年四月三〇日までの一一九日間、入院治療を受けたことが認められ、上記入院期間中の雑費としては、一日当たり一三〇〇円が相当であるから、上記金額をもって入院雑費相当の損害と認める。
4 将来の装具代(六一一万三一九五円) 六七万五五四七円
日常歩行の用に供する義足については、その耐用年数を五年程度と見るのが相当であるから、義足の使用を開始した平成九年五月から、その平均余命五七・八五年の間に、一一回の交換を必要とするものと認められるところ、その一回当たりの購入に要する費用は、前記2記載のとおり二〇万〇三五八円であることが認められる。そこで、年五分の割合でライプニッツ方式により中間利息を控除して現価を算定すると、六七万五五四七円となる。
(計算式)
200,358×(0.7835+0.6139+0.4810+0.3768+0.2953+0.2313+0.1812+0.1420+0.1112+0.0872+0.0683)=675,547
5 休業損害(三八三万八五八八円) 三八三万八五八八円
甲第六号証及び原告本人によれば、原告は、高等学を卒業後、靴の販売員としての勤務を経て、本件交通事故当時は建築業を営む寺沢化成に勤務し、バルコニー、風呂場などの防水工事作業に従事し、平成八年度給与収入として三七九万六九七七円の年収があったこと、本件交通事故後、症状固定と診断された平成一〇年一月五日までの三六九日間は勤務することができず、その間全く給与の支給を受けなかったことが認められる。この間の休業損害三八三万八五八八円は、本件交通事故と相当因果関係のある損害と認める。
(計算式)
3,796,977×369÷365=3,838,588
6 逸失利益(九四二三万九四二八円) 九四二三万九四二八円
原告が本件交通事故当時得ていた前記年収に鑑みると、原告は、将来にわたって平成一〇年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者全年齢平均賃金五六九万六八〇〇円程度の収入を得ることができたものと認めることができるというべきところ、甲第五号証によれば、原告は、自動車保険料率算定会の事前認定により、一下肢をひざ関節以上で失ったものとして後遺障害等級四級五号と認定されたことが認められるから、前記症状固定日から四七年間の就労可能期間を通じて、その労働能力を九二パーセント喪失したものと認めるのが相当である。被告らは、原告が将来的には身体に負担を掛けないパソコン等の資格を取りたいと述べていることに基き、三年ないし五年程度経過した後は、上記後遺障害の存在にかかわらず相当程度の収入を得られる見込みがあるから労働能力喪失率を四五パーセント程度とすべきであると主張するが、回復する余地のない本件のような後遺障害の場合にかかる不確実な将来の見通しに基づいて労働能力喪失率を設定することは到底妥当とは言い難いから、被告らの主張は採用し得ない。
そこで、上記認定の基礎収入額、労働能力喪失期間及び喪失率に基き、年五分の割合でライプニッツ方式で中間利息を控除して現価を求めると、九四二三万九四二八円となる。
(計算式)
5,696,800×17.9810×0.92=94,239,428
7 慰謝料
(一) 入通院慰謝料(二七四万円) 二七四万円
甲第八号証、第九号証によれば、原告は本件交通事故で受傷したことにより、前記のとおり一一九日間入院した後、平成九年五月一日から平成一〇年一月五日までの二五〇日間の内、一五五日間通院して治療を受けたことが認められ、上記入通院期間に鑑みれば、原告の入通院慰謝料としては、請求どおり二七四万円が相当な金額であると認める。
(二) 後遺症慰謝料(一六〇〇万円) 一六〇〇万円
前記原告の後遺症の内容・程度に鑑みれば、原告の後遺症慰謝料として相当な金額は、請求どおり一六〇〇万円と認める。
以上損害額合計 一億一八九一万二一四一円
三 過失相殺
被告八木明美及び原告本人によれば、原告は、訴外原が兄の友人であったことから同人と知り合い、本件交通事故当時は、週に四、五日は一緒に酒を飲んだり遊びに行ったりするなどして親しくつき合いをしていたが、本件交通事故まで同人の運転する自動二輪車に同乗した経験はなかったこと、訴外原は原告よりもおよそ九歳年上であり、原告は訴外原から何かと親切にもしてもらっていたため、同人に対しては誘われると断り難い気持ちを持っていたこと、原告が本件自動二輪車に同乗したのは、近くのコンビニエンスストアに買い物に行く訴外原からたまたま誘われたことによるものであったこと、訴外原は、大晦日ころに帰省した際にはすでに風邪を引いていたため、本件交通事故の前日は早めに就寝しており、事故当日の朝起きてきたときには元気な様子であり、また、本件自動二輪車に原告を同乗させて出発する際には、昼食時に飲んだビールの影響も感じられなかったこと、被告八木明美は、本件交通事故後、入院中の原告から、事故当事の記憶としてスピードが出て怖かったとの話を聞いたことの各事実が認められる。上記の事実に鑑みると、前記認定のとおり、訴外原は、本件交通事故当時、後部座席に原告を同乗させた上、規制速度を毎時四〇キロメートル以上超過する時速八〇キロメートル以上の速度で本件自動二輪車を運転していたことが認められるが、訴外原がこのような高速で走行したことに関して、原告が積極的にこれを誘発したり助長したものとは考えにくい。また、原告は事故当時の状況についてほとんど記憶を失っているため、訴外原がどの程度の距離を高速で走行したのか、その間原告がそのような走行を制止しようとしたことがあったのかどうかは不明というほかないが、自動二輪車を運転走行中の者に対し後部座席に同乗している者が減速するよう求めたとしても、減速するかどうかは全く運転者の判断次第であり、同乗者には運転者を有効に制御する手立てがない以上、運転者に減速するように求めなかったからといって、直ちに同乗者が危険な運転を容認したものと評価して過失相殺するのは相当でないというべきである。また、本件交通事故の発生原因について、訴外原の風邪による体調不良や飲酒の影響があったと認めるに足る証拠はないし、仮にその影響があったとしても、本件交通事故当時、これらが運転に支障を及ぼしかねないことを、被告八木明美自身でさえ感じていなかったことに照らすと、原告が訴外原が運転することに危険性を感じなかったとしても、そのことをもって原告の落ち度と評価することはやはり相当でないというべきである。
以上の次第で、原告には損害額の算定に当たり過失相殺すべきほどの過失は認められないから、過失相殺は行わない。
四 損害の填捕
前記「争いのない事実等」記載三のとおり、原告が訴外住友海上火災保険株式会社(任意保険)から、治療費として一〇六万三五二〇円、入院雑費として一一万三六〇二円、装具代として二〇万〇三五八円、被告らから一五〇万円、千代田火災海上保険株式会社(自賠責保険)から一八八九万円の合計二一七六万七四八〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないから、これを前記損害額から控除すると、九七一四万四六六一円となる。
なお、被告は、任意保険会社から搭乗者傷害保険金として四四九万二五〇〇円が支払われたことを、慰謝料の算定に当たり考慮すべきであると主張するが、同保険金は、所定の保険金を支払う定額給付方式の傷害保険であり、保険代位の規定も存せず、損害填補のための保険とは性格を異にすることに加え、本件においては、訴外原は、実姉の夫が訴外山下満から預かり保管中であった本件自動二輪車を運転したものに過ぎず(被告八木明美)、当該保険料を負担していたわけでもないことが認められるから、慰謝料の算定に当たり、搭乗者傷害保険金の支払いがあったことを斟酌すべき合理的な理由は存しないというべきである。
五 弁護士費用(請求額一〇〇〇万円) 九七〇万円
上記認容額その他の事情に鑑みると、本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用としては九七〇万円が相当である。
損害額合計 一億〇六八四万四六六一円
六 結論
以上から、原告の請求は、被告ら三名に対し、上記損害額を法定相続分に従い三分して得られる各金三五六一万四八八七円及びこれに対する本件事故の日である平成九年一月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、右の限度で認容し、原告のその余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 福井健太)