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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)9420号 判決 2001年5月25日

大阪府茨木市<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

斎藤護

東京都中央区<以下省略>

被告

光陽トラスト株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

後藤次宏

主文

1  被告は,原告に対し,金1100万円及びこれに対する平成11年4月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その6を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,主文第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,1785万9333円及びこれに対する平成11年4月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案

本件は,商品取引員である被告との間で商品先物取引の委託契約を締結した原告が,同契約により損害を被ったのは,被告従業員らの不法行為によるものであるとして,被告に対し,後記損害及びこれに対する不法行為の後である平成11年4月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。

2  争いのない事実

(1)  当事者

原告は,平成11年3月16日ころ,a株式会社(以下「a社」という。)に勤務し,同年1月下旬ころからサンライズ貿易株式会社(以下「サンライズ貿易」という。)との間で商品先物取引を行っていた。

被告は,商品市場における売買取引及びその受託業務を行う株式会社(商品取引員)である。

(2)  原告は,平成11年3月16日に被告の従業員であるB(以下「B」という。)から電話により,とうもろこしの商品先物取引の勧誘を受け,同月17日に被告との間で商品先物取引の委託に関する契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(3)  原告は,本件契約に基づき,別紙取引経過一覧表記載のとおり商品先物取引を行った(以下「本件取引」という。)。

3  争点

(1)  被告の行為の違法性(争点1)

(原告の主張)

被告が原告に対して行った一連の行為は,全体として強い違法性を帯び,不法行為を構成する。詳細は,後記ア,イの個々の事実について述べるとおりである。

(被告の主張)

原告の主張を争う。詳細は,後述のとおりである。

ア 勧誘段階の違法

(ア) 不適格者に対する勧誘

(原告の主張)

商品先物取引は,リスクの大きな投機取引であるから,これに参加する者は,第一に商品先物取引の仕組み,危険性,当該商品の特徴及び価格形成要因(どのような現象が起きるとその商品について価格の騰落が生じるか)を理解し,時々刻々変化する相場動向に関する情報を入手,判断し,これを商品取引員又は外務員に的確に指示できる能力及び時間的余裕があり,第二に投下資金を全部失ったとしても家庭生活や事業経営に支障を来さないほどの余剰資金を有する者でなければならない。そして,商品取引員は,顧客がこのような意味での適格者かどうかを見定め,不適格者と分かればこれを排除する義務がある。

原告は,昭和13年生まれで,自動車運転手を主な職歴として平成10年1月に定年を迎え,その後は同じ会社で嘱託社員として勤務していた者であり,本件取引で使用した金員は退職金であり,老後の生活資金であった。

このように,原告は,商品先物取引には格別の知識・経験も関心もなく,同取引に充てるべき余剰資金も持っていない商品先物取引不適格者であった。それにもかかわらず,被告従業員らは,それを奇貨とし,又は無視して,原告に対し商品先物取引を勧誘し,後記の損害を負わせた。

原告は,被告との本件取引以前にサンライズ貿易に商品先物取引の委託をしたことがあるが,一任売買で58万円ほどの損失を被っており,商品先物取引経験者といえるようなものではなかった。

(被告の主張)

商品先物取引員は,商品取引所の受託業務に関する指示事項(以下「新指示事項」という。また,平成元年11月27日の改定前のものを「旧指示事項」という。)1(1)及び社団法人日本商品取引員協会の受託業務に関する規則(以下「日商協自主規制」という。)五(1)を受けて受託業務管理規則を定め,商品先物取引参入不適格者を定めている。これには,以下の者が掲げられている。

a 未成年,禁治産者等の知識能力,判断能力の点で問題がある者

b 恩給,年金,退職金により主に生計を維持している者,一定所得を有しない者等資力の薄弱な者

c 農漁協,信用組合,公共団体等の資金の出納取扱い等の他人の金銭を継続的に取り扱う者等の職業柄投機参入がふさわしくない者

原告は,b社に勤務する者で,これらのいずれにも当てはまらず,また,既に他社で商品先物取引を行っていたから,不適格者ではない。

(イ) 無差別の勧誘

(原告の主張)

商品市場における取引の委託の勧誘を受けたものの,委託をしない旨の意思を表示した顧客に対し,商品先物取引員が勧誘することは,商品取引所法施行規則(以下「本件規則」という。)46条5号で禁止されている。

Bが平成11年3月16日に突然原告の勤務先へ電話をしてきた事情は,別紙主張対照表原告主張欄記載のとおりであり,Bは,「商品先物取引の話を聞いてくれ。」と申し出たのに対し,原告が「買うつもりはない。」と明確に断ったにもかかわらず,翌日も電話をかけた。

また,本件取引のきっかけは,原告が被告の店頭に赴いたものでも,原告から電話をしたり被告のアンケートに答えたものでもなく,被告の無差別勧誘電話によるものである。

このような電話による無差別かつ執拗な勧誘行為は,それだけでは違法とまではいえないが,不当であり,他の行為とあいまって違法と評価される。

(被告の主張)

a 新旧の指示事項及び日商協自主規制は,以下の行為を迷惑勧誘として禁止しているが,その趣旨は,いずれもプライバシーの保護にある。したがって,無差別勧誘があったからといって,それが直ちに不適格者に対する勧誘及び説明義務違反には結びつかない。

(a) 無差別電話勧誘 新規委託者の開拓を目的として面識のない不特定多数の者に対して無差別に電話による勧誘を行うこと(旧指示事項1)

(b) 見込み客の訪問制限 見込み客の場合といえども相手の都合を無視した早朝又は深夜の訪問及び面会の強要等行き過ぎた勧誘を行うこと(旧指示事項3,新指示事項2,日商協自主規制5条4)

b 原告は,Bの電話勧誘を断っておらず,その後の取引の流れを見ても,原告が取引を断った形跡はない。

イ 取引段階における違法

(ア) 断定的判断の提供

(原告の主張)

商品取引所法(以下「法」という。)136条の18第1号は,商品取引員が,利益が生じることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することを禁止している。

商品先物取引は,種々の要因によって価格が変動し,誰にもその騰落の正確な予想のできない取引であるから,「これから値段が上がります(下がります)」又は「必ず儲かります」という言い方をすることは,商品先物取引の投機的本質を誤解させる欺罔的行為に当たる。ところが,被告従業員のC(以下「C」という。)及びDは,原告に対し,別紙主張対照表原告主張欄記載のとおり,断定的判断の提供を行った。

(被告の主張)

C及びDが断定的判断の提供を行った事実はない。

原告は,既に他社で商品先物取引を行っており,商品先物取引の仕組み,危険性及び予測が必ずしも当たらないことを理解していた。また,Bは,商品先物取引委託のガイドによって原告に対し,商品先物取引の仕組み及び予測が外れた場合の対処について説明し,原告も契約当日に商品先物取引の仕組みを理解している旨書面で確認している。

(イ) 事実上の一任売買

(原告の主張)

法136条の8第3号は,商品市場における取引につき,数量,対価の額又は約定価格等その他の主務省令で定める事項について顧客の指示を受けないでその委託を受けることを禁止し,本件規則45条は,顧客の指示を受けるべき事項として,①上場商品又は上場商品指数の種類,②取引の種類及び期限,③数量,④対価の額又は約定価格若しくは約定指数,⑤売付け又は買付けの別その他これに準ずる事項,⑥取引をする日時又は委任契約の有効期間を掲げ,さらに同規則46条3号は,顧客の指示を受けないで,顧客の計算によるべきものとして取引することを禁止している。委託契約準則にも,上場商品の種類や限月等につき顧客の指示を受けないで委託を受けること等を禁止する規定がある。

上記のように,法や準則が一任売買を禁じているのは,これを放置すると,商品取引員や外務員が裁量権を濫用して自己に有利に取引を行い,あるいは手数料稼ぎのために顧客の勘定で過当な数量・頻度の取引をする恐れがあるためである。

原告は,商品先物取引に関心はなく,商品知識にも相場情報にも疎かったから,どうしても被告従業員らの言うことに従わざるを得ず,必然的に被告主導の取引にならざるを得なかった。このように,形式的には一任売買ではなくても,事実上の一任売買によって取引が行われた場合は,一任売買の禁止の脱法行為に等しいから,違法である。

(被告の主張)

商品取引員は,顧客に対して商品先物取引の勧誘,相場観の提供をすることは許されており,原告は,Bの勧誘を拒否する機会があったはずである。事実上の一任売買というのは意味不明であり,違法性の存在を肯定することはできない。

(ウ) 担当者の頻繁な交代

(原告の主張)

新指示事項3(1)は,担当外務員を不必要に交替するなど,委託者との信頼関係を損なうことを不適正な受託行為であるとしている。

本件取引では,最初に原告の勧誘に当たったのがBであり,営業の担当はCであり,その後請求金額が多額になり,原告が容易に工面できなくなると支店長のE(以下「E」という。)が応対するようになった。このような担当者の交代は,不適正な受託行為に当たる。

(被告の主張)

本件取引において,Bは,原告を新規客として開拓し,Cが受託を担当した。Eは,Cを補佐して原告の相談に乗っただけである。このように,上記3名はそれぞれの職務を分担しており,被告が担当者を故意に交替したのではない。

(エ) 仕切りの拒否

(原告の主張)

本件規則46条1号は,商品取引法136条の18第5号を受け,委託証拠金の返還,委託者の指示の遵守その他の委託者に対する債務の全部又は一部の履行を拒否し,又は不当に遅延させることを禁止している。

商品先物取引では,商品取引員は,商法上の問屋として委託者の意思をそのまま取引所に取り次ぐべき義務がある。ところが,原告は,遅くとも平成11年5月19日ころにCに対し,建玉を処分する旨伝えたのに,Cは,「これは11万5000円まで行きます。こんなところで売ったら損です。こんなところで売るから損するんです。」と言って,原告の仕切りの意思を押さえ込んだ。

(被告の主張)

原告の主張を否認する。

原告は,被告に対し弁護士やその他の者から建玉を落とす旨の申し入れがあっても絶対に落としてはならない旨記載したファクシミリを送付している。

(オ) 両建

(原告の主張)

買建玉と売建玉とが同時に建てられる両建は,商品取引員にのみ利益があり,一般委託者にとっては有害無益であるから,商品取引員は,顧客に対し両建を勧めたり,受託をしてはならない。このことは,社団法人全国商品取引所連合会作成の登録外務員テキスト中「法規・諸規定Ⅲ」に,両建処理は,端的にいえばほぼ決定的となった損失を後日に繰り越すにすぎない消極的な手段であって,局面の打開をはかることは至難に近いから,未熟な委託者等に対してとるべき方法ではなく,むしろ損失を軽微な段階で見切らせるように委託者を説得指導すべきであるとされていることからも明らかである。

ところが,本件取引では,取引開始の翌日である平成11年3月19日にとうもろこし30枚の買いに対し大豆30枚の売りを建てており,両建の誘導が早いほか,いずれの建玉も損勘定になっている。また,平成11年4月1日に一旦両建が解消されたが,同月14日から同年6月3日の取引終了までは常時両建になっている。これは,被告従業員が被告の利益を優先して両建を勧誘・受託した結果であるから,被告従業員の上記行為は,違法である。

(被告の主張)

a 両建のすべてが有害無益ではない。無益な両建は,売り買い同時に建てる同時両建,常時両建の状況及び因果玉の放置(引かされ玉を仕切らず反対玉を継続反復建すること)である。

b 両建は,同種銘柄を建てることをいい,異なる銘柄では両建とはならない。したがって,平成11年3月19日の大豆の売りは,両建ではない。

c 平成11年4月1日の両建は,追証が必要となる直前の状況で,相場の様子見のためのものであり,無益ではない。また,平成11年5月25日の両建は,損切り回避のために原告から申し出てきたものであり,実質追証である。

d 原告は,平成11年4月1日から同年5月24日までは,上げ相場観のもと買建玉を建て売建玉の落とし時期を探り,それ以降はその逆の相場観のもとに取引を行っていたから,有害無益ではない。

(カ) 途転,反復売買(ころがし)及び過大建玉

(原告の主張)

新指示事項2(1)は,委託者の十分な理解を得ないで,短期間に頻繁な売買を勧めることを不適正な売買行為であるとし,これにつき受託指導基準は,委託者の取引経験,値動き,平均建玉日数を参酌して判断する必要があるが,事例としては既存玉を仕切ると同時に売り直し,又は買直しを行うこと,同一計算区域内の建落ちを繰り返して行うこと等があげられると解説している。

本件取引では,平成11年4月1日に大豆の売建てを仕切ってとうもろこしの買建てをし,同月28日にとうもろこしの売建てを仕切って買建てをしている(いずれもいわゆる途転)。また,平成11年5月13日にとうもろこしの買いを仕切って買い直し,それをさらに同月17日に仕切り,買い直しをしている。

次に取引数量をみると,平成11年4月1日から同月14日までは継続して合計160枚,さらに同日以降同月28日までは320枚,同日から同年5月13日までは335枚,同日から同月17日までは355枚,同日から同月24日までは345枚が建てられており,一般委託者が通常行う取引量を超えている。

原告の取引で被告の得た手数料も661万7400円に及び,原告が被った損失額1592万7900円のうちの41.5パーセントを占めている。

以上の事実によれば,本件取引は,原告が自ら相場判断をもって指示したものではなく,被告が原告の意思を無視し又は誤導しつつ,原告の資金と口座を利用して自らの手数料収入を得るために次々と取引を進めたことが明らかであるから,被告の上記行為は,違法である。

(被告の主張)

a 指示事項及び受託指導基準で禁止される反復売買の内容は,同場同節の直し売買,日計商,同場同節の途転の繰り返し,同時両建,常時両建の常況にあるもの及び因果玉の放置である。

b 本件取引では,平成11年5月13日及び同月17日に直し売買が行われているが,前者は増玉のため,後者は原告が益金を希望したため利食い金を作り,相場観がなお同じであったため,買い直しを行ったものであり,いずれも無意味なものではないから,違法ではない。また,途転が違法となるのは,同場同節の途転があり,かつ,これを繰り返している場合に限られるところ,本件取引で行われた途転は,日付けが異なっており繰り返しでないから,違法ではない。

c 手数料は,取引行為自体にかかるものであって取引結果の差引損益にかかるものではないから,手数料と損金を比較することにより反復売買が意味のない違法なものと推認されるものではない。

(キ) 誠実公正義務違反

(原告の主張)

法136条の17は,商品取引員並びにその役員及び使用人は,顧客に対して誠実かつ公正にその業務を遂行しなければならない旨規定している。これは,商品先物取引の難解さ・危険性,顧客と商品業者間の力量の圧倒的相違,過去における取引被害の実情等を踏まえ,法が特に委託者保護に万全を期するために平成10年の法改正により,受託業者側の基本的注意義務を定めたものである。

ところが,被告及び被告従業員らは,原告をその力量を超えた過大な取引へと追い立てるばかりで原告の利益を図ることなど一顧だにせず,専ら自社の収益拡大を目的として本件取引を遂行したものであるから,原告に対する誠実公正義務違反の事実は明らかである。

(被告の主張)

原告の主張を争う。

(2)  被告の責任

(原告の主張)

被告は,原告に対し,民法709条又は同法715条1項に基づく損害賠償責任がある(原告は,以上の主張を選択的にしているものと解される。)。

(被告の主張)

原告の主張を争う。

(3)  原告の損害

(原告の主張)

ア 原告は,被告に対し,平成11年3月18日ころから同年4月19日ころまでの間に合計2583万2338円を支払い,最終的に957万3005円の返戻を受けたから,その差額である1625万9333円が原告の被った損害である。

イ 原告が本件訴訟を遂行するには弁護士に委任せざる得ないから,上記損害金の1割相当額である160万円を本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用として請求する。

(被告の主張)

原告の主張を争う。

第3争点に対する判断

1  前提事実

前記争いのない事実,証拠(甲1,2,乙1の1ないし3,乙2の1・2,乙3,4,乙5の1ないし3,乙6,乙7の1ないし14,乙9の2,乙11の3・4,乙13,26ないし28,乙31の2ないし16,証人F,同B,同C,同E,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

(1)  原告の属性

ア 原告(昭和13年○月○日生)は,県立工業高校を病気中退後,昭和36年3月から平成10年1月までの間,c株式会社やa社において,自動車運転手として稼働した。

そして,原告は,平成10年1月にa社を定年退職後,平成11年当時は同社の嘱託社員として,副長の肩書で,b社(以下「b社」という。)の管理人をしていた。

イ 原告は,平成11年当時は前記アの嘱託勤務で500万円をわずかに超える程度の年収を得ていた。また,原告は,本件契約当時は主な資産として,自宅を所有していたほか,およそ1000万円の預貯金を有していた(乙5の1)。

ウ 原告は,平成11年まで商品先物取引の経験も株式取引の経験もなかったが,同年1月26日にサンライズ貿易の外務員から勧誘を受け,同月28日から同社との間でとうもろこしやゴム,白金等の商品先物取引を行っていた(乙31の2ないし16)。しかしながら,その取引態様は,サンライズ貿易の担当者が原告に個々の建玉を勧め,原告がその勧めに従って建玉の指示を出すというものであった。また,原告は,サンライズ貿易の仲介で商品先物取引を開始してから,同社の従業員に勧められて週3回程度販売店で日経新聞を購入し,購読するようになった。

原告は,平成11年3月17日当時,サンライズ貿易に対し,240万円の委託証拠金を預託していたが(乙31の8),取引開始後同月11日に初めて東京穀物商品取引所とうもろこし(以下,取引所名は地名のみを記す。)の売建玉を手仕舞し,133万1199円の売買益を上げ,同月15日に関門とうもろこしの買建玉を手仕舞したことにより,33万1683円の売買益を上げていた(乙31の4ないし6)。

サンライズ貿易は,取引が成立すれば,その都度原告に対し,売買報告書及び売買計算書を送付しており,原告は,上記売買報告書を受領していた。

(2)  本件取引に関与した被告従業員の地位等

ア 平成11年当時の被告大阪支店は,支店長がEであり,Cは,課長の下の職位である営業部副長として約10名の部下を率いていた。Bは,当時末端の営業担当社員であり,直属の上司は,Cの部下の1人であった。

そして,平成11年当時の被告大阪支店では,Bら営業担当者が,職業別電話帳などを頼りに一定の資産を有すると見込まれる顧客を探し出し,商品先物取引を勧誘し,顧客が取引開始を承諾すれば,Cら取引担当者に引き継ぎ,取引担当者が顧客に相場の動向について情報提供を行いつつ,顧客の委託を受けて売買を行い,顧客から委託手数料を受領して営業収入を挙げるという営業態勢をとっていた。

イ Cは,平成元年に商業高校を卒業し,寝具販売業者の販売員となり,高額な寝具を多数売りさばいていたが,平成2年ころに上記販売手法がいわゆる催眠商法に該当することを知り,同社を退職した。その後,Cは,平成5年に被告に就職し,営業部において見込客の新規開拓や顧客からの取引受託業務に従事していた。Cは,自らの判断の正しさには絶大な自信を持ち,他人を力強く説得することを得意としており,被告大阪支店においても上司から高く評価されていた。Cは,現在被告名古屋支店長の地位にある。

ウ Bは,平成7年3月に専門学校を卒業し,同年4月に被告従業員となり,以後平成12年6月に被告本店管理部に異動するまで被告大阪支店営業部において見込客の新規開拓業務に従事していた。Bは,実直ではあるが,他人を説得することが不得意な性格であり,被告大阪支店においても営業成績は振るわなかった。

(3)  本件契約の締結

ア Bは,新規顧客を開拓しようと,平成11年3月16日に職業別電話帳に記載されていた本件管理事務所に電話をかけたところ,原告が応対した。Bは,原告に対し,役職者と話がしたい旨話したが,原告は,副長の肩書があるため,電話応対を続けた。

Bは,原告に対し,被告の仲介でとうもろこしの商品先物取引をしないかと勧誘した。原告は,既に他社の仲介でとうもろこしの商品先物取引をしている旨答え,Bの上記勧誘をいったん拒絶したが,とうもろこしの価格動向を尋ねた。Bは,当時の外国為替相場の動向からみてとうもろこしは今後値上がりするであろうなどと説明した。

イ Bは,平成11年3月17日午前10時に本件管理事務所を訪問し,原告と面談して商品先物取引を勧誘したところ,原告は,サンライズ貿易の仲介による商品先物取引では利益が出ているが,相場が予測と逆の値動きをした場合には大きな損失が出ると考え,取引の最低量である10枚なら取引をしてよい旨承諾した。そこで,Bは,商品先物取引の仕組みについて,別紙「予測が外れた場合の売買対処説明書」と題する書面(乙4,以下「本件説明書」という。)を示し,難平などの商品先物取引特有の概念について説明したほか,「商品先物取引 委託のガイド」と題する小冊子(乙1の1と同一内容の小冊子,以下「本件ガイド」という。)及び「受託契約準則」と題する書面(乙1の3,以下「本件準則」という。)を交付した。なお,Bは,原告に対し,年収を尋ねて500万円程度との返答を得たが,預貯金の額,他社との取引の状況や委託証拠金額は尋ねなかった。なお,本件ガイド8頁には,契約にあたっての注意事項が記載されているが,その下半分には,「商品先物取引の危険性について」と題し,商品先物取引は利益や元金が保証されているものではなく,預託した委託証拠金の総額以上の損失を被る可能性もある旨の記載がある。この記載は,幅1.5ミリメートル程度の太い赤枠で囲まれていた。

原告は,Bの説明に対し,特段質問せず,被告に商品先物取引を委託する旨記載された「約諾書」と題する書面(乙2の1),本件ガイド,本件準則及び本件説明書を受領した旨記載された「受領書」と題する書面(乙3)及び本件説明書等に署名押印した。また,Bが,「《口座設定申込書》兼《理解度アンケート》」と題する書面(乙5の1,以下「本件アンケート」という。)への記入及び署名押印を求めたところ,原告は,商品先物取引により損失を被ることもあること,商品先物取引の仕組み,委託証拠金,損益の計算方法などの項目については,全て「理解した」を,年収については500万円以上1000万円未満である旨を選択し,商品先物取引の経験については,3か月未満の経験がある旨記入したうえで,商品先物取引の口座設定を申し込む旨の書面に署名押印した。

ウ このように,Bは,被告の仲介で商品先物取引をすることについて原告から承諾を得たものの,委託証拠金の預託を受けるために必要な預り証を所持していなかったため,平成11年3月17日午後0時30分ころいったん原告宅を辞して同日午後3時過ぎころ被告大阪支店に戻った。

そして,Cは,Bが報告した情報をもとに,原告が被告の仲介で商品先物取引をする旨承諾したこと,原告は優しい性格の人物であること,年収は500万円程度であること等を把握した。

エ Bは,平成11年3月17日午後4時ころ原告宅近くの喫茶店で原告と待ち合わせ,原告から,委託証拠金として80万円の預託を受けた。

オ Cは,原告に預金等の額を聞いたところ,軽く1000万円はあると返答されたが,具体的にどのような預金があるかなどを具体的に質問するなどして本件アンケートとの矛盾について裏付をとることはしなかった。

(4)  本件取引の経緯

ア 被告は,平成11年3月18日の取引開始直後ころ原告から委託を受けた関門とうもろこしを10枚(限月は平成12年2月,約定代金は1401万円)買建てし,本件取引を開始した。

イ その後,被告は,本件契約に基づき,原告の委託を受けて本件取引を行い,原告は,被告に対し,委託証拠金として,平成11年3月18日に160万円(累計240万円),同月23日に210万円(同450万円),同月24日に240万円(同690万円),同年4月2日に613万2338円を預託した。他方原告は,平成11年4月2日には同年3月19日に売り建て,同年4月1日に買い手仕舞った,限月平成12年2月の関西大豆30枚の差引売買損を填補するため,23万2338円を通常取引勘定に振り替えたことから,平成11年4月2日現在の預託金累計は,1280万円に達した。

ウ Cは,平成11年4月13日に原告に対し,原告の損益状況が悪化していること,対処法としては,手仕舞をして損切りをする,委託追証拠金(以下「追証」という。)を預託する及び両建にするという方法があること並びに追証預託の資金が必要である旨を原告の妻に説明したい旨を述べた。これに対し,原告は,翌日まで相場の様子をみたうえで,追証資金が必要であることは,原告自身が妻に説明する旨述べた。

エ 原告の値洗い損は,平成11年4月14日に合計543万円に達し,原告が本件取引を継続するためには,1280万円の追証が必要となった。そこで,Cは,平成11年4月14日夕方に原告とJR茨木駅前のビアホールで面談し,本件取引を継続するためには1280万円の追証が必要である旨説明した。これに対し,原告は,上記合計値洗い損の額及び必要追証額を確認した旨記載された「残高照合回答書」(乙11の4)と題する書面に署名するとともに,平成11年4月19日までに追証を預託するから取引を継続し,相場の好転を待ちたい旨述べた。

Eは,平成11年4月15日に原告に対し,追証預託の方針を採ることで間違いないかを確認したところ,原告は,同方針で間違いない旨返答した。

オ 原告は,平成11年4月14日ころ妻であるF(以下「F」という。)に対し,被告の仲介で本件取引を行っていること,損切りを回避するためには1280万円の追証を預託する必要があることを説明し,同金員を貸してもらいたい旨懇願した。Fは,いったん原告の上記懇願を拒絶したが,息子に対して追証資金を貸してもらいたい旨懇願する原告に同情し,平成11年4月19日ころに原告に対し,1280万円を貸し渡した。原告は,平成11年4月19日に上記1280万円を被告に預託し,委託証拠金の額は累計2560万円になった。

Fは,上記1280万円を貸し渡した後も原告に対し,再三にわたり本件取引を止めるよう忠告したが,原告は,聞き入れなかった。

カ 原告は,平成11年5月26日にFに言われ,大阪弁護士会の法律相談でこれまでのできごとについて相談をし,原告訴訟代理人の紹介を受けた。しかし,原告は,同日,被告に対し,弁護士やその他の機関から内容証明等の通達や連絡ごとがあっても,自己の意志ではなく,自己の判断と資金範囲内で被告と取引を継続するので良きアドバイスを求める旨記載した「申出書」と題するファクシミリ文書(乙13,以下「本件申出書」という。)を送信し,Fや弁護士の説得にもかかわらず,本件取引を中止する決断をしなかった。

キ 結局,原告は,平成11年6月3日に本件取引を終了したが,これに伴い,被告から合計957万3005円の返戻を受けた。

2  争点(1)について

(1)  勧誘段階の違法について

ア 不適格者に対する勧誘について

(ア) 商品先物取引は,売買代金額と比べてはるかに低額の証拠金を預託すれば,売買の注文を出すことができ,所定期間(限月)内に反対売買を行い,これによって生ずる差損金をもって最終的な決済をするものであり,少額の資金で多額の取引が可能となり,予測どおりの値動きをした場合には高額の利益を得ることが可能であるが,その反面,予測が外れた場合には高額の損失の負担を余儀なくされる。しかも,商品先物の相場は,当該商品の需給のバランスだけではなく,全世界における政治,経済,為替相場等の複雑かつ多岐にわたる要因によって変動するものであって,これら相場の変動を適確に察知することは,きわめて困難といわなければならない。

このように,商品先物取引は,極めて投機性の高い,いわゆるハイリスクハイリターンの取引である。

こうした商品先物取引の特殊性をふまえれば,商品取引員が,一般投資家に対し,商品先物取引を勧誘する場合には,これら取引の仕組みや危険性を理解する能力と,仮に損失が生じても生活に支障をきたさないだけの余剰資金を有する者のみを適格者として対象とすべきであり,当該投資家の財産状態,投資経験等に照らし,明らかにこうした適格者に該当しない者を取引に積極的に勧誘したと評価される場合には,その勧誘行為自体が社会的相当性を欠き,当該投資家に対する関係で不法行為を構成するものと解すべきである。

(イ) 原告は,原告は商品先物取引について格別の知識も経験も持ち合わせていないから,不適格者であった旨主張し,証拠(甲1,原告本人)中には,これに沿う部分がある。

しかしながら,前記認定のとおり,原告は,既にサンライズ貿易との間で商品先物取引を行っており,取引開始後2か月で約160万円の利益を手にしたにもかかわらず,平成11年3月17日に本件契約を締結した際にも取引の最低限である10枚分の買建てしか委託せず,慎重な対応をとっている。このことに,証拠(乙27,証人B,同C)及びサンライズ貿易との取引以前から,商品先物取引につき,どちらかといえばよくないイメージを持っていたとする原告本人の供述をも考慮すると,原告は,商品先物取引がハイリスクハイリターンの投資商品であることは認識していたと認められる。

原告の上記主張に沿う前記証拠部分は,上記説示の点に照らし,信用できない。

(ウ) また,原告は,Bによる勧誘自体原告の適正な取引額の限度を超えているから,やはり不適格者に対する勧誘として違法である旨主張する。

前述した商品先物取引の特性,特に,取引の途中には時として多額の追加委託証拠金が必要となることもありうることを勘案すれば,商品取引員としては,顧客の資産をも考慮し,適正な取引額を一応の取引限度とすべきものと解される。これを本件についてみるのに,前記認定事実によれば,原告は,本件契約当時,①退職後の生活資金として,およそ1000万円の預貯金以外には見るべき流動資産を有しておらず,②サンライズ貿易との商品先物取引を継続し,240万円の委託証拠金を預託しており,被告に預託した80万円を合わせれば,320万円を先物取引に投資したことになる。

これらに,原告が被告及びサンライズ貿易の2社との間で取引を行っていたことをも考慮すれば,原告にとって被告との間における適正な取引額の目安は,多く見積もっても前記1000万円の半額のさらに半額(既存の取引の強制手仕舞を回避するための倍額の委託証拠金の預託ができるよう考慮)である250万円を上回ることはなかったと認めるのが相当である。そうすると,Bの勧誘は,関門とうもろこしの10枚の取引で委託証拠金は80万円に止まっているから,Bの勧誘自体が違法不当と評価されるものとはいい難い。

なお,当裁判所は,後述するように本件取引は,その後のCらの勧誘による取引行為をとらえ,適正な取引額をこえた,反覆売買又は過大建玉が行われた点に着目して違法であると判断するものである。しかしながら,原告はここでは,当初の勧誘段階における違法として主張していると解されるから,これが不適格者に対する勧誘として違法であるとまでは認められないと判断したものである。

イ 無差別の勧誘について

(ア) 原告は,委託をしない旨の意思を表示した者に対して取引を勧誘することは,本件規則46条5号で禁止されているところ,Bは,平成11年3月16日に突然原告の勤務先へ電話をしたうえ,原告が「買うつもりはない。」と明確に断ったにもかかわらず,翌日も電話をかけるという無差別かつ執拗な勧誘行為をしており,これは,それのみでは違法とまではいえないが,不当であり,他の行為とあいまって違法と評価される旨主張する。

(イ) しかしながら,新旧の指示事項及び日商協自主規制が,無差別勧誘行為を禁止している趣旨は,勧誘対象者のプライバシー保護にあると考えられるところ,同行為がなされても,それ自体によっては,勧誘対象者の私生活の平穏が害されることは格別,商品先物取引において損失を被る可能性が増大する関係にはないというべきである。そして,前記認定にかかるBの勧誘行為に照らせば,本件においては,原告の私生活の平穏が侵害されたことを認めるに足りる証拠もない。そうすると,原告の主張事実をもって,不法行為を構成するとはいえない。

(ウ) したがって,原告の主張は採用できない。

(2)  取引段階の違法性について

ア 断定的判断の提供について

(ア) 原告は,被告従業員であるC及びDが,原告に対し,別紙主張対照表原告主張欄記載のとおり,断定的判断の提供を行った旨主張し,証拠(甲1,原告本人)中には,これに沿う部分がある。

(イ) 前述のとおり,商品先物の相場は,複雑な要因によって変動しているから,専門知識,経験を有しない一般の顧客が,これらの相場の変動要因に関係する各種の情報を独自に収集,分析,検討することは不可能に近く,専ら取引の専門家である商品取引員が提供する相場情報に基づいて投資判断をし,具体的な取引を行うことになる。そうすると,一般の顧客にとって,商品取引員の存在意義は相場情報の提供にこそ存するのであるから,商品取引員である被告の従業員が原告に対し,一定の相場情報を提供したからといって,直ちに違法と評価されるものではない。

しかしながら,他方,上記説示のとおり,商品先物の相場は複雑な変動要因によって決定されるもので,商品取引員といえども相場の見通しについて絶対確実な判断を行うことは不可能であるから,相場の見通しについて,「絶対」又は「確実に」といった表現を用いて一般の顧客に情報を提供することは,虚偽の情報を提供して一般の顧客を不適切な取引に誤導する行為であり,違法と評価すべきである。

(ウ) 以上を前提に,原告の主張する個別の行為ごとに検討する。

a 原告は,平成11年3月17日に関門とうもろこし10枚の買建をした後に,Cから「いまとうもろこしは1万4000円で,これは安いのでこれよりは下がりません。」などと言われ,増建玉を勧められた旨主張し,証拠(甲1)中には,これに沿う部分がある。

しかしながら,Cが上記のような発言をしたことを適確に裏付けるに足りる証拠はないうえ,Cが同日に原告と会話していないとする証拠(乙27,証人C)にも不自然な面はない。結局,いずれの証拠が優越しているともいい難く,Cが同日に上記発言をしたかどうかは真偽不明といわなければならない。

b 原告は,平成11年3月18日にCから「1万4000円は絶対安い。1万5,6000円に行くのは間違いない。」などと言われ,関門とうもろこし20枚を買い増しした旨主張し,証拠(甲1)中には,これに沿う部分がある。

しかしながら,本件において,Cが平成11年3月18日に上記発言をしたことを適確に裏付けるに足りる証拠はなく,このことに,同日の委託証拠金の累計額が240万円に止まっていることをも考慮すると,断定的判断の提供があったため増建玉をしたと推認するのも困難である。これらに照らせば,Cが断定的判断を提供したことを否定する証拠(乙27,証人C)もあながち信用できないともいえず,結局,原告の主張に沿う前記証拠部分はにわかに信用できない。

c 原告は,平成11年3月19日に被告の従業員であるDから「大豆は相場の周期から言って今後確実に1000円下がります。ここ1週間,2週間です。」などと言われ,大豆30枚を売建した旨主張し,証拠(甲1,原告本人)中には,これに沿う部分がある。

しかしながら,原告本人は,上記発言をした人物がCではなくDであることにつき,具体的根拠を示して供述しておらず,平成11年3月19日に大豆の先物取引を受託したのはCであり,Cは,大豆の価格動向について原告に対して「確実に」などといった表現をしたことはない旨の証拠(乙27,証人C)をも考慮すると,原告の主張に沿う前記証拠部分はにわかに信用できない。

d 原告は,平成11年3月23日に限月を平成12年2月とするとうもろこしがストップ高を付けたにもかかわらず,Cから,1000万円ほど儲けてもらうつもりですなどと買増しを勧められた旨主張する。

証拠(乙31の5・7)によれば,原告は,サンライズ貿易の仲介により,平成11年3月23日に関門とうもろこしの買い建玉30枚を手仕舞し,135万1678円の売買益を上げ,同日中に東京ゴムを30枚買建てしていることが認められる。こうした事実を考慮すると,原告は,Cからの積極的な勧めを受ける前は,関門とうもろこしを買増しして値上がりを待って手仕舞するという考えはなかったと推認される。こうした点を考慮すると,Cから買増しをして1000万円儲けてもらうつもりですと言われたとの証拠(甲1)は,あながち信用できないとはいえない。

しかしながら,甲1の記載自体,Cから儲けてもらうつもりだと言われるのに負けてしまったとしているだけであり,確実に儲かると言われたとしているわけではない。

そうすると,甲1をもって原告主張事実を認めることはできず,他に断定的判断の提供があったことを認めるに足りる証拠はない。

(エ) 以上のとおり,原告の主張はいずれも採用できない。

イ 事実上の一任売買

(ア) 原告は,商品先物取引に関心がなく,商品知識にも相場情報にも疎かったため,被告従業員らの言うことに従わざるを得ず,必然的に被告主導の取引にならざるを得なかったから,本件取引は事実上の一任売買にあたり,違法である旨主張する。

(イ) しかしながら,前記ア(イ)説示のとおり,商品取引員の存在意義は,一般の顧客に対し,相場観についての情報を提供することにあるから,被告の従業員が原告に対して一定の相場観を示し,原告がこれに従って取引を続けたからといって,客観的な相場の状況と明らかに矛盾する相場観を示したなどの特段の事情がない限り,一任売買であるとして,違法と評価されることはないというべきである。

(ウ) これを本件についてみるのに,前記ア(ウ)説示のとおり,CやDが原告に対して断定的判断を提供し,原告を不適切な取引に誤導したと認めるに足りる証拠はなく,その他,本件全証拠によっても,CやDが原告に対し,客観的な相場の状況と明らかに矛盾する相場観を示したことを認めることはできない。かえって,証拠(甲1,乙27,証人C,原告本人)によれば,原告は,平成11年4月5日ころCから買増しを勧められたにもかかわらず,これを拒絶したことが認められるから,本件取引が一任売買に均しいと評価することは困難である。

(エ) したがって,原告の主張は採用できない。

ウ 担当者の頻繁な交代

(ア) 原告は,本件では,最初に原告の勧誘に当たったのがBであったのに,営業の担当はCないしDであり,その後請求金額が多額になり,原告が容易に工面できないと見ると,Eが応対するようになったが,このような担当者の交代は,不適正な受託行為に当たる旨主張する。

(イ) しかしながら,商品取引員の業務は,新規顧客の開拓,取引受託,顧客からのクレーム処理といった種々の分野に分かれているところ,これらに要求される能力や専門知識は異なるから,商品取引員が自己の従業員の能力・適性や専門知識等を考慮し,上記のような種々の業務を各従業員に分担させ,各従業員が自己の担当業務以外の業務を他の業務を担当する従業員に引き継ぐという態勢をとるということは合理的であり,担当者が複数になることの一事をもって,新指示事項3(ア)の定める担当者の頻繁な交代にあたるとして,これを違法とすることはできない。

(ウ) これを本件についてみるのに,前記1(2)認定の各事実によれば,平成11年当時の被告大阪支店では,支店長のEの統括のもと,実直ではあるが説得能力に恵まれないBが新規顧客の開拓に当たり,その後の取引受託は,説得能力に長け,自信家でもあるCが担当し,各人の能力や専門知識に応じた業務分担態勢が採られていたところ,本件においてもBが原告を勧誘し,Cが取引を受託していたものであり,最後に原告の追証預託が問題となったため,Eが統括者として案件の処理に当たったことが認められる。これは,上記(イ)の職務分担の1つのあり方として不自然不合理なものとは認められない。

(エ) なお,原告の流動資産の状況等につき,適切な引継ぎがされていなかったことは後述のとおりである。しかしながら,これは担当者を交代させる際に留意すべき事項が十分尊重されていなかったことに関する問題であり,担当者の頻繁な交代とは必ずしも結びつくものではないから,このことをもって担当者の頻繁な交代にあたるものということはできない。

(オ) したがって,原告の主張は採用できない。

エ 仕切りの拒否

(ア) 原告は,遅くとも平成11年5月19日ころCに対し,建玉を処分するよう要求したのに対し,Cは,「これは1万5000円まで行きます。こんなところで売ったら損です。こんなところで売るから損するんです。」などと言って,原告の仕切りの意思を押さえ込んだ旨主張し,証拠(甲1,原告本人)中には,これに沿う部分がある。

(イ) しかしながら,別紙取引経過一覧表のとおり,平成11年5月19日時点では,売建玉のほか,買建てをした時期,値段の異なる買建玉があったところ,甲1では,どの建玉について会話をしたかが特定されておらず,その記載内容自体を否定する証拠(乙27)を考慮すると,原告の主張に沿う前記証拠部分は必ずしも信用できない。

(ウ) したがって,原告の主張は採用できない。

オ 両建

(ア) 原告は,被告従業員が被告の利益を優先して原告に対し,有害無益な両建を勧誘・受託したから,被告従業員の行為は,違法である旨主張する。

(イ) しかしながら,両建は,値洗損が相殺される効果があるため,一時的な相場の乱高下がある場合に,強制手仕舞を回避しつつ,先行きがある程度予測できる状態になった時点で建玉を処分することを意図する場合など,相場の状況如何によっては,損失の回避ないし極小化のためにとられる場合もあること,旧指示事項では,不適正な両建の例示として,同時両建(同一限月及び異限月を含む),因果玉の放置及び常時両建という形式的な基準を挙げていたが,新指示事項では,委託者の手仕舞の履行を意図的に遅らせ,委託者の意思に反して新たな取引を勧めたり,委託者の理解を得ようとしないまま委託者の意思に反して両建を勧めるなどの行為といった実質的な基準を挙げるようになったことが認められる。こうした点をふまえると,一時的な乱高下などの通常両建を選択する動機付けとなるような相場状況とかかわりなく両建を勧誘するなどの特段の事情のない限り,両建をしていることの一事をもって違法な行為とすることはできない。

(ウ) 以上を前提に個々の取引について検討する。

a 原告は,平成11年3月19日にとうもろこし30枚の買いに対し大豆30枚の売りが建てられており,これらの取引が両建になっていることを前提として,これらの取引が違法である旨主張する。

しかしながら,とうもろこしと大豆とは,明らかに別個の商品であり,現に証拠(乙28の1・2)によれば,これらが同一の値動きをするものではないことが認められる。そうすると,とうもろこしの買建玉と大豆の売建玉とを同時に同一枚数建てたからといって,両建玉の損益が相殺される関係にはないから,上記のような取引は,そもそも両建に当たらず,前記特段の事情があるかどうかを判断するまでもなく,違法とはいえない。

b 原告は,平成11年4月14日以降,常時両建が継続されている旨主張する。

しかしながら,原告は,平成11年3月18日から同年4月1日に買建された建玉を因果玉と見ていると解されるが,別紙取引経過一覧表のとおり,同期間においては,買建の際の売買値段が一貫して上昇しており,同年4月14日の売建の際の売買値段は,これらの売買値段をいずれも下回っている。そうすると,買建は,相場の上昇に対応して利益を図るために,売建は,その後の相場の下落に伴う対応としてなされたものであることが推認され,被告が当初から両建にすることを意図していたとは認められない。また,原告は,平成11年4月14日までの相場の下落が,一時的な乱高下とは明らかにいえないということを適確に裏付けるような客観的データを立証しないから,当時の相場状況と関わりなくなされたものであるとも認め難い。

したがって,原告の主張は採用できない。

カ 途転,反復売買(ころがし)及び過大建玉

(ア) 原告は,本件取引では,途転や反復売買が行われ,また,取引数量をみると,一般委託者が通常行う取引量を超えているし,本件取引で被告の得た手数料も原告が被った損失の41.5パーセントを占めているから,本件取引は,被告が原告の意思を無視し又は誤導しつつ,原告の資金と口座を利用して自らの手数料収入を得るために次々と取引を進めた違法な行為である旨主張する。

(イ) しかしながら,ある商品についての従来の相場観を変更し,既存の建玉を全て処分して同一商品の反対建玉をすることをいう途転そのものは,相場観の変更に伴って必然的に発生する取引といえる。そして,途転については,同一取引日内に複数回の途転が繰り返されるなど,取引当時の相場観の変更を必要とする経済的現象がないにもかかわらず,これが行われるといった特段の事情がない限り,これが違法と評価されることはないというべきである。

これを本件についてみるのに,原告は,平成11年4月1日に大豆の売建玉を仕切ってとうもろこしの買建玉をしたことが違法な途転に当たる旨主張するが,当時の経済現象等に関する立証を何らしておらず,上記特段の事情は認められない。

また,原告は,平成11年4月28日にとうもろこしの途転が行われた旨主張する。

しかしながら,証拠(乙12の1,乙27)によれば,原告は,平成11年4月28日に限月を同年12月とする関門とうもろこしの売建玉80枚を仕切って限月を平成12年2月とする関門とうもろこしを95枚買建てているが,平成11年4月28日から同年5月13日までの買建玉は,同月13日から17日までの間に手仕舞され,売買益が上がっていることが認められる。これらの事実によれば,当時下落傾向にあった相場が上昇傾向に転ずるきざしがあったものと推認することができ,上記特段の事情はなかったものと認められる。

(ウ) 次に,反復売買及び過大建玉について検討する。

前記認定によれば,原告が本件契約当時被告との関係で有していた余剰資金の額は,およそ500万円程度に止まるから,適正な投資額は多く見積もっても250万円程度と見るべきである。

ところが,別紙取引経過一覧表のとおり,原告の取引状況は,平成11年4月1日の段階では,とうもろこしだけでも買建玉が160枚となっており,証拠(甲1,乙32,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,同時点での委託証拠金の累計は1280万円となっていたこと,しかも,委託証拠金は同月2日になってから預託されていることが認められる。これは,Cが,平成11年4月1日に,あまり気乗りのしなかった原告に対し,相当強力に説得をし,原告が根負けをして増建玉を了解したことに起因し,原告の適正取引額を大幅に超過する取引を受託するに至ったものと認められる。

このような事態に至ったのは,前記1(3)イ及びオ認定のとおり,Bが原告のサンライズ貿易における取引の状況を確認しなかったほか,Cにおいて同社とも取引があることにかんがみ,被告との関係では,その半額程度の流動資産しかないとの前提で適正取引量を考慮すべきであったのに,原告が先物取引経験者であるという判断のみに結びつけ,適正取引量の考慮を怠った点に原因がある(なお,B及びCにおいて,当時原告がサンライズ貿易との取引をやめて被告に取引を一本化したとの認識を有していたと認めるに足りる証拠はない。)。

したがって,本件取引の受託は,これを全体としてみれば,違法といわなければならない。

キ 誠実公正義務違反

(ア) 原告は,被告は,専ら自社の収益拡大を目的として本件取引を遂行したものであるから,被告の原告に対する誠実公正義務違反の事実は明らかである旨主張する。

(イ) しかしながら,誠実公正義務それ自体からいかなる具体的行動規範が導き出されるのかは明らかではないから,原告の主張は失当である。

3  責任及び損害(争点(2)及び(3))について

(1)  以上によれば,被告は,新規顧客を開拓するに当たって,Bのような末端の営業担当者が職業別電話帳などを頼りに一定の資産を有すると見込まれる者を探し出し,面談のうえ被告の仲介で商品先物取引をするよう勧誘し,顧客の取引開始の承諾が得られれば,Cのような取引担当者に引き継ぎ,取引担当者が顧客に相場の動向について情報提供を行いつつ,顧客の委託を受けて売買を行い,顧客から委託手数料を受領して営業収益とするという営業態勢をとっていたところ,原告を勧誘したB及び取引を受託したCないしDは,原告の適正取引量について十分な検討をすることなく,過大な建玉をさせたものである。

以上によれば,被告は,上記Cら従業員の職務上の違法な行為によって原告に損害を与えたものとして,原告に対し後記損害を賠償すべき責任がある。

(2)  未回復の損害額

前記認定のとおり,原告は被告に2583万2338円を支払い,957万3005円の返戻を受けている。前記2(2)カ説示の点をふまえれば,原告は,被告の従業員の前記不法行為により,その差額である1625万9333円の損害を被ったと認められる。

(3)  過失相殺

原告が本件取引を開始しこれを拡大した基本的な原因は,BやCが,原告の資金状況に思いをいたさず,原告を本件取引に勧誘し,余剰資金をもっては明らかに対応できない過大な建玉を勧めたことに起因することはいうまでもない。

しかしながら,前記認定の本件の経緯によれば,原告は,本件契約当時,商品先物取引が投機性のある取引であることは理解していたこと,Bから勧誘を受けた際にも同人に対して特段の質問をしなかったことが,同人らにそれなりの先物取引経験者であると誤解される原因の1つであったこと,Cに対して流動資産は1000万円は軽くあると述べて,余剰資金について誤解を生んだこと,Cらは,原告に無断で本件取引をしたのではなく,あくまでも原告の了解を得た上で取引をしていたこと,原告は,損失を取り戻すという意図によるものとはいえ,Fからアドバイスを受けたにもかかわらず,なおも本件取引をやめようとしなかったことが認められる。

これら及び本件に現れた一切の事情を考慮すると,原告の側にも相当程度落ち度があるといわざるを得ないから,過失相殺が行われるべきである。これによれば,前記(1)の未回復の損失額1625万9333円の約4割を減じた1000万円を被告が賠償すべき損害の額と認定するのが相当である。

(4)  弁護士費用

原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起,遂行を依頼したことは,当裁判所に顕著である。そして,以上に説示した原告の損害発生の経緯に照らせば,被告の不法行為と相当因果関係に立つ弁護士費用の額は,100万円と認定するのが相当である。

4  結論

よって,原告の本件請求は,被告に対し,1100万円及びこれに対する不法行為後である平成11年4月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中敦 裁判官 和久田斉 裁判官 平野剛史)

<以下省略>

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