大阪地方裁判所 平成12年(ヨ)828号 決定
主文
一 大阪地方裁判所平成一一年(タ)第三一〇号離婚等請求事件の判決が確定するまで、申立人と相手方との間の未成年の長男C(平成八年三月二〇日生まれ)を監護・養育する者を申立人と仮に定める。
二 相手方は、申立人に対し、右文也を仮に引き渡せ。
三 申立費用は相手方の負担とする。
理由
第一申立の趣旨
主文同旨
第二事案の概要
一 申立人と相手方は、平成五年九月一一日婚姻した夫婦であり、両者の間には長男C(平成八年三月二〇日生まれ、以下「長男」という。)がある。申立人は、相手方を被告として、平成一一年七月二六日、離婚等を求める訴えを提起した(平成一一年(タ)第三一〇号離婚等請求事件、以下「本案事件」という。)。両者は、本案事件係属中も同居を続けていたが、相手方は、平成一二年四月上旬、長男を連れて、那覇市にある相手方の実家に帰った。
本件は、申立人が、相手方に対し、人事訴訟手続法一六条に基づき、本案事件において申立人を親権者として離婚請求が認容された場合の親権に基づく監護・養育権を保全するため、本案事件確定まで、長男の監護・養育者を申立人と仮に定め、長男を申立人に仮に引き渡すよう求める仮処分事件である。
二 当事者の主張
1 被保全権利について
(一) 申立人の主張
相手方はアルコール依存症であり、それに起因して、しばしば攻撃的な行動に出ることがあり、申立人に対して包丁を振り回して襲いかかったり、長男の首を絞めたこともあった。相手方は、睡眠薬とアルコールを一緒に飲むため、突然、ろれつが回らなくなったり、意識を失って倒れたりするなど、自律的な日常生活を営めない状態にある。
申立人と相手方との婚姻関係には、これを継続し難い重大な事由があり、離婚請求が認容されることは確実である。
相手方は、アルコール依存症のため、長男を適切に監護・養育することは不可能であり、右離婚判決に際しては、長男の親権者に申立人が指定されるのが相当な状況にある。
相手方は、平成一二年四月一〇日、当時申立人と同居していた長男を申立人に無断で那覇市に連れていき、申立人は、現在まで、事実上、長男に面接することが困難な状況である。
(二) 相手方の主張
そもそも相手方がアルコール依存症にり患したのは、申立人の暴力行為と変態的な性的要求などが原因であり、その責任は専ら申立人にある。相手方は、申立人と離れて暮らすことによって、現在では、アルコールへの依存から脱し、一切飲酒していない。
相手方は、現在、那覇市の両親の下で、長男と心安らかに生活しており、医療事務の資格を取るべく勉強しており、将来的には、医療事務の仕事に従事する予定である。
相手方の監護・養育能力には何ら問題がなく、本案事件では、相手方が長男の親権者とされるべきであるから、申立人が主張する被保全権利は存在しない。
2 保全の必要性について
(一) 申立人の主張
相手方は、平成一二年四月初旬にも、睡眠薬等の影響で、自宅で転倒して頭部骨折等のけがをするなど、自己制御能力すら危ぶまれる状態にある。相手方には、四歳になったばかりの長男を監護・養育することができないのはもちろんのこと、長男に病気やけがなどの不測の事態が生じた際に、十分な対応ができないことは明らかである。
長男は、相手方が右のような状態にあることから、専ら申立人と一緒に寝るなど、父親との触れ合いのもとで落ち着いた生活をしていた。また、長男は、大阪市立海老江保育所に通い、保母や友達との良好な養育環境が形成されていた。しかし、相手方が、突然、長男を沖縄県に連れていったことにより、急激な環境の変化や、父親との交流の断絶が生じており、現在、長男には多大な精神的ストレスがかかっている。
このような状況が続くと、本案判決後に従来の生活環境に復帰することになっても、現在の精神的ストレスが作用し、長男の健全な育成が妨げられる。
相手方と申立人は、離婚調停や訴訟提起後も、平成一二年四月初旬までは、長男の監護・養育について、共同親権を行使してきた経緯があるところ、相手方が、突然、実力行使によって、長男を沖縄に連れていった結果、申立人は、事実上、長男と面接交渉をすることができなくなっており、このままでは、長男の幼さゆえに、長男の心情に、既成事実として、回復し難い父子間の情愛の途絶を生じさせる危険性がある。
申立人が、仕事を継続しながら長男を監護・養育していくためには、今後も、長男を保育所に通わせることが不可欠であるが、このまま長期欠席が継続すれば、保育所から除籍される危険があり、もし除籍されてしまうと、入園の順番待ちをしている大阪市の保育所事情からみて、再び保育所を確保できないのは明らかである。
長男の長期不在を放置することは、本案確定後の申立人の長男に対する監護・養育権の実質を侵害することになる。
相手方は、本案事件が確定するまで、事実上、長期にわたって長男を手放さないがい然性が高く、本案事件において判決言渡しを残すだけとなったこの段階においても、なお保全の必要性が認められる。
(二) 相手方の主張
相手方は、現在、長男と平穏に生活しており、長男の監護・養育には何の問題もない。
申立人は、日中、多忙な仕事をしており、長男を監護・養育することは不可能である。
長男にとっては、相手方と那覇市で暮らしている現在の環境の方が望ましいのであるから、保全の必要性はない。
第三判断
一 疎明資料によれば、以下の事実が認められる。
1 相手方は、平成八年ころから次第にアルコールに依存するようになり、平成九年始めころからは、精神科の病院に通って、精神安定剤、肝臓薬の投与を受けるまでになったが、飲酒をやめることはできず、平成一一年二月初旬ころには、別の病院に一か月ほど入院してアルコール依存症の治療を受けた。
2 相手方は、退院後も飲酒をやめることができず、申立人と口論になった際に、包丁を持ち出して振り回したことがあった。相手方は、平成一一年四月二一日に申立人と口論となった際にも包丁を持ち出して振り回し、「今から主人を殺す。」などという電話を警察に三度かけたが、警察にはいたずら電話と思われて相手にされなかった。そして、相手方が四度目に警察にかけた電話で「自殺する。」と言ったところ、警察官が様子を見に来たが、相手方が飲酒の影響下にあるのを見て、注意をして帰っていった。
3 相手方は、その二日後の同月二三日の夜、申立人が離婚の話をしたところ、逆上して包丁を振り回した上、長男を申立人に取られるくらいなら、長男を殺すというようなことを言いながら、長男の首を絞めた。申立人は、相手方の態度が異常であったことから、自己と長男の身体に危険が及ぶと考え、長男を抱きかかえて自宅から逃げ出し、近くの交番に駆け込んだ。すると、相手方が自宅の前で暴れているという連絡が警察署に入っていることがわかり、申立人らは、パトカーで自宅に戻った上、相手方ともども警察署に連れていかれ、相手方だけが警察署に一晩留置された。
4 相手方は、同年五月一九日、黄だんが出るなどの肝機能障害の兆候がみられたことから、病院に約三週間入院した。
5 相手方は、処方された睡眠薬とアルコールを同時に服用するようになり、その相乗効果のため、突然意識を失って倒れることが多くなり、トイレに行く途中に倒れて、そのまま寝込んで失禁したりするようになった。
6 申立人は、相手方が飲酒して夕方まで寝ているときには、長男の世話や家事をすることもあり、相手方の二回の入院期間中には、仕事を続けながら、長男を保育所に通わせ、家事や長男の世話をした。
7 相手方は、その後も、飲酒をやめることができず、家事をせずに自宅や友人の家で飲酒して寝てしまったことがあったり、飲酒して保育園に長男を迎えに行くこともあった。相手方は、長男を迎えにいった帰りに、飲酒の影響で長男を乗せたまま自転車で転んでけがをしたこともあった。
8 相手方は、平成一二年三月二〇日の長男の誕生会で、ビールを大量に飲み、倒れて頭を打ったため、申立人が救急病院に運んだ。相手方は、同年四月二日に、友人の家でガラスを割ったほか、同月四日には、飲酒と睡眠薬の影響で、自宅の寝室付近で倒れ、後頭部から出血し三針縫うほどのけがをした。
9 申立人は、相手方がこのような状態にあるため、相手方や長男の身に何かあるといけないと心配になり、相手方の両親に連絡し、那覇市から出てきて相手方の様子を見てもらいたいと頼んだが、相手方の両親はこれに応じようとしないことから、かなり強い口調で、大阪に出てくるよう求めたところ、ようやく相手方の両親も那覇市から出てきた。
10 相手方は、同年四月一〇日、申立人に相談することなく、長男を連れて那覇市の実家に帰り、両親の家で生活している。
11 相手方は、現在、仕事に就いてはいないが、医療事務に関する資格取得を目指して、受験勉強をしている。
12 申立人は、現在、婚姻継続意思を完全に失っており、相手方も、もはや離婚はやむを得ないと考えるに至っている。
二 被保全権利について
1 本件各仮処分申立ては、人事訴訟手続法一六条に基づくものであり、本案事件における親権者の指定及びこれに伴う子の引渡しを本案とするものである。
2 右一の疎明事実によれば、申立人と相手方との婚姻関係は既に破たんしていると認められる。
3 相手方が、アルコール依存症のため、自律的な生活を営むことすらままならない状態にあって、めいてい時には、自己の行動を制御することができず、申立人のほか長男にまで攻撃性を示すなどしていたこと、本案事件係属中も飲酒をやめておらず、アルコールへの依存性が非常に強いこと、相手方が、現在、アルコールを断って自律的な生活を営んでおり、長男の監護・養育を問題なく行っているとしても、相手方が飲酒をやめた期間は、まだ二か月にも満たず、アルコール依存症からの脱却を確認するには至らないことなどからすると、現在四歳の未成熟な長男を健全に監護・養育する能力があるとはいえず、本案事件において、申立人が長男の親権者に指定されるがい然性は高い(本決定と同日付けで言い渡された本案事件の判決においては、申立人が親権者に指定され、相手方から申立人への長男の引渡しが命じられた。)。
4 よって、被保全権利の疎明があるといえる。
三 保全の必要性について
1 相手方は、現在、長男が、相手方やその両親とともに平穏な生活をしていると主張するが、その期間はいまだ一か月程度にすぎず、相手方がアルコール依存症から脱却したと即断することはできない。相手方は、現在、無職で経済的に安定しておらず、前記認定のように、本案事件において申立人を親権者として離婚が認容されるがい然性が高いことからしても、相手方が自暴自棄に陥るなどして再び飲酒を始める可能性もある。相手方は、本案事件において親権者の指定が最大の争点となっており、相手方を親権者とするには、自身のアルコール依存症が最大の障害となっていることを認識していながら、本案事件の係属中にも飲酒をやめず、意識を失ってけがをし病院に運び込まれるような事態を招来しているのであり、アルコール依存症からの完全な脱却には相当な困難が予想される。
2 相手方は、平成一二年四月一〇日、申立人に無断で、長男を那覇市の実家に連れていったものであり、その結果、申立人は、事実上、長男と面接することができない状態にある。このような状態が長期間にわたって継続すると、事実上、長男の心情に回復することの著しく困難な父子間のきずなの薄れが生じる危険性が高い。
3 相手方が、かつて飲酒めいていし、包丁を振り回すなどの攻撃性を示したり、長男の首を絞めるなどしたことは、正常な判断能力を欠いていた結果であると考えられるが、右のように相手方がアルコールへの依存から脱却しうるかどうかにはなお不安が残ることを考えると、実家において両親の下で暮らしている現時点においても、なお飲酒を再開するおそれは残っており、そのような事態に至った場合には、長男の監護・養育ができない状態に陥るだけにとどまらず、精神不安から長男に危害を加えるおそれもないとはいえない。
4 以上のような事情を総合的に考慮すると、申立人に生じる著しい損害又は急迫の危険を避けるためには、本案事件の確定までの間、長男の監護・養育は申立人に行わせる必要があるといえ、保全の必要性が認められる。
四 よって、本件各申立てはいずれも理由があるので認容し、事案の性質上、申立人に保証を立てさせないで、主文のとおり決定することとする。
(裁判官 森實将人)