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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)11295号 判決 2001年8月31日

原告

平原利江子

ほか二名

被告

作道幸司

ほか二名

主文

一  被告作道幸司は、原告平原利江子に対し、金五七一七万八一〇五円及びこれに対する平成一二年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、その外の原告らそれぞれに対し、各金二九八二万八一七五円及びこれに対する上記同期間同割合による金員を支払え。

二  原告らの被告作道幸司に対するその余の請求及びその外の被告らに対する各請求をいずれもを棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた費用の五分の二と被告作道幸司に生じた費用の五分の四を被告作道幸司の負担とし、原告ら及び被告作道に生じたその余の各費用と被告河本征男及び被告大阪相互タクシー株式会社に生じた費用を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求

(一)  被告らは、連帯して原告平原利江子に対し、金七三二〇万四四一二円及びこれに対する平成一二年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、その外の原告らそれぞれに対し、各金三六六〇万二二〇六円及びこれに対する上記同期間同割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用の被告ら負担

(三)  仮執行宣言

二  被告ら

(一)  請求棄却

(二)  訴訟費用の原告ら負担

第二事案の概要

本件は、被告作道幸司(以下「被告作道」という。)が運転する自動車と被告河本征男(以下「被告河本」という。)が運転するタクシーとが衝突する交通事故により、同タクシーに乗客として乗車していて死亡した訴外平原清司(以下「亡清司」という。)の遺族である原告らが、被告作道に対しては、自賠法三条及び民法七〇九条に基づいて、被告河本に対しては、民法七〇九条及び商法五九〇条の旅客運送契約上の義務違反に基づいて、被告河本の使用者である被告大阪相互タクシー株式会社(以下「被告タクシー会社」という。)に対しては、自賠法三条、民法七一五条、商法五九〇条の旅客運送契約上の義務違反に基づいて損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

事実の末尾に証拠を記載した部分を当該証拠で認定したほかは、争いがない。

(一)  本件交通事故の発生

ア 日時 平成一二年四月一日午前二時ころ

イ 場所 兵庫県尼崎市昭和通三丁目九六番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

ウ 事故車両一 被告作道運転の普通乗用自動車(なにわ三〇〇さ九八六〇)(以下「作道車」という。)

エ 事故車両二 被告河本運転の普通乗用自動車(和泉五五き六五三五)(以下「本件タクシー」という。)

オ 被害者 亡清司(昭和三一年一一月二九日生、事故当時四三歳、男)本件タクシーの後部座席に乗客として乗車中に本件事故に遭遇。

カ 態様 本件タクシーは、尼崎池田線を南から北へ進行し、国道二号線と交わる本件交差点を対面青信号に従って直進しようとしたところ、対面赤信号を無視して本件交差点に相当のスピードで進入してきた西行きの作道車と衝突し、その衝撃で本件交差点のガードレールに激突した。被告作道は、事故当時、飲酒していた。

キ 結果 亡清司は、運ばれた病院で、同日午前四時五四分、緊張性気胸により死亡した(争いなし、甲二)。

(二)  責任原因

ア 被告作道は、作道車の保有者である。

イ 被告河本は、被告タクシー会社の従業員であり、同社の業務として本件タクシーを運転しており、被告タクシー会社は、本件タクシーの運行供用者である。

(三)  相続

原告平原利江子(以下「原告利江子」という。その外の原告らも同様にいう。)は、亡清司の妻、原告江里菜及び原告侑利香は、亡清司の子である(添付書類の戸籍謄本)。

(四)  損害の填補

原告利江子は、亡清司の死亡により遺族基礎年金と遺族厚生年金を平成一二年五月分として一五万一八八三円、同年六月及び七月分として三〇万三七六六円の支給を受け、以後二か月ごとに三〇万三七六六円の支給を受けており、本件の口頭弁論終結時の平成一三年七月二四日の時点においては、同月分まで(平成一三年八月に支給される分まで)支給を受けることが確定していた(平成一三年八月支給分までの合計二二七万八二四五円、国民年金法一八条、厚生年金保険法三六条参照)。

二  争点

(一)  争点一 被告河本の過失の有無(被告河本、被告タクシー会社関係)

なお、被告作道が作道車の保有者であることは争いがなく、同人は自賠法三条ただし書の免責の主張をしないから、同人の自賠法三条の責任は認められる。

(二)  争点二 損害額

三  当事者の主張

(一)  争点一(被告河本の過失の有無)について

請求権により立証責任の帰属が異なるが、被告タクシー会社に対する自賠法三条の請求につき、被告河本の無過失による免責(三条一項ただし書、原告らと被告河本との間では、本件事故につき被告作道に過失があったことは争いがなく、自動車の構造上の欠陥又は機能の障害についても全く問題とされておらず、同要件は、本件事故発生とは関係がないと認められる。)が認められるかという観点から検討する関係上、被告側の主張を先に記載する。

ア 被告タクシー会社、被告河本の主張

本件タクシーは、北進中、対面信号が赤だったので、先行車に続いて本件交差点南側入口の手前で停止した。やがて、対面信号が青に変わったので、先行車とともに発進し、交差点東側付近の安全を確認しながら進行していたところへ、西進中の作道車が、本件交差点に進入する以前から対面信号が赤であるのにこれを無視し、かつ制限速度を大幅に超過する時速約九〇キロの猛スピードで交差点に東から進入した上、本件タクシーの右側後部付近に激突した。そのため、本件タクシーは、中央分離帯に激突し、さらに進行して、交差点北西側のガードレールに衝突して停止した。

自動車運転者は、通常信号機の表示するところに従って自動車を運転すれば足り、信号違反者を予想して交差道路の車両との安全を確認すべき注意義務はないとされている。

本件事故は、甲一〇の四六頁によると、本件タクシーの対面信号が青色になって一二秒経過した以降に発生したものであり、信号の変わり目ではなく、作道車が既進入でもないのであるから、被告河本が通常の前方に対する注意を払っていても、作道車を発見して衝突を回避できた事案ではない。衝突回避可能性がないことは、作道車が指定制限速度の時速五〇キロメートルを超える時速七〇ないし八〇キロメートルの高速で進入してきたことを併せ考えると疑うべくもない。

本件事故現場付近の道路の状況は、甲一〇の一一一頁記載のとおり、南北車両、東西車両とも左右の見通しは不良であり、作道車の走行道路には勾配があり、本件交差点の東側停止線上が勾配の頂上になっていて、西進車の場合、左方道路が確認できるのは停止線の手前から約一〇メートルの地点からである。これらの事情からすると、被告河本が作道車を認識できた可能性があったのは事故発生地点の直前だった(本件タクシーからは作道車のライトも見え難い。)のであり、本件事故の回避可能性はなかった。

なお、本件タクシーが走行していた南北道路は、若干左にカーブしているが、道なりに前方等を注視しながら走行していた被告河本にとって、より作動車が視認し難かった。

原告らは、見通しが悪ければ、交差点進入時に減速すべきであると主張するが、見通しの悪い交差点であっても、対面信号が青色表示の場合にまで減速すべきであるという要請はない。

原告らは、被告河本は作道車のクラクションを聞いており、作道車の接近を知りつつ本件交差点に進入したと主張するが、被告河本がクラクションの音を聞いていたとしても、交差点の見通し及び作道車の速度からすれば、作道車を視認できなかったのであるから、そのような状況下で危険を察知し、交差点に進入することを差し控えることを要求するのは相当ではない。

よって、被告河本に過失はなく、被告タクシー会社とその履行補助者には何らの債務不履行も認められない。

イ 原告らの主張

被告河本は対面信号が青信号であったとしても前側方に対し注意を払う義務が全くないわけではない。

被告河本は、交差点に進入してくる作道車を認めつつも、同車がいずれ停止するのではないかと漫然と交差点に進入したもので、衝突事故防止を怠った過失がある。

本件事故現場において、本件タクシーから作道車側に対する見通しは悪くなく、深夜で交通量も多くなく、作道車に先行車はなく、本件タクシーにも先行車はなかったから(甲一〇の一八六頁、三六から三八頁)、被告河本は、車のライト等で作道車が交差点に進入しようとするのを視認しえた。

仮に本件交差点が、見通しが悪く、左右の視認が不可能な交差点であったのであれば、減速すべきであるところ、被告河本は漫然とスピードを落とさず交差点に進入している。

また、被告河本は、作道車のクラクションを聞いていながら、右方の車両の確認を怠った過失がある。被告河本は危険車両(作道車)の接近を察知しつつも本件交差点に進入し、本件事故に至った。

(二)  争点二(損害額)について

この点についての当事者の主張は、争点に対する判断の部分で適宜記載する。

第三争点に対する判断

一  争点一(被告河本の過失の有無)について

(一)  争いのない事実、証拠(甲一〇、一五ないし一九、乙Bの一ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(各認定事実の部分に、網羅的ではないが、関係の強い甲一〇号証中の文書の最初の頁を記載した。)。

ア 本件事故現場は、別紙「交通事故現場見取図」(甲一〇の一一三頁より抜粋、以下「別紙図面」という。)のとおり、南北道路(県道尼崎池田線、通称産業道路、本件タクシーはここを北進)と東西道路(国道二号線、作道車はここを西進)が交わる、信号機による交通整理の行われている交差点である(道幅、車線数は同図面記載のとおりで、比較的大きな交差点である。)。本件交差点の見通し状況は、南北に進行する車両、東西に進行する車両とも、左右には歩道橋の橋脚や橋の欄干があり、左右の見通しは不良である。現場は、アスファルト舗装された平坦な道路であるが、東西道路は勾配があり、本件交差点の東側停止線上を頂点として、東側に一〇〇分の一・四、西側に一〇〇分の二下っている。西進車(作道車の立場)の場合、左方道路(本件タクシーが走行してきた道路)が確認できるのは、交差点東側停止線手前約一〇メートルの地点からである。最高速度は、時速五〇キロメートルに制限されている(甲一〇の一〇九頁)。

イ 被告作道は、作道車を運転し、東西道路の第二車線(直進車線)を西に向かい、時速七〇から八〇キロメートルで対面赤信号を無視して本件交差点に進入した(甲一〇の二二頁)。同人は、別紙図面<2>地点(衝突地点<4>地点までの距離約六〇・七メートル、以下「<2>地点」等というときは別紙図面上の地点を指している。)からクラクションを鳴らしたが、前照灯は下向きにしていた。同人は、作道車が<3>地点のとき、<ア>地点の本件タクシーを発見し(<3>地点と<ア>地点の距離は約一〇・五メートル)、ハンドルを右に切るとともに、ブレーキをかけたが、<4>地点で作道車の左前部が<イ>地点の本件タクシーの右側面後部に衝突した(<3>地点と<4>地点の距離は約一〇・八メートル、甲一〇の三三頁、五〇頁、一八二頁、一九二頁、二一八頁)。

ウ 他方、被告河本は、本件タクシーを運転し、南北道路の第二車線(直進車線)を北に向かい時速五〇から六〇キロメートルで対面青信号に従って本件交差点に進入した(甲一〇の二二頁)。本件事故の発生は、同信号が青色表示になってから一二秒以上経過後に発生した(甲一〇の四四頁)。

(二)  上記認定事実に基づいて判断する。

青信号により本件交差点に進入した被告河本は、基本的に、交差道路の車両が赤信号を無視して本件交差点に進入してくることまでを予見する義務はないというべきである。本件においても、作道車と本件タクシーの衝突部位、両者の速度からして、本件タクシーが交差点に先に入ったところに作道車が突入していること、作道車は、時速七〇から八〇キロメートルであり、制限速度を相当超過していること、東西道路の勾配や橋の欄干のため、本件タクシー側から右側(作道車が来た方向)の見通しは不良であること、作道車は前照灯を下向きにしていたこと、本件事故の発生は信号の変った直後ではないこと等からすれば、作道車がクラクションを鳴らしていたことを考慮しても、被告河本において、作道車が信号無視をして本件交差点に進入してくることまで予見することは困難であるというべきであり、本件タクシーを減速したり、本件交差点に進入させることを差し控える義務はないというべきである。

よって、被告河本は、本件事故について過失がないものと認められ、被告タクシー会社は、自賠法三条の責任について同条ただし書により免責される。また、そうである以上、同社に対する民法七一五条、被告河本に対する民法七〇九条による請求も理由がなく、被告タクシー会社及びその履行補助者である被告河本に対する商法五九〇条の旅客運送契約上の義務違反に基づく損害賠償の請求も理由がない。

二  争点二(損害額)について

以下では、原告らの主張は、主として裁判所の判断と異なる部分について特記すべき部分を記載し、被告作道の主張は、単なる不知、否認の認否にとどまらない積極的な主張を記載した。

争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係のある原告らの損害は次のとおりと認められる。

(一)  治療関係費 四七万〇五七〇円(請求額認容、甲三)

(二)  逸失利益 七六五三万七三三一円(請求額九五〇八万八五七八円)

ア 賃金分 七四四〇万九四六七円(請求額七七二二万六七六三円)

(ア) 原告らの主張

基礎収入 年収七九九万五三〇〇円(平成一〇年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計による大卒男子労働者の四〇歳から四四歳までの平均年収)

(イ) 被告作道の主張

基礎収入 亡清司は四三歳であり、稼働歴も大卒後二一年を経過しており、生涯を通じて年齢別の平均賃金を取得する蓋然性は認められないから、現実の収入額を基礎収入とすべきである。

(ウ) 当裁判所の判断

a 基礎収入 亡清司は、本件事故当時、大阪リコー株式会社に勤務しており、事故前年(平成一一年)に同社から得た収入は、年収七七〇万三六二五円であったと認められるから(甲一三、一四)、本件事故に遭遇しなければ、四三歳から六七歳までの二四年間就労し、その間平均して上記年収を得る蓋然性が認められる。しかし、これを超えて、原告ら主張の基礎収入を得る蓋然性を認めるに足りる証拠はない。

b 生活費控除率 亡清司は、本件事故当時、原告利江子(昭和三五年七月二二日生)、原告江里菜(昭和六〇年一一月一八日生)、原告侑利香(昭和六二年一一月二〇日生)を扶養していたこと(甲一三の一)等からすれば、生活費控除率は三〇パーセントとするのが相当である。

c そこで、以上を基礎とし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して(二四年に対応するライプニッツ係数は、一三・七九八六)、亡清司の逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり、七四四〇万九四六七円となる。

770万3625円×(1-0.3)×13.7986=7440万9467円

イ 退職金差額分 二一二万七八六四円(請求額五九九万一四六九円)

(ア) 原告らの主張

(大阪リコー株式会社に定年まで勤めた場合の退職金―現実に支払われた退職金)×一七年に対応するライプニッツ係数

=(1897万0900円-523万5300円)×0.4362

=599万1469円

(イ) 被告作道の主張

まず、定年まで勤めた場合の退職金を現価計算し、現価計算後の額から現実に受け取った退職金を差し引くべきである。

(ウ) 当裁判所の判断

亡清司が六〇歳(死亡時の一七年後)で大阪リコー株式会社を定年退職した場合に支払われるであろう退職金は一八九七万〇九〇〇円であり、亡清司の死亡により現実に支払われた退職金は、五二三万五三〇〇円である(甲八、九)。

亡清司が定年退職した場合に支払われる退職金については、退職金が就労中の生活費の不足分を填補したり、退職後の将来の生活費として費消されることも多いことからすれば、三〇パーセントの生活費控除をし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して(一七年に対応するライプニッツ係数は〇・四三六二)現価を算出した上、亡清司の死亡により現実に支払われた退職金を控除すべきである(現実に支払われた退職金も、亡清司の就労中の生活費の不足分の填補という性格はなお残っていることから、定年退職した場合に支払われるであろう退職金と同様の生活費控除をした上で、控除する。)。その結果は、次の計算式のとおり、二一二万七八六四円となる。

1897万0900円×0.4362×(1-0.3)-523万5300円×(1-0.3)=212万7864円(円未満切捨て)

ウ 年金分 〇円(請求額一一八七万〇三六四円)

(ア) 原告らの主張

算定根拠については、別紙「請求の趣旨拡張申立書」の請求拡張の理由に記載のとおりである。

老齢基礎年金及び老齢厚生年金については、逸失利益性が認められる。

亡清司は、入社時より年金加入し、加入期間は社員歴と同じく二一年に及んでいるのであり、本件事故に遭わなければ、定年まで勤務し続けたはずであるから、年金の受給資格を取得する蓋然性がある。

今後の年金制度について議論があることは確かであるが、その方向性は定まっておらず、不確実な将来の制度について議論するよりも、現在の制度ベースに算定をすべきである。

(イ) 被告作道の主張

老齢厚生年金は一身専属性が強く、その利益を相続人に承継させるのは妥当ではない。仮に一身専属性でないとしても、遺族らは遺族厚生年金を受給しており、生計を一にしていた者の生活費分はこれにより補填されるのであるから、あえて老齢厚生年金を逸失利益ととらえる必要はない。

亡清司は本件事故当時四三歳であり、年金の受給資格である加入期間二五年を経過していないし、支給開始は、約二〇年後のことである。年金制度は、国家財政の状態によって極めて流動的な制度となっており、現在の制度が何年先に改定されるかは全く見通せない。現在の不透明な経済事情から勘案して、亡清司が年金受給資格を取得する可能性は必ずしも高くない。約二〇年後の年金支給額を現在において算出することは極めて困難であり、このように予測が困難なものを損害と認定し、被告作道に負担させることは損害の公平な分担の損害賠償の原則からしても失当である。

原告らは、平均標準報酬月額について、亡清司の死亡後は賃金センサスによって計算しているが、その計算式は正当ではない。また、月額も上限額が定められており、平成一二年一〇月からは六二万円(それまでは五九万円)が上限であるのに、原告らが算出している将来の月額はこれを大きく超えるものである。

亡清司は昭和三一年生まれであることから、報酬比例部分は、六二歳から支給開始であり、この点でも原告らの計算は間違っている。

原告らは、年金について逸失利益として請求する一方で、これとは別個に六七歳まで就労可能であるとして逸失利益を請求しているが、給与収入がある場合の年金額について所定の計算方法があるにもかかわらず、原告らはそれを考慮しておらず、明らかに誤っている。

仮に年金の逸失利益性を認めるとしても、掛け金の控除と生活費控除を行うべきである。

(ウ) 当裁判所の判断

国民年金法に基づく老齢基礎年金、厚生年金保険法に基づく老齢厚生年金は、受給権者に対して損失補償ないし生活保障をすることを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものである上、保険料を支払ったことに基づく給付としての性質があること等からすれば、その逸失利益性を肯定すべきである(最高裁平成五年九月二一日、第三小法廷判決裁判集民一六九号七九三頁、最高裁平成一一年一〇月二二日第二小法廷判決、民集五三巻七号一二一一頁参照)。

亡清司(死亡時四三歳)は、昭和五四年四月に大阪リコー株式会社に就職し、勤続二一年になる(甲八、弁論の全趣旨)が、老齢厚生年金の受給資格を取得するには、あと四年間の加入が必要であり、しかも、現行制度を前提とする年金の受給が開始するまでにも相当の期間を要するところ、現在、年金制度の見直しがされており、将来、支給開始年齢、年金額、保険料等がどのように変動するかは不透明であって、そのような状況下で将来の年金受給による逸失利益を算定することは困難である。

なお、年金を逸失利益と認めるのであれば、亡清司が六〇歳までに支払うはずだった保険料の控除と年金からの生活費控除を行うべきであるが、これを行うと、仮に、年金額や年金の支給開始時期について原告らの計算結果を前提として試算した場合でも、逸失利益全体の増加額は、二三五万〇九四四円にとどまる(別紙「原告らの計算式を前提に生活費控除、保険料控除をした場合の試算について」記載のとおり)。そして、原告らの計算方法には、標準報酬月額の算出につき、上限額も定められている制度所定の算出方法に依拠せず、相当原告らに有利な独自の計算方法を用いていること、報酬比例部分の支給開始年齢を六〇歳としていること、就労を前提とする逸失利益を六七歳まで請求しながら、在職老齢年金(在職中は年金額が一定の範囲で支給停止されるというもの)について考慮していないこと等の疑問があることから、上記試算額も亡清司が将来取得する蓋然性があるものとはいえず、上記の年金制度自体の流動性にも照らせば、現時点で就労による賃金の逸失利益に上乗せして年金による逸失利益分を取得する蓋然性の立証はないというほかない。

エ 以上の逸失利益の合計(賃金分+退職金差額分)は、七六五三万七三三一円である。

(三)  亡清司の死亡慰謝料 三〇〇〇万円(請求額三三〇〇万円)

本件事故は、前記認定のとおり、被告作道が赤信号無視した上、制限速度時速五〇キロメートルのところ、七〇キロから八〇キロで作道車を交差点に進入させたという無謀運転(しかも、飲酒の上での運転)が原因となっており、被告作道の過失は極めて重大かつ悪質であること、亡清司は、本件タクシーに乗客として乗車していただけで全く落ち度はないにもかかわらず、即日死亡するに至っており、その無念さは察するに余りあること、原告ら遺族の被害感情は厳しいこと(甲二〇)等本件における一切の事情を考慮の上、原告ら固有の慰謝料の請求がないという前提で、亡清司の死亡慰謝料は三〇〇〇万円が相当と判断した。

(四)  葬儀費用及び法事費用 一五〇万円(請求額は、葬儀費用五三五万四二〇六円、法事費用四七万五六五〇円)

争いのない事実、証拠(甲四、五)及び弁論の全趣旨によれば、亡清司の葬儀関係費用、法事費用として合計一五〇万円を超える費用を要したことが認められるが、本件と相当因果関係のある葬儀関係費用、法事費用は合計で一五〇万円と認める。

(五)  文書取寄費用 四八〇〇円(請求額一万八〇二〇円)

死亡診断書(甲二)一通分四二〇〇円(甲六の二)、交通事故証明書(甲一)一通分六〇〇円(甲六の九)の取寄せが必要であったことは、本件記録上明らかであるから、損害と認める。それ以外の文書等(明細は、甲六号証の証拠説明書)のうち、戸籍謄本については、本件で資格証明書として提出された分は訴訟費用の負担の中で解決されるものであるから、損害とは認められず、その余の文書等については、その必要性について的確な説明がないから、本件事故と相当因果関係を有する損害とは認められない。

(六)  諸手続費用 〇円(請求額一八〇〇円)

原告らは、亡清司の死亡にかかる手続の費用として一八〇〇円を請求し、甲七の一、二を提出するが、費用の内容について的確な説明がされておらず、本件事故と相当因果関係を有する損害とは認められない。なお、甲七の一については、亡清司の死亡に伴い、銀行に名義変更に行った際の駐車場代と推測されるが、それを前提としても死亡に伴う各種名義変更手続のための費用の支出はいずれ避けられない性質のものであること等を考慮すれば、被告作道に負担させるべき損害とはいえない。

(七)  小計 一億〇八五一万二七〇一円

(八)  相続後の総額

ア 原告利江子(相続分二分の一) 五四二五万六三五〇円(円未満切捨て)

イ その外の原告ら(相続分各四分の一) 各二七一二万八一七五円(円未満切捨て)

(九)  損害の填補

原告利江子の損害(亡清司の逸失利益の相続分)につき、二二七万八二四五円が填補された(争いのない事実(四))ので、原告利江子の損害の填補後の残額は、五一九七万八一〇五円となる。

(一〇)  弁護士費用

ア 原告利江子 五二〇万円(請求額六〇〇万円と解される。)

イ その外の原告ら 各二七〇万円(請求額各三〇〇万円と解される。)

(一一)  合計

ア 原告利江子 五七一七万八一〇五円

イ その外の原告ら 各二九八二万八一七五円

三  以上によれば、原告らの本件各請求は、被告作道に対し、上記二(一一)の額及びこれらに対する平成一二年四月二日(事故後の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容することとし、同人に対するその余の請求及びその外の被告らに対する各請求は理由がないから棄却する。

(裁判官 藤澤孝彦)

交通事故現場見取図file_4.jpg

請求の趣旨拡張申立書

平成一三年二月二六日

大阪地方裁判所 第一五民事部一係 御中

原告ら訴訟代理人

弁護士 松本勉

上記当事者間の頭書事件について、請求の趣旨を下記のとおり拡張致します。

従前の請求の趣旨

一 被告ら三名は連帯して原告平原利江子に対し金六七二六万九二三九円、原告平原江里菜に対し金三三六三万四六一九円、原告平原侑利香に対し金三三六三万四六一九円及びこれらに対する平成一二年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

拡張後の請求の趣旨

一 被告ら三名は連帯して原告平原利江子に対し金七三二〇万四四一二円、原告平原江里菜に対し金三六六〇万二二〇六円、原告平原侑利香に対し金三六六〇万二二〇六円及びこれらに対する平成一二年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

請求拡張の理由

一 亡平原清司の年金逸失利益分金一一八七万〇三四六円を追加請求する。

亡平原清司は昭和三一年一一月二九日生で昭和五四年四月二日に大阪リコー株式会社に入社(二二歳)、定年は六〇歳の誕生日の予定であった。

以下の計算式で年金逸失分を計算すると、

・報酬比例部分(六〇歳より支給開始)につき金九四八万〇九〇〇円、

・定額部分(六五歳より支給開始)につき金二三八万九四四六円の合計金一一八七万〇三四六円が年金逸失利益分として計上できるので同額分請求を拡張する。

―計算式―

入社日:昭和五四年四月二日から事故日:平成一二年四月一日までの二五二月の収入総額は、

31万9330円×252月=8047万1160円――<1>

事故日:平成一二年四月一日から定年:平成二八年一一月二九日までの二〇〇月の予想収入総額は、

産業計・企業規模計・男子労働者(大卒)の賃金センサス(平成一〇年)

〔四〇~四四歳の年収七九九万五三〇〇円

四五~四九歳の年収九〇九万九三〇〇円

五〇~五四歳の年収一〇一一万〇三〇〇円

五五~五九歳の年収一〇一一万七四〇〇円

を参考に試算すると、

799万5300円÷12月×20月=1332万5500円―a

909万9300円÷12月×60月=4549万6500円―b

1011万0300円÷12月×60月=5055万1500円―c

1011万7400円÷12月×60月=5058万7000円―d

a+b+c+d=一億五九九六万〇五〇〇円――<2>

<1>+<2>=二億四〇四三万一六六〇円。

ゆえに平均標準報酬月額は

二億四〇四三万一六六〇円÷四五二月=五三万一九二八円。

報酬比例部分(六〇歳より支給開始)の計算式は

(平均標準報酬月額)×七・五/一〇〇〇×(被保険者期間の月数)×一・〇三一=

53万1900円×7.5/1000×452月×1.031=185万9038円

∴約185万9000円。

定額部分(六五歳より支給開始)の計算式は

1676円×1.000×(被保険者期間の月数)×物価スライド率=1676円×1.000×444月(S21年以降)×1.000=74万4144円

∴74万4144円。

亡平原清司は事故当時四三歳であったから、平均余命(三五・八四年)としてライプニッツ係数は一六・三七四。

事故時から支給開始時までのライプニッツ係数は、

六〇歳までにつき一一・二七四。

六五歳までにつき一三・一六三。

中間控除につき、

報酬比例部分につき、一八五万九〇〇〇円×(一六・三七四-一一・二七四)=九四八万〇九〇〇円

定額部分につき、 七四万四一四四円×(一六・三七四-一三・一六三)=二三八万九四四六円

九四八万〇九〇〇円+二三八万九四四六円=一一八七万〇三四六円。

以上

別紙 原告らの計算式を前提に生活費控除、保険料控除をした場合の試算について

一 前提とする原告らの主張

(1) 報酬比例部分(六〇歳から支給開始) 年額一八五万九〇〇〇円

(2) 定額部分(六五歳から支給開始) 年額七四万四一四四円

いずれも七八歳まで支給を受ける。

二 年金から生活費を控除した場合

(1) 前提とする生活費控除割合

ア 六〇歳から六七歳まで 三割の生活費控除

イ 六七歳から七八歳まで 六割の生活費控除

年金収入のみとなるため、生活費の割合が増加すると考えるのが相当である。

(2) 六〇歳から六七歳までの年金の逸失利益(三割の生活費控除)

ア 報酬比例部分

二四年(四三歳から六七歳まで)のライプニッツ係数一三・七九九

一七年(四三歳から六〇歳まで)のライプニッツ係数一一・二七四

13.799-11.274=2.525

185万9000円×(1-0.3)×2.525=328万5782円(円未満切捨て)

イ 定額部分

二四年(四三歳から六七歳まで)のライプニッツ係数一三・七九九

二二年(四三歳から六五歳まで)のライプニッツ係数一三・一六三

13.799-13.163=0.636

74万4144円×(1-0.3)×0.636=33万1292円(円未満切捨て)

ウ 合計

三二八万五七八二円+三三万一二九二円=三六一万七〇七四円

(3) 六七歳から七八歳までの年金の逸失利益(六割の生活費控除)

報酬比例部分+定額部分の合計 年二六〇万三一四四円

三五年(四三歳から七八歳まで)のライプニッツ係数一六・三七四

二四年(四三歳から六七歳まで)のライプニッツ係数一三・七九九

16.374-13.799=2.575

260万3144円×(1-0.6)×2.575=268万1238円(円未満切捨て)

(4) 総合計 361万7074円+268万1238円=629万8312円

三 保険料の控除

年金を逸失利益とする場合、亡清司は、死亡により六〇歳まで負担するはずだった保険料の支払いを免れるから、年五〇万〇一八六円(原告ら平成一三年六月八日準備書面)の保険料を年収から控除すべきである。この控除をした場合、控除しない場合と比べて次の計算式のとおり、賃金相当分の逸失利益が三九四万七三六八円減少することになる。

(1) 保険料を控除しない場合の六〇歳までの賃金相当分の逸失利益

基礎収入 年収七七〇万三六二五円

生活費控除率 三〇パーセント

一七年(四三歳から六〇歳まで)のライプニッツ係数一一・二七四

770万3625円×(1-0.3)×11.274=6079万5467円

(2) 毎年五〇万〇一八六円を控除した場合の六〇歳までの賃金相当分の逸失利益

(770万3625円-50万0186円)×(1-0.3)×11.274=5684万8099円

(3) 両者の差額

6079万5467円-5684万8099円=394万7368円

四 結論

原告の計算式を前提とした場合でも、生活費控除と保険料の控除をすると、逸失利益全体では、六二九万八三一二円-三九四万七三六八円=二三五万〇九四四円の増額になるにとどまる。

以上

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